日本株式市場展望6月

Strategy Report
2011/6/7
チーフ・ストラテジスト 広木
日本株式市場展望
隆
(2011 年 6 月)
【日経平均の目標株価
バリュートラップを越えて】
過去 2 回、バリュートラップについての議論の要約は以下の通り。

東証 1 部全体の PBR が 1 倍程度と日本株はほぼ底値圏にある。

しかし、日本株がそのような低評価に甘んじているのは日本企業の利益率の低さが原因と考える。
PBR 1 倍の株価が示していることは、企業は投資家の要求利回りを満たす利益を稼いではいるものの、
決して資本コストを上回るものではないためにプレミアムが付与されないということである。

安くはあるが「割安」とは言えない。真に「割安」であれば割安修正の動きが期待できるが、そうではな
いがゆえに上値を買う向きがない。

株価が上昇するためには今の株価が真に「割安」となる必要がある。それには利益率の向上が不可欠。
高い自己資本利益率(ROE)があって初めて低 PBR を割安と言える。

現状において自己資本利益率(ROE)の向上は純利益の増加と同義である。今期・来期の増益見通し
に対して市場の確信度が高まること – それが相場上昇の鍵となる。
前回のレポートでは、上場企業の業績見通し(経常利益と純利益)についてクイック・コンセンサスを集計
したものを掲載した。震災前のアナリスト予想が震災後の決算発表を経てどう変化したかも見た。ここでは
純利益について再度示す(表 1)。
-1–
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表1: TOPIX500採用銘柄の利益と予想
純利益
2010年/3月期
6,929,782
震災前 (3月10日時点)
2011年/3月期
2012年/3月期
13,026,939 (88.0%)
15,853,323 (21.7%)
2010年/3月期
6,929,782
直近
2011年/3月期
10,524,082 (51.9%)
2012年/3月期
12,501,380 (18.8%)
2013年/3月期
16,423,430 (31.4%)
(単位:百万円)
TOPIX500採用銘柄のうち5/30までに決算発表を終えた3月決算企業、比較可能な355社(金融を除く)
()内は前年度比、▲はマイナス
はQuickコンセンサス予想
(出所)Quick Astra Managerよりマネックス証券作成
前期決算では経常利益は事前の予想と大きな差異はなかった。震災が発生したのが 3 月であり年度の
業績は経常利益レベルではほぼ固まっていたからだ。一方、純利益は大きく下振れした。震災の影響で特
別損失が膨らんだ影響を受けた。このため今期の業績は経常利益としては微減が見込まれているが、純利
益は発射台が低くなった(前期が下振れして比較対象の水準が下がった)ことにより今期は 18%強の増益見
込みである。これを日経新聞・市況欄に掲載されているデータで確認してみよう。
先週末 6 月 3 日のTOPIXの終値、前期
表2: TOPIXの1株当たり利益(EPS)
TOPIX
基 準 と 今 期 予 想 の PER か ら 逆 算 し た
816.57 ①
TOPIXの 1 株当たり利益(EPS)は表 2 の
通り。このデータでも 18%の増益率となっ
PER ( 倍)
17.19
14.55
EPS
ていて前述のクイック・コンセンサスの集
前期基準 ②
今期予想 ③
前期基準 ①/②
今期予想 ①/③
来期予想 ④
47.50
56.12 (前期比+18.1%)
73.74 (前期比+31.4%)
計データと整合的である。クイック・コンセ
(出所)日本経済新聞、Quickコンセンサスよりマネックス証券作成
ンサスで集計した来期の純利益は約 3 割増益である。日経新聞からは測ることはできないが、クイック・コン
センサスで集計した来期の増益率(+31.4%)を今期予想のEPS56.12 にかけると来期の予想EPSを 73.74 と求
めることができる i 。
市場には「多くの投資家も震災後というイレギュラーな要素の強い 12 年/3 月期だけではなく、13 年/3 月
期も視野に置くことになる。そして時間の経過とともにそのウエイトは増してゆく」 ii という声もあり筆者も同感
である。株価とは常に 1 年程度先の業績を織り込むものだ。そこで今期EPSと来期EPSを期間按分してバリ
i
もちろん、正確には 1+31.4%、すなわち 1.314 をかける。
ii
TIWマガジン「投資の眼」5 月 10 日付「株価は来期(2012 年度)の回復を織り込んだ水準か?」(藤根 靖晃氏)
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ュエーション(株価評価)に使っていくことを考える。実際に使うのはIBES iii が提供する 12 カ月フォワード予想
EPSというデータである。12 カ月フォワード予想EPSは今期と来期の予想を期間按分した今後 1 年(12 カ月)
先のEPSデータであり機関投資家等によく利用されている。直近 5 月末のIBES12 カ月フォワード予想EPSは
63.47 である。これは日経データから逆算したTOPIXの今期EPSと来期EPSとを期間按分した値と整合的で
ある iv 。
この IBES12 カ月フォワード予想 EPS 63.47 を使って日経平均の目標株価を予想する。時間の経過ととも
に不確定要因が減り市場がこの業績予想を織り込みに行けば、日経平均はどこまで上昇するかを示す。
評価モデルは前回説明した残余利益モデル=式
(1)を使用し、式(1)に代入する必要な変数は表 3
にまとめた。ここで説明が必要なのは成長率gであ
ろう。成長率gはサステイナブル成長率(長期にわ
表3: 各変数
B (BPS、1株当たり純資産) = TOPIX / PBR
ROE (自己資本利益率)
= EPSIBES / BPS
k (要求利回り)
= 1 / PER
g (長期成長率)
-
808.49
7.85%
6.87%
2.50%
たって達成可能な成長率)とされ、一般にはROEと内部留保率 v の積で表される。しかし、日本企業のように
利益率が変動しやすい場合、直近のROEを「長期にわたって達成可能な成長率」として使用することは明ら
かに不適当であると思われる。
長期にわたる 1 株当たり純資産の成長率データがある(松前[2010]) vi 。残余利益モデルとは簡単に言う
と純資産がどれだけ成長するかを示すモデルであるので、このデータは成長率gとして使用できそうだ。分
析対象の指数はMSCI JAPANであり我々が使うTOPIXとは異なるユニバースであることに留意が必要だが、
それによると 1975 年から 2009 年の間の 1 株当たり純資産成長率は平均で 2.9% であることが示されている。
筆者がTOPIXのPBRの成長率を調べたところ 2000 年 9 月から 2011 年 5 月までの期間で 2.1%であった。統
計は短い期間では信頼性に足らないが、長過ぎてもまた過去の傾向を引きずる問題がある。ここではその
両者の平均((2.9%+2.1%)/2 = 2.5%)を成長率として使うことにしたい。過去 35 年近くの長期のデータに 2000
年以降のバイアスを加味した形となり、これを長期成長率として使うことに一定の合理性が得られると考え
iii
IBES: Institutional Brokerage Estimate System アナリストによる個別企業の業績予測を集計したもの。日本のクイック・コンセ
ンサスと同様のサービス。
iv
今期 EPS は 9 カ月(7 月~来年 3 月)分とし、後の 3 カ月は来期 EPS を反映させる。IBES の予想 EPS とほぼ近い値となる。
56.12 
9
3
 73.74   60.53
12
12
v
内部留保率: 当期純利益が利益剰余金へ分配される割合。1-配当性向で表される。
vi
松前俊顕「グローバル株投資への移行 -ホームカントリーバイアスのコスト-」(証券アナリストジャーナル 2010 年 9 月)
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る。式(1)に表 3 の変数を代入して、まずTOPIXの目標株価を求める。
P B
BROE  k 
 (1)
kg
TOPIX
PBR
816.57

