コメント 日本の平均寿命はなぜこんなに高いのか 過去 30 年間,日本の平均寿命は世界一である. らかに第 2 の段階であるように思われる.日本 2008 年の医療費の対国内総生産(GDP)比は, では,1975 年までにはすでに,多くの非感染性 米国は 16.4%,ドイツは 10.7%であったが,日 疾患が他の先進国と比べてきわめて低い水準に 本では 8.5%未満に抑えながらも世界一の平均寿 あった.この歴史的状況は,主として,食生活 1 命を達成しているのである .日本の保健アウト における危険因子と身体活動の面で好ましい文 カムが卓越しているのは,それほど高くない疾 化的伝統のおかげであり,保健システムと国民 2 患の危険因子,保健システムの実績 ,そして国 皆保険の功績とは言えない.重要な例外は脳卒 民皆保険のおかげとされている.日本の保健分 中死亡率で,大量の塩分摂取と高血圧が脳卒中 野における成功の根本的要因を解明すれば,低 死亡率を高くしていたのである.池田らは,他 コストで優れたアウトカムを上げたいと考えて の研究 4 に依拠しつつ,塩分摂取量の低減を促 いる他の国に大きな影響を及ぼす.池田奈由ら 3 進する公衆衛生活動および降圧剤による高血圧 は,第二次世界大戦以降の日本の死亡率低下の のプライマリ・ケアでの管理が,脳卒中死亡率 潜在的原因を分析するため,死因と危険因子に の低下に大きな役割を果たしたと述べている. 関するデータを綿密に分析している. この主張は,1975 年から 1995 年まで続いた死 5 歳未満の死亡率および若年・中年の成人死 亡率を他の先進 8 カ国と比較した池田らの論文 3 2011 年 9 月 1 日オンライ ン出版 DOI:10.1016/S01406736(11)61221-X オンライン・コメント参照 DOI:10.1016/S01406736(11)61220-8 DOI:10.1016/S01406736(11)61148-3 オンライン特集号参照 DOI:10.1016/S01406736(11)61055-6 DOI:10.1016/S01406736(11)60828-3 DOI:10.1016/S01406736(11)61176-8 亡率低下の一部は,保健システム活動と関係し ていたという見解を裏付ける重要な議論である. のデータによれば,第二次世界大戦以降の死亡 日本の血圧低下の推移は,女性の血圧の低下が 率の変化には 3 つの段階がある.1950 年から きわめて緩やかである米国とは著しい対照をな 1975 年にかけて,乳幼児および成人の死亡率は している.日本にとってより困難な第 3 の段階 いずれも著しく低下した.1975 年までに,日本 は 1990 年代中頃から後半にかけて始まってい の男女の成人死亡率は先進 8 カ国中最低になり, る.それ以降は,他の国に比べて成人男性死亡 乳幼児死亡率はスウェーデンに次いで 2 番目に 率の低下率が鈍化しており,成人女性(15 歳か 低くなった.池田らは,衛生的な文化,高い教 ら 59 歳)も成人男性ほどではないがやはり鈍 育水準,平等主義的な社会,そして,特に結核 化している.日本は男性の死亡率についてはス を撲滅するための公的保健医療制度を牽引して ウェーデン,イタリア,オーストラリアの,女 きた強力な政府をその要因として挙げている. 性の死亡率についてはスウェーデンの後塵を拝 時系列の横断的なデータからどの要因が死亡率 している.近年の傾向が続けば,他の国の成人 低下の直接の原因であるかを証明することは周 死亡率が日本を下回る可能性がある.日本が世 知の通り困難であるが,池田らの主張は,目を 界トップレベルであった先の 20 年間を考慮す 見張る進歩が見られたこの時期の年齢・性・死 れば,近年のこの変化は劇的である.池田らは, 因別の死亡率推移に関する説明としては妥当と 他の先進国に比べてタバコ消費量が多いこと, 思われる. 肥満度指数が少しずつ上昇していること,自殺 池田らが分析対象とした時期とはやや異なる 率が高く,また上昇していることなど,この相 が,日本が他の先進国の死亡率推移と歩調を合 対的な実績悪化の原因を数多く提示している. わせつつも,乳幼児または成人の死亡率の年間 ただし,日本には国民皆保険制度があるが,提 低下率という点ではこれらの国を凌駕すること 供されている医療の質が低いのかもしれないと のなかった 1975 年から 1995 年の期間は,明 いう仮説は提示されていない.たとえば,高コ 13 コメント レステロール血症の患者が実際に治療される割 5 合は,他の先進国に比べてはるかに低い .医療 と同様 7,世界での平均寿命ランキングから下 の質が不十分なことを考慮すれば,日本の死亡 がっていく可能性がある.相対的低下は米国ほ 率をさらに低下させるには保健医療制度を刷新 ど深刻ではないだろうが,よく言われるように, する必要があるかもしれない.経済の停滞や拡 過去の成功は必ずしも将来のトップレベルの成 大する所得格差も,近年の傾向を説明できるだ 果を保証しないのである. ろう. 