平成 28 年度 証券ゼミナール大会 第 2 テーマ A ブロック 金融グローバル化の中で新興国が 直面する問題 -通貨危機の発生可能性と政策対応- 山口大学 経済学部 1 兵藤ゼミ 1章 1節 5 東アジア新興国が直面する金融問題 新興国経済の現状 東アジア新興国の経済の状況を述べる前に、その他の新興国の経済の状況につ い て 考 え て い き た い と 思 う 。ま ず 、新 興 国 と 言 わ れ る 国 に つ い て 例 を 挙 げ る と 、 BRICS や ネ ク ス ト イ レ ブ ン や VISTA が あ る 。 そ の 中 の い く つ か の 新 興 国 の 経 済の状況について述べていく。 ま ず 、 BRICS の ひ と つ で あ る ロ シ ア に つ い て 述 べ る 。 ロ シ ア は 2000 年 か ら 10 2007 年 に 年 平 均 に し て 7 パ ー セ ン ト の 経 済 成 長 を 遂 げ た 。こ れ は い わ ゆ る 2000 年代モデルと言われるものである。その原因として挙げられることは、石油、 ガスといった資源に過度に依存していたためであり、この経済成長も石油価格 高 騰 の 影 響 に 基 づ い た も の で あ っ た 。2013 年 以 降 は 経 済 成 長 率 が 1.3% で あ り 、 これは石油価格が高騰しなくなったことが強く影響している。つまり、ロシア 15 経済は石油価格といった外的要因に強く左右されている。 次 に 、 ブ ラ ジ ル に つ い て 、 ブ ラ ジ ル は 2004 年 に 、 5.7% の GDP 成 長 率 を 実 現 し 、2005 年 と 2006 年 に は 3% の 経 済 成 長 率 を 維 持 し た 。2007 年 に は 6.1% 、 2008 年 に は 、 5.2% と い う 高 い 成 長 率 で あ り 、 2009 年 に は 0.3%に 落 ち 込 ん だ が 、2010 年 に は 7.5% に 回 復 し た 。し か し 、2011 年 以 降 経 済 状 況 は 徐 々 に 悪 化 20 し 、2% 台 に ま で 低 迷 し た が 、ブ ラ ジ ル の 経 済 状 況 は 見 か け ほ ど 悪 く な い と 評 価 されている。 次 に 、 中 国 に つ い て で あ る が 、 中 国 は 中 国 の 2014 年 の 第 4 四 半 期 の 成 長 率 は 7.3%で あ っ た 。こ れ は ,中 国 が 改 革 開 放 に 転 換 し て か ら( 1979 年 - 2013 年 ) の 成 長 率 ( 年 平 均 9.8% ) と 比 べ て , ま た , リ ー マ ン シ ョ ッ ク 以 降 ( 2 0 0 8 25 年 第 4 四 半 期 ~ 2 0 1 4 年 第 4 四 半 期 )の 成 長 率( 年 平 均 8.6% )と 比 べ て も , 低 い 水 準 で あ っ た 。こ の 8.6% を 潜 在 成 長 率 と 見 な し , 景 気 判 断 の 基 準 と す る と , 中 国 経 済 は , リ ー マ ン シ ョ ッ ク 直 後 の 2008 年 第 4 四 半 期 か ら 低 迷 期 に 入 った。中国政府は早い段階で大幅な金融緩和を推し進め,4兆元に上る大規模 な 景 気 対 策 を 実 施 し た 。こ れ を 受 け て 経 済 成 長 率 は 回 復 を 遂 げ て 、2009 年 第 3 30 四半期から好況期に転じた。しかし、その後はインフレ率が高まるにつれて, 2 それまでの緩和策が引き締め策に転換されたことを契機に、経済成長率は低下 し は じ め て 2012 年 の 第 一 4 半 期 以 降 は 低 迷 期 に 入 っ て い る 。 ま た こ の 引 き 締 め策への転換により、住宅バブルも調整局面に入り、住宅バブルの崩壊が懸念 されている。 5 次に、東アジア新興国のタイ、インドネシア、フィリピン、マレーシアにつ いて述べる。 図 1- 1 GDP成長率 15 10 5 0 -5 -10 -15 タイ フィリピン インドネシア IMF よ り 作 成 10 図 1- 2 1人当たりのGDP 160000 140000 120000 100000 80000 60000 40000 20000 0 タイ フィリピン IMF よ り 作 成 3 マレーシア マレーシア 全体的な新興国の現状として、過去に見られたような成長はなく横ばいにな っ て い る 。1 人 あ た り の GDP に 関 し て も 成 長 率 が 低 い と い え る 。次 に 外 貨 準 備 率の推移を見ていく。 図 1- 3 外貨準備残高 推移 180000 160000 140000 120000 100000 80000 60000 40000 20000 0 2006 2007 タイ 2008 2009 2010 フィリピン 2011 2012 マレーシア 2013 2014 2015 インドネシア 5 IMF よ り 作 成 図 1- 3 よ り リ ー マ ン シ ョ ッ ク の 発 生 し た 2008 年 か ら 2010 年 ま で い ず れ の 国も外貨準備残高が増加している。いざれの国も自国が金融危機に陥らないよ うにする。あるいは陥ったとしても他国に対して外貨建て債務の返済がこんな 10 にならないように外貨を多く準備するなどの対応がとられたといえる。また、 図 1- 3 よ り 最 近 の 外 貨 準 備 残 高 は ピ ー ク を 過 ぎ て は い る も の の 、 ひ と 昔 よ り も多く準備されるようになっている。リーマンショックで先進国の金融危機が 自国にも波及するため、外貨を多く準備することで危機に備えようと考えるよ うになったのだろう。 15 4 2節 新興国の直面する問題 ア ジ ア 通 貨 危 機 が 1997 年 の 7 月 に タ イ を 中 心 に 発 生 し た 。 こ の 通 貨 危 機 後 に 東アジア域内における経済的な結びつきが強まってきているが、そこにはいく 5 つかの問題点がある。 一つ目に挙げられるのは、各国の通貨・為替制度についてである。東アジア 諸国では、現在通貨・為替制度が統一されてなく、このことで通常の通貨交換 コストと域内の為替レートの変動が大きくなってしまう。具体的に言うと、通 貨の変化にコストがかかり、相場が安定しなくなってしまうことである。東ア 10 ジア域内各国の為替制度がバケット方式からドルペッグ式、そして変動相場制 な ど 多 様 で あ り 、協 調 が と れ て い な い こ と が 主 な 原 因 で あ る 。こ れ が 影 響 し て 、 東アジア諸国間の通貨間の乖離が広がっている。 このような事態を打開するために、アジア金融協力の実現が考えられるのだ が 、 そ こ に も 問 題 点 は あ る 。 EU に つ い て 考 え て み る と 、 ヨ ー ロ ッ パ 連 合 に は 15 文化や宗教の観点から見ても長い歴史と繋がりがある。