動き回る微生物を追尾する 顕微鏡トラッキングシステム 「TM-1シリーズ」 株式会社エクスビジョン 従来、遊泳する微生物や動き回る運動性細胞は、顕微鏡視野内からすぐに外れるため、長時間 継続観察することが困難であった。しかし、株式会社エクスビジョンで開発した顕微鏡トラッキ ングシステム「TM-1シリーズ」では、様々な対象物を自動追尾し、止まっているように見ることが できる世界に類をみないトラッキングシステムである。 本稿では、高速で動く対象物をトラッキングできる同システムの概要から活用事例まで、例を挙 げながら紹介してみたいと思う。 1 はじめに 同社は、東京大学情報理工学系研究科 石川小 室研究室で開発された高速画像処理技術並びにそ の応用技術の移転を進め、本格的な事業を展開す ることを目指して、2009 年 1 月より設立された 大学発ベンチャー企業である。 東京大学石川小室研究室では、JST(科学技術 振興機構)の助成金支援を受け、1ms で画像処理 を実現する質の高い技術を基に、VLSI、ボード、 写真 1 顕微鏡トラッキングシステム「TM-1 シリーズ」 システムなど各種高速画像処理システムの研究を 行っていた。様々な研究成果の中で、同社が起業 するにあたり最も実用化に近かった研究が、高速 で動く対象物を観測することができる顕微鏡ト ラッキングシステム「TM-1 シリーズ」である (写真1) 。 2 システム概要 2009 年の中頃から、 (財)光産業技術振興協会の 通常、遊泳する微生物や運動性細胞など、動く 支援を受け、試作機の開発を行い。現在では、筑 ものを顕微鏡で見る場合、視野が固定されている 波大学下田臨海実験センターをはじめとする、 ため、対象物が動くと当然対象物は視野から消え 様々な現場で試験運用が行われている。 てしまう。なおかつ、ある種のバクテリアなどの 遊泳は非常に早く、1 秒間に体長の 50 倍もの距離 を動くものもいる。これを人間に置き換えると、 eizojoho industrial October 2010︱71 特殊領域で活躍する撮像・画像処理 身長が約 2m であった場合、360Km /秒で動いて いるのに相当する。たとえば、新幹線に乗ってい 各システム機能について 3 る 1 人の人間を、カメラでズームして追いかける 顕微鏡トラッキングシステムでは、追いかける のと同じなのである。視野全体で観測するとト 対象物を設定することもできるし、画面の中で一 ラッキングは不可能であり、また、視野のごく一 番高速のものだけを追いかけるなど、細かい条件 部で観測すると対象の詳細な観測が行えない。そ 設定ができ、望みの対象物を追いかけることがで こで、このシステムの必要性が生じる。 きる。 顕微鏡トラッキングシステムでは、顕微鏡に高 速 CMOS カメラを搭載し、対象を 1,000fps の高 【トラキング可能な速度】 速ビジョンで撮影する。高速ビジョンを用いるこ x20 対物レンズの場合、最大秒速 700μm 程度 とにより、対象の安定したトラッキングを実現す まで、トラッキングが可能である。 る一方、録画再生により高速に動く鞭毛などの観 察が可能になる (図1) 。 【対象切り出し機能】 そして、カメラで捉えた対象動画は、エクスビ 二値化による切り出しが行える。閾値には上限 ジョンのもつ高速画像処理のコア技術が詰め込ま 下限が設定できるため、視野内で白く映る物、黒 れた、高速ビジョンモジュール「PB-1 」により く映る物どちらも対応可能である。 処理が行われ、自動ステージを X 軸、Y 軸へと動 かし対象物を常に視野におさめるよう制御する。 【視野および対象速度検出機能】 PB-1 は、FPGA 技術で実装された高速ビジョン 視 野 は、700 × 774 ピ ク セ ル の 領 域 で あ る。 処 理 プ ロ セ ッ サ を 用 い て い る た め、 安 定 し た x20 対物レンズの場合、542μm × 539μm の領域 1,000fps 動画像処理が可能である (図2) 。 である。視野内中央領域( 256 × 256 ピクセル、 図 3 に、システム概要図を示す。 x20 対物レンズの場合、179μm × 179μm)で、 対象を切り出しそれぞれの速度を検出している。 これにより、最も早く運動する対象の追尾を開始 することが可能である。 図 1 高速カメラ 72 ︱October 2010 図 2 高速ビジョンモジュール「PB-1 」 eizojoho industrial 特殊領域で活躍する撮像・画像処理 図 3 システム概要図 【トラッキング動作】 【充実したインタフェイス】 視野内中央領域で切り出された対象のうち、マ トラッキング開始は、マウスの右クリックで開 ウスポインタに最も近い対象物、あるいは最も早 始できるなど、動く対象物を素早く見つけて追跡 い対象物に対しトラッキング動作を開始できる。 することが可能なユーザインタフェイスを採用。 