企業は法的素養をもった人材を求めている

◆特別鼎談
◆◆◆
特別鼎談 ◆◆◆
企業は法的素養をもった人材を求めている
〜法学検定試験をどう利用するか〜
出席者
日立製作所人事企画部部長
柏 木
岡
昇(司会)
謙 介
日本生命保険人事部
人材開発室担当課長
西 田
誠 一
東京大学法学部教授
平成12年からスタートした法学検定試験も今年で3年目を迎える。わ
が国の大学における法学教育のスタンダードとして定着しつつある本
検定試験を企業の人事担当者はどのような評価をしているのか。企業
が求める人材の法的素養と採用や配属に関連して法学検定試験をどの
ように利用することが可能なのかについて,大学の法学教育,企業法
務,企業の人事・採用の観点からご議論いただいた。
●はじめに
柏木 本日は,お忙しいところお集まりいただきまして,ありがとう
ございました。
きょうは,「企業は法的素養をもった人材を求めている」というテーマ
で,お話をいただきたいと思います。
まず,自己紹介からお願いいたします。
岡 日立製作所で人事企画部を担当しております岡と申します。
私は昭和51年に法学部を出て日立製作所に入社いたしました。当時は社
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◆特別鼎談
長室という名称の部署で,現在の法務本部です。新入社員として法務部門
に配属になりました。以来,国内の法務文書担当を15〜16年ほど,海外法
務も5〜6年ほど担当し,通算21年くらい,いわゆる法務畑一筋で過ごし
てまいりました。その後,広報部門を3年担当し,現在は,平成12年の7
月から人事企画部というところで,採用だとか,あるいは処遇制度の立案
だとかという仕事を担当しております。
長年法務部門を担当しておりました関係で,このまま法務担当で会社生
活を終えるのかな,と考えておりましたところ,広報担当や人事担当とい
う異なる担当になりまして,法務部門を客観的に考えられるようになり,
現在の担当の人事の仕事をするうえでも大変プラスになっていると思いま
す。今回の座談会でも法的素養というものが企業人にとってどのような意
義をもつのかについて考えてみたいと思います。
柏木 西田さん,お願いいたします。
西田 日本生命の人材開発室の課長をしております西田と申します。よ
ろしくお願いします。
私は,昭和62年の入社でございまして,一応卒業の学部は法学部ではあ
りますけれども,あまり勉強をしなかった法学部卒でございます(笑)。
生命保険会社に15年ほど勤務しておりますが,生命保険に直接関係する仕
事はいままで一度もしたことはございませんで,資産運用の関係ですとか
広報ですとか,いろんな仕事を担当してまいりました。昨年から人事部で,
総合職の採用と教育・研修の仕事をしております。
従来,当社の人材育成システムというのは,いろいろな部署をグルグル
回しながら,いわゆるゼネラリストを育てるという傾向が非常に強うござ
いましたが,近年では専門性とか,市場価値とか,スキルといったところ
にも重点を置いた研鑽メニューを強化していこうと考えております。その
一環として「目標コース別自己研鑽メニュー一覧」というものを作成し昨
年から導入いたしました(表「目標コース別自己研鑽メニュー一覧」参照)。
当社では人材育成のスタイルとして,専門人材(スペシャリスト)を養
成するという新しい人材ニーズと,一方ではいわゆるゼネラリスト的な判
断力やマネジメント力をもった者を養成するという人材ニーズをどのよう
にミックスして育成・配置をしていくかということが課題と考えておりま
す。
私は採用も担当し,日常的に学生と接しておりますので,きょうは比較
的学生に近い立場からお話ができれば,というように思っております。
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◆特別鼎談
柏木
最後になりましたが,きょ
う司会をいたします東京大学の柏木
です。
私は,昭和40年に法学部を卒業し
まして,企業に法務部があるとはつ
ゆ知らず,三菱商事に入社しました。
当然のことながら営業マンになるつ
もりで入りましたら法務を担当する
文書課に配属されまして,私は「晴
天の霹靂だ」と文書課の先輩に申し
ました。結局そのまま28年間法務部
柏木
昇氏
門におりまして,平成5年から東京
大学法学部に移りました。企業を離れてもう8年が経っておりますので,
私の企業に関する知識も大分古くなっておりますが,企業人としての経験
をもつ立場と大学で法学教育を行なっている者としての立場と,両方の立
場でお話しをさせていただければと考えております。きょうはよろしくお
願いします。
●法務部門以外に採用される者に求める資質とは
−法的素養は大きなアドバンテージ
柏木 では,早速本題に入らせていただきます。まず「人事担当から
みて法学部卒業生に何を期待するか」ということから議論を進めてまいり
たいと思います。
昔と違いまして,いまはどの会社にも,とくに大きな会社には必ず法務
部門があるということは,常識になっているようです。学生の方もそれを
承知で「法務部門に行きたい」とか,あるいは「法務以外の仕事につきた
い」というようなことを希望として出すことになります。同じ法学部を卒
業した学生であっても,会社としても法務部門に配属される人には,法務
部門以外の営業とか販売等に配属される学生とは違った配慮が必要なんじ
ゃないかという気がしています。そこで,まず,法務部門以外の一般社員
を採用する場合には,法学部卒の学生に何を期待するかということからお
話をいただければと思います。まず岡さん,いかがでしょうか。
*日立製作所の場合*
岡 日立製作所の場合は,たとえば今年の内定者ということで考えま
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◆特別鼎談
すと,大学卒以上は,いわゆる新卒
の採用としては総数で980名で,その
