括責て月ヲ皮 第括主巻・第括責て競

目白源口参宮
括責て月ヲ皮
第括主巻・第括責て競
3
,.
一ユナ穴の交流化
時代系 3
O U X二一一六は電灯線使用受信機の震めに
特に設計せられた増幅周交流型民空管て
あります
紳奈川際川崎市
東京電気株式曾枇
マツダランプ製造元
越
次
第
説
明
書
婚
曇
5
O 交流セットに二O一Aてはどうしても雑
音が出ますが、二二六なれば絶封に雑音
を取り去るととが出来ます
申
御
d
n
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詳
細
は
マツダ新報
ミ
ヲ
8 二
昭和三年拾 葉 月披
第十二競
第十 五巻
・ 2-3
・
・・
・
能 率 増 進 ご 云 ふ 事 に 就て・・・・ ・
5
-1
.4
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電 燈 光 線 が 盆 児 に 及 ぼ す 影響 .
0
6-2
白 熱 電 球 後達史(十 一) ••• • •••••• • • .1
2
-2
1
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・2
・
・
・
・
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・
・
進 み 行 く ラ ヂオ(其三)・・ ・
23-26
・・
・・
・
・
.
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.
.
御 大 典 各 地 の 奉 祝 ・・
宮牧 を得 にる賓例
良 照 明 器 具 の 勧 誘に似てり士
1
7-3
2
.
.
6
2-3
3
.
..
.
建 築 家 の 目 に 映 じ に 照 明 問 題..
9
3
7
3
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ニユース ・
大雄記念京都大博覧曾
名
40-43
・
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・
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4-47
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・
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・
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・
・
・
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刺・・・ ・
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編輯後記に代へて .
8
4
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幸
良
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工撃博士
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1
2
ます 。即ち我々の日常の主活にはまだ大愛無駄が多いから、之を
少
結
な事で、官一際私共の今やって居る事を見れば、事務の執り方であるさ
云へませんから、之を改良して無駄を少︿し、能率を上げる事は誠に
然し私は更に進んで少し︿考へて見にいさ思ふ事は、私共の世の中は果
して此の能率が増されるさ云ふ事ばかりを考へて行って宜いもので
あらうかさ云ふ事であります 。 私 共 が 能 率ε云ひますご、前に述べに遁
り、勢力の 愛形 に 際 し て 起 る 現 象 に 劃 し て 云 ふ の で あ り ま し て 、
明か
に物的の意味を持って居ります。夫れ故、物的のものであれば機械にし
ろ、電燈にしろ、植物にしろ、乃至は人間にしろ、此の法則を適用す
る事,か出来ます。然し私共の此の社命日を組織して居る人聞は、 一面に於
て はむ的の側がありますので、私共は誰でも若し自分が唯一つの
物的
構な事であります。
か、或は衣食住の形式であるさか、種々の方面に所謂無駄がないさは
︿して能率を上げなければならないさ云ふのであります。之は大愛結構
数年前から、私共の生活の上にも此の能率増準さ云ふ事が叫ばれて居り
物理事的の見方で此の世の中に起る種々の事柄を見ますさ、之は軍に
載がが或る形から他の形に愛じて行︿現象の集合に過ぎないさ見る事
が出来るでありませぅ。変電機が機械的勢力を電気的勢力に愛宇るさか
、電燈が電気的勢力を光の勢力に愛十るさか云ふ様な、平生電気工事
の方而の人が取扱って居る事柄ばかりでなく、人が食物を食べて種々の
仕事をするのも、木が地中から水分を吸欣して生長するのも、風が吹
︿のも雨が降るのも、結局は勢力の形が愛って行︿のであるさ見る事
が出来るのであります。そこで今甲なる形の勢力が乙なる形の勢力に
愛
はる時に、若し其の勢力の一部分が乙以外の形に愛はってしまへば、
夫れは此の目的に劃しては全︿無駄になる謬でありますから、所謂損
失
さ稀へらるべきものであります。そして此の損失の少い程、有効に勢力
の愛形が行はれる諜でありまして、能率が良いさいふ事になりますか
ら、能率を増すご云ふ事は即ち損失を少︿するε云ふ事、即ち無駄
を 省 ︿ さ 云 ふ 事 に な る の で あ り ま す 。此 の 様 な 事 は 電 気 工 皐 を 少 し で も 皐
ん克人には少しも耳新しい事ではありますまい。更に言を換へて云へば
、能率を増すさ云ふ事は、消費を少︿して果賓宇佐多︿すかさ云ふ事に
なるのでありませう。
'
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Qじ
存在で ある ぜして考ヘ、又は日知ら れ 仁 場 合 に は 、 決 し て 之 に 満 足 す る 事 が 出 来 す 、 必 す 自 分 の 人 格 が 浸 却 せ ら れ に 或 は 無 視 せ ら れ に さ 云 ふ 不
満が起り、或は煩悶ぜなり、或は不平さなるのであります。
世間て斯ふ云ふ話を諒いに事があります。昔或る城下で数名の鷹匠が藩公の愛して居る鷹を拳に据えて、肩で風を切って威張って歩いて居ま
しに 。 塗 を行︿ 人 は 、鳥類で あ る 鷹 に顕 を 下 げ る の は 馬 鹿 ら し い さ は 恩 ひ な がら も 、 叱 ら れ る の が 恐 ろ し き に 遁 を 開 い て 躍 を し て 遁 っ て 行 き
ましに 。 由胞が向ふから徐り身分の掌くない 一人 の 武 士 が や っ て 来 ま し に が 、 殿 様 の お 鷹 に 劃 し て 遁 を 避 け や う さ も し ま せ ん 。 そ こ で 鷹 匠 蓬 は
倣然さ ﹃殿 の お 鷹 で 御 座 る 。 御 寄 り 召 さ れ ﹄ さ 注 意 し ま し 仁 が 、 其 の 武 士 は 少 し も 驚 か 宇 、 却 て '﹃某 は 殿 の お 人 で 御 座 る 。 御 寄 り 召 さ れ ﹂ さ
一の 物 的 存 在 に 過 ぎ な い 鷹 よ り も 人 間 仁 る も の ﹀ 人 格 が 軽 ︿ 見 ら れ た さ 云
反針に池一を避げきして遁つ仁さ云ふ話であります。之は木賞の事を惇へに話かどうかは知りませんが、諸君は定めし此の武士の這り口に劃し
て痛快な感じ を 持 に る ﹀であ り ま せぅ。 之を痛快古さ感するのは、
ふ事 に 劃 す る 不 平 がある からで は あ り ま す ま い か 。 そ し て 此 の 様 な 不 平 が あ る さ 云 ふ 事 が 、 人 間 社 曾 の 事 を 考 へ る 場 合 に は 其 の 物 的 方 面 の 事
一個 人 に し て も 叉 社 曾 に し て も 、 其 の 方 面 に 於 て は 物 的 世 界 を 支 配 す る 法 則 が 遁 用 せ ら れ
r 其 の 心 的 方 一而の 事 の 方 が 大 切 であ る さ 云 ふ事を 示 す のでは な い か さ 思 は れ る の で あ り ま す 。
よりも、慌 ろ
人間に は一 両 に 於 て 物 的 の 方 而 があ り ま す から、
る事は無論でありますが、然し其の法則を私共の心的の方而にも適用して宜いものであらうかさ云ふ事に就ては、少し︿考へなければならな
いかさ思 ひます。 例へ ば此 の能 率 の 増 進さ 云 ふ 事 に し ま し で も 、 人 間 の 物 的 の 方 面 に 於 て 之 を 高 調 す る 事 は 結 構 な 事 で あ り ま す が 、 同 じ 事 柄
が人 間 の 心 的 の 方 面 に ま で及 ぼ さ れ に な ら ば 如 何 で あ り ま せ う か 。能率を上げるさ云ふ事は、 つ ま り は 最 小 の 努 力 で 最 大 の 功 果 を 得 る さ 云 ふ
事になりませうから、之は物的の世界に於ては望ましい事ではありますが、若し私共の心的の世界にまで此の打算的な思想が及ぽされ仁なら
ば 、甘一一の結果は 決 し て 喜 ぶ べ き も の さ は な ら な い さ 思 ふ の で あ り ま す 0・
今 既 に 私 共 の 世 の 中 に は 此 の様 な 思 想 の 現 れ が ボ ツ ボ ヅ 見 え て 居 る の
で は な い か さ 恐 れ る の で あ り ま す 。 私 共 の 心的の方而に於ては、能赤字の増準さ云ふ事よりも却て、最小の功果を笠で最大の努力を惜まないさ
一方に 於 て 此 の様 な 奉仕 的 な 、犠牧的な精一紳に基︿のでなければ本嘗に行はれる事は出来ないさ思ふのであります。
云 ふ 事 を 高 調 し な け れ ば な ら な い さ 思 ひ ま す 。 之 は 明 か に 能 率 の貼 か ら 云 つ に な ら ば 償 値 のな い 事 で あ り ま せ う o 然 し 所 謂 能 率 の 増 進 さ 云 ふ
事も、
背 へ ブ ラ イ の哲 人 は ﹃放 の食 物 を水 の 上 に 投 げ よ ﹄ さ申しました が 、 食 べ て こ ぞ 役 に 立 つ 食 物 を 水 の 上 に 投 げ 棄 て る 程 無 駄 な 事 は あ り ま す
ま い 。 然 し私は此の 言の 中 に 異 に 深 い 意 味 が含ま れ て 居 る さ 思 ふ の で あ り ま す 。 私 共 は 勿 論 物 的 の 方 商 に 於 て は 無 駄 を 省 き 、 能 率 を 増 進 す る
事に就て充分の努力をしなけれ ばなりませんが 、然し之を行ふ心持に於ては無駄ださ思はれる事をも喜んで之を行ふさ云ふ信念が更に必要だ
さ田山ふのであります o (
終)
3
報
新
ダ
ツ
マ
良
幸
新
ザ
ツ
マ
此鵡訟の辞を拡げる 。
保す影
誹:株
式
、 合
気
長枇
一川
古
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問
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民
口
士
4
J
されど 一般に は 、 其 渡 す る 放 射 線 の作川 を 、向車に閥慌 を基 調 ざ す
五 百 度 の 物 館 か ら 放 射 さ れ 、 電 燈 光 線 (マツタ
タンゲステ・〆電球
勿論太陽光線 (放 射 線 の全 部 を 便 宜 上 新 ︿ 呼 ぶ ) は絹 針 溜 度 六 千
の 照 度 な る に も 不 拘 、 其 受 光 協 に 於 り る作用の如此甚大でみる事は
しむる事を知ったのである。太陽光線に比しては殆んど九牛の一毛
燈光線は植物に、 査 問 同 様 炭 素 同 化 作 用 を 管 ま せ 、 生 育 を 旺 盛 な ら
比し. 三Ou
w乃 至 七OMの愛育増進を遂げる事を確認しに 。 即ち電
よ り 放 射 さ れ る 師 射 線 を 便 宜 上 新 ︿ 呼 ぷ以下同じ )は二 千二百度乃
賞に続嘆に値するものさ思ふのである。
A附 近 二ニ二0 01 二九O Oo
Aの間
吸欣等もあって.三OOO c
出 し 、 殺 菌 的 能 力 を 以 て 絶 へ す 宇 宙 を 深 化 す るが、後者は硝子球の
前者 は二 九O Oオ ンダストローム (以下 リAを用ふ )迄の短波を
各 候 件 を 外 界 さ 同 一にして、電燈光線によって栽培し、に廃、自然物
も以上の生育を遂げる事は疑ひない 。
若し気温にして査問さ同様であるならば、寧ろ太陽光線によるより
る調度に快︿る庭めるにも不拘、如此効果を演すものであるから、
而 か も 夜 間 の気 温 が 著 し ︿ 低 下 し 、 従 て 植 物 の 生 育 に 最 も 必 要 な
は外部 外線である )以下の 輩 外 線 を放射しないから、殺⋮閑的能力
単
一
は 殆 ん ど な い さ 云 ふ 差違 は あ る 。 け れ ど も 其 他 の 作 用 妹 に 生 物 皐 的
に比し却て良好なる成績を奉げにさ 一
五はれてゐる。之れは緑色植物
曾 て 米 図 トムソン梢物研究所で は 植 物 を 眠 所 に 置 き 、 光 線 以 外 の
作凶に 至つては . 太 陽 さ 略 問 機 で 而 か も 受 屯 憾 の如何に よっては、
れ判軒ある事 は免れない 。
至三千度の熱物飽から悩射される放線であるから.其作用に多少の
る照明記 けの も のであるさ思ふも のが 割 合 に多 い。
間日光のみによって生育するものに
血︿へて賞験を重ねて来仁が、 喜一
一フス、鳳仙花、サルビヤ、其他数種の花井類並に桑、白菜、葉牡丹、
筆 者 は 大 正 十 四 年 以 来 普 通 の露 地 栽 培 に 於 て 、 金 業 花 、 ゲ ラ ヂ オ
物に就て見る事が最も捷径である 。
却 て太陽以上の威力を税収輝する事もある。其 一端を知る矯めには植
民
金
物に ﹁生の活力﹂を附奥する、
を 放 射 して高 物 を 抱 擁 し 、 凡 ゆ る 屯一
ぞれ は 、 地 表 而 に 熱 線 さ 、 克 線 さ 化 皐 線 ど
.
.
fQ
?
三
モ『
鍾
燈道
治、夢等に劃して、夜間遁加的に一吠燭乃至四吠燭の低照度光線を
U
電伊
裏
1
。
恒 産太 陽 に 匹 敵 す べ き 威 力 を 有 す る も のであ る
燦然ざして輝く電唆
本一備を革する に
間 って、先以 て
世
燈光線が露見に及
電,
マツ但ラシブの偉大 なる 力よ什
号
ヨ
,
一貰験 上 常 に 一 定 し て 居 る 事 が
が 光 線 に 曝 射 さ れ る 時 間 さ担 ささは 、
ので のる 。
伊﹂優良ならしむる事を確認し七
出来に 。従 て 政 繭 量 を増加し‘繭川県
4
て、 書 間 大 陽 光 線 在
見ゃう
o
遅筆 トル封する効果
円不充分な選議が生
家議を飼育する場合、各齢期に亘って、護士
なり苦痛ざする 。 之れに封じて 電燈光線を血(へるさ 、 二日乃 至 五 日
るものである 。 ー三齢期に於ては、か・﹀る選畿は一一般に慶棄する
一
ー
のが普 通 で 、 齢 の 加 は り に る 場 合 の 建 議 は 、 上 燦 濯 延 し 義 諸 家 は 可
AVJ
以下順を追ふて宮一験成績を記述し、以て効果の大協を明かにして
J
変化され
理想であるざされてゐるから、外国の影響によって種々に 叩
る日光よりも、任意 の 時 間 さ 一 定 不 動 の昭一度さ を 治 に 保ち 得らる﹀
電俊 光 線 の方 が 、 より 以 上 の 効 別 を生 物 に 奥 へ 七 もωであ らう o
JU
、
し
わ るか 、 之 れ は 電 燃 光 線 の 需 に ん止す ろ 現 象 で は 無 ド。 楠 物 の 徒
へ ろ 之 、 徒 長 するさ
(
-四に温 室 内 に 於 て 夜 間 決一 川的に 古川肌光絞 ら 柏物に 臥
ふ説
長在 調 節すろ車外線在、 悉く 吸 牧 す ろ 板 硝 子 在 遇
一
五
照 射 さ ぜろ、ミ﹂に超閃 すろ 。
、葉
間で普通謹さ同一のものざなり同時に結繭する 。
以 上 の 現 象 は 、 受 光 開 に 吸 収 さ れ に 電燈 光 線 の ヱ え ル ギ ー が
線 開 に 作 用 し て ク 口 、 フ ィ ル を成 形 し 、 原 形 質 、 細 胞 等 に 影 響 し に
貫駿其の-
日支交配 黄 繭 種
内濯延せるも の に針し、三
従 来 一般が慶棄する遅緩で、 二日間褒 宮
昭和 二年春諸
一例秘的 の もの
結果で あ って、幾億年の昔か ら無限に放射され、 全 ︿
ごして人類 の崇 敬措か ざ る庭 の太 陽 光 線 も 、 科 皐 の力によって人工
にな つに 電燈 光 線 も 全 ︿同様 の もの で、其作用も亦劣るものでない
れば賢しく 生 物で あ る諸先に、夜間追加的に 定燈 光 線 を血(ふるな ら
質 す も の である 。 さ
斯撲に 竜燈 光線 は段物に如し偉大なる効果ナグ一'
以後充寅しに議児ざなって、之れさ同昨に上族して問機の繭を建つ
に 二夜 の照射即ち 二日間 で、 他 の 愛 育 良 好 な 普 通 議 さ 同 一さなり、
尺 五 寸 の 高 さ に 保ち (此 照 度 平 均 一 五 択 燭 )終夜照射せ し に、僅か
笠 を 附 せ す )を鑑座から一
齢の三日目から、四O ワット C-フシブ (
ば 、仮令動物慨に及 ぼ す影響 が刷 物 の 夫 れ の 如 く 額一者 なら す さする
、
に。 一般には最も良好な成績を欣める場合でも 三% 位選鷲一ざして
さ云ふ 事を如管一に物語って ゐ るものである o
も 、其光娘 の緑 築館 に 作 川 す るのご 同様、驚一児 の制 繊 細 胞 に 作 肘 し
グ二 頭
の庭菜 鐙 を出すの が普通 である 。 即 ち電 燈 光 線 に よ っ て 庭棄 '
も出さない事 が出来る 。
責駿其の二
O 燭光にP 一セl ド
一
て好 影響 を奥へる 事は 汗 むべ からざ る問題であ ら う o
一駿
富
そこで 筆 者 は咋昭和 二年 の春箆矧から、各州制 を通じて之れ が
を試 みた が、 執 れ も 優 秀 の成 績 を 政 め 、 其 効 果 の額一者 なる事を確認
五齢の二日目に於て 二日間選れに選畿に、
を附 し 、 箆 座 面 よ り 一 尺 の高 さ か ら 終 夜 照 射 (照 度 平均七@四択燭 )
間の み光線
しに 。 即ち 夜間追加的に 屯俊 光 線 を照 射 せしちの は 、書一
を受 け て生 育 す るも のに 比 し 、 持 し ︿ 優 良 な 紫 光 ざなり
しに属、五夜の照射即 ち 五円問で他の普通誌 と同 一のも の さなつに 。
辺諸.の護
加 を珠防し、さ らに 病鐙を治,経せ し行る 事 が
一
州
一
青少-促進 せしめ 、 且
5
良
幸
新
ダ
ツ
マ
掠立直後又は二齢の初日頃より遁山口回の 電燈 光 線 を 終 夜 照 射 す る さ
都民育昨盛ざなって、政繭景並に糸量に於て二割を増加し、解符時間
賓駿其の三
昭和二年初秋毅
昭和三年春謹
本年春議判明に於ける賓験の結果を少し︿詳細に誠一べて見ゃう 。
叉約二割を短縮し、繭質を優良ならしめ、上族'グ二日以上早める。
の電俊光線を終 一代血(ヘに 底
一一日間愛育濯延せるものに劉し三齢の三日目より、各異つに強度
日支交配白山側種
6
昭和三年五月四日
調度、濃度。普通埋薪法
。
%
九
調度平均七四度、沼山度平均六
村
字図
北産
方支日
四一
読披
日間
一一
日支交配二一化性白繭
郡
一三 沢燭 l 一七 択燭同は
三日間
試験地
1
J
:
1
_
平地にして周囲田間
胤
i
泉
平均 ・O 吹燭
一
一
然して賓用上 の効果は知立後、各 齢 特 に 生 す る選議の 慶棄 を売が
・O 吠 燭 で 、 蟹 箔 は 光 線 を 充 分 に 受 け 得 る や う 、 奥 の 方 を 約 一 寸
一
一
電燈二燈宛を以て、斜めに億一柳全部を卒均に照射しに。強度は卒均
甲室(十八晶司敷)に議棚を三列に卒列し、
れる事が出来る。今三齢時より各齢毎に生守る、都民育不完全な選議
高︿して傾斜せしめに。周閣の壁は白色洋紙を貼付し、叉上燦結繭
一1i二齢間は甲乙共何等の支障な︿経過しにが、一ニ齢期に於て飼
二、経過
燈十六燭光一燈を中央に貼燈しに。掃立枚数三枚。
乙室は右室に隣接せる十二塁敷の室で、普通箆室の俸ざし.作業
が三%宛ざすれば、結繭迄に於ては殆んど一割を助り得る事にな
社賞に釘する効果
向車に寅行が出来る。
よ っ て 一 尺 乃 至 一 尺 五 寸 の高さ から 照 射 す ればよ いので 、
側 めて 簡
川
下 し て 過 賞 の 位 置 に 保 ち 、訴一鑑のみを一億座に入れ、宜(燭力の如何に
中は議座に白紙を布き光線を反射せしめた 。 掃立枚数五枚 。
一列毎に六O ワット C
初齢時より結繭迄、毎夜終夜
飼 育 期 間 中 天 候 、 晴 二三 目、雨六日、曇七日。
暖房法
dC¥
同は
六呪燭│一一・八吹燭 一
で普通鐙さ同様のものさなつに 。
考察、以上により選結愛育促準に釣する定燈光線の効果を機質に
認むる事が出来七 。本年も数ケ所に於て一貫験しにが、皆何れも前記
同機の成績を 政 め に 。 然 し て 濯 誌 に 針 し て は 比 較 的 強 照 度 の 電燈 光
媛
際
!