トラッキング中は、対象を視野中央に維持する。 その他のインタフェイスも、容易に操作が行える よう設定しており、導入後速やかに使用すること 【軌跡記録】 が可能である。 トラッキング中の対象の位置は、タブ区切りの テキストファイルに保存可能である。エクセルな どのソフトウェアを利用して、対象の軌跡を解析 することができる。 4 活用事例 この顕微鏡トラッキングシステムは、どのよう に活用できるのか? 東京大学石川小室研究室で 【録画機能】 は同大三崎臨海実験所吉田グループと共同で、ホ トラッキング中の対象を録画することが可能で ヤの精子の走化性を観測し、研究を行っている。 ある。録画メモリの容量は 2GB で、たとえば、 ホヤの精子は、1 秒間に 50 回ほど頭を振り高速に 96 × 96 の領域で、1,000pfs の動画が AVI1.0 に 泳ぐ。しかし、同システムでは自動追尾し、止まっ 変換されて約 110 秒録画ができる。また、録画開 ているように見ることができるだけでなく、ト 始オフセットの設定が可能で、録画開始ボタンを ラッキングしながら、ステージの位置がわかるた クリックした時に、設定したオフセットの時間分 め、スライドガラス上のグローバルな座標の中で、 さかのぼって録画が可能である。 実際にホヤがどのように泳いでいるのかも観測で eizojoho industrial October 2010︱73 特殊領域で活躍する撮像・画像処理 図 4 ホヤの精子の走化性 きる。本来矛盾する、対象の細かい像と、大きな あるのではないか? という新しい発見が生まれ 動きを得ることができるのである。 るかもしれない。 図 4 は、実際にホヤの走化性に対する結果で ある。これまでは、一般的に左上のくるくる回り 4.1 応用 ながら動くものがよく知られていた。しかし結果 前述で、石川小室研究室ではホヤの精子を用い をみると、まっすぐ泳ぐ精子や、無秩序に動き回 て研究を行っている内容を記したが、なぜホヤの る精子など、個々のばらつきが予想以上に大きい 精子なのか? 人間の精子ではダメなのか? と という結果を得ることができた。 いう疑問が浮かび上がってくる。実際に人間の精 これまで、精子の走化性というものに関して、 子を使用した場合、特に受精ということにかか 主として狭い領域中の短期間の運動が研究されて わってくると、倫理的な問題が生じてくる。そこ きた。それは、激しく動く 1 個体を長時間観測す で、ホヤの精子を用いているのだが、実は意外な ることができなかったためである。しかし、顕微 ことに、ホヤも遠い人間の祖先にあたるらしく、 鏡トラッキングシステムを用いることにより、 ホヤのもつ遺伝子と人間の遺伝子では、双方に人 個々の個体を認識して、どの個体がどのように動 間に近いメカニズムをもっているため、モデル的 くということが定量的に計測できるようになっ な生物としてもホヤの精子を用いて研究を行って た。これまで観測できず見過ごされていたものが いる。 計測できるようになったのである。今後、これら 今後、研究が進むにつれ、人間の不妊治療への 精子の動きから、精子の動きには何らかの意味が 応用など、 医療現場での様々な可能性が期待できる。 74 ︱October 2010 eizojoho industrial 特殊領域で活躍する撮像・画像処理 5 さいごに うに語った。「これまで、このようなシステムが なかったので、どのようなところで使えるのか、 顕微鏡トラッキングシステム 「TM-1シリーズ」 どのくらい画期的なことができるのかを現在模索 のお話をうかがった、エクスビジョン技術担当者 しているところです。たとえば、内視鏡の手技を の田畑氏は、今後の展望について次のように述べ 行う際に手のブレから生じる画像の揺れの安定化 ている。 「この顕微鏡トラッキングシステムは、 など、私どもの技術を応用できる用途はたくさん すでに販売できる態勢にあり、ステージとコント あるはずです。今後も、高速画像処理技術をコア ロールボックス、顕微鏡をセットにしての販売を テクノロジーとし、あらゆる可能性を探っていき 予定しております。また顕微鏡は、同社で提供す たいと思います」。 る機種だけでなく、他社製品の顕微鏡でもシステ ムの構築は可能であるため、フレキシブルに対応 していきたいと思います。まだ現状では、サイエ ンスのためのシステムとして多く使われています ☆株式会社エクスビジョン が、将来的には、医療に関わる装置として、多く TEL & FAX 03-3812-9360 の先生方に提供していきたいと思っています」 。 http://www.exvision.co.jp/ また、東京大学石川小室研究室 奥氏は次のよ 奥 寛雅 氏 田畑友啓 氏 eizojoho industrial October 2010︱75
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