うち技術系が800名・事務系が180名
ということになりました。実はここ
で事務系と一応くくっておりますが,
「技術系の学部の方でも,事務系職種に
応募しても結構でございます」とい
うやり方をとっております。
また一方で,事務系の学生さん,
いわゆる文科系の学生さんでも,I
岡
謙介氏
T系の仕事,SEというような,ど
ちらかというと技術系に近いような
職種にも応募ができるというやり方をとっておりますので,必ずしもきち
っとは分かれていないんですが,大体はそのようなイメージです。
そのなかで,事務系の採用のうち,大体6割から7割は営業関係の部門
に配属されます。ですから,過半が営業職として活躍してもらうことを期
待されているわけです。したがって,法学部の学生であっても,とくに法
務部門に入りたいという希望がなければ,基本的には営業関係を中心に配
属されることになります。
そこで,営業という職種を中心として考えたときに,法学部卒の人材が
どういう位置づけになっていくのか,法学部で学んだことがどういうふう
に生かされるか,ということですが,営業職だけではないんですが,いま
の世の中は法律関係あるいは契約意識といったものが非常に強くなってい
るので,やはり基本的な法律知識というものは,とくに営業職には絶対に
必要だといい切れると思います。
わが社でも,いくつかの法律関係のコースを設けて研修をしております。
たとえば,「営業管理者と法務」という講座がありますが,これは営業職
の法律教育であり,力を入れております。その他の法律関係の講座として
は「企業活動と法律」
「海外活動と法務」「経理法律」「資材法律」「総務法
律」等があり,さまざまな職能別研修を行なっています。非常に基礎的な
法律問題から研修という形で勉強してもらうということを会社でやってい
るわけですが,学生時代に勉強してきてもらうと,基礎的なことは非常に
たやすく頭に入り,さらにその上のことをやる余裕が出てくるわけです。
これは会社にとってもプラスですが,本人にとっても大きなアドバンテー
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◆特別鼎談
ジだと私は思っております。そうい
う意味では,法学部で勉強を一生懸
命してきたということは,営業関係
あるいはそれにとどまらず,そのほ
かの事務系の職種でも,有利であろ
うと思っています。
採用の担当者に聞いても,やはり
それはアドバンテージとしてかなり
強く認識できるというようにいって
おります。さらに,それぞれの職種
の人事担当の間でも共通の認識にな
っています。とくに法学部卒以外の
西田
誠一氏
人から見ますと,やはり法律というのはとっつきにくいようですね。条文
の読み方ひとつとってみても,そもそも拒否反応から始まるという(笑)
……。ここの違いは相当大きい。
柏木 西田さん,いかがですか。
*日本生命の場合*
西田
当社では新卒のいわゆる総合職を,大体年間約120〜180名を採用
します。そのうちの約半数が,全国のいわゆる営業拠点といいますか,支
社と申しますけれども,そういったところに配属になって,残りの半分ぐ
らいが,本店ですとか,東京の本部機構に入ります。このため,新入社員
ではほとんど法務部門には配属されることはありません。しかし,法務セ
クションに配属されることが少ないからといって法的素養のある人材を求
めていないわけではありません。これは,保険会社や銀行等金融関係の会
社では共通することだろうと思いますが,法務担当部門以外の方がそれぞ
れの実務部門で日常的に法務問題に直面して業務をこなしています。この
人たちは「法務部門」という名称の部署の担当者と同等,もしくはそれ以
上に法務の素養が必要とされています。これはちょっとうがった見方かも
しれませんが,そういう人たちのほうがいわゆる法務らしい仕事をしてい
る。
具体的な業務としては,全国の支社で,保険契約にかかわる係争案件の
処理やお客さまへのご契約内容の説明,時には苦情の処理等を担当します。
また,当社はお客様からお預かりした資金の運用の一環として,企業や個
人に対する貸し付けをしていますので,それらの債権の保全・回収関係の
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◆特別鼎談
業務を担当する人もいます。こういった各部門の実務を担当する法務的な
人材というのが,実は非常に多くいます。
それでは,本部の法務部門である法務部の担当者は何をやっているかと
いうと,具体的な取引や係争にかかわる仕事のほかに,コンプライアンス
の推進や教育,あるいはコンプライアンス体制の構築というような仕事の
ウェイトが大きくなってきています。それらの仕事には,具体的な法律の
詳しい知識よりもむしろ実務面の知識や経験が必要になってきます。
ですから,私どものような企業にとっては,法務部門以外でも「法務人
材」はたくさん育っていくことになります。
法的素養のある一般社員が必要であることの理由として,日立製作所さ
んと決定的に違うと思われるのは,私どもは保険業法という業者規制法の
規制を受けていることです。そのほかにも,たとえば証券業法ですとか,
銀行法ですとか,投資顧問の関係の法律ですとか,そういった規制法が存
在します。このため,それらの法律や法的な考え方を理解しているという
ことが,必要不可欠になっております。
したがいまして,本部で会社や事業部門の方向性を考え,それを推し進
めていくような仕事をする人は,日常的に保険業法ですとか,あるいはそ
の施行規則ですとか,そういったものを行動のベースにして仕事をしてい
るということになります。
さらにもう一つは,日本で古くから営業されている生命保険会社さんは
みな似たようなものだと思うんですが,本部と現地というような形の執行
体制になっていまして,本部で決めた方針を全国の営業前線に示していく
というようなやり方をとっています。この考え方というのは,行政機関に
