スーツ事業を越えて戦う紳士服業界 ~青山と AOKI の財務分析~ 国際地域学部 国際地域学科 3年 齊藤亜弥 0.はじめに 世界的な経済危機の中、現在も百貨店の業績不振や消費者の低価格志向が続いている。 業界動向 SEARCH.com(http://gyokai-search.com/)によると、図表 1-1 のようにアパレ ル業界で売上高が多いのは、1 位のファーストリテイリングや 2 位のしまむらであった。消 費者の低価格志向が数字にも表れる結果となっている。 <図表 1-1>アパレル業界売上高ランキング(2008) 紳士服業界は飲食業界などと違 売上高 (億) い、消費者がブランドに差別化をし 8000 6000 にくい業界であると考える。ファー 4000 売上高 2000 0 ストリテイリングやしまむらは、消 (10)AOKIホール ディングス (5)青山商事 (3)ワールド (2)しまむら (1)ファーストリテ イリング 費者が欲しがる商品を低価格で販 売し、成功した。紳士服業界は、ア パレル業界の中でも消費者の嗜好 を読み取りにくいと考える。 <図表 1-2>青山・AOKI の売上高の推移 図表 1-2 を見ると、業界第5位の 売上高 (百万) 青山の売上高は低下傾向にあり、第 250,000 10 位の AOKI は上昇傾向にある。 200,000 2010 年の期末店舗数は青山が 776、 150,000 青山 100,000 AOKI AOKI は 748 である。店舗数が売上 高に貢献しているとは考えにくい。 50,000 近い将来、AOKI は青山に追いつく 0 2006 2007 2008 2009 2010 (年) のであろうか。 両社の概要 青山は広島県府中市において 1964 年に紳士既製服の小売を主とした、その他食料品、広 島県の特産品販売等の事業を行う青山商事(株)が設立された。1967 年に食料品、特産品部 門から撤退し、紳士服販売の営業に特化した。現在は青山商事及び子会社 11 社で構成され ており、紳士服販売事業、カード事業、商業印刷事業及び雑貨販売事業の 4 事業を行って 1 いる。経営理念は「より良い物をより安く、洋服の販売を通して社会に貢献する」である。 この理念に従い、2009 年には紳士服販売の分野で「マルチ・クール・ダイヤモンド」など のエコ商品を開発している。 AOKI は、株式会社アニヴェルセル HOLDINGS より 7 店舗を引き継ぐ形で、アオキフ ァッション販売株式会社を設立し、紳士服及び服飾品の販売を開始した。株式会社AOK Iホールディングスに商号変更したのは、 2006 年である。現在は AOKI ホールディングス、 子会社 4 社、その他の関係会社 1 社及び関連会社 2 社で構成され、メンズを中心としたフ ァッション商品等の販売、結婚式場の施設の運営によるブライダル等のサービスの提供、 カラオケルーム、複合カフェ等の娯楽施設の運営を主に事業活動を展開している。ファッ ション事業の部門では株式会社 AOKI が、2009 年に株式会社エムエックスを吸収合併した。 株式会社AOKIの主要商品は、 「プレミアム・ウォッシュ・スーツ」や「もてスリム」な どである。 これらは青山商事ホームページ(http://www.aoyama-syouji.co.jp/)、AOKI ホールディ ングスホームページ(http://www.aoki-hd.co.jp/)を参考にした。 注意事項 使用するデータは、2006 年から 2010 年まで、5 年間分の青山と AOKI の有価証券報告 書を参考にしている。分析では連結経営の評価という視点を重視し、各指標の算出にあた っては特に断りのない限り連結データを用いている。また、青山と AOKI の有価証券報告 書の会計期間は共に 4 月 1 日から翌年の 3 月 31 日までである。 1.ステップ1 収益性分析 まず、企業の総合的収益性を測定する代表的な指標である、総資本事業利益率(ROI)を 用いて分析をする。分母に総資本を、分子に事業利益(営業利益+受取利息+受取配当金 +持分法による投資損益)を用いることで求めることが出来る。 <図表 2-1>総資本事業利益率(ROI)の推移 図表 2-1 を見ると、総資本事業 総資本事業利益率(R OI) (%) 利益率は青山よりも AOKI の方 9 が優れている。2009 年の両社の 8 7 低下は、国際的な金融危機による 6 5 青山 4 AOKI 3 2 ものである。また、2010 年で青 山が低下を抑えられなかったの は、1 都 3 県への展開により、営 1 0 2006 2007 2008 2009 (年) 2010 2 業利益が減尐したためである。 <図表 2-2>総資本の推移 そこで、ROI を求める際に分母 総資本 (百万) にあたる、総資本を見ていく(図 表 2-2)。両社ともに、2006 年と 400,000 350,000 比べると 2010 年の方が僅かなが 300,000 250,000 200,000 青山 150,000 AOKI 100,000 ら上昇したが、ほとんど変化は見 られない。総資本が ROI に影響 しているとは考えにくい。青山が 50,000 0 2006 2007 2008 2009 2010 AOKI よりもはるかに優れてい (年) る。 <図表 2-3>事業利益の推移 続いて図表 2-3 では、分子にあ 事業利益 (百万) たる事業利益を見ていく。AOKI 30,000 は、2009 年で東京都内に大型店 25,000 舗を出店している。青山は 2009 20,000 青山 15,000 年、2010 年で AOKI 以上に関東 AOKI 地方への新規出店を行ってきた。 10,000 5,000 それぞれ販管費の増加により営 0 2006 2007 2008 2009 2010 業利益の低下したことが、事業利 (年) 益の低下に影響している。 このように、どの指標を見ても両社の上昇と低下の動きが似ている。しかし、事業利益 においては、2009 年と 2010 年で両社の差が確実に小さくなっていることが分かった。両社 の事業利益の差が小さくなった背景には何があるのか。事業利益(営業利益+受取利息・配 当金+持分法による投資利益)の構成を分析していく。 <図表 3-1>青山の事業利益の構成 (単位:%) 2006 2007 2008 2009 2010 売上高 100 100 100 100 100 売上原価 45.2 44.9 43.5 44.6 44.9 売上総利益 54.8 55.1 56.5 55.4 55.0 販売費および一般管理費 44.1 44.4 45.5 46.8 47.4 人件費 11.6 11.8 12.3 12.7 12.9 3 広告宣伝費 7.9 7.6 7.1 7.0 6.4 減価償却費 3.1 3.1 3.3 3.7 4.2 営業利益 10.8 10.7 11.1 8.7 7.6 受取利息 0.122 0.159 0.213 0.224 0.244 受取配当金 0.014 0.031 0.105 0.062 0.108 10.9 10.9 11.4 8.9 7.9 事業利益 <図表 3-2>AOKI の事業利益の構成 (単位:%) 2006 2007 2008 2009 2010 売上高 100 100 100 100 100 売上原価 54.1 53.9 53.4 54.1 53.8 売上総利益 45.9 46.1 46.6 45.9 46.2 販売費および一般管理費 36.3 36.4 36.9 38.6 38.7 人件費 12.4 12.4 12.5 13.2 13.3 広告宣伝費 6.2 8.7 6.4 6.4 6.1 減価償却費 3.5 3.5 3.4 3.7 3.9 営業利益 9.5 9.7 9.6 7.3 7.6 受取利息 0.027 0.052 0.078 0.074 0.067 受取配当金 0.030 0.070 0.054 0.062 0.041 9.6 9.8 9.7 7.5 7.7 事業利益 図表 3-1 および 3-2 は、事業利益の算出過程を百分比で表したものである。青山の減価 償却費が、AOKI 以上に上昇している。その理由は、3 年間をかけて「千葉センター」とい う高機能物流施設を稼動に導いたからである。また、青山の営業利益が 2010 年にも低下し ているのは、クレジットカード事業において賃金業法が改正されたためである。有価証券 報告書によると、青山の有形固定資産の評価方法は定率法、AOKI は定額法であり、青山の 方が質の高い評価方法だと言える。AOKI を見てみると、2008 年で販売費および一般管理 費の増加が見られる。新規出店の際に販売促進費や備品消耗品の費用が増加したためであ る。営業利益の大幅な低下はこの販管費の増加に加え、既存店の減収が起因している。 図表 2-3 では事業利益が両社ともに低下傾向であることが分かった。そこで、事業利益 の項目(営業利益、受取利息、受取配当金、持分法による投資利益)を見ると、両社の低下 要因は営業利益の低下であると判断できる。 ステップ1の冒頭で分析した、総資本事業利益率(ROI)は、企業全体の収益性の指標で あった。続いて、株主の視点から見た収益性の指標である株主資本利益率(ROE)につい て分析していく。