「偽計」の新展開 (183KB / 3pages)

N&A ニューズレター
2010 年 9 月 24 日
金融商品取引法 158 条「偽計」の新展開
典型的な「偽計」行為です。
上記のような意味での「風説の流布」及び「偽計」に関しては、従
1.
来から裁判例がありました。
金融商品取引法における「偽計」
3.
金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)158 条は、有価証
一般投資家に対する「偽計」
券取引やデリバティブ取引のための「風説の流布」等とともに「偽
一方で、近時、「偽計」の相手方を、「一般投資家」として捉えて
計」を禁止しています。
いると思われる裁判例や告発事例が出てきました。
同条は、株式の売買又は第三者割当増資を含む M&A 取引
例えば、ライブドア事件 3 では、非上場会社を株式交換で買収
や、金商法上のデリバティブ取引全てを規制し得る条文です。
するにあたり、対象会社の価値を過大に評価して交換比率を決
「偽計」とは、「他人に錯誤を生じさせる詐欺的ないし不公正な策
略、手段をいう」と解されていますが 、やや曖昧な定義であり、
定したにもかかわらず、あたかもDCF法を踏まえ公正に決定した
何が「他人に錯誤を生じさせる」行為なのか、また、何が「詐欺的
かのような公表を含むいくつかの虚偽の公表を行った行為をもっ
ないし不公正な策略、手段」なのかは判例の蓄積も少ない部分で
て「偽計を用いるとともに、風説を流布し」たと認定されています
あります。
4
1
。
しかしながら、近時、この「偽計」をM&A取引や第三者割当増資
この虚偽の公表を要素とする偽計においては、直接何者かに
に適用した事例が出てきておりますので、本ニューズレターでは
虚偽を申し向けて騙したという構造はありませんので、偽計の相
かかる事例を踏まえて、金商法 158 条(旧証券取引法 158 条)の
手方は一般投資家ということになります。
このように考えますと、「他人に錯誤を生じさせる詐欺的ないし
2
新しい展開を分析します 。
不公正な策略、手段」には、特定の相手方に対するものに限られ
2.
ず、広く「一般投資家に錯誤を生じさせる詐欺的ないし不公正な
金商法 158 条の解釈と典型例
策略、手段」も含まれることになります。つまり、「偽計」とは、取引
の相手方を直接騙す行為だけではないことになります。
金商法 158 条は、「何人も、有価証券の募集、売出し若しくは売
買その他の取引若しくはデリバティブ取引等のため・・・、又は有
似たような構図を含むと思われる事件として、上場会社が非上
価証券等・・・の相場の変動を図る目的をもつて、風説を流布し、
場会社の価値を過大に評価して株式交換を実施し、非上場会社
偽計を用い、又は暴行若しくは脅迫をしてはならない。」と規定し
の株主に利益を得させたと見られる事案についても、「偽計」が適
ており、その法定刑は、10 年以下の懲役若しくは 1,000 万円以下
用されている模様です 5 。
このように、一般投資家に対する偽計という概念を用いて、上
の罰金又はそれらの併科です(同法 197 条 1 項 5 号)。
場会社による不公正な M&A 取引に対し、金商法 158 条が適用
禁止行為の類型として、「風説の流布」、「偽計」、「暴行」及び「脅
されていることは注目に値します。
迫」が定められておりますが、以下では、「風説の流布」及び「偽
計」を検討します。
4.
