ISSN 2187-798X Vol . 16 No . 3 November 2015 目 次 1 リレーエッセイ〈10〉 シダ植物における無性生殖(無配生 殖)種の多様化の研究 42 最優秀ポスター発表賞受賞記 ゲノムが解き明かす外来生物の急速 な進化 村上哲明(首都大学東京) 4 進化学者に聞く! 学生からの 10 の 質問 43 第 10 回 みんなのジュニア進化学 超最優秀ポス 榊原恵子(金沢大学) 奥山雄大(国立科学博物館) 8 日本進化学会 第 17 回 東京大会 レポート 大会全体についての報告 西田治文(大会会長、中央大学) 玉手智史(東北大学) ター賞 受賞記 『ハクジラ類における後頭顆・環椎の 形態比較』からみる適応進化 岡村太路(東京学芸大学附属高等学校) 44 ミーティングレポート 第 6 回 International Barcode of Life Conference に参加して 神保宇嗣(国立科学博物館) 12 大会シンポジウムレポート 17 大会ワークショップ・夏の学校レポー 48 第 23 回 研究室だより KAUST 紹介:紅海の辺からアッサ ト 26 2015 年度学会賞等受賞者 30 受賞記 30 研究奨励賞受賞記 Survival of the Luckiest!:指導者に 恵まれた研究半生 野澤昌文(国立遺伝学研究所) 34 研究奨励賞受賞記 一途で楽観的だった私の修業時代 平沢達矢(理化学研究所) 38 研究奨励賞受賞記 海洋生物の多様な性システムと矮雄 の進化の謎を、数理モデルで解き明 かす 山口 幸(神奈川大学) ラーム・アライクム! 峯田克彦(King Abdullah University of Science and Technology) 52 編集後記 53 54 56 57 58 59 日本進化学会庶務報告・活動報告 日本進化学会 2015 年度評議員会議事録 日本進化学会 2015 年度総会報告 2014 年度決算報告書(12 月 31 日現在) 2015 年度中間決算案(6 月 30 日現在) 2016 年度予算案 日本進化学会ニュース リレーエッセイ〈10〉 シダ植物における無性生殖(無配生殖)種の多様化 の研究 November 2015 村上哲明(首都大学東京 牧野標本館) シダ植物には二次的に有性生殖をやめ て、無配生殖と呼ばれる無性生殖を行うよ うになったものが 10%以上存在する( Taka- miya 1996 ) 。シダ植物における無配生殖 ( apogamy )とは、胞子体上に染色体の減 数を伴わずに胞子が形成され、その胞子か ら生じた配偶体が受精を伴わずに次世代の 胞子体を形成する無性生殖様式の一型のこ 図 1 シダ植物の生活環 。 とである(図 1) 一方で、なぜ大部分の高等生物が生殖効率の悪い有性生殖をするのかは、長らく「進化生物学最大の 」 と呼ばれてきた。現在では、有性生殖の進化的意義を説明する上で、ライフサイクルが短くて突然変異率の 高い病原菌などの寄生者とその宿主としての高等生物の関係に着目した「赤の女王仮説」が最有力視されてい る。しかし、例えば高等動物で二次的に有性生殖をやめて単為生殖のみをするようになったものはきわめて 稀で、例外的である。シダ植物のように高頻度に何度も繰り返し無性生殖種が進化している高等生物群は他 に見当たらない。ごく近縁な有性生殖系統と無性生殖系統(=有性生殖系統から二次的に生じて、まだそれ ほど時間が経っていない)の両方が自然界に存在している生物群を材料にしないと、そもそも有性生殖の意義 についての仮説を野外で検証するのは不可能である。その意味で、シダ植物の無配生殖は、単なる特殊な現 象ではなくて、有性生殖というほぼ全ての高等生物が共有する重要な現象の進化的理解を深める上でも重要 な現象なのである。 私は、卒業研究の時に恩師の岩槻邦男教授からホウビシダの無配生殖に関わる研究テーマをいただいて以 情報を活用した隠 種の探索、日本列島の樹木種の分子系統地理学、さらに最近は小笠原諸島における被子 植物の性表現の進化的変化や適応放散など、他の様々な研究も並行して手がけて来たので、まわりの研究者 号の「進化学者に聞く!学生からの 10 の質問」でも書かせていただいたように、これが私を進化学に導いて くれた研究テーマであり、私の中では最も重要なものである。さらに、私は首都大に移ってからほぼ 10 年に なったが、大槻涼君、山本薫さん、堀清鷹君、松本めぐみさん、森絵里菜さんを始め、私が首都大で指導し てきた多くの大学院生・卒研生がシダの無配生殖に興味をもってくれて、その研究を発展させてくれた。お かげで無配生殖をするシダ植物の進化的な振る舞いについての理解が格段に深まり、以前よりもはるかに面 白い研究テーマに育ったと私は思っている。そこで、このリレーエッセイではシダ植物の無配生殖のおもしろ さについて語らせていただきたい。 さて、シダ植物には無配生殖をする系統(いわゆる無配生殖種)が多数存在するが、それらの進化学的に興 味深い点としては、種内の遺伝的変異が異常に大きいことがあげられる。無配生殖を続けていれば種全体と しても、せいぜい単純なクローン間変異を示す程度になると予想される。ところが実際の無配生殖種は、近 縁な有性生殖種と同程度以上の大きな種内の遺伝的変異を示し、種間の形態変異も連続的で、形態形質に基 づく種の分類学的整理ができていないシダ植物群の多くが無配生殖種を含んでいる。 そのような状況だったので、私たちは、まずはシダ植物の無配生殖種が種内の遺伝的変異を獲得・維持す 10 ﹀ シダ植物における無性生殖︵無配生殖︶種の多様化の研究 からは、 「シダ植物の無配生殖」が私にとって特に重要なテーマのようには見えないかもしれない。でも、前 リレーエッセイ︿ 来、34 年間に渡ってシダ植物の無配生殖の研究を続けてきた。とはいえ、シダ植物の分子系統解析・DNA 1 日本進化学会ニュース る機構を解明することを目指した。そして、無配生殖種が複数の近縁な有性生殖種と交雑することによって、 それらのもつ遺伝的変異を取り込むという仮説の下で研究を行ってきた。我々が研究を始める以前から、無 配生殖種の配偶体上にも造精器は形成され、実際に近縁な無配生殖種(雄親)と有性生殖種(雌親)の間で 交雑が起こりうること、生じた雑種も無配生殖能をもつこと(無配生殖の方が優性の形質)は分かっていた November 2015 。しかし、無配生殖種が雄親としてどの程度、交雑する能力を保持しているかは分かってい ( Walker 1962 ) なかった。 そこで私たちは、3 倍体無配生殖種のベニシダ(オシダ科オシダ属)とそれに非常に近縁な 2 倍体有性生殖 種のハチジョウベニシダの間で定量的な人工交配実験を行い、無配生殖種の交雑能力を調べてきた。もう少 し具体的に述べると、基本的に配偶体上に受精を経ずに(造卵器とは無関係な場所から)次世代の胞子体を 形成するものの、配偶体上に造精器は形成することが知られていた無配生殖種のベニシダを父親、当然、配 偶体上に造卵器も形成する有性生殖種のハチジョウベニシダを母親にして人工交配実験を行った。人工交配 実験は有性型同士(つまりハチジョウベニシダ同士の交雑)の人工交配実験を含む 5 つの対照実験を設定し、 それぞれ 596 回の交配実験を行った。そして、生じた胞子体を解析した結果、4 倍体かつ両親の遺伝マーカー を併せ持つ雑種は 596 回のうち 23 回で形成された。さらに、3 倍体の雑種個体も 9 回形成された。一方、有 性生殖型同士の人工交配では、596 回のうち 108 回で次世代の胞子体が形成された(逆に言うと、この実験条 。有性生殖種の 1 つの 件下では、有性生殖個体同士を交雑させても、2 割弱しか胞子体が形成されなかった) 配偶体内での自殖(自配自家受精)は全く起こらなかったため、この対照実験での値は有性生殖型同士で交雑 した頻度と考えられる。すなわち、有性生殖型同士が交雑する場合を 100 とすると、無配生殖型はその 29.6 と高いレベルで交雑する能力を保持していることが明らかになった。 一方で、非減数の精子を形成する無配生殖種と有性生殖種が交雑すれば、無配生殖種に有性生殖種のもつ ゲノムが付け加わって、4 倍体、5 倍体、6 倍体と高次倍数化が進むと考えられる。ところが、シダ植物の無 配生殖種のほとんどは 3 倍体である。Lin et al.( 1994 )は、ベニシダ類に近縁なオシダ属のイタチシダ類を材 料にして、不等減数分裂によって数%程度と低頻度でではあるが、3 倍体無配生殖型の親個体から 2 倍体無 配生殖型の子孫(胞子、配偶体、胞子体)が生じること、すなわちシダ植物の無配生殖種にも減数して低次 倍数化する過程が存在することを明らかにした。さらに、上述したように、ベニシダ類の 3 倍体無配生殖種ベ ニシダと 2 倍体有性種ハチジョウベニシダの人工交配実験によって、4 倍体雑種のみならず、3 倍体雑種も実 不等減数分裂した直後に有性生殖種との交雑も行って(交雑サイクルが起きて) 、3 倍体のままで有性生殖種 のゲノムを繰り返し取り込んでいると考えられる。 が生じて、複雑な網状進化が起こることが予想される。そこで私たちは、オシダ科においてシングルコピー 遺伝子であることが示され、さらにシダ植物(ベニシダ類)用の PCR 増幅プライマーが開発されていた PgiC 遺伝子(解糖系を司るグルコースリン酸イソメラーゼをコードする遺伝子)を核 DNA マーカーとして用いて、 連続的な形態変異を示す複数の無配生殖種ならびにその元になったと考えられる 2 倍体の有性生殖種の両方 が日本で見られるイタチシダ類(オシダ科オシダ属)を材料にして、そのゲノム構成を解析する研究を行った。 その結果、イタチシダ類の無配生殖種(オオイタチシダ、ヤマイタチシダ)の多くの個体は、この群の 3 つの 有性生殖種(ナンカイイタチシダ、イワイタチシダ、モトイタチシダ)のゲノムが 2 つあるいは 3 つ、組み合わ さったものであることが強く示唆された。さらに驚くべきことに、これまでイタチシダ類の一員とは考えられ てこなかったベニシダ類(ハチジョウベニシダ)や、さらに遠縁であることが rbcL 遺伝子の塩基配列情報に基 づく分子系統解析( Ebihara et al. 2011 )によって示されていたミサキカグマのゲノムも、イタチシダ類の 3 つ の無配生殖種(オオイタチシダの一部、ヒメイタチシダ、リョウトウイタチシダ)に含まれていることが明らか ) 2) 。 になった( Hori et al. 2014(図 通常、かなり近縁でも異なる有性生殖種の間にできた雑種は、胞子形成時に正常な減数分裂が起きずに稔 10 ﹀ シダ植物における無性生殖︵無配生殖︶種の多様化の研究 このような交雑サイクルが繰り返し起これば、様々な有性生殖種由来のゲノムを合わせもった無配生殖種 リレーエッセイ︿ 際に形成されることを明らかにした。これらを総合すると、シダ植物の無配生殖種はクローン繁殖に加えて、 2 日本進化学会ニュース 性のない胞子のみが形成され、胞子繁殖能 力を持たない。それに対して、シダ植物の 無配生殖種が他種と交雑して生じた雑種は、 無配生殖が優性遺伝するために、胞子繁殖 November 2015 能力を維持できる。この性質のため、かなり 遠縁の種のゲノムさえも取り込むことが可能 となっているのだろうと考えられる。無配生 殖をするようになったからといって、遠縁な 他種との交雑能力そのものが高まるとは考え にくいからである。実際に、無配生殖種ベニ シダの雄親としての交雑能力は、ごく近縁な 有性生殖種ハチジョウベニシダの 3 割程度で あった。交雑能力が、有性生殖種よりも高 まっているわけはない。 さらに、無配生殖種が容易に有性生殖種 と交雑するのであれば、繰り返し交雑が起き て、例えば 3 倍体無配生殖種であっても、4 種、5 種の 2 倍体有性生殖種に由来するゲノ ムが一つに無配生殖種の中にキメラ状に混 じっていても不思議ではない。つまり、調べ 図 2 イタチシダ類の網状進化 ( Hori et al. 2014 の図を改変) □、2 倍体有性生殖種;○、3 倍体無配生殖種;△、イタチシ ダ類以外の有性生殖種 る核マーカーによって、その組み合わせが異 なっていても良いはずである。ところが、イタチシダ類について、2 つめの核マーカーとしてGapCp 遺伝子を 用いて調べたところでは、PgiC の組成とほぼ完全に一致していた。そこで私たちは、無配・有性種間の交雑 は有限な回数しか起こっていない、あるいは元の有性生殖種でのゲノム構成が維持されている子孫のみが生 き残っているという仮説を立てている。無配生殖種が片親の雑種は、正常な減数分裂ができずに繁殖ができ ないという恐れがないとはいえ、かなり遠縁の 4 種、5 種のゲノムが染色体ごとに、あるいは一本の染色体内 種間のゲノム間の不和合性などについても情報を与えてくれる可能性がある。遠縁の種のゲノムが一つの個 体内に共存している状況は、シダ植物の無配生殖種以外では、なかなか見られないからである。いずれにし えているところである。 最後に、シダ植物で無配生殖を引き起こす遺伝的背景に関する私たちの知見についても語りたい。無配生 殖種では、減数せずに胞子を形成することと、そのような胞子が発芽して形成された配偶体上に受精を経ず に次世代の胞子体が形成されることの両方が同時に起こらないと、継続的に繁殖できない。それでは、これ ら 2 つの異なる過程を司る 2 つの遺伝子座に突然変異が起きないと、無配生殖は進化できないのであろうか。 ところが、シダ植物の分子系統樹上に無配生殖をするという形質を配置してみると、無配生殖は、シダ植物 の様々な系統で繰り返し、しかも多数回独立に進化しているようである。もし、2 つの突然変異が同時に起 こることが必須ならば、無配生殖はそうそう何回も進化できないはずである。一つの遺伝子の突然変異率が 百万分の一程度だとすると、それを 2 乗した確率でしか起こりえなくなってしまうからである。ということは、 一つの遺伝子の突然変異で上記 2 つの過程が変化するのでないと説明が難しいが、どのような遺伝子に突然 変異が起きると、このようなことが起こるのか見当さえもつかない。そこで、私たちは無配生殖種と有性生殖 種の間に生じた 4 倍体雑種を用いて、無配生殖の遺伝的背景について調べてみることにした。 無配生殖種と有性生殖種の間の 4 倍体雑種は不安定で、胞子を形成する際に半分くらいは正常な減数分裂 10 ﹀ シダ植物における無性生殖︵無配生殖︶種の多様化の研究 ても、上述した仮説は、今後、次世代シーケンサーを活用して核 DNA マーカーを増やして、検証したいと考 リレーエッセイ︿ でもキメラ状に混じり合っては、さすがに安定して生存できないのかもしれない。無配生殖種の研究は、異 3 日本進化学会ニュース をしてしまうようで、2 倍体の減数胞子も生じる。もし、ただ一つの優性遺伝子によって無配生殖が生じてい るなら、このように無配生殖種と有性生殖種の 4 倍体雑種が減数分裂して生じた子孫では、無配生殖能をも つ個体ともたない個体が 1:1 に分離することが期待できる。そこで、3 倍体無配生殖型と 2 倍体有性生殖型 の間の 4 倍体雑種がみいだされているオニヤブソテツ類を主たる研究対象にして研究を行った。 November 2015 オニヤブソテツ類の 2 倍体有性生殖型のヒメオニヤブソテツと 3 倍体無配生殖型のオニヤブソテツの間の 4 倍体雑種(アツバオニヤブソテツ) 、ならびに同じく 2 倍体有性生殖型のムニンオニヤブソテツと 3 倍体無 配生殖型のオニヤブソテツの間に形成された 4 倍体雑種(ウスバオニヤブソテツ)の胞子をそれぞれ調べたと ころ、どちらも無配生殖型に典型的な非減数の胞子を含む胞子嚢に加えて、減数分裂をして 2 倍体になった 胞子(減数性胞子)を含む胞子嚢もほぼ同数、観察された。さらに、その減数性胞子を寒天培地上で培養し、 生じた配偶体を 1 匹ずつ単離して培養したところ、いずれの雑種の子孫においても、ほぼ半数が受精をせず に次世代の胞子体を配偶体上に形成した(アツバ、胞子体形成:未形成= 209:235;ウスバ、形成:未形成 。すなわち、無配・有性生殖型間の雑種の子孫において、無配生殖能をもつ子孫ともたない子 = 105:135 ) 孫がほぼ 1:1 に分離することを、2 組の雑種を用いて示すことができた。このことは、オニヤブソテツ類の無 配生殖がたった一つの遺伝領域によって支配されていることを強く示唆している。現在、この無配生殖を引 き起こす領域と核 DNA マーカーとの連鎖解析を進めているところである。無配生殖を引き起こす遺伝子が特 定できれば、当然ながら、無配生殖がどのようにして可能になっているのか、その機構についても明らかにな ることだろう。 シダ植物の無配生殖種は、性に関する研究をする上で、かなり生産的で効率の良い実験系を私たちに提供 してくれていると思う。ところが、このような系を活用して研究をしている研究者は、世界中を見渡しても、 今のところ私たちと私たちの日本人共同研究者だけである。今後は、私たちの研究成果を積極的に海外の研 究者にも発信して、シダ植物の無配生殖種を材料にした研究を世界にも広げていきたいと考えている。 著者紹介 名前:村上哲明 所属:首都大学東京 理工学研究科生命科学専攻(牧野標本館) 最終学歴:理学博士・1987 年(東京大学理学系研究科植物学専攻) 職歴(略歴) : 1987 年 8 月∼ 1996 年 7 月東京大学理学部附属植物園 助手(上記期間の内、1990 年 2 月 ∼ 1991 年 9 月は、日本学術振興会海外特別研究員として米国ミズーリ植物園に滞在) 1996 年 7 月∼ 2006 年 3 月京都大学理学研究科 助教授 2006 年 4 月∼現在 首都大学東京 理工学研究科 教授 ? 榊原恵子(金沢大学) 奥山雄大(国立科学博物館) 「進化に興味はあるものの、周りには何をやっているのか分かってもらえないし、将来が不安…」と感じて の先輩方に、あれこれ聞いてみることにしました。今回は、男女共同参画委員会担当の 担当の奥山雄大さんのお二人です。 原恵子さん、広報 10 の質問 いる読者も多いのではないでしょうか。そこで、実際に進化学研究で世界をリードする日本進化学会執行部 進化学者に聞く! 学生からの 進化学者に聞く! 学生からの 10 の質問 4 日本進化学会ニュース まずは 原さんのお答えから。 Q1 進化学者になったきっかけを教えてください。 A1 生物と歴史が好きで、結果的に生物の歴史である進化を研究したいと思うようになりました。発生進 化を専門にしたいと思うようになったのは、1995 年に Science に発表されたゲーリングのグループによ November 2015 る眼の発生遺伝子 Pax6 遺伝子の報告を読んだのがきっかけです。あんな発見をしたいと思いました。 Q2 進化学者になってよかった、と思った瞬間はいつですか? A2 進化学者になってというより、研究者になっての方かもしれませんが、新しいことを発見して、それま での観察結果が腑に落ちた時はいつでも嬉しい瞬間です。直接研究に関係していない例では、Oxford 大学にセミナーに行った時に、Queen s College の Guest room に泊めてもらい、High table で朝食を とらせてもらったことは研究者でないとできない体験で嬉しかったです。High table は Professor しか 座れないので、イギリスの学生の憧れの席だということです。 Q3 小さい頃の夢を教えてください。 A3 料理人や職人などの製造業か医者などの理系の職業につきたいと思っていました。 Q4 研究者になるのを諦めかけたこと、ありますか? もしあればどうやって克服を? A4 家庭の事情で 2 度ほど研究を中断したことがあります。その時は、また研究に戻って来られるとは思っ ていなかったので、研究ができることがすでに奇跡のようなものだと思っています。一度研究を中断し てみると、研究を再開できたとき、楽しくて離れられなくなるかもしれないし、中断中に他にもっと楽 しいことがみつかるかもしれません。他にもっと楽しいことがみつかったら、それをがんばったらいい と思います。 Q5 進化学者になるのに必要な素質・スキルって何でしょう? A5 飛躍する能力と着地する能力。新しい発見をするには既存の知識から離れて型破りなことを考えてみ ることも必要になりますし、最終的にはその新しいアイディアを根気強くデータと論理を積み上げて説 明できるようにしなければならないので、着地してくる能力も大事になってきます。どちらもないと、 新しくかつ説得力のある研究はできないのではないかと思います。 Q6 学部生・院生当時の一番の思い出は? A6 学生時代に何度か国際学会に参加したことでしょうか。1998 年にインド、2001 年にスイス、2002 年 にイギリスの学会に参加しました。その度にせっせと学生向けの海外渡航支援を申請し、安い航空チ ケットのためにヨーロッパへ到着する前にトランジットで韓国やシンガポールで半日以上を過ごすとい 物がどのようにしてこのような生活史を持つに至ったのか、また、異なる世代に異なる形態を作り出す 10 な研究者との交流も全部含めて楽しい思い出です。学生時代に機会をみつけてどんどん海外に行って みてほしいと思います。 Q7 現在の研究内容について教えてください。 A7 植物の発生進化研究を続けてきました。特に陸上植物は単相(染色体を 1 組持つ時期)と複相(染色体 発生の仕組みを研究しています。 の質問 を 2 組持つ時期)の両方で異なる形態の多細胞体を作る世代交代という独特の生活史を持ちます。植 進化学者に聞く! 学生からの う運と体力まかせの旅程でした。行き帰りの珍道中も現地の人とのやり取りも学会で知り合った色ん 5 日本進化学会ニュース Q8 今後の研究展開や抱負を聞かせてください。 A8 これまで陸上植物の進化の過程で、植物の遺伝子におこった進化を解き明かす研究を続けてきました が、実験的に進化を再現するような研究をしてみたいと思っています。例えば、陸上植物の中で最初 に分岐し、多様化したコケ植物は複相が後に出現した維管束植物のように枝分かれすることなく 1 個の November 2015 胞子のうを作って発生を停止します。しかし、最近、複相で枝分かれがおきるようなコケ植物の変異 体を発見したので、これを使って進化の過程で陸上植物の祖先が複相で分枝能を獲得した時におこっ た出来事を推定したり、その結果を使って複相の分枝能の獲得の過程を再現したりできないかな、と 思っています。 Q9 10 年後、進化学はどこまで進んでいると思いますか? A9 植物の発生進化を研究する上で、植物の系統(進化の道筋)が解けていないと、発生進化研究はでき ないので、この 10 年で解けていてほしいと思います。モデリングや新しい実験系の開発で、もっと実 験的に進化を説明したり、進化を再現したりできるようになると思います。 Q10 未来の進化学者に一言。 A10 他の人がしないようなことに挑戦してみましょう。 研究者紹介 名前: 原恵子 所属:金沢大学 男女共同参画キャリアデザインラボラトリー 博士研究員 最終学歴(学位種別、専攻、年) : 博士(理学) 、総合研究大学院大学分子生物機構論専攻、2003 年 職歴(略歴) : 2003 年 山口県立萩高等学校 常勤講師 2004 年 広島大学大学院理学研究科日本学術振興会 特別研究員( PD ) 2007 年 オーストラリア Monash 大学 Research Fellow 2009 年 科学技術振興機構 ERATO 長谷部分化全能性プロジェクト 技術参事 2011 年 広島大学大学院理学研究科 特任助教 2013 年 東京大学大学院理学系研究科 助教 2015 年 金沢大学男女共同参画キャリアデザインラボラトリー博士研究員 次は、奥山さんのお答えです。 進化学者になったきっかけを教えてください。 A1 生物学を学ぶ以上、進化学は避けて通れないので気がついたらなっていた、というのが正直なところ です。ただ、小学生の頃から恐竜の本(小畠郁生編 実業之日本社)を穴が開くほど愛読しており、太 古の生き物の姿を美しいストーリーとともに復元できる進化の研究にはずっと強い憧れを持っていまし た。ただ、進化の研究とは、化石を研究することだと思っていたので、まさか自分が、今生きている、 しかも「わき役」の植物を研究することになるとは想像もしていませんでした。 進化学者になってよかった、と思った瞬間はいつですか? A2 いつの瞬間からかは分かりませんが、 「進化学の眼」で生き物を見ることで、その現在の姿や生き様に 至ったストーリーを想像して無限に楽しめることが分かってからでしょうか。 10 の質問 Q2 進化学者に聞く! 学生からの Q1 6 日本進化学会ニュース Q3 小さい頃の夢を教えてください。 A3 生き物全般が好きで、特に昆虫が好きだったので昆虫学者になりたいと思っていました。半分は夢が 叶っていると言えますね。 November 2015 Q4 研究者になるのを諦めかけたこと、ありますか? もしあればどうやって克服を? A4 学生時代、母ががんになった時に、経済的にも不安な状況になりましたし、自分の研究が母の治療に 何にも役立たないことに強い無力感も感じ、一時的に自分の研究のモチベーションが大きく下がりまし た。ただ、何より自分はやっぱり生き物が好きだと言うことを再認識して、また自分の研究を面白いと 言ってくれる恩師や周囲の方の励ましもあり、開き直ることができました。 Q5 進化学者になるのに必要な素質・スキルって何でしょう? A5 それが素質やスキルかどうかは分かりませんが、僕は生き物への愛というか強い関心に突き動かされ た研究や研究者に魅力を感じます。 Q6 学部生・院生当時の一番の思い出は? A6 京都大学野生生物研究会というサークルで自分と同じく生き物が好きな仲間とめぐりあい、互いに競 うようにフィールドでの経験や生き物の知識を磨いていけたことです。またこの時様々なフィールドを 積極的に旅して、自分の世界を大きく広げることができました。 Q7 現在の研究内容について教えてください。 A7 植物が特定の昆虫をパートナーとして花粉を運んでもらい、繁殖を達成する仕組み(送粉共生)が、植 物の多様化にどのように影響したかを研究しています。特に日本で著しい多様化を遂げたいくつかの 植物のグループ(チャルメルソウ、カンアオイなど)で、どのような適応進化のプロセスが花粉を運ぶ パートナーを変化させ、その結果植物の種分化に寄与したかを生化学と遺伝学の両方のアプローチを 組み合わせて調べています。 