アジアにはそれぞれの 歴史や伝統に繋がりがなく、協力が難しい状況となっている。 また、アジア諸国では歴史や文化宗教間での衝突が多く、アジア各国の相互 不信があり金融協力はなかなか進展していない。また、アジア各国の経済制度 や経済構造自体に各国で大きな差異があり、それもアジア通貨協力が進展しな 20 い理由である。 ほ か に も 、EU と 比 べ て み る 大 き な 違 い あ り 、そ れ が「 リ ー ダ ー 」と な る 存 在 がいないことである。ヨーロッパの通貨統合が成功したのには、経済が安定し ているドイツとその通貨であるマルクがあった。現在、日本の地位が高まり、 国際化も進んではいるがアジアの統率がとれるほどのリーダーシップが取れる 25 と は 考 え 難 い 。 ア ジ ア に は EU で い う と こ ろ の ド イ ツ の よ う な 存 在 が 欠 け て い るのである。 30 5 3節 東アジア新興国の中央銀行と通貨政策 1997 年 に ア ジ ア 通 貨 危 機 が 発 生 し た が 、そ れ ま で は 東 ア ジ ア で は 米 ド ル ベ ッ ク 制がとられていた。多くの新興国経済は脆弱であるため、新興国の通貨を安定 5 させるためには固定相場制が妥当である。しかしながら、現在も多くの新興国 で採用されているドルベック制はドルの安定性に乗じて恩恵を受けている一方 で、ドル通貨が不安定になると新興国経済がダメージを受けるといった弊害も ある。そして、通貨危機を引き起こした原因もまさにそこにあるわけである。 アジア通貨危機を受けて東アジア諸国では、国によって異なる通貨制度がと 10 られるようになった。大きく分けて三つあるが、一つめは金融危機後も米ドル ベック制を採用している国である。香港やマレーシアが挙げられる。中国もこ れに近い制度をとっている。 二つ目は、通貨危機後に変動相場制へと移行した国であり、タイ、韓国、イ ンドネシアマレーシアが含まれる。危機後もバケットレートを維持しているシ 15 ンガポールは三つ目の制度に分けられる。 ASEAN 諸 国 の 通 貨 制 度 と し て 、 通 貨 危 機 前 は 通 貨 バ ス ケ ッ ト 方 式 と よ ば れ る管理為替レートが採用されていた。バスケットレートを決定するときの各通 貨のウエイトは未公開であり、そのウエイトもよく変更されていた。しかし、 通貨危機以前の為替レートによると、ほとんどの東アジア諸国は米ドルに圧倒 20 的なウエイトをおいていた。 し か し 、1997 年 に タ イ バ ー ツ が 暴 落 し 、変 動 相 場 制 へ と 移 行 し た の ち フ ィ リ ピンのペソ、マレーシアのリンギ、インドネシアのルピアは実質的に切り上げ られることになった。このことによって、東アジア諸国のなかでも、ドルベッ ク制から変動相場制へと移行する形となったのである。 25 しかしながら、これらの通貨制度には、それぞれいくつかの問題点がある。 まず、一つ目に挙げた米ドルベック制について述べる。ほとんどの東アジア諸 国にとって、アメリカは最大の輸出相手国である。しかし、東アジア諸国の輸 出は、日本をはじめとして他の東アジア諸国に対しても広がってきている。そ して、輸入に関しては、日本が最大の相手国である国が大半であり、他の東ア 30 ジア諸国を相手国とする国も多数であり、その依存度は高まってきている。つ 6 まり、貿易面から考えると、東アジア諸国にとっては、アメリカは重要な貿易 相手国ではあるが、アメリカにそれほど依存しているという状況にはない。そ れ を 踏 ま え る と 、東 ア ジ ア 諸 国 に お い て 、米 ド ル・ベ ッ ク 制 を 採 用 す る こ と は 、 それぞれの国の為替レートを安定させるうえで問題がある。日本の円と米ドル 5 の間の為替レートが、しばしば大きく変動するという状況にある中で、そのよ うな場合に大きな弊害をもたらす可能性があることも事実である。 二つ目に挙げたタイのような通貨危機後に変動相場制へと移行した国につい て 、 マ レ - シ ア で 固 定 相 場 制 が 1998 年 9 月 に 導 入 さ れ た が 、 そ れ 以 前 は 、 シ ン ガ ポ ー ル・ド ル な ど と 同 様 に 、タ イ の バ ー ツ も 日 本 円 と 強 い 連 動 性 が あ っ た 。 10 タイのバーツが米ドルよりも 日本円とはるかに安定した関係があったことが 事 実 で あ る 。 し か し な が ら 、 マ レ - シ ア で 固 定 相 場 制 が 導 入 さ れ た 1998 年 9 月以降の推計では、タイ・バーツでもその結果が一変した。マレ-シアでの固 定相場制の導入が、タイ・バーツの動きに大きな影響を与えたのである。この ように他国からの影響を受けやすかった状況にあったことが分かる。 15 20 25 30 7 4節 東アジア新興国の抱えるシステミックリスク 東アジア新興国が連携するにあたって懸念される、システミックリスクについ て述べていく。システミックリスクは、金融機関が、金融市場での資金調達が 5 困難となり、流動性が不足することによって短期金利が上昇し、ますます金融 市場での資金調達が困難となり、金融機関の破綻が相次ぐことをさす。東アジ ア新興国において、このような状況になり得るのは、通貨危機のような状況で あり、例を挙げると、アジア経済危機の発生である。アジア通貨危機は急速に 拡大し、東アジアの経済に深刻な影響を与え、ロシアや中南米にも飛び火し 10 た。モノ、サービス、カネなどの国境を越えた自由な移動ができるようになっ たことにより、各市場の間の相互依存度は高まり、システミック・リスクとい う、個々の国家では対応しきれない問題を表面化させることになった。このよ うに、個々の国で起きた問題がその他の国や地域に広がることが懸念されてお り、それは東アジア新興国の結びつきが深まれば深まるほど深刻になっていく 15 問題である。 また、そのほかにも政情不安という問題もある。東アジア新興国でまとまろう としていても、互いの国の政情不安への懸念があり、相互不信が募るという問 題がある。 こ の 問 題 に つ い て 、 タ イ に つ い て で あ る が 、 タ イ は 2006 年 に ク ー デ タ ー が 発 20 生し、タクシン元首相派と反タクシン派の政権が目まぐるしく入れ替わる状況 が 続 い て い て 、 2013 年 11 月 以 降 に も 犯 タ ク シ ン 派 に よ る 大 規 模 な デ モ が 発 生 し 、 2014 年 の 総 選 挙 で も 決 着 が つ か ず 、 こ の 争 い は 長 期 化 す る も の と み ら れ ている。ミャンマーは、政治情勢は大きく改善されつつあるが、少数民族武装 組織との全国停戦、和平状態が続いている。連鎖不安に関しては、韓国が東ア 25 ジア全体をリードしており、韓国からマレーシアへの因果性があり、それが東 アジア全体に景気波及をもたらし、香港や台湾、シンガポールは韓国とマレー シアの影響を受けてその他の国への影響を及ぼしている。 