安全な手技実施手順(7)周術期肺塞栓症の防止ガイドライン

(7)周術期肺塞栓症の防止ガイドライン
①はじめに
本院の「周術期肺塞栓症の防止」ガイドラインは医療行為を制限するものではなく、
本ガイドラインで推奨する予防法を医療従事者に義務づけるものではない。とくに抗
凝固剤の使用に関しては、症例ごとに出血合併症の危険性についてよく勘案し、決定
していく。本ガイドラインは必要に応じて見直しを行う。
(以下、肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症「静脈血栓塞栓症」予防ガイドライン 2004
参照)
②予防法の種類
1)早期離床および積極的な運動
血栓塞栓症の予防の基本となる。臥床を余儀なくされる状況下において早期から下肢
の自動・他動運動やマッサージを行い、早期離床を目指す。
2)弾性ストッキング
中リスクの患者では静脈血栓塞栓症の有意な予防効果を認めるが、高リスク以上の者
では単独使用での効果は少ない。サイズがしっかり合った弾性ストッキングを使用す
る。弾性ストッキングが足の形に合わない場合や下肢の手術や病変のためにストッキ
ングが使用できない場合には、弾性包帯の使用を考慮する。入院中は、術前術後はも
ちろん、静脈血栓塞栓症のリスクが続く限り着用する。
3)間欠的空気圧迫法
高リスクにも有効であり、とくに出血のリスクが高い場合に有用である。カーフポン
プ・タイプとフットポンプ・タイプがよく使用されるが、手術の種類など目的により
使い分ける。原則として、周術期では手術前あるいは手術中より装着開始、また外傷
や内科疾患では早期より装着を開始し、少なくとも十分な歩行が可能となるまで継続
して施行する。手術後や長期臥床後から装着する場合には、D-dimer の測定や超音波検
査などで深部静脈血栓症の有無に十分な注意を払う。下腿の圧迫による総腓骨神経麻
痺や区画症候群にも注意して使用する。
4)抗凝固療法
以下の薬剤投与は、手術やドレーン留置に伴う出血性合併症の危険性が低くなってか
ら開始する。それまでは必要に応じて間欠的空気圧迫法などを考慮する。抗凝固剤を
初めて使用する際には、添付文章を参照し、薬剤使用上の「警告」や「用法、用量に
関す注意」に留意して投与のこと。
抗凝固剤
商品名
ヘパリンカルシウム
クレキサン
アリクストラ
一般名
ヘパリン Ca
エノキサパリン Na
フォンダパリヌクス Na
規格
5,000 単位/0.2mL/1 シリンジ
2,000IU/0.2mL/1 シリンジ
1.5mg/0.3mL/1 シリンジ
血栓塞栓症(手術中・術後の
下肢整形外科手術施行患者、腹
血栓塞栓症等)の治療及び予
部手術施行患者における静脈
防
血栓塞栓症の発症抑制
適応
用法・用量
等
5,000 単位を1日 2 回
皮下
1回 2,000 単位を1日 2 回
注(12 時間毎)
皮下注(12 時間毎)
投与期間
下肢整形外科手術施行
患者、腹部手術施行患者
における静脈血栓塞栓
症の発症抑制
1回 1.5mg を 1 日 1 回
皮下注
下肢整形外科手術:14
7~10 日
14 日まで
日まで
腹部手術:8 日
まで
開始
禁忌
術後 24~36 時間に開始
術後 24 時間以降
禁忌なし
出血している患者
出血している患者
(原則禁忌)出血している患
急性細菌性心内膜炎患者
急性細菌性心内膜炎患
者、出血する可能性のある患
重度の腎障害(Ccr 30mL/min 未
者
者、
重篤な肝障害のある患者、 満)のある患者
重度の腎障害(Ccr
重篤な腎障害のある患者、中
ヘパリン起因性血小板減少症
20mL/min 未満)のある
枢神経系の手術、外傷後日の
(HIT)の既往歴のある患者
患者
アンチトロンビンⅢを介した抗
アンチトロンビンⅢを介した抗Ⅹ
アンチトロンビンⅢを介
Ⅹa、抗トロンビン活性など多面
a、抗トロンビン活性など多面的な
した選択的Ⅹa 阻害作用
的な作用
作用
浅い患者、ヘパリン起因性血
小板減少症(HIT)の既往歴の
ある患者
作用機序
抗Ⅹa:抗トロン
1:1
5:1
7400:1
5,000~30,000
3,800~5,000
1,728
完全
部分的
なし
28%
91%
100%
半減期(皮下投与)
1 時間
4 時間
17 時間
HIT 抗体の交差反
<5%
<1%
なし (?)