時
間
線が必要で あって 、消以育遅延の問何度により六呪燭乃至一五択燭位の
庭菜
設 問
備 並
ものが好い。
仰 し 六 呪 燭 以 下 二吠燭迄の昭一度でも勿論効果はあるが、昨日が多
少長引︿、仮へば一 O吠燭のものが 二日 で 目 的 を 濯 し 得 ら る ﹀ 場 合
するごいふ事になる。けれども其照度
一一ーー三呪燭では五│六日台市立-
立
験度矧
る。 此 場 合 に 於 ける電 燈 光 線 の 照 射 方 法 は 、従来の作業燈を低︿垂
に王比例はしない。
掃
、照照
賓 射
良
幸
庁
手
ダ
、
フ
マ
室号
:1~室
別
育者の手落で、甲室即 ち電 燈照射室の調度俄かに上昇し、温度さ潟
手
重
賞
りF
曲
E
目
夫主
プ
ブ1
1
4
」 〈t〉二三、
、
備考、給桑 量 は雨室共謹卵紙一枚山口
回り同量
ロ
ロ口
繭
等 等
球指 度 ごの差 十一度さなつにが、数時間の後之れを変見、直ちに熔
ョ
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,
ιF
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五
5
E5
2
3
念 の庭 置を 採りにるも. 議 児の愛 育 に一頓挫を来七し、此問に受け
た影響は 針照飼育の乙 室 のものに劃して、八時間 (給桑 二回 )遅延
しに 。若し普通飼 育 に於て如此状態 を現はした場合は、経験上上族
111
電 燈 匝 釘 無 電 燈 区 謹 児 100頭 首重 量 比 較 表
区当
一 一
、ノ¥
、
二 優
111
費臨其の-
t族を
一日以上早める 事 が出来にものさ認める。
から、 病 謹 卒 は著し︿減少する。
露見に 電燈光線 を血︿へるさ、愛育旺盛どなって.極め て強健になる
る﹀ものである 。夫れは人館三病 気 ごの関係に一致してゐる。 ﹂
廃で
J
もので のる が、議見 が健康でゐれ ば 或る程度迄は躍病 を橡防し得ら
病 質 の多くは消化器 を害 するに起因するか又は徽菌 の作用による
病章一様防に封する効果
四日を 早 めたものもある 。
此以外の 官一般によって能 賞 に認めてゐる。光線の種類によっては
附記‘ 電燈光線を血︿へにる揚合は、上族を一日以上早める 事 は
、
節約されるか ら三 割以上の純金 増加さなる誇である。
純盆増加さなる。 若 し上族が一日早しさすれ ば 、桑葉、人件費等が
良にして 量目重 三嗣 を得にのみさしても、 電燈警
(を差引き三割強の
然 し て 是 れ に よ る 養誌 家 の 利 盆 は 、 上 族 を 同 日 さ 見 倣 し 、 軍 に 優
上の堆欣さ‘
考察、以上 の如 ︿ 夜 間 電俊光線を照射せるものは繭の重量、糸量
11
に於て 二割を増加し、解符時間 一割八分を短縮し、繭師団
(優等さなつ
l
H
喝
ー
ヰ ++1
11
111
五齢 3
己
四齢詑
三齢託
二齢詑
靖
在
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0
1111
11
50
(回早位匁)
11
は上筏迄に於て.之れを軌回し.同日に上族結繭し且其 繭 の品質及
t
+
+
f
H
。
11 11
解針時間は、野照室に比し 著 るし︿優秀なるものさなつピ。第 一園
11 1
に の で あ る 。 然 し て 前 記 の 如 き 飼 育 上 の 手 落ち な か り せ ば 、 よ り 以
111
甲乙雨室 官一験成 績比 較 表
1
50
は変 月中の鐙児 の重民
主
で ある 。 Aは甲室‘ Bは乙室。
一
+
迄に於て一日徐の愛 育遅 延 を見るものであったが、 電燈光線の効果
、
乙 (甲
E
也
司王
予
l
留
繭繭
7
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国
第
幸
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マ
寸ヨ
1
L
l
111
0
.
0
0
昭和二年晩秋議期間 齢 時に於て、
般地附一世には偶々空頭輩、節
官
一
高獄 、不眠賞 、膿議 等 続 出し、中には 全滅の 非 運 に澄過した 養鑑 家
分弱 を短 縮する の好成 績 を得に υ さら に最 も優秀な成 績を 示すもの
欣繭 量 に於て 三割一分、 量目 二割 七 分 の増取を 得 、 解 灯 時 間 一一
割
五
u
衣に向上期に於て、衣項に説明する空頭病回復後の諸児に針し、
賓駿其のこ
慶棄常一を 少なか ら し め に からで ある
重量 増 加 に よ る 増 取 ではない、即 ち電 燈 光 線 に よ り 病 誌 を諜防し、
ノ
本 増 政 は庭菜常一を 多数出さ h h
し矯め の 増取であって、一粒山口
回りの
線の照射に より、政 一
問査 を 三割 以k増 加 し 得 る 事 を認 め に。然して
もあ った 。知めに此時 の寅験の 目 的 は、各 燭 別 の愛育 の調 査 にあつ
備
即ち 前 項 さ 同 様病 資 環 防 ざ し て の 効 果 を認 め る事 が出来に。
貫駿其の三
判明に於て大部分を出しに が 、之れは 養筆 家の最も 苦痛 ざ す る 慮 で あ
僅 か に 四 七 、三 %の 結 繭 を 得 にに過 ぎ ない 。 (而かも 慶棄箆は 五齢
して計 算 しに の であって 、無 電燈 阻 は 五 二、
七 %の 病鐙 率 を 示し、
なく方針 を 一 愛 し、本病に劃する 電燈光線の効果を調査した。
忽 ち にして全部を慶棄するの己むなきに至るものである。依て徐儀
頗る 猿 猛で 建 偉 性 に し て 且 惇染 力極 め て 早 ︿ 、 一 度 本 病 後 生 す れ ば
照度を 血︿へて飼育中、大部分微粒 子病 の 徴 候 を認 め に。 一
克来木病は
昭和三年 春質 問別支 欧 交 配 黄繭 種 に 針 し 、 批 誌 に 劃 す る 寅 験を目標
る)従 て 政繭 量目も僅 かに一八 匁四 二の 少 量 さなった、然るに照射
以上 の一貫験 は
、 蓋 問光線 を 充分 受︿る滋 室内 で 、夜間 のみ終 夜電
さの
ざして、 。
一室 を無 電燈固さし 一室を 竜燈 照 射 匿 さ し 、 平 均 二間以燭の
繭
牧頭に飼
育
に就て見るさ、 六割 の増取さなってゐる 。 木賞 験に於て は 、電燈 光
其結果 は左の 如︿ である 。
病質改防 寅験 成績表
数
地
繭
再頭
割
す
に
50
伺
育
にが、偶然にも病議論味防 の貰 駿ざなった υ
区中 最 も不成績さ見る べき 一@八眠、燭に於ても、ぬ川無 電燈区に比し
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一 吠燭 を 四齢時より夜間 のみ 終 夜 照 射 し に る に 、 其 結 果 は左
平均 二
の如︿ である 。
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其 結 果 は左の 如︿で あ る
初齢時より 二呪燭の 電燈光線を血(へ、右方針を 一愛せ る四齢の一
、
一室内に於て 三回 に 別 ち 、各異りにる左記の如き光線
日日 よ
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量 で屑繭 量 は省︿
但し欣 繭 量目は正繭のみの 章一
O
来 正本病に侵かされ さ る鷲見 を 強健ならし め て、停一染を珠防しにも
ある。備本病賛は軽症のものは結繭するから、停染の橡
の﹀ゃうで'
、吉、結繭せし め たものもあるε思考される。
一
防以外病勢の昂進 を防
念 の矯 め 踊 の 検 鏡 を農 事 試験場に依頼しにるに、微粒子菌を認めや
さの事であったが 、検 鏡 個 数 僅 か に 数 個 で あ つ に か ら 、 何 れ て も 断
定する事が出来ない 。 さ ら に 一 歩 を 準 め て 考 へ る さ 、 或 は 本 病 を 恢
復 せしめ にも の も含有し あ る に あ ら 宇 や ご も 思 は る ﹀ が 明 か で な
い。故に本効果を病 営 環 防 の 項 目 中 に 入 れ た が 、 微 粒 子 病 に 関 す る
問題は暫︿懸案ざして、他日の研究に譲りにい 。
に等しいものであったにも不拘、強照度のものは四 ニガ の欣繭数を
されど其内容 は執れにも せよ、前記の如︿無 電燈 匝 は 殆 ん ど 全 滅
得に 事は 、明かに 電燈光線の効果を物語るものである 。
考察
要するに養費家の最も苦心する廃のも のは、掃立しに管見全部を
一般には約八OM の取持即 ち 八分作を以
て良好な成績ざして ゐ る ο然るに一 度 病 議 愛 生 す れ ば 政獲率低下
結 繭せ しむる黙にあるが、
五ふべき航態である。 電燈照射室の
目八四O匁.殆んど全滅さも 一
病竃恢復に釣する効果
病 猿 は大抵上族に近き四五齢別に多︿愛生するから、
銭家は 其 恢 復 に 非 常 な
誤まら ば甚 大 の 損害 を蒙 る事 さなるの で 、春
一
一
一度 廃理を
ら、主一欣獲上に及 ぼす虎 の も の 決 し て 砂 少 で は な い さ 信 十 る 。
然るに 電燈光線 は病資 援防上に、知上 の効 果 を 額 す の で あ る か
多く愛生するか ら 、養資家は最も之れを恐れてゐる。
は無い 。 而かも大慌 の場合、粒々 辛苦の 末 である。四五齢時に於て
らしい事で
、 甚 花しきは卒減叉は全滅の非運 を 見 る 事 も 決 し て 珍し
然して八択燭のもの は最も成績好︿四 二ガを 得に 。故 に 全 部 八 択
燭 を 照射すれ ば 、より以上の成績を 政 め に諜であ るが、効果は必宇
しも照 度 に正比例して は いない 。 叉萱 夜照射さ夜間照射さの 美 も甚
しくな o
だ
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庭で微粒 子病 は前にも云つに通り、極 め て 悪 性 の も の で あ る か
、 電燈光線 を 照射 す る も 伶 恢 復 せきるもの﹀如︿、結局本成績は
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此 量目 六 、七OO匁を得 に
分は同じ︿各陣合計四二、八OO頭を飼育し.政 繭数 平均 三五% 、
八OO頭の飼育に針し、政繭 数四・八 で量
即ち無 電燈の分 は 四 三、
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夜 )ぜあ るは夜間 のみ (
ふ、無 電燈 院 は 隣 接 せ る別室 。 (
を血︿
夜間照射しにのである 。
夜)さあるは 喜一
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苦必を抑ふのである。
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糸住
旦って二齢の二日目頃から空頭畿が
等の関係で、官一験地附近全憾に 一
昭和 二年 九月七日掃立しに晩秋議交雑一 二化 性 白 繭 は 天 候 讃 卵 種
も の ﹀ 如 ︿ に 考 へ ら れ る が 、 大 憶 に 於 て 症 賦 に よ り 二呪燭乃至一 O
之れによって見れば、病猿の恢復には必中しも強照度の必姿なき
繭二一
迄日日
目白
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廿廿
月月
七六
日日
電燈光線の強弱誌に種類と輩児の設育との関係
の み で は な いさ思ふ 。
倫 病 膏宵に 入つに ものは 、 到 底 回 復 の見 込 はな い。 之 れ は 軍 に 獄 児
病に劃しては、前にも言つに一迎り今後の研究に侠にねばならない。
らば 、 其 目 的 は建せらるお・ものである 。但し 遺 体 性 の 微 粒 子
するな '
要するに遁嘗の昨機に滴一宮の照明を血(へ、誌児の彪理に充分在意
衣 は 四1 五枚目、順衣埠円遁の桑葉を給す、べ、きである。
次 は粥 、 進 ん で 普 通 の 米 飯 さ 云 ふ や う に 、 最 初 は 上 薬 二 l 三 枚 目 、
之れは恰も人間に
m陥 が め っ て は な ら な い ぜ い ふ 事 で あ る
用上に M
結のの
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三夜 一七呪燭の光線を照射し、 四 齢 の 一 日 目 か ら は 平 均 二 一 吹 燭 を
劃する看護さ同様、食餌にも充分注意せねばならない。初めは重湯
白四齢の三日目(九月廿一日 )
至自至
実 結 果 は左の 如︿で ある。
一
一
O 択燭
-
一・三呪燭
分ち、甲部のものは章一旦夜左の通り 電燈 光 線 を 照 射 し に 。
同 時 期 に 於 て 二 四 、 八O O頭 の 膿 資 を 同 室 内 に 於 て甲 乙の 二部に
賓験其のニ
0 日間に て大部分恢復健康箆εなつに。
血︿へ七 庭 、七l 一
一日か ら 最 も 重 病 な も の 約 一千百頭を質験室に移し、
依て 三齢の ‘
績出しに。
はし に 事 は 、 淘 に 欣 快 に 堪 へ な い 次 第 で ある。
此 効 果を銅山
考察、以上の結果は曜日(に珠想外 で あ っ て ‘ 而 か も 二呪 燭 に 於 て 如
燈照射同は寅に九四%、殆んど全部の結繭を見七。
即ち 普 通 底 理のものは僅かに一 八 % の 結 繭 に過 ぎ な かっ にが 、
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泡
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通過さ せ て 其 恢 復 を 図 る の で ゐ る が 、其川労苦は頗る多大で あ るにも
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不拘、 効果は極めて 少ない 。 若 し病 常 を 恢 復 せ し む る に 、 筒 翠 にし
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て有効な方法 が褒見さる﹀ なら ば、ぞ れこ ぞ園家 的 の 一 大 渡 見 E 云
ものであ,らうさは、養資家の一賢 し︿謂ふ 庭で 、夫一れ程困難な
ふべ き,
問題ごされ てゐる 。
然るに病諸に劃する電燈光線は、其恢復に相山口回大なる効果を銅山す
も の で あ る 、 左 に 官一般の 成 績 を 潟 げ やう。
日
昔
乙 甲
吹 燭 の照度内で、通山 に加減すべきであるさ思ふ。
口
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竜燈 光 線 を 照 射 し て も 、 議 児 の 庭
庭 で 特 に 注 意 す べ き 事 は 、 従 令ー
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畿を 配置し、 電熱暖 房 により同一 の温度並に濃 度を 保ち 、同 量 の桑
O OWの 二種 は議 箔 の温度 上昇を
を給した 。c 一OOW及 C1 2 一
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資先の護 増進 に劃 す る.遁山口聞なる屯 燈光線 の強度 並 に種類 は 、
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可な り重要な問題で あ るが 、昭和 年春議 期 の賞 験成 績 は左の 如 ︿
一
二
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灯時間等 皆良好 にして、上媛 の早 き事を認めに。
太陽光線 が充分 に射入 せざる 一室 (八畳 )内 に於て、中央 を遁路
りの量目及解好時間は前者に優れり 。 きれど褒育中の賦態等より見
球協 にして、 C 四OW区 は糸量並に上旗日に於て劣るも一 O O粒 嘗
院さカナリヤ 電
然して糸量最も多︿、上位吹早きもの は、査光 電球一
、 各 クゲ﹂
ざし 、雨側 に議 棚 を造 り
五区に別 ち .厚 、
孤 を垂れ て境界
三
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慌眠中血(へた るも の即ち眠中照明を輿 へざるもの は、終始血︿へに る
て、慨して前 二者が優秀 の成績を示しに。さ ら にC四Owの光線を
間の み終夜照射し に。査一
代どめるは董古代問 。
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陣別 し、左表の 如 く各 異り仁る 強度及種類 の電 燈光線 を 夜 ↓
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竜 崎 光忠良作j育 寅 駿 1
である。
防ぐ矯 め高さを三尺にしに。第 二闘 は賞 験方法の朕況で あ る。
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室
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齢 別 に於 て 大 部 分 死 滅 し に
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ら 、 眠 中 ご 雌 も 照 射 の 必 要 め る も の さ 認 め ら れる 円
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線 を 多 ︿ 川 す アルコシ放小山燈 にては
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ので のる 。
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A附 近 以 下 の 知 伎 を 出さ 宇 且 長 彼 長 光
育以態どを 比 較 御 注 目あらん事を乞ふ 。
き れ ば 発 見 に は 三 二O
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OA附 近 以 下 の 却 披 を 悉 く
であり、且外部葉外線 ぜん凡な C電球の一七・五呪燭同一の成績は Jノれ
草一 外 線 の 有 害 で あ る さ 云 ふ 事 は 、 獄 児 が 死 滅 し た 事 に よ っ て 明か
吸 取 す る 、 普 通 の 窓 尚 子 を 透 過 せし め た 光 線 も 亦 よ い 諜 で め る 。
へな いから
児 の後育に有(音であるが 、 長 波 長 光 線 の 多 い 事 は 甚 だ し 、
さ影響を 血︿
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股. (2
(1)無電:
事である。
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光線の強度に就て
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長 岐 長 光 線 の比 較 的 少 な
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強 度 は 後 者 の二 分 の、
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せさ ら市中を示した 。
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早 いが、他 の成 績 は
可 な り 劣 っ て ゐ ら日
殺 )に 劃 す る 光 線、
は慨 し て草 外 線 少 なく
い も の が 成 績 良 好 で み る。
一世 に 木 賞 険 のみ でない 司 此 以 外 の賞 験 に於 て も 殆 ん ど 同 機
之れ は
の傾向を示し、 本質 険 の 成 績 は 之 れ が 代 表 的 のも の と 云 ふ べ き も の
である 。 第四闘は其都民百の欣態でゐって五齢時上族前に撮影しにも
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0) ィ、オン欣 電 蛾
) アノレゴン政電球 (1
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二択 燭さ は 、 前 者 の
υて鷲児飼育の朕況
電燈光線犬伝用
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考 察 、 以 上 に より 先 以 て光 線 の種・類に就て考察すろに、鉱山 (肝
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さ照一肢 が殆 ん と同一で あ るカナリヤ 百球協に比し て劣 れ るを 見 ても
亦明かで あ ら う 。 即ち鐙 児 の都民有増進 には 大 般 に 於 て 、 認 識 線 が 働