1.01
 808.49
BPS 
P  808.49 
EPS IBES
BPS
63 .47

808 .49
 7.85 %
ROE 
1
PER
1

14.55
 6.87%
k
g  2.50%
808.49  7.85%  6.87% 
6.87%  2.50%
 989.80
注:表示は小数第 3 位を四捨五入
以上から、TOPIX の目標株価は 989.80 と求めることができる。それは 6 月 3 日の終値対比 21%高い水準
である。仮に日経平均がこれと同じ率で上昇するとすれば 11,506 円となる。直近、TOPIX は日経平均に対し
て劣後しておりその結果 NT 倍率が過去 1 年の高値圏にある。今後、市場が上昇する過程で NT 倍率の調
整が起こる – すなわち TOPIX の上昇に日経平均がついていけないケースを想定、過去 1 年の最低(10.96
倍)まで NT 倍率が低下するとすれば
TOPIX 目標株価 989.80 × 10.96 倍 = 10,848 円
が日経平均の目標株価となる。
TOPIX 優位となるか、あるいは日経平均が優位となるか物色傾向次第、相場つきにもよるが日経平均の
高値目標は、
震災前の今年の高値 10,891 円に迫る 10,850 円から、
アップサイド・シナリオとして昨年春の高値 11,408 円を超える 11,500 円
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と予想する。
今後の相場展開としては、4-6 月期の決算発表が開示される夏場までは上昇に転じるきっかけをつかみ
にくいだろうと考える。四半期業績として最悪となるであろう 4-6 月期の決算を見て、そこでアク抜け感が出
ることに期待している。その時期には実際に夏場の電力不足への対応も見定めることができる。以降の業
績見通しの確度が増して、年度後半の業績回復を織り込み始める時期と想定する。よって目標株価達成の
時期としては年後半、年末に近づくほど、その実現性が高いだろう。
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