Q8 今後の研究展開や抱負を聞かせてください。 A8 特別な花の香りが特定のパートナーを誘引する関係に着目し、それぞれの香り物質の生合成を司る遺 伝子を網羅的に同定、その進化を解析するプロジェクトをはじめています。これによって、 「共生」と いう直接化石には決して残らない、しかし適応進化において決定的に重要な生命現象がどのように多 様に進化してきたかを解き明かしたいと考えています。 10 年後、進化学はどこまで進んでいると思いますか? A9 10 年後を考えるのに今から 10 年前のことを考えて想像してみると、遺伝子解析を含め技術にはまだま A10 生き物を愛し、個々の生き物の名前を憶え、フィールドで見つけ、また生き物の多様な生活史に目を 10 だとんでもない進歩があることでしょう。一方で、進化を理解するためには必須の、生き物の基本的 な自然史に関する知識は、調べるのに時間もかかり、相変わらずボトルネックとなることでしょう。さ らに、身近な自然が、そして生き物がこの 10 年間で、そして今もどんどん失われていっており、これ らについての自然史知識が永久に失われてしまうかもしれないことを強く憂慮しています。 向けて下さい。ダーウィンの時代から、この進化学の基本は何も変わっていないと思います。 の質問 Q10 未来の進化学者に一言。 進化学者に聞く! 学生からの Q9 7 日本進化学会ニュース 研究者紹介 名前:奥山雄大 所属:国立科学博物館植物研究部多様性解析・保全グループ、筑波実験植物園 研究員 (兼任) November 2015 最終学歴(学位種別、専攻、年) :京都大学博士(人間・環境学) 、2008 年 職歴(略歴) : 2008 ∼ 2009 財団法人岩手生物工学研究センター研究員 2009 ∼現在 現職 日本進化学会 第 17 回 東京大会 レポート 大会全体についての報告 西田治文(大会会長、中央大学・理工学部) 日本進化学会第 17 回東京大会は、2015 年 8 月 20 日(木)から 23 日(日)までの 4 日間、東京都文京区春日 の中央大学後楽園キャンパス理工学部で開催され、盛会のうちに終了いたしました。中央大学理工学部での 開催は、2002 年の第 4 回大会(石川統大会会長)以来 13 年ぶりのことです。13 年前も大変暑かったのです が、大学の設備も改善され、幸い空調などの設備面では大きな混乱やお叱りは無かったように思います。前 回と大きく異なったのは、各教室にプロジェクタが設置され、ネット接続が可能になったことでした。報告者 は会期中ほとんど会場運営にかかりきりでしたから、企画の内容や評判については別の方にゆだねるとして、 ここでは今後の参考となるような点を記述いたします。また、本学会の成長期に開催された 13 年前の大会と 比較することで、学会の歴史も少し振り返ってみます。 中央大理工学部には、大会会長の西田以外に会員がいないため、大会実施にあたっては東京周辺大学の会 員による実行委員会を組織し、実行委員長を遠藤一佳氏(東京大学)にお願いしました。遠藤委員長も私も、 化石と関わりのある研究をしていますので、本大会はあえて進化学の多様性に回帰し、古生物学や生態学な ど統合生物学分野にも視野を広げた企画を心がけました。一方で、大会のテーマ「 New technology が拓く進 じぬよう、新しさを演出したいということを強く意識しました。 実行委員会は、中央大理工学部で計 8 回開催しました。夜 7 時開始が普通であったので、深夜帰宅となっ た委員も多かったと思います。実行委員長をはじめとする委員の皆さんの熱意には、頭が下がりました。大 会ではこれほどのやりとりはありませんでした。徹底議論を好むのは、進化学会員の特徴かもしれないと、 かねがね思っていましたが、今回はそれをあらためて確認することになりました。おかげさまで、本大会はそ の意欲が様々なところに顕れました。国際プレナリーシンポジウムを筆頭にシンポジウム、ワークショップ、 夏の学校、市民向け公開講演会など学会定番の企画は、それぞれ十分な数と聴衆を集めました。開催場所の 地の利も大きな要素であるといえますが、招待講演者 64 名、高校生ポスター 140 名という数は、関係委員の 努力の賜でもあります。市民公開講座と連動するようにして企画した企画展示「マクロ先端的博物学の世界 と創生」は、文化系の資料も含めた立派なミニ博物館ができあがり、学内事務職員の興味さえ惹いて、4 日間 でのべ 872 名を超える見学者を数えました。共催の東京大学総合研究博物館には、費用の分担も含め大変お 世話になりました。展示準備と当日の案内要員を務められた、東大の学生さんにも感謝いたします。 正確ではないかもしれませんが、おそらく本大会で初めて行ったこととして、大会記念 T シャツの作製販 17 回 東京大会 レポート 大会全体についての報告 会ポスターや要旨集のデザインは、実行委員間の熱いやりとりの成果で、私の経験した複数の学会実行委員 日本進化学会 第 化学の新地平」は、新時代の技術が進化学にもたらす革新性を強調するもので、大会自体もこのテーマに恥 8 日本進化学会ニュース 売と、コンファレンスバッグの作製とがあります。デザインは研究室の 4 年生、今川美咲さんの力作でした。 海外の学会では、大会を盛り上げるための大会グッズはよく見かけます。会計に苦労する国内学会ではなか なか実現できないのですが、今回は国際シンポジウムの盛上げを意図して、作成することにしました。会場 スタッフの目印も兼ねた T シャツは原価を数十円下回る 1,500 円で販売し、147 枚の売上げがありました。海 November 2015 外ゲストにも差し上げ、好評でした。60 枚ほどの残りは、学会に寄託いたします。コンファレンスバッグは、 大会参加者を 500 名と見積もり、同数枚作成しましたが、当日参加者が予想以上となり、不足する事態とな りました。 大会初日夕刻にはポスター会場の廊下に軽食を出してミキサーを開きました。ふつうミキサーは適当に人が 流れてゆくのですが、皆さんポスター前での議論にも熱心で、時間を超過して居残る方もおられました。食 品を教室に持ち込むことは遠慮願ったので、飲食物テーブルを置いた廊下が窮屈になったことは申し訳ない ことでした。学会大会で欠かせない懇親会は、生協食堂で行いました。300 名ぐらいが接待できる上限で、 ゆったりと楽しむには 250 名程度が理想的でしたから、参加者数の確定には気を遣います。学生参加費を抑 えるということもあって、一般会員の参加費はいつも通り少し高めに設定しました。結果としてはスタッフも 入れて 220 名ぐらいになりました。当初音響設備がうまく機能せず、長谷部会長挨拶などが聞き取りにくく なったことは残念でした。しかし、最近どこの学会でも感ずることですが、人の話を清聴するという良識が失 われつつあるのは、還暦を過ぎた者の繰り言なのでしょうか。 従来に比べ少し低調であったのは企業展示で、これは業界の経済事情も映してのこととは思いますが、次 回以降は再度盛上げてゆきたいものです。要旨集では企業展示の場所や時間の記載が不十分でした。関係各 社にはお詫び申し上げます。 会場運営には学生アルバイトが不可欠です。私の研究室は、院生学部生合わせても 12 名です。最近は 8 月 になっても就職活動が続くため、学生の時間さえなかなか自由にはなりません。本学生命科学科の全学年か ら有志を募集して加え、総勢 26 名を集め、加えて学科職員 1 名のボランティア応援もありました。大会準備 のパネル運びなどに始まり、後片付けまで含めたアルバイトの実働時間は、のべ 1,028 時間に達しました。こ れらの学生を統率し、会場関係と会計を取り仕切ってくれたのは、フランス人助教のルグランジュリアン博 士でした。日本語能力の高さには、あらためて脱帽しました。 最後に学会設立 5 年後の 2002 年大会との比較です。学会の成長期で、会員数が 700 名を超えた頃ですが、 学会の財政はまだぜい弱でした。このため大会会計の収入 383 万円には、学会からは第 3 回大会の繰越金 49 万円ほどと、第 4 回大会への貸付金 50 万円が含まれています。このことからわかるように、当時の大会では なっていました。第 4 回大会のアルバイトはやはり中央大の学生を使いましたが、すべて無給で働いてもらい ました。このアルバイト費用で浮いた残金 31 万円ほどを学会からの貸付金全額と合わせて学会に返金してい ます。本大会でも学生諸君には、無給覚悟で働いてもらいましたが、幸い十分な手当てができたことは、学 がありませんでしたから、その分ポスター数は、昔の方が上回っています。その他の企画が充実してきたこと は、表からも明らかです。高校生参加者も驚くほどの数となり、引率の先生方にも旅費の補助ができました。 高校生諸君が、いずれ学会を支える存在に成長してくれることを祈ります。 さまざまな試みを実現し、充実した大会を運営できたのは、学会からの開催補助金が今年度から倍増の 100 万円となったことと、加えて公益信託進化学振興木村資生基金助成事業による国際シンポジウム企画へ の補助金 100 万円、中央大学による会場設備の無償提供と 15 万円の補助金が得られたためです。関係各位に 心より御礼申し上げます。また、HP のサーバー提供は、ほぼ慣例のように田村浩一郎委員にすがっておりま す。誠にお疲れ様でした。 17 回 東京大会 レポート 大会全体についての報告 会の成長を物語るものです。シンポジウム、ワークショップの数はそう変わりません。かつては一般口頭発表 日本進化学会 第 学会からの補助金は大会の立ち上げ準備として使い、終了後はできるだけ学会に戻すということが慣例と 9 日本進化学会ニュース ●大会準備委員会委員と担当 遠藤一佳(東京大学) 大会準備委員 入江直樹(東京大学) プログラム、広報 遠藤秀紀(東京大学) 展示、公開講演会 加藤俊英(東京大学) 高校生ポスター、アウトリーチ企画 河村正二(東京大学) 要旨集 小林一三(東京大学) 寄付金、ランチョンセミナー 斎藤成也(国立遺伝学研究所) プログラム 佐々木猛智(東京大学) ポスター、ミキサー 田村浩一郎(首都大学東京) 大会 HP 責任者、進化学夏の学校 塚谷裕一(東京大学) 広報 土松隆志(東京大学) プログラム 矢後勝也(東京大学) 展示、公開講演会 ルグランジュリアン(中央大学) 会計、会場 朝川毅守(千葉大学) 大会 HP 管理者 November 2015 大会準備委員長 プログラム概要 ●国際プレナリーシンポジウム 徐 星( Xu Xing ) The Origin and Early Evolution of Feathers: Insights from Recent Paleontological and Neontological Data 李 文雄( Li Wen-Hsiung ) The Genetic Basis of Feather Diversity in Birds 工藤 洋 分子フェノロジー:植物における遺伝子発現の季節変化 ●ワークショップ W-02 大規模配列解析が明らかにするウイルスと進化 W-03 日本の考古遺物を中心とした文化進化的考察 W-04 嗅覚の多様性と進化∼哺乳類から植物まで∼ W-05 核酸の制御系の進化と合成の分子生物学 W-06 環境 DNA:NGS がもたらす生態情報を進化学にどう活かすか W-07 性行動・社会行動の神経・内分泌・分子基盤からその進化機構を考える W-08 珪藻の進化・繁栄の を握る未知の藻類:パルマ藻の生物学 W-09 International activities and collaborations on the evolutionary researches W-10 国立自然史博物館の設立を推進する W-11 恐竜類における形態と機能の進化 W-12 ゲノム情報から野生植物の適応現象に迫る W-13 Endosymbiosis and Organellogenesis W-14 構成生物学的進化実験 W-15 「飼う!」進化学 W-16 共生−進化−発生 W-17 蛋白質合成系の進化 W-18 南極の陸上生物圏の適応進化 W-19 「 NHK スペシャル:生命大躍進」を制作しました 17 回 東京大会 レポート 大会全体についての報告 Evolution of Modern Humans after Out of Africa 日本進化学会 第 W-01 10 日本進化学会ニュース ● シンポジウム S-01 Sensory genetics, ecology and evolution of primates S-02 転写制御と遺伝的変異の発生と進化−ゲノム情報、ゲノム編集、エンハンサー解析− S-03 Genome duplication: integrating comparative genomics, population genetics, and experimentally November 2015 synthesised polyploids S-04 進化研究の最先端:病原体を対象として S-05 博物館が拓く進化史学の現在 S-06 複合適応形質進化の遺伝子基盤解明 S-07 進化生態学を『上の階層』から捉えなおす S-08 DNA 損傷・突然変異・がん:生死の学としての進化学 ●一般演題 口頭発表 42 件 ポスター発表 89 件 ●高校生ポスター発表 22 校、140 名(引率者含む) ●進化学夏の学校 次世代データの系統解析 New Technology ●市民向け公開イベント(共催:東京大学総合研究博物館) 企画展示・マクロ先端的博物学の世界と創生 Hands On 6:博物学にふれあうハンズオン・ギャラリー @ 進化学会 ●市民公開講座 恐竜、昆虫、サル、コケ… 進化に挑戦する学者たち 表 第 4 回大会( 2002 年)と第 17 回大会との比較 項 目 一般 学会会員数 学生 合計 事前登録 当日参加 招待 高校生ポスター 合計 会 計 収 入 国際プレナリーシンポジウム数 シンポジウム数 ワークショップ数 ランチョンセミナー 一般口頭発表件数 内 容 ポスター発表件数 夏の学校講演者数 市民公開講演会講演者数 アウトリーチ企画講演者数 ハンズオン企画 企業展示 * 実行委員会承認前の暫定額、** 5 件は講座形式 – – 622 383 万円 301 万円 0 8 ** 23 1 0 118 – 4 – – 12 17 回 東京大会 レポート 大会全体についての報告 支 出 622 2015 994 202 1196 324 129 64 140 657 * 580 万円 * 579 万円 3 8 19 1 42 89 4 4 3 モバイル展 5 日本進化学会 第 大会参加者 2002 568 170 738 11 日本進化学会ニュース 大会シンポジウムレポート (*本記事は編集委員がピックアップした大会シンポジウムについて、企画者や参加者有志にその様子を報告 していただくものです。詳細については企画者にお問い合わせください。 ) November 2015 S-02:転写制御と遺伝的変異の発生と進化 サー解析− −ゲノム情報、ゲノム編集、エンハン 著者(企画者) :鈴木誉保(農業生物資源研究所) ・越川滋行(京都大学) 進化生物学の研究が新たな局面を迎えている。次世代シークエンサーの登場やゲノム編集技術の進展は、 個体レベルの全ゲノム塩基配列解読を可能にし、あるいは、シス調節制御の進化などへのアプローチを可能 にしつつある。本シンポジウムでは、ゲノム情報、ゲノム編集、それらを利用した遺伝子制御機構の研究に 取り組んでいる若手の研究者に話題を提供していただいた。 最初に、鈴木誉保より企画趣旨の説明が行われた。そこで、 「原因遺伝子の探索から原因遺伝子制御の探 索」へと研究の主眼がシフトしていくのではないかという提案がなされた。また原因遺伝子制御の探索が進む ことにより、コオプション、ヘテロクロニー、ヘテロトピー、新規形質の獲得などの進化生物学にまつわる概 念の遺伝的基盤を探る研究が進み、新たなシス調節制御の獲得がその背景にあるだろうと提案された。 次に、土松隆志氏は「ゲノムワイド関連解析から探る量的形質の進化:シロイヌナズナを例に」という演題 で講演された。体サイズ、色彩、開花時期など、生物の示す形質多型の多くは量的である。自然集団におけ る量的多型の遺伝的基盤を解明することは進化生物学の重要課題のひとつだが、原因遺伝子の特定に至った 例は依然として限られている。近年、ゲノムワイドな多型情報が容易に得られるようになったことで、以前は ヒトの疾患研究で利用されるのみだったゲノムワイド関連解析( GWAS )が、様々な生物に適用され始めてい る。GWAS は表現型と遺伝子型の相関関係をゲノムワイドに探索することで原因遺伝子を特定するマッピン グ法である。そこで、本講演では GWAS の原理、長所や短所に触れた上で、モデル植物シロイヌナズナにお いて花形質の GWAS を行い、自然多型の遺伝子同定に至った研究例を紹介された。多型情報を用いた自然選 択の検出と GWAS を組み合わせて花形質の進化史を解き明かす試みにも触れ、量的形質の進化の解明にゲノ ム多型情報の利用がもたらす可能性について議論された。 次に、中村遼平氏は、 「発生関連遺伝子の DNA 低メチル化領域によるエピジェネティックな転写制御機 構」という演題で講演された。DNA のメチル化は生物のゲノムにおける基本的な修飾のひとつであり、一般 的には転写に対して抑制的に働くと考えられてきた。しかし、DNA メチル化が転写を促進する例も報告され ており、種間でもメチル化パターンは大きく異なることから、その機能の体系的な理解には未だ至っていな い。中村氏らは、メダカの未分化細胞(胞胚期)および成魚の組織において DNA メチル化およびヒストン修 飾をゲノムワイドに解析した結果、DNA 低メチル化領域のサイズと転写抑制の強さが相関することが明らか にされた。特に、発生に重要な転写因子をコードする遺伝子は未分化細胞の時点で巨大な DNA 低メチル化 領域によって標識され発現が強力に抑制されており、分化後に低メチル化領域のサイズが縮小することで発 現が長期的に維持されることを示唆された。さらに、メダカとヒトの未分化細胞の比較によって低メチル化 領域のサイズが種間で保存されていることが明らかにされた。以上の結果はクロマチン修飾領域のサイズが ゲノムについても紹介していただき、転写制御機構の進化についても考察を加えられた。 次に、坪田拓也氏は、 「 PITCh(ピッチ)法:ゲノム編集を利用した簡便かつ効率的な新規ノックイン技 術」という演題で講演された。TALEN や CRISPR といったゲノム編集技術は、遺伝子を自在に編集し改変 できる画期的なツールであり、近年大きな注目を浴びている。ゲノム編集技術を用いることにより、様々な 生物で標的遺伝子の破壊を効率よく行うことが可能になってきている。その一方で、外来遺伝子をゲノムの 狙った位置に導入する「ノックイン」については、多くの生物においていまだ困難である。坪田氏らは、マイ 大会シンポジウムレポート 転写制御に寄与することを示唆していた。さらに、本講演では、昆虫など脊椎動物以外の生物におけるエピ 12 日本進化学会ニュース クロホモロジー媒介末端結合を利用した新規ノックイン技術である PITCh( Precise Integration into Target Chromosome )法を開発された。従来チョウ目昆虫カイコではノックインを起こすことはきわめて困難であっ たが、TALEN をベースとした PITCh 法を利用することで、皮膚の尿酸顆粒蓄積等に関わる BLOS2 遺伝子座 にドナーベクターを正確かつ高効率で導入することに成功された。また、カエルやヒト培養細胞でも PITCh November 2015 法を用いることで効率よくノックインを起こすことに成功し、本手法は様々な生物においてノックインを行う ための基盤ツールとして利用可能であることを示唆された。加えて、本講演では様々な生物におけるゲノム 編集研究の現状を合わせて紹介していただき、本技術の進化研究への応用の可能性についても議論された。 次に、鈴木誉保は、 「カイコ幼虫での黒色形成遺伝子 yellow にみられるシス調節制御のモジュール性」と いう演題で講演した。蛾や蝶はさまざまな体色や模様を呈している。この多様な色彩はどのような発生メカ ニズムによりもたされているのだろうか? 最近、ハエ(双翅目)を利用した研究において、体の黒色形成に かかわる yellow 遺伝子のシス調節制御がモジュール性をもつことにより、種ごとに異なる体色をもつことが 可能になっていることがわかってきた。しかし、yellow 遺伝子のシス調節制御のモジュール性はハエでしか 見つかっておらず、他の昆虫にも共通する設計方式なのか、特に多様な模様をみせる鱗翅目昆虫でも利用さ れているのか明らかではない。鈴木らは、カイコを用いて yellow 遺伝子のシス調節制御にモジュール性がみ られるかどうかを検証した。yellow 遺伝子の 5 領域およびイントロン領域の併せて長いゲノム領域を探索し たところ、遺伝子発現をしめす 3 つの領域の単離に成功した。それぞれの領域は、幼虫期における刺毛部位、 胸脚部位、トラキア部位の異なる組織で遺伝子発現誘導をしていた。このことから、カイコ幼虫の様々な部 位での黒色形成にはシス調節制御のモジュール性が関与していることが示唆された。最後に、蛾や蝶の多様 な模様はパターンと色をどのように制御することで生み出されているのかについても議論した。 次に、越川滋行は、 「模様の進化を引き起こした遺伝的変化」という演題で講演した。越川は、翅に水玉模 様をもつミズタマショウジョウバエ Drosophila guttiferaを用いて、模様形成のメカニズムと、模様の進化を可 能にした遺伝的変化について研究してきた。メラニン合成に関係する yellow 遺伝子の cis 制御領域の解析か ら、水玉状の発現を駆動するエンハンサーを同定した。このエンハンサーに情報入力している因子を探索し、 wingless 遺伝子が模様形成を誘導している上流の因子であると結論した。次に、wingless 遺伝子が新しい発 現パターンを獲得した原因は cis 制御因子の変化であるとの仮説をたて、キイロショウジョウバエとミズタマ ショウジョウバエの wingless 近傍の領域にあるエンハンサーをトランスジェニックレポーターアッセイにより 探索した。ミズタマショウジョウバエに特有のエンハンサーが 3 つ見つかり、これらが wingless の発現パター ンの進化に寄与していることを明らかにした。 最後に、総合討論では短い時間であるにも関わらず、多くの質問がなされた。特に、フロアからシス調節 制御領域をゲノムの非コーディング領域から探索する方法はどうすべきかという質問に関しては演者の方々 も複数参加されてよい議論ができた。 このように本シンポジウムでは、次世代シークエンサーやゲノム編集技術といった最近の技術進展を紹介 しつつ、これらの技術を有効に利用しながら、さらにこれらの技術を用いることで今後どのような進化生物 学の研究が可能になるかについて議論した。今後数年間は、ゲノム情報とゲノム編集の時代となることはま ぎれもない。一方で、進化生物学の問いこそが重要になる時代ともなるであろう。非モデル生物を対象とす る研究者にとって未曾有の時代に突入するものと思われる。新しい技術を追うばかりではいけない。しかし、 るようになるのか。そのためにはどの程度の予算・時間・労力が必要なのかの距離感を虎視眈々とはかりな がら研究を推進するべきなのではないだろうか。 S-05:博物館が拓く進化史学の現在 著者(参加者) :長太伸章(国立科学博物館) 博物館が所蔵する標本は膨大であり、その中には貴重な標本も数多く存在する。そして標本の比較から始 大会シンポジウムレポート 新しい技術を知らないままでもいけない。それらの技術を使ってこれまで取り組めなかったどんな問題が解け 13 日本進化学会ニュース まる博物学は自然誌や進化史研究へと広がってきている。本シンポジウムは進化学の基礎ともいうべき、博 物館に収蔵されている標本を活用した進化学研究の現状と展開について多面的な講演で構成されていた。 まず国立科学博物館・筑波大の甲能直樹氏が「 100 年のコレクションが語るデスモスチルス(アフリカ獣類) の歯の形の意味」のタイトルで講演された。複数の円柱が 6 個前後束ねられたような特徴的な歯をもつデスモ November 2015 スチルスは第三紀に生息していた大型絶滅哺乳類で、日本での化石産出例が多い。しかし、復元された骨格 からは生息環境や何を食べていたのかなど生態が不明であった。そしてこの を博物館収蔵の化石を用いて 形態学や機能形態学からはじまり、さらに同位体比や CT、切片などを用いた多角的な解析によって解明した 結果を経過とともに説明された。そして水に浸かりながら底生無脊椎動物を採 していたと結論し、そして 生態の復元からは当時の日本列島が、浅海が広がり相当なバイオマスの底生無脊椎生物が生息していた環境 であることが考えられた。単純には生態や何を食べていたのかを想像できない独特な形態であったが、多角 的かつ重厚なデータによる研究で非常に説得力のある講演だった。 次に東京大学総合研究博物館の佐々木猛智氏が「進化史学における博物館の役割:標本に基づく研究の新 しい展開」のタイトルで講演された。貝での研究例を中心に形態比較や分子系統解析を用いた化石と現生の 統合や、その中で使われた様々な解析手法についても紹介された。その中で、特に蛍光 X 線分析やマイクロ CT スキャナによる非破壊での内部構造の解析の紹介では、解剖を伴わなくても軟体部を含む詳細な解析が 可能であることやわずか 0.2 mm のアオガイの幼生の貝殻の内部構造を見ることができることなどは非常に衝 撃的だった。さらに CT データを活用した三次元座標に基づく形態解析や 3D プリンタによるアウトプットな ども可能になるなど、様々な分類群で非常に将来性が高いと感じた。特に 3D データベースの整備と 3D プリ ンタの普及は研究だけでなく教育現場においても進化や生物多様性を学ぶ上で有用性が高いと感じた。また、 最後に稀に一般からおこる標本不要論に対して、進化だけでなく様々な研究の基礎となる証拠標本の重要性 や有用性を強調されていたが、近年ではこれに通ずる盲目的な採集禁止などの規制もあり、標本が有用であ ることを一般社会に理解してもらう重要性を感じた。 