日本の経験からどのような教訓を導きだせる だろうか.筆者は池田らの分析から,4 つのこ とに注目している.第 1 に,1 人当たり国民所 得が比較的低くとも(1950 年代の日本),国民 クリストファー・J・L・マレー ワシントン大学保健指標評価研究所所長 Washington, Seattle, WA 98121, USA [email protected] の教育水準が比較的高い国では,政府の強力な 利益相反がないことを宣言する. 行動により,効果的な感染症対策を実施するこ 1 Organisation for Economic Co-operation and Development. StatExtracts: health expenditures and financing. 2011. http://stats.oecd.org/Index. aspx (accessed on July 23, 2011). とができる.高水準の教育 6 が絶対に必要であ ることを過小評価すべきではない.第 2 に,死 亡率の急激な低下の 1 つの理由である保健医 療システムの効果は,主に公衆衛生対策および 血圧などの主要危険因子のプライマリ・ケアに おける管理によるものだったのだろう.これら はどの国においても医療費に占める割合が少な い.日本の保健医療の成果が優良であるのに医 療費の対 GDP 比が低い理由は,他の国の医療費 の大部分が国民の健康状態の改善にほとんど役 立っていないためかもしれない.第 3 に,日本 は,虚血性心疾患および一部のがんの危険因子 が元々低かったことから多大な恩恵を受けてき た.日本は 1950 年代にはすでに,他の 8 カ国 に比べて虚血性心疾患による死亡率が低かった. どのような種類であれ,保健システムの実績を 評価する際には,危険因子が低かったことによ る優位性の影響を考慮しなければならない.第 4 に,経済停滞,政治の混乱,高齢化,十分で はないタバコ規制という状況の中で,日本は保 健医療の新たな課題に効果的に対応しているよ うには見えない.これらの課題に取り組むには, 安価で多くの患者を診る従来の医療へのアクセ スを全国民に保証するだけでは不十分であろう. 14 日本は,一致協力して取り組まなければ,米国 2 WHO. The World Health Report 2000—Health systems: improving performance. Geneva: World Health Organization, 2000. 3 Ikeda N, Saito E, Kondo N, et al. What has made the population of Japan healthy? Lancet 2011; published online Sept 1. DOI:10.1016/S01406736(11)61055-6. 4 Ikeda N, Gakidou E, Hasegawa T, Murray CJL. Understanding the decline of mean systolic blood pressure in Japan: an analysis of pooled data from the National Nutrition Survey, 1986–2002. Bull World Health Organ 2008; 86: 978–88. 5 Roth GA, Fihn SD, Mokdad AH, Aekplakon W, Hasegawa T, Lim SS. High total serum cholesterol, medication coverage and therapeutic control: an analysis of national health examination survey data from eight countries. Bull World Health Organ 2011; 89: 89–92. 6 Gakidou E, Cowling K, Lozano R, Murray CJL. Increased educational attainment and its effect on child mortality in 175 countries between 1970 and 2009: a systematic analysis. Lancet 2010; 376: 959–74. 7 Kulkarni S, Levin-Rector A, Ezzati M, Murray CJL. Falling behind: life expectancy in US counties from 2000 to 2007 in an international context. Popul Health Metr 2011; 9: 16.
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