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電 灯鮭 1仁
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柔 葉 に寄生 する昆虫で あ るが 、
其 業に あるや一一般此種の昆虫さ同様、
向此駄に就てさ ら に一 考察 を し て見 にい、議は 一
元来野生 のも ので
みでは栄養の 快 乏 を来 七 し 、 遂 に 枯 死 す る に至るさ 云 は れて ゐ る。
カナリヤ 60w
くの であ るさ認定する 事が 出来る 。 緑 色 柄 物 は段、紫、叉 は叢 外 線 の
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C 40W夜 間
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日光直射を避 け て業蔭 に 隠 れ る 。 勿品之れ は外 敵 を遜︿る矯 めの 本
能 の然 らしむるい胞であっ仁らうが
此 本 能 は迭 に 線 蔭 の 光 線 に浴し
て
、 佐 活 現 象 を肝一
感 な ら し む る 通 燃 性 を馴致しに、 即 ち 進化 の 時代
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咋に夫れ自身 を此光 に通雄せし め て来にも のらしい 。
桑 葉 の 業蔭は 草 外 線ε長波一
長 光 線 が少 な い 、 即 ち 凡て の緑 葉 は其
表皮 に於 て室外 線 を吸欣し、山氏下内部の維 業協 は長 波 長 光線を多︿
吸 収 す る か ら 、 透 過 さ れ に 光 線 は雨者 の少 な い 光 線 であって 、さら
に密牛一
せる 線蔭 中 の光線 は一
反射光線 であ る。 然して 強 兇 は此光線に
浴して、
活現 象を 町感な ら しめて 来七 。
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きれば此印有傾向 に反し て 、外部 業 外 線 を多︿ 血(
ふ るなら ば 、其
治以育 '
皆、出害 する 事は 明らか な 問 題 であらう o
然るに マツタ む12む球 及 カ ナ リ ヤ 屯 球 の光線 は 、絡蔭の 光線に
近 似 せるものである からず 先 に本光線 を照 射 す れば、一 験成績 が
捻
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不す如 き効 果 を質 す 事 は山
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然 であらう 。
以上 の考察 は批畿 に針して Vあ る が、 川
魁鐙並に病 議に 約して は受
光慌に 刺 戟 を血︿へる駄に於て、外部雫外 線 を 含 む 光 線 が却 て効 果 が
あるやうで ある o病 議を戸 外 に庭 菜 しに場 介 、 数 時 間 の 後 元 気を 恢
復す る事は 屡 々 見受 る雌で あ る。
次 は照 一
肢
の 問題で あるが 、誕誌 に劃し ては 少し︿昭一度 の 高 き を 良
しさする 。 之れ は総 ての '
叱物 に 此 傾 向 があっ て、資 育 不 充 分 な 純 物
には 、より強 き光線 を血(へ よ り 多 く の施 肥 をせ ねば なら な い。 人類
に於 て も 亦 然 り で
、 より以上 の光 線 に約し、 より 以 上 の 淫 動 さ滋養
物 さによ って 愛 育が 増進される 事 は 周 知 の問題で みら う 。
きれ ば誕 に劃しては愛 育の 越 廼 梓 反 心ま り 六 l 一五択燭 を目
一
鵠
ご しにい 。ッ れ は遜鐙 の み を小知閣に 集め 作 業 燈 を利 用 し て 、 此
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室見 100Ii.l'U;~' 霊{;;: 比較表
報
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程度の光線を得る事が出来るから、経法上の問題は徐りに考慮する
ら る ﹀答 で あ る 。け れ共筆者の莞才なる、此概念、たに得る事が出来
白から判明するさ同時に、輩見に及ぼす作用も亦類推的に概念が得
ないが、大盤に於て左の如く推測して見七い 。 勿論嘗るや否やは不
動 物 館 の感 光 は 、 眼 球 叉 は 特 殊 の 器 官 の み に 限 ら れ て ゐ る の で は
明である 。
外界の刺戟に劃する感受性は著し︿昂準するから、僅少の刺戟も命
o
起し、却て害を血︿へるものであるE云ふ 。
但し董外線が強く表皮に劫くさ、生理的範園を超へて化皐的愛化を
膚 の 栄 養 を 良 く し 、 生 器 の 一般服態を良好ならしむるものである。
同 様 で あ る )草 外 線 は 大 部 分 表 度 に 吸 吹 さ れ る が 、 之 れ に よ っ て 皮
性 で あ っ て 、 認 識 線 中 の 波 長 の 短 い も の 程 此 力 は 少 な い 。 (植物も
換されるのであるが、凡ての動物組織は赤黄色光線に劃しては可蓬
然して光線は身儲表面に吸取され、其エネルギーは他のものに愛
あらう
れに光り の みが作用を矯すも の で あ る 事 は 、 今 更 云 ふ 迄 も な い 事 で
無 い 、 何 れ の表 両 も 光 り の 影 響 を 受 け る 事 は 明 か で あ っ て 、 吸 放 さ
J
之 れ に よ っ て 考 ふ れ ば 、 禁 上 の室 外 線 匿 の 慧 児 の 死 滅 並 に 外 部 室
外 線 を 射 出 す る 電 燈 医 の も の ﹀成 績 良 好 な ら ざ る は 嘗 然 で あ る 。
惟ふに諾見に針する草一外線中、内部草外線は刺戟さなって輩鐙の
一般朕態を良好にし、外部妻外線は上記理由により、却て害を奥ふ
用 が 略 同 様 で あ る さ 云 ふ 事 は 、 既 に 前 に も 言 った通りである 。 きれ
全︿不明であるけれども、電燈光線さ太陽光線さは、其性質並に作
ら、其生理的関係に就ては何等の女献もない。従て之等に関しては
て 生 長 及 運 動 の 刺 戟 さ な っ て 、 種 々 の活 力 現 象 を 起 す も の で あ る さ
w増 加 し 仁 さ 云 は れ て ゐ る 。 さ ら に 光 り は 神 経 に 影 響 し
は 、 約 二Ou
間違ひない問題ぎされてゐる 。 四時間日光浴を取らしに家兎の血量
他の認識線は内部組織に作用し、表皮に働らく塞外線の作用さ相
候って血液を増加し o酸 化 作 用 を 促 進 し 、 新 陳 代 謝 を よ ︿ す る 事 は
るものであるさ思考される 。
ば 一般 動 物 館 に 及 ぽ す 太 陽 光 線 の 作 用 を 知 れ ば 、 電 燈 光 線 の 作 用 も
九 月 之 れ を 指 摘 変 表 す る 迄 は 、全 ︿ 未 知 の 問 題 で あ っ た 位 で あ る か
電燈 光 線 が 議 克 に 及 ぼ す 影 響 に 就 て は 、 筆 者 が 昨 昭 和 二 年 五 月 及
電燈光線と蜜見との生理的関係の一考察
紙 一 枚 に 針 し 四Ol 五OW位 の 割 に す れ ば よ い 。
妻昭一 )を得る事が出来るから、之れも標準を此慮に置きにい、 一
謹卵
一貫駿によれば二択燭に於て、二割の増政 (批 諸 に 劃 す る 効 果 の 項
で のる。
金主(他を考慮に入れ、採算上引合ふ程度の遁山口田なる昭一度を選ムベき
てはゐない 。 きれば寅用上には多少の効果は犠牲にしても、 電燈 料
よって略明かになったが、其効果の程度は照度に必すしも正比例し
批議に劃しては一 O 択燭前後が最も効果ある事は、致回の一貫駿に
て二択燭前後の照度を標準ざして準みにい 。
によって差異あるから、今俄かに断定は出来ない。されど大躍に於
が、其岡山度が果してどの程度に於て通告回であるかは、病症其のもの
好︿感膝する 。 きれば低照度に於て充分の効果を得らる﹀のである
復に針 屯
する項に於て既に述べに。凡て生物にして病に侵されに場合
病驚に針しては低照度を以て好成績を奉げ得る事は、前記病慧恢
必要がない。
1
4
五はれてゐる。
赤外線は動物館に吸放される事が認識線よりも議かに少ない、従
て議慨に多︿の作用を鴛さない 。故 に 寅 験 に 示 す が如 く 、 赤 外 線 医
J
の成績は不良で のったのであらう。
消化器障害による病竃は、電燈光線による生理的作用によって治
信仰し得るものさ考へらる﹀が 、 微 粒 子 病 の 如 き 徽 菌 性 のもの に針し
J
ては.果してどうで のらうか 。
し、断へす生長する向日性の動物にる謹児には、空気が董夜間断な
︿必要なるが如く、 光 線 も 亦 菅 に 董 問 の み な ら す 、 夜 間 に 於 て る 欠
︿べからさるものでなければならないさ思ふのでめる。
然して動物儲の主活現象に及ぼす光線の作用は如上の如︿であり
加ふるに賓除成績は、宜一変育並に治病上に額著なる効巣を粛しにの
であるから、以上を綜合して筆者は、夜間に於ける電燈光線の謹児
に及ぼす影響は、相嘗大なる効果を賞、すものでめる事を確信して疑
J
はないので のる 。
にあるのではなからうか。
元来光線は如何なる場合でも直接動物館の組織内に於ける病菌を
死滅せしめ得ないので (X線並にガンマ線の如、き極めて短波長のも
のは 別問題ざす )総 て 間 接 に 働 ︿ の で あ る が 、 之 れ は 細 胞 の 化 皐 的
上新規の需用を増加し、 且 養 蛍 界 に 貢 献 す る 庭 のらば、筆者の本懐
E司
J
ア}れに過ぐるものがない 。
成績在皐げ居らろ、事口、筆者の窃ド光柴ごすろ蕗でわろ 。 (柊)
大いに共鳴され、持鯨直ち
ι之れが官一験に従事されて、爾来 一
良好なる
電気 四
AW 社大和支配人外専門家数氏の御覗察ら辱ふ L、
本伺育法に就て
附記、 本笠駿に針﹀して は昭和 三年春 、長野鯨謹業試験場木暮技師 、並じ 安曇
の多大なる御援助さ御霊力さに針し.満腔の謝意さ敬意さを表する 。
を害さ れに嘗一枇 員佐伯森太郎氏。 中 川 忠 幸 氏 。佐伯信美氏 。以 上 諸 氏
氏並に幹部諸氏。官一践の衝に世田って或は徹夜し或は之れが矯め健康
川安太氏、多額の費用 を奥へられ 且御鞭援下されし、世田一肱々長井上安
技師関重庚氏。貴重なる書籍を御貸血(下されし同一祉大阪出張所長石
特種電球を御寄贈下されし東京電気命日枇照明課長太田二郎氏、同一砿
山本権太郎氏、川上村篠原巌氏、製糸の伊議室種繭 糸 利用販一貫組合 。
終りに臨み本賓駿の匁め終始輩見の飼育に富られL、愛媛賑松前町
J
敢 て 各 位 の 御 宮一験さ賓肘化さを誠一仰ふものである o 斯 く て 電 燈 事 業
太 陽 光 線 さ 人 類 。 電燈光線さ鷲一見。之れは生理 上最も遁山口田 な 関 係
愛化に よって .細菌 の 史 存 候 件 を 不 良 な ら し め 、間接に之れ を害し
治溶の碑磁を作るものであるさ云はれてゐるから、露見の本病に針
以上の如︿光線は動物館に種々の良好なる現象を起すものである
が、夫れが細胞 、血液等 に 吸 政 さ れ て 如 何なる有様で、どの程度迄鐙
J
しでも必宇や、治世田の時機に遁山口田の電燈光線を血︿ふるならば、恢復
の目 的を 達 し 得 ら る ﹀ も の で あ る さ 推 測されるので のる。
内に利則されるかは、現今の科皐を以てしては、未だ充分に判明しな
いさ云はれてゐる 。け れ 共 物 理 皐 上 の 勢 力 不 滅 の 法 則 に 従 へ ば 、
吸政
されに光線全部は必宇や有用のヱ-不ルギl に叩変換し、以て動物の生存
山口
惟ふに議児の愛育並に生存上、光線の必要なる事は、恰も之れさ
J士
御叱正を希ふ'次第である 。
本項に閲しては筆者は全︿の素人である、 宜 し く 識 者 の 御 垂 数 さ
に必要なる作用をなすものである事は老ち疑を容れる絵地はない。
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空 気 さ の 関 係 に 於 け る が 如きもので あって 、書一夜 を一通じて桑葉を食
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淵 落 の 憂 目 を 見 、 大 正五年 俄然 六 %に 減 少 し て 了 つ て は再び 起 つ能
ピ誇ったカ ー ボ ン 電 球 色 、 タ ン グ ス テ ン 電 球 の 川 現 に よ り 逐 年
全椛 '
し将来も 佐々 増 加 の 勢 で のる 。 之 を宜(
内 察 から見る時 は明治末 期 迄
一山姿数も之に 伴 ひ増 加 し 今 や 年 額 五 千 高 個に 達
従 っ て 毎 年 の 電 球時
を内 宮一 的 に具現 す る も の で あ ら う o (註四 )
であ る が 、同 表 中 一 入 賞 り 平 均 光 来 の 愛 遁 は 第 十二 表ε相 待 っ て 之
、 第 十 表 所倒的 の 取 附 燈 数 の 山知増は これ 守表 而的に 一
示すもの
遜を示 し
蹴に述べに様に我閣電燈普及の趨勢は異常に近さまでに念激な愛
こ ﹀に も 大 憾 そ の 数 字 に よ って 蹴 矧 す る こさ 、する 。
す る も の は 毎 年 遁 信 省 よ り 褒 表 せ ら る ﹀ ﹃ 電 気 事 業 要 兇﹄ であって
本邦 電 燈 普 及 の 大 勢 巴 照 膝 す る も の が あ る 。 これ を数字に 就て 賞 詮
ても 電 気 即 電 燈 の 観 念 は 一 般 大 衆 の 共 通 に 有 す る 所 で あ っ て 、 正 に
我 閣 に 於 て 電気 の民衆化は先、つ屯燈 に よ っ て 試 み ら れ 、 今 日 に 於
一ニ、我園電燈界の穴勢
第十章
自
本
兵
歩
巌
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等 の 積 極 的 活 動 に よって電 燈 界 の 前 途 は 蓋 し 洋 々 た るものがある。
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pに達 す るが如 き 有様で 、加 ふるに 照明率命日、家庭 電気普及命日
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四 五園 を 算 へ 電 気 事 業 総 欣 入 中 の 二
二
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万年に於て 二二O 、
斯 ︿の 如 く我 園の 電燈 事 業 は 今 後 頗 る 多 望 で あ り 、 其 政 入 も 昭 和
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来 漸 ︿ 逓 増 の 傾向を辿るこさ﹀なつにのは山口岡山然でめる 。
向 上 に よ っ て 電 力 消費 量 を 漸 減 す るの 奇 観 を 呈 し 仁 が 、 大 正 八 年 以
万年に於ては一八 二 ルl メ ン を 示 す に 至 つ 七 。 一方電球能 率の
昭和 一
な っ て 居 に が 、 其 後 は 照 明 知 識 の 普 及に よ り 累 準 的 に 光 来 を 増し、
来に 於て は 、大 正 四年 頃 迄 殆 ど 愛化 な く 所 謂 十 燭 が す べ て の 傑 準 ざ
衣に 電球の 平均 光 束 乃 至 平 均 電 力 如 何 を 見 る さ 第 十 二 表 の 如 ︿光
仰がめる。
所なさ m
Fざ な り 、 今 後 も 此 傾 向 は 綾 い て 停 す 止 る
uw釣三OM
は其 比 率は 七O
に 針 し 瓦 斯 入 電球は 二四% の 需 要 を 有 す る に 至 り 、 更 に 昭 和 二年に
万年 末 に は 異 空 電 球七六 %
一般 真 空 電 球 に 致 命 的 打撃を血(へ、昭和 一
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はす 、殊に瓦新入夕、 グステン 電 球 の 護 法 はカ ー ボ ン 電 球は勿論、
東京電気株式合枇技師
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我図に於け る電球需要数
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市が善悪にまれず︿化 の 魁 を な す こ さ を 思 ひ め は す 時 、 我 図 の 電 燈 界
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っ と の る こ 巴 は 第 十 三 表 の 東 京 市 の 例 に よ っ て も 明 か で のって、都
最後に都市電燈事業の趨勢を一瞥するさ‘最近特に著しく護法し
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︹註四︺山内 二郎、山崎源貞我国に於げろ白熱電燈普及の髪、選(照明肇舎雑
誌、第十 二巻第七批、四二五 l 四四六 一良)参 照。
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我図に於けろ電球の平均容量、平均光束及び卒均能率
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以 上 に 於 て 電燈 界 の 趨 勢 を 表 面 的 乃 至 数 量 的 に 観 仁 我 々 は 最 後 に
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我国の電燈普及率
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電球標準仕様書の愛遷によって之を裏面より観察しにいさ思ふ。こ
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れは標準仕様書なるものが其時代の空気の所産で、世田時に於て援っ
て規準ざすべきものを示しつ一?のるこさよりして、その叩一一変遷はごり
も直さ中電燈界の情況の推移を物語るものであるさ考へられるから
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東京市に於ける電燈需要近況
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第十三表
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笠年には真空電球にも之 伊己採肘ーするに至つに 。 其 後 一九 一 七 年 多 少
の愛更 のって 後
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一九一二年改訂 の仕様 書に 於て は次の如﹃さ重要な
行ったのである 。 即ち 何従 来 殆 ど 総 針 的 な 支 持 を受け て居
る愛革 グ
﹂
仁有放蕎命なる観念 を排し 山 之 に 代 ふ る に 働 程 に 劃 す る 制 限 は害 命
J
時間中 の平均 光束 が 切光 束に 劃 し て 一 定 の比 率 以 上 仁 る べ し さ の 規
定を 設 け且 つ害命の評 定を 鈷燈時間中 の平 均能 率を 基 準 ざ し て 行 ふ
こ ど﹀ し、一方 向電 燈 電 産
ω堕純化を国るにめ一一 O i 一二Oヴオ
ω基数 ごし二二Ol二五Oゲオル'ト間は
ルト間 は五ヴオル トを愛 化
一九一五年頃 米国 電燈 協 曾電
一
Oヴオル トを 以て其基準に採肘しに 。 伶燭光制に代ふるに ルl メ
ン系にしにのは一九一七年でめって、
一九二七年更に電球
球 委員曾及び 米国 電気皐位日等の 主唱によるもので め る。 一九二二年
の改訂に於て はカ ー ボン電球 り規定 を削除し、
程類 の整 理 を行 つ丈 。
九O九 年 、 一九 一
O 年さ三回に亘って訂正され、一九一 O年 の仕様
準仕様書制定を議し七のが始めであつにらう 。其 後 一 九O 八年、
平均光度を標準ざするこさ﹀しに 。 叉同仕様書に於ては燭光さル l
間 勲 燈 後 の 光 度 を 測 定 し 働 程 の 良 否 グ﹂決定しにる駄を改め害命中の
るさ 、米国よ り遜る﹀ こさ三年、
これに針し、英国工業標準協曾 の制 定 に 成 る 仕 様書を 比 較 し て 見
書に 於て燭光定格制 を底 止し 全部ワッ ト制によるこさ﹀ なつにが 、
メン ごを併則し て居り 、 一
O Oワット の真空電 球 を削除する こさも
J
一九 二 四 年 に 於 て 従 来 一、
000時
北後一九一三年改訂 の本仕様 書はタ ンタラム電球に閲する項目は全
同時に 行って居る 。 越へ て一 九 二六年再び改訂され仁が今度は極め
て一 小部分 で、躍 に列車 問 篭球 の 種 類 を減 少 統 一 せ し め に だ け でゐ
るが これ は 一九二七 年の真空 、瓦新入雨 電球 の陪 別 仕 様 を慶しにこ
在英 米に於て普通 電球 中 標 準 品ε せられつ ﹀あるものは 一
O 、一五.