423 円
1,036 円
1,545 円
ビン活性
分子量
プロタミン中和効
果
吸収率(皮下投与)
応性
薬価(平成 22 年)
③リスク別、科別対応
リスクレベル
予防法
低リスク
早期離床および積極的な運動
中リスク
弾性ストッキングあるいは間欠的空気圧迫法
高リスク
間欠的空気圧迫法あるいは抗凝固療法
最高リスク
抗凝固療法と(間欠的空気圧迫法の併用)あるいは(弾性ストッキングの併用)
科別リス
一般外科
泌尿器科
婦人科
産科
整形外科
ク
低リスク
中リスク
正常分娩
脳神経外
重症外傷
科
脊髄損傷
60 歳未満
60 歳未満
30 分以内
上肢の手
開頭術以
の非大手
の非大手
の小手術
術
外の脳神
術、40 歳
術、40 歳
経外科手
未満の大
未満の大
術
手術
手術
60 歳 以
60 歳 以
良性疾患
帝王切開
脊 椎 手
脳腫瘍以
上、ある
上、ある
手術(開
術(高リ
術 、 骨
外の開頭
いは危険
いは危険
腹、経膣、 ス ク 以
盤・下肢
術
因子のあ
因子のあ
腹腔鏡)、 外)
手術(股
る非大手
る非大手
悪性疾患
関節全置
術
術
で良性疾
換術、膝
40 歳 以
40 歳 以
患に準じ
関節全置
上、ある
上、ある
る手術、
換術、股
いは危険
いは危険
ホルモン
関節骨折
因子があ
因子があ
療法中の
を除く)
る大手術
る大手術
患者に対
する手術
高リスク
40 歳以上
40 歳以上
骨盤内悪
高齢肥満
股関節全
脳腫瘍の
重 症 外
の癌の大
の癌の大
性腫瘍根
妊婦の帝
置換術、
開頭術
傷、運動
手術
手術
治術、静
王切開、
膝関節全
麻痺を伴
脈血栓塞
静脈血栓
置換術、
う完全ま
栓症の既
塞栓症の
股関節骨
たは不完
往あるい
既往ある
折手術
全脊髄損
は血栓性
いは血栓
素因の良
性素因の
傷
性疾患手
経膣分娩
術
最高リス
静脈血栓
静脈血栓
静脈血栓
静脈血栓
高リスク
静脈血栓
静脈血栓
ク
塞栓症の
塞栓症の
塞栓症の
塞栓症の
の手術を
塞栓症の
塞栓症の
既往ある
既往ある
既往ある
既往ある
受ける患
既往や血
既往や血
いは血栓
いは血栓
いは血栓
いは血栓
者に、静
栓性素因
栓性素因
性素因の
性素因の
性素因の
性素因の
脈血栓塞
のある脳
のある高
ある大手
ある大手
悪性腫瘍
帝王切開
栓症の既
腫瘍の開
リスクの
術
術
根治術
往、血栓
頭術
重症外傷
性素因が
や脊髄損
存在する
傷
場合
静脈血栓塞栓症のリスク評価と予防法の選択
(県西部浜松医療センター評価表 2008、一部改変)
①科別リスク
科別リスクの選択
□低リスク
□中リスク
□高リスク
□最高リスク
②付加的リスク
項目
スコア
□40 歳未満(産科、整形外科、脳神経外科、外傷は除く)
-2 点
□肥満(BMI>25 を目安)
□エストロゲン療法中
各1点
□60 歳以上
□手術前 48 時間以上の安静臥床
□悪性腫瘍
□癌化学療法の既往
□中心カテーテル留置中
□うっ血性心不全・呼吸不全
□下肢麻痺
□重症感染症
□高度の下肢静脈瘤
各2点
□下肢のギブス包帯固定・牽引
各3点
□静脈血栓塞栓症の既往
□血栓性素因 (先天性素因:アンチトロンビン欠損症、プロテイン C or S 欠損
各9点
症)
(後天性素因:抗リン脂質交代症候群など)
付加リスク合計点
点数
(リスクレベル調整)
↓
-2 点:1ランク down、-1~1 点:不変、2~3 点:1ランク up、4~6 点:2 ランク up、7 点以上:3 ランク
up
↓