ROE は分母に自己資本を、分子に当期純利益を用いて求める。 4 <図表 4-1>自己資本利益率(ROE)の推移 図表 4-1 を見てみると、両社と 自己資本利益率(R OE ) (%) もに下降傾向にある。青山は 5 年 連続で下降しているが AOKI は 7 6 下降と上昇を繰り返し、下降の割 5 4 3 青山 合が青山よりも小さい。この推移 AOKI の違いには、何が影響しているの 2 だろうか。 1 0 2006 2007 2008 2009 ( 年) 2010 <図表 4-2>自己資本の推移 ROE の分母にあたる自己資本 自己資本 (百万) を見ていく。両社ともに若干上昇 250,000 しているが、大きな変化は見られ 200,000 ない。5 年間通して、青山の自己 150,000 青山 AOKI 資本は AOKI の 2 倍以上である。 100,000 自己資本の変化が、ROE に大き 50,000 く影響した可能性は低いと考え 0 2006 2007 2008 2009 られる。 (年) 2010 <図表 4-3>当期純利益の推移 当期純利益を見てみる。AOKI 当期純利益 (百万) の 2009 年の低下は、株式会社ラ 14,000 ヴィス、バリックの2社を完全子 12,000 会社化し、尐数株主持分が約 23 10,000 青山 8,000 AOKI 億円減尐したことによる。青山が 2007、2008 年で低下しているの 6,000 4,000 は、前期末に比べ円高になり、デ 2,000 リバティブ評価損を約 45 億円計 0 2006 2007 2008 2009 (年) 2010 上したためである。 ROE は 3 つの要素に分解することができる。①売上高当期純利益率(当期純利益/売上高 ×100)、②総資本回転率(売上高/総資本)、③財務レバレッジ(総資産/自己資本)であ る。この 3 つの要素を検討し、両社の ROE の動きをさらに分析する。 5 <図表 5-1>売上高当期純利益率の推移 ROS は、売上高に占める当期 売上高当期純利益(ROS) (%) 純利益の比率を表す指標である。 両社ともに低下していることが 7 6 分かる。青山の低下のスピードが 5 青山 4 AOKI 3 AOKI よりも早いため、2008 年で は AOKI が上回っている。図表 2 4-3 や、図表 1-2 の売上高と比較 1 0 2006 2007 2008 2009 2010 すると、当期純利益の推移が ROS (年) に影響していると判断できる。 <図表 5-2>総資本回転率の推移 総資本回転率は売上による総 総資本回転率 (回) 資本の回収のスピードを表す指 1 標である。AOKI は序々に増加し、 0.9 0.8 青山は低下する傾向にあるが、急 0.7 0.6 0.5 0.4 青山 激な変化はない。両社の差が尐し AOKI ずつ広まってきている。 0.3 0.2 0.1 0 2006 2007 2008 2009 2010 ( 年) <図表 5-3>財務レバレッジの推移 財務レバレッジは、負債の利用 財務レバレッジ (倍) 度、負債への依存度を表す指標で 1.7 ある。全体的に見ると、青山の方 1.65 が圧倒的に優れている。しかし、 1.6 1.55 青山 1.5 AOKI AOKI は負債で投資することに 1.45 よって売上高を上昇させている 1.4 ので(図表 1-2)、一概に悪いと 1.35 2006 2007 2008 2009 2010 (年) は言い切れない。 これまで両社の収益性を分析してきた結果、AOKI が青山との差をつめていることが分か った。差が縮まった理由として、AOKI の大きな上昇は見られず、青山の低下が影響してい ることが考えられる。 2.ステップ2 安全性分析 ここからは安全性の分析をしていく。まずは、連結キャッシュ・フロー計算書から両社 6 の資金調達活動と投資活動の状況を見る。図表5は、両社の連結キャッシュ・フロー計算 書における主要項目を抜粋したものである。 <図表 6>連結キャッシュ・フロー計算書 (単位:百万円) 青山 2009 AOKI 2010 2009 2010 Ⅰ営業活動によるキャッシュ・フロー 営業活動によるキャッシュ・フロー 22,139 27,967 9,558 8,182 -21,663 -12,737 -7,457 -8,124 定期預金の預入による支出 -9,311 -22,554 有価証券の取得による支出 -57,156 -54,950 有価証券及び投資有価証券の売却による収入 59,800 46,922 敷金及び保証金の差入による支出 -3,590 -3,470 -2,538 -1,125 Ⅱ投資活動によるキャッシュ・フロー 有形固定資産の取得による支出 事業譲受による支出 -490 投資活動によるキャッシュ・フロー -24,091 -29,720 -10,527 -8,056 50 -8,850 3,000 3,000 長期借入れによる収入 8,000 2,000 8,000 9,000 長期借入金の返済による支出 -360 -360 -5,950 -6,847 社債の発行による収入 9,849 8,860 -10,000 -1,590 -820 -3 -1 -3,893 -1 配当金の支払額 -3,179 -2,861 -1,355 -1,279 財務活動におけるキャッシュ・フロー 14,299 -11,268 -1,974 2,560 Ⅳ現金及び現金同等物の増減額 12,266 -13,174 -2,943 2,686 Ⅴ現金及び現金同等物の期首残高 26,042 38,309 17,254 14,310 Ⅵ現金及び現金同等物の期末残高 38,309 25,135 14,310 16,997 Ⅲ.財務活動によるキャッシュ・フロー 短期借入金の純増減額 社債の償還による支出 自己株式の取得による支出 青山 まず、営業活動によるキャッシュ・フローを見ていくと、2010 年は約 280 億円であ った。2009 年と比較すると、約 60 億円増加している。次に、投資活動によるキャッシュ・ フローを見ていく。2010 年の投資支出は、有形固定資産の取得による支出が約 89 億円減尐 した。新規出店の際に設備投資をしたことが影響している。その一方で、定期預金の預入 による支出が約 132 億の大幅な増加であったことが影響している。最後に、財務活動によ るキャッシュ・フローを見る。2009 年は長期借入れによる収入や社債の発行による収入に 7 よって約 143 億円を得ていたが、2010 年の投資支出は約 113 億円であった。短期借入金の 返済及び社債の償還によって 188 億円の支出になったことが影響している。 AOKI まず、営業活動によるキャッシュ・フローを見ていく。2010 年は約 82 億円であり、 2009 年と比較すると約 14 億円の減尐をしている。次に、投資活動によるキャッシュ・フロ ーを見ていくと、2010 年の投資支出は 2009 年にくらべると約 25 億円の減尐になった。敷 金及び保証金の差入による支出によって約 14 億円減尐したことや、前期の事業譲受による 支出が 4 億 9 千万円減尐したことによる。財務活動によるキャッシュ・フローを見ていく と、長期借り入れによる収入の増加や自己株式の取得による支出が減尐したことによって、 2010 年には約 26 億円を得ている。 また、現金及び現金同等物の増減額が増加しているのは、 設備投資のための借入金が増加したためである。 次に、安全性に関する各指標である、流動比率、当座比率、自己資本比率、固定長期適 合率、インタレスト・カバレッジ・レシオについて取り上げる。 <図表 7-1>流動比率の推移 流動比率は、短期に支払期限が 流動比率 (%) 到来する流動負債に充当するこ 350 とが可能な流動資産をどの程度 300 もっているかを示す比率である。 250 200 150 青山 一般的に 200%以上が好ましいと AOKI されている。分母に流動負債を、 100 分子に流動資産を用いて求める。 50 0 2006 2007 2008 2009 2010 図表 7-1 を見てみると、青山は (年) 200%を越えているので、とても 優れていると言える。AOKI は、100%から 150%の間で推移していて、やや理想的である が、青山には及んでいないということが読み取れる。 <図表 7-2>当座比率の推移 当座比率は、短期負債の返済に 当座比率 (%) 即座に利用できる当座資産をど 300 の程度もっているかを示す比率 250 である。当座資産とは現金預金、 200 青山 売掛金、受取手形、有価証券とい AOKI 100 った換金性の高い資産が含まれ 50 る。一般的に 100%以上が好まし 150 0 2006 2007 2008 2009 2010 ( 年) いとされている。分母に流動負債 を、分子に当座資産を用いる。図 表 7-2 を見ると、青山は 250%付近を推移していて、非常に優れた水準である。一方、AOKI 8 は 2006 年の約 105%から低下し、2010 年は理想の 100%から若干離れている。したがって、 AOKI よりも青山の方が短期支払能力は高いと判断できる。 