どの国においても国の経済を支えるのは国民であり、その国民が政治や国に 対して不信感を持つことは経済を停滞させてしまうことに繋がりかねない。ま 30 た、それが連鎖することによって近隣国に対しても影響を及ぼすことも考えら 8 れる。そのような事態を避けるためにも、各国の政情不安を解消することも必 要になっている。 5 10 15 20 25 30 9 2章 1節 5 金融グローバル化と先進国・新興国の関係 金融グローバル化とは 世界経済では金融のグローバル化が進み、今ではこの進展は常識とされてい る 。 IT・ 情 報 技 術 な ど の 向 上 も あ り 、 各 国 同 士 の 繋 が り は 深 ま る こ と と な っ た。実際、過去数十年の間に国際金融市場は拡大し、外国為替市場や資本市場 などにおける取引量は活発化している。次のグラフは外国為替市場の取引高の 総計をあらわすグラフである。 10 図 2- 1 外国為替取引高推移 8000 7000 単位:ドル 6000 5000 4000 外国為替取引高推移 3000 2000 1000 0 BIS よ り 作 成 1995 年 か ら 2016 年 ま で で お お よ そ 4 倍 へ と 規 模 が 拡 大 し て い る こ と が わ か る。今では金融のグローバル化は経済政策を考える上で外せない課題となって 15 いるのである。 では、そもそも金融のグローバル化とはどのようなものであるのだろうか。 ここでは、金融のグローバル化の定義から始めることとする。金融のグローバ ル 化 と は 、世 界 中 の 数 あ る 市 場 が 一 体 と な っ て ひ と つ の 市 場 を 成 す も の で あ る 。 すなわち、ヒト、モノ、カネといったあらゆるものが自由に行き来することが 20 でき、自由に取引ができることを指す。これを金融システムで言い表すと、地 球規模での経済の造りやシステムを意味する。つまり、市場制度や貨幣制度な 10 どあらゆる制度や国家の価値観にも影響を与えることになる。 現代の世界では、この金融のグローバル化の定義と現在の世界経済を比較して みると、文化的な壁や通貨の違いなどグローバル化の理想を実現することは困 難 で あ る 。ま た 、金 融 の グ ロ ー バ ル 化 に よ っ て 問 題 も 発 生 し て い る 。次 節 で は 、 5 金融のグローバル化によって起きた問題について述べていく。 10 15 20 25 30 11 2節 金融グローバル化と連鎖的経済危機 金融のグローバル化によって経済規模が大きくなることが期待されるが、こ れによる弊害もある。その一つが経済危機である。経済危機とは通貨価値の急 5 激な下落や景気が不安定になることによって、その国の経済が危機的な状況に 陥っている状態のことであるが、金融グローバル化によって周辺国、あるいは 世界中に経済危機が波及してしまう可能性がある。では、連鎖的経済危機とは どのようなものであるのか。ここでは経済危機の中でも代表的である世界金融 危機を例に各国にどのような影響があったのかを述べていく。 10 世界金融危機とはサブプライム住宅ローン問題をきっかけとして起きた経済 危機を総称するものである。大きな出来事としては、発端となったサブプライ ム住宅ローン問題、アメリカの大手投資銀行であったリーマン・ブラザーズが 破産したことなどが挙げられる。では各国において世界金融危機でどのような 影響があったのだろうか。 15 ま ず 、 リ ー マ ン シ ョ ッ ク の 当 事 者 で あ る ア メ リ カ の GDP 成 長 率 を 見 て み る。 図 2- 2 アメリカのGDP成長率 6 5 4 3 2 1 0 -1 -2 -3 -4 IMF よ り 作 成 12 図 2- 2 よ り リ ー マ ン シ ョ ッ ク の 起 き た 2008 年 か ら 2009 年 は 成 長 率 が マ イ ナ ス と な っ て お り 当 事 者 で あ っ た 以 上 大 き な 影 響 を 受 け て い る 。 2010 年 以 降 は 従 来 の 成 長 率 に 戻 っ た 。 2015 年 12 月 に は ア メ リ カ 経 済 や 失 業 率 が 十 分 に 回 復 し た と FRB に 判 断 さ れ 利 上 げ が 決 定 さ れ た 。 こ の よ う に 、 ア メ リ カ は リ 5 ーマンショックの影響を直接受けたが現在のアメリカ経済はリーマンショック 以前の水準まで回復したといえる。 アメリカで発生し、新興国にはあまり関係のなさそうなリーマンショックで あった。し か し 、 図 1- 1、 図 1- 2 を 振 り 返 る と 新 興 国 で も 2008 年 、 2009 年 の GDP 成 10 長率が低下しているのだ。これは、リーマンショックの影響を新興国でも受け てしまったと判断できる。つまり、金融グローバル化によって先進国の金融危 機が新興国にまで波及してしまうというのだ。 新興国において世界金融危機の影響は今でも残っており、経済危機の連鎖に よるダメージは大きなものとなっている。金融のグローバル化による弊害とし 15 てこのような問題も考えられるのである。金融のグローバル化のなかで経済危 機を予防・防止するためには、各国で協力し経済政策を考えていくことが必要 とされるのである。 20 25 30 13 3節 東アジア通貨危機と先進国の対応 2 節では世界金融危機を例に連鎖的経済危機の危険性を示したが、経済危機 は東アジアにおいても発生している。ここでは、この東アジアの通貨危機に対 5 して日本がどのような対応をとったのかを述べる。 一 つ 目 に 、IMF を 中 心 と す る 国 際 的 枠 組 み の 中 で の タ イ ・ イ ン ド ネ シ ア ・ 韓 国 に 対 す る 二 国 間 支 援 を 行 っ た 。タ イ に 40 億 ド ル 、イ ン ド ネ シ ア に 50 億 ド ル 、 韓 国 に 100 億 ド ル の 支 援 を 行 っ て い る 。二 つ 目 に 、国 際 機 関 を 通 じ た 支 援 と し て 世 界 銀 行 、ADB に 対 し て 支 援 を 行 っ た 。三 つ 目 に 、日 本 独 自 の 支 援 を い く つ 10 か行っている。輸銀への融資であったり、貿易保険関係、構造調整支援などが 挙 げ ら れ る 。最 後 に 、総 合 経 済 対 策 に よ る ア ジ ア 支 援 と し て 、総 額 約 54 億 ド ル の資金確保をしている。以上が日本の行った通貨危機支援であるが、実際の効 果はあったのだろうか。二国間支援の成果について効果があったのかを見てい くこととする。 15 次のグラフはインドネシア・韓国における為替相場を表すグラフである。 図 2- 3 対ドルレート 為替相場 16000 14000 12000 10000 8000 6000 4000 2000 0 韓国 インドネシア OECD よ り 作 成 14 二 国 間 支 援 に つ い て 、イ ン ド ネ シ ア に つ い て は 1997 年 11 月 に 、韓 国 に お い て は 1997 年 12 月 か ら 開 始 さ れ た わ け で あ る が 、こ の 時 期 よ り 各 国 大 き く 持 ち 直していることがわかる。 