3 番目に国立科学博物館の篠原現人氏が「魚類標本は語り、そして異分野をつなぐ」のタイトルで講演され た。この中で日本最大の収蔵量である国立科学博物館の現状について紹介され、また分類が比較的進んでい る魚類においてもまだまだ多様性やそのメカニズムは明らかになっていないことを示された。その後、生物の 形態などを素材や工業製品に応用する生物規範工学(バイオミメティクス)についてすでに実用化されている 事例とともに紹介された。バイオミメティクスは近年、工学の分野で特に抵抗の軽減などで注目されている。 魚類においても水流抵抗を減らす技術としてサメの皮の構造を模倣した水着や、ハコフグの骨格をもとに剛 性を高めたフレームなどの例が説明された。現在は工学系の研究者と共同研究が進んでいるそうだが、これ らの構造は電子顕微鏡レベルのものも多く、そもそも生態的にどのような機能を持っているかをまず理解しな ければならないため、今後もこの分野において生物学者の重要性が高まっていくのではないかと考えられた。 最後に復旦大学の長谷川政美氏が「博物館試料と古代 DNA 解析」のタイトルで講演された。まずネアンデ ルタールや 70 万年前のウマなど近年の古代 DNA 研究のレビューをされ、DNA だけでなくアミノ酸の解析な どから博物館標本の活用の可能性について指摘された。ヒトのようなモデル生物以外にも古代 DNA 解析が広 がっている点や、解析できる年代が古くなっていることは、化石からの古代 DNA 解析が今後ますます重要に なっていくことが予想される。その後、走鳥類の巨大化石種で、17 世紀頃に絶滅した象鳥エピオルニスを対 使するが、ほとんどが付着生物などのコンタミで目的の配列は 1%に満たず、これを集めて解析する話は非常 にインパクトがあった。他の研究者との競合という難問もあったが、これまで古代 DNA の主力であったミト コンドリア以外にも核 DNA の解析も可能になりつつあるとのことで、この点も古代 DNA 解析の重要性が今 後より増す要因になると思えた。 質疑では標本を破壊することの是非や許可の基準についてや、DNA だけではなく RNA などの保存も視野 にいれた方法の必要性などが挙げられていたが、これらは博物館の標本をより有効に使う上で重要な課題で 大会シンポジウムレポート 象とした化石からの DNA 解析について、最新の結果を説明された。古代 DNA では次世代シーケンサーを駆 14 日本進化学会ニュース あろう。特に DNA 解析などの標本の組織を消費してしまう研究に対しては標本が有限であることを考える と、どのような基準で許可を与えるかという問題がある。また、博物館だけでなく個々の研究者が所有して いる標本は膨大であり、仮にそれらの標本を利用したいと思っても現在ではどこにどれくらいあるのか把握で きないという問題があると思われる。今後は ABS の問題などもあり、ますます標本を用いた研究の重要性が November 2015 ますと考えられるが、これらの問題に対して博物館間だけでなく大学などを含めた日本全体で、統一基準や データベースなどの整備について議論するべき時が来ているように感じた。 このシンポジウムを通して標本をしっかり解析することで相当な情報が得られること、その標本の集積地と して博物館が大きな役割を持ち、かつ利用されていない情報が眠る宝の山であることが示されたと思う。ま た、マイクロ CT スキャナや次世代シーケンサーなど最新の技術が様々な講演に出てきたが、これらを積極的 に用いることで従来は難しかった非破壊の内部調査や DNA 解析が可能になり、標本を用いた研究が進化に 対してまだまだ非常に大きなポテンシャルを持っていることが明確になり、非常に有意義なシンポジウムで あった。 S-07:進化生態学を『上の階層』から捉えなおす 著者(企画者) :笠田 実(東大) 現生の生物の個体レベルの適応を調べることから出発した進化生態学は、現代に至るまで、内容・ツール 共に多岐に渡るトピックを含むように発展してきた。最先端のトピックでは特に、現在見られる個体レベルの 適応だけでなく、より時間的・空間的・生物学的に「上の階層」である、マクロ進化、メタ群集や生態系を含 んだ視点の重要性が増しつつあるように感じられる。本シンポジウムは、この「上の階層」というキーワード をもとに、進化生態学のフロンティアについて見つめなおすことを目指した。 「上の階層」を取り入れた進化 生態学はこれまでの進化生態学のパラダイムに何をもたらすだろうか。 沓掛展之氏(総研大)は、 「多様性のパターンから進化プロセスを探る系統種間比較」と題して、種間の 系統関係を考慮した上で、形質の進化プロセスを探る系統種間比較( phylogenetic comparative method: PCM )というアプローチを紹介した( Kutsukake & Innan 2013 など) 。系統種間比較により、過去の進化を その速度まで含めて推定可能になり、漸進的・断続的な進化プロセスの比較や、過去の選択の有無を調べる ことが可能になった。このような「進化の緩急のパターン」をみることができるようになったのは比較的最近 であり、今後の発展が楽しみである。 和希氏(琉球大)は、 「血縁選択と群集および種多様性」と題して発表を行った。 氏は、アリなどの真 社会性昆虫において、血縁選択が働くことで同種の他コロニー個体や利己的な個体を排除する行動が進化 する結果、種内競争が強まり、種間競争が弱まることで、種多様性が上昇するという仮説を提唱した( Tsuji 。これは、集団内で働く進化プロセスが、集団より上の生物学的階層(群集)に影響を与えうることを 2013 ) 示唆している。また、逆に、強い種間競争が、利己的な形質の進化の制限になっている可能性も考えられ、 だとすれば、これは進化生態学の新しい潮流となるだろう。 深野祐也氏(東京農工大)は、 「外来種の進化に注目して、生態学的なプロセスとマクロ進化のパターンを つなぐ」と題して、外来生物に注目することで、現在起こっている進化を野外で直接検証するというアプロー 。原産地の北米ではブタクサしか食べないブタクサハムシは、 チを紹介した( Fukano & Yahara 2012 など) サが、植食者がいない環境で防御を弱めるように進化し、後に侵入したブタクサハムシに食べられるように なったということを示した。また、日本でオオブタクサを食べるようになったブタクサハムシは原産地のオオ ブタクサを食べられるように進化しており、外来種が新たな生物間相互作用を構築する過程で、複雑な共進 化を っていることが明らかになった。 岸田治氏(北大)は、 「表現型可塑性の生態系機能∼エゾサンショウウオ幼生の大顎化の意味を探る∼」と いうタイトルで、サンショウウオ幼生の大顎化が池の生物群集の動態に強く影響するという研究を紹介した 大会シンポジウムレポート 侵入先の日本ではブタクサ・オオブタクサの両方を食べている。深野氏は、先に日本に侵入したオオブタク 15 日本進化学会ニュース ( Takatsu & Kishida 2015 など) 。サンショウウオ幼生は、周囲の環境に応じて表現型を変化させる、表現型 可塑性を示す。具体的には、天敵が少なく、サンショウウオ幼生同士で共食いが起きやすい環境において、 大顎化して積極的に共食いする個体が現れ、生物間相互作用を変化させ、サンショウウオ自身や となるオ タマジャクシの個体数、水生昆虫群集の組成などに影響を与える。このように、進化だけでなく表現型可塑 November 2015 性もまた、形質の変化を通じて生物群集の組成や栄養動態などといった多様な事象に強く関与する。 佐藤拓哉氏(神戸大)は、 「寄生者−宿主関係の多様性からせまる群集動態の一般理解」と題して、ハリガ ネムシ類(類線形虫類)に寄生・行動操作されたカマドウマ・キリギリス類が、山地の河川に大量に飛び込 み、河川の高次捕食者であるサケ科魚類の 資源となっていることを示す研究を紹介した( Sato et al. 2012 など) 。ハリガネムシ類の優占種の地理的な違いが、河川へのエネルギー資源流入の季節的な違いを生む。そ して、その地理的な行動形質の違いが、魚類を始めとする生物群集の動態や構成にまで影響している可能性 が示唆された。 東樹宏和氏(京大)は、 「フロンティアを失った世代の逆襲:微生物の超多様性に生命進化の本質を見いだ す」と題して、多数の微生物と植物が形成する巨大な相互作用ネットワークのミクロ生態系を紹介した( Toju 。我々の知っている目に見えるマクロな生物間相互作用が、生態系の全てではない。ミクロ et al. 2014 など) 生態系の機構の解明はまだ始まったばかりであり、どこまでマクロ生物の知見が通用するかはまだまだ未知 数である。これに取り組むため、ネットワーク理論の手法をもちいて、メタ群集のハブとなる種を見いだすな どのアプローチの紹介がなされた。 進化生態学の発展と成熟に伴い、そのトピックは多岐にわたるようになった。また、さまざまな技術の進歩 に伴い、そのアプローチも複雑化した。これらのトピックは多岐に渡るため、 「ここが現進化生態学のフロン ティアである」と一つに決めることは、現時点で不可能であろう。しかし、様々な進化生態学のトピックがこ のようなシンポジウムの場で交わることは、お互いの研究や、聴く人に、直接的、間接的、そして潜在的に 大きな刺激と影響を与えたのではないだろうか。 山道真人氏(京大)のイントロダクションでは、秋元( 1985 )の「進化生態学の一番おもしろかった時代は 過ぎさろうとしているという思いを強くした。どのような研究の流れでもそうなのだろうが、パラダイムが確 立されるにつれて、学問の流れは自由な speculation が許された雰囲気から精密さを要求されるように変質し てゆくのだろう」という一節が引用された。進化生態学が洗練されることにより、自由な speculation が許さ れた時代は確かに終わったのかもしれない。しかしそれでもなお、今も進化生態学は面白いと胸を張って言 えると、今回のシンポジウムを聴いて私は確信した。 大会シンポジウムレポート 引用文献 ・秋元信一( 1985 )自然選択の仮定に合わないデータを期待.Networks in Evolutionary Biology 1: 6-7. ・Fukano Y, Yahara T (2012) Changes in defense of an alien plant Ambrosia artemisiifolia before and after the invasion of a native specialist enemy Ophraella communa. PLoS ONE 7: e49114. ・Kutsukake N, Innan H (2013) Simulation-based likelihood approach for evolutionar y models of phenotypic traits on phylogeny. Evolution 67: 355-367. ・Sato T, Egusa T, Fukushima K, Oda T, Ohte N, Tokuchi N, Watanabe K, Kanaiwa M, Murakami I, Lafferty KD (2012) Nematomorph parasites indirectly alter the food web and ecosystem function of streams through behavioural manipulation of their cricket hosts. Ecology Letters 15: 786-793. ・Takatsu K, Kishida O (2015) Predator cannibalism can intensify negative impacts on heterospecific prey. Ecology 96: 1887-1898. ・Toju H, Guimarães PR, Olesen JM, Thompson JN (2014) Assembly of complex plant–fungus networks. Nature Communications 5: 5273. ・Tsuji K (2013) Kin selection, species richness and community. Biology Letters 9: 20130491. 16 日本進化学会ニュース 大会ワークショップ・夏の学校レポート (*本記事は編集委員がピックアップした大会ワークショップおよび夏の学校について、企画者や参加者有志 にその様子を報告していただくものです。詳細については企画者にお問い合わせください。 ) November 2015 W-03:日本の考古遺物を中心とした文化進化的考察 著者(企画者) :田村光平( University of Bristol ) 「変化を伴う由 日本進化学会の英語名は、 「 Society of Evolutionary Studies, Japan 」です。このことは、 来」という意味での進化現象が生物に限定されないこと、さらにはこの学会が、生物進化のみならず非生物 進化を扱う研究者のためのものでもあることを含意しているといえるでしょう。 進化生物学の理論や手法を用いて文化現象を解析する文化進化的アプローチは、1980 年代からおもに遺伝 学者と人類学者によって始められ、数理モデルや確率・統計モデルを使った理論研究を中心に成果を上げて きました。しかし、理論が成熟した現在、今後の文化進化研究がめざすべき方向性は、生物進化と文化進化 の単純なアナロジーにとどまらず、積み上げてきた理論を使って周辺諸分野の具体的な問題を解決すること だと私は考えています。 そうした問題意識のもと、今回我々が開催したワークショップでは、日本考古学、とくに弥生時代を対象 とした文化進化研究について報告しました。考古学が扱う物質文化は客観的な測定が可能であり、得られる データ量も時間的・空間的に豊富であるため、数理解析に適しているといえます。また、縄文から弥生への 移行は、水稲耕作の本格的な開始という大きな生業の転換を含んだ日本史上最大級の文化の交替劇であり、 考古学の重要な研究課題です。 講演者と講演タイトルは以下のとおりです。 1. 中尾央(山口大学) 「日本先史時代の文化進化」 2. 田村光平( University of Bristol ) 「考古遺物への幾何学的形態測定学の応用」 3. 野下浩司(東京大学) 「形態測定学の進化生物学における活用:細胞から個体、人工物まで」 4. 松本直子(岡山大学) 「農耕文化拡散過程における人口動態と文化伝播」 これらの発表に加えて、三中信宏氏(農業環境技術研究所)にコメントと総括をお願いしました。 中尾央氏の発表は、現在の文化進化研究の問題点の整理から始まりました。ここで指摘されたのは、理論 絶が大きいこと、の二つです。こうした問題を解決するためのプロジェクトとして、このワークショップの 企画者(中尾氏、三中氏、田村)らが参加している「歴史科学諸分野の連携・総合による文化進化学の構築」 ( http://www.cul-evo.org/ )が紹介されました。 つづいて、このプロジェクトで具体的に取り組んでいる研究課題について紹介して頂きました。遠賀川式 土器とよばれる、弥生文化の拡散の指標となる土器があります。この遠賀川式土器の成立をめぐる仮説は多 数あり、朝鮮の土器の影響を受けて作られたという点は共通していますが、日本のどの地域で成立し、その 後どのように拡散していったのかには諸説あります。中尾氏は、これまでの日本考古学の仮説がどのような 土器の特徴(たとえば縁)や遺跡を根拠にして主張されているのかを整理し、瀬戸内起源説・北九州起源説・ 多元発生説の三つに仮説を要約しました。 大会ワークショップ・夏の学校レポート 研究が先行していて実証研究が少ないことと、認知基盤や社会伝達といった文化進化に関わる各階層間の断 17 日本進化学会ニュース 田村の発表では、中尾氏が紹介した仮説を検証するための楕円フーリエ解析の結果を報告しました。中尾 氏によって要約された考古学の仮説では、さまざまな土器の部分的な特徴をベースにした議論ですが、この 解析では、土器形状全体を解析の対象としている点が異なります。楕円フーリエ解析は輪郭形状の解析手法 で、土器の実測図を画像処理して、2 次元の輪郭だけを抽出します。こうして抽出した輪郭を定量化すること November 2015 で、土器形状間の比較が可能になります。解析の結果、ゆるくではありますが、土器形態が地域的に類似し ている傾向がみられました。また、瀬戸内のバリエーションの中に朝鮮と北九州の土器が少し距離をおいて 存在しており、北九州起源説よりも、多地域起源説か瀬戸内起源説を示唆する結果となりました。 野下浩司氏には、今回の解析の のひとつである幾何学的形態測定学の紹介をして頂きました。 「かたち」 とは何か、といった基礎的な内容からはじまり、標識点ベースと輪郭ベースの幾何学的形態測定学の手法と 応用について解説して頂きました。とくに、人工物への具体的な応用例として、シャンプーボトルの形状解 析とその官能評価の結果が取り上げられ、その適用範囲の幅広さを感じることができました。さらに発展的 な話題として、輪郭ベース形態測定学の 3 次元表面への拡張、混合ガウス分布を用いた輪郭ベース形態測定 学と標識点ベース形態測定学の融合なども紹介して頂きました。 まとめとして最後に語られたメッセージの中で印象的だったのが、 「そもそも何を測ろうとしているのか明 らかにする」というものです。考古遺物の解析では、まだまだ先行研究の蓄積が少なく、参考にすべき前例が ありません。上述した我々のプロジェクトでも、解析のための仮定が考古学的にどんな意味をもつのかにつ いて、数理解析を専門にする研究者と考古学者が議論を重ねています。人工物のデータ解析にあたって、解 決しなければならない課題はまだ沢山あるのですが、解析手法の発展により今後克服されていくことでしょ う。 4 番目の発表者である松本直子氏からは、個体ベースシミュレーションをもちいた文化拡散プロセスの研究 について紹介して頂きました。近似ベイズ計算などを取り込んだシミュレーションを使うことで、当時の個人 の営みを推測しようとする試みは、考古学の分野でも始まっています。遺跡から出土する遺物のほとんどは、 誰が製作者かわかりません。そのため、たとえば遺跡間の文化的差異や文化的交流といったように、集団レ ベルの議論が中心です。しかしながら、そうした集団レベルの文化現象の基礎となっているのは、個体間の 文化伝達です。このような集団レベルの現象の要因を個体レベルに求める姿勢は、集団レベルの変化要因を それに先立つ集団の属性に求めようとする過去の人類学の視点と対比される、文化進化研究の特徴のひとつ でもあります。 人類史上のさまざまな文化の拡散と同様、縄文・弥生の交替劇においても、その主な原動力が朝鮮半島か ら渡来してきた人々の人口の増加なのか、それとも縄文系の人々への文化伝播なのかが議論されます。縄文 系の人骨が弥生文化を伴って出土することや、弥生文化が西日本一帯に広がるのに要した時間が約 500 年と 短期間であることから、文化伝播の存在が示唆されます。松本氏の研究では、このような比較的短期間での 文化の拡散がおこるにはどのような学習バイアスが必要かをシミュレーションによって検証しました。その結 果、ランダムに学習する相手を選ぶ設定では急速な文化の拡散は起こりませんが、優れた文化を持った血縁 うことで、さらに踏み込んだ示唆が得られる例だといえるでしょう。 最後に、三中信宏氏にコメントと総括をお願いしました。三中氏からは、David L. Hull の『 Science as a Process: An Evolutionary Account of the Social and Conceptual Development of Science 』と Michael J. O Brien の『 Archeology as a Process: Processualism and Its Progeny 』という体系学と考古学の本を取り上げ、 その両方に「科学になろうとする」試みが並行してあったことが紹介されました。今後の考古学の発展の道筋 を知るには、もちろん歴史の検証を待たねばなりません。しかしながら、今回紹介したような文化進化研究 が、考古学がより良く過去の人類の営みを復元し理解する助けになることを望んでいます。 文化進化研究には、理論・実証の両面で、まだまだ未解決の問題が沢山あります。今回のワークショップ をきっかけにして、今後、この分野に参入してくれる研究者が増えてくれることを望んでいます。 大会ワークショップ・夏の学校レポート 者から学習するという設定では、現実にあったような急速な文化の拡散がみられました。数理的な手法を使 18 日本進化学会ニュース 最後になりましたが、ワークショップに参加頂いた方々と、大会実行委員会の皆様に心から感謝申し上げ ます。また、三中信宏氏、松本直子氏、中尾央氏、山道真人氏、野下浩司氏には、本稿に貴重なご意見を頂 きました。厚く御礼申し上げます。 November 2015 W-11:恐竜類における形態の機能と進化 著者(企画者) :對比地孝亘(東京大学) ・真鍋 真(国立科学博物館) 恐竜類は、爬虫類の中の主竜類に含まれ、大きな形態学的多様性を誇る化石記録をもつクレードです。 1980 年代以降、鳥類は恐竜類から派生したクレードであるという、今では頑強に支持されている常識となっ た系統関係が構築されました。このことで恐竜類は、鳥類の起源に際する陸上から空への進出という、水中 から陸上への進出と並ぶ脊椎動物の歴史上もっとも大きな生息環境のシフトを経験したクレードということに なり、それに際する形態学的進化を解析する上で不可欠な化石記録を提供することになりました。本ワーク ショップでは、このような鳥類や飛行の起源前後の形態学的移行を含む、恐竜類の進化および機能形態学的 側面に焦点をあてて、4 人の方に発表してもらいました。 進化学会で古生物学のトピックに関するワークショップが行なわれるのはまれなため、まず真鍋真(国立科 学博物館)が、恐竜類を特徴づける共有派生形質や、恐鳥類への進化プロセスにおける形態変化などについ ての研究をレビューしました。例えば鳥類に近縁なエウマニラプトラ類で、皮膜で出来た翼をもつ種がいた ことが 2015 年に初めて報告されたことなど最新の研究についても紹介しました。この発見は樹上生活の小型 獣脚類の中に四翼のものが現れ、鳥類への進化の過程で後肢の翼が縮小していったという仮説を修正するも のではありません。しかし、新しい形態進化が新しい化石の発見によってもたらされる可能性が高いことを 示しています。恐竜は直立型の四肢をもっていたが、この姿勢は他の主竜類よりも走行に適していたととも に、体重支持にも優れていたため、恐竜の大型の要因として挙げられます。久保泰さん(福井県立恐竜博物 館)は、趾行性と非趾行性という足の姿勢と動物の体重との相関関係について発表しました。恐竜が、哺乳 類にみられるほど小さな体サイズに進化しなかった構造的制約として、足の姿勢に注目しています。趾行性 と非趾行性の違いが体サイズの制約要因になっていた可能性を指摘したことは新規的で、恐竜の形態学的研 究にはさまざまなアプローチが可能であることを改めて実感させるものでした。服部創紀さん(東京大学)は、 獣脚類における足部の進化パターン、特に鳥類では他の趾と対向する第一趾の中足骨に注目した研究につい て発表しました。鳥類の空への進出と密接に関連しているのが、その樹上での生活能力です。第一趾の対向 はそれを可能にする形態変化の 1 つであり、特に近年の獣脚類化石記録の充実により、第一趾は小型獣脚類 の樹上適応に関連していた可能性が高いこと、その詳細な進化パターンが明らかになりつつあることが示さ れました。最後に對比地孝亘(東京大学)が、Avimimus という鳥類との収斂形質を多く持つ事で知られる獣 脚類恐竜を取り上げ、近年発見された追加標本にもとづいてそのような収斂とされる形質の再評価について 発表しました。これは 1980 年代に発見されて以来、 が多かった恐竜ですが、近年追加標本が次々と発見さ れ、その全貌があきらかになってきました。その結果、体の各部でみられる骨間の癒合以外は、頭骨や手の 化は、機能的な類似性に起因することが多いと考えられがちですが、Avimimus という鳥類との間にみられる 骨間の癒合については、小さな遺伝的変異で引き起こされた可能性についての議論もなされました。 本ワークショップで発表されたのは、日本でおこなわれている恐竜に関する研究の一部ですが、特にその 進化および機能形態学的側面についてさまざまな研究が可能であるということを紹介することができたと考 えています。恐竜はマクロな形態進化を論じる上での格好の材料にもなりうるということを伝えることができ たとしたら幸いです。 大会ワークショップ・夏の学校レポート 骨格などについてこの恐竜は以前考えられていたほど 鳥類的 ではないことが分かりました。形態の収斂進 19 日本進化学会ニュース W-12:ゲノム情報から野生植物の適応現象に迫る 著者(企画者) :岩崎貴也(京都大) ・伊藤元己(東京大) 生物は野外の様々な環境に適応して生活をしている。野生植物の適応に切り込む研究は、Clausen らのノ コギリソウ類の研究( Clausen et al. 1948 など)のように、共通圃場実験や相互移植実験を核として、植物 November 2015 が表現型レベルでどう適応しているかという実態を調べる研究が主であった。しかし、近年の次世代シーク エンサーの発達によって野生種でもゲノムレベルの解析が可能となり、適応的な表現型を担っている機能遺 伝子の特定もできるようになってきた。また同時に、現在の適応の背景にある種分化や分布変遷の歴史など についても、ゲノムレベルの解析によって高精度な復元が可能となってきている。したがって、表現型レベ ルでどう適応しているかという従来の観点に加えて、過去の適応進化や種分化・分布変遷の歴史の中でどう やって適応してきたのかというメカニズムや歴史についても踏み込むことができる時代となったといえる。