図表 7 で短期の支払い能力を分析してきたが、次の図表 8 では自己資本比率と固定長期 適合率を分析し、長期の支払い能力について判断する。 <図表 8-1>自己資本比率の推移 自己資本比率は分母に総資本 自己資本比率 (%) を、分子に自己資本を用いる。こ 70 の指標が高いということは、利子 68 66 を支払う負債がそれだけ尐ない 64 青山 62 AOKI 60 ことを意味する。AOKI は 2007 年以降尐しずつ低下している。青 58 山は 2007 年から 2009 年で低下し 56 54 2006 2007 2008 2009 2010 ているが、2010 年に約 68%まで (年) 上昇している。また、青山は AOKI よりも高い水準であることから、経営の安定性が高いと考えられる。 <図表 8-2>固定長期適合率の推移 図表 8-2 の固定長期適合率は、 固定長期適合率 分母に自己資本+固定負債を、分 (%) 子に固定資産を用いる指標であ 120 100 る。100%以下が理想とされ、低 80 青山 60 AOKI い方が優れていると分析される。 どちらも 100%以下で推移してい 40 るが、青山のほうが 50%前後の低 20 い割合で推移している。 0 2006 2007 2008 2009 2010 (年) <図表 9>インタレスト・カバレッジ・レシオの推移 安全性に関する指標の5つめで インタレスト・カバレッジ・レシオ ある、インタレスト・カバレッジ・ (倍) 250 レシオを分析する。これは、有利 200 青山 AOKI 150 100 子負債金利の支払い能力を測定す るものである。つまり、支払利息 をカバーする利益をどの程度あげ 50 0 2006 2007 2008 2009 2010 (年) ているかを表している。分母に支 払利息を、分子に営業利益+受取 9 利息・受取配当金を用いて計算する。図表9を見ると、青山が高い数値で推移している。2010 年の急激な低下は、カード事業の法改正による営業利益の減尐が起因している。 最後に格付け機関からの評価については、両社の評価を同時に行っている機関が存在し なかった。したがって両社を比較することが出来なかった。2009年08月20日現在、格付投 資情報センター(http://www.r-i.co.jp/jpn/)によると、青山の格付けはA[安定的]であった。 AOKIについては、日本格付研究所(http://www.jcr.co.jp/)に情報があり、2010年4月 16日現在でA-[安定的]の評価であった。 安全性の分析の結果、短期的・長期的ともに青山の方が優れていることが分かった。有 利子負債金利の支払い能力については、青山の能力の低下によってほとんど差がなくなっ たと言える。青山は2009年、2010年に社債の発行による収入を得た。一方のAOKIは得て いないので、今後青山が社債を償還するまで注目するべきである。 3.ステップ3 効率性・生産性分析 次に効率性・生産性をみていく。ステップ1の収益性で総資本回転率について分析した。 その際は、AOKIの方が優れていた。ここでは、総資本について棚卸資産、有形固定資産、 売上債権、投資その他の資産の4項目に分けて効率性を分析していく。それぞれの計算は、 分母に4項目のいずれかを、分子に売上高を用いて求める。 <図表10-1>棚卸資産回転率の推移 図表10-1の棚卸資産回転率に 棚卸資産回転率 ついて、連結貸借対照表に青山の (回) 10 2009年、2010年の棚卸資産が記載 9 されていなかった。そこで2009年、 8 7 6 青山 5 AOKI 2010年は棚卸資産の増減額を前 年度と比較して作成した。AOKI 4 3 の方が高い水準であり、効率的に 2 1 0 2006 2007 2008 2009 2010 (年) 資産が活用されていることが分 かる。 10 <図表10-2>有形固定資産回転率の推移 図表10-2の有形固定資産回転 有形固定資産回転率 (回) 率も青山の方が高い水準で推移 2.5 している。青山が2008年から低下 しているのは、有形固定資産回転 2 青山 1.5 AOKI 率の分母である有形固定資産が 上昇したこと、分子である売上高 1 が若干低下したことによる。 0.5 0 2006 2007 2008 2009 2010 (年) <図表10-3>売上債権回転率の推移 図表10-3の売上債権回転率で 売上債権回転率 (回) は、両社ともに割引手形の記載が 30 有価証券報告書になかったため、 25 計上していない。