以上のように、先進国の支援はその国の経済危機大きく改善することができ 5 たと言える。 先進国においては、新興国の経済危機を見過ごさずに支援していくことが必 要とされるのである。 10 15 20 25 30 15 4節 先進国経済の新興国経済への影響 これまで経済危機・金融危機について述べてきたが、ここでは先進国経済や 先進国の経済政策が新興国経済にどのような影響を及ぼしたのか、金融緩和に 5 よる影響を例に述べる。 ア メ リ カ は リ ー マ ン・シ ョ ッ ク 時 に QE1、QE2 と 二 度 に わ た っ て 金 融 緩 和 政 策 を 行 っ て い る 。 2008 年 か ら 2010 年 6 月 ま で に 行 わ れ て い る も の が QE1、 2010 年 11 月 か ら 2011 年 6 月 に か け て 行 わ れ た の が QE2 で あ る 。こ の 金 融 緩 和による新興国への影響を考える。 10 図 1- 1 を 見 る と 、 2009 年 の リ ー マ ン シ ョ ッ ク の 影 響 で み ん な 成 長 率 が 大 幅 に 減 少 し て い る 。翌 年 は 従 来 の 成 長 率 を 取 り 戻 し て い る 。し か し 、2011 年 に は 再び成長率が減少している。この年は欧州危機が発生しユーロの下落に伴い他 国 通 貨 も 下 落 し た 。GDP 成 長 率 だ け で は 新 興 国 経 済 が 先 進 国 経 済 に 影 響 さ れ て いるのか断定できないので次に、為替相場についての推移を見る。 15 図 2- 4 為替相場 推移 70 60 50 40 30 20 10 0 インド 中国 ブラジル IMF よ り 作 成 為 替 相 場 も 、 ア メ リ カ の リ ー マ ン シ ョ ッ ク の 影 響 を 受 け 2009 年 に 入 っ て 一 旦 下 が っ て は い る も の の 、2010 年 に は 持 ち 直 し た こ と が 確 認 で き る 。ま た 、ブ ラ 16 ジ ル は 2011 年 で は 欧 州 通 貨 危 機 の 影 響 を 受 け 再 び 下 落 が 記 録 さ れ て い る 。 イ ンドの場合管理変動相場制を採用している。この制度は基本的には変動為替相 場 制 で あ る が 極 端 な 変 動 の 場 合 RBI( イ ン ド 準 備 銀 行 ) が 介 入 し て 為 替 を 安 定 させる。つまり、変動為替相場制と固定為替相場制の中間のような政策を導入 5 している。このため他国よりも為替の変動幅が小さいと考えられる。中国は固 定為替相場を採用しているため基本的には為替の変動はない。ブラジルは変動 為替相 場制を採用しているため金融危機が発生すると為替が大きく変動することがあ る。 10 2 章を振り返ってみると先進国で発生した出来事が新興国にまで波及して大 きな影響を与えているということが明らかである。金融グローバル化の負の一 面があらわになったところで、新興国は先進国経済に振り回されないようにど のような対策を行わなければならないのだろうか。新興国同士で協力して金融 危機に対応できないだろうか。我々は解決案としてチェンマイイニシアチブ 15 ( CMI) の 構 築 を 提 案 す る 。 20 25 30 17 3章 1節 5 最適通貨圏と東アジア通貨同盟の可能性 最適通貨圏とは 最適通貨圏とは、マンデルによって提唱された理論である。この理論は、要 素移動可能性が存在する経済圏は為替相場を変動為替相場から固定為替相場に よって結びつけ、共通通貨を導入することが可能になる共通通貨制度のことで ある。主に、要素移動可能性は労働力の移動のことを示している。実際の例と し て は EU が 挙 げ ら れ る 。 10 労働力の移動が自由な通貨圏を構築してその中の地域について個別の金融政 策を放棄しても労働力の移動が地域の景気変動を調整することが可能であると した。金融政策の独立性を失うことのリスクよりも同一通貨を大きな地域で利 用できるメリットが上回る。通貨は使用される範囲が大きいほど、相互に信頼 され利用における取引コストが小さくなるほど大きな利益がもたらされる。こ 15 のことで通貨には規模の経済が働く。コストを考えなければ通貨圏は大きけれ ば大きいほど望ましいということである。ここで、2 国間の労働力の移動が自 由であればどのような利点があるかを例示する。ある 2 国 A 国と B 国がある。 外 的 シ ョ ッ ク に よ り A 国 の 商 品 の 需 要 が 低 下 、B 国 の 商 品 の 需 要 が 増 加 し た 場 合 、短 期 的 に 価 格 が 硬 直 的 で あ れ ば A 国 に は 労 働 力 の 超 過 供 給 が 発 生 B 国 で は 20 労 働 力 の 超 過 需 要 が 発 生 す る 。こ の と き 、A 国 か ら B 国 へ の 労 働 移 動 に よ り 二 国間の問題は解決される。しかし、通貨圏で独自の金融政策を放棄するという リスクを考える必要がある。ここで、経済の同質性が高くなければならないと いう条件も加わる。 経済圏が均一で対称的であれば域内全体に対する政策は一つで十分である。 25 景気変動が一致、経済発展レベルがそろい、マクロ経済指標の差が小さいほど コストは小さくなる。財政政策などの代替政策が容易であればあるほど金融政 策の独立性を失うリスクは小さくなる。金融政策の独立性を失うデメリットと して、相対的購買力平価の関係より長期では独自のインフレ率を選択できない というものである。だが、経済厚生が実物経済の状況に依存するのであれば、 30 域内でインフレ率をそろえることはコストではない。短期では金利平価の関係 18 より固定為替相場において金利をそろえる必要がある。インフレ率がそろえら れた後、金利をそろえ、時間選好率が同じであれば困難ではない。中期的には 景気対策として金融政策は有効とされている。金融政策を失うコストを補うも のとしてマンデルは労働力の移動を重視した。 5 このことから、最適通貨圏は経緯変動が同じようなサイクルを描き、類似の インフレ率を持ち、ほかに有効な財政などの政策手段を持つ範囲となる。通貨 の便利さというメリットは実際の資源配分からもたらされる利益に裏付けされ なければならない。 ところで、通貨がいかに便利であっても通貨圏によってもたらされる利益は小 10 さい。逆に域内での取引が活発であり、その取引が通貨の利便性を向上でさら に推進される場合に大きな利益になる。このことから、労働の移動性と、経済 の同質性、域内の貿易の相互依存の高さも最適通貨圏を決める要因である。 15 20 25 30 19 2節 東アジア経済の同質性と労働の移動性 最適通貨圏が東アジアに適切であるかを示すために東アジア経済の同質性 と労働の移動性について考えなければならない。 5 まず、東アジア経済の同質性について考察する。