さ冶共に電球 穂 類 堕 純 化 運動 の具 現ごいふ べきであらう 。 斯くて現
これ より先一九O 凹年.頃から米図標準局に於ては、平均球団燭光
二五、同O、
六O 、(七五 )
、一 O O、一五O 、二O O、 O
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七
、
五OO 、
による定絡につき研究し一九一凶年先つ瓦新入電球に陸別し、そ の
出に より一 OO ワット以上 の呉察 電球を 規定より排除して了つ仁 。
月改訂 の標準仕様書に於ては世田時新興 の意気に富む瓦斯入 電球 の準
みが感 つ七ごいふ劃期的な 一一愛更を包含して居る 。更に一九一五年十
然削除されて金属化炭素 電球及 びタングス テン 電球に闘す る規 定 の
ない 。恐ら ︿ 一九O七年 二月 米国政府 が官民の関係者 J
f招き 、
電球標
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│
電球標 準 仕 様書の 淵源 が如何な るも の であつにか は弦 に之 を問は
で のる
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首 ト;古詰 ト潜 り 戸 燈
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猫逸に於では標準仕様書さ秘すべきものなく、之に針し桃園に於
E 己常に於て始め
ては一九 二 二 年 百三。戸島g m百五日22 含 己 凶O
作
gwS討委照。
開一ぬの三三回口問 u・]]F02・
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即ち前 者 は 今 よ り 九 年 前 の調 査で のり 、後者も亦日向浅しさい ひ
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難きも のが のり 、殊に 最 近 の照明界 の著 しい進歩に順謄するにめ、
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拙稿 一
電球標準 仕様 書の吹訂ら 望む ﹂
(
電気之 友、第六六 一抗、附
共に御叱正を乞ふ'次第である 。
終りに臨み本稿に針し御閲読下さつに読者諸賢に謝意を表するさ
れ改めて御高賢を得七いさ思ふ 。
今でも種々 書 いて見ょうざいふ考へはないでもない 。M
mしそれは何
して今斯うして 筆を 捌かうさして居乍らぬ川未定稿の視を免れない 。
て来て種々な文献を渉猟して居る問に'次第に長︿なって了つに。そ
J
かつに 。 いさ 書 きはじめるご 書 かねばならない事が のち こち から出
であ,つに。世田時はそれが今頃まで預けようなど﹀は殆ど考へて居な
﹁白熱 電球部以遠山人 ﹂の最 初の一頁が 書 かれ七 のは 丁 度 去 年 の 今 頃
五、筆を掴くに富り
待する のであ る。
筆者は仁 V そ れ が 最 も 理 想 的 な る 形 に 於 て 褒 表 せ ら る ﹀ こ ど を 矧
からう 。
れが改訂に若手しにさの 事であ るから、主(成案 を得 る日も遠くはな
灰聞する所によれば我電気工誠一一委員曾電球標準委員舎は、既にこ
和二年 六月十五日)会照口
'
'
さ将来に於て改訂さるべき貼多々あるこさ
雨標準仕様 書 は極めて近 、
一九 二凶年七月異窓、瓦新入雨種
--L.
て
己批︿空電 球の標準仕様書を作り、
00 0時間、
及び
,
.
,
を信宇る の であ
ノ
る 。(註六﹀
大正八
最 後に本邦の仕様 書は 如何で あ るか を 見 るさ一九一九年 (
年 ) 四月電気工 整委員曾 に於て英空タングステン電球に関する襟準
註 五)に ならひ一、
仕 様 書を 制定し、大餓瑞西 の規 定 (
事
午
前 命T認め (瑞西は八00. 一、
六0 0時間)、
一、六0 0時間 の二 種 の
吋戸﹀乙 MN-NAY3MN
のご弘、日u-M
叉有炊 命に相官する規定 を設げに 。 一九二二年(大正十一年 )十
問
事
一月 の制定にか﹀る瓦新入 電球 の仕 様 書も 同様な方針 を 以て規定さ
J
(
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}尚一向22
HNm︿ 戸 内 げ の 仏 ロ 仏 門 戸 ] 何
れ七ので のる 。
︹
註五
註
電球に共通する仕様書を制定して居る 。(註 五)
草 委 照〉
〈第 二
匿!
八
1
五
第
ア・スワン 卿
ジヨセロ
幸
良
幸
庁
ダ
ツ
マ
新製品サイ
つ
ト
しに 。其の恵まれ七活命令-もって定れ 出 で 仁 も の は サ イ モ トロ ンU
X 一一二止で あ り ま す 。 昨 日 の雄 必 す し も 今 日 の 雄 に 非 す 、 止 る 世
界は死せるものであるこさは今更申すまでもありません。 この意味
で 弊 枇 は 久 し い 問 産 み の 苦 し み を つ つ けて 来 ま し 仁 。 も っ さ 能 率 の
よい音のきれいな、 昔の 大きい、 害 命 の 長 いタマル ι作 り 度 いllこ
の 切 な 笠 が か な っ て 出 来 に の が サ イ モ ト ロ ン U X 一 一二 A で あ り ま
管こそはどんなに祝泊されても賞讃されても充分その
す 。 こ の異 本一
J
優 位 が のる さ 信 じ て ゐ ま す o
。 サイモトロン U X 一一一一 A は 標 準 型 の 二O 一A さ 同 形 で 働 作 電 麿
も 同 一 で す か ら そ の ま ﹀ 二O 一
A セットに共別問来ます。
。 サイモトロン U X 一一二A は一音色が清液で且つ非常に受話 一音 穫 が
強大 で あ り ま す 。
X
(其=一)
U
チ
、
ン
オ
ロ
く
日に刀に唯一み行︿ 五日等 の一プヂオ界に又一 つ新 し い 巨 星 が 現 は れ ま 一
モ
f
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-、サイモトロ・J
ux-- ニ A の特長
み
O検 伎 、 増 幅 何 れ に も 使 へ 且 つ パ ワ l アン プ リ フ ァ イ ヤ ! に も な る
二 A
二、サイモトロ・J
ux-- ニA の優一艮なる理曲
ε云 ふ さ そ れ は
サイモト ロン U X 一
一 二A が な ぜ そ ん な に よ い か
主 ざ し て 其 の フ ィ ラ メ ン トが 特 殊 オ キ サ イ ド コl-ア ツ ド 繊 僚 で 川 来
て ゐ る ご 云 ふ 事 に 蹄 す る の で あ り ま す 。 ぞ れ が匁に ェ、工ツシヨン が
非常に充分になりましに 。 叉ぞれご同昨に構造上其有する相互コン
グ ク タ ン ス が 二O 一A の 二 倍 以 上 に な っ に の で あ り ま す 、 御 承 知 の
通 り 相 互 コ ン ダ ク タ ン ス は 異 常 管 の感 一肢を左右 す る 大 切 な 定 数 で あ
って、こ の 債の大きいもの如何受話 一
耳目撃 が 強 大 に な る さ 考 へ る こ さ が
ε云 へ ば ど ん な に 能 率 が よ い か 想 依 に 雛
出来 ま す か ら 二O 一A の 倍
︿ないで あ り ま せ う 。 特 性 は 左 闘 の 附 線 を 御 参 照 願 ひ 度 い さ 思 ひ ま
す。
0 ・二五アンペア
五グオルト
三、サイモトロ・JUX 一一ニAの動作規格
。 フィラメント電麿
。 フ ィ ラ メ ン ト電 流
。プ レート 電
一腿
山五ヴオル ト
2l
議
高能昆(本.管であります 。
検
波
幸
良
事
庁
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マ
増 幅 (高 周 波 並 に 低 周 波 )
プ レート 屯流約一・五、工リアンペ
(
。 パワ 1 アンプ リ ファ イ ヤ ー さ 云 ふ の は 御 説 明 す る 迄 も な ︿ 低 周 波
増 幅 の 最 後 の ス テ ー ジに使用 す る 異 宗 管 の事であっ て 相 蛍 に 振 幅
ざ す る 時 に 使 ム真 宗 管 の 事 で あ り ま す o サイモトロンは森民誌が大
が抜 大 さ れ に 所 の 受 話 電 流 を 更 に 歪 な し に 特 に 大 き ︿ 増 幅 し ゃ う
、
九Ol 一三 五ヴオ ルト
、
プ レート屯流約六、工リアムペア)
(
き い の で 立 汲 なパワ 1 ア ン プ リ フ ァ f ャl ざ し て倒きます。
(プ レート電流約八、工リアンペア )
前八
約五OCOオl ム
O 内部抵抗
O増 幅 卒
約 一 六00 マイクロモ l
四、サイモトロ・JUX 一一ニ A御使用上の注意事項
O 相互コンダクタンス
4 既成 セッ トに御使 用になるとき
、lJ
前 述 の 一通り 此の鼠( 然 管 は 極 め て 能 率 が よ い の で 再 生 等 が 非 常 に よ
︿きいて来ますから再生過度に陥る様な こさがめりましにらフィラ
メントぞ晴︿して御使用になってい亡、ヨきにいさ思ひます。又三球
一 二A を使つ
式 位 の も の で あ っ た ら 増 幅 に だ け サ イ モ ト ロン U X 一
交流セットとサイモトロ・J
-一A
ux--
サ イ モ ト ロ ン U X 一一二 A は エ ミ ッ シ ョ ン が 豊 富 で め り ま す か ら 、
芳 し グ リッドさ。プ レートルヰショートして幼児
流の目的に御使用になら
MF
D粍 一
度 の 森 量 の バ イ パ ス 用 固 定 コ ン デ ンサ ー を お 入 れ 下 さ い 。 こ
う ぎ 云 ふ や う な 時 に は 非 常 に 好 都 合 で あ り ま す o 叉 エ リ ミ ネ l タ!
一次 線 の 捲 数 を 少 し す ︿ な
う す る さ 再 生 式 等 の 場 合 に 殊 に 受 話 一音 が 著 し ︿ 強 大 に な り ま す
0高 周 波 増 幅 の 場 合 に は 高 周 波 愛 歴 器 の
︿ す る 方 が よ い よ う で す 。 例 へ ば 二O 一A のさ さ 二 四 阿 捲 い に も
のなら十八回にするさ云ふ風にするのがよいでせう o
球 の 除 徳 さ も 申 す べき も の で あ り ま す o
の 受 信 用 田 県 本 管 ざ し て 交 流 の ハ ム が い ち V るし ︿ 軽 減 さ れ る 事 は 本
0
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・0 0一
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U X1
サ イ モ トロ ン
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一三五 l 一五七・五ヴオルト
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て 検 波 に は 矢 張 り サ イ モ トロ ンU X二O 一A を 御 使 用 に な る の も 良
い考でせう o
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ロ 新 し く セ ットを 御組立 になるとき
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パワ 1 ア ン プ リ フ ァ イ ヤ l
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O検波回路のプレー トさ フ ィ ラ メ ン ト さ の 間 に は 是 非
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一艮照明器具の勧誘に依り増肢を得たる責例
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A A J
バ
叶
ますこさは、寅に雄鮮に其の異債を物語って居ります。或は時代の
京城電気株式命日祉部由業係
電燈の高燭光及増燈勧誘に各祉が競って努力し、各々相山口回の成績
趨勢によるものさも思考せられますけれ共、勧誘宣俸の賜であるこ
J
を暴げつ﹀ありますこさは、誠に斯業の鋳め御同慶に堪えない攻第
前後二回の勧誘が良照明器具普及を促進せしめにのであります。
行詰りの感がめります。何か他に山斬新な勧誘策はさ考究の結果、良
いのであります 。 さ れ ど 従 来 の 方 法 は既 に 繰 返 す を 不 得 策 さ し 、 叉
加策の唯一の鍵は勧誘でありまして、これ を 中止するこさは出来な
得 策 さ 思 惟 せ ら る ﹀ の で あ り ま す 。 然し 電気 供 給 業 者 ざ し て 販 貰 培
さの悪感情を持仁すこさ﹀なりますので、勧誘 を毎年 繰 返 す の は 不
極 的 の 勧 誘 策 の 試 みEして弦に夜表致しましに次第で、若し諸賢の
ら、興業費を要せーずして、庭ちに販貰培加さなるので の り ま す 。 消
も、これ等は改修経費を以って支出すべきものご考へられますか
て、所要解.費 の支 械かが可能で あ り 、 多 少 の 配 線 の 張 替 改 修 は あ って
誘の最も有利なるは、興業費が同定せずして器具の販賀利盆を以っ
り、経一倒的販 貰 増 加 策 さ し て 唯 一 の 勧 誘 策 さ 思 考 せ ら れ ま す o 木劫
斯様に良照明の普及笈達は曾一枇側に於ける 電 刀 の 販 費 増 加 ぜ な
照明器具の普及を目的さ致しまして、重に商庶照明の理想化を困っ
参考資料さもなりますれば望外の幸であります。
京 電気 製十 六吋トロ ジ ヤリヤに愛更されまして、宜(他逓信部内各臆
用される様になりましに。特に京城郵便局、中央電話局等は全部東
改造せらる﹀ものは、凡てトログヤリヤ若︿は類似の照明器具を採
に事を痛感致しましに。最近山口田地の商庇叉はカフエー等の新築或は
勧誘は不可能で あ り ま す が 、官一質的に叉間接に、大なる効果の めつ
一ク月間第一回の勧誘を試みにのであります。
一表じ示す様な好結果を得ましにので、大正十五年九月一日より向
し て 、 市 内 主 要 街 に 模 範 照 明 商 底 を 設 置 致 し ま し に 。其 の 成 績 は 第
導の下に、大正十四年二月から着手致しましに。先づ最初の試みさ
の勧誘の計劃は東京電気株式曾社小貫氏 (
現 京 城 出 張 所 主 任 )の 指
以 下 勧 誘 方 法 及 び 経 過 を 記 述 致 し ま し て 、 御 '参 考 に 供 し ま す 。
J
た のであります 。然 し 此 の 勧 誘 は 高 燭 光 叉 は 増 燈 勧 誘 の 様 な 大 々 的
蛍の成績を暴げつ、ありますが、度々繰返す時は需用家に﹁叉か﹂
弊一枇に於ても殆んど年中行事ざして、毎年繰返して勧誘を試み相
さを確信するので あ り ま す。賓に 一一伎は南波 を定む の例にもれや 、
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であります 。
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合が従来のザン デ リヤ を 取外し、トロ グ ヤリヤに 叩変更 さ れ つ ﹀ の り
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幸
良
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マ
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度
分
九
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六
』、
(第一表)
(第二表﹀
一
第一回照明改善計書書
近来 電燈 照 明 に 閲 す る 知 識 の 普 及 に 件 ひ 、 漸 ︿ 世 人 に
を 及 し 、 商 応 の 持一
哀 を も 左 右 す る さ 云 ふ も 過 言 に あ ら 宇 。 きれば
が、左 の 利・袋ル 以 っ て 償 ひ 得 る こ 己 を知 り ま し仁 。
﹂
パ
一、高一ーワット し電球使用に依り照明能率を高め経情的なるこさ。
、高 ﹁ワット ﹂電球 使 用 の 結 果 電球 放 を 減 少 し 、 断 線 率 少 ︿ な
一一
か
一
憾ざす。
之 れ が 改 善ヤ 期 す る に は 曾 社 が 卒 先 し て 指 導 勧 誘 を 試 み 、 阪 に
改善の機運に向ひっ 、
? のる現欣にめつて は 、相官の成績を邸中ぐる
事 を 確 信す 。
官一に照明器具の撰探は高燭光使別さ相候って、需用家にあって
は静一 的 電 力の利用ざなり、命日祉に あ っては 電 力 の 多 量 販 資 さ な
倒
一
り、相互の利盆さなるや偉大なり、依って弦に良照明探具の普及
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1Jz JptJ BJIll“hレwuw
、
割一
誤
在荷
一
、口 U
以上 の事官一は左の某府 主の 談 話 を 以 っ て 立 護 し 得 ま す 。
-A
二
促進を目的ごし勧誘を試みんさする次第なり o
七し. 電球 代 も な か / ¥ 馬 鹿 に な り ま せ ん で 、 毎 月 会 闘 以 上 支 排 つ
二、明るい府さの一許に依って府 の信用を増し、一貫上を増加しに。
一
昨 今 高 燭 電燈 の 使 用 制 ︿ 感 な り さ 雌 、 未 だ 照 明 器 具 に 釣 す る 詑 意
を挑ム向は比較的僅少にして、器具の撰控を誤るもの﹀多きを遺
る﹀に 至り 、 殊 に 庖 制 に 於 け る照明の漣否は‘一貿上 に 大 な る 影 響
如何に照明なるものが貫生活ご重大なる閲係めるかを認識し得ら
一、目
居 ります 。﹄
もなり まし て 、 自 然 資 上 も 増 す や う な 結 果 に な り ま し 七 か ら 喜 ん で
物が出来るさ、お客さまから申されますし、府の信用?増すこさに
し、明るさが約倍になりまして、 お 前 の 庇 は 明 る い か ら 安 心 し て 買
計りです 。 で す か ら 電 気 代 が 多 く な っ て も 電 球 賀 が 経 惰 に な り ま す