「風説の流布」とは、典型的には、合理的な根拠のない事実を
不公正ファイナンス
不特定多数に伝達する行為であり、上場会社の株価を引き上げ
更に、近時、証券取引等監視委員会(以下「監視委」といいます)
るための架空の新規事業を公表するなどといった行為がこれに
が「不公正ファイナンス」と分類して摘発している事例があります
該当します。
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「偽計」とは、上記のとおり、「他人に錯誤を生じさせる詐欺的な
。
これら事例は、概ね、上場会社に架空の第三者割当増資を行
いし不公正な策略、手段をいう」とされています。
典型的な「偽計」としては、有価証券の取引に際し、その有価証
わせて、それを真実の増資であると公表させる行為であり、資金
券自体又はその発行体についての虚偽を相手方に申し向けて有
調達が成功したということを公表して株価の維持を図ったり、割
利に取引をしようとする行為が挙げられます。
当を受けた者が新株を売り抜けて利益を得るために行われたと
されている事案であります 7 。
つまり、有価証券取引のために、取引の相手方を騙す行為が
本ニューズレターの執筆者
い し い
てるひさ
石井 輝久
カウンセル
弁護士
本ニューズレターは法的助言を目的するものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応
じ、弁護士・税理士の助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見
解であり、当事務所又は当事務所のクライアントの見解ではありません。本ニューズレターの発送中止のご
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西村あさひ法律事務所 広報室
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Ⓒ Nishimura & Asahi 2010
-1-
従来、このような架空増資は、公正証書原本不実記載及び同
DCF 法を用いて算定していることは事実であっても、いわば先に
行使罪(刑法 157 条 1 項及び 158 条 1 項)で処罰されてきまし
交換比率ありきでそれに従って基礎となる数字を設定した DCF
た。これは、架空の増資をしたにもかかわらず、それを真実であ
法による算出であったこと及び実質的な算定報告書の作成者が
るとして登記する行為は、虚偽の登記を行った行為であると言え
ライブドアの完全子会社の従業員であったことから、上記公表は
るからです。
虚偽とされています。
しかしながら、当局は、不公正ファイナンスを、架空増資を含め
公表が虚偽かどうかを、算定報告書の形式的な作成者や、形
て証券市場に対する侵害行為であると捉え、金商法上の「偽計」
式的な算出方法ではなく、実質を見て判断した例と言えるでしょ
を適用して、同法上の罪であることを明らかにしたと言えます。
う。
如何なる意味で証券市場に対する侵害があったかという点につ
いては、全ての事件で、TDnet による開示が虚偽の公表であり、
6.
不公正ファイナンスと他の不公正行為との関係
(1)
インサイダー取引
「偽計」を構成するとされていることが重要であると思われます。
この点、監視委の公表においても、不公正ファイナンスにおいて
は「虚偽のIR」を行ったことを重視していることが窺われます 。つ
まず、不公正ファイナンスにおいては、その関与者が行う
まり、「虚偽のIR」は、一般投資家に対する「偽計」を構成しうると
当該上場会社の株式の取引には、インサイダー取引が成
考えるべきです。
立する可能性も高いと思われます。
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監視委は、上場会社による架空増資という不正行為に加え、そ
例えば不公正ファイナンスの関与者は、架空ではあるも
れを隠してあたかも真実の増資が行われたかのように公表する
のの増資の決定を知り、その公表前に株式を取引する可
という行為を重く見て、一連の行為を証券市場に対する侵害行為
能性があります。
また、「実はかかる増資は架空である」という事実を知って
と捉え、金商法上の「偽計」と評価したのでありましょう。
いながら、それが明るみになる前に行った当該上場会社の
5.