本 ワークショップでは、野生植物における適応現象を、ゲノム・遺伝子情報を用いたアプローチにより解析す る研究を紹介し、野生植物のエコゲノム研究の今後の展開についての議論を行った。 まず、奥山雄大さん(国立科学博物館)が、 「植物種分化の となる花の香りの進化遺伝学」と題して発表 した。奥山さんはユニークな花形態をもつチャルメルソウ属植物を材料に、繁殖成功のための適応形質であ ると同時に生殖隔離形質でもある花の香りに着目した種分化研究の例を紹介してくださった。次世代シーク エンサーを活用した RNA-Seq 法や SuperSAGE 法による解析によって、種間の違いに関わる適応遺伝子を特 定し、その遺伝子の違いが実際に花の香りに関わっているか、そしてその違いが野外で実際に適応として働 いているかを調べた一連の研究は重厚なもので、様々な他の生物にも応用できるインパクトの大きいもので あった。また、遺伝解析だけでなく、匂い分析や交配実験、実際の選択圧を調べる野外実験など、様々なア プローチを有機的に組み合わせて研究されている点が印象的であった。 次に、阪口翔太さん(東京大)が、 「キク科植物における土壌エコタイプの形成過程」と題して発表した。阪 口さんが注目した蛇紋岩土壌は、日本列島の各地に局所的に分布し、貧栄養でマグネシウムや重金属を多く 含み、崩壊しやすくて不安定、更に強い乾燥ストレスまであるという厳しい環境である。この特殊な環境へ の適応に対し、阪口さんらは蛇紋岩土壌も含めて様々な環境に広く分布するキク科のアキノキリンソウ複合 種を材料に選んだ。そして、次世代シークエンサーを活用した RAD-Seq 法によってゲノムワイドに SNP を調 べることで、どのような歴史によって蛇紋岩土壌への適応が生じたのかという分布変遷の歴史をクリアに示 してくださった。現地での様々な環境条件の測定や、開花期のずれの調査、相互移植実験などの生態学的解 析と遺伝解析とを複合的に組み合わせた研究は、従来の表現型レベルでどう適応しているかという実態を明 らかにした上で、その奥にある過去の適応進化の歴史の解明へと進む理想的な研究形態の一つといえるので はないかと感じた。 つづいて、久保田渉誠さん(日本大・東京大)が、 「様々なスケールでのゲノム比較からハクサンハタザオ の適応遺伝子に迫る」と題した発表を行った。久保田さんは、植物分子遺伝学におけるモデル植物シロイヌ ナズナの近縁種であるハクサンハタザオというアブラナ科の野生植物を用い、ドラフトゲノム構築からリシー 間での比較による局所的スケール、年代間での比較による時間的スケール、広域集団間での比較による広 域的スケールという 3 つのスケールにおいて、それぞれ、標高適応に関連する遺伝子、過去 100 年間の環境 変化に応答する遺伝子、地理的な環境勾配に関連する遺伝子をゲノムワイドに探索した成果を紹介してくだ さった。モデル植物に近縁で様々な環境に広く分布するという利点を活かした重厚かつ緻密なアプローチは、 次世代シークエンサーを活用した野生植物での適応遺伝子探索というテーマにおける一つのモデル研究にな りえるものであると思われた。 最後は、内藤健さん(農業生物資源研)による「Vigna 属野生種の多様性と環境適応」と題した発表である。 内藤さんが着目しておられるマメ科のVigna(ササゲ)属の野生種には、塩害・酸性土壌・アルカリ性土壌・ 乾燥・水害・病気など、様々な環境ストレスに対してそれぞれ適応した系統が存在するとのことで、野生植 大会ワークショップ・夏の学校レポート クエンスという次世代シークエンサーの力をフルに使用して研究を進めておられた。今回の講演では、標高 20 日本進化学会ニュース 物の適応現象に迫るには理想的な材料のように思われた。また、通常、ゲノム構築には Illumina や Roche の 次世代シークエンサーが使用されることが多いが、この研究では PacBio のロングリードの次世代シークエン サーのみでゲノムを構築することで、非常に高精度なゲノムを構築されていたのが衝撃的であった。更にそ のゲノム情報を元にして RAD-Seq 法を活用した連鎖解析を行うことで、耐塩性に関わる遺伝子領域を次々に November 2015 ピンポイントで特定されたという一連の結果は、爽快感を感じるほどのクリアな素晴らしい成果であった。既 に世界中から数千もの野生系統を収集済みとのことで、今後の他の適応現象での発展も含め、一連のVigna 属の研究で素晴らしい結果が次々に得られることを期待せざるを得ない。 今回の 4 題の発表は、次世代シークエンサーによる様々な解析(ゲノム解読・リシークエンス・RNA-Seq・ SuperSAGE・RAD-Seq など)を非モデル生物の野生植物に積極的に活用し、非常に高精度な結果を得てい るという点で共通している。適応進化研究の中の一大目標である適応遺伝子の探索についても、既に特定済 み、あるいは視野に入れているといった段階まで進んでおり、野生植物の適応現象についてここまで高精度 に迫れるようになっているのかと改めて驚いた。シロイヌナズナなどのモデル生物だけを用いた適応遺伝子 の研究では、その生物が適応している環境範囲が限られていることから、どうしても対象とできる適応現象 の範囲に限界があった。しかし、様々な野生植物で適応遺伝子の探索まで視野に入れた研究が可能になれ ば、今回の各講演者が様々な植物に着目しておられたように、独自の 変な 適応をしている野生植物に注目 していくことの重要性がよりいっそう増していくだろう。また、実際の野生植物の適応は複雑なことが多く、 多くの適応遺伝子が関わっている可能性が考えられる。そういった場合には、個々の遺伝子の特定よりも、 適応遺伝子の候補リストのようなものを作成し、それを様々な植物の適応研究で蓄積していくことによって、 後で新しいことが分かることもあるのではと感じた。 一方、適応遺伝子を探索した後にどうするか?という点についても考える必要があると思われる。モデル 生物での研究とは異なり、野生生物を対象とする場合には、その適応遺伝子は、野外で実際にどのように働 いているか、自然界においてどのような地理的分布をもっているのか、どのような歴史的背景によって生まれ たのかなど、野外でしか解決できない課題が多く存在している。野生植物でここまでのハイレベルな研究が 可能になってきているのであれば、適応遺伝子探索の次のステップまで視野に入れた研究が重要になるだろ う。次世代シークエンサーの野生植物での活用に関する現在の状況を整理し、その後の展望までを眺めるこ とができた点で、実りの多いワークショップであった。本ワークショップが、今後ますます増えてくると思わ れる野生植物の適応進化研究が発展する一つのきっかけになれば幸いである。 引用文献 ・ Clausen J, Keck DD, Hiesey WM (1948) Experimental studies on the nature of species. III. Environmental responses of climatic races of Achillea. Carnegie Institution of Washington Publication. 「飼う!」進化学 W-15: 本大会でも至る所で取り上げられているが、次世代シークエンス技術やゲノム編集の登場と普及により、 昨今の生物学研究においてモデル生物と非モデル生物の境界がなくなってきているとされるが、果たしてそ うだろうか。ゲノムやトランスリプトームを明らかにしたところで、マウスやショウジョウバエ、シロイヌナズ ナと同水準での研究ができるだろうか。そこにはもう一つ必須の技術がある。そう「飼う!」ことである。先 「飼う!」技術こそ今後の進化学に必須であり、何をどう の 2 つの技術革新に比べると華やかさこそないが、 飼うかが、他の追随を許さない独創的な研究につながるだろう。本ワークショップは、本大会のテーマである 「 New Technology が拓く進化学の新地平」がどこまで広がり得るかを見据えたワークショップとも言える。 まず、企画者の一人である石川麻乃(遺伝研)による主旨説明が行われた。既存のモデル生物では解明で きなかった生物多様性の創出機構の解明は、新技術の誕生により可能になりつつある。しかし、そこに立ち 大会ワークショップ・夏の学校レポート 著者(参加者) :別所 学(名古屋大学) 21 日本進化学会ニュース はだかる「飼えない、採れない、見つからない」という壁が、多くの研究を妨げている。そこで、 「飼う!」技 術の重要性が強調された。 一人目の演者は、企画者でもある大島一正氏によるもので「飼えない虫を累代飼育する:リーフマイナーと アメンボを例に」というタイトルで講演された。前半では、リーフマイナーとその寄生バエの飼育系の確立に November 2015 関して講演された。葉の中に潜り込み葉の内側を食い進んで成長するリーフマイナーは、絵描き虫とも呼ば れ葉の食い痕が面白い。その飼育の秘訣は葉を枯らさないことであり、それさえすれば長期のサンプリング 中でも飼育が可能になるとのこと。研究対象がスペシャリストである場合、飼育するにはまずその の供給が 重要であるかを実感させる内容であった。さらに、リーフマイナーを宿主とする寄生バチの飼育をも可能にし た。 後半では、アメンボの飼育についても紹介された。田んぼでよく見かけるので飼育は簡単かと思いきや、 難しいようだ。飼育下では が単一になるため、栄養が偏るのが原因だそうだ。ここでも に工夫を加え累 代飼育へとこぎつけていた。最後に、飼えない虫を累代飼育するためのコツとして大島氏は、過去の文献を 調べる、飼育個体の死因を探る、そしてあきらめないこと、の 3 点を挙げていた。 続いて宮本教生氏より、 「 『飼う!』深海生物学」という本ワークショップにぴったりの演題で話題が提供さ れた。宮本氏は、子供の頃から様々な( 30 種くらい)の生き物を飼育してきた。これだけでもすごいのだが、 さらに、彼は飼育においてあるポリシーを持っていた。それは、飼育した生き物は、繁殖させ、数を増やすと いうものである。これを繰り返してきた宮本氏が現在挑戦しているのは、深海生物のホネクイハナムシの飼 育である。海底に沈んだクジラの骨に根をおろして繁殖するホネクイハナムシは、新環境への進出に伴う劇 的な進化を研究するための格好のモデルとなりそうだ。そして、その飼育の秘訣は、 であるクジラの骨を 大胆にも豚骨で代用したところだろう。また、海洋生物の飼育の場合、私たちがまず思いつくような水圧の 調整などよりも、むしろ安定した水槽の環境を整えることが重要であったことは予想外であった。 3 人目の演者は、石川麻乃氏であり、本ワークショップの中でもっともモデル生物に近いトゲウオの仲間で あるイトヨについての発表であった。淡水域進出能力に着目したこの研究では、イトヨ太平洋集団とニホンイ トヨを海水水槽で飼育した。すると、なぜかニホンイトヨだけ、ある一定期間を過ぎると次々と死んでいった そうだ。この結果から、幼生期のニホンイトヨには DHA が必要であることが明らかにし、さらに DHA 合成 能が淡水域進出の となっていることを突き止めた。DHA に着目するきっかけは、共同研究者である池谷氏 (アクア・トトぎふ・水族館飼育員)との会話から得られたという。 観察力は生物研究者にとって重要な素養である。しかし、実験研究者にとって飼育・観察・実験・執筆や その他の業務を限られた時間の中で全てこなそうとすると、観察がおろそかになりがちだ。そのようなとき に、飼育・観察のプロである水族館の飼育員と共同で研究することで、研究をより有利に進め得るのではな いかと感じた。今後の非モデル生物の研究には、動物園や水族館などとの共同研究が増えていくのではない だろうか。 4 つ目の演題は古賀皓之氏による「水草の可塑的な葉の形態形成機構に迫る」であった。新しい研究テーマ となるいくつかの特性を取り上 げ、最終的な決定までの詳細な思考過程を発表した。 古賀氏は、植物の葉の形態の可塑的な形態形成(異形葉性)を解き明かすためのモデルを検討し、ミズハ コベという水草の有用性を見出した。ミズハコベに限らず、新しいモデル生物を選ぶ際の基準は次の 6 点が 重要だと主張していた。1 )目的に見合った形質を持つ、2 )研究室内で栽培(飼育)が容易である、3 )世代時 間が短い、4 )過去に幾つかの文献が出されている、5 )自家和合性がある(遺伝的なバックグラウンドを え やすい) 、6 )形質転換が可能である。また、冒頭で述べたゲノム編集や RNAi が適応できるかどうかも重要な 点である。現在では、比較的容易にゲノムやトランスクリプトームが得られるので、これらはもはやモデル生 物の要件ではないと実感した。 ミズハコベの特に大きな利点として、異形葉性をシャープに操作できる点である。多くの異形葉性を持つ 大会ワークショップ・夏の学校レポート を始めるとき、材料の選択は非常に重要である。古賀氏は、材料の選択に 22 日本進化学会ニュース 植物では、温度や光など様々な環境因子に刺激され葉の形が変わるが、ミズハコベでは、葉を気中に置くと 丸型、水中に置くと細長い葉を作ることができ、これらは明瞭に区別できる点である。新しい研究テーマを考 えること、それは同時に、命題を解くのに最も適した材料を探すことでもある。この演題は、特にこれから研 究を始める若い研究者に参考になると思う。 November 2015 最後の演者は、中井亮佑氏で「生物は一体どこまで小さくなりうるのか?」という根源的な問いに関する話 題提供がなされた。その問いに答えるポテンシャルを秘めた生物を探索するために中井氏が開発した手法は 非常に独創的なものであった。なんと、普段我々が滅菌に用いる径 0.2 マイクロメートルのフィルターを使い、 大きな生物(といっても微生物である)を濾し取り、無菌であるはずのろ液にでてきた生物を培養するという ものである。得られたもののうち一種は、大腸菌に比較して、30 分の 1 以下の大きさであり、ゲノムサイズも また約 1.6 Mb(大腸菌の約 3 分の 1 )と小さく、この小さな体とゲノムで、どうやって自由生活を送っている のかを解明する手がかりになる。メタゲノムでは分からなかったナマの微生物の培養は、生理学的な実験を 可能にし、微生物学の発展とともに、生物の小型化の進化を研究するための大きな一歩であるように感じた。 おわりに、本レポートでは、テーマである「飼う!」ことに焦点をあてた。そのため、詳細な研究内容には 触れなかったが、いずれも興味深いものであった。近い将来、モデル生物並みの緻密さで、モデル生物では 成し得なかった研究成果が発表されるだろう。 ワークショップ全体を通して、飼えなかった生物を飼うのに必要なこととして、大島氏の挙げる 3 つの重要 性が強調されたが、そもそも、その生物を「選ぶ・探す」ことと「獲ってくる」ことも同様に重要であると感じ た。今後、筆者も含め若手研究者がどんな面白い生物を「飼い」 、そこからどんな面白い研究が生まれてくる かが楽しみである。 進化学夏の学校 「次世代データの系統解析 New Technology 」レポート 佐藤行人(東北大学) 今年の進化学夏の学校は、首都大学東京・田村浩一郎教授の主催のもと「次世代データの系統解析 New Technology 」というタイトルで行われた。おなじみ次世代シークエンサーの普及によって、大量配列データ の取得がかなり容易になった昨今。しかしながら、大量網羅ということは非選択的かつ大雑把ということでも あり得るので、取得したデータから、例えば分子系統学の未解決問題にチャレンジしようとするならば、大量 データを精査・整理・峻別して有効な解析へとつなげる精密な作業が必要になる。この情報処理解析こそが、 DNA 配列決定がこれだけ簡便になった今では、研究のウェイトを大きく占め、成果の質を決定的に左右する プロセスだと言えるかもしれない。そういった状況のなか、今年の夏の学校では、大量配列決定技術の上手 な利用と、取得したデータの適切な活用を考える上で、大いに参考になる研究を行う 4 名の演者(主宰者含 む)が登壇された。 まず主宰者の田村教授から、ショウジョウ バエの transcriptome 解析を例としたオーソ 統解析について紹介がなされた。会場の聴 衆は 80 ∼ 100 名程度おられ、懇親会明け朝 一番のセッションとしては大入りだと思われ た。さて transcriptome 解析は、ゲノムの解 読されていない生物種を対象とした亜ゲノム レベルの比較研究を行いたい場合に、効率的 に機能遺伝子配列を取得する手法としてよく 用いられる。田村教授らのグループは、ショ ウジョウバエ(Drosophila)属の近縁種群を 写真 1 会場の様子。懇親会明け朝一番であったにも関わら ず盛況で、今回のテーマへの関心の高さが窺えた 大会ワークショップ・夏の学校レポート ログ収集と、それに基づく大量データ分子系 23 日本進化学会ニュース 広く対象とした whole body の transcriptome を行い、機能遺伝子 情報を収集されている。実際に行ってみた感想として、やはり発 現強度の偏り(種間差・時間差など)が transcriptome 解読結果に 大きく影響し、オーソログ収集という観点では必ずしも高効率とは November 2015 言えないという指摘をされた。後進にとって参考になる内容である (筆者も発現量バイアス低減のために 2 本鎖 DNA 特異的 nuclease ( DSN )を使いかけたことがあるが、これはこれで緻密な条件検討 を必要とする) 。 次に、ショウジョウバエ種群間のオーソログ遺伝子を、rRNA & mtDNA 配列除去、リードアセンブル、双方向 BLAST 解析等によ り整理・峻別し、いよいよ分子系統解析へと活用するステップにつ いても詳しい解説がなされた。上述のように transcriptome からの オーソログ収集は必ずしも効率的ではなく、また、双方向 BLAST によるオーソログ判定が確実ではない遺伝子も 4 割近くあったとの ことである。それでも、解析に耐える配列は数百から数千遺伝子座 写真 2 本年度大会の進化学夏の学校 を主宰された田村浩一郎教授(首都大) ぶん集まり、分子系統解析のデータとしては従来と比較にならない 情報量である。これらを用いた系統解析では、多数配列を concatenate するのか、または、遺伝子座ごとに 解析を行いコンセンサスを取るのかという選択肢が生じる。田村教授らの検討によれば、どうも前者のほうが 問題解決能力に優れそうだという統計値が示された。しかし concatenate した配列の利用にも弱点はあり、そ の情報の莫大さゆえに、適用する配列進化モデルと実進化パターンとのズレが顕著に顕在化することも指摘 された。この弱点によって、系統樹の推定結果が、真の系統関係よりも「尤度の高い」別解に陥ってしまうこ とがあるという、モデルベースの系統解析法(最尤法・ベイズ法)における根源的問題が示された。大量デー タに基づく系統解析の到達点と、今後の取り組みが必要と思われる手法的課題の両方を、クリアーに掲示す る講演であった。また、ソフトウェア MEGA の改良点( 64 bit 化による多数 OTU 対応など)にも言及があっ た。 二人目の演者として、RAD-seq( restriction-site associated DNA sequencing )法を系統解析に活用され た国立科学博物館・奥山雄大博士が登壇された。注目するのは顕花植物のカンアオイ属で、日本列島内で多 様化が見られるため、進化系統学的にも興味を持たれる分類群だそうである。しかしながら、葉緑体 DNA や rDNA ITS 領域等の部分配列では、系統関係が永く解明されなかった。その経緯を受けて、Illumina HiSeq 2000 の「相乗りラン」で比較的低コストに RAD-seq データを大量取得しチャレンジされたという内容である。 RAD-seq の標準的な実験プロトコルの概要と、得た生データを処理して系統解析を行うまでの準備を一括で 実行できるソフトウェア PyRAD( http://dereneaton.com/software/pyrad/ )について、実践的な解説がな された。この PyRAD は目的を分子系統解析に特化しており、様々な工夫を凝らして、サンプル間のオーソロ すると考えられる配列をグルーピングし、シークエンシングエラーによる塩基置換と真のヘテロ接合サイトと をシークエンス深度に基づいて同時推定する。次に、シークエンス深度が閾値以上の領域についてサンプル 間の比較を行い、配列の類似性とヘテロ接合サイトの共有度に閾値を設定することでオーソロジー/パラロ ジーを峻別する。こうして絞り込んだサンプル間オーソログ領域について、多重整列および各種フォーマット でのファイル出力を実行してくれるので、あとはおなじみのソフトウェアを使って分子系統解析を行うことが 出来る。 奥山博士らが上記の一連の手法をカンアオイ属数十種に適用したところ、6,000 を超えるオーソログ領域 が系統解析に使用可能なものとして推定され、実際に、信頼度が高く、かつ従来の知見とも矛盾しない系統 解析結果が高解像度で得られたことが示された。この RAD-seq を応用した分子系統解析によって、カンアオ 大会ワークショップ・夏の学校レポート グ領域と考えられる配列セットをデータから抽出する。具体的には、まずサンプル内で同一 DNA 断片に由来 24 日本進化学会ニュース イ属内の系統関係、台湾産と日本産種の単系統性など、多くの未解明問題が解決されたとのことである。大 量データ取得手法を適切に活用することの威力を、明快に示した講演であった。また、かかった労力および コストも決して敷居の高いものではなく、今後の標準手法となる可能性も指摘された。現状の弱点としては、 OTU によってオーソログ領域のデータ・マトリクスに空きが生じる( missing data が多い)ことや、系統解析 November 2015 でよく行われてきたブートストラップ法による信頼度評価が過大推定になる可能性が挙げられた。この問題に ついては、手法的な開発も含めて専門家と検討を進めているとのことである。 三人目の演者として沖縄科学技術大学院大学( OIST )の井上潤博士が登壇され、公開されている全ゲノム データから遺伝子のオーソロジー/パラロジーを高精度に解析する話題を紹介された。筆者(佐藤)も共同研 究で関わらせて頂いている内容である。この研究で着目するのは真骨魚類( teleost fishes )であり、真骨魚の 共通祖先では、他の脊椎動物(四足類など)が経験していない全ゲノム重複が起きていたことが知られる。こ のため真骨魚は、ヒトなど四足類が持つ遺伝子(例:A )に対して、重複した 1 対のパラログ遺伝子(例:A1 & A2 )を共通祖先で有していたことになる。これら重複遺伝子の全てが、現在までのおよそ 3 億 5 千万年の 間におよそ独立な進化を経ており、重複状態を保持してきたもの、片方が失われたもの、その遺伝子欠失が 大分類群の祖先ないし系統特異的に起きたものと様々な状態にある。ゆえに真骨魚も含めた脊椎動物全般の 系統関係を核遺伝子から解明しようとする試みは、遺伝子重複への考慮とオーソロジー/パラロジーの体系 的整理が必要なハードルの高い課題である。 脊椎動物遺伝子の体系的解析という課題に対して、井上博士らは、全ゲノム規模での系統樹アプローチか ら挑戦された。オーソロジー/パラロジーの分析では、冒頭の田村教授らが採用された双方向 Blast 解析も有 効な手立てではある。しかしながら、脊椎動物や真骨魚のようにゲノム重複由来のパラログが多く存在する 場合には、Blast top hit という基準では十分な精度を得られない場合もあり、多重遺伝子族でなくても偽陽 性・偽陰性が出る。そこで井上博士らは、ゲノムが解読された真骨魚 9 種(メダカ、イトヨなど)と四足類等 の代表種(ヒト、チキンなど)の全遺伝子について、まずは「緩い基準」の Blast 解析で相同遺伝子候補を広 く集め、次に多段階の系統樹推定と樹形の整理・分析を行うパイプラインを構築した。これにより、四足類 遺伝子と真骨魚遺伝子が 1:1 で対応するオーソログと、真骨魚内で重複しているゲノム重複由来パラログの 高精度な推定を可能にした。その結果、真骨魚祖先で起きたゲノム重複の後に、生じた重複遺伝子の大多数 ( 70 ∼ 80%前後)が比較的短期間( 1 ∼ 2 千万年程度)で急速に欠失したこと、つまり真骨魚が、ゲノム重複 を契機として大規模なゲノムの再編を経験した様子が明瞭に示された。ゲノム進化の研究が、系統樹ベース の高精度解析により充実した結果をもたらすことを示す講演であった。質疑では、ウナギ類やアロワナ類な ど分岐の深い種を解析に加えることで、ゲノム重複直後の進化についてさらに理解を深められる可能性が指 摘され、魚類ゲノム情報の充実が待たれる課題も掲示された。 夏の学校ラストの演者として大阪大学の加藤和貴准教授が登壇され、DNA・アミノ酸配列の比較解析で必 須となる多重整列について講演された。配列データが巨大になるほど、多重整列にかかるコスト(計算時間な ど)は悩みのタネである。加藤准教授が開発される高速な多重整列ソフトウェア MAFFT と、もう 1 つ知られ れた。後者の最新版である Clustal Omega では、案内木( guide tree )の生成を高速化することによって巨大 アライメントを実現しており、演者自身による FFT-NS-2 や MAFFT-sparsecore との性能比較結果が示され た。一方、MAFFT では巨大アライメントを行なわない方法も模索されたとこのことで、すでに多重整列が済 んでいる配列情報に対して新たな配列を逐次追加していくというオプション( – –addfull, – –addfragments, および – –addlong )が解説された。一般論として、研究が進展しデータが増えた時、毎度新規に多重整列を やり直すことは効率的とは言えなかった。またデータが巨大になるほど、毎回長大な待ち時間を生ずることに なる。そのため、加藤准教授が提起されたような「リファレンス・アライメント」への当て嵌め解析という発 想は、高速化と利便性という点で画期的かつ優れたものだと思われる。この機能は、個別の研究の効率化だ けでなく、例えば生物の系統関係情報やその解析を提供するウェブサービスの実現・改良を考える上でも極 大会ワークショップ・夏の学校レポート たソフトウェアである Clustal では、さらなる高速化に際して別の工夫を採ったという興味深い話題が紹介さ 25 日本進化学会ニュース めて有用な可能性がある。