球十-動かさない矯めか、六ク月にもなりますのに唯だ一つ切断しに
減つに関係もありませうが、ボーールの中に入れてありますので、 電
て ゐ ま し に が 、 御 枇 の 劫 め で 照 明 改 善 を 致 し ま し て か ら 、 電股 数 が
2
8
﹃自 分の府では 電 球 が 度 々 切 断 致 し ま し て 、 取 替 に 一
間倒で あ りまし
り従って電球質が僅少になっ仁。
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以 上 に よ っ て 使 用 量 増 加 は 、 商 府 に 於 ける音(
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勧 誘 員 は借 業 係 員 及 電 気 課 員 の 一 部 の 膝 援 に 依 っ て 組 織 し
班 ﹂ア九班に別 ち三 人 を 一一組ざし之に山口問る。
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勧誘匝域
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市内主要街
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羽一誤期間同
大 正 十 五 年 九 月 一日よ り 九 月 三十 日迄ざす
五、奨励方法
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訓
一等 山 拾 圏 、 二 等 妾 拾 圏 、 三 等 或 拾 困 、 四 等 拾 国
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、 真 上高 の 五 分 を 勧 誘 料 ざ し て 支 給 す
ロ、班別賞金、
右に謝する質上金金会百困也
支出改定
一金 百 五 拾 闘 也 勧 誘 料 金
一金百闘也班別賞血
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(器具利金平均一一割 )
一金五拾闘也印刷費及郵便料
合計委百闘也
右に依って官一行に着手致しましに 。 勧 誘 に 先 立 ち 更 に 模 範 照 明 商 応
を主要街に五軒設置致しましに。其の候件は左の遁りです。
①模範商府の特典
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一、向 六 ヶ月間器具無料貸附ざし、 六 ク 月 後 五 ク 月 の 月 賦 を 以 っ て
完納す
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等級ほ一買上高 (凹O 貼 )
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件数(三O 貼 )ざ し 、 最 高 の 成 績
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二、 料 金 は 向 六 ク 月 間 前 年 同 月 の 料 金 に 依 り 申 受 け 増 加 分 じ 針 し
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を満貼ざして順衣決定す。
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第 三 表の一)
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六、需肘家に劃する特典
但し金額或拾図以上ざし最長月賦期間を
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但し一五O ワ ッ ト 以 上 ざ し 改 善 の 矯 め 使 則 す
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一 一二九五 一
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一三一五一一五一
八
班
は申受付さるこさ
三、所山女 電 球 無 料 提 供
四 、 取 附 工 費 及 ﹁スヰツチ ﹂ 取 附 無 料
にて一夜五戸乃至十戸位ひの平均で、直接主人に面曾して勧誘を試
矯 め で す 。 斯 く し て 準 備 が 行 渡 り ま し て か ら 、 退 一 枇 後 二人 叉 は 三人
封主人宛に笈迭致しましに 。 これは普通の庚告郵便さ同一蹴されぬ
斯 ︿ 戦 備 を 調 へ ま し て 勧 誘 欣 を (第三表 参 照 ) 妻 銭 切 手 貼 附 の 上 巌
を 血︿へま し て 、 勧 誘 に 際 し て 非 常 に 効 果 が あ り ま し に 。
模 範 照 明 商 応 の設 置 に 依 り 目 立 つ 明 る さ は 、 他 の 商 府 に 多 大 の 刺 激
i
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:チ ラ シ 底 告
;観誘に使用
みま し仁。 凡 て 好 感 を 以 っ て 迎 え ら れ 、 賛 意 を 表 せ ら れ 数 回 訪 問 の
ず
報
新
ダ
ツ
マ
結 果 十 戸に 劃 し 三 戸 乃 至 四 戸 の 割 合 で 改 善 の 成 績 を 奉 げ ま し に 。 第
一回の勧誘は 斯 く し て 、 第 四 表 に 見 る 如 き 成 績 を 以 っ て 終 了するこ
さが 出来 ま しに 。
即 ち 改 定 よ り 四 百 図 絵 を 増 加 し 好 成績 で あ り ま しに 。支 出 の 方 は
切手代及印刷費 に 改 定より六拾国徐を増し ま しにが、大憶に於て政
一ク
A
本町一、・ 丁 目 通 り 照 明 改 善 成 績 表
照明改 善 に依り 電力 使 用 成 績 表
~ j哲
支は償ひ月賦に依る末、回取は 二戸金額武百闘程ありましにが、
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巨王
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事
三
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ハ第六表﹀
(第七表﹀
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石
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一ヶ年の
増 牧 金持拡 -
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一ヶ月の増役 一 六ヶ月 中川別均一
額一 増 牧 金 額 一
金
円
八 O、00一
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歩加増平
合
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年後に は完納 致しまして、 管一際未回収 はあ りませんでしに。
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以上 の経 験 に 依 り ま し て 、 更 に 第 二回 勧 誘 を前 回 の方針に 基 言 、
合加
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照明改善に依り増政改想表
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期 間 を 昭 和 二年 五月 一日 よ り 六 月 末 日 迄 一 ク 月 間 さ 定 め ま し て 、 ア
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イロン及 び ス タ ン ド 等 を 家 庭 方 市 に 、 扇 風 機 及び 照 明 器 具を 商 府 方
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増加率向、 は必らず・しも照度低きιわら?・して、慨 に吹 普前充
喝
さ
分なろ照度在保てろものなり
ろ
銭守戸
(第五表)
斑別成績等不明に附き略す
りの戸数に射する改善戸数歩合さ、照明改善に依って如何に電力が
均一
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1
考
ま
て
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3HI ,
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面にさの目的で、 寅 上 金 萱 南 国 を 目 標ε致 し ま し て 勧 誘 脅富一行致し
同
名
増取調査一
は調宣困難に附き紫表、し件ざろか以って諜想表ざす口
の諜想は過大ならずさ思考す、遺憾ながら改善 に依ろ全戸数の
第七表は一流商府のみなろ故に第二流商応島平均すれぼ)本表
K¥ lI)-
詰
官
アイロン其 他ミ共同 勧 誘 の 免 め
竺
二日
使 用 さ れ ま す か を 第七表にて記しまして、更に曾一枇ざして一ク年の
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にのであります 。
器
具
増 放 政 想 を記述し て本 稿を終りぎ致します。
戸
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此 の成績 も改 定に注し' し て 、 其 の 内 照 明 器 具 の 寅 上は左表の一通
暗
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何¥
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りであります 。
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第 二回 照 明 改 善 成 績 表 (昭和 二年 五 月 一 日 よ り 六 月 末 日 迄 )
改
以上 二回の 勧誘 に 依 り ま し て 、 最 も 成績 の 良 き 木 町 一 ¥ 二 丁 目 遁
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記
一
﹀
一
く
問2
訪
、vdE
築家
明問題
J
て、さうして需要家から直桜 依 頼 を 受 け る や
うになれば宜いです
﹄
。
×﹃貴方のおやりになつに所で、何か面白い
照明設計の例はありませぬか。資生堂などは
O
其の一っかも知れませぬが。 ﹄
の所では設計監督記けを‘専門にやってるが、
分の卑想通りの仕事は、まだやって居りませ
一つは自分の不徳の致す所かも知れませ
切って色々 の ﹃﹂さを や る さ 云 ふ 諜 に は い か な
が多︿持にれて居ます。従ってこっちが思ひ
﹁まがい始めてから日が浅いのですから、自
一般にはそこの所はどうか疑問ださ思ってゐ
の場合には設計監紋百三云ふ喧しい意味でな
向け れ ど も 、 追 々 に は 多 少 こ ち ら の 要 求 を 容
れて 行 ︿ や う な 傾 向 が め り ま す o 資 生 堂 な ん
かはまだ特別の方法さ云ふやうなものはお話
× ﹁器 具 のデ ザ イ ン は 、 建 築 の 方 で き れ に の
×﹁それでは建築家の依頼に依ってやる場合
。 ﹃ 多 い で す 。﹄
でご ざ いませう o
﹄
ありますか?。 ﹄
忘れましにが ﹄
× ﹁直 接 需 要 家 か ら 電気 設 計 を 依 頼 さ れ る さ
O
する やう に い か な い さ 思 ひ ま す 。﹄
×﹃で斯う 云 ふやうな仕事は非常に結構花さ
五ふ﹃﹂さは少いでせうね。 ﹄
ますか?。﹄
酬 の問 題 、 そ れ を 建 築 家 が 自 分 の 受 け に 報 酬
O
×﹃然し建築家 の デ ず イ ン が 賀 行 出 来 な い 場
o﹄
今 後 も 私 は 此 の 方 針 で 行 き ま す、
は必す其 の部 原 の感 じ に 肱 じ ね ば な ら ぬ か ら
﹁ぞれは二 三 に 過 ぎ ま せ ぬ 。 其 の 場 合 に 報
。﹃其 質 問は此問も あ ったのですが 。建 築 家
をきいて、ぞれで我々の万に復出すご云ふ
'
手品せう o﹄
合もあり
J
仕事を依頼
さになるさ、結局経情的には我々の方では持
。 ﹃あり ま す。 そ れ は 色 々 接 合 駄 が 合 は な い
AMH
されて居る所があ り ま す が ね 、 然 し 一 般 に は
てない 。 電気ε云 ふ こ ご は 、 全 然 建 築 さ 離 し
の中に 二三坪解して央れて、色
殆ど 理 解 さ れ て 居 な い や う に 思 は れ ま す 。私
﹁形に付ては 主 に 建 築 家 に 任 せ ま し に 。 形
思ひますが、唯現在に於て経涜的に維持出来
が多いですっ 。﹄
J
× ﹁垣間(伊藤奈二さんの所に 電気 事務 所 が 出
ぎ一
口ふ。 工 事 を や ら し て 自 分 が 監 督 す る 、 其
一
一
一
ぬ。 兎角まだまだ 電気 さ 云 ふ も の が 、 建 築 の
映じた
32
ます 。 一般に工事をも一緒にやって呉れない
日
召
ほ んの 一 部 分 の 附 帯 設 備 に 過 ぎ な い さ 云 ふ 頭
'
“
、
かさ云ふやうな要求が非常に多いのです 。
一
北
の場合には己行を得宇、それではやりませう
目
︿ 、 工 事 を 引 受 け て し ま い ま す 。 噌うなるさ
氏
の
来 て 、 次 に 貴 方 の 所 に 出 来 、 今 度 は私の方の
建
経一併は楽です 。﹄
者
(ニ)
清水靖一郎電気事務所長
関
照明課にも設計部が出来ましにのですが外に
言
巴
清水靖 一郎氏
。
主円
×
。 ﹁京 橋 迭 で 見 に こ さ が あ り ま す ね 。 名前 は
。
、
し
幸
良
新
ダ
ツ
マ
銀行の本所支底に使って居ます。それは金物
﹃東京電気 の は ま だ 見 ま せぬ。 取 敢 宇 第
て 居 り ま す が 、 そ れ は 電燈 曾 祉 に 針 す る 註 文
是がもう少し経一倒的にならないものかご思つ
。﹁ そ れ か ら 電 気 料 さ云ふ こさ はど う で す 。
所では己むを得十座敷の中に見せて居ります
の恥 から 見 て 相 官 完 全 な も のだ さ 思 っ て 居 り
ですね。
、 あ れは日本物で外国品を真似たの
﹃最近
ヱ
一
O
4190﹄
で部屋を暖める やう にして居る 。 併し それに
さか、絶 縁が 巧くい かない さ
・
か
、 取付 げが む
×﹃ 住 宅はお や り に な り ま し 仁 か ﹄
劃する 電 気料 に 劃 し て は 電燈 曾 祉 は 一 歩 も 議
がね。 出来れ ば是も 隠して誠一嘗な模様でも入
。﹃あ ります 。ち ょ っ さ 大 き な 家 を 二 軒 ば か
歩しない、非常に高いこぜか﹂ 言 ふ。そう云ふ
だらうさ閉山ひますが、真錦のカップの附いに
一割以下ですね υ
﹄
り 今 やっ て居ります o﹄
こさ がど う も 電気の 利 用 の 変 濯 を 妨 げ や しな
っかしいさか云ふ風に 。 然 し そ の デ ず イ ン を
× ﹃一一割五分 さ云ふのは 、電燈 器 具 ま で入れ
×﹁それで日本のお座敷のアウトレツトです
いかさ心配 し て居る。﹄
れにいですね υ
﹄
てですか?﹄
ね。 あ れ は 一 儲 ど う 云 ふ 風 に や つに ら宜 いで
× ﹃今 貴 方 の お 仕 事 は 現 在 ど う で す 。 政 支 償
ものが出来七ゃうです。﹄
。 ﹁ 入 れ て で す 。 資生堂なんかは 割 合 に 金 を
せ,っか。 ﹄
って居りますか。﹄
基に して、治山口田に愛へて行 きます。 ﹄
×﹃ さうでせう o 一崎原さんが理解ある方です
。﹁あれは一一番困る。日本間のアウトレツト
O
× ﹁ そ う 云 ふ こ ご も めるやう ですね。﹄
から 。 今 の 配 線 材 料 に 何 か 詑 文 は のりませぬ
は も う 少 し 小 さ い 型 が 欲 し い さ 思 ふ 。 然しそ
× ﹃そうですか 。 始 め は 却 々 苦 し い で せ うっ﹂
x ﹁東京 電 気 のよりも大きいのですか。﹄
﹃そ れ は宜 い さ 信 じ て 今 使 っ て 居 る も の が
れは今 でもある 。 所が電燈命 枇はそれを承認
一
日
しない 。 然し 電 気 局 は そ れ を 承 認 し て 居 る さ
O
× ﹃今大、さい建築物に於て電気の設備がま花
あ ります け れ ど も 、 私 が 仕 事を 始 め て 日 が 浅
五ふ やう な こ さ に な っ て 居 る 。
﹄
夫 を し て 居 る に め に 償 っ て 居 る の で す 。﹄
O
いから、 寅 際 の結 果 を 質 らす まで には相賞日
×﹃ぞれから電熟や何かの位置ですね。ぞれ
×﹃貴方なんかは丁度斯う云ふ位置には富一際
大 い に 足 り な い さ 思 は れ るでせうね。﹄
がありますので不明です。然し例へばパイプ
にはどうも住む人の意見があってお困りにな
財政的の意味に於ても才に於ても遁して居る
出して呉れましにから・
でせうか 。﹂
O
J
O ﹃思 は れます 。其 の 費 用 の 勲 か ら へば少
口
一
号
くさも一 一
割 五 分 以 上 懸 け に い ご 思 ふ 。 電 気は
は今残念ながら、まだ園産口mを ど う も 信 頼 出
るで せう。﹄
O
﹁どちらもどうも至って不適任の方でせ
さは思ひますが。﹄
﹁それは成る可︿費用を懸けないE云ふ 工
﹃現在では償って居ります。﹄
今度の 資 生 堂 さ 、 も う 一 軒 の 例 は 全 部 電 熱
来ない やう に思ふので、グリーンプヰルゲ ク
'
ト を 主 に 使 っ て 居 り ま す 。 あのパイ プ は宜い
O
﹃電熱の位置さ、ぞれから電熱器の日本間
ゃうですね。 ﹄
に 膝 は し い 形 で す ね 。 ぞ れが一一帯困る。今の
b
× ﹃それから床のアウトレヅトはどうです﹄
33
•.