「風説の流布」について
株式の取引も、インサイダー取引になる可能性がありま
す。
こうして不公正ファイナンスを検討すると、架空増資はもとより、
この事実は、インサイダー取引規制における「バスケット
とりわけ虚偽の公表という点が重要な要素になっていることに気
条項」(金商法 166 条 2 項 4 号)に基づくインサイダー情報
がつきます。不公正ファイナンスのように、自ら架空増資という違
になり得ると考えられます。
法行為をしておきながら、それについて虚偽の公表を行うのは論
外としても、上場企業において、開示の適法性というのは重要な
(2)
相場操縦
不公正ファイナンスにおいては、上場会社の株式を売り
課題であります。
抜けることが目的とされることも多いので、株価の維持上
そこで、上場企業の開示が、「風説の流布」になり得る場合につ
昇を図るため、相場操縦行為(仮装取引や馴合取引、見せ
いて考えてみることにします。
玉行為など(金商法 159 条 1 項・2 項))を伴うことも多いと思
「風説の流布」の定義にはいくつか考え方があります。通説的見
われます。
解は、「行為当時、行為者が当該公表事項について合理的根拠
を有していない」事実を不特定多数に流布する行為と定義してい
ます。過去の裁判例を見ても、公表された事項が虚偽であること
(3)
有価証券届出書の虚偽記載
を認定すると同時に、公表を行った者が、公表する事項について
架空の増資であれば、有価証券届出書の虚偽記載も考
合理的な根拠を有していたかどうかも検討されていると思われる
えられます。特に、平成 21 年 12 月の企業内容等の開示
に関する内閣府令の改正により、第三者割当増資におけ
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事例が見られます 。
従って、虚偽の事実を虚偽と知って公表することが「風説の流
る有価証券届出書の開示が強化されており、割当先等に
布」に含まれることは当然ですが、公表当時の「合理的な根拠の
ついての詳細な記載が要求されるようになっております。そ
有無」が重要なメルクマールになります。
こで、架空増資であれば、同府令により求められる記載事
項のいずれかに虚偽を記載する結果になることが多いもの
しかしながら、不公正ファイナンスの事案を除き、今までの裁判
と思われます。
例は、概ね上場会社等の株価の引き上げを図るために、当該上
場会社における架空の事業を公表したとか、実施する意思のな
い公開買付けを公表するなどといった単純な株価操作的なもの
であり
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(4)
他罪と金商法 158 条の「偽計」の関係
不公正ファイナンスの実行者に、上記(1)ないし(3)の違法
、微妙な「合理的な根拠の有無」が争われているものは
行為があった場合、それらは、金商法 158 条に吸収される
見当たりません。
ことなく、別罪が成立すると考えるべきであります。
但し、「風説」と「偽計」の両方を認めた上記のライブドア事件に
おける、「株式交換比率(1 対 1)については、第三者機関が算出し
これは、上記の違法行為は、架空増資とそれを秘した公
た結果を踏まえ両者間で協議の上で決定した」という公表に関す
表という「偽計」の要素では評価し尽くされているとは言えな
る認定が注目されます。結論として、一応、第三者が作成者とし
いからであります。上記のインサイダー取引であれば、一
て記載されている株式交換比率算定報告書が存在し、それが
般投資家との情報の格差を利用した取引である点、相場
-2-
操縦であれば、相場自体を変動させ多くの一般投資家の
(典型的には虚偽の事実)の公表による証券市場における一般投
売買の判断を誤らせる点は、それぞれ金商法 158 条とは
資家を欺く行為への適用が念頭におかれた規定であります。
別の保護すべき法益を侵害していると考えられます。また、
そして、虚偽の事実の公表を構成要素とする証券市場での不
法定開示書類の虚偽記載も法定開示書類への信頼を害し
公正行為については、今後、広く金商法 158 条の「偽計」が包括
たという意味で同様です。
的な処罰規定として機能していくものと予想されます。
このような、包括規定としての金商法 158 条の運用は、禁止行
7.
米国の事例
為を詳細にかつ漏れなく規定しようとした場合の過度な事前規制
を避けつつ、悪質性の高い、不公正な証券取引を処罰する事後
米国における不公正なファイナンスのパターンに”pump and
規制として機能し得るものであると言えます。
dump”スキームと呼ばれる類型があります。これは、価格が安く
かつ流動性の低い株式をターゲットとして、まず株式を購入し、発
以 上
行体に関する風説の類を流布して、かかる銘柄を売り込み、風説
1
により株価が十分に高値になった段階で、自らが予め購入してお
いた株式を売り抜けて利益を上げるスキームです。このようなス
2
キームにおいては、発行体が新たな資金調達に成功した旨の虚
偽の公表が行われることもあり、日本の不公正ファイナンスと類
3
似する部分があります。米国においては、これらに対しては、
1934 年米国証券取引所法 10 条 b 項及び同法規則 10b-5 が適
4
用され、積極的に摘発が行われています。
5
8.