とっての法律とまったく同じとは申しませんが,おそらく法律とよく似た
考え方といいますか,つまりそのバランスですとか,あるいはそのことの
影響が及ぶ範囲はどうなのかとか,例外にあたるものは一体どう取り扱う
のかとか,適用の時期がどうだとか,適用の範囲はどうなのかとか,そん
なようなことがしょっちゅう話題になります。ですからこれは必ずしも法
学部卒である必要はないのですが,そういったたぐいの思考方法,つまり
ロジカルな思考力といったものは非常に大切だと思います。この点が法学
部卒の方には期待をしているところになります。物事を論理的に考える,
という思考方法は企業人にとっては必須ですが,この論理的な思考という
のはやはり法学を学ぶなかで育成されていくのではないでしょうか。採用
を担当していても,その点は感じますね。
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◆特別鼎談
●大学では基礎を学びバランス感覚を養う
柏木 大学の法律学の授業を通して基礎的なことをマスターしている
と,業法とか規制法等の理解が早いし,企業に入ってからも伸びるという
か,会社側としても非常にありがたいというお話でしたけれども,具体的
に基礎的なことというのはどういうことでしょうか。民法とか刑法とか憲
法ですか。
岡 どちらかといったら,やはり民法だと思うんですね。とくに営業
職としての仕事を考えますと,ほとんどがやはり契約行為なんですが,日
常的に契約ということを意識しないで注文を取ってくるというのが,現実
には非常に多いわけです。その過程でトラブルも実は非常に多くなってき
ている。
やはり,きちっと決めたか決めないか,あるいは決めたことはきちっと
守ってもらわなければ困るということは,10〜20年前に比較するとはるか
に増えてきています。そもそも契約という意識をもっているかもっていな
いかというのは,非常に重要な要素になってきますね。とくに営業職につ
いてはいえます。
以前はそんなに考えなくても,大体よかったと思います。お客さまのほ
うもそんなに意識しなかった。しかしいまはイレギュラーな取引というか,
いままでのパターンにあてはまらない取引ですと,たとえばお客さまのほ
うも法務担当者が同道して,「契約内容をどうしましょうか」という話に
なる。そういうことがわりと日常的に意識されるようになっている。
しかし,そもそもその契約行為ということを意識し,それが何なんだ,
ということを最初から理解するというのは,今日も法務担当の者と話をし
てきたんですが,そんなに簡単なことではないみたいですね。やはり基礎
的な法学の勉強というのをきちっとしていない人にとっては,観念的には
わかっていても,そもそも契約というのは本当にどういうことをしなけれ
ばいけないのかということがなかなか理解できない。「契約書をもってい
って判子をもらえばいいんでしょ」ということを平気でいうようになる
(笑)。契約書というのはもうできあがっていて,定型のものをもっていけ
ばいいんだとか,やはりそんなようなものとしてまずとらえようとする。
契約行為の意味が分からないでそのまま実務に入ってきてしまうと,大き
な落とし穴に気がつかない。
そういう意味では,基礎的な「契約とは何か」とか,そういったものを
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◆特別鼎談
勉強してきている人というのは,相当なアドバンテージをもつことになる
んじゃないかと,私は思っています。
柏木 岡さんは長年法務をやられたから,多分ご賛同いただけるんじ
ゃないかと思うんですけれども,法的なものの考え方の基礎というのは,
どうも親族・相続を除いた民法ではないかという気がするんですね。そこ
で徹底的に法律的なものの考え方が訓練されるんじゃないかと思うので
す。
それで,教育研修の内容を拝見しますと,日立製作所さんもそうなんで
すけれども,日本生命さんもわりとすぐに役立つ法律というのがあがって
いる。たとえば独禁法とか,総務ではコーポレート・ガバナンスや会社法
の問題とか。私の経験でも,企業に入ってから「民法総則を勉強しろよ」
なんていう暇はないと思うんですね。しかし,独禁法とか,贈収賄の問題
とか,PL法とか,こういうところがすぐに理解できるかどうかというの
は,まさに民法をしっかりやっているかどうかにかかっているのではない
か。あるいは多分日本では民法に加えて,刑法も入るのかなと気がするん
ですが,ロジカルな法律的ものの考え方を勉強するのは,やはりその辺か
なという気がするんですが,いかがでしょうか。
岡 おっしゃるとおりだと思いますね。実はこういう独禁法だとか,
贈収賄だとかというのは,まあ非常に端的な例として,こういう問題があ
るんだと少しでも認識していないととんでもないことになりますよと注意
を喚起する意味で,研修をやっているわけです。いわゆる法務の専門家を
対象にした研修ではありません。むしろ,この研修は,あなた方は知らな
いということを自覚してください,法的に危うい場面かどうか鼻が利くよ
うにアンテナを張っておいてくださいということをお願いし,だから「お
かしいな……」と思ったら法務に相談しなさいよと,そういう意識づけの
教育なんですね。その題材としてこういうのをやっているんだというふう
に,私は理解しているわけです。
ですから,本当に中身を理解するとか何とかということではなくて,私
が法務を担当していたときは,そこは逆に割り切って,もう皆さん細かい
知識はいいけれども,「おかしい……」と思ってください,そのためには
最小限こういったことを理解しないとアンテナも立たないでしょうと,ま
あそういうようなことで私はやっておりました。
逆にいいますと,ベースに基本的な知識がないので,もうそれ以上やり
ようがなかったといわれればそのとおりではありますが(笑)。
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◆特別鼎談