ただし、系統的に顕著に離れた配列を多重整列情報に当て嵌めることは原理的に 困難であるため、そのようなケースでは別の対処を行う必要がある点も議論された。 多重整列にまつわる次の話題として、いわゆる「合わせすぎ問題」への対処が紹介された。入力データが相 同でない部分配列を含んでいる時、その部分もアラインされてしまうことがよくある。この問題は、大規模・ November 2015 低品質なデータの蓄積にともなって深刻化している。比較的この問題を起こしにくい既存の方法として、系 統関係を厳密に考慮するソフトウェア PRANK( http://wasabiapp.org/software/prank/ )がある。この方 法は、類似性の低い部分配列を挿入と解釈する場合が多い。ただ、大規模なデータや全体的に類似性が低い データに適用できないという難点があり、また、相同でないと思われる部分配列を合わせてしまうことも依然 としてある。そこで演者らは、合わせすぎ問題により直接的に対策する方法の開発に取り組んでいる。tRNA synthase などの実例、および、タンパク質立体構造とシミュレーションそれぞれに基づくベンチマークの結 果から、これらの方法のメリットとデメリットが論じられた。また、理化学研究所の工樂樹洋博士と共同開 発されている相同配列収集と分子系統解析のためのウェブサービス aLeaves( http://aleaves.cdb.riken.jp/ aleaves/ )の紹介もなされた。以上のように、比較配列解析において従来から基本的操作であった多重整列 の分野においても、ゲノミクス時代の到来や配列データ巨大化などの要請に応じて、的確で先端的な手法開 発が行われ続けていることがよく理解できる講演であった。 以上 4 名の講演が終了した時点でも、会場の聴衆は 80 ∼ 90 名程度見受けられ、今年の進化学夏の学校も 盛況であったことが伺えた。最後に主宰者の田村教授が、進化研究における系統解析や系統樹ベースの思考 の重要性について、1980 年代にも Wen-Hsiung Li 博士を中心とした話題提起や議論があったことを紹介され た。系統理解の重要さは昨今の大量配列時代にあっても何ら変わることはなく、ゲノムサイエンスと分子系 統学の共進化が今後も重要であろうとの結語で締めくくられた。懇親会明けの朝 9 時から 12 時に渡る密度の 濃い夏の学校であったが、初学者にもエキスパートにとっても、有意義な時間であったと思われる。 2015 年度学会賞等受賞者 日本進化学会学会賞 岸野洋久(東京大学) 「統計学的手法による分子系統解析法の開発」 岸野洋久氏は分子系統学の統計的手法の開発で顕著な業績をあげた。この分野における岸野氏の卓越し た業績は大きく二つにあげられる。その一つは、最尤法による系統樹推定の応用に関する業績で、最尤系 統樹の信頼区間を評価する方法を開発し( Kishino and Hasegawa 1989. Journal of Molecular Evolution 、その後分子系統学の分野で広く使われるようになった。また、それまで塩基配列データしか 29: 170–179 ) 扱えなかった最尤法による分子系統樹推定をアミノ酸配列データにまで適用できるようにする方法を開発し 、それによってより現 ( Kishino, Miyata, and Hasegawa 1990. Journal of Molecular Evolution 31: 151–160 ) の基盤が整備され、その後の発展に大きく貢献したものとして高く評価されている。 もう一つの大きな業績は、Jeffrey Thorne 氏らとの共同で行われた、ベイズ法による分岐年代推定法に関 する一連の研究である(例えば、Kishino, Thorne, and Bruno 2001. Molecular Biology and Evolution 18: 。分岐年代推定は系統樹の樹形推定と並んで、分子系統学の重要な課題で、これらの論文では、分 352–361 ) 子進化速度が変動する過程を、事前にグループ分けするなど強い制約を置くことなく柔軟に推定する階層モ 年度学会賞等受賞者 実に即したモデルによる系統樹解析が可能になった。これらの業績によって、最尤法による分子系統樹解析 2 0 1 5 26 日本進化学会ニュース デルを提案した。このようなベイズ型階層モデルが開発されたことによって、進化速度の変動を考慮に入れ た上で、化石などによる絶対年代の制約を与えて分岐年代推定ができるようになった。その後、実用的によ り使いやすい方法が多く開発されたが、それらの理論的な基盤は岸野博士らの研究に るもので、その業績 は国際的に高く評価されている。 November 2015 以上のように岸野氏は、分子系統学の分野における顕著な業績から、日本進化学会賞授賞に十分値する。 研究奨励賞 野澤昌文(国立遺伝学研究所) 「マイクロ RNA の進化に関する研究」 野澤昌文氏は、マイクロ RNA( miRNA )遺伝子の進化の研究をおこなってきた。miRNA はさまざまな遺 伝子の発現を調節する低分子であり、多くの真核生物に存在する。野澤氏はショウジョウバエ 12 種のゲノム 配列データを用いて、起源の古い miRNA 遺伝子には純化淘汰が働いて進化速度が遅いのに対し、最近生じ た miRNA 遺伝子はほぼ中立に進化していることを明らかにした。また、起源の古い miRNA はステム−ルー プ構造を維持するような塩基置換パターンで進化していることを明らかにした。さらに miRNA 遺伝子の多く が、イントロンや遺伝子間領域にもともと存在していたヘアピン構造をとる DNA から生じ、消失もひんぱん 。野澤氏は、11 におこることを発見した( Nozawa et al. 2010. Genome Biology and Evolution 2: 180–189 ) 種の植物ゲノムについても miRNA 遺伝子の解析をおこない、新旧の対比や交替がひんぱんに生じることに ついてはショウジョウバエの場合と同じだが、起源については miRNA 遺伝子の重複や転移因子による場合が 多いことを発見した。そして、この動植物における miRNA の起源の違いは、miRNA が標的遺伝子を認識す る機構が異なることによる、という仮説を提唱した( Nozawa et al. 2012 Genome Biology and Evolution 4: 。 230–239 ) これらの成果は、分子進化学の手法をもちいたゲノム配列の大規模解析から得られたものであり、高く評 価された。野澤氏はこのほかにも嗅覚受容体遺伝子の遺伝子重複パターンおよび個体間遺伝子数変異を解析 した研究や、正の自然淘汰を検出するのに広く用いられている方法の問題点を指摘した研究でもよく知られ ている。今後も大いに研究の発展が期待され、研究奨励賞を授与するにふさわしいと判断した。 平沢達矢(理化学研究所) 「進化発生学と古生物学の統合による脊椎動物進化研究の開拓」 平沢達矢氏は、脊椎動物の新規形態進化に関して、ふたつの大きな業績をあげている。そのひとつが、哺 乳類系統で獲得された新規形質である横隔膜の進化的起源に関するもので、胚発生の比較と祖先動物にお ける脊髄神経配置の復元をもとに、横隔膜は祖先動物では肩帯の筋(肩甲下筋)であったものがふたつに 分かれることで進化したというまったく新しい仮説を提唱した( Hirasawa and Kuratani 2013. Journal of 。これはこれまでの仮説と比べて、哺乳類における前肢筋と横隔膜の発生に関与す Anatomy 222: 504–517 ) る遺伝子発現の共通性や胚における両者の位置関係に関して非常に整合的であり、画期的な成果として国際 的な評価を得ている。 また、カメの特異なボディプラン成立に至る進化過程に対しても研究を行い、胚発生過程の組織学的解析 とカメの外群に相当する化石種の比較形態学的観察を通して、カメの背甲が内骨格として進化してきたもの の背甲の形態形成を特徴づける肋骨原基の傍軸部局在が、絶滅した爬虫類系統の胚発生でも生じていた可能 性を見いだした。 これらの成果は、古生物学のバックグランドに、緻密な形態学、さらには発生学的な手法も取り入れた平 沢氏独自の分野を融合したアプローチによって初めて得られたものであると高く評価された。今後も大いに 研究の発展が期待され、研究奨励賞を授与するにふさわしいと判断した。 年度学会賞等受賞者 。同時にこの論文では、カメ であることを証明した( Hirasawa et al. 2013. Nature Communications 4: 2107 ) 2 0 1 5 27 日本進化学会ニュース 山口 幸(神奈川大学) 「海洋生物の性表現・性決定システムの進化に関する数理的研究」 山口幸氏は、海洋生物における雌雄同体や矮雄を持つ雌雄異体などの多様な性表現に対し、それぞれどの ような条件のもとで進化的に有利になるかという問題の理論的な研究を行った。成体の空間分布、同じメス November 2015 に定着した雌雄の数の組み合わせなどによる繁殖成功の違いを考慮し、最適制御理論やゲーム理論の数理的 手法を駆使して、フジツボなど交尾を必要とする固着生物で雌雄同体が、また生産性の低い水深の深い海で 矮雄と大型雌からなる雌雄異体になるなどの結論を進化的安定状態の解析で明らかにした( Yamaguchi et al. 2008 Journal of Theoretical Biology 253: 61–73; Yamaguchi et al. 2012 Integrative and Comparative Biology 52: 356–365 など) 。また、カニ類への寄生性フジツボ(フクロムシ)の性決定システムについての理論的 研究では、幼生の雌雄サイズに大きな違いのある種や、性決定が母親の段階でなされるタイプと幼生の宿主 への定着後に性が決まるタイプなどの多様な性決定システムがどのような条件で進化するかを解析し、この 性決定システムの進化において、雌が受け入れる雄の数を制限する receptacle を持つかどうかと密接に関わ 。これらの研究成 ることを明らかにした( Yamaguchi et al. 2014 Journal of Theoretical Biology 347: 7–16 ) 果は主要国際誌や、アメリカでの国際会議での招待講演などで注目をあび、国際的な共同研究も活発に行っ ている。山口氏は、これらの数理生物学の研究に加え分類学をはじめとする海洋生物学の実験的研究も進め、 実験海洋生物学者と多数の共著論文を執筆しており、これらの研究成果と活動が高く評価された。今後も大 いに研究の発展が期待され、日本進化学会研究奨励賞を授与するにふさわしいと判断した。 教育啓発賞 該当なし 第 17 回大会 若手発表賞 ◆最優秀学生ポスター発表賞 ・小笠原諸島に侵入したグリーンアノールの進化的変化の検出と集団ゲノミクス解析 玉手智史(東北大学) ◆優秀学生ポスター発表賞 ・タバココナジラミと細菌の共生を可能にする宿主の分子機構の探索 瀧沢美翔(富山大学) ・Gdf11 の発現開始タイミングのヘテロクロニーが脊椎動物の腹鰭・後肢の位置の多様性を生み出す 松原由幸(名古屋大学) ・双翅目昆虫における生殖行動と雄生殖器の回転の間の進化的な関連 稲富桃子(大阪大学) ・クロスズメバチ属の姉妹種(シダクロスズメバチ、クロスズメバチ)2 種間における社会寄生の発見とその 進化背景 佐賀達矢(東京大学) ・風媒花ブタクサにおける「草丈の効果」はオス繁殖成功を増加させるのか? 中原亨(九州大学) ◆超最優秀賞 ・ハクジラ類における後頭顆・環椎の形態比較 岡村太路(東京学芸大学附属高等学校) 年度学会賞等受賞者 第 10 回 みんなのジュニア進化学 ポスター賞 2 0 1 5 28 日本進化学会ニュース ◆最優秀賞 ・クマムシのボディープラン 北澤美天(京都府立木津高等学校) ・コムギの進化と環境適応力は地球にどのような可能性をもたらすか November 2015 元川知歩(横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校) ◆ 優秀賞 ・千葉県北総台地のトウキョウサンショウウオ個体群のルーツを探る ミトコンドリア遺伝子の遺伝子変異の 解析 市原八幡高等学校理科部(千葉県立市原八幡高等学校) ・オオマルハナバチの死体排除行動 ∼特に,死体認識フェロモンの存在の可能性について∼ 澤田恭佑(安田学園中学校高等学校) ・ムササビの活動時間の研究 −野外調査とセンサー機器を用いた検証− 田邉萌、山崎慎之助、池谷友佑(中央大学附属高等学校) ・気孔開閉運動から見る植物の環境適応 加賀三鈴、西林伶華、大友さら、富樫朋美(東京大学附属中等教育学校) ・グルコシノレートをめぐる共進化 鈴木悠太、伊藤悠揮、阿部正浩(大阪府立住吉高等学校) ・食品保存料ナイシンの有効的な利用方法に関する研究 長谷川水輝(秋田県立秋田南高等学校) ◆ 敢闘賞 ・コウベマイマイの新たな分類の可能性を考える∼神戸を模式産地とする 3 種を中心としたマイマイの遺伝子 解析から∼ 飛鳥未歩、桐谷茉那、桐谷有香、土田仁美、前田聖和(兵庫県立神戸高等学校) ・国内のアルゼンチンアリの行動学的分類および侵入経路・スーパーコロニー分化に関する研究(Ⅱ) 大竹優也、石原朋弥(岐阜県立賀茂高等学校) ・PCR 法によるニッポンバラタナゴとタイリクバラタナゴの判別 柳凌太郎、池田亘、本間優志、南沢誠、藤澤孝仁、岸優佑、村田英和(埼玉県立松山高等学校) ・PCR-RFLP 法による日本産イシガイ類の鑑定 澄川智紀、伝田直晃(埼玉県立松山高等学校) ・カジキのオプシン遺伝子にみる適応進化 関口東亜、北村旭、林美羽(清真学園高等学校・中学校) ・脊椎動物の進化と性ホルモンの関係について 志濟真優、岡部真琴(山形県立山形西高等学校) ・固着動物はなぜ海産なのか? ―動物進化の過程における移動性喪失の原因を探る試み― 青山学院高等部ライフ・サイエンス部(青山学院高等部) ・ミジンコについて 向井千晴、石﨑雅絵、須田雄大、斎藤会飛(埼玉県立川口北高等学校) 飯田創太、宮澤奏太(埼玉県立川口北高等学校) ・海藻の護身術 上田克弥、アゲセ祥広(埼玉県立川口北高等学校) ・プラナリアの生殖法と生息環境 宮田穂月、上野まりな、山本雅之、木村裕花、宇田駿介、羽生もも、市川和人、大里優介、海原百合子、 年度学会賞等受賞者 ・サンゴ初期ポリプについて 2 0 1 5 29 日本進化学会ニュース 稲葉直登、牧野夏椰、園家結、中島瑠南、海東武、木村遼、板谷優花、栗山智光( 城県立竹園高等学 校) ・コノハムシの興味深い産卵様式について( Curious Oviposition Behavior in the Leaf Insect Phyllium westwoodii ) November 2015 新井麻由子(白百合学園中学校) ・ヨモギに虫えいを形成するタマバエの生活史 千葉汀、深堀宗一郎、佐藤杏香(宮城県立仙台第三高等学校) ・ゴキブリの行動 仲川翼、橋口真侑、藤ヶ﨑敬大( 城県立土浦第三高等学校) ・ゴキブリの「同種の集合フェロモン」と「他種の集合フェロモン」に対する反応の違い 吉野雄一郎(東京大学附属中等教育学校) ・マルハナバチの雄蜂は複数回交尾できるのか? 古田行雄(安田学園中学校高等学校) ・カヤネズミの食物選択に関する研究 居駒すみれ、海野菜々香、奥山いろは、黒沢美里、齋藤史季、星野凪沙、長島彩夏、山本美裕、若林英璃 奈(文化学園大学杉並中学・高等学校) ・黒目川・柳瀬川における釣果から考察するカワムツの生態 玉木仁(東京大学附属中等教育学校) ・動物の光に対する反応について 小林雛子、佐藤涼乃(山形県立山形西高等学校) ・ 伊豆諸島における、ガクアジサイとヤマトフキバッタの共進化 角田時生、小野将輝、小日向潤紀、岩瀬萌子、岩田瑛美子、遠峰伽織(清真学園高等学校・中学校) ・エゾイソアイナメの発光器と細菌の共生のしくみに迫る 青木雄一、伊藤青空、佐々木隼、安齋音哉、中野龍太(宮城県立仙台第三高等学校) ・食虫植物タヌキモと細菌 大川真輝、鯨井陽平、眞田駿(埼玉県立川口北高等学校) ・食品の調理・加工の違いによるタンパク質量の変化について 三嶋彩夏、吉田伊織(岐阜県立岐阜農林高等学校) ・香料の突然変異抑制効果に関する研究 土佐龍馬(秋田県立秋田南高等学校) 研究奨励賞受賞記 Survival of the Luckiest!:指導者に恵 まれた研究半生 この度は日本進化学会奨励賞という栄えある賞をいただき本当にありがとうございます。これまで一貫した テーマを持たず、研究者としての芯が確立していない私のようなものが受賞するのは恥ずかしい気もするの ですが、今後の研究を「奨励」していただいたと考え、これからの研究で少しでもこの賞にふさわしい研究者 になれればと考えております。今回は折角このような機会をいただきましたので、これまでの人生+研究半生 (といってもたかだか 15 年ほどですが)を振り返り、私に降り注いできた幸運の数々を紹介したいと思います。 進化学会研究奨励賞 受賞記 野澤昌文(国立遺伝学研究所) 30 日本進化学会ニュース 幼少期∼高校時代(∼ 1996 年) 私の父は高校の教員をやりつつカメムシの研究を続けていた人でしたので、子供のころはよく昆虫採集に 連れて行ってもらいました。ただ、私自身はそれほど昆虫採集にのめり込むようなことはありませんでした。 小学校に入って野球チームに入団してからは、野球に情熱を傾けるようになり、小、中、高と野球中心の生 November 2015 活を送ることになりました。 (残念ながら甲子園には行けませんでしたが。 ) さて、私の専門は分子進化学ですが、初めてこの言葉を耳にしたのは高校 1 年の生物の授業でのことでし た。高橋重男先生という方が木村資生先生にかなり傾倒しており、 「分子進化の中立説」について非常に熱く 語っていました。当時はよく理解できませんでしたが、 「分子進化って面白そうだな」と漠然と感じたことを 覚えています。ただ、物理学も面白いと感じており、大学受験の際は物理学科と生物学科のどちらを受験す るかで大変迷いました。最終的に生物学科に入学したのは、父や高橋先生の影響が大きかったのだと思いま す。 大学学部∼大学院時代:東京都立大学( 1996 年∼ 2006 年) 東京都立大学(現首都大学東京)の生物学科に入学してからも、漠然と分子進化をやりたいとは思ってい ましたが、特に明確な目標もなく何となく毎日を過ごしておりました。しかし、4 年生になれば研究室に所属 して研究を始めなければなりません。焦り始めた私に 2 つの幸運が訪れました。ひとつは、本屋で宮田隆先 生の著書「分子進化」に偶然出会えたことです。この本を読んで、分子進化学・分子系統学が生物進化を解 く上でいかに有用な手段であるかを初めて理解できた気がします。特に「重複遺伝子を外群に用いて 3 つの 」という手法に大変感銘を受けたことを覚えています。 超生物界の系統関係を解く( Iwabe et al. 1989 PNAS ) もうひとつの幸運は、先輩方の修論発表会を「なんとなく」聞きに行ったときに、齋藤くれあさん(旧姓田中、 現在生理学研究所)が行なった「系統推定に有用な遺伝子の探索」というタイトルの発表を聞いたことです。 細かい内容は理解できませんでしたが、 「分子進化って面白い!」と改めて思いました。 というわけで、青塚正志先生、田村浩一郎先生が主宰する進化遺伝学研究室に所属させていただくことに なった私は、 「ショウジョウバエの分子系統」というテーマで、越川滋行さん(現在京都大学)らと共に卒業研 究に取り組むことになりました。しかし、いざ研究を始めてみると、 「系統関係を調べる」だけではあまり面 白くないと感じ始めました。やはり「分子進化」の研究がしたいと思ったのです。ここでまたしても幸運だっ たのは、特定のグループのショウジョウバエだけが持つ重複遺伝子を発見できたことでした。現在のように ゲノム配列があちこちで決まる時代においては重複遺伝子など珍しくもなんともないですが、その当時はごく 最近生じた重複遺伝子の例はそれほど多くなく、この遺伝子がどのような分子進化過程で生じたのかに大変 興味を持ちました。 そこで大学院に入ってからは、この重複遺伝子の進化過程を解明することを目的に研究を進めていくこと にしました。ゲノムライブラリを作成して目的遺伝子をスクリーニングする実験や、当時発表され始めたショ ウジョウバエゲノム配列データを解析するシステムの構築など、やりがいのある研究テーマでした。困難な 場面も沢山ありましたが、ここでも幸運だったのは田村先生という著名な分子進化学者に直接指導してもら えたということです。特に修士、博士課程の 6 年間はほぼ毎日ディスカッションしてもらい、様々なアドバイ スやダメ出しをいただきました。ときにはディスカッションで疲弊してぐったりしてしまい、帰りに大学から しております。また、青塚先生には中国でのショウジョウバエ採集に 2 度(合計で 2 か月ほど)参加させてい ただき、大変貴重な体験をさせていただきました(その時見つけた新種の 1 つには私の名前を付けていただき ました) 。さらに、研究室の先輩方、特に齋藤茂さん(現在生理学研究所)と齋藤くれあさんには頻繁に相談 にのっていただきました。かくして、どうにか「レトロポジションによってプロモーターが重複する実例」を 世界で初めて示し、重複遺伝子が新規機能遺伝子になるための新たな経路を明らかにすることができました 。 ( Nozawa et al. 2005 Genetics ) 進化学会研究奨励賞 受賞記 駅まで歩くのも辛いような日もありましたが、大変な情熱とエネルギーをもって指導していただき本当に感謝 31 日本進化学会ニュース 学位取得の目処がたってきたのでそろそろポスドク先を探さなければなりません。 「一度は海外に出たほう が良い」という田村先生の勧めもあって、いろいろと探した結果、当時テキサス大学アーリントン校で Assis- tant Professor のポストを得たばかりの Esther Betran 博士(ショウジョウバエを用いて新規遺伝子の進化研 究を行っている新進気鋭の若手研究者)からポスドクで来ても良いというオファーをもらいました。大学院時 November 2015 代の研究を継続できるわけですから、これほど嬉しいことはありません。しかし、人生とは不思議なもので、 まさに Esther にメールを書こうとしていたとき、根井正利先生(ペンシルバニア州立大学)がポスドクを探し ている、と田村先生を通じて話をもらったのです。それまで主に実験生物学的なアプローチを用いていた私 は、理論や解析を主とする大御所の根井先生のもとで本当にやっていけるのか、かなり悩みました。しかし、 いろいろな人に相談した結果、思い切って根井先生のところで新たなテーマに取り組んでみようと決意しま した。ちなみに、学位取得の直前に結婚し、渡米直前はバタバタの連続でした(最初の 1 年は単身で渡米しま した) 。 ポスドク時代 1:ペンシルバニア州立大学( 2006 年∼ 2011 年) 根井先生のことはもちろん存じ上げていましたが、とにかく恐れ多い存在で、渡米する際は期待よりも不 安の方が圧倒的に大きい状態でした。しかし、渡米した翌日に根井研を訪ねると、予想とは裏腹に根井先生 は温和な表情で出迎えてくれました。それも日本語で!根井先生も私の緊張を感じ取ってそれをほぐそうと してくださったのでしょう。その日は研究の話もそれほどせず、とにかく早く生活のセットアップをしなさい、 といって早めに帰宅させてくれました。 次の日からは会話も全て英語となり、早速研究テーマの話になりました。当時、根井研では「環境と直接か かわりのある遺伝子の進化」に着目していて、すでに日本に帰国されていた新村芳人さん(現在東京大学)を 中心に、脊椎動物における嗅覚受容体遺伝子の進化に関して次々と新しい成果を発表していました。そこで、 私はまだあまり手が付けられていない昆虫、特にショウジョウバエにおける嗅覚受容体遺伝子の進化に着目 することにしました。研究をはじめる際、根井先生から「論文を年間 2 報書くのがうちのラボのスタンダード だからね」と言われ、かなり萎縮したのを覚えています(最後までその基準はクリアできませんでしたが…) 。 私が在籍した間の根井研は、多くて 5 人程度(一番少ない時は根井先生と秘書さんと私だけ)という小さな ラボでした。根井先生は午前中ご自宅で仕事をされ、午後研究室に来るというスタイルでしたが、午前中も 電話がかかってくることがよくありました。特に論文をまとめる段階になると何度も電話がかかってくること もあり、そんな日は決まって午後研究室に来られた後もずっと 2 人で議論という感じでした。日曜日に電話で 呼び出されて議論するということもよくありました。根井先生の研究に関して決して妥協しない姿勢を間近に みることができたのは本当に幸運でした。 ところで、根井研には夏になると毎年の ように日本から研究者が訪れ、2 か月程度 滞在してその間に根井先生とひと仕事す る、という慣習(?)がありました。新村さ ん、鈴木善幸さん(名古屋市立大学) 、竹 崎直子さん(香川大学)など、いずれも根 ていましたので、いろいろと助けていただ きました。特に鈴木さんには、根井先生と の議論の仕方や研究に対する取り組み方 写真 ペンシルバニア州立大学にて( 2006 年 5 月) 。下段左か ら Li Hao、根井正利先生、Xin Ye、上段左から私、Zhenguo Lin ( Assistant Professor at St. Louis University ) 、鈴木善幸先生。 など、様々なことを教えていただきました。 このような助けがなければ、恐らく最初の 1 年で挫折していたように思います。しかし、 進化学会研究奨励賞 受賞記 井研出身者の方々が毎年のように来室され 32 日本進化学会ニュース 結局 5 年もの間アメリカでポスドク生活を送ることになりました。その間、研究テーマも「嗅覚受容体遺伝子 の進化」から「正の自然選択検出法の検証」 、 「マイクロ RNA の進化」と変遷することになりました。また、2 年目からは妻も渡米してくれましたので、私生活でも充実したアメリカ生活を送ることができました。 さて、ビザの期限も近づき、日本への帰国を真剣に考えるようになりました。