幸
良
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ダ
ソ
、
マ
ぅ。併し自ら矢張ち走り廻るさ云ふ具合にし
が、それ等は値段も安いけれども笠なんかは
(=一)
前田建築事務所
前田健二郎氏
段から言って無理な話であります。矢張り束
× ﹃清 水 さ ん か ら お 伺 ひ 致 し ま し に 。 貫 生 堂
随分形だけは異似て、賓際の殻果はどうもま
京電気ゐにりが十分研究して、多少高くても
て成る一吋︿少い経費を懸けるやうにしてやれ
伊藤さんにお目にか﹀ってお聴きしたいさ思
宜いものを作ってもらったらどうかさ思って
をおやりになつにきうですが、建築の照明設
るで其似て居ないやうに思ふ。併しそれも値
ふ。矢張り電気のこさも、所謂配電さか設備
居 ま す 。﹄
備に付きましては、伊藤さんさか清水さんの
ばどうにか行くだらうさ思ひます 。
さかする矯に斯う云ふ仕事をする人速が圏結
× ﹁貴方 の 立 場 か ら 見 て 、 建 築 家 の 人 に 斯 う
やうな事務所が出来にこさは宜いさ思ひます
こさにしたら、段々電気さ云ふものが、建築
て居る人‘ばかりですから、どうも注文もあり
建築家はどうも多︿理解をして、容れて問先れ
O
ですから、従って照明の方も非常に複雑にな
O
御 う かv ひいにしにいさ存じます。﹄
設備の工事をする上について御感想の一端を
氏
して、矢張り建築士に劃する何さ謂ひますか、
云ふ風に考へでもらいにいさ云ふやうな注文
が、建突家の方の立場から致しまして、照明
前
川
電気士さで謂ひませうか、さう云ふやうなユ
は あ り ま せ ぬ か 。﹂
のほんの一部分であるさ云ふ考へを除︿こさ
ませんね 。要 求 通 り し て 央 れ て 居 り ま す か ら
って来る o 照 明 さ 云 ふ も の は 建 築 に 附 帯 せ る
﹁それですね。今私共が官一際関係して居る
が出来ゃしないかさ思ふ。﹄
。併し一般の人はま花ん¥電気に閲する理解
ものの中の一番重要なものでありますから、
O
しにのが、今度は電気の設計監督が出来まし
電気犀に工事をさせて、従来放置して置さま
それで貴方がに製造者からも後援して貰ふ
×﹃今の貴方の御経験で出来合の電燈器具の
は 少 い で せ う o﹄
× ﹃ゐ ﹀ そ う で し 七 ね 、 先 日 の 建 築 基 命日
雑誌
に こ さ は 蛍 然 な こ さ で あ りー
まして、寧ろ遅い
﹃建築が段々非常に複雑になって来喝もの
快勲、或は新う云ふものが宜からうさ云ふや
専 門 的 な 知 識 が 随 分 必 要 で す 。従って普通の
に貴方の名がチャンさ出て居たから、 電 気 設
位 に 思 っ て 居 り ま す 。清 水 君 が や る さ 云 ふ 事
、
(終)
﹃ぞ れ は 前 田 さ ん が そ う 扱 っ て 央 れ に の で
﹃資生堂は前田健二郎さんです。﹄
× ﹁いや、新う云ふものが欲しいさ。﹄
計も是まで相世田に扱はれて来にかさ思って寅
は、大いに双子炉﹂恐喝げて賛成して、やって頂
司加
﹃斯う云ふ物が宜からうさ云ふこさになる
。 ﹃A1の所では大蹴出来合のものさ云ふご、
に嬉しかったですよ。﹂
e
最近でもさうですけれども、矢張り束京電気
O
一朝一夕には言へないけれども o﹄
のさかさう云ふものを主に使って居ります。
す よ 。﹂
て満足して居ります 。是 か ら は 電 気 の 設 計 監
きましにので、資主堂の方は完全に出来まし
さうしてそれ等を摸倣しに形が随分あります
O
﹂
× ﹃資 生 堂 は ど な に で し た o
者
回
言
巴
うなご法文はありませねか。 ﹄
関
それから少し内輪な話になりますが、私も
一オンを作つにらどうかさ思ひます。
。
3
4
×
、
」
幸
良
新
ダ
ツ
マ
。﹁清水さんの監督の下に、打ち合せてやり
ですか o﹄
× ﹃あ の 器 具 は 全 部 こ ち ら で な さ い ま し た の
つは器具の設計如何にも依るさ思ひます。 ﹄
するものだらうさ思ふ 。照 明 を 助︿るには
ればならぬ 。従 っ て 照 明 器 具 に 最 も 注 意 を 要
すから、ぞれに相膝しに照明方法を講じなけ
ならぬ 。あ す こ は 高 級 な 化 粧 品 屋 で ご さ い ま
の照明は其の商庖の殆ど生命さ言はなければ
す。其の商府の照明でも特にショウウインド
。 ﹃
一 番照明でむつかしい所は商庖の照明で
や う な 照 明 が 一 番 宜 い で ご ゴ い ま せ う 。﹄
でございますね 。あ ﹀云 ふ所の照明はどんな
× ﹃ぞ れ で 資 生 堂 の 、 あ す こ の 一 部 は 喫 茶 底
て来るのであります o﹄
照明の方法さ云ふものは段々むつかし︿なつ
ますさ、種々の附帯設備等の関係さ併せて、
思ひますけれども、建築が複雑になって妻り
ら、さまで設計でも監督でも困難ぢゃないさ
従来のやうに木造の建物の照明でありましに
に必要なものぢゃないかさ思って居ります。
督事務所さ云ふものは建築設計事務所さ同等
がない感じが致しまして、本を讃めば宜いさ
で明る過ぎるさ云ふこさは、非常に落ち著き
食堂照明だらうさ思ひます 。 勿論住宅の照明
しにが、最も其の照明の吟味を要するものは
に、住宅の建築に付ても複雑になって会りま
O
× ﹃ 住 宅 ゃ な ん か の 照 明 に つ い て 何 か :・
:﹄
足花らうさ思ひます。﹄
居りますけれども、まだ清水君あにりは不満
ので、非常に理解されて満足に出来に積りで
が深いものですから、主、の理解の下にやつに
居るのは御主人が照明ゃなにかの知識の造詣
照明などに付て、あれは皆さんの賞讃を得て
い。ぞれで資宅一堂さんの建物ざしましては、
ぃ。詰り器具を以て加減少﹄取るさ云ふ外はな
は、商庖建築の照明方法さ云ふものは別にな
したが、併し劇場ぜか、特殊な建物以外に
山斬新な照明方法があるかさ、肝究しでも見ま
て、清水君の意見を恕取しにりして、もっさ
もいけない 。 そ れ で 電 気 の 工 事 に 先 立 ち ま し
O
﹃徐 り 明 る 過 ぎ て も い け な い 。 ︿ら過ぎて
思ひますが・・・・・・ ﹄
の 資 生 堂 の 喫 茶 山 は 非 常 に 明 る 過 ぎにや うに
計して居ります建物で、付けに部屋に劃して
だらうさ、思って居りますが、只今私の設
うでご ざ いますね。﹄
が宜い。さう云ふやうなやり方は一番向︿や
軟らか味のある‘食卓の中心を照して居る方
少意味が違ふ。照明の方は徐りパヅざしな い
家図擦の食事をするさ云ふ意味の場合は、多
します時は 別ざしてですね。燈火の下に、
命日館さか何さか多数が曾 Anで も し て 曾 食 で も
そ れ は ど う か さ 申 し ま すε、 食 堂 な ど は 東 京
ンポル的に出きな け ればならぬさ思ひます。
家庭の親践を計乙上から、最も其の照明をシ
ら、要するに食堂寝室など、﹀云ふものは其の
ひます 。 け れ ど も 、 ま ア き う も 行 き ま せ ぬ か
ふ風ですね 。﹂
O
﹃そ れ は 大 い に 私 も 意 見 を 持 っ て 居 る 一 人
あ
4 云ふものに付て
×﹃今電燈器具の既 成口問が随分あります が
、
一番寝室らしい感じがする。 ﹄
︿、矢張りブラックヅトの照明に依つに方が
以て、照すご云ふミさは徐り落ち著きがな
。﹁寝室などは、ドシ
ρ
1 上から電燈などを
× ﹃斗一一間り一プ!プルだけを主ざして照らすさ云
ましに。﹄
一
五ふだけの光線がめれば、まア一一番宜いさ思
﹃電気器具の設備の、段々複雑になるさ共
×﹁富一はまだ私は中に入って見ませぬが、前
3
5
報
新
ダ
グ
‘
マ
器具は便所さ、此の器具は食欽ど、宜(屍には
築主の方にお供して去一りまして、それで此の
て来るのであります。市中ヘ参りまして、建
計工事の照明の器具の宇分位は私は買ひ
mu
﹀云ふものは苦心致しますけれども、其の設
調和しに桜丘(を折へる 。 昇、れでデザインなと
い。 そ れ で 私 が 及 ば す な が ら 清 氷 ポ を 推 せん 、 気 工 事 さ 云 ふ 意 味 で 、 ドいんも重要なも の で あ り
に 至 つ て は 割 合 に 世 間 の 人 は 法 芯 し て居な
﹂ざいますから、電気の設計段督さ云ふこさ
築事務所が漸く社命目的に認められて来に所で
O
が
L
れ は 最 も 疑 問 の 一 つ で ご さ い ま す 。建
一ぞ
-------a
れがやって行けるかどうかさ云ふこさです
ながら、素人の方に依りますご鎖細な電気工
おやり下さいますけれども、矢張り鎖細な電
になって居りますが、却々伊藤さんも簡便に
からうかさ回心ひます 。 伊 藤 悼 士 な ど も お や り
程 度 の方 の 事 務 所 が 最 も 必 要 で 需 要 が 多 ︿ な
水 対 な り 、 叉 高 等 工 業 率 校 、専門良子校 を 出 に
の府に去一ります。 ﹄
にもそれから仕事の方も巧︿行︿光らうさ思
あるさ云ふこさが認められて来れば、財政的
段々御辛抱なすって居る中に、必要なも の で
枇命目的奉仕であるさ思ひます 。 (終 )
い・方が献身的にやって下されば、最も大きい
ありますから、専門民子校程度の最も造詣の深
都 に 劃 し て 非 常 に 跨 践 を 戚 ゆ す る さ 云 ふ﹃)さも
なり、電気事務所の苅も多くなりますご、清
今欲しいやうな器具はないから外へ行って買
する時には大分説明を要するのであります o
事ど云ふ税度に思はれ'まして、博士さ云ふ名
× ﹃何 分 あ ﹀ 云 ふ 物 は ど う し て も 多 量 件 一 斉 を
ひます 。段 々 必 要 は 認 め ら れ っ と の る 所 で
一
・
・
・
・﹂
出 し て 来 る さ ー さ う 云 ふ 風 に し て 貿 集 めι
ぞれでやっさ始めて了解 して呉れます 。
必要ざするものでごさいますから、特殊なも
工事でありましにら 、自身の監督は非常に不
が納人し十十むのでわろ。
C
四に配線材料、照明川市具等の大部分は本枇
げる初めての試みでわら、つ
が見えね特色在有・しては肋ろ。げに、し東京に於
に於てご ちらの街から見ても、光源平反射笠
仰窓口、天窓式ら川ひて白ろ.か、之は角広
て新ら、しい様式であろ。
一小本氏の設計になろ Lので、建築中﹂共に極め
建築は十 一月法成、しゃト。照明器具は殆ご全部
川本喜久治氏の設計になる、白木屋の復興
白木屋の新築
ざいますから。私濯もコンクリートの建物の
さ、さう 一
五ふ意味でよ︿銀座のマツ信ランプ
す 、 か う す る ご 英一
正一除く什︿、簡便である
3
6
のは出来ないのです o
一
﹁そ れ で 何 で ご さ い ま せ ぅ 。 あ と 五ふ建築
安なものさ思って居ります。それに入札する
O
の材料を特殊な人だけが集まりまして、電燈
電気尾さんには全部御一任するさ云ふこさは
建築工事さ同等に非常に不安なものぢゃない
器具さか、それから家具の一部であるさか、
それから装飾品の一部であるさか云ふもの
清 水 君 の 御 蔭 で 出 来 に や う な も の で あノ
りま
a
一 定 し に 陳 列 場 を 、慾 を nへ ば 三 越 の 建
一
一
一
一
物の宇分でも三分の一でも宜しつございます
す。何故かさ申しますご、お出入りの活気犀
か さ 思 ひ ま す 。 そ れ で 資 生 堂 さ ん な ど は 事貰
から、其慮へ一つ網羅して置きますご宜いさ
が居にものですから非常に宜いさ思って居り
きんでは到底川来なかったので、まめ清水若
ー
×一
一清 水 さ ん の や う な 社 事 は 事 常 に 結 構 交 ざ
ます 。 是 か ら さ う 云 ふ 風 に 建 築 事 務 所 も 盛 に
O一
L
思ひますが、唯一つ心配なのは、財政的にめ
思ひます
を
?
幸
良
新
ダ
ツ
マ
九月廿八日宵中賢所大前に
﹁英 明 の 宮 段﹄ざして岡氏の脅しく仰ぎ奉る
秩父百殿下には
Z本げさせられ七
小勢津子姫さ御婚儀J
て、松 一
が、殿下の御思召により江崎市氏は、御帰依
一計書一
が賓現し七 。 それは市の活気局が、多
大 な る 犠 料 を も顧す、市の烹閥、金津際頭に
一大照明燈を建設しに事である 。
有は高さ 十六 米 総 の銭 塔 を 以 っ て そ の主悌
ざして、基部に高さ約五米 の石造培を設けて
その感じを引締めさせ、銭円リ十 六米 の長 国上
一百ワ ット十 二個、下部には 二十個及び、百
衣冠
蛍日赤坂表町御殿へ伺候して、神々し
w前
、 m
には、 五百ワット投光器七個をつ け て
雨殿下奉 潟場は.臨 時 に 御 殿 内 に新設され‘
ほ石 症 の培の山商には 、山斬新な燈且(をつけ 、
bc
東州市 の秩 父 宮 殿 下 位 に 、 哨 々 し き御 儀 肢 の勢
臨出場 の遮万を照し、外に休日身凶周 の上部には
撮 影 山 の電気笈 置 其 の 他 一 は、六仰俊一枇毛利
切
一
技師に よっ て設備 せら れ七 の であるが、採光
間にはア
版かさ を添 へて居る 。 而して は川の正 一
t
津 子 妃 殿 下 の御 姿 を諜潟 し奉つに 。
は、スタヂオ・ライト 二去の 人 造 光 に て御撒
ーチ形の凹 みを設け て
︽ 主土
J
1司
Pバ11リ リヲY 1入
-げは 'L
功
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r知、
ロ rbいが山町釧非羽 4院政 ル
行止
IJJaJ
ワットイ二似を配して近距離 を 照明す る。山川
影申 し 上 げ 、 我 がマツ 担幻呉川山球 が川ひ ら れ
、
に金湾側昨頭は而目を一新しに 。
(金津市 電
東京電燈庭球部
第四四社長杯宰奪戦
夏諜 技 )
秋まだ深か﹀らぬ九月十四日、絶好の一プ
F
を別し て、 こ の 川 崎 の地 に見え 、洗練 せら れ
F
機⋮
ス日和に、東京 電燈 曾 社 本 支 底 の 選 手 が 必 勝
ぬ"砂4
喝
、 その 下 の 力に畏れ下がつ十一貫
一子
杉 P
二伐
3d7
J
ψt H N'
44
、
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Mゆ
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仁巾である 。
金運騒頭の大照明燈
所要電力一一品四千ワット
、
、
、
.
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球から、清水 落して常に市新なる感じを、
﹂
炉
一次現しようさす る の で のる 。
も
'
此 の工費 約八千闘、所要川町力 二両山千ヲツ
で
金湾全 市 の主要 街路 に御 大 暗 記 念ざして、
高 燭 光 仕 の 明 る さを 持って居つ
一
一
て、美 観 は
一 五ふまでもな︿、今まで淋しかっ
3
7
一様に街路照明燈が建設され七こさは、蹴報
の通りで あるが 、更に 錦上花を添へ るべ己 、
以
幸
良
新
‘
Y
ダ
マ
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-
ザ
メ
に る 技 術tJ 幾 多 の ブ ア イ シ プ レlE、 3 1
回日御世話申上に換社庭球部員もその甲
山口
ら、
。本町一 T目
到着しましにから、左に御鮒介致します。
建設費
千鳥型
登基 口
A 回り二 二七 闘 也
一
二
建設方式
主頁景及び夜景
、丁目
京城府本町 一
リヤ付プラグツト式
型 録 番 続 六O 一一エキステ
H
げ
・
今-﹄
四問宇
O本町三T目
燈柱間隔
幅員
道紘一 一
cl
Clー一
OOW 一個
OW 五個
四十三基
六燈用鈴蘭型
斐あつに事を心から喜び合ひましに。
スポ ー ツ マ ン シ ッ プ を 持 っ て 終 始 せ ら れ た
東京電燈株式曾枇庭球部の方に敬意を表し、
││ │
一
今同京域内にて建設さ
基 種
ーツマンライクさ、そうして大きな融合さを
倣
汁
一
枇
コ l トに印せられし事は、色々な意味に
於 て 寅 に 意 義 多 か り し 事 さ 考 え ま す。
て 頂 き ま す 。 (庭球部M 生
﹀
こ 、に そ の ス コ ア ー さ ‘ 記 念 宮 崎 真 を 掲 載 さ せ
前 年 度 の 保 持 者 横 演 支 府 チ l ムが再び優勝し
初 め か ら 終h迄 徹 頭 徹 尾 接 戦 を 重 ね た 結 果
祭えある名春を得られましに 。 試合終了後マ
賓 一
2
﹀
紘 一
ツタ照明皐校を参観せられ、タ暗迫まる頃.
寸
津 一
♂
3
沼 一
府宮咋的
御 大 典 記 念 ざ し て 建 て ら れましに 全 国 の 街
れました街路照明は鐘協
字文
路 照 明 に 関 す る 報 遁 は 本 紙 三 月続 よ り 九 月 続
A
通 り 一、 働
I 目 の 二燈 用
沼
支草
津者
に 至 る 迄 の ﹃ 全 国 街 路 照 明 ニ ュ ー ス 欄﹄ に 掲
オl ナ メ ン タ ル 、 ボ ー ル
五
選 手 諸 氏 投 に 際 援 の 方 々 さ 一堂 に 曾 し 、 横 演
庭球部長の御挨拶を乗ねにスポーツ雑談や、
庭球部に劃する優渥な
本 府 庭 球 部 主 将 の 弊 祉、
る御挨拶等があり、和気諾々裡に無事散入国日致
し ま し に の テニス八エ好の 士を 迎 え る 喜 び か
載 御 報 告 を 申 し 上 げにのでありますが、立︿ の
ε致 し ま し に 。
今回本町政に黄金町の潟異及び建設要項が
ヘッ ド 百 十 六 基ゼ 初 め ざ
3-2
後も各方而から寝具やニュースが到着します
横 演 支 庖く
不拡ー勝)_
_
_
I
_
し て 本 町 一 丁 目 二丁 目 、 黄 金 町 二丁 目 等 で あ
川越支社_j 3-2 横漬│
の で 、 今 後 の 分 は 今 度 新 設 さ れ ま し七此の
O京城の街路照明
球 数 別
別
唱
~".
E巴
種
32
ります 。
ユース
寸 川越
千葉支社
本法
前橋支 1
占_j 5-0
ユース欄に於七御紹介する事
其の後の街路照明
);~ I 本)苫
オ
ヰ
決勝戦
二:回戦
一回戦
季
最
新
ダ
ツ
マ
3
8
二十八個
建設費
千鳥型
ノ凶 十 八 回 也
自立 基 世 田h
c l二O OW
取付方式
京城府
黄 金 町二丁目
五二一基
株式命円一世硝島製作所
千鳥式及遁路中央直列式
一五・O 間
七・三間
片 側 最 長 距 離 二八・一間
回収短 N
平均距離
O尺
八尺乃 至 一
‘
知燈料支出方
妾五銭
服遁 '
町費が大部分
一ク月京国七O銭也
二OOW
一基平均八拾国也
一一・五問乃至 六 ・三間
地下線式
街路幅員
配線方式
光源の高さ
燈杭間隔
配列方法
燈柱製作者
基
本誌は今用拡より、新仁に﹃ニュ ー ス﹄欄た
一
⋮
J
一
ります 。読者諸氏の御投稿お御願いれ・します。 一
気に闘すろ各地の動静等か掲載すろ考へであ
外ニュ ー ス、新照明法か採用され仁商居合一位、 一
家庭の紹介、家庭電化の官一際の紹介、共他電 一
設げまL 十ト。今後本欄には、電気に関すろ海
ありますから御妻照願ひます。
ほ若 松 市 街 協 照 明 駕 異 質 景 は マ
川
ぬ
ツタ新報十月続第十一一貝に掲載して
市遁無料
道路使用料
燈 設
/
/
料 費
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文
要
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l建
一
書景 誼ド夜 景
表仁
別
明則
ド
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O W二個
登某 蛍 b
一七二国
也
拾問(人選
を含む)
拾問
示型
付
道路幅員
也
一
昨
一
建設費
選酪一腕員
燈柱間隔
日 型 曾
名 及 枇
r
O曾津若松市の
街路照明建設要項
社
電力供給命自
建設者
使用器具
d
器具取付間隔
本町 二 丁目 重景
二燈用オ!ナメンタルポール
間
ヘッド什十五尺燈柱
球
燈柱種類
3
9
別
数
五
ハ十八基
東東同曾
球 数
O黄金町二T目
基
京 京 津
電電
電
気 気 力
型 製 株
、B
式
E
Q
,
個
信事き
種
華
民
新
9
:
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マ
I~、
尽
都
大
博
月廿五日までである 。
場(恩賜京都博物館)の三つに分れて居る。命日明は九月廿日より十二
日
命
南
ものであらう 。曾場は、本命円場(岡崎公園)西曾場(千本丸太町 )
南洋さ云ふ庚汎な参加範閣で、今秋の博覧曾中先つ首位に数ふ可き
総裁ざして推戴し、一建三府四十三勝、樺太、朝鮮、牽湾、関東州
記念京都大博覧命日は、京都市の主催にか﹀り、久満宮邦彦壬殿下を
御即位の大躍を暴げさせられた平安の都、京都に開催されに大躍
4俗、
東山線二僚で市電を捨て、雨側が美し︿飾られに協を東に二僚橋
正而に雲を突︿様な一向歳塔が ﹁怖の天下古 ﹄さ云つに調子で、
を渡る。意匠を凝らしに庚告塔が、ニヨキ/¥さ立って居るのも美
相仰がい 0
釜えて居るのを横目に脱んで正門を入る。先つ第一本館から右廻り
に見物するこざしよう o
大阪府の出品が眼をぐらつかすほど美麗に飾りつけられである、
化粧品、装身具類、セルロイド製品、硝子類、人造絹糸等々、全︿繕
のやうだなあぜ思ひながら左廻りして庚島燃を覗︿、海産物や盛の
表、例壇が頑張って居るが一本十固さ云ふ五尺徐の宮島名物大約子
DID
Eヨ
しょが栃木豚の
いて南館のさい
渡り廊下に漬
ーとになる。
の宇分を見に
る。 これで北館
木炭、瓦、陶器さ大ぶん 気分の建つ にもの をならべ仁島 棋 脈 が あ
洋家具、竹器、生糸、異綿等がっつまし︿整列し、その衣ぎが璃稿、
~主F
白碑車や織物類が目につ︿が迭は遊撃の盛んな底だけに楽器類か柔
惹︿優れに意匠で出品されてある。北庭を遁りぬけて愛知豚へ入る。
一アカテカ人目を
ル命円枇の出品が
歯みがきやビ l
大阪府に入る 。
などを見廻って
蚊張、彦根箪笥
滋賀燃 の縮綱、
節絹着尺や陶器
の銘
40
や
系
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言E
が化物のやうに立ってゐるのがをかしい。ぞの右隣りの筋が富山脈
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1
イ
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類r.