また、AOKIに 20 青山 AOKI 15 関しては受取手形も記載されて いなかったので、計上していない。 10 一概には言えないが、この指標で 5 はAOKIが青山よりも高い水準で 0 2006 2007 2008 2009 2010 (年) ある。 <図表10-4>投資その他の資産回転率の推移 図表10-4で投資その他の資産 投資その他の資産回転率 回転率を見ると、AOKIの方が尐 (回) し高い水準で推移しているが、ほ 4.5 4 ぼ同じ推移をしている。 3.5 3 青山 2.5 AOKI 2 以上の効率性・生産性分析の結 果から、AOKIが青山よりも優れ 1.5 1 ていることが分かった。 0.5 0 2006 2007 2008 2009 2010 (年) 4.ステップ4 成長性分析 次に、両社の成長性を見ていくために2006年の売上高、営業利益、総資本、自己資本の 各数値を100%として、趨勢分析をする。 11 <図表11-1>青山の成長性の推移 青山の成長性 (%) 120 100 売上高 80 営業利益 60 自己資本 40 総資本 20 0 2006 2007 2008 2009 2010 (年) <図表11-2>AOKIの成長性の推移 AOKIの成長性 (%) 140 120 売上高 100 営業利益 80 自己資本 60 総資本 40 20 0 2006 2007 2008 2009 2010 (年) 図表11-1および11-2を見ると、青山の成長性では営業利益は減尐したが他の指標はほぼ横 ばいであり、大きな成長は見られない。AOKIの成長性では、売上高で上昇が見られる。両 社を比較すると、共に2009年は営業利益が低下している。この要因の1つには、世界的な金 融危機が挙げられる。しかし、2010年ではAOKIが営業利益を上昇させている。また、他の 指標も青山と比較すると、AOKIはわずかながら上昇している。この点から、成長性では AOKIが青山を上回っていると評価できる。 5.ステップ5 グループ経営分析 ここではグループ連結経営を分析していく。両社の連結経営を分析するにあたって、2010 12 年度の有価証券報告書の「第2 事業の状況」の要約で両社のグループ経営に対する姿勢を みてみる。 青山 グループ全体として目指していることは、経営資源投入の選択と集中により経営効 率を高め、顧客満足度の向上と収益力の高い経営を目指すとともに、利益体質強化を図る ことである。現在は個人消費の低迷や競争激化など依然厳しい状況が続いている経営環境 であり、尐子高齢化によりスーツ需要の減尐も見込まれているのが現状である。中核事業 である紳士服の販売事業では、いかに顧客のニーズに対応できるか、収益を継続的に計上 できるかが課題である。 「AOYAMA カード」の事業は、効率的な販売促進活動の実現のた めの支援の1つである。また、「ダイソー&アオヤマ 100YEN PLAZA」の運営も「洋服 の青山」とのシナジー効果を狙った、収益性を重視した着実な経営を目指すものである。 AOKI ファッション事業では、更なる営業力の強化と今後の成長を図ることを目的として、 2010 年に株式会社 AOKI と株式会社オリヒカが合併した。また、グループの効率化を目指 すため、アニヴェルセル・ブライダル事業の一部を株式会社ラヴィスへ譲渡している。AOKI では、新商品の開発やブランドの展開、レディースの品揃えを強化し、既存店を徹底的に 活性化することを課題としている。ORIHICA では、ショッピングセンターを中心に出店を 強化しながら、効率経営を目指した取り組みを強化させている。また、アニヴェルセル・ ブライダル事業では既存店の強化のためのリニューアル、エンターテイメント事業では定 期的なメニュー開発など、グループ全体でシナジーの最大化を目指している。 ここからは連単倍率分析をする。連単倍率とは、連単数値を単体数値で割ったもので、 親会社に対してグループ全体は何倍の規模であるかを表す指標である。1 を超えるほど、親 会社以外のグループ会社の貢献が大きいことを表す。なお、数値がマイナスになっている ところは、単体の数値がマイナスになっているためである。 <図表 12-1>青山の連単倍率の推移 図表 12-1 を見ると、営業利 青山の連単倍率の推移 (倍) 益が大きく上昇傾向にある。ま 2.00 た、2008 年以降は、すべての指 1.75 1.50 売上高 1.25 総資本 標が 1 以上の水準である。これ は、親会社以外のグループ会社 営業利益 1.00 当期純利益 0.75 の貢献度が高いことを意味し ている。 