まず、東アジアの 3 か国の 経済成長率とインフレ率を示したデータを提示する。 図 3- 1 GDP成長率 20 15 10 5 0 -5 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 ブルネイ 10 カンボジア IMF よ り 作 成 20 モンゴル 図 3- 2 インフレ率 50 40 30 20 10 0 -10 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 ブルネイ カンボジア モンゴル IMF よ り 作 成 経済成長率とインフレ率がそれぞれの国が同じような推移、もしくは近年近い 5 経済成長率、インフレ率であれば経済の同質性があると判断できる。しかし、 図 3- 1、 3- 2 か ら 読 み 取 れ る よ う に そ れ ぞ れ の 国 で は 成 長 率 が 大 き く 異 な っ ている。インフレ率も政情が不安定になれば大幅に上昇し他国の変動値よりも 大 き く 離 れ る な ど の こ と が 読 み 取 れ る 。 図 3- 1 で は リ ー マ ン シ ョ ッ ク の 発 生 し た 2009 年 は す べ て の 国 が 低 成 長 率 で あ っ た 。 し か し 、 そ れ 以 外 で は 大 幅 な 10 経済成長を達成している国や、政情不安などで経済成長をなかなか達成できな い 国 な ど の 差 が 見 ら れ る 。 図 3- 2 で は 政 情 不 安 が 成 長 率 よ り も よ り 顕 著 に 表 れ て い る 。具 体 的 に は イ ン ド ネ シ ア の 1998 年 の 非 常 に 高 い イ ン フ レ 率 で あ る 。 1998 年 5 月 イ ン ド ネ シ ア で 当 時 の 大 統 領 ス ハ ル ト 氏 の 退 陣 を 求 め る 学 生 デ モ がトリサクティ大学で行われた。ここで、学生 4 人が治安当局から発砲され死 15 亡した。これがきっかけとなりジャカルタ大暴動が発生、中華系インドネシア 人も中心に千数百名の命が奪われた。それからスハルト大統領の退陣を求める デモが全国でひろがった。このとき、各地は荒れ、略奪も少なくなかったとい 21 う。この事例から政情が不安定だと経済も不安定であり通貨圏を構築しても足 をひっぱるだけである。以上のことから、東アジアの経済の同質性はあまりな いといえる。 次に東アジアの労働の移動性に関して考察する。日本、韓国、シンガポール 5 の外国人労働者に関するデータを提示する。 図 3- 3 外国人労働力の割合 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 日本 韓国 シンガポール ドイツ フランス イギリス 外国人労働力の割合 ( ド イ ツ 、 フ ラ ン ス の み 2009 年 度 の デ ー タ 。 残 り は す べ て 2014 年 の デ ー タ ) デ ー タ ブ ッ ク 国 際 労 働 比 較 2016 よ り 作 成 10 図 3- 3 よ り 労 働 の 移 動 性 は 日 本 、 韓 国 に お い て は 高 く な い と い え る 。 シ ン ガ ポールにおいては全体の約 4 割が外国人労働者で占められていることから労働 の移動性が非常に高いといえる。なぜ先進国である日本、韓国の労働の移動性 が低いのか。まず、日本では単純労働の外国人労働者の受け入れを禁止してい る。ただ、日系人の単純労働は認めているため一定数の外国人労働者が存在す 15 る 。 韓 国 で は 2004 年 か ら 雇 用 許 可 制 と い う 単 純 労 働 を 含 む 外 国 人 労 働 者 の 受 け入れを認める政策を導入した。この政策により韓国では外国人労働者数が増 加 傾 向 に な っ た 。た だ 、2014 年 デ ー タ か ら 韓 国 の 外 国 人 労 働 者 数 は 全 体 の 2.1% 程 度 で あ り 日 本 の 1.2% と 0.9% し か 変 わ ら な い こ れ で は 韓 国 も 労 働 の 移 動 性 が高いといえない。シンガポールは、少子高齢化問題への対策として積極的に 22 外国人労働者を受け入れる政策をとってきた。そのためシンガポールにたくさ んの出稼ぎ労働者が流入することになった。結果として非常に多い外国人労働 者 が 存 在 す る 。 図 3- 3 に 挙 げ た 国 以 外 で は イ ン ド ネ シ ア の 外 国 人 労 働 者 の 受 け入れの現状について述べる。インドネシアでは外資の増加により自国の人材 5 育 成 の た め に 人 事 役 員 、 人 事 マ ネ ー ジ ャ ー な ど 19 の 業 種 で 外 国 人 労 働 者 の 雇 用 を 制 限 し て い る 。そ の 他 の 業 種 で も 外 国 人 労 働 者 1 人 雇 う た め に イ ン ド ネ シ ア 人 10 人 以 上 の 雇 用 が 必 要 で あ る な ど 、 労 働 の 移 動 性 が 低 く な る 要 素 が 存 在 しており、労働の移動性も低い。以上のことから、シンガポールは労働の移動 性が高いもののその他の国は労働の移動性が低いため東アジア全体では労働の 10 移動性は低いといえる。 15 20 25 30 23 3 節 欧州通貨同盟とアジア経済圏の比較 アジア通貨圏と欧州通貨同盟の二つを比較することによりアジア通貨同盟 が机上の空論ではないということを示す。まず、すでに成立している欧州通貨 5 同 盟 に つ い て 論 じ る 。 欧 州 通 貨 同 盟 は 、 1990 年 に 始 ま り 、 1999 年 に は ユ ー ロ を 導 入 、今 日 ま で 継 続 し て い る 。し か し 、イ ギ リ ス の EU 脱 退 に よ る 域 内 の 国 々 の離脱の動きなどにより同盟の存続が危ぶまれている。まず、欧州通貨同盟の 経済成長率とインフレ率を提示する。 図 3- 4 成長率 8 6 4 2 0 -2 -4 -6 -8 -10 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 オーストリア 10 フランス IMF よ り 作 成 15 24 ドイツ ギリシャ イタリア 図 3- 5 インフレ率 10 8 6 4 2 0 -2 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 オーストリア フランス ドイツ ギリシャ イタリア IMF よ り 作 成 図 3- 4、 3- 5 よ り 全 体 的 に ほ ぼ 同 じ よ う な 成 長 率 、 イ ン フ レ 率 の 動 き を し て 5 い る 。 ギ リ シ ャ は 2009 年 以 降 成 長 率 が 他 国 よ り 低 く 、 イ ン フ レ 率 が 高 く な っ て い る 。2009 年 に 発 生 し た ギ リ シ ャ 危 機 に よ り ギ リ シ ャ 経 済 は 縮 小 し 、低 成 長 率になった。