柏木 確かにちょっと欲張りになるかもしれませんけれども,民法・
刑法の基本的な素養と問題点をキャッチするに必要な先端的な……,先端
的というのはおかしいかもしれませんが,独禁法とか企業に関係してくる
法律の知識があると,万全だということがいえるんでしょうね。
岡 そうですね。できるだけ多くの人に,「これで大丈夫かな」と思
ってもらう機会と方法を増やすといいますか,そういう観点で法務教育と
いうのは,私はやってきたという記憶がございます。
柏木 西田さんがバランス感覚とおっしゃいましたね。
西田 はい。
柏木 これも法学部卒業生に特徴的な性質かと思うのです。もっとも,
法学部卒業生でも勉強していない人がいるから,それはまあいろいろあり
ますけれども(笑),やはりしっかり法律を勉強してきた人の訓練の仕方
というのは,1つの物事を1つの面だけから見るのではなく,多角的にい
ろいろな観点からものを見るというような訓練があったんじゃないかと思
うんですね。
判例評釈でも,A説・B説・C説というようなことでいろいろな考え方
がある。それを比べながら,どれが一番妥当であるかというような判断の
訓練がなされてきたんだろうと思うわけです。それがやはり企業において
も,いろいろなところで威力を発揮するんじゃないかという気がしている
んですが,どうでしょうか。
西田 まったくおっしゃるとおりだと思います。最近では世の中が複
雑になっていますから,1つの問題に対して1つの答えということは,ほ
とんどありません。問題となっている事象にはどういった側面があるんだ
ろうと考える必要がでてきます。いろいろなお客さまがいらっしゃいます
から,ある1つの対応をした場合,どんな方面にどういった影響があるん
だろうということを考えて,徹底的に頭を働かせないといけない。いろい
ろなケースを頭に浮かべて,頭を働かせてバランスを考え,何らかの対応
策を決めていくということが必要となってきます。
もう1つは,法律の勉強でいいますと,ある問題への対応を検討する際
に,従来の判例ですとか,あるいは法律の条文をあてはめるといった方法
以外に,この問題自体には一体どういった側面があるんだろうというのを
徹底的に検討する視点が,いま非常に求められていると思うんですね。何
かの問題があったときに,決まりきった方式で公式や定型にあてはめてパ
ッパッとやるというのではなくて,その問題には一体どんな側面が潜んで
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◆特別鼎談
いるんだろうというのをじっくり冷静に見ていくというのでしょうか。で
すから,その関係する法律なりを実際の事件にあてはめて物事を考えると
いうようなときに,その事件を徹底的に調べ上げて,「さあ,これをどう
やって料理してやろうか」というように考える思考回路が,法曹の方や法
務部の方にはおありなんだろうと思うんですけれども,それは法律家でな
くとも,ビジネスにおいても求められているところだろうと思いますね。
実際の案件にどう対応するのか,どう解決するんだと検討する思考訓練が
されている方というのは,とくにその思考回路の回転が確実でかつ速いの
だろうと思いますね。
柏木 さっきの話の繰返しになりますが,そういう訓練も,民法とか
刑法とか,そういう基本的科目を学習するなかでなされるものなのでしょ
うね。
西田 その民法の基本的な考え方というものは,いろいろなことで応
用が可能なのではないでしょうか。
柏木 それと同時にやはり日本生命さんでも,独禁法の問題とかいろ
いろな業法でときどき引っかかりそうなところに,先ほど岡さんがおっし
ゃられた鋭敏なアンテナを張るだけの法的素養というものが求められるん
じゃないかという気がするんですけれども。
西田 過去にさまざまな経験を積んできましたので,最近は幸か不幸
か危ないケースが少なくなってきました(笑)。実際には先ほど申しまし
たような保険契約の場合ですとか,手形・小切手関係ですとか,担保の問
題ですとか,債権の保全・回収の現場で実務処理能力をもっていると非常
に重宝しますね。
柏木 ただし,もっとも,そういう実務処理能力といいますか,細か
いところは,会社に入ってからの教育でも何とか間に合わないわけではな
いですね。
西田 ええ,間に合います。ただ,ついていける人といけない人が明
確におられますね。ついていけないと,もう直ちにドロップ・アウトして
しまいます。優秀な人材としてはそんなに高い確率で育たないようです。
逆にいうと,そんなにたくさん人数が要らないということなんですけれど
も。やはりついていける人というのは,結局大学で体系的に基礎的な勉強
をしっかりしていた人が多いようですね。
柏木 大学ではいろいろな委員会があって,そういうところには大体
必ず法学部の先生が参加するんですね。なぜ法学部の先生が参加するんだ
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◆特別鼎談
ろうと思うのですが,ほかの学部の先生はやはり専門一筋で判断に偏りが
でるおそれがある。一番多角的にものの見方ができるのは法学部の先生方
なんじゃないか。そして総長等の執行部の人たちは,1つの結論がどこの
角度からみても妥当なものであるかどうかというような検討を,法学部の
先生に求めているんじゃないかという気がするんですね。一生懸命法律を
学んだ法学部の学生もそういうところの訓練が行き届いているんじゃない
かなという期待をしているんですけれども。
能力のある者は伸び,能力のない者はドロップ・アウトする,と先ほど
いわれましたが,その差はどこからくるのでしょうか。学校時代に体系的
な基礎をマスターしたかどうか,という点はご指摘いただきましたが。
西田 もちろん,入社時からもっている能力の差といいますか,能力
の高い人はいます。たとえば金融法務の先端にいて,ずぶの素人が担保だ