6
包括規定としての金商法 158 条
7
平野龍一=佐々木史朗=藤永幸治編『注解特別刑法補巻(2)』115
頁(青林書院、1996)。
本ニューズレターのうち意見にわたる部分は本ニューズレターの
筆者の私見であります。
東京地判平 19.3.16(判例タイムズ 1287 号 270 頁)(第一審)及び東
京高判平 20・7・25(判例タイムズ 1302 号 297 頁)(控訴審)。
同事件は一部被告人について上告中。
「証券取引等監視委員会の活動状況」(以下「活動状況」)といいま
す。)平成 20 年 8 月版 84 頁。
活動状況平成 22 年 5 月版 108 頁以下参照。
「株式会社ペイントハウスの第三者割当増資を利用した不公正ファ
イナンスに係る偽計事件」(活動状況平成 22 年 5 月版 108 頁)、
このように見てくると、金商法 158 条の「偽計」は、有価証券取
「ユニオンホールディングス株式会社の水増し増資による不公正
引のための、上場会社による不正行為とその不正を隠した虚偽
ファイナンスに係る偽計事件」(同 114 頁)及び「トランスデジタル株
の公表に広く射程が及び得るように思えます。
式会社の架空増資による不公正ファイナンスに係る偽計事件」(同
一方で、金商法には、包括的な処罰規定として 157 条も存在し
8
ます。
117 頁)。
監視委のウエブ・サイトで公表されている「告発の現場から(1)不公
正ファイナンスに係る偽計の告発」
同条 1 号は「有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取
(http://www.fsa.go.jp/sesc/actions/actions_menu02.htm)及び岡本
引等について、不正の手段、計画又は技巧をすること。」を禁止し
宰「不公正ファイナンスに係る偽計の告発」金融法務事情 1900 号
ています。
1934 年米国証券取引所法における包括的な証券詐欺の禁止
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規定である 10 条 b 項及び同法規則 10b-5 に倣ったのがこの条
10
文と言われておりますが、この条文に関する刑事裁判例は 1 件
64 頁参照。
東京地判平 8・3・22(判例タイムズ 912 号 264 頁)及び東京地判平
20・9・17(判例タイムズ 1286 号 331 頁)参照。
注 9 の裁判例に加え、東京地判昭 40・4・5(判例集未登載)、東京
地判平 14・11・8(判時 1828 号 142 頁)及び東京簡裁平成 9・1・
しかありません。金商法 157 条1号は、あまりに包括的なその条
30(判例集未登載)があります。
文の規定ぶりからして、積極的な適用には至らなかったものと考
えられます。
しかしながら、近時の金商法 158 条の適用をみると、この金商
法 157 条に代わり、金商法 158 条が使われている感もあります。
現在の金商法 158 条の対象は、単純な「風説の流布」や取引の
相手方を騙す「偽計」を超えて、株式の売り抜けや株価の維持を
目的とした、上場会社による不正行為とそれについての虚偽の
公表を「偽計」と捉えるところまで進んでいます。
証券取引における不公正行為については、複雑で新しい手口
や手段が常に用いられる可能性があることから、それらを事前に
一つ一つ法律に規定することは不可能であり、それゆえ、包括的
な不公正行為の処罰規定が必要であると説明されています。
金商法 158 条は、「偽計」行為の禁止と並列的に、「風説の流
布」の禁止が規定されており、後者は、合理的な根拠のない事実
(当事務所の連絡先) 〒107-6029 東京都港区赤坂 1-12-32 アーク森ビル(総合受付 28 階)
電話:03-5562-8500(代) FAX:03-5561-9711~9714
E-mail: [email protected] URL:http://www.jurists.co.jp/ja/
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Ⓒ Nishimura & Asahi 2010