しかし、ギリシャ以外の国ではほぼ同じような成長率とインフレ 率 で あ る た め 欧 州 通 貨 同 盟 間 の 経 済 の 同 質 性 が 高 い と い え る 。 一 方 、 図 3- 1、 3- 2 よ り 東 ア ジ ア 通 貨 圏 で は 経 済 成 長 率 が 国 に よ っ て バ ラ バ ラ で あ り 、イ ン フ 10 レ率も異なる。さらには政情不安という要素も加わり東アジアは欧州よりも圧 倒的に不安定である。これらのことから、欧州通貨同盟のほうが東アジア通貨 同盟よりも経済の同質性が圧倒的に高いといえる。 次 に 労 働 の 移 動 性 に つ い て 比 較 し て み る 。 図 3- 3 か ら 労 働 の 移 動 性 は 欧 州 通貨同盟のほうが高いことを読み取ることができる。シンガポールが欧州より 15 も労働の移動性が高いと読み取ることが可能であるが、日本や韓国などの国が 欧州に比べて労働の移動性が低いので、東アジア通貨同盟は欧州通貨同盟より も労働の移動性が低いといえる。 したがって、経済の同質性と労働の移動性が欧州通貨圏の方が東アジア通貨 同盟よりも優れているといえる。よって、欧州通貨同盟の方が東アジア通貨同 20 盟よりも、最適通貨圏を満たしている。 25 4 節 東アジア通貨同盟の可能性 これまでで東アジア通貨同盟は経済の同質性がないという事、労働の移動性 がないという事。アジア経済圏は欧州通貨圏以上に最適通貨圏を満たしておら 5 ず、アジア通貨圏を設立することは失敗に終わる事が示された。それでは本当 にアジア通貨同盟は設立不能なのかを考える。 まず、労働力の移動に関して、文化的障壁、経済的構造において障害が非常 に多い。文化的障壁に関しては。経済的構造に関しては、日本などの経済規模 の大きく高所得国とマレーシアやタイのような経済規模の小さく低所得国とい 10 った地域間格差が大きく、低所得国から大量の労働者の流入が発生するであろ う。しかし、東アジアの国には日本をはじめ外国人労働者に対する規制を設け ている国が多数存在する。そのような現状で労働の移動が自由に行われるよう になると考えにくい。よって、マンデルが主張したように貨幣の需要と供給の ように労働者の数が調節させることができないだろう。 15 次に、経済の同質性に関して、東アジア通貨同盟の国々では様々な経済規模 の 国 が 存 在 す る 。そ れ ぞ れ 政 情 不 安 を 抱 え て お り 、経 済 成 長 率 が 異 な っ て い る 。 欧州通貨同盟も様々な経済規模の国が存在するがそれでも似たような経済成長 を果たしているのだ。故に欧州通貨同盟以下の経済の同質性で最適通貨圏の要 件を満たしているとはいえない。 20 以上のことから東アジア通貨同盟は最適通貨圏を満たしておらず、東アジア 通貨同盟は机上の空論であったと結論付けられる。 以上を踏まえて、東アジア通貨同盟を代替する新たな案としてサミットを作 ることを考える。東アジア域内だけでの東アジア通貨同盟を設立することは、 先に述べたように政情不安や各国の経済状況を考えると、上手く機能しないこ 25 とが分かった。そこで、東アジア諸国にその他の先進国を加え話し合いの場を 設けることによって、新たに東アジア諸国を引っ張っていくリーダーとなる存 在をつくることが有効であると考える。東アジア諸国だけでなくその他先進国 も加えたサミットを開催し、東アジア諸国の問題点や今後について考える新た な同盟を作ることを提唱する。 30 26 4章 1節 5 東アジア通貨同盟の可能性 CMI( チ ェ ン マ イ ・ イ ニ シ ア テ ィ ブ ) の 仕 組 み CMI( チ ェ ン マ イ・イ ニ シ ア テ ィ ブ )と は 、ASEAN 諸 国 と 日 本 、中 国 、韓 国 の 間 で の 通 貨 協 調 の こ と で あ る 。CMI で は 、外 貨 準 備 を 用 い て 短 期 的 な 外 貨 資 金 の融通を行う二国間における通貨スワップ取極のネットワークが構築されてい る。つまり、域内の国が経済危機などに陥った際に他国がスワップの形式によ って外貨資金の短期的な融通を行うわけである。これによって、為替相場の急 10 激な変動を抑制し、為替・金融市場を安定化することが期待されるのである。 な ぜ こ の よ う な 協 定 が 結 ば れ た の だ ろ う か 。 1997- 1998 年 の ア ジ ア 通 貨 危 機 後 、 東 ア ジ ア に お け る 金 融 協 力 の 必 要 性 が 確 認 さ れ た 。 そ の た め 2000 年 タ イ の チ ェ ン マ イ に て 実 施 さ れ た ASEAN+ 3 財 務 大 臣 会 議 に て CMI が 合 意 さ れ た。 15 CMI が 合 意 さ れ て 以 降 、 CMI は 規 模 を 大 き く し て き た 。 2005 年 に は ア ジ ア 地 域 の 金 融 を さ ら に 安 定 化 す る た め に CMI の 実 効 性 を 強 化 す る こ と が 合 意 さ れた。具体的には、各国の経済状況を互いに監視しあう域内サーベイランスの 確立である。これにより、経済危機が起きた後にしか対応ができなかったもの が経済危機を未然に防ぐことにつながることになる。 20 また、スワップ規模の拡大やスワップ額の引き上げなど、こういった合意に もとづいて条件の変更が行われている。例えば、日本とインドネシア間におい て 当 初 は 30 億 ド ル を 上 限 と し て 通 貨 ス ワ ッ プ 取 極 を 締 結 し て い た が 、 こ の 上 限 額 が 60 億 ド ル へ と 拡 大 さ れ た 。 他にも、日本とタイ間において当初タイは日本から一方的な資金提供を受け 25 ることとなっていたが、後に双方が資金を提供しあうといったものへと変更さ れた。 CMI は 近 年 で も 規 模 が 拡 大 さ れ て い る 。 そ の 中 で 、 2010 年 、 CMI の マ ル チ 化 契 約 が 発 効 し た 。 次 の 節 で は 、 CMI の マ ル チ 化 ( CMIM) が ど の よ う な も の であるかについて説明する。 30 27 2節 CMI の マ ル チ 化 1 節 で CMI に つ い て 説 明 し た が 、2010 年 に CMI の マ ル チ 化 契 約 が 発 効 し 一 本の契約の下で、通貨スワップ発動のための当局間の意思決定の手続きを共通 5 化 し た 。 そ れ と 同 時 に 、 こ れ ま で の CMI の マ ル チ 化 に 加 盟 し て い な か っ た ASEAN 諸 国( ブ ル ネ イ 、カ ン ボ ジ ア 、ラ オ ス 、ミ ャ ン マ ー 、ベ ト ナ ム )が 新 規 加 盟 国 と し て 参 加 し 全 て の ASEAN 加 盟 国 が CMIM へ 参 加 す る こ と と な っ た 。 で は 、CMI と CMIM の 違 い は ど の よ う な と こ ろ に あ る の だ ろ う か 。