曇
可
場
でこれは綿布さ漆器類が主で、その隣りの新潟脈は物騒な刃物に染
大鵡詑念京都大博覧合束合場正門
大
曾
織物、 漆器なとが整然さならんでゐ る。左 端が宮崎脈 の出品で錫器、
編笠
笥
島 }
東
良
幸
新
ダ
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マ
宅
5,
匡箇
右手のワグ、不ル像に敬意を表して京都工塾協曾の特設館がある
o京
か味を出してをる.それから岐阜豚の提灯、石川販の紋縮刷、千葉脈
都 特 産 館 に 入 れ ば 、 い ろ /¥な物産が優雅な京都色を出してゐる。
の世界花嫁︿らべざいふ日支、日欧、日印の花嫁人形が手際よ︿飾
降りる 。 第 二本 館 は 殆 ど 京 都 館 さ 云 つ に 観 で 、 玄 関 正 面 に は 高 島 屋
お隣の奈良館平安橋を渡って運動場跡の第二本館へ行︿べ︿左側へ
の醤油や味淋などを見て沖縄問問に移る、南洋植物パ、ャの硯箱、南
鐙時代焼の花瓶なと南閣情調をゆたかに涼はせてるさ思 ふさ、お隣
りがズツさ東京府になって ゐ る。此 彪 は 所 謂 文 化 の 精 梓 を 蒐 め に 明
J
ちれであるのを始め‘数百種の京都産品がズ一フリさ挫んでゐる。その
るさで のる。
で元の玄関
ほかには施問、長野、三重、岡山、香川、青森、埼玉の各服出品が
それん¥ 妨 を 競 っ て ゐ る よ う に 異 色 を 見 せ て ゐ る が 、 南 洋 聴 の 出 品
は、ャツプ、 パラオ、サイ川ンその他各島の特産品である訓球や海
産品、鉱物、砂加などの中に公向学校生徒の作品や島民家屋、濁木舟
の模型が勤務してゐる 。
そこを出るさ演塾揚がめる。そのすぐ前には赤、育、金泥の美し
い朝鮮館が議立してゐる、お次が蓋縮局館、その隣の樺太館で特産品
の 寅 場 や 農 海 産 物 が 締 麗 に な ら ん で ゐ る 。 オヅトセーが二頭暢気に
泳いでゐるのや、持太森林の模型が異色を現してゐる。
平安橋の東端を南へ降りるさ静岡豚の特設館、高知豚特設館、京
都 仰 壇 例 具 商 同 盟 曾 の 特 設 館 が あ る 。 それから美術工塾館に入って
一階が紫底
階上階下新古美術品で一杯に詰ってをるのを鑑賞して愈よ大櫨館に
入る 。
階下は古賀による衣紋の人形が津山ならんでゐるが、
J
殿の御儀ご大嘗祭の異景を現しにもので思はや 襟 を 正 さ せ る 、 位 儀
貫に有難い心持がする。其虞を出に所に京都出品協曾特設館があ
についに人形の一つ/¥にも深い在意さ努力さが梯はれてゐるにめ
ってゐるがござ︿飾られである。一旦粕や塊炭がごろついてゐるかさ
る。これで束曾場を一巡り見にこさになる。
1
4
思へば、支那の婚櫨衣裳が参考日閉ざして列んでゐる。そこを出て、
どの模型がいま矢釜し︿論議されてゐる日支問題なるものを、皮肉
)なんさ椅子にか﹀つてゐる。大連港、撫順山灰鎖、絞山梨鍛錬固な
看守女がちょ
を着に可愛い
入る 。支那服
満蒙参考館へ
ら ド その前の
を一巡してか
る。第一本館
をよろこばせ
更ながら眼
人形が二つ今
婚鵡の美しい
粧品庖の和洋
その正而の化
へ戻るのだ 。
W箆 合 西 合 場 正 門
I
大雄記念京都大
良
幸
新
ダ
ツ
マ
幸
良
新
ダ
ツ
マ
ある 。 中央に挫べである ﹃奉 祝﹄ のネオン放電笹が放つ燈紅色の光
マ ツ タ ラ シ ブ の 製 品 が五 坪 の 場 所 に 駕 巽 の 様 に 陳 列 さ れ て 居 る の で
西命日場を観るべく丸太町一過智恵光院に立つに。軒ござに掲げられ
J
o
、にパイナップ
お図柄にけパナ
牽湾館は流石
あらう
日はか﹀る鴎で
ら、憶かに
人が仔細に視に
気に関係戸ある
から、機械や電
品して居るのだ
斯界の櫨威が出
の外、名花、る
京電気株式曾枇
この館には束
る
。
る様になって居
ほ、人目を引いて居る。出陳吻の説明は、説明人が説明カ l ドを子
し
副
つ一
一
に ﹃祝大博覧曾﹄の紅提灯、街頭の電桂は悉︿黄の布さ王冠型の装
曾場
42
にして、その商品を指すので、品名や用途特長など、誰にも直ぐ解
蜘 一 KJ
川
戸
一
ベ
パ
祝博覧曾気分に打にれる 。 悉 く こ れ 淡 桃 色 の 建 物 、 ど れ が 網 漁 や ら
判らない。
左が農林水産館、右が博覧曾西郵便局だ。観覧者の使を計づて特
o農林水産館に並んで 険性い 園 球 を 舵 婦 の お 腹 の 様 に 突 き 出
設されたもので、普通郵俸は悶より電信、電話 一銭替、貯金まで取
扱ふ
一ムゐるのは世界館点。
e
その隣の演塾館は大ロlyクを形どつに二本の角を天門会に延ばし
何 ん さ 云 ふ 二 さ な し に 、 新 し い 感 じ を 奥 へ て ゐ る 。 ぞの南が京都史
F
蹟館だ、その名の通り 儲は一週も古典的な建物で端璃丹碧を施し、落
付いに 気 分を奥へてくれる 。
﹁延暦の都 朱雀大路 町村麿の出陣﹂﹁小野の雲﹂等凡て廿五景を
ぺ
)
﹁
﹂
巧致な人形芝 電気其他の装 で造 り あげにものである。
此 の館の 女看 腕人が吃度観究者 の目 を ひ︿、裾模様 の着物に帯は
おにいこ、襟からはけんらんなる首飾り、白粉を心持ち厚︿、髪は
京都大:
I
J
)
J箆 曾 西 合 場 電 気 館 内 ・
の本枇陳列
大きい建物は機械館に 電気館 、電気 分館正 。 この 電気館の 中には、
J
それに並んでJυBKの二ツの高塔があ る?絶えす興味あるプログ
ルで一杯ピ 。向側の ﹁官設八幡製鍛所﹂を観て製鎖所ど牽婦問館の中
一
'
殊 に 彼 女 等 の 腰 に 下 げ に 小 さ い ノ l トは観賢者の批許をひそかに
ブ主
央には大噴水を眺める、八本の大角柱さその問に因を拙いに大池に
プ
コ
記入する のださめる 。つぎの 第一去一考館は主さして大砲其他の兵器
桃割れの一式)
何う観ても良家 の令嬢花 。 而かも美人をヨリ抜いに
︼
ざいふのだから
~Y'
•
仕掛 けがあ る見事な噴水で一度 は誰もの足をも引止めるに充分だ,
o
)
醐
を陳列してゐるが、大観艦式の模型が観覧者の足を止める。続いて
舷
飾品で包まれ、人遁に面して締麗に挫ん花賞庖な入ぞ一目、先づ奉
商
,_
イ
ラムやニュースを放迭してゐるこさは説明するまでもない 。 此の外
特許賢明館内本社研究所の出品
最近建設された
サ
(朝日塔のサイン﹀
年内に可成り多数建設される見込でゐる 。
品川ほサイン用放電管の需要は盆々増大しつ﹀あるから、本
の ﹃マツタラシブ ﹄ の長さ十五尺に亘るもの等である。
女字、大阪毎日新聞社の三尺角奉祝サイン、本枇銀座間政所
聞社の朝日塔を色取る一字四尺角大の﹃東京朝日新聞﹄の六
朝日新聞社屋上に輝︿一字三尺角宛の新聞批名、東京朝日新
これ等の中、最も著大なるものを奉げれば、東京及び大阪
放電管を使用した電気看板が、各所に多毅建設された。
にが、過般執行はせられた御大典を記念して、このサイン用
サイン用放電管に就いては、前披に於てその大慨を記述し
ネオ
-
J
にJOBKさ演塾館さの中間に一音楽堂、西南隅の特許夜明館、東北
園産の
γ
隅の街生館、園際児童館等津山あって、特許褒明館は流右に我が園
J
の特許夜明口mの代表的のものが集められて居る丈け のって
枇研究所の出
精粋は締羅足の如︿蛇べられてゐる 。 東京電気株式命日
品物はこの館の中に陳列されて居るのである 。 出品物中の都民信用サ
イモトロンは、物珍らしく観覧者の足を停めて居る 。
第三本館に行く、此虞は兵庫、佐賀、秋田、熊本、山梨、愛媛、
徳島、一渦井、群馬、紳奈川、山口、宮城、茨城、大分、鳥取、山形
mさ司法省其他の山川品が陳列されてある o これ
和歌山、鹿先島十八 M
で西曾場を一巡して千本丸太町の正門から出るε、其慮には束命円場
行の乗合自動車一一か待って居る 。
43
幸
良
新
ダ
ツ
マ
ていて 化
し ゆ っびん
﹁ゃあ 、 今 お 跨 り で す か
わたく し
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O
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むよ し 品
コけ いぐ わ
江 主ぞ -
み
私 は 帝 展 に 出 品 さ れ て ゐ る女史 の風 景主酬を眼 底 に 見
か へリ
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ひと ちが
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そかた
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O
-
か の は うめん 甲き
てん し や ま
か ん し ? コび
はなた
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づ, v
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。
じゃ うきゃ く り れ
け品
ながら 、 後 か ら 其 の 肩 を軽︿仁 、 いた。鑑賞日であ った今日
の締途で あら うさ信じて 。
主っ た み し ひ と
はか は
りか ひん
おい
とみ ﹄
いぐ わい
知らすの人であつに。
ごころが、意外にも渋いに やう に振返つに女の顔は、全 ︿見守
し つけ い
4
4
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さげ
なT
まいめ
き
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しVく
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う け三 つ
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とりいだわ
た ;し ま へ
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き した
わに く︾
せう?﹂さ微笑みかけに
﹁先生 は 私 を 杉 本 さ ん さお見違へなすつにんでご ざ いま
。
あ 、きうです 。 本賞にき うで す。 ﹂ さ度を失つに やう に答へ に
﹁
ぞ し
TLP14
ね たく し
ご ゐ 、 Zつ ま ら
・
﹂
﹁ま だ 御 挨 拶 は申し ませんが 、私 は よう︿先佐 を存じ め げて ゐますの・・・・ ・
ゐ
のトし
いどコ
て 一'
・品じん
。
い
中か ら一 枚 の 名 刺 を 取 出 し て 私 の前 に 差 出 し た
言 ひっ ﹀婦人は 手 提 の.
たま十たとそ
ひ し た 記 憶 は ござ いませ んが
﹁きうで 才か、どうもお命日
・
・
わた く し の
私 は頭 を 傾けなが ら 其 の 名 刺 全 受取つ に
U
7
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しよ
し ゃし ん な か は
い
の 中に入って ゐる の で ご ざ いま す。﹂
絡にお 潟 鼠(
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ぢよ し
て ん ら んく わ いじ ゃ う
、女 史 も 展 覧 曾 場 か ら
せ化 止
ご
・
れたくし
じつ
1き
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、 ゎL 0・
、
,
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ど 、レ十 円
貫は 私 、 先生さ御
ちが 濁 明 曾 を開 きましに昨 、一
・・
・
・
や 、失敬、失敬、人謹ひ でしに ・
﹁
じ きな 臼
わ た くし 13
山じ ん
三青
だ
あ抽
はう
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やにで
k zぎ
もb
・
﹂
わ た.、し
向直りながら‘
、
わ,
はてり
。そ して逃げる やう に 出 口 の 方 へ 歩 み 出 さ う さ し に 時 、 婦 人 は 私 の 方 へ
顔 の火照 を感じなが ら 私 は 二 つ三 つ軽︿叩頭した
わたくし
き
もがほ;九づぽし
﹁ ぎ ら-こ み
。国 星 を 指 さ れ に 私 は ど さ ん ざ し に が、
せttい わ た:し
し つゴ い
三
タ
な
んあL
Ltし つ で げ
J
L
む'
、中野方 面 行 の 電 車 を 待 つ 乗 客 の 群 か ら 少 し 離 れ て立 ってゐ
思 ひ な が ら 電車 を 出て、 プ ラッ トホームを 二三間歩 ︿ざ
70 こ
'
r r ぎ bと ぢ よ し
わ
ふじ九ぐ
々
わた くし
ち ゃ いみ
︿ろ
込んでしまったのである 。
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L E
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名
家b
品 じん わ た く し 句 。
やコ 主 3
家の杉本女史ださ思ひ
のボンネットさ茶色の 3 1トだ け で 、 私 は も う 其 の 婦 人 が 蕃
川
る洋装 の婦 人 を 私 は 見 に 。 胆一
,
﹁
少し遜刻するナ
、¥
﹁お書きに なつにも の は大 抵 拝 見 い に し て 居 りま す 。 それか ら 本 郷 曾 堂 で 、 私 の お友がい
•.
•.