③最終リスクレベル(①+②で評価)と推奨予防法を参考にして予防法決定
□リスクなし (48 時間以上の安静を必要としない手術例を含む)
□低リスク
早期離床 および 積極的な運動(リスクを有する全症例に、早期離床、積
極
的運動を勧めること)
□中リスク
間欠的空気圧迫法 あるいは 弾性ストッキング(これら理学的予防法は併用可)
□高リスク
抗凝固療法 あるいは 間欠的空気圧迫法(弾性ストッキングとの併用可)
(出血のリスクが高い場合は、理学的予防法を選択)
□最高リスク
抗凝固療法 および 間欠的空気圧迫法の併用(弾性ストッキングとの併用可)
(出血のリスクが高い場合は、理学的予防法を選択)
予防法決定
□弾性ストッキング
□間欠的空気圧迫法
□抗凝固療法
(複数選択可)
④科別対応コメント
1)一般外科
a)一般外科(胸部外科を含む)周術期における静脈血栓塞栓症に対する予防は、手術
の大きさ、年齢、危険因子(癌、静脈血栓塞栓症の既往、血栓性素因、高脂血症、
糖尿病、ホモシステイン尿症、夜間発作性血色素尿症、妊娠、経口避妊薬服用、う
っ血性心不全、骨髄増殖性疾患、ネフローゼ症候群、抗癌剤治療など)をもとに4
段階のリスクレベルに階層化され、それに応じた予防法が推奨される。
b)厳密な定義はないが、大手術とはすべての腹部手術あるいはその他の 45 分以上要
する手術を基本とし、麻酔法、出血量、輸血量、手術時間などを参考として総合的
に評価する。
c)抗凝固療法、とくにその開始時期は個々の症例の状況により裁量の範囲が広い。
手術前日の夕方、手術開始後、あるいは手術終了後から開始する場合があるが、静
脈血栓塞栓症のリスクと出血のリスクを勘案して抗凝固療法の開始時期を決定。
d)離床後あるいは退院後も抗凝固療法が必要と判断された場合には、ワルファリンに
よる予防を継続する。
2)泌尿器科
a)原則としては、一般外科手術のリスク分類および予防法に準ずる。
b)大手術とは 1)すべての腹部、骨盤部の手術、 2)鏡視下手術、3) 45 分以上の腹
部以外(陰嚢、陰茎など)の手術(経尿道的手術を含む)を基準として、麻酔法、
出血量、輸血量、手術時間などを参考として総合的に評価する。
c)癌以外の疾患に対する骨盤手術は中リスク以上とみなす。
d)前立腺全摘術や膀胱全摘術は高リスクとみなす。
3)婦人科
a)原則としては、一般外科手術のリスク分類および予防法に準ずるが、婦人科特有の
疾患として前述の表のようにリスク分類を行う。
b)婦人科特有の危険因子としては、巨大子宮筋腫手術、巨大卵巣腫瘍手術、卵巣癌手
術、子宮癌手術、骨盤内高度癒着の手術、卵巣過剰刺激症候群、ホルモン補充療法
施行婦人などがあげられる。
c)手術予定患者だけでなく一般女性においても、静脈血栓塞栓症の高リスク女性に対
する経口避妊薬投与やホルモン補充療法は、代替治療法を選択するなど十分な注意
を払う。
4)産科
a)静脈血栓塞栓症の家族歴・既往歴、抗リン脂質抗体陽性、肥満・高齢妊娠等の帝王
切開術後、長期安静臥床(重症妊娠悪阻、卵巣過剰刺激症候群、切迫流早産、重症
妊娠中毒症、前置胎盤、多胎妊娠などによる)、常位胎盤早期剥離の既往、著明な
下肢静脈瘤などは、高リスク妊婦と考えられる。
b)合併症その他で長期にわたり安静臥床する妊婦に対しては、ベッド上での下肢の運
動を積極的に勧めるが、絶対安静で極力運動を制限せざるを得ない場合は弾性スト
ッキング着用あるいは間欠的空気圧迫法を行う。
c)長期安静臥床後に帝王切開を行う場合には、術前に静脈血栓塞栓症のスクリーニン
グを考慮する。