マ ル チ 化 し た こ と に よ り 次 の よ う な 目 的 が 達 成 さ れ る こ と と な っ た 。ま ず 、ASEAN+3 域 10 内国の国際収支や短期資金の流動性の困難への対応ができるということである。 次 に 、 既 存 の 国 際 的 枠 組 み を 補 完 す る こ と で あ る 。 CMIM 契 約 の も と で 、 通 貨 危機に瀕した国に対して通貨スワップを通じた支援を行うことができる。その 際 、契 約 当 事 者 は CMIM の 規 定 に 従 っ て そ れ ぞ れ の 資 金 貢 献 額 に 買 入 乗 数 を 乗 じた金額を上限とした米ドル資金を現地通貨とのスワップにより買入れること 15 が で き る の で あ る 。 ま た 、 CMI の マ ル チ 化 契 約 は CMI 二 国 間 取 引 の ネ ッ ト ワ ークを一本の契約にまとめたものである。通貨スワップを発動するための意思 決定をする際のルールを共通化することによって、通貨危機が発生した際によ り 早 く 対 応 を す る こ と が 可 能 と な る 。CMI の マ ル チ 化 は 、危 機 の 際 の 資 金 援 助 について、準備枠の貢献度に基づいて算出された加重投票権率によって決定さ 20 れることとなった。 CMI の マ ル チ 化 に よ り も た ら さ れ た も の は 契 約 の 1 本 化 の 他 に も 危 機 予 防 機能の導入、危機対応メカニズムなどが挙げられる。危機予防機能とは財務大 臣・中 央 銀 行 総 裁 代 理 レ ベ ル に よ る 執 行 レ ベ ル 会 合( ELDMB)に お い て 、意 思 決 定 の た め の 基 礎 と し て 、 要 請 国 が 作 成 し た 経 済 報 告 書 及 び ASEAN+ 3 マ ク 25 ロ 経 済 リ サ ー チ オ フ ィ ス ( AMRO) に よ る 分 析 に 加 え 、 必 要 で あ れ ば ア ジ ア 投 資 銀 行 、 IMF に よ る 分 析 の 検 討 。 そ の う え で 1、 対 外 ポ ジ シ ョ ン 及 び 市 場 へ の ア ク セ ス 2、 財 政 政 策 3、 金 融 政 策 4、 金 融 セ ク タ ー の 健 全 性 及 び そ の 監 督 5、 統 計 デ ー タ の 妥 当 性 。以 上 の 5 つ の 適 格 要 素 を 適 用 す る 。CMI 予 防 ラ イ ン へ の アクセス期間を 6 か月、更新は 3 回までであり、最大支援機関を 2 年とする。 30 CMI 予 防 ラ イ ン の 満 期 に 関 し て は 、 IMF リ ン ク 部 分 は 6 か 月 、 IMF デ リ ン ク 28 部 分 は 3 か 月 と す る 。 半 年 ご と に ELDMB に よ る モ ニ タ リ ン グ を 実 施 す る 。 CMI 予 防 ラ イ ン に 対 し て 0.15% の コ ミ ッ ト メ ン ト フ ィ ー を 導 入 。 危 機 対 応 メ カ ニ ズ ム と は IMF デ リ ン ク 割 合 を 30% に 引 き 上 げ 、 CMI の 資 金 規 模 を 2014 年 度 の 1200 億 ド ル か ら 2400 億 ド ル へ 倍 増 さ せ る 。 CMI 安 定 フ ァ シ リ テ ィ の 5 満 期 に 関 し て 、IMF リ ン ク 部 分 は 1 年 、更 新 を 2 回 ま で 可 能 と し 、最 大 支 援 機 関 は 3 年 。IMF デ リ ン ク 部 分 は 6 か 月 、更 新 は 3 回 ま で 可 能 と し 、最 大 支 援 機 関 は 2 年 。半 年 ご と に ELDMB に よ る モ ニ タ リ ン グ の 実 施 。危 機 予 防 機 能 と 危 機 対 応 メ カ ニ ズ ム の 関 連 は 、各 メ ン バ ー の 引 き 出 し 可 能 額 は CMIM 予 防 ラ イ ン 及 び 安 定 フ ァ シ リ テ ィ の 両 方 に 適 用 。 CMIM 安 定 フ ァ シ リ テ ィ 及 び CMIM 予 10 防 ラ イ ン か ら の 二 重 引 き 出 し の 禁 止 。 CMIM 予 防 ラ イ ン 適 用 国 が 危 機 に 陥 り 、 追 加 支 援 が 必 要 な と き ELDMB の 決 定 に 基 づ き 、CMIM 予 防 ラ イ ン か ら CMIM 安 定 フ ァ シ リ テ ィ へ の 移 行 を 認 め る 。以 上 が CMIM で 追 加 さ れ た 危 機 に 対 す る 予防、対策である。 CMIM の 合 意 に よ っ て 、加 盟 国 の 責 任 を 定 め 、貸 し 手 と 借 り 手 の 関 係 を 一 本 15 化し、意思決定プロセスについて加重投票権率という新たな枠で決定される、 危機対応の強化といった変更点があることがわかった。 20 25 30 29 図 4- 1 CMIM 略図 A国 B国 5 1 本の多国間取引 発 動 時 、2 国 間 で 各 国 の 外 貨 準備の融通 10 C国 D国 更に 15 20 規 模 の 倍 加 ( 1200 億 ド ル か ら 2400 億 ド ル へ ) 危機予防機能の導入 25 財 務 省 HP よ り 作 成 30 30 3節 新宮沢構想と通貨危機対応 新 宮 沢 構 想 と は 、宮 沢 蔵 相 が 1998 年 10 月 に 提 唱 し た も の で あ り 、二 国 間 協 力をベースとした日本の資金支援のことである。通貨危機に見舞われたアジア 5 諸国の復興支援と国際金融資本市場の安定化を図るためのもので、経済回復の た め の 中 長 期 の 資 金 支 援 と し て 150 億 ド ル 、経 済 改 革 推 進 過 程 で 発 生 す る 短 期 資 金 需 要 の 備 え と し て 150 億 ド ル の 計 300 億 ド ル が 用 意 さ れ た 。 1999 年 5 月 に は 、 よ り 市 場 と の 関 係 を 重 視 し た 支 援 に 注 力 し た 第 2 ス テ ー ジが公表され、アジア諸国が発行する公債に対する国際協力銀行の保証など民 10 間資金活用のための支援策が表明されると共に、域内の債券市場の整備・育成 を関係各国間の検討課題とすることなどが提案された。二国間支援は比較的迅 速な実行が可能であり、対象国の外貨繰りを支援した他、構造改革や輸出産業 支 援 等 に 貢 献 し た も の も あ り 、一 般 的 に 対 象 国 で の 評 価 は 高 い 。2005 年 5 月 末 時点で、インドネシア、韓国、マレーシア、フィリピン、タイに対し、総資金 15 枠 208.5 億 ド ル 、 保 証 22.6 億 ド ル の 援 助 表 明 が さ れ て い る 。 