長
幸
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ダ
ツ
マ
めいし
υだりb は い ん
さ コで
t きか ぶし き く わ い し や じ
よい
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っか ,
liuh き お ら
ι c ん きt わいしゃ
いま
﹁め 、司
令 フですか 。そ れ で は 微 か な 記 憶 が ご さ い ま す 。 そして、今、あなたは此の電気曾祉で、どんな事をなすってゐらっしゃるんです?﹂
私 は 名刺の左側 に印刷されて ゐる A P電気 株 式 台 枇 の 八 字 を 読みながら言つに。
わ た くし
,ん な い 吉 き じ ゃ う き ゃ く な が で ぐ ら ち か だ フ す ひ 己 は じ げ た お
いぽん
しよ く げ ふ 品 じ ん へ
ーつまり、職
﹁
業婦人でございますのよ、卒凡な・・・・・・﹂
女がそこまで 言 った 時 、 乗 客 の 流 れ が 山 口 の 地 下道へ 吸 込 ま れ 初 め に 。そ して下駄の 音が 近 ついて来にさ思ふさ、
なしくんげドじゅ
七、
か九じ
っきゃ う く わ い 十
4じ く わ い け ふ ぽ く い ま て い て ん か
くわ い し
ま
コく わ い び わ
1
ことたがはくんきみ
らむ
いだあ
ろ
さや う
へけ
す企つ
ふちもあ
こえ お
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す
いま
、
﹁ょう J耳
目無君 。 塾 術 協 命日の 幹事命日は今日がいつにかネ o僕は 今 、 帝 展 か ら の 蹄 り だ が 、 ど う も 今 日 た っ た や う に も 思 ふ し 、 明 日 の や う に も
ぶん
ご、じ
だ
らふりか
おらはなせうすっかた古は
思ふし・・・ ・ ﹂ さ話しか け に のは 小説家 の田 川であ つに。
・
・
を吉 こ ひ 吉 な み 寸 ヤ ふ - ち つ き ち ょ う め ん や
わたくしい ぐわいちらなぜたがは
zc
こ
めいさ ワ
挨拶もしないで、いきなりそんな事を問ひかけられにので、私は烹外に思つに。何故なら田川ざいふ男は人並優れて落着いた九帳一山尾で、
いやしくじ
ろん け ふ け ふ
萄 も 自 分 が 幹 事 を し で ゐ る 曾 の 集 命 H日を忘れるやうなそんな男ではないからであつに。
した
τ7ど そ の 三 き わ た く し う し
﹁無論今日さ、今日の午後二時ざいふ事は田川君、君が言ひ出したんだよ。明日ざいふ設もあったん花が、﹂
たド阜わたま十
の 、さうだつにネ、なるほど・・ ・
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た
ん
が ユ く ん らぺ
ガ フス ' と 伝 言
tし ゃ な か の り こ ふ じ ん う し ろ す が た み わ た く
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ゆちこくけ
しゃくお
一
。
た
がは な ら
か ろくわ い
ふこうし
て
しこえ
れて ゐにので 、硝子 を通 し て 一 寸 曾 鰐 を し て 置 い て 、 田 川 さ 並 ん で 構 外 に 出 七 。
どろわ
わ たく し
たく し
Tほ の ぞ こ
ゑんまねふたりふじ
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品
、
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どフ し ゃ の 吉 ゃ う く
平うももでい
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い主いまめいシみなま
いじかんくわいぎも
﹂
・
・
・
・
・
﹁田川君、国タクで行きませう 。 でなきゃあ濯刻しますよ 。 今 日 は あ の ロダク ションさの 交 渉 問 題 が め る んだ から ・
。
プ
ぼくこうしやういゐ ん
たが志詰
﹁きうだ、て あ れ は 僕 が 交 捗 委員 だつにネ oL
νば う い ゐ ん
H
せ'
田川は篤いにやうに私の顔を翫き込ん充 。
い
﹁きうですよ。先方から委員が五人も来るんですよ 。﹂
三 吉 ル ¥ は う し んじ よ フだ い お ら
きちがしこごこ
た
とつ 少 ゃ う し こ 三 い
、ろ う ち つ ぶ や わ た
くしくわいぎはたがーさそ
時 々 放 心 肺 態 に な つ に り 、 思 ひ 出 し に や う に突拍子もない事を 言つ にりしに 。
た が 立 くん
じ ゃうだt はt ぷん た ぶ ん
き申う
きふ
つ ・と
、、、、、
ゃなはづ
へん
----Zうも愛だぞ?﹂
﹁田川 君 、どうかしてゐるんぢゃないか 。 活 は そ ん な そ ﹀ っ か し 犀 ぢ や 無 か っ た 答 だ が 私 は 臥 談 宇 分 に 、 し か も 多 分 の 把蔦症を匂 み な が ら 問 う に 。
わたくし
﹁いや、どうかなってゐるんだよ 。なら ざ るを得ないんだよ。﹂
い
た
bす
がは
45
田川を誘って鍋町の陶々亭に行った 。
﹁気でも違っ て ゐ るんぢゃな いか知ら?Lそんな事を 心の中で喧いてゐに私は‘曾諮の果てにあさで、 ﹂
な べも や コ た う / ¥ て い
言ひ な が ら 私 は 園 タ ク を 招 い に 。 そ し て 二 人 は セ ル ロ イ ド の 惨 め に 破 れ た 自 動 車 に 乗 っ て 協 曾 ま で 行 っ た が 、 三 時 間 の 曾 訟 中 、 田 川 は
う
しがに停車した中野行の電車の中に乗込れ婦人の後姿がちらりさ見えに。私は替をかけようさしにが、今の今名刺で見たばかりの名前を志
てい し ゃ な か の 抽 き
れ
何
・ ﹂ ざいふやうな磐がしにさ思つにので、振返ってみるさ、今
・
・
・・
をした 。 丁 度 実 時 私 の 背 後 で 左様なら ・
田川は頭を掻いて舌を出す真似
」
報
新
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幸
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植はもかた
まじめ
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﹀合笑ん花 。
田 川 は紹興酒の盃を傾けつ い
しつ れん
﹁失 鯨 で も し に ん じ ゃ な い か ネ
わ たく し と ひ
しつ れん
しつれん
私の問は真面目であっ仁 。
くぼ く
3
﹂・
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こ 、 ろ き ん ら い へい
2し な '
﹄-こじじ
う
﹁きめ 、失mmt云へば失懲.た らう 、兎に角僕の心は一泡来平衡を失って ゐ る事は事賞
、
記
ちか b か
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わたくしら
コち め は な お そ
h れAげ こ ぎ ら
うへ
。
﹁では、打明りて話しちゃどうだい 。 及 ば 宇 な が ら 一 皆 の 力 を 貸 す よ 。 ﹂
上 に 措 き な が ら 言つ に
私 は 散 法 事を小皿の・
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んが いぷ か と い き は
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う/ ¥ は つ ペ う
ぜひ
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。 いや、恥かしい,次第さ 。 ﹂
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。本嘗に大きな問題ざいふのは、設表
ん はとに
・それが大事件さ o ﹂
め る ・ ・・
・
・
およね
・ご た が は せ う せ
き
ょ
ってゐに o
。 そして日本橋まで来て、そこで別れにが、それから凡そ一年程経に後であつに。私は熱海の
しきわ
ん花
HW
取って は大問題百からネ。﹂
﹁ありが にう o し か し ネ 、 話 し て み れ ば 詰 ら な い こ さ さ 。詰 ら な い こ さ で は あ る が、僕に
たがは
けんど
-く し ん し
ろん官てきじぷんこ三せいめいほどくつう
だい じ
田 川 は 紹 興 酒 の 徳 利 を倒にして感慨深さうに太白山を吐いに
ひ
き うだ 、ぞれ が大 事件 さ い ふ も のだ。堂 々 さ 褒 表 し た り 、 是 非 を 論 じ た り 出 来 る 問 題 は 賞 に 小 問 題 さ
﹁
てき日
u
。
も問来す、是非さへ論議出来ないが、しかも自分一個に取っては、生命にか﹀はる程の苦痛が
三
い三きたが以
わた、 し
。
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私 がさう言 つに時、田川 は きも得心したらし︿ 頻りに黙頭いて、
l
き うだきうがい本山口回にきう花 。僕は 今 そ れ で 苦 し ん で ゐ る ん だ 。﹂ さ云って涙ぐんで ゐ仁
﹁
ー
じよ し っ
秤な︿私達は陶々一苧を出て銀座を沙いに
Sは す
書室にあつに 薄 つ べ ら な 版 行 雑 誌 を 讃 む さ は な し に 読 ん で ゐ 右 ご 、 其 の 最 後 に 田 川 の 小 設 が 載
'に作 って、そこの固
仲山貯ホテル
W
た
tり か た い き は
﹁おや 、田川 が﹃︺んな 雑 誌 に 小 説 を書 いてゐる!﹂
おらひ
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そのひい3じ ん ﹄宇土わたくし吉主主じと二
てん ま つ く は
わだく し
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てゐる鼠末を詳しく書いて あつ に。
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こ・ろう かわたくしふじ'化ぷ
Jび と 工 そ 、 ,
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其 の潟寵(
は誰からも透ってくれなかったのだ
そ
を 忘 れ て し ま っ た 。 も う 一年 も 前 に 貰 つ に 名 刺 、 そ
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撃をかけた婦人であつに。田川の感人ざいふ
品川じんたが
﹂
、た-つごう印刷川八三の問に疎隔が生じて、今は音信不通になっ
す きbzと ち ょ し 主 ら
こ一二おぽ
わ﹁
諌んでしまつに私の頭の巾に浮み出仁一人の婦人、ぞれは私が吉家の杉本女史子﹂間違へて
じ化
に
し ご J,
、O Lとコ
じん
った。
﹀め の 時 の あ の 婦 人 が 、 同 川 の 轡 人 で 無 か っ た ら う か さ 想 像 す る だ け で あ,
し、に い
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れも何所 へやつ にやら 。 本 郷 曾 堂 で 十 人 ば か り 並 ん で レ ン ズ の 前 に 立 っ た 事 は 費 え て ゐ る が 、
の名
のはあ の婦 人 で は 無 か っ た ら う か さ い ふ 疑 問 が 心 に 訟 ん だ 。 け れ ど も 私 は そ の 婦 人
でひとりハじんわた、しむ
其日友人小山 (私 を 指 し に も の) に 妨 げ ら れ て 其 の 態 人 に 曾 へ な か っ に こ さ か ら
私 は思 はす 猫語つに 。そ して息も吐か宇に 一気にそれを読んでしまった。
、そくかきだ
つめは
じ抽 く え き 士 '
こと う ち わ す か ' の ち ょ し ん
モ白ひせきにんくわしさご
てゐにの花・・・・・・﹂ざいふのが書出しで、
﹁おれは其日責任ある曾議ヘ問なければならない事も打忘れて、彼女さ新宿騨で待合せる約束をし
わだ くし
46
そのひご﹁わたくししきたがはところ乏はがきおくな
こ
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ひとこ と ひ や か お ら わ
詰た
がはなんへんじ
ざすなほきよねんあき
で、宜(日の午後私は久しぶりで田川の所 へ締葉書を迭つに 。 何ぜか一 言素 見してやりにいやうにも思ったが、故意さ素直に、﹁去年の秋、
てドてんか九しゃうびしんじ品くえきめきみ
わだくしえ
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とか
たがはち二
なしんば
いかほど
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まいろ一在日ま
つし ま の い し よ
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帝展の鑑 賞 日に新宿騨でお目にか﹀つに 君の慾 人は今どうしてゐますか 。﹂ さだ け書 いて置いに。さこ ろ が田川からは、何の返辞もなかっ七 。
しんうへ
んだ いきよく
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布わたくしおくしそど、いつもんくなん
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わたくしか
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それでも其ω都 々 逸 の 文 句 が 何
﹁理非もわからぬ慾路の聞を迷はす そな に は 小 町 島 ﹂ ざ い ふ 下 手 な 都 々 逸 が 赤 い 字 で 印 刷 さ れ て あ っ 七 。 消 印
り
私 は 要 な き 事 を 書 い て 、 田 川 を 怒 ら せ に の で は 無 い か さ む 配 し て ゐるさ、十日程後に一枚の緒はがきが届いに。松島名所の織はがきで、伊
壮一じ孟こ主ちじ止しゃ
みせ
勢島さ小町島さの官何回呉の上に、
きなか
を 見るさ仙牽局から出しにらしい 。
くみな ん ま い 之 は が
きわたくしなが
一組何枚ざいふ繕葉書の中から、無意味に此の締葉書を取上げて、それを私に逢ったのかも知れないが
ぢんせん
さな︿気にか﹀つてならなかっに。で、私は長い手紙を書いて田川の宅へ逢って置いにが、ぞれには何の返事もなかった。
うちわすはがきまへやさ
それからまた 一年 を 経 に 。 病 気 に な っ て 、 あ ち こ ち の 温 泉 ば か り 訪 ね あ る い て ゐ る 私 は 、 田 川 に曾ふ機曾もなく、御互ひに友人であるこ
ほとりや古さいくんかいほううはいやし
へのえ吉じ
そ- 3 - 3
だこ
さを打忘れにかのやうに、葉書の 一枚も遁り取しないで ゐる う ち に 、 彼 は 彼 の 好 き な 秋 の 景 色 を 見 な い で 、 雨 の 多 い 此 夏 の 暮 に 、 十と和わ田
湖の
いれゐがいう
請で優 しい妻君の介抱 を 受 けながら 肺を病 んで 死んでしまつに。
わたくし
とし て
'
吉川
私は彼の建骸を上野健まで迎へに行つに。そして群集の中から、私の伎想してゐる彼の婦人を見出,
きうさしにが、ぞれらしい婦人は見えな
こ
かつに 。葬式の日も、宜一後の記念命日にも、彼女らしい姿はにうぎつ私の眼に映らなかっに。
か
今年の帝展に友人の寺田が出品し七﹁鏡 ﹂ざいふ裸鐙轟が非常な評判なので、それを見に行って来に晩であつに 。 私 も ﹁ 鏡 ﹂ ざ い ふ 題 で 短
。へんせう せっ
ていてんい
篇小設を書かうさ思って、原稿用紙を机の上に措いて、高年筆を取り上げに拍子に、電燈がふツさ消えに。
わしたくしどないぢよち
﹁停電か
さ云って衣の室を見るさ、そこの電燈は明 AME黙いてゐる 。電 球をは つしてみるさタングステンの線が一つ切れてゐる。
。
﹂
にち ま へ か
き
﹁どうしにんだい.四五日前に買って来にばかりぢゃないか。﹂
私 は 収 鳴 る や う に 言 つに。するさ女中が、
ちゃ Eし な ぎ れ
し かたありふりは
﹁ぞれは、あの ムム 電気曾 枇の電球ぢやございませんの o 丁
コ
一 品切でしにから、仕方なしに有合せを買って去ゐりましたので:::﹂さ動向ぴ
度
すいで
るやうに 言 つに 。
さきじたく
くだ
しま なぞこね
い主吉わた
んまへしんじ明く えきふじんうけ三めいし
﹁では直ぐに行って、 ムム電 気 曾 祉 の を 買 っ て 来 て 下
さい。﹂さ云った時、私の似底には、三年前に新宿躍で、あの婦人から受取つに名刺の
ひばりが は っ と め
わたくしめい
左側に、勤先さ自宅さを 二行に並べて印刷してあった、其の ムム電気株式曾祉の八文字、だけが、くっきり見えで来に。
はじ
I
私がその名刺の
主 に 曾 っ て 、 死 ん だ 田 川 の 事 を詳しく訊かなければならない使命を帯びてゐるやうな感じを懐いだき始めにのはその夜からで
ある 。
4
7
幸
良
新
ダ
ツ
マ
編輯後記に代へて
ロ
雲 が 降 つ 仁 様 に屋根の 上が、 民自 に霜 で覆はれ
最近 丸 善 か ら 出 版 ぜ ら れ に ﹃ 電 気 機 械 試 験 法 ﹄ が
ローマ字で 書机 れ仁、二﹂も特筆すべきでわろ。物
的能十半島向上さぜる、二﹂ JU必要でわろ が 、自に見
き文字であろ。
えざろ精紳方面 に於ては、必ずLも能率のみ在云
々すべき にあらざろか教へられ仁、 、さは敬服すべ
来れ。火鉢がこび旨しくなって来十ト。そ !十 二 月 日
る様 になっ土。木枯が膚,身にこわトへろ 様 じなって
今年も残り少︽なつれ口一ヶ年の総決算の月、今
﹃電燈光線が露見 に及ぼ す 影 響 ﹄た稜表されわい
ロ
ヱ韻者諸氏が、過去十二ヶ月ら願られ れ 時 、 必 ?
や諸氏は、進歩ミ向上の跡在眺めて、微笑まれろ
附恨吉氏は伊瑛 鍛 造 電 気 の 電 燈 課 長 の 要 職 に府
す
同
られト常 に御 多比 中荘一意研究 じ初日頭ぜられ 、誘
蛾 燈 の 研 究 よ り 、 低 燭 光 電 燈 臆 用 の 植 物 栽 培 や完
こさであらう。編者は十二月批の編輯を柊って、
来ろ可き歳が諸氏にさって、一一府多幸ならん、ミ﹂
成され、植物栽培より更に養琵に電燈光線在利用
勿論のこさ日本全国 に摘まらんさLて舟ろ。此の
'
官一験 に於て弊社製カナ リヤ 電球が最も一艮好の成績
起 一干して居ろ二 さも意外でわり 、此の一貫験 方法が
一方 長 野 照 安 曇電燈 曾 祉 に於ても高附氏 の官一験
方法に従って別に官一験が行はれて、今後同鯨下は
J
か祈り、且つ本誌の土め盆々御援助在賜らんこさ
すろ方法在官一験ぜられ、鼠 に昨年の春謹より官一験
か開始Lて優秀なろ成績在一市され て 居ろ。
らお願ぴすろ衣第である。
白
木誌も十五の歳たおく って、十六歳にならうさ
・して居ろ。幾 多の希翠 に富んいい年ら迎 へろ、ミ﹂は
毎年同じ様な 、﹄之島繰返へすが ー ー さ
││l
本誌 じミって も、まわト 難 し い事であろ。来ろ可 、
、
去
年、﹄そ
口
万すなら町、高岡氏の み
全国 に普及Lて頁効果荘 一
服すべき事
の光柴でなく、民に日本閣のわトめに蹴 一
管一 であ らう。
ロ
J
﹃白熱電球賢 建史﹄もいよ/¥本放 やもって完結
まLtD 長々仰愛護在賜っ て 光殺 に存じます所
し
、
々から別刷の御督促が受げろ程 に御 好 評 た 博L仁
さは、筆者本城氏の御努力は勿論のこさ、編輯
、
、
子も非常な光柴さ存じてたります。
しまぜん
﹃進み行︿ラヂ オ﹄ も久Lく 掲 載 い 仁 ﹀
ι
しても短編小説家三、しても濁特の境地 在もって
ミラ
れ 土沖野岩三郎氏は長編小説家
か
回
一
一
名 刺﹄た 骨
﹃
口
L K・御愛護た乞ふ。
は清水靖一一郎氏ミ前田健二郎氏の御高説在のぜま
前批以来御好評在項ドてらろ訪問詑は、本放
は {貨 に一 翠雨得 ミ云ひ得ろ、こ閉山ふ口
照明器具の採用さ同時に高燭勧誘在乗れ備へれ蕗
朝鮮の京城電気合目祉の 官一行されれ露であって、瓦
良照明の勧誘ドよって増収を得士宮一例﹄は、
﹃一
口
でかります。
の で あ り ま す の で 、 今 後 は 休 ま す 掲 載νれす考へ
8
4
かられろ方でわろ。﹃名刺﹄ミ云ふ題名から、して笠
に暗示的な気分らそ︾ろ。
昭和三年十二月二十三日 印刷
一
漏川町川
帥帆
門
蛮行人タ
二、
、ー
2
東京電気株式命日批
昭和三年十二月二十五日稜行
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11 3
東京電気株式盲目枇
紳奈川鯨川崎市堀 川町七 二
印刷所持剛一色活版所
東京市麹 町匝有印栄 町 一丁目 十四 番地
印刷人一色忠雄
東京市麹町区有柴町一丁目十四番地
清
編者もま仁、希望に心が躍ろ。
﹃そは男性的に﹄ミ誰かゾ云つわト。白 院々 仁 ろ
積雪 ド、、、︾ろよ くすべろスキ l。か十わく氷結、し
れ朔の上か疾走すろスケ ート。想像すろにげで も
血が躍る。冬 のスポ ー ツL愈々 これから 七。雪よ
子島おびやかす口
降れ々々、こ命日祉のスキ ーヤー が、果、むがりの編輯
口
本誌巻頭に掲げ仁﹃能率増進さ云ふ、、さに就て﹄
しいも
でL仁が、近頃交流バルプの管蓮は目ざま '
ロ
教授でわって、彼の有名な﹃荒 川電 気工島十﹄の著
ら 執 筆 ぜ ら れ わト荒川文六博士は、九州帝国大 串
回の償値は云はずもがな叉
者であらぜられる。同世一
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齢奈川蘇川崎市
東京電気株式曾枇
芯
マツダランプ製浩 一
寧均五倍以上の使用仁耐え極めて堅牢です
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べき試験によります ξ 従 来 の ﹁ ス キ ヅ チ ﹂ 仁 比 し て
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釦判明引引刻割引引は低廉でゐる計ちでな︿信頼す
かも正雌憾です
ム 特 仁 凱 劃 見 刑 制 引 別 射 訓URは新製箪留(ホ Y ダ1)ご
の組合が捻じ込み式仁なワて館山・りますから筒車でし
秀 な る のみ な ら や 体 裁 も 優 美 で あb ます
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守
"奈川保川崎市
東京電気株式曾枇
W
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gヲンプ製造克
ご、調整装置は簡車にして有効、回路の負荷が誘導、無誘導
に拘らず叉卒街、不平衡に拘らず計量極めて正離です。
殊に聴負荷に於て負誤差を生ぜざる事は儲入品の迫随し
得ざる特長 あります。
て
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=1悶種共検針容易にして耐久性に富み潟潤多き気候に到し
ても絶縁不良を生ぜず文債絡は現在の計跨中最も
低廉,
てす。
て電灯電熱用には堕相I13型、動力用には三欄D !市型
何れも面白一新せる悌枇工場に於て大量生霊組織に依っ
て作ります。従て品質は優良にして均湾、這かに傭入品
を魅倒し閣内全需要の五割以上を占めて居ります。
長
積 算 電刀計町一町四
東京電気の
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