しかし、 (当然のことかも November 2015 しれませんが)いろいろな公募に応募するもののなかなか結果が出ません。そんなどんよりとした心境の中、 2010 年の年末に長谷部光泰先生(基礎生物学研究所)が代表を務める新学術領域「複合適応形質の遺伝子基 盤解明」でポスドクを募集していることを知りました。スカイプで面接していただき、採用内定をいただいた ときは心底ホッとしました。そして、東日本大震災直後の 2011 年の 3 月末にバタバタした感じで帰国しまし た。 (被災した方々には大変申し訳ないのですが、当時は妻が妊娠中だったこともあり、帰国を延期すべきか どうか正直悩みました。 ) ポスドク時代 2:基礎生物学研究所( 2011 年∼ 2012 年) 長谷部研は根井研とは対照的にものすごく大きな研究室でした。当時は ERATO と新学術という 2 つの大き なプロジェクトが進行しており、教員 4 名、ポスドクが 10 名ほど、学生が 5 名ほど、技官さんがこれまた 10 名 以上という大所帯でした。しかし、恐ろしいことに、長谷部先生は毎週一人一人と議論する時間を設け、ま た月一の全員発表のラボセミナーなどを通して、個々の研究をきっちり把握しているのです。根井研と長谷 部研という対極的なスタイルながら大成功している 2 つの研究室に在籍できたことは本当に幸運でした。 ここでの私のミッションは「長谷部新学術に PacBio シーケンサーを導入し、それを運用すること」でした。 なにしろ根井研にいるときは全く実験をしていなかったので、最新のシーケンス技術から完全に取り残されて いた私は、最初かなり戸惑いました。また、長谷部研の研究は植物が主な研究材料でしたので、これまで動 物中心の研究を行っていた私は、これにも大変戸惑いがありました。しかし、この時の経験が研究者として の幅を広げ、現在進めている次世代シーケンサーを用いた研究を行う上で大きな糧となりました。また、玉 田洋介さん、真野弘明さん、大島一正さん(現在京都府立大学)など、既にプロジェクト以外に自分でも研究 費を獲得しているような同年代の方が数多くおり、 「研究者として生き残っていくためには、こういうレベル に到達しなくてはいけないのだ」という意識を持つことができました。というわけで、当初戸惑いもあったプ ロジェクトでしたが、このような方々の支えもあり、何とか PacBio の購入と設置にこぎつけることができまし た。 このように、長谷部研での日々は刺激の連続でしたが、幸運にも国立遺伝学研究所の遺伝情報分析研究室 に助教として採用していただけることになり、2012 年の 1 月末に三島に引っ越しました。結局岡崎に住んで いたのは 10 か月ほどでしたが、私生活でも長女が誕生し、非常に密度の濃い充実した時間を過ごすことがで きました。 現在:国立遺伝学研究所( 2012 年∼) 2012 年の 2 月 1 日、遺伝研着任初日は、本当に記念すべき 1 日でした。木村先生、太田朋子先生など、数 多くの世界的集団遺伝学者、分子進化学者が在籍し、現在もこの分野を世界的にリードする遺伝研で研究す る機会が訪れるとは!五條堀孝先生(現在サウジアラビア王立科学技術大学)と初日にいろいろと議論させて 五條堀・池尾研も長谷部研同様非常に大きな研究室で、五條堀先生、池尾一穂先生を中心に数多くのプロ ジェクトが進行しています。しかし、両先生は私に自由な研究を推奨してくださいました。これは本当に有難 い話で、五條堀・池尾研および遺伝研の最先端の設備を存分に使いながら自分の研究ができる、まさに理想 的な環境です。現在は、今回の奨励賞の研究テーマである「マイクロ RNA の進化」と並行して「性染色体の 進化」に関する研究を主にショウジョウバエを用いて行っています。ようやく自分でも研究費を取得できるよ うになり、遺伝研の他の研究者に揉まれながら充実した研究生活を送っています。 進化学会研究奨励賞 受賞記 いただきながら、大変な感慨があったのを思い出します。 33 日本進化学会ニュース さいごに このように、数々の幸運(実際には今回紹介した以外にも数多くの方々のお世話になりました)に恵まれて 何とか研究生活を続けてくることができた私ですが、これまではあまりにも「 Survival of the luckiest( by 木 村資生先生) 」であったように思います。生物進化同様、幸運(偶然)をつかむこともちろん大切ですが、少 November 2015 」や「 Survival of the niche filling variant( by 根井正利先 しは「 Survival of the fittest( by Charles Darwin ) 生) 」のように、幸運を活かしつつ自分で未来を切り開いていけるような研究者になれればと考えています。 そして、少しでも多くの人に「面白い!」と感じてもらえるような進化研究を行なっていけたらと思っていま す。 研究奨励賞受賞記 一途で楽観的だった私の修業時代 平沢達矢(理化学研究所) このたびは日本進化学会研究奨励賞を賜り光栄に思います。同時に、これまで私を支え、鍛えてくださっ た方々への感謝をあらためて感じております。私の研究人生はこれからこそが勝負の時期ですが、そのス タート地点に立つまでのこれまでの経緯を勝手に振り返ってみます。 少年時代 私の幼少期、現在の専門につながる体験の最古の記録は 4 歳のときに国立科学博物館で開催された「イグ アノドン展」にさかのぼります。この特別展では、有名なベルギー・ベルニサール炭鉱で発掘されたイグアノ ドン化石が展示されていました。今から考えると 4 歳にとって実物化石は渋すぎるのですが、恐竜という現在 の動物とは異なるかたちをした動物に強い魅力を感じたようです。そのときに買ってもらった図録は何度も読 み返し今でも大切にとってあります。 それから私は図鑑を見るのが好きな子どもでした。怪獣などへの興味は人並み程度で、それよりも実在の 動物のことについて知るのが楽しかったようです。なかでも「大むかしの動物」の図鑑がお気に入りでした。 この時点で普通の子どもより恐竜や絶滅動物が好きだったわけですが、職業として古生物学者になろうと 決心する転機が小学校 6 年生のときにありました。映 画「ジュラシックパーク」 ( 1993 )の公開にともなう恐 竜ブームがこの年涌き起こったのです。映画の人気と 関連して、子ども向けだけでなく大人向けの本がたく さん出版されました。そのような本に登場する古生物 学者に憧れ、この頃私はプロの古生物学者になろうと 決心しました。そして、 「 PALEONTOLOGY LAB 古 分の部屋に掲げていました。その厚紙でできたルー ムプレートは今でも私の手元にあり、いつか自分の研 究室を持てたときに再び掲げようと思っています。そ 写真 1 私に影響を与えてきた本たち。左から、国 、 立科学博物館「イグアノドン展」図録( 4 歳のとき) フィリップ・カリー「恐竜ルネッサンス」 (中学生のと き) 、倉谷滋「動物進化形態学」 (学部生のとき) 。 れから刺激を受けた本として、フィリップ・カリー博 士が書いた「恐竜ルネッサンス」 ( 1994 )や、季刊雑誌 「恐竜学最前線」が挙げられます。 「恐竜学最前線」に 進化学会研究奨励賞 受賞記 生物学研究所」というルームプレートを厚紙で作り自 34 日本進化学会ニュース は分岐学を導入した説明も書かれており、中学生の頃 からノードや共有派生形質の概念を知ることができた のは幸運だったと思います。 以降、子どもの頃の決心は変わることなく、プロの November 2015 古生物学者になりたい一心で勉強して、東京大学理 科二類に入りました。 写真 2 研究者になろうと決意して早々に作成した ルームプレート。 学部時代 学部 2 年で学科を選択するときに、生物学科と地学科のどちらに進むのか迷いました。いろいろ考えた末、 「学生時代を逃したら、地質学の実習を受ける機会はなくなってしまうのではないか」等の理由で、地学科を 選ぶことにしました。 卒業研究は、大路樹生先生のご指導の下、岩手県岩泉町にある北部北上・陸中層群小本層という下部白亜 系の地層の研究を行いました。なぜこのフィールドを選んだかというと、小本層からは陸上植物の化石が産 出することが知られており、また同じ地域に分布する宮古層群からは竜脚類恐竜(茂師竜)が発見されている ので、あわよくば陸生脊椎動物化石を見つけることができるかもしれないとの期待をしたからです。 (結局見 つかりませんでした。 ) 私が調査をしていたときは小本層の露頭は風化が進んでおり、地質学巡検で行くような地域と違って、岩 石の同定や地質構造の観察が難しいフィールドでした。まず地質図を作成するために一人で林道や林の中を 毎日歩き回りましたが、最初はなかなか化石も見つからないし、ここで卒業研究ができるのだろうかと途方に 暮れる日々となりました。しかし、今思い出してみると、このとき研究対象をありのままにじっくり観察し、 そこに何かおもしろい事実はないか必死に探した経験は、その後はできない贅沢なものだった気がします。 当時はネットにもつながらなかったので自分のアタマと体でなんとかしなくてはならない状況でしたが、その 経験は現在、いざとなれば充実した実験設備や研究費がなくてもサイエンティストとして何かの研究はでき るという今の私の楽観的な考えにつながっています。 また、学部時代の後半からは、古脊椎動物学の勉強を本格的に始めました。医学部の犬塚則久先生が「骨 ゼミ」という比較解剖学の英文教科書の輪読を中心とした勉強会を開いてくださっているという話を聞きつ け、さっそく骨ゼミに入れていただきました。古い医学部 2 号館にあった犬塚先生の部屋には文献だけでなく たくさんの骨格標本があり、骨ゼミでは要所要所で実物の骨の形態を観察できました。やはり写真で見るよ りも実物を触ったほうが記憶に残りやすく、博物館標本の観察と合わせて、骨ゼミに通っていた時代に私の 形態学センスは磨かれていったのだと思います。 そして、学部 3 年の頃から、アメリカの古脊椎動物学会( Society of Vertebrate Paleontology, SVP )年会 に行くようにしました。当然このときは古脊椎動物学研究を始める前だったわけですが、早いうちから研究の 最前線を見ておく必要を強く感じていたのです。旅費を工面するのは大変でしたが、今でもこの判断は正し かったと思っています。 大学院時代 先生は学生が考えたテーマでも自由に研究をやらせてくださるという方針でしたので、私はいよいよ恐竜の 研究を開始することにしました。この時点ですでに SVP 年会に 2 回出席していて保存状態のよい標本を扱っ た研究におもしろさを感じていたため、研究対象とする標本は国内にあるものではなく、欧米の博物館にある 標本にしようと決めていました。 問題は、調査にかかる旅費でした。SVP 年会で、学生でも申請できる Jurassic Foundation という研究費が あるという情報を聞いていたので、このとき初めて研究費申請書を書きました。A4 で 5 ページほどの英文申 進化学会研究奨励賞 受賞記 大学院はそのまま地球惑星科学専攻に進学、大路研究室でお世話になりました。ありがたいことに、大路 35 日本進化学会ニュース 請書は、SVP で知り合った Leon Claessens 博士に添削してもらいました。幸運にも私の申請は採択され、カ ナダ・アルバータ州のロイヤルティレル古生物学博物館で 2 週間ほど獣脚類恐竜の標本を研究するチャンス が得られました。 今でももちろんそうですが、博物館の調査に行く前には、所蔵されている標本についてできるだけ情報を November 2015 集めて行きます。この最初の博物館調査のときは特に細かく調べてから行ったのですが、着いてみると、私 の研究上とても重要だと考えていた RTMP 91.36.500(Gorgosaurus libratus)の産状から型どりしたキャスト が見つかりません。担当者に いても、そういうものは見たことがないとのこと。しかし、私は中学生のとき に東京の恐竜展でそれを見たことがあり、必ずどこかにあるはずだと考え探しました。数日後にそれは見つか り、以降、そのキャストには RTMP 2005.00.24 という標本番号がつけられることになりました。どうやら中 学生のときに恐竜展を観たことは無駄ではなかったようです。 その後も大学内の学生向け海外渡航費援助などに申請し、ニューヨークのアメリカ自然史博物館など、ア メリカ、ヨーロッパの博物館で獣脚類恐竜の化石を調査してまわりました。私が注目していたのは胸郭骨格 だったのですが、頭骨などと異なりほとんど研究されておらず、肋骨の同定は結構いい加減なことがありま す。そのため、私が同定しなおした標本も少なくありません。獣脚類恐竜の研究者は古脊椎動物学の中でも かなり多く競争も激しいほうですが、私はあまり注目されてこなかった胸郭骨格を研究対象とすることで、論 [1] 文 も掲載され、学位を取ることができました。 大学院時代は、専門分野以外にも貴重な人脈を拡げることができました。特に、東大理学系研究科の同世 代の大学院生を中心とした「科学者コミュニケーション」グループ 0to1( zero to one )の中で、物理学や数学 を研究する友人ができたことはかけがえのない財産です。これを読んでくださっている学生の方には、大学 院生のうちに自分とは異なる専門分野にたずさわる同世代の人と知り合う機会を作っておくことを強くおすす めします。 大学院を出た後の研究分野について考え始めたとき、私はこれまでとは少し違う研究をしたいと思いまし た。大学院時代の私の研究は、機能形態学に重きを置くものでした。脊椎動物の化石からは、骨の形態だけ でなく関節や筋の付着痕についても調べることができ、その動物が生息時どのように動いていたのかを復元 するという研究にはよく向いています。当時 SVP 年会に行くと、有限要素法を用いた骨の構造解析を始めと した、機能や適応に関する研究がとても流行していました。そのような状況の中で私は、同じようなアプロー チをする研究者がたくさんいるようなテーマを続けていてもおもしろくないのではないか、自分にしかできな いような研究がしたいという思いをだんだんと強くしていました。そこで、進化発生学の研究に転向すること にしました。 脊椎動物の骨化石は、骨や筋の相同性をたどっていくのに適しています。脊椎動物の骨は 1 個 1 個が独立 したパーツで、形態や相対的位置関係を比較しやすいですし、筋の付着痕も化石に残ることがあるからです。 したがって、相同性や進化的新規形質の背後にある発生メカニズムを研究対象にする進化発生学を選ぶのは 当然だったと言えるでしょう。また、私は学部生のときに出版された倉谷滋先生の「動物進化形態学」 ( 2004 ) を通読していて、分野のおもしろさについてある程度触れる機会もそれまでにありました。 古生物学と発生学を合わせた研究は古くからあるものですが、ずっと化石を研究してきた私が胚発生を調 べることで、普通は見逃されてしまうようなことの発見につながるのではないかとそのときの私には(楽観的 研究員時代 大学院を出た後、理化学研究所の基礎科学特別研究員として神戸の形態進化研究グループ(現、倉谷形態 進化研究室)で研究できることになりました。しかし、どんどん論文を書いていこうと意気込んでいたのに、 最初の 2 年間は何も発見ができませんでした。 1 年目は、日本学術振興会の若手研究者派遣制度により 4 か月間アメリカで研究できる機会がありました。 進化学会研究奨励賞 受賞記 に)思えました。 36 日本進化学会ニュース 研究室の先輩で哺乳類の中耳の進化を研究されていた武智正樹博士とともに、まず 1 か月間、アメリカ自然 史博物館(ニューヨーク)とハーバード大学比較動物学博物館で、単弓類の化石骨格を中心に調査を展開し、 、シカゴ大学 Neil Shubin 研究室で研究をさせていただきました。シカ その後 3 か月間(武智博士は 1 か月間) ゴ大学では、私がルイジアナの共同研究者に頼んで集めてもらったアメリカアリゲーターの胚の研究を行いま November 2015 した。恐竜を対象にした進化発生学研究を進めるために、比較用にワニ類の胚のデータを集めたかったから です。ところが、論文を書けるほどの発見はできないまま帰国の日を迎えてしまい、さらに 2 年目も何も成果 がないまま過ぎ去ってしまいました。この間は、ニワトリ胚−ウズラ胚間の移植実験などをやったりもしてい ましたが、基本的に「勉強」 、良く言えば「文献調査」の期間だったと思います。 3 年目になり、基礎科学特別研究員の任期終了がせまってきました。この頃、倉谷先生から、次に研究員と (それまで成果が出ていなかったのにありが して雇える条件として「論文を 2 本書くこと」を提示されました。 たい話です。 )そこで、ストーリーがまとまりつつあったカメの進化の研究に関する研究論文と、倉谷研に来 て以来「勉強」してきた横隔膜の総説を、必死で書きました。横隔膜の総説の方は、少し書き進めているうち に研究のアイデアを突如ひらめき、これまでの「勉強」を「文献調査」に変え、1 年目にアメリカの博物館で集 めてきた化石のデータを加えることで、総説ではなく新しい仮説を示す研究論文のかたちになりました。これ [ 2, 3 ] ら 2 つの論文は無事出版されることになり 、どうにか研究者として生き残ることができました。 これまでの私の修業時代をこうして振り返ってみると、子どもの頃に決意した夢を一途に楽観的に追い続 けてしまっただけのように思えます。研究生活を進めていくうちに対象は恐竜だけでなくさまざまな脊椎動物 に広がりましたが、化石の研究を続けていられるのでとても幸せです。最近は、脊椎動物骨格の進化につい [4] て古生物学と発生学の両方の知見をカバーした総説 を倉谷先生と共著で書きました。このあたりで、よう やく学者としてのスタート地点に立てたかなと思います。 最後に、これまでの研究を支えてくださった方々に、この場を借りて御礼申し上げます。学生時代の指 導教員である大路樹生先生、脊椎動物の比較解剖学を基礎から教えてくださった犬塚則久先生、脊椎動物 化石の研究法を指導してくださった真鍋真先生、Leon Claessens 博士、Patrick O Connor 博士、故 Farish Jenkins, Jr. 教授、大学院でさまざまな議論をさせていただいた藤原慎一博士、伊庭靖弘博士には、修行時代 に鍛えていただき、それが今でも私の学者としての基盤となっていると感じています。現在の上司である倉 谷滋先生には、ただの古脊椎動物学者に過ぎなかった私を研究室に入れて自由に研究できる場を与えていた だき、進化発生学の世界観を叩き込まれました。また、進化発生学の分野に飛び込んでから、Neil Shubin 教 授の下での研究生活、太田欽也博士、武智正樹博士をはじめとした倉谷研の先輩や同僚の研究員の方々との 議論により、私の研究能力は格段に向上しました。研究を手伝っていただいているテクニカルスタッフの藤 本聡子さんには、分子生物学実験を教えていただきました。 これから私に恩返しができるとすれば、良い論文を書くことと、良い研究室を作ることだと考えています。 ここでいう私にとっての「良い」の基準は、関わった人に誇りに思ってもらえるような、影響力の大きい発見 や、おもしろい(マジメにおもしろいものからヘンテコなものまで)発見を含んでいるというものです。それら を実現させるために、これまで以上に学者としてのセンスを磨いていきたいと思います。 進化学会研究奨励賞 受賞記 引用文献(すべてオープンアクセス) [ 1 ] Hirasawa, T. (2009) The ligamental scar in the costovertebral articulation of the tyrannosaurid dinosaurs. Acta Palaeontologica Polonica 54(1): 49–59. [ 2 ] Hirasawa, T. and Kuratani, S. (2013) A new scenario of the evolutionary derivation of the mammalian diaphragm from shoulder muscles. Journal of Anatomy 222(5): 504–517. [ 3 ] Hirasawa, T., Nagashima, H. and Kuratani, S. (2013) The endoskeletal origin of the turtle carapace. Nature Communications 4: 2107. [ 4 ] Hirasawa, T. and Kuratani, S. (2015) Evolution of the vertebrate skeleton: morphology, embr yology, and development. Zoological Letters 1: 2. 37 日本進化学会ニュース 研究奨励賞受賞記 海洋生物の多様な性システムと矮雄の進化の謎を、 数理モデルで解き明かす November 2015 山口 幸(神奈川大学・工学部) この度は、このような大変名誉ある賞を賜り、大変光栄に思います。分子やゲノムを扱っていない私の研 究を評価してくださった選考委員の先生方に、心より御礼申し上げます。 私は海洋生物の生活史や多様な性システムの進化を、動的最適化やゲーム理論を用いてモデル化してき ました。それだけでなく、数理モデルで得られた結果をフィールド研究に役立てたいと思い、共同研究者の 方々にご指導を受けながら、実証研究も同時におこなってきました。今まで私が研究対象としてきた海洋生 物は、おもにフジツボです。なぜフジツボなのか? よく聞かれる質問です。フジツボとの出会いから現在に 至るまでの研究、そしてこれから私が目指す進化生物学における数理モデルをお話したいと思います。 海洋生物との出会い 海のない奈良県育ちの私は、小さい頃から植物や昆虫には馴染み深く、将来自然に関わる仕事をしようと 漠然と思っていました。高校の物理の先生の影響を受けて、大学では物理科学科に入学してからも、山の植 生調査のお手伝いをしたり、博物館の虫のイベントに参加したりしていました。しかし、海の生物に関わるこ とは 20 歳になるまでほとんどなかったのです。 大学 2 年生の 3 月、偶然にも大学の掲示板で、京都大学瀬戸臨海実験所の公開臨海実習のお知らせを見つ けました。海の生物のことを全く知らなかったのに、突如として「行ってみよう」と思ったのです。参加して みると、ドキドキとワクワクの毎日でした。顕微鏡での線虫の観察や、ウニの DNA を取り出す実験、アメフ ラシの解剖など多彩な実験が毎日あり、寝る時間がほとんどありませんでしたが、とても楽しかったことを覚 えています。海洋生物が持つ独特な形や生態・行動に、心が惹きつけられました。 フジツボとの出会い 大学 3 年生になって、そろそろ進路を決めなければ、と思い始めました。物理科学科の授業は楽しかった のですが、将来やりたいこととは何か違うなぁ、複素数が出てこない実数の世界がいいなぁ、と思っていま した。大学院で生物学専攻に進むか、教職を選んで田舎の中学か高校の理科の先生になるか。この 2 択で悩 んでいたとき、偶然にも九州大学巌佐庸先生著の「数理生物学入門」という本に出会いました。数理の知識を 使って、生物の性やふるまいの進化を考える数理生物学に進もうと決めました。 数理モデルを使って生物のことをもっと知りたい、と思ったのはいいのですが、さて具体的に何をテーマ にしようか。小さい頃から馴染み深かった植物や昆虫では、おもしろい研究ネタをうまく見つけることができ ませんでした。では海洋生物はどうだろうか、ということで遊佐陽一先生(奈良女子大学理学部)にお話を聞 きに行きました。 遊佐先生の研究室を訪ねると、水槽の中でひたすら節のある脚を振っている変わった生き物を見つけまし なく、ソフトクリームのコーンのような形の持ち手がついた有柄タイプのものでした。 「不思議な生き物に出 会ってしまった」とまじまじ水槽をのぞきました。遊佐先生の説明によると、 「有柄フジツボには、小さな雄 がいて、それは矮雄と呼ばれるのだけど、それがなぜ進化してきたかを調べている」とのことでした。私はす ぐさま、フジツボ類の多様な性システムと矮雄の進化をモデルで解明しようと決めました。それ以来、フジツ ボの生態学者である遊佐先生とはずっと共同研究を続けており、尊敬するフィールドの研究者です。 進化学会研究奨励賞 受賞記 た。それが私とフジツボとの出会いでした。フジツボといっても、普通の富士山型の無柄タイプのものでは 38 日本進化学会ニュース フジツボの多様な性システムと矮雄の出 現モデル フジツボ(図 1)は岩礁帯から深海にまで 広く分布する甲殻類で、基本的な性は同時 November 2015 的雌雄同体です。一度定着基質(流木や他 の生物の体など)にくっつくと動けないた め、ペニスを使って近隣個体に精子を渡し て交尾します。フジツボでは自家受精はほと んど知られていません。有柄タイプのフジツ ボ(エボシガイ類)は性システム(異なる性 を持つ個体の組み合わせ)が生息水深によっ て変化し、さらには矮雄が出現する場合があ ります。この興味深い現象を動的最適化に よる計算で説明しました( Yamaguchi et al., 。 2008 ) 図 1 さまざまなフジツボ。 ( a )カメフジツボ。林亮太博士 の標本を撮影。○で囲んだところに矮雄がいる。 ( b )カルエボ シ。漂着ゴミに付着している。 ( c )クサズリウニエボシ。ウニ の棘に付着する。 ( d )ヒメエボシ。ハコエビの体表に付着して いる。 私は水深によるプランクトン生産性とフ ジツボの大型個体の性(雌か雌雄同体か)が矮雄の進化の有無を決めるのだろうと思い、この 2 つを環境パラ メータとしました。そして、フジツボ個体が残せる子どもの数を計算し、生涯の繁殖成功が最大になるような 生き方が、集団中にどんどん広がって、それに置き換わって行くという計算をしました。その結果、生産性の 高い浅い海では、フジツボ幼生はみんな大きな雌雄同体になるのが最も適応的です。一方、生産性が低い深 海ではなかなか大型個体になることができないため、小さな雄が集団中に侵入できるし、大型個体は雌にな るということがわかりました。この結果は、野外でのフジツボの性システムの傾向と一致しています。 