手形だ小切手だというところに到達するまでには,民法があり商法があり,
相当長い道のりがあるわけですね。ところが,能力のある者は,最初から
基本書をざっと読んで,先輩に徹底的に聞いて,過去の案件を洗って,具
体的な案件について自分の考えを述べて,ディスカッションをして,とい
うようなことを,非常に短い時間のなかで徹底的にやりますよね。こうい
った能力,つまり物事に対する姿勢といいますか,突き詰める態度といい
ますか,妥協を許さない考え方というのは,学校時代までに培われるもの
だろうなという気はしますね。
柏木 岡さん,いまの点については何かございますか。
岡 要するに法学部で勉強して,ある程度基礎的な素養をもっている
人というのは,実はそれと同じことを会社に入ってできるのかと考えたと
きに,たとえば営業管理で債権保全の担当になりましたという人は,これ
は仕事ですからやむをえずやりますね。そうするといやが応でも身につけ
ざるをえません。しかし,大半の人は,会社内の研修で聞いても,それっ
きりなんですね。日常実務で法律の本を見ながら仕事をするというチャン
スはないわけでして,そういう基礎的なことを身につけようと思っても時
間もなければ場所もない。いくら研修で知識を教えても,まあはっきりい
えば,そんなもの2〜3時間やっても覚えないでしょう(笑)。
ですから,そもそも基礎的なことを勉強して頭に入れておくというチャ
ンスがないんですね。これは不利ですよね。たとえば営業活動というのは
まさに契約行為なんですから,営業職が基礎を勉強するというチャンスな
しに仕事をしなければいけない。ですからさっきアンテナといいましたけ
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◆特別鼎談
れども,アンテナは低いですよね。法的素養がありアンテナを高く上げら
れるというのは,実はものすごいアドバンテージになると思いますね。
ですから,そういう意味じゃ法学部できちっと勉強してきている学生と
いうのは有利だと思いますよ。少なくとも,まあ経済学部より有利かとか,
そういう議論ではないですけれども(笑)。ある範囲については,会社で
はできないことを学生時代にきちっとやってきていることは間違いないと
いうことだと思いますね。法学の民法だ何だという基礎的な知識は,そん
なに簡単には会社に入ってちょっと勉強したといってわかるものとは思え
ないのですがいかがでしょうか。
柏木 いや,その辺は私も不思議なんですけれども,古い話で恐縮で
すが,昭和41年の『ジュリスト』の座談会で,法学教育と企業の実務の問
題というのが議論されているんですね。そこで企業の人たちが異口同音に
いっているのは,まったく同じことで,大学では基礎的なことを教えてく
れと,しっかりと基礎的なことを教えてくれれば,あとは会社で何とかな
るんだというようなことをいっているんです(「会社員の自己啓発−大学
教育と会社の実務−」ジュリスト343号74頁以下,
「わが社の社員採用と社
員教育」ジュリスト319号10頁以下)
。
ところが一部の声は,企業は実務的な教育を求めているんだろうと,だ
から知的財産権の問題とかあるいは独禁法の問題を,もっと大学で教えな
ければいけないんだと理解する向きもあるんですけれどもね。むしろ私は
逆じゃないかという気がするんですね。どうしてそういう誤解がときどき
大学のなかで蔓延しているのか,よくわからないんですけれども。
私の場合も,企業に入って何が役に立ったかというと,やはり基礎的な
法律の勉強が一番役に立ったわけです。企業に入ってからは,もう基礎的
な勉強をしている暇はないんですよね。日々まさに目の前の仕事を追いか
けなければいけない。そういう基礎的な法律の素養ができているところが
法学部を卒業した人の強みになっているんじゃないかという気がするわけ
です。
昔の本をひっくり返して見ると,企業の方はまったく同じことをいって
いるのに,どうも現在でも,法科大学院論争がいろいろ議論されているな
かでも,そういう声が大きくならないのは不思議だなという気がしている
んですが。
岡 これは次のテーマにつながるのかもしれないのですが,いわゆる
即戦力を求めるという要請が強くなっているのは事実だと思うんです。そ
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◆特別鼎談
ういう観点からしますと,新卒者をとるのではなくて,経験者を採用する
というのが,非常に数的には多くなっています。その意味では,たとえば
知的財産権の分野で素養のある人,あるいは実務経験のある人をすぐ使い
たいというようなニーズはあります。ですからそういった専門家としての
ニーズがある以上,大学あるいはプロフェッショナルスクールといったと
ころではちゃんとやってもらわなければ困るよという面は間違いなくある
と思います。ただ果たして大学だけでそれができているのかどうか,私は
ちょっとよくわかりません。
柏木 大学のカリキュラムは,私の学生時代に比べて非常に過密にな
ってきていますね。これは多分欲張りすぎだろうという気がするんです。
まず基礎的なこと,これは絶対やらなければいけない。基礎的なことをマ
スターしたうえで,このほかに,たとえば,ある学生は知的財産権のほう
に進みたいといったら,そっちをやればいいいし,あるいは環境問題をや
りたいといえば,環境問題の法律を勉強すればいい。あるいは人権問題と
か,性差別の問題とか。それを性差別も,環境問題も,独禁法も,知的財
産権もすべて勉強しろというのではとても無理ですね。
それで,基礎的なもの以外については,まさにおっしゃられた問題点を
発見する能力があれば十分だろうと思うわけです。問題点を発見すれば,
あとはその判例を調べる,学説を調べるということで何とかなる。問題点
を見つけ出せないと,企業としては大変なことになります。だからその二
段構えで,基礎的なことはしっかりとみんながやらなければいけない。あ