0.50 0.25 0.00 2006 2007 2008 2009 2010 (年) 13 <図表12-2>AOKIの連単倍率の推移 AOKIの連単倍率の推移を見 AOKIの連単倍率の推移 (倍) ると、売上高は青山よりもはる 50 かに高く、グループ会社の貢献 0 が大きい。2009年度の当期純利 売上高 -50 総資本 益が非常に低い点について、こ 営業利益 -100 当期純利益 れは単体の当期純利益が2008 -150 年の33億1500万から-1700万に -200 なっていたからである。 -250 2006 2007 2008 2009 2010 (年) <図表13-1>青山セグメント別売上高 <図表13-2>AOKIセグメント別売上高 青山セグメント別売上高 AOKIセグメント別売上高 9% 17% 5% ファッション事業 3% 紳士服事業 アニヴェルセル・ ブライダル事業 カード事業 商業印刷事業 エンターテイメント 事業 17% 雑貨販売事業 66% 83% 続いて 2009 年における、セグメント分析を行う。図表 13-1 および 13-2 で両社のセグメ ント別売上高を比較してみると、青山の方がファッション事業を主要としていることが分 かる。AOKI は青山よりもファッション事業以外の分野にも力を注いでいる。 <図表14-1>青山セグメント別営業利益表 <図表14-2>AOKIセグメント別営業利> AOKIセグメント別営業利益 青山セグメント別営業利益 1% 4% ファッション事業 17% 3% アニヴェルセ ル・ブライダル 事業 エンターテイメン ト事業 紳士服事業 カード事業 商業印刷事業 23% 雑貨販売事業 60% 92% 14 図表 14-1 および 14-2 のセグメント別営業利益も、売上高同様に青山が紳士服を主要と し、AOKI が他事業にも力を注いでいる。AOKI の他事業の内容とは、邸宅式結婚式場の展 開やカラオケルーム、複合カフェの運営である。このようにセグメント別で見ると、連単 分析の結果のように、AOKI の方が子会社の貢献度が高いと読み取れる。 次に、2006 年を基準年(100%)としてセグメント別の売上高と営業利益の推移をみていく。 AOKI には本来、「その他の事業」という項目があるが、2009 年および 2010 年は記載さ れていなかった。したがって、2008 年までのその他の事業費は連結合計に計上したが、事 業別のみでの記載は省いてある。 <図表15-1>青山のセグメント別売上高の推移(単位:%) 2006 2007 2008 2009 2010 紳士服販売事業 100 106.16 107.52 104.43 98.88 カード事業 100 110.88 111.57 88.36 65.75 商業印刷事業 100 100.46 96.20 98.29 97.08 雑貨販売事業 100 98.36 93.46 87.46 84.12 連結合計 100 105.29 105.71 101.78 95.98 <図表15-2>AOKIのセグメント別売上高の推移(単位:%) 2006 2007 2008 2009 2010 ファッション事業 100 102.75 120.60 117.32 115.47 アニヴェルセル・ブライダル事業 100 62.89 127.68 139.17 139.02 エンターテイメント事業 100 112.00 128.69 141.33 144.39 連結合計 100 105.13 122.47 123.79 122.91 まず、図表 15 の売上高から見ていくと、青山は 2010 年に 2006 年以上の数値になった 項目がない。特に、カード事業が大幅に低下している。 「AOYAMA カード」有効会員数は、 2010 年に 370 万人(前期比 11 万人増)となったが、改正貸金業法があったために低下した。 一方、AOKI はすべての項目で上昇している。ブライダル事業では、施設のリニューアルな ど、既存店を強化したことによって売上高が上昇した。 <図表 16-1>青山のセグメント別営業利益の推移(単位:%) 2006 2007 2008 2009 2010 紳士服販売事業 100 134.48 126.92 118.06 87.87 カード事業 100 117.38 126.74 129.57 23.11 商業印刷事業 100 191.67 275.52 257.29 89.06 雑貨販売事業 100 111.60 153.61 147.16 131.70 15 連結合計 100 132.97 129.13 121.33 82.70 <図表 16-2>AOKI のセグメント別営業利益の推移(単位:%) 2006 2007 2008 2009 2010 ファッション事業 100 105.84 122.23 81.76 79.52 アニヴェルセル・ブライダル事業 100 122.97 143.91 134.39 139.72 エンターテイメント事業 100 82.82 94.72 103.34 110.23 連結合計 100 106.57 122.88 94.31 94.55 図表 16 の営業利益の推移では、青山は雑貨販売事業のみで上昇が見られる。