ところで、フジツボの矮雄を発見したのは、進化論や種の起源で有名なダーウィンですが、その彼ですら 「なぜあまりにも小さい雄が進化してきたのか」について明確な答えが出せませんでした。私は、自分の一生 をかけてでも矮雄の進化の を解きたいと思っています。 あこがれの Eric Charnov と論文を書く フジツボの基本的な性はなぜ同時的雌雄同体なのか、ということをディスカッションした研究者がいて、そ れは性配分理論( 1982 )で有名なアメリカの Eric Charnov 教授でした。フジツボは固着性でペニスを使って 交尾することから、自分が雄として繁殖する際に相手の卵をどれだけ受精できるか、また自分が雌として繁 殖するにはどれだけ卵を生産するか、その 2 つの和でその個体の繁殖成功が決まります。卵を生産するため に資源をたくさん投資すれば、それだけ線形に繁殖成功が増えます。しかし、雄としての繁殖成功は事情が 少し異なります。もちろん精子生産にたくさんの資源を投資すれば、雄としての繁殖成功は増加しますが、 雌としての繁殖成功のように直線的に増加するのではなく、頭打ちしてしまうのです。それは、周りの個体 も雄として交尾するため、局所的配偶競争が起こるためです。この効果により、フジツボのような固着性で 。 繁殖集団が小さい場合は、同時的雌雄同体が進化しやすいと結論付けました( Charnov, 1982, 1987 ) chi et al., 2008 )は、Eric の論文を元にしています。環境条件を取り入れ、フジツボ各個体が経験する状態に よって、どの戦略(性機能への資源配分)が有利になるのかを計算しました。その論文を読んでくださったア メリカの John Zardus 博士から「 Society of Integrative Comparative Biology 2012 の Barnacle Biology シン ポジウムで講演をしないか」とお誘いをいただきました。また、その同時期に、偶然にも Eric Charnov とコン タクトをとることができ、シンポジウムペーパーとして、一緒にフジツボ理論のレビューを書くことになりま 。原稿の締め切りが迫ってきたときは、Eric から手書きのメモをスキャンした した( Yamaguchi et al., 2012 ) 進化学会研究奨励賞 受賞記 さきほど説明した動的最適化による、フジツボの性システムの多様性および矮雄の出現モデル( Yamagu- 39 日本進化学会ニュース ファイルが送られてきたりしたこともあり、短い執筆期間内での論文完成にがんばったなぁと思います。招待 !」 講演のお誘いや Eric との共著の話は本当に幸運なことで、このときほど「フジツボをやっていてよかった! と思ったことはないです。Eric とはお互いに事情があって、直接お会いしたことはないのですが、時々メー ルを交換して、進 状況を報告し合っています。 November 2015 寄生性フジツボ フクロムシの性的二型と性決定様式の 進化モデル 2012 年 1 月のアメリカでの招待講演の際、デンマークコ ペンハーゲン大学の Jens Hoeg 教授(図 2 )と再会しました。 Jens も Barnacle Biology シンポジウムの招待講演者で、フ ジツボの幼生の形態学の講演をしました。Jens は遊佐先生 の共同研究者でもあり、日本でお会いしたことがありまし た。彼はとても親切で、アメリカの滞在先のホテルで、私 の発表練習につき合ってくれて、プレゼンテーションに関 するアドバイスをくれました。私の本番発表後は、 「とても よかったよ」とフジツボの幼生の絵を描いたメッセージカー ドを渡してくれました。 図 2 日本が大好きな Jens と一緒に撮影。コ ペンハーゲンの Jens の自宅にて。 「海外の研究者とコンタクトするのは素晴らしい!」と感 動を味わった私は、Jens に「 3 月にコペンハーゲンに行きたい」と伝え、本当に行くことにしました。 Jens の研究室は、フジツボの形態、特に矮雄の形について詳しく記述し、また矮雄の繁殖行動のビデオ観 察をしていました。小さすぎる雄の交尾活動を写真に収めるのは大変なことですが、Jens や彼の学生さんは 電子顕微鏡を使ってうまく撮影していました。その技を見せてもらったり、大学附属博物館の標本収蔵庫に あるフジツボを見せてもらったり、とても楽しい時間を過ごしました。そのときは、共同研究の話は持ち上が らなかったのですが、その年の 10 月に再び滞在したときは、Jens から甲殻類に寄生するフジツボの話を聞き、 。その内容を紹介し それをもとに、巌佐先生との三人で、共著論文をまとめました( Yamaguchi et al., 2014 ) たいと思います。 カニなどの甲殻類への寄生性フジツボ(フクロムシ)は、大きく 2 つのタイプに分類することができます。 雌雄の幼生サイズに二型があり、母親が受精卵の段階で幼生の性を決めるタイプ(遺伝性決定タイプ)と、雌 雄の幼生に違いが全くなく、幼生が定着する宿主に応じて自らの性を決めるタイプ(環境性決定タイプ)で す。遺伝性決定タイプのフクロムシは、雌はカニへの寄生後に、雄を最大 2 個体受け入れます。というのは、 雌は雄を受け入れる「レセプタクル」という特別なポケットを作るため、雄の受け入れ数に制限があります。 一方で、環境性決定タイプのフクロムシは、カニに寄生して雌になった個体はレセプタクルを作らず、たくさ んの雄を受け入れることができます。雌が雄を受け入れるレセプタクルを作るかどうかによって、雌への定着 をめぐる雄間競争の強さが変わるでしょう。このことが各タイプの性決定様式を決めているのではないか、と いう予測をモデルにしました。レセプタクルによる雄受け入れ数の制限がある場合は、雄間競争に有利にな るように、母親は雄幼生のサイズを大きくし、受精卵の段階から性的二型を実現させる遺伝性決定が進化す 性を幼生自身が決めるという環境性決定が進化することを示しました。これは爬虫類で見られる孵化温度に よる性決定とは異なる、環境性決定の進化に関する新しいアイディアと言えると思います。 進化学会における市民へのアウトリーチ@大阪大会 2014 年に大阪で開催された日本進化学会では、一般市民向け研究紹介という企画がありました。これはぜ ひ参加して、みなさんに海洋生物のおもしろさを伝えたいということで、 「海の生き物たちはなぜ不思議な性 進化学会研究奨励賞 受賞記 ること、一方で雌がたくさんの雄を受け入れる場合は、雄間競争はかなり緩和され、出会った宿主に応じて、 40 日本進化学会ニュース をもつ? ( KS02:山口幸・安岡法子・澤田紘太) 」を行いました。海洋生物は、雌や雄だけでなく、同時的雌 雄同体、性転換といった多様な性を持っていること、そして多様な性が、生物を取り巻く環境とともに、どう 進化してきたのか。魚類(澤田) 、カキ(安岡) 、フジツボ(山口)を扱う研究者が、フィールド研究および理論 研究の両面から、性および繁殖行動の進化について解説しました。標本や写真を展示し、来場者のみなさん November 2015 に直接お話することで、私自身がとても勉強になりました。例えば、同時的雌雄同体って何?と小さな子ども さんに聞かれたとき、いかに生物学的に間違いがなく、彼らの年齢に合わせた答え方ができるかが大事だと 実感しました。今後もこのような研究アウトリーチの機会があれば、ぜひ参加したいと思います。 「海の生き物はなぜ多様 ここで宣伝ですが、今年 11 月に共立出版からスマートセレクション第 1 巻として、 な性を示すのか―数学で解き明かす ―」が発売されます。ぜひ本屋で手に取っていただけると幸いです。 これから私が目指す進化生物学における数理モデル 今までの生物適応戦略モデルでは、 「生物個体が残す子どもの数が最も多い生き方が集団中にどんどん広 まって、集団がその生き方に置き換わっていく」という適応の考えをもとに、適応度最大化問題を扱ってきま した。しかし、昨年のアウトリーチ活動で、来場者のみなさんに「性が変わったり、小さな雄が現れたりする のは、どのような物質やホルモンなどが効いているのか?」という至近要因を求める質問を多数受けました。 (その背景には、環境ホルモンによる生物の雄性化あるいは雌性化現象、といったニュースが報道されるよう になったことがあげられるのではないかと思います。 )私がこれまで行ってきた究極要因によるアプローチで は、この質問に答えることができません。また、適応度最大化では、それを引き起こす環境要因がわかった としても、生理学的メカニズムはブラックボックスのままです。 私がこれまで作成してきた数理モデルは、生物が示す表現型の進化を扱ってきました。これから私は、そ の表現型がどのような生理的メカニズムで引き起こされるのか、例えば外的要因によって変化するホルモン の動態、を取り入れた数理モデルの展開を行っていきたいと思います。さらには、生理的メカニズムを誘発 する遺伝子発現についても考慮していこうと考えています。つまり、ゲノムから生理的メカニズム、そして表 現型へとつながった数理モデルの展開です。このアプローチは、遺伝子制御ネットワークの実験研究をされ ている方々との共同研究にもつながるのではないかと期待しています。これは今、私が始めたばかりで、ど のような結果を近い将来ご報告できるか、楽しみにしながら頑張って進めていきたいと思っています。 名誉ある研究奨励賞受賞を励みに、これからも海洋生物のおもしろい現象の「なぜ」を、数理モデルから明 らかにしていきたいと思っています。最後になりましたが、受賞にあたって、これまで研究活動を支えてくだ さったたくさんのみなさまに御礼を申し上げます。ありがとうございました。そして、これからもご指導どう ぞよろしくお願い致します。 進化学会研究奨励賞 受賞記 参考文献・図書 ・ Charnov, E.L., 1982. The Theory of Sex Allocation. Princeton University Press, Princeton. ・ Charnov, E.L., 1987. Sexuality and hermaphroditism in barnacles: a natural selection approach. In A. J. Southward, ed. Barnacle Biology, Crustacean Issues, 5, Rotterdam: A. A. Belkema, pp. 89–103. ・ Yamaguchi, S., J.T. Hoeg, Y. Iwasa. 2014. Evolution of sex determination and sexually dimorphic larval sizes in parasitic barnacles. Journal of Theoretical Biology, 347: 7–16 ・ Yamaguchi, S., E.L. Charnov, K. Sawada and Y. Yusa. 2012. Sexual systems and life history of barnacles: a theoretical perspective, Integrative and Comparative Biology, 52: 356–365. ・ S. Yamaguchi, Y. Yusa, S. Yamato, S. Urano, S. Takahashi. 2008. Mating group size and evolutionarily stable pattern of sexuality in barnacles. Journal of Theoretical Biology. 253: 61–73 ・ 巌佐庸 数理生物学入門̶生物社会のダイナミックスを探る 共立出版( 1998 ) 41 日本進化学会ニュース 最優秀ポスター発表賞受賞記 ゲノムが解き明かす外来生物の急速な進化 November 2015 玉手智史(東北大学生命科学研究科) この度は、日本進化学会最優秀若手ポスター発表賞という大変光栄な賞をいただき誠にありがとうござい ます。このような賞をいただくことができたのも、研究発表を聞いてくださった方々や大会開催に尽力された 関係者の皆様あってのことと思います。この場を借りて厚く御礼申し上げます。今回、受賞記という形で私 の研究内容を伝える機会を頂きましたので、僭越ながら研究背景や今後の展望について、ちょっとした小話 を交え紹介させて頂きます。 私はデータベース上や生のゲノムデータを扱う、いわゆるバイオインフォマティクスを用いた研究を行って おり、現在は野外の外来生物集団を対象として研究を行っています。外来生物というと、在来生態系への影 響等悪い印象を持つかもしれませんが、その一方で、新規環境への侵入に伴う急速な適応進化機構を解明す るモデルとして近年注目を集めています。私の研究対象であるグリーンアノール(Anolis carolinensis)という トカゲは 60 年ほど前に小笠原諸島に侵入し、今では父島諸島や母島に広く生息していることが知られていま す。その際、小笠原諸島への侵入後にどのようなゲノム上の変化を起こしたのかについて、侵入先である小 笠原集団と侵入元である北米集団を用いたゲノム比較によってその環境適応要因を解明すべく研究を行って います。今でこそ次世代シーケンサ関連技術は充実していますが、私が研究を始めた当時は進化学会で「次 世代シーケンサを用いた」という言葉が入っているだけで、関心(感心)や驚きの声があがっていたことを鮮 明に記憶しています。そのような時代でしたので、有用な解析ソフトウェアなどあるはずもなく、集団遺伝学 の理論を基に自作スクリプトを用いて黙々と解析するしか術がありませんでした。近年ではビッグデータの流 行も相まって、進化学会でも次世代関連の発表が爆発的に増え、もはや「次世代」が枕詞のように使われる勢 いだったように思いますが、今年度の発表を見ていると、些か「次世代」を使った研究が減っているように感 じました(体感ですので悪しからず) 。勿論、一朝一夕に成果の出るものではないことは重々承知の上ですが、 ゲノム研究を行う上で研究対象がモデル生物か否かということは、研究速度と到達点を左右する主要因であ るように思います。実際私も相当苦労しました…。グリーンアノールは最も早くゲノムが解読された爬虫類で あるため、非モデル生物と比較すればマッピング難度は相当低いように思います。しかし、マウスやヒトと比 較すればリファレンスゲノムの精度が高いとは言えませんし、既知の遺伝子数や機能に至っては言わずもが なです。今回の研究では幸いなことに、既知の遺伝子群から侵入後に自然選択を受けたと思われる複数の遺 伝子を探索することができましたが、次世代データの何%を有効に活用できたのか、それに見合った成果を 出すことができたのかと問われれば答えに臆してしまうところです。しかしこれは落胆するようなことではな く、現時点では有効活用できないだけであって、今後新たな発見をもたらす財産であることに違いありませ ん。 現在、ゲノム解読・解析は敷居が低くなっており、近い将来、というか既に誰でもゲノムを読める時代に 情報が圧倒的に不足している現状が覆されることはあり得ないのではないかと思います。今回の研究対象で あるトカゲ一つとっても検出された遺伝子の機能と関連する表現型が、実際に侵入地域でのふるまいに影響 しているかどうかはまだ検証の余地があります。また、外来生物の拡大背景を理解するためには、ゲノムか らのアプローチだけではなく生態学的なアプローチも必要になるため、今後は在来生態系への影響等現地調 査を交えた研究を行っていきたいと考えています。私が勝手に思っているだけですが、バイオインフォマティ シャン(の卵)だからこそ、データだけではなく生の生き物に触れる機会を持つことが、ゲノムと表現型を繋 ぐ を紐解くために重要なのではないでしょうか! 最優秀ポスター発表賞 受賞記 なりつつあるのではないでしょうか。しかしゲノムデータの蓄積に対し、標的とする表現型や遺伝子に関する 42 日本進化学会ニュース 最後になりましたが、共同研究者の皆様、研究についてアドバイスを下さる研究室の仲間たちに感謝を申 し上げ、受賞記の締めとさせていただきます。 November 2015 第 10 回 みんなのジュニア進化学 超最優秀ポスター賞 受賞記 『ハクジラ類における後頭顆・環椎の形態比較』から みる適応進化 岡村太路(東京学芸大学附属高等学校) 『みんなのジュニア進化学』のポスター発表で超最優秀賞をいただき、ありがとうございます。参加してい る高校生の研究には分子レベルまで追求している発表も多くあるなかで、骨格標本を比較する研究をしてい る私が、このような素晴らしい賞をいただけるなんて思いもしていませんでした。でも、最優秀賞に『超』が 付いて、少々戸惑ってしまっているというのも正直なところです。 私が発表した研究は、イルカを含むハクジラ類における首の関節の適応進化についてです。私は幼い頃か ら恐竜や化石が好きで、博物館が主催する化石の観察会にもよく参加しています。今回の研究も、中学 2 年 の時に観察会で見つけたイルカ化石がきっかけです。 イルカは、水族館でも飼育されている、私たちにとってなじみ深い生物ですが、調べてみると生態につい ては驚くほど明らかになっていません。見つけた化石には、後頭顆と呼ばれる首を動かす関節の一部が残っ ていることがわかり、私は後頭顆とそれに対応する環椎で構成される関節に着目しました。200 個体を超える 現生イルカ標本を観察・計測することから始め、得られた計測データをもとに関節のモデル化を行いました。 すると、種によって可動角度は大きく異なり、首が動く種と動かない種が存在することが明らかになりまし た。さらに、関節の骨の長さや膨らみ具合が動きの大きさを決めていることもわかりました。そして、それぞ れの種の首の可動域と生息環境を分子系統樹に並べると、首の可動域が大きいイルカは浅い海に生息してい る傾向を見ることができました。これらのイルカは、種ごとに異なった方法でその環境に適応しているのでは ないかと推測されます。今後は、この研究を化石に適用させることで、イルカにおける首の適応進化の詳細 を明らかにしていきたいです。 私は、高校では水泳部に所属しています。イルカのように速く泳ぎたいと、日々練習をしているのです が、そう簡単にはいきません。人間が泳ぐ時には、息継ぎやターンをするために、首を動かさなければいけま の可動は邪魔ものであり、多くのイルカは首を固定させています。同じ哺乳類である人間とイルカとの違いを 考えると、改めて『進化』は実に不思議なもののように感じます。 この研究を進めるにあたり、私は実に多くの研究者の方々にアドバイスをいただいています。また、研究の 進め方や専門的なことは、グローバルサイエンスキャンパスという事業である『筑波大学 GFEST 』でサポー トを受けています。この『筑波大学 GFEST 』は、私のような研究を行っている中学生・高校生に対して、一 人一人の研究テーマにあわせて、大学の先生と大学院生が専属で研究をサポートしてくれるというプログラ ムなのです。さらに、私の研究は数多くの標本の観察・計測から成り立っているのですが、貴重な標本を快 く観察そして計測させていただいた博物館の方々には、本当に感謝しています。 私の研究は、高校理科の分野で言えば生物と地学にまたがる研究となってきています。今回の学会に参加 させていただき、多くの研究者からアドバイスをいただくことで、二つの分野をつなぐ『進化』という新たな キーワードを得ることができた気がしています。この研究は、簡単には答えを出せない壮大なテーマなのかも しれません。今回の学会で学んだことを糧にして、自分なりに少しずつ研究を進めていきたいと考えています。 10 回 みんなのジュニア進化学 超最優秀ポスター賞 受賞記 違って泳ぐ方向を確認するために、時々首を上げる必要があります。しかし、速く泳ぐためには基本的に首 第 せん。私は、最近は海でも泳いでいますが(オープンウォータースイムと呼ばれています) 、海ではプールと 43 日本進化学会ニュース ミーティングレポート 第 6 回 International Barcode of Life Conference に参加して November 2015 神保宇嗣(国立科学博物館) DNA バーコーディングは、DNA バーコードと 名付けられた標準的な短い塩基配列を用いて生物 [1] 種の同定を行う技 術である 。ゲルフ大の Paul Hebert 博士らによって提唱されたこの概念は、実 際に利用可能な同定支援システムの実現に向けた大 きな流れとなっている。特に、2010 年に立ち上げら れた国際 DNA バーコードオブライフ( international Barcode of Life: iBOL )は、様々な生物種を網羅 した DNA バーコード塩基配列ライブラリの構築と、 図 1 ゲルフ大学の入り口。グリフォンの大きな彫刻 が出迎えてくれる。 そのための様々な技術開発から教育までを幅広く 。現在、世界 28 か国および EU が参加している 実施する 5 年間の国際プロジェクトである( http://ibol.org/ ) が、日本は参加していない。DNA バーコーディングは、研究、保全から商業活動まで、様々な形で利用され ており、iBOL を中心としたコミュニティーも形成されている。 国際 DNA バーコードオブライフ・カンファレンス International Barcode of Life Conference は、研究者を 中心に、DNA バーコーディングの様々な関係者が一堂に会する場である。本会は隔年で行われており、6 回 。ゲルフは人口 12 目にあたる今回は 2015 年 8 月 18 日∼ 21 日にカナダのゲルフ大学で開催された(図 1 ∼ 3 ) 万人の静かな町で、トロント空港から車で 1 時間ほどのところにある。ゲルフ大学は、DNA バーコードを提 唱した Paul Hebert 博士の所属する大学であり、DNA バーコードの総本山ともいえる場所である。参加者は、 バーコーディングの現状を総括した上で、次の DNA バーコードプロジェクトは、新しい技術を背景に生物多 6 ていた。アジアからは中国とインドからの参加者が多く、日本からの参加は留学生を含め 8 名だったがまだま だ少ないという印象であった。 。DNA バーコーディングを、生物種の同定から、 今回のカンファレンスのテーマは「 Barcode to Biome 」 それを利用した生態系全体の理解という新たなステップへ進めていくことを意図したものである。Paul He- 生態系・生物多様性分野の研究や政策に対する DNA バーコーディングの貢献の基礎となるのは、やはり 図 2 メイン会場の Rozanski Hall。 図 3 ポスター会場の Science Complex。 に参加して International Barcode of Life Conference 。 様性を記述するメガサイエンスプロジェクトとして位置づけられるべきであると主張した(図 4 ) 回 bert 博士は、プレナリーセッションのトップバッターとして登壇し、iBOL プロジェクトの成功と現在の DNA ミーティングレポート 第 30 名の招待講演者をはじめ世界 60 か国から約 600 名で過去最多。若手から中堅の研究者と学生が多くを占め 44 日本進化学会ニュース 「種同定支援ツール」としての側面である。群集生 態、食物網や寄生などの生物間相互作用、生態モ ニタリングなどの基礎研究や基盤情報から、絶滅危 惧種保全・食品監視などのバイオサーベイランスや November 2015 不正取引などの応用面まで、その利用形態は多様で ある。今回のカンファレンスでは、8 つのテーマ別 プレナリーの 24 講演と、41 のパラレルセッションで 全ての話題が網羅されていた。パラレルセッション では同時に 6 ∼ 7 つが進行していたため、どれを聞 きに行こうか迷うほどであった。もちろん、その屋 図 4 Paul Hebert による基調講演。 台骨を支えるのは、各分類群の専門家の同定によっ て裏打ちされた DNA バーコード塩基配列のリファレンスライブラリーである。iBOL プロジェクトのミッショ ンの数値目標であった 50 万種のライブラリ構築が、2015 年に達成されたことが報告された。 コンファレンス全体を通じて、テーマである「 Barcode to Biome 」のキーとなる新しい技術は、いわゆる次 世代 DNA シーケンサーと Barcode Index Number( BIN )の 2 つであるように感じた。以下では、これらと DNA バーコーディングとの関係を紹介する。 次世代シーケンサーは、多量のサンプルをまとめて網羅的に解析することを可能にする。特に、環境 DNA のように、フィールドで採集した大量の生物を含むサンプルを、次世代シーケンサーを利用して解析する方 法は、DNA メタバーコーディング( DNA metabarcoding )と名づけられている。いわゆる環境 DNA と異な るのは、DNA バーコード領域のライブラリを利用して、種あるいはその上の分類群までの同定がある程度可 能な点だといえる。環境 DNA との関係では、宮正樹博士(千葉中央博)が、環境 DNA のパラレルセッショ [2] ンで、海水中に含まれる魚類由来の DNA を解析し、生息している魚類を推定する方法について報告した 。 また、著しく断片化された DNA から塩基配列情報を読み出すのにも次世代シーケンサーは活躍しており、プ レナリーセッションでは Michael Hofreiter 博士(ポツダム大学)が ancient DNA の次世代シーケンサーに べてインターネット上でユニークとなる BIN( BIN URI;URI = Unique Resource Identifier はインターネッ 6 Hausmann 博士(ミュンヘン動物学博物館)が、ゲルフ大学のバーコーディングチームと連携し、100 年以上 前の標本を含む 2700 個体のシャクガのホロタイプ標本のバーコーディングを行ったことを報告した。 Barcode Index Number( BIN )は、聞き慣れない方が多いかもしれない。これは、DNA バーコード配列 [3] の類似性をもとにサンプルをクラスタリングして番号付けする方法である 。BIN は、DNA バーコーディン る種や標本の情報が得られる。