とは好きな分野を限って,問題点を発見できる優秀なアンテナをつくるこ
とができる程度の勉強をしたらいいのではないかなという気がするんで
す。
岡 その点は重要だと思いますね。少なくとも日立製作所のようなメ
ーカーのなかでは,それ以上のことを求めるというのはないですね。それ
だけのスペシャリストをあえて特定の部門以外のところで求める必要は,
基本的にはない。特定の部門ではそういうスペシャリストは必要ですし,
そういう勉強をしてきてくれれば,それはいいんでしょうけれども,一般
的に営業を中心として考える職場では,先生がおっしゃるとおりです。ま
あアンテナを立てることができるセンスがあれば,これはもう大変な戦力
になるのではないでしょうか。
柏木 そのなかでも独禁法なんていうのはどこの部門でもわりと問題
になる分野で,これはやってきてほしいということはありますよね。
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◆特別鼎談
岡 そうですね。でもまあ独禁法だけだったら…。
柏木 何とかなる(笑)。
岡 通常の営業実務に必要な知識でしたら,まあとくに突っ込んで勉
強しなくても,何とかなりませんですか(笑)。
柏木 日本生命さんはもっと専門的な知識がいるんじゃないかと思う
んですが。というのは現場で使う法律というのは業法でもっと特殊でしょ
う。だからまさに,その業法を正確に理解する基本的な能力を大学時代に
身につけるということが,一番大切なんじゃないかという気がするんです
けれども。
西田 ひとつ私が非常に感じるのは,法律の勉強というのは,ポリシ
ーですよね。最後にどこに線を引くんだというところは,その人のポリシ
ーをおそらく反映するということになってこようかと思うんです。いろい
ろな仕事をやるなかでも,結局のところビジネス上の意思決定というのも
おそらくポリシーというところで,その軸をきちっともつことが大切だと
思います。
法律問題というものは,現実の積み上げといいますか,事例の積み重ね
で成り立っていますよね。たとえばマクロ経済学等は,これはむしろ逆で,
まずモデル,理論があって後はその例外を議論していく。だから法律を学
んだ者からみると少し夢見がちにみえるところがある。法律はものすごく
現実的な学問で,これを学ぶなかで,具体的な事案のなかからポリシーを
きちっと立てる習慣を身につけることは,ビジネスのなかで意思決定をす
るうえで,非常に大事だと思います。
柏木 私もときどき学生たちに話すんですが,いまのポリシーのお話
しと同じことなのかどうかわかりませんが,価値基準というのが,法律と
会社のなかの現実と違ってくることがあるんですね。会社に入りますと
「いま何をやっているか」,それがなければ「過去わが社は何をやったか」,
それがなければ「ほかの会社が何をやっているか」を調べてやれとよくい
われます。要するに会社のなかの常識で物事が判断される。会社のなかの
常識が価値基準になり,ポリシーになってしまっているという面が,非常
に強い。それがときどき一般の常識あるいは法律の価値基準からどんどん
離れていくことがある。
たとえば,かつてMOF担の事件等がありましたけれども,だれが考え
たってあんな接待はおかしいわけだけれども,
「かつてやってきた」「ほか
の銀行もやっている」ことから,だんだんそれがエスカレートしていって,
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◆特別鼎談
一般の常識基準から離れてしまった。いまの外務省の裏金作り問題等も,
そういうことだろうと思うんですね。「やっぱり,それはおかしいよ」と
いって戻すのに,法律の価値基準というのをしっかり身につけていないと
いけない。そうしないと,社内の常識による価値基準と世のなかの常識と
がどんどん離れてしまい,大きな問題となり結果的に破綻を招いてしまう
というようなことが多いんじゃないかという気がするんです。
それで大学院の社会人の学生には,自分の座標軸の位置の調整をするた
めにときどき法律を見なさいといいます。それからときどき自分が所属し
ている会社以外の人たち,業種ができるだけ違ったところに所属している
人たちと付き合ってみて,自分の座標軸が他の座標軸とどれだけずれてい
るか確かめてみなさいというようなことをいうんですが,やはり社内常識
に流されそうなときに,もう一度法律の価値基準に立ち返ってみることの
できる能力というのは必要なんじゃないかと思うんですね。
西田 そうですね。現実には日々のいろいろなことに流されて,ああ
いった企業不祥事を起こしてしまうことになるんでしょうが,逆にあれを
スパッと正すというのは,法律の価値基準といいますか,そういったもの
を通じて自分のなかに培われた社会規範なくしてはできないだろうと思い
ますね。
●法務担当者に求める資質とは
柏木 これまでは一般社員の法律的な素養についてお話をいただきま
したが,こんどは法務担当者につきましてお話しをいただきたいと思いま
す。
採用のときにはどういう観点で法務部門に配置していますか。岡さん,
いかがですか。
岡 私どもの法務部門は,本社にもありますし事業部門にもあります。
手続的には採用予定の人数を聞きまして,たとえば全社で5名だなとか,
10名だなということになります。あとは希望してくださる学生さんたちの
希望,「どういう仕事をしたいんですか」というなかに,「法務」というフ
ラッグが立っていまして,そこをセレクトしてくれた人が選考の対象とな
ります。といいましても,やはり法務担当者が面接官になり,本人にお会
いし,その人の基本的な法務担当としてのやる意欲等々をみることになり
ます。採用OKであれば基本的に法務関係の部署へ配属されるという段取
りをとっております。
― 15 ―
◆特別鼎談
問題なのは法務担当の希望者が多くて,需要が少ない場合です。採用の
面接担当者によると,ときどき困るのは,営業関係でも法務というのは非