具体的な支援の内容は、通貨危機に見舞われたアジア諸国が、実体経済回復 へ 向 け て 、民 間 企 業 債 務 等 の リ ス ト ラ 策 及 び 金 融 シ ス テ ム 安 定 化・健 全 化 対 策 、 社 会 的 弱 者 対 策( ソ ー シ ャ ル・セ ー フ テ ィ ー ・ネ ッ ト の 拡 充 、強 化 )、景 気 対 策 ( 雇 用 促 進 的 な 公 共 事 業 の 推 進 等 )、貸 し 渋 り 対 策( 貿 易 金 融 の 円 滑 化 支 援 、中 20 小企業支援)といった施策を講ずるために必要な資金調達をするというもので ある。このような支援は、個別国の事情に合わせ、各国の経済改革への取組み を踏まえて行う性質のものであった。 25 30 31 図 4- 2 新宮沢構想 略図 経済回復のため、中長期の 通貨危機にな 資 金 援 助 と し て 150 億 ド ル った。資金援 5 援助します。さらに必要な 助してほしい 場合には短期の資金援助と し て 、 150 億 ド ル 援 助 し ま す。 アジアの国 二国間資金援助 10 日本 アジア経済が不安定だと我 が国も影響を受けるから苦 しいけど仕方ない。 15 新宮沢構想が提唱された背景には、通貨危機があり、アジア諸国の実体経済 は困難な状況に陥った。一方で、経済のグローバル化が進む中、アジア諸国と 20 我が国との結び付きはますます強くなってきた中で、通貨危機に見舞われたア ジア諸国の経済困難の克服を支援し、国際金融資本市場の安定化を図るため、 早急に支援策を講じていく必要があったことである。 この新宮沢構想によってアジア各国は地域内の金融協力の重要性を再認識す ることができた。 25 30 32 4節 東アジアにおける新たな金融取り組みの枠組み こ れ ま で 、CMI を 構 築 す る 意 義 を 説 明 し た 。CMI を 構 築 す る こ と に よ り 新 興 国の脆弱な金融システムの改善や通貨危機対策、対応が可能になる。しかし、 5 CMI の 構 築 だ け で 本 当 に 金 融 シ ス テ ム の 改 善 、通 貨 危 機 対 策 や 対 応 が 可 能 に な る の か 、 危 機 対 策 に は CMI の 構 築 で は 不 十 分 だ と 反 論 さ れ る で あ ろ う 。 そ こ で 、 CMI を 強 固 な も の に す る た め に CMI を 構 築 す る 国 同 士 で サ ミ ッ ト を 開 催 することを提案する。サミットを開催することにより、具体的に新興国が抱え る金融問題の把握や解決策の提案、金融システムの相互協力が可能になるだろ 10 う。 なぜ、サミットを行うべきなのだろうか。まず、サミット開催の成り立ちに つ い て 説 明 す る 。 1970 年 代 に 入 り ニ ク ソ ン シ ョ ッ ク や 第 1 次 石 油 危 機 な ど の 国際的な諸問題に直面した先進国は世界経済問題に対する政策協調について首 脳レベルで総合的に議論する場が必要だという認識が生まれた。このような背 15 景 が あ り 、1975 年 パ リ 郊 外 の ラ ン ブ イ エ 城 に て 日 、英 、米 、独 、伊 、仏 の 6 か 国による第 1 回サミットが開催された。この会議の結果、世界経済問題に対応 するために先進国の首脳が集まり政策協調のための議論の場を持つことの重要 性が認識された。その後その時の世界的問題に関してもサミットで協議さえる ようになりサミットの重要性が高まってきている。次に、サミットを行う意義 20 について説明する。各国の首脳が世界規模の問題を共有、解決するために政策 協調のための議論の場を持つことである。また、毎年開かれるサミットでは次 の年までにサミットで決めたことを実行できなければ非難されるため、自国の 誇りを守るためにしっかりとサミットで決めたことを実行する強制力に近いも のとなる。以上がサミットが解されるようになった経緯と意義である。まとめ 25 ると、サミットは各国の首脳が世界規模の問題を解決するために話し合う場と いうことになる。具体的な結果として今年の伊勢志摩サミットでは、世界経済 の分野では経済の強靭性を強化するために適時にすべての政策対応を行い現在 の経済状況に対応するための努力を強化。強固で持続可能な成長戦略を行う。 財政戦略を機動的に実施し構造政策を果断に進める。過剰な生産能力は世界的 30 な 影 響 を 有 す る 構 造 的 な 課 題 。自 由 貿 易 の 推 進 な ど で あ る 。政 治 外 交 分 野 で は 、 33 テロ、暴力的過激主義に対し、対話と寛容の精神を促進させる。難民の発生の 根本的原因に対処、及び、難民ホスト国の支援などである。気候変動・エネル ギー・環境の分野に関しては、質の高いインフラ及び上流開発への投資持続を 奨励。透明性及び柔軟性のある、よく機能する点なんガス市場を強化する取り 5 組 み を 継 続 。G7 が 気 候 変 動 に 関 し て 指 導 的 役 割 を 担 い 、パ リ 協 定 の 2016 年 中 の発行という目標に向けて取り組むなどである。以上が伊勢志摩サミットの具 体 的 な 結 果 の 一 部 で あ る 。伊 勢 志 摩 サ ミ ッ ト は 2 日 間 開 催 さ れ こ の よ う な た く さんな事項が決定された。このことからサミットを開催する重要性が理解でき たであろう。 10 CMI を 構 築 し た 国 で サ ミ ッ ト を 開 催 す る 場 合 ど の よ う に す れ ば CMI の 欠 点 を改善でき る か を 説 明 す る 。 CMI の 欠 点 は 新 興 国 が 抱 え て い る 金 融 ノ ウ ハ ウ の 不 足 、 中 央銀行の脆弱性などを解決できない。そのため、サミットでは中央銀行の強 化、先進国主導で新興国の金融に関するノウハウの蓄積、自分たちの国が置か 15 れている状況の共有などが具体的な議題になるだろう。また、サミットを開く こ と に よ り CMI を 構 築 す る 国 同 士 で の 情 報 の 共 有 な ど が 進 み 、 相 互 不 信 が 解 消される効果も期待される。相互不信が解消されれば、互いに密接な金融協力 を行うことが可能になり先進国経済に振り回されることがなくなり金融危機を 予防することが可能になる。 20 以 上 の こ と か ら サ ミ ッ ト を 開 く こ と に よ り CMI で は 不 足 し て い る 新 興 国 の 不安要素を排除することが可能になるといえる。さらに、サミットを開くこと により通貨危機対応と対策が可能になることも示せた。故に、新興国が自分た ち で 通 貨 危 機 へ 立 ち 向 か う に は CMI を 構 築 す る こ と が 必 要 な の で あ る 。 CMI で不足する部分をサミットの開催で補うことが可能になる。このようにして新 25 興国が金融グローバル化していく中で金融危機などの問題を抱えないようにす る。または、危機が発生しても解決できるような体制を作ることが可能になる のである。 30 34 参考文献 ・ 阿 部 茂 行 、 Woo, Wing Thye 、 Sussankarn,Chalongphob 、 Plummer, 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