雑貨販売事 業である、100 円ショップ「ダイソー&アオヤマ 100YEN PLAZA」は、 「洋服の青山」 「キ ャラジャ」の閉鎖店舗を利用することや、シナジー効果を狙い、 「洋服の青山」に併設する ことで運営をしている。このようなローコストオペレーションに努めた結果、営業利益は 増加した。売上高の推移でもあったように、カード事業の低下が目立つ。AOKI は、2009 年に M/X と合併したが、M/X で約 8 億円の営業赤字があったことや 35 店舗閉店による 減収が、ファッション事業の低下した要因である。 グループ経営分析の結果、子会社の貢献度が高いのは AOKI であると言える。 6.総合評価に代えて 分析の締めくくりとして、最後に PBR(株価純資産倍率)、PER(株価収益率)、株価 を見ていく。Yahoo!ファイナンス(http://finance.yahoo.co.jp/)を参考にした。 <図表 17-1>青山と AOKI の PBR・PER・株価(単位:倍、円) 株価純資産倍率(PBR) 株価収益率(PER) 株価(取引値) 青山 0.34 13.58 1192 AOKI 0.47 12.51 1061 (2009/08/31 現在) <図表17-2>PERの推移(単位:倍) PBR は今の株価が一株あたり 青山とAOKIのPERの推移 の株主資本の何倍かを示す指標 (%) である。図表 17-1 を見ると、 25 AOKI がわずかに上回っている。 20 青山 15 AOKI PER は今の株価が一株あたりの 10 利益の何倍か示す指標である。 5 17-2 で推移を見ると、ほぼ同じ推 0 2006 2007 2008 2009 2010 (年) 移をしているが、青山が上回って いる。 16 これまでの分析のまとめとして収益性分析では、ほとんどの指標で青山の低下が見られ た。この低下によって青山と AOKI の差が縮まったが、AOKI の急激な成長は見られない。 一概にどちらが優れているかは決めがたいが、AOKI が優位になりつつあると考える。安全 性分析では短期的にも長期的にも、青山が AOKI よりも優れていると判断できる。しかし、 2009 年、2010 年で青山は社債の発行により収入を得たため、今後青山が社債を償還する年 には、安全性分析が正しかったのか注目が必要である。正しかった場合、青山は AOKI を 引き離し、今後さらにアパレル業界の上位で戦えるだろう。効率性・生産性分析では、わ ずかに AOKI の方が優れていた。成長性では、総合的に見ると AOKI の方が青山よりも優 れていると言えた。ステップ 5 のグループ経営分析では、どちらかというと AOKI の方が 青山よりも子会社の貢献度が高いと判断できた。 以上の財務分析の結果から、どちらかというと青山よりも AOKI が優れていると判断で きる。しかし株価収益率を見ると、業界第5位の青山のほうがまだ上回っている。市場は 今後の青山の回復を期待していると考えられる。今後は、スーツ業界の中で展開していく よりも、アパレル業界という広い範囲での展開が求められそうである。個人的には AOKI のブライダル事業が、スーツと他事業をうまく兼ね備えているのではないかと期待してい る。消費者の低価格志向や嗜好の変化にも注目していきたい。 参考文献 参考にした箇所については、本文に記載している。 伊藤邦雄「ゼミナール現代会計入門(第 8 版)」 日本経済新聞社(2010 年) 青山商事ホームページ http://www.aoyama-syouji.co.jp/ AOKI ホールディングスホームページ http://www.aoki-hd.co.jp/ 業界 SEARCH.com http://gyokai-search.com/ 格付投資情報センター http://www.r-i.co.jp/jpn/ 日本格付研究所 http://www.jcr.co.jp/ Yahoo!ファイナンス http://finance.yahoo.co.jp/ 17
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