たとえば、カクモンハマキ Archips xylosteanaには、BOLD:AAC0366 という BIN URI が付与されている( http://www.boldsystems.org/index.php/Public_BarcodeCluster?clusteruri= 。BIN は、いわゆる分子情報に基づいた操作的分類単位 molecular operational taxonomic BOLD:AAC0366 ) unit( MOTU )の一種である。塩基配列の類似度に基づき作られるクラスターは、従来の分類で認識されて いる種にほぼ一致しており(種内分化が激しい場合や、分化の途中にある隠 種の場合など、対応しない場 合ももちろんある) 、意味としてはいわゆる「○○属の未同定種 1 」の「 1 」とほぼ同じである。しかし、学名と 同じように、対象のクラスターを誰でも同じように表記することが可能で、記載の代わりに BOLD システムを 通じてその番号が付与されたクラスターの特徴を知ることや、その BIN に属する標本を特定・参照すること が可能である。したがって、BIN は種の「代理」として使用することができる。私が参加した 4 年前( 2011 年) の会合では BIN を扱う講演は少なかったが、今回のカンファレンスでは、BIN は当たり前のものとして扱わ れるものになっていた。BIN の概念が、DNA バーコーディングのコミュニティー内で急激に普及したことが に参加して International Barcode of Life Conference ト上である個物(リソース)を指し示す ID )が付与され、BIN Database からそれぞれのクラスターを構成す 回 グの情報システムである Barcode of Life Data Systems( BOLD )で採用されている。登録された標本にはす ミーティングレポート 第 よる解析に関する総論を、分類学的なタイプ標本のバーコーディングに関するパラレルセッションでは Axel 45 日本進化学会ニュース うかがえる。 BIN は、特に分類学的な研究が進んでいない地域やグループでの生物相・生態系把握に有効であり、熱 帯地域のモニタリング等での活用が期待されている。今回のカンファレンスにおいて、BIN を使用した研究 の発表数がもっとも多かったのは、林床などの飛翔性昆虫を採集する据え置き型のトラップであるマレーズ November 2015 トラップとの組み合わせである。マレーズトラップで採集されたサンプルの DNA バーコーディング領域を次 世代シーケンサーでまとめて解析した後、BOLD システムでそれらに BIN を付与し、BIN に基づく種構成や DNA バーコード領域による系統的距離 phylogenetic distance の特徴、系統的な偏りなどを数値化する、と いう一連のプロトコルに沿ったものが多かった。多くが、世界各地でのマレーズトラップによる調査プロジェ クト Global Malaise Program( http://globalmalaise.org/ )によるもので、2012 年からの 4 年間に、34 か国 のべ 60 か所で実施されているという。今後は、BIN を考慮した種同定の自動化に関する研究や技術開発が 進んでいくものと思われる。また、カンファレンス後に、カナダの自然保護区で実施された DNA バーコード [4] および BIN を活用したインベントリー調査の成果も報告されている ) 。この調査の柱の一つである BioBlitz (一日のような短い期間を定めて、様々な分類群の研究者・愛好家・ボランティアが共同して調査を行う方 [5] 法 )が、本カンファレンスのプレカンファレンスとして開催された。 モニタリングや保全に関する発表で目についたのが、 「 taxonomic impediment 」というキーワードである。 日本ではあまり用いられることが無いキーワードだが、分類学の専門家不足が原因となって、生物多様性保 全をはじめとする分類学的知識を必要とするさまざまな活動に支障を来すことを指す。これまで分類学者に よって記載された生物は数百万種になるが、実際にはそれを大きく上回る未記載種が残っていることはよく 知られており、未知種を何らかの形で解析するのは制約や限界が大きい。BIN を導入し、種の代理となるク ラスターを認識することで、分類学者の助けなしに解析や必要な作業ができる部分が大きく広がると考えら れる。その一方で、様々な知見や知識と組み合わせた研究あるいは保全を考える上では、BIN にもやはり限 界があり、taxonomic impediment は依然として存在する。いくつかのセッションで DNA バーコーディング における分類学あるいは分類学者の貢献の重要性が主張されていたが、実際、足もとをみてみると分類学の 基盤はさらに脆弱になっているのは明らかであり、道のりは非常に厳しいといえる。 マレーゼトラップ調査である School Malaise Trap Program( http://malaiseprogram.ca/ )も行われている。 6 アマチュア研究者や一般の方々と連携する市民参加型科学( citizen science )のプログラムなどが考えられ る。ドイツの DNA バーコーディングプロジェクトでは、230 人ものアマチュア分類学者がサンプリング等に 参加するとともに、データベース講習を通じて自身の研究に DNA バーコーディングを適用するというフィー ドバックもあったという。DNA バーコーディング自身の教育も重要と考えられており、カナダ国内では、環 野外で見つけた生物サンプルを配布されている容器に入れ、連携したスマートフォンのアプリケーションで容 、サンプルを LifeScanner チーム 器の二次元バーコードを撮影して登録した後( GPS データが一緒にはいる) に送ると、バーコーディング塩基配列を決定した上で同定結果がアプリケーションに返ってくるものである。 これは、DNA バーコーディングプロジェクト開始時からのコンセプト「携帯型端末で種名がわかる未来」の実 現像である。誰でも参加できるこの試みが、DNA バーコーディングの裾野を広げることになるのだろうか。 最終日の午後には、開催されたファイナルセッションで最後に登壇した DNA バーコーディングの立役者 の一人である Daniel Janzen 博士は、自身の半生を振り返りつつ、コスタリカでの国立生物多様性研究所 ( INBio )の立ち上げから DNA バーコーディングまでの経験を語った。地道なフィールドワーク、研究所の立 ち上げ、様々なマーケティング、保護区の案内人である現地の方々のパラタクソノミスト教育など、様々な労 力が注ぎ込まれたことを聞き、研究から基盤構築まで地道に進めていくことの重要性を最後に再認識し、会 場を後にした。 に参加して International Barcode of Life Conference 。 もう一つおもしろい取り組みとして、LifeScanner というサービスが紹介された( http://lifescanner.net/ ) 回 境モニタリングと DNA バーコーディングの教育を目的として、バーコーディングチームと学校とが連携した ミーティングレポート 第 Taxonomic impediment を改善する可能性としては、分類学的知識をもつ「パラタクソノミスト」の教育、 46 日本進化学会ニュース DNA バーコーディングプロジェクトの活動に関して、いくつか アナウンスがあった。まず、今後の BOLD システムがバージョン 4 にアップグレードすることが予告された。さらに、DNA バーコー ディングに関する国際学会 International Society for the Barcode November 2015 of Life( ISBOL )の設立が提案された。2013 年の iBOL コンファ レンスで採択された昆明宣言 Kunming Declaration に記された、 DNA バーコーディングに関する国際的なコミュニティーの構築に 対応するものである。ISBOL の具体的な枠組みは、Barcode of Life の中心となっている組織やイニシアチブによって決められて いくことになる。今後の iBOL コンフェレンスは ISBOL の大会と いう位置づけになる。2 年後の 2017 年に開催する第 7 回 iBOL コ ンフェレンスの会場は、南アフリカのクルーガー国立公園 Kruger National Park が検討されている。 ゲルフ大はダウンタウンから離れた郊外にあり、開放的で気持ち の良いキャンパスであった。懇親会では、酵母やホップなど、ビー 図 5 懇親会で振る舞われた「 DNA バーコードビール」 。ラベルにイースト 菌のバーコードが印刷されている。 ルの原料となる生物の DNA バーコード塩基配列を ATGC の 4 色で 。記念撮影は大学内の あらわした「 DNA バーコードビール」がふるまわれており、人気を博していた(図 5 ) 広場に参加者を集め、自動無人ヘリコプターいわゆるドローンを使って動画撮影するというユニークなもので あった。 4 日間のカンファレンスでは、DNA バーコーディングの様々な研究活動、特にトレンドについて実際に感 じとることができた。個人的には、報告者の専門である鱗翅類の「 barcoder( DNA バーコーディング界隈で の関係者の呼び名) 」に多く会うことが出来たのが収穫であった。一方で、Barcode Index Number も taxo- nomic impediment を解決する銀の弾丸では無く、その基盤となる DNA バーコーディングと分類学の関係に ついては、依然として深い溝があるように感じられた。日本は研究者レベルでは様々な研究や貢献が行われ セッションと一部のパラレルセッションは、ゲルフ大学公式の YouTube ページを通じてリアルタイム中継が行わ 6 な課題がある。今回の日本からの参加はこれまでで最も多かったが、それでもわずか 8 名である。今後、さら に多くの日本の研究者がこのカンファレンスに関心を持ち、参加者が増えることを期待したい。 本カンファレンスに関する詳細は、公式ウェブサイト( http://dnabarcodes2015.org/ )でみられるほ か、発表のアブストラクトは、Genome 誌の特集記事として公開されている(Genome 58(5): 163-303, doi: Twitter や Facebook など SNS でも情報共有されており、twitter ではハッシュタグ #dnabarcodes2015 で参加 者からのツイートが集約されている。これらの方法で興味を持った情報にアクセスしていただきたい。 末筆ながら、原稿をチェックいただいた東京大学大学院総合文化研究科の伊藤元己博士に御礼申し上げる。 引用文献 [ 1 ] Hebert, P.D.N., Cywinska, A., Ball, S.L., and de Waard, J.R. (2003) Biological identifications through DNA barcodes. Proceedings of the Royal Society B Biological Sciences 270: 313-321. doi: 10.1098/rspb.2002.2218 [ 2 ] Miya, M., Sato, Y., Fukunaga, T., Sado, T., Poulsen, J. Y., Sato, K., Minamoto, T., Yamamoto, S., Yamanaka, H., Araki, H., Kondoh, M. and Iwasaki, W. (2015) MiFish, a set of universal PCR primers for metabarcoding environmental DNA from fishes: detection of more than 230 subtropical marine species. Royal Society Open Science 2: 150088. doi: 10.1098/rsos.150088 [ 3 ] Ratnasingham, S. and Hebert, P.D.N. (2013) A DNA-based registry for all animal species: the barcode index number (BIN) system. PLoS One 8: e66213. doi: 10.1371/journal.pone.0066213 に参加して International Barcode of Life Conference 。 れており、現在はアーカイブ動画を見ることができる( https://www.youtube.com/user/uofguelph/videos ) 回 。プレナリー 10.1139/gen-2015-0087; http://www.nrcresearchpress.com/doi/abs/10.1139/gen-2015-0087 ) ミーティングレポート 第 ているものの、国レベルでの DNA バーコーディングプロジェクトへの参画が未だ果たせていないという大き 47 日本進化学会ニュース [ 4 ] Telfer, A., Young, M., Quinn, J., et al. (2015) Biodiversity inventories in high gear: DNA barcoding facilitates a rapid biotic survey of a temperate nature reserve. Biodiversity Data Journal 3: e6313. doi: 10.3897/ BDJ.3.e6313 [ 5 ] Lundmark, C. (2003) BioBlitz: getting into backyard biodiversity. Bioscience 54: 329. November 2015 第 23 回 研究室だより KAUST 紹介:紅海の辺からアッサラーム・ア ライクム! 峯田克彦( King Abdullah University of Science and Technology ) 筆者は、2014 年 6 月に北海道大学から、サウジアラビアのアブドラ国王科学技術大学( King Abdullah University of Science and Technology:KAUST )に異動してきた。本稿では、一年間サウジアラビアに住 んでみて感じたあれこれとともに、知られざるサウジアラビアの超一流(を目指す)大学を日本進化学会の皆 さんに紹介したい。 サウジアラビア まず初めにおそらく大部分の人がまったく縁のないと思われるサウジアラビアについて簡単に紹介したい。 2 サウジアラビアはアラビア半島の大部分を占める国で、国土の 3 分の 1 は砂漠である。面積は 215 万 km あ り、日本の約 5.7 倍の広さである。その広大な領土に、2,937 万人の人口( 2014 年時点)を有する。正式な国 名は、サウジアラビア王国であり、その名の通り、サウード王家の王様(現在はサルマン国王)が統治してい る絶対君主制の国家となっている。ご存知の通り、イスラム教(スンナ派 / ワッハーブ派)を国教としており、 厳格にその教義に従う。国内には、メッカとメディナの 2 つのイスラム教の聖地を有している。主な都市は、 アラビアへ日本からの直行便はなく、例えば、成田空港からドバイ経由でサウジアラビアのジッダ空港まで約 16 時間程度かかる。 サウジアラビアでの生活 サウジアラビアでは生活の全てにおいてイスラム教の戒律が守られている。毎日、朝から夜まで計 5 回のお 23 回 海外研究室だより ジッダなどである。夏の平均気温 45℃であり、基本的に日中外を歩くことは、かなり困難に感じる。サウジ 第 アラビア半島の中央に位置する首都のリヤド、東側のペルシャ湾岸にあるダーラム、西側の紅海沿いにある 紹介 紅海の辺からアッサラーム・アライクム! K A U S T 写真 1 KAUST のシンボル - THE BEACON 写真 2 構内のモスク ( King Abdullah Grand Mosque ) 48 日本進化学会ニュース 祈りを行うが、このお祈りの時間帯は、商店はシャッターが降り休業となる。買い物の際には常にこれらお祈 りの時間を気にしていないと買い物ができない。イスラム教における年間行事として、例えば、ラマダンとい う断食期間や大巡礼の期間がある。ラマダンの時期は、日の出から日没まで水も含めた食事を行わない断食 を行っており、様々なビジネスは、営業時間の短縮などの断食による影響がある。大巡礼の時期は、世界中 November 2015 のイスラム教徒が聖地メッカやメディナを目指してやってくる。サウジアラビアは受け入れる側であるが、そ のために国内の交通網は大混雑となる。本年の大巡礼では、将棋倒しによる多くの死傷者が発生したが、こ のような不測の事態ができる限り起きないよう国を挙げた準備を行っている。 日本とは異なり週末は、金曜日と土曜日であるが、これは、イスラム教での安息日が金曜日であることによ る。ちなみに、元々の週末は木曜日と金曜日であったが、他国とは週末の違いにより、実質的に他国と重な る平日が月、火、水の 3 日しかなく、ビジネスに大きな支障をきたしていた。そのような状況の中、驚くこと に 2014 年 6 月 23 日に当時のアブドラ国王が週末を金・土に変更することを決定し、その翌週 29 日から実際に 週末が変更されたという経緯がある。これは、サウジアラビア国王の持つ権力の大きさを象徴するできごと ではないだろうか。 また、特徴的なこととして、家の外では、女性はヒジャブ(顔を覆い隠す黒い布)とアバヤ(マントのよう なゆったりとした衣服)で頭からつま先まで覆い隠さなくてはならない。他にも、女性は車の運転が認められ ていない、学校は男女別々、レストランなどでの座席も基本的に男女は同席しないなど、日本とは大きな文化 的な違いを感じる。また、豚肉は、エキスも含めサウジアラビア国内に持ち込むことができず、トンカツや角 煮は夢の世界である。また、酒も禁止されている。これらは、サウジアラビアに滞在している外国人にも従う 必要があり、さらに、これらの宗教的な規律を守るため、通常の警察とは別に宗教警察が存在している。 KAUST KAUST は、サウジアラビアの西側、ジッダというサウジアラビア第 2 の大都市から紅海沿いに約 80 km 北上した場所に位置する科学技術系大学院大学である。2015 年 1 月に逝去されたアブドラ国王の指示で、 2009 年 9 月に開校した新しい大学で、昨年 9 月に開学 5 周年の記念式典を行ったところである。敷地は、約 2 つのセキュリティゲートを通って入る必要があるなど、厳重な警備が行われている。様々な制限のあるサウ ジアラビアの中で、サウジアラビア初の男女共学体制や女性の衣服の自由など(後述) 、非常に開放的な場所 であるためか、外部との区別は明確になっている。 2014 年 9 月時点で、学生総数 840 名、教員 132 名、ポスドク 401 名、研究員 153 名、その他の大学を維持す る職員 2,214 名という構成である。また、KAUST は 109 カ国以上の世界各地から各分野トップクラスの教員、 23 回 海外研究室だより らは少し離れているため、敷地の外はラクダのいる砂漠であり、敷地は高い塀で囲まれている。敷地内には、 第 3,600 ha の広さがあり、いわゆる東京ドーム 766 個分、山手線の内側の約半分くらいの広さである。大都市か 紹介 紅海の辺からアッサラーム・アライクム! K A U S T 写真 3 夕暮れ時の研究棟外観 写真 4 研究棟内の風景 49 日本進化学会ニュース 研究スタッフを迎え入れ、また同じく世界中から高い競争を勝ち抜いてやってきた学生達が学ぶ、国際色豊 かな環境となっている。実際に最近の QS World University Rankings 2015/16 では、教員あたりの引用数は なんと世界第 1 位、学生と教員の国際化率は、それぞれ第 4 位と第 5 位であった。このような国際的な環境で あるため、学内では英語が公用語であり、サウジアラビアの公用語であるアラビア語を話すことができなくて November 2015 も苦労することはない。敷地内には、大学や研究施設の他に、ショッピングセンターやレジャー施設が存在し ており(後述) 、2015 年 10 月現在、KAUST の敷地内には 6,000 人を超える住人が生活している。このように 国際的な環境の中であるが、日本人の割合は非常に少なく、進化学会元会長で、現在私の所属先の五條堀孝 教授( Distinguished Professor )を始めとする教職員とその家族まで入れても、総勢 40 名である。 このような環境を維持している KAUST の予算規模についても、触れておきたい。まず、運営の基盤とな る大学の基金(寄付金)は、$20 billion であり、これは米国のハーバード大学、エール大学に続き、世界第 3 位 の 規 模 で あ る( http://www.nonprofitcollegesonline.com/wealthiest-universities-in-the-world/ ) 。ま た、大学の運営に関する年間予算は、 $801 million( 2015/16 年度)であるが、これは、理研の年間予算(平 成 27 年度 842 億円:http://www.riken.jp/about/facts/ )とほぼ同規模である。これらの予算は、大学の設 備の維持、運営や購入のほかに、スタッフや学生の給与などに充てられる。KAUST では、すべての学生の 学費や住居費は大学負担であり、加えて奨学金も支給されるため、生活費などを心配することなく、勉強や 研究に専念できる。なお、この予算には、KAUST の別側面としての大学コミュニティの維持費用、例えば病 院や住宅、子供の学校、警備などに関わる費用も含まれているため、単純に比較すべきではないことも述べ ておきたい。 KAUST は日本の多くの大学と同様に学生教育と研究活動の機能を担っている。教育面としては Biological and Environmental Science and Engineering( BESE ) 、Physical Science and Engineering( PSE ) 、 Computer, Electrical, and Mathematical Science and Engineering( CEMSE )の 3 つの研究科( division ) があり、この研究科を横断する形で、Advanced Membranes and Porous Materials、Catalysis、Clean Combustion、Computational Bioscience、Desert Agriculture、Extreme Computing、Red Sea、Solar and Photovoltaics Engineering、Upstream Petroleum Engineering、Visual Computing、Water Desalina- KAUST の基本理念として、環境・エネルギー・水・食料の 4 つのキーワードがあり、それぞれの教育、およ び研究活動は、これらのキーワードを内包する形で行われている。 KAUST の研究活動における特徴的な組織として、すべての組織の基盤となる、Core Lab と呼ばれる 共通機器施設がある。この施設は、Analytical、Biosciences and Bioengineering、Coastal and Marine Resources、Imaging and Characterization、Nanofabrication and Thin Film、Advanced Nanofabrication、 23 回 海外研究室だより Bioscience Research Center( CBRC )は、BESE と CEMSE の 2 つの研究科にまたがる組織になっている。 第 tion and Reuse Research Center の合計 11 の研究センターがある。例えば、筆者の所属する Computational 紹介 紅海の辺からアッサラーム・アライクム! K A U S T 写真 5 学外の景色(道路から撮影した砂漠とラクダ) 写真 6 紅海に沈む夕日 50 日本進化学会ニュース Supercomputing、Visualization、Workshop の 9 つのグループに分かれており、HiSeq や Pac Bio などの次 世代シーケンサーを始め、電子顕微鏡、核磁気共鳴装置、大型計算機などの最先端の大型機器、さらには フィールド調査用の探査船までも共通機器として整備されている。この Core Lab には、学位を有する専門の 研究員が活動に従事しており、非常に高度な研究を共通の施設と人材を使って実施することが可能となって November 2015 いる。この共通基盤のおかげで、分野を超えた知識・研究の交流が盛んに行われており、様々な新しい取り 組みや成果が生み出されている。さらに、Core Lab で整備されている機器の 1 つとして、最近の研究には欠 かすことのできない大型計算機がある。2015 年 7 月時点で KAUST の大型計算機、Shaheen II( Cray XC60 ) は全世界で第 7 位の性能を有しており、中東ではもちろん第 1 位である。 私が所属する CBRC の五條堀グループでは、KAUST の目の前に広がる紅海に注目した海洋メタゲノム研 究を行っている。紅海は高い透明度と美しい珊瑚でダイバーたちには聖地と言われているが、研究者として 見ると紅海は、高い塩分濃度、高温な海水、低栄養分という特徴があり、環境適応や温暖化モデルなどの研 究材料として大変貴重なサンプルを入手することができる。さらに、紅海はアフリカ大陸とアラビア半島の裂 け目であり、現在もアクティブな地質学的な活動も行われていることから、熱水鉱床やブラインプールといっ た、入手困難な研究材料の宝庫とも言える。また、紅海だけでなく、砂漠や砂嵐、油田という当地ならでは 極限