常に重要だよと説得し,ご本人も一応納得したにもかかわらず,本当の配
属の段階になると,「やっぱりぼくは法務にいきたいんです」というケー
スがあることです。法学部出身で「法務をやりたい」と希望する人には多
いようです。
柏木 様変わりじゃないですか。私が就職したころは,法務なんかに
いきたくない,法律なんかもう二度と見たくない,会社に就職するという
ことは法律と縁が切れることだ,「万歳!」というような気持ちで(笑),
就職した記憶があるんですけれどもね。
岡 私もそうでした(笑)。最近の労働市場の流動化や就職難等が原
因かもしれませんね。やはり専門性が重要だというような話がいろいろな
ところでされるものですから。私どももいけないのかもしれませんが,ど
っちかというと,即戦力になる人のほうが望ましいんだみたいな風潮とい
うのは,やはりあると思うんですね。学生のほうも,むしろそれが売りに
なるというか,そういったものをもっているというようなアドバンテージ,
あるいはもっていないとだめなんではないかというような気持ちが強い人
がいるのも間違いないと思いますね。そこは確かに変わってきていると思
います。
柏木 社会自体がどんどん法化されてきて,法律を無視しては商売も
できないし,会社の経営もできないしという時代になってきたということ
はありますね。
岡 ありますね。とくに企業でいろいろ法律的な不祥事や問題を起こ
すケースが多くなっているのも事実ですからね。
柏木 そうですね。それが場合によっては会社の命取りにすらなりか
ねない。
岡 はい。
柏木 それで,その法務部門にいきたいという人をセレクトするとき
には,やはり学校の成績等をみますか。
岡 いや,私どもは面接で聞くことありますが,成績そのものをダイ
レクトにみてセレクトすることは,現在はしておりません。過去は別です
が。
柏木 私が昔会社にいたときにひとつ失敗したのは,人事部が配属を
決めていたんですが,人事部が某大学の法学部を優秀な成績で出たからと
― 16 ―
◆特別鼎談
いうんで,法務部に配属してきたわけです。ところがその学校は必修科目
がなかったんですね。確かに成績はいいんだけれども,法律科目を1つも
とっていないんですよ(笑)。彼はやはりさっきの話じゃないですけれど
も,基礎的なことができていませんでしょう。 代理とは何か
から教え
なければいけないわけですよ。
これはもうどうにもならなくて,ほかの部に移ったんですけれども,ほ
かの部では非常に活躍しているんで,本人の能力はまったく問題なかった
のです。これは人事部がいけなかったんだろうと思うわけです。それ以来
人事部に対しては「成績を見せてくれ」ということにしました。さっきの
話じゃないんですが民法と刑法の成績が優秀な人をなるべく法務部に配属
するようにお願いした経験があります。
ときどき,法学部出なんだけれども,自分が出たのは
無法学部だ
な
んていう人がいて(笑),法学の科目は1個もとらないという人が結構お
りますね。
岡 その点については,現在日立製作所の場合は,法務担当のマネー
ジャークラスの人間が直接会って話を聞くという過程で,必要であればチ
ェックしていますので,まあ多分そういう間違いは起こらないとは思いま
す。
柏木 日本生命さんは,いかがですか。
西田 私どもは冒頭にも申しましたように,法務部門への配属者とい
うのは非常に少ない人数になっていまして,しかもあまり若い人はいきま
せん。配属の時点でも,法務部門に人事の面で任せるということはなく,
基本的には人事部が専管的に決めています。まあ法学部でそこそこ勉強は
していた人,かつインチキをしない人で(笑),現場の経験のある人が結
局法務部門に配属されていますね。実際のビジネスの現場では,もちろん
法に触れるようなことがあってはいけませんが,ギリギリの判断に迷うこ
とがたくさんあるわけです。契約関係も前例がたくさんあるとはいえ,ま
だまだグレーなところがあります。どの程度のことがビジネスの現場で行
なわれていて,どういった処理がされて,それに対して会社としてはどう
いった手を打っていて,それがお客さまのところに伝わるときにはどうな
っているのか。しかもその処理を自分がしたことがある,という実務を身
をもって体験した者が法務セクションでは求められますね。学業が優秀な
だけでなく,柔軟性に富んだ汎用性の高い人で,いわばどんな仕事でも対
応できる人が法務セクションには必要だと思います。逆説的かもしれませ
― 17 ―
◆特別鼎談
んが。
柏木 法律の仕事というのは現場と密接に関連していて,実際に会社
に入りますと,純粋法律問題というのはほとんどないですね。必ず営業問
題と密接に関連した法律ばかり。だから営業問題で的確な判断ができない
人は法務の仕事もできないという関連性があります。
西田 ですからいろいろなコースを設けて若手の社員に研鑽をさせる,
ということがありますけれども,そのコースは複数選択できるようにして
います。法務部の責任者等も,「法務」のコースしかとっていない人なん
ていうのは頼むからうちにはよこさないでくれといいますね。法務担当者
としてやっていくには,その会社のビジネスに興味がありかつ法的処理能
力が必要ということでしょうか。
●法学を学んだ者の特質とは
柏木 次の論点は,「人事担当から見た法学部卒業生の特徴」ですが,
これはもう先ほどからのディスカッションで済んだような気がするんです
ね。結局よく勉強した人は1つの物事に対して多角的なものの見方ができ
て,しかも深くまで突っ込んだものの見方ができる。したがってそういう
能力をわきまえている人間は,何部に配属してもちゃんとした仕事をする
から,まあそういうのが法学部卒業生はつぶしがきくという評価につなが
っていくんだろうという気がします。学生の答案を見ていると非常に雑駁
な答案と,「ああ,よくここまで考えているなあ」という答案と,2つあ
りますね。
西田 本当にすぐれた者は,横の広がりも相当徹底的に行なっていま
してね。「あっ,ここまでこの人は目を配るのか」と感じることがありま