d)静脈血栓塞栓症の既往および血栓性素因を有する妊婦に対しては、妊娠初期からの
予防的薬物療法が望ましい.ワルファリンは催奇形性のため、妊娠中は原則として
投与しない方がよい.分娩に際しては、陣痛が発来したら一旦薬物療法を中止し、
分娩後止血を確認した後、できるだけ早期に薬物療法を再開し、引き続きワルファ
リンに切り換える。
5)整形外科
■THA(人工股関節全置換術)、TKA(人工膝関節全置換術)、股関節骨折手術
a)高リスク群:1-弾性ストッキング着用、足関節自動運動、早期離床を行う.2-抗凝
固療法あるいは間欠的空気圧迫法を併用する。
b)最高リスク群:1-抗凝固療法を推奨する。抗凝固療法を行う場合には、患者にメリ
ット、デメリットを十分に伝えインフォームドコンセントを得る必
要がある。抗凝固療法を行わない場合でも、TKA、THA に対する静脈
血栓症予防の保険適応のある抗凝固薬が存在することにより、予防
的抗凝固療法を用いないことに対するインフォームドコンセントも
必要と考えうる。2-間欠的空気圧迫法あるいは弾性ストッキングの
着用を併用する。
c)股関節骨折は、受傷直後より深部静脈血栓症が発生する可能性がある。
1) 早期手術、弾性ストッキング着用、足関節自動運動、早期離床、早期荷重歩行が
重要である.
2)間欠的空気圧迫法は、深部静脈血栓症の有無を確認してから使用する。
3) 抗凝固療法を行う場合には、出血性合併症のリスクを考慮しておく必要がある。
■脊椎手術、骨盤・下肢手術(人工股関節全置換術、人工膝関節全置換術、股関節骨
折手術除く)
a)弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法が装着困難な下腿骨折は、早期手術、早期離
床、早期荷重に努める。
b)キアリ骨盤骨切り術や寛骨臼回転骨切り術は、人工股関節全置換術に準じて予防を
施行した方がよい。
c)脊椎手術は血腫による神経麻痺が発生する可能性があり、予防的な抗凝固療法は現
状では推奨できない。
■上肢手術
a)上肢手術は遅くとも翌日には離床できるため、特別な血栓予防は必要ない。
6)脳神経外科
a)大量のステロイドを併用する場合には、さらにリスクが高くなるものと考える。
b)抗凝固剤の予防投与は、手術後なるべく出血性合併症の危険性が低くなってから開
始する。とくに頭蓋内での出血は重篤な障害を招く可能性があるため、手術後の止
血を CT などにより確認の後、投与開始するのが望ましい。
c)出血の危険性が高い高リスクの手術では、間欠的空気圧迫法を用いることができな
い場合に、弾性ストッキング単独での予防も許容される。
d)最高リスクにおいては抗凝固療法が基本となるが、出血の危険が高い場合には、止
むを得ず間欠的空気圧迫法で代替することも考慮する。
⑤その他
1)D-dimer:測定法(本院)ラテックス凝集法(基準値、1.0μg/ml 未満)
一般に、陰性的中率は高く、D-dimer が正常であれば静脈血栓塞栓症を否定できると
言われている。しかし、陽性的中率が高いとは考えにくいようである。
2)超音波検査
D-ダイマーが高値を示す例については、術前に超音波検査の施行を考慮する場合が
ある。エコーの外来検査枠が一杯の場合は電話で依頼する。術後も必要に応じて検
査を施行するが、その場合も超音波検査室に電話で依頼する。
3)間欠的空気圧迫法
ICU のものも含めて、ME 室にて中央管理とし、貸出方式をとる。ただし、ICU では時
間外に突然使用開始することがあるので、1 台は常備する。