す。やはり全然違いますね。
柏木 あまり点数のよくない答案というのは,すぐ信義誠実の原則等
の一般条項にいっちゃうんですよね(笑)。議論の根拠が具体的じゃない
んですね。よくできた答案は細かく非常に具体的に論証しているんですね。
やはりだから法律を勉強すると,そういう多角的かつ具体的思考方法が身
につくんだろうという気がするんです。
西田 少し話が違うかもしれませんけれども,本当に法学を理解して
いる人というのは,素人に説明するのが上手ですよ。図で説明してくれる
といいますか,それはやはり感じますね。なかには,「目標コース別自己
研鑽メニュー」の「法務のコースにいきたいんだ」といっている人で,ひ
― 18 ―
◆特別鼎談
たすら実務の法律だけを一生懸命勉強して,暗記とまではいいませんが,
そんなことばっかりやっている人がいる。ただそこのことだけではまった
く通用しなくて,法や事象の体系というものがどういう構造になっている
のかということを,インプットしているというんですか,そういう方でな
いと逆に使えないだろうなあと思います。つまり,鳥瞰があるということ
でしょうか。その辺は努力なのか才能なのかはわかりませんけれども,よ
く勉強している人というのは,それが非常に上手だなという印象がありま
すね。
●法学検定試験を企業はどのように利用できるか
柏木 最後に,企業においてこの「法学検定試験」をどのように活用
できるかに関してお話しをいただきたいと思います。日本生命さんは,法
務研修でお使いになっているということですね。
西田 はい。「法務」コース登録者が入社5年目までにクリアすべき試
験のひとつに「法学検定試験2級」を設けています。「法務部門」に配属
を希望する者に「2級に受かっています」といわれると,人事部としても
「あっ,勉強しているんだな」という認識をしますし,少なくともそうい
「あっ,勉強しているんだな」という認識をしますし,少なくともそうい
った分野での志向が強い人なんだという気はしますね。「法学検定試験2
級ガイドブック」の例題を見てみると体系的に法律を理解していない方に
は分からない問題が多いですよね。単に実務べったりの場当たり的な対応
を問うような問題はないですし,もちろん一夜漬けでは対処できない。
柏木 先ほど私がいったような,法律科目をまったくとってきていな
い人が法務に配属されるなんていうことは,絶対なくなるわけですね(笑)。
西田 そうですね。
柏木 岡さんのところではいかがですか。
岡 きょう出掛けに法務部門の者に聞いてきたんですが,大変立派な
ことをいっておりまして,この試験ですと,法務部門に配属になる以上は
2級はとって当然である。戦力となるのは,それにプラスアルファが必要
である。やはりいろいろなものを多角的に見るとか,そういう基礎的な知
識の上に,さらにたとえば判例の勉強を一生懸命やるとか,そういう何か
やっているというプラスアルファをもったところまで望みたいんだ,とい
うようなことをいっておりました。私が担当していたころとはずいぶん違
うなあと思っているんですが(笑)
。
そういう意味では,法学部を卒業してきました,として企業に入る場合
― 19 ―
◆特別鼎談
は,法学検定試験3級レベルは最低限必要なのではないでしょうか。さら
に,法務担当という仕事をしてもらおうというときには,2級試験程度は
クリアした方が望ましい。一定レベル以上の方が法務セクションに配属さ
れ,企業が抱えるさまざまな法的問題と取り組むなかでよりいっそう鍛え
られていく。そういったひとつの客観的なメルクマールがこの法学検定試
験によってはじめてできた。そういう意味で,この試験制度が登場してき
たということは画期的な意味があるんだろうと思っています。ただ,それ
がビジネスパーソンとしてどのような結果と結びついていくのか,法学検
定試験に合格した者とそうでない者とで,どのような差となってでてくる
のかに関しての検証はこれからだと思います。
柏木 もちろんです。ただ,いままでは参考データは学校の成績しか
なかったし,それから採用のときには岡さんがおっしゃったとおり,あま
り学校の成績を考慮するということはしなかった。それから学校差もあり
ますし,同じ「民法」でも教員によって実際に教えている内容もずいぶん
違います。その点で,法学検定試験というのは,全国一律で横並びで比較
できる,レベルがわかるというメリットは受験者はもちろん採用側にとっ
ても非常に大きいんじゃないかと思うんですね。
岡 こういうものを目標にして勉強するということをやってきてくれ
れば,これはやはりもう絶対的に勉強量が違うと思いますから,そういう
意味では有用だと思いますね。
西田 同感ですね。大学できちんと勉強してきた人がその到達レベル
を測り,またそのことを私ども人事担当をはじめ第三者に伝える際の有効
な材料になるのではないでしょうか。
柏木 企業の法律に対するニーズはどんどん大きくなってきています
ね。学生諸君もこの時代の変化に対応して,法律の勉強に励むとともに,
その成果を客観的な指標でアピールする時代となったようです。きょうは
どうもありがとうございました。
(了)
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◆特別鼎談
表
目標コース別自己研鑽メニュー一覧
目標コース
1.保険数理
8.企業福祉コンサルティング
2.税務・会計
9.企業財務コンサルティング
3.法務
10.年金資産運用コンサルティング
4.ITインフラ・業務設計
11.ポートフォリオ・ファンドマネ
5.個人保険リスクコンサルティング
ジメント
6.損害保険リスクコンサルティング 12.審査・アナリスト・リスク管理
7.個人資産運用コンサルティング
13.運用資産管理
14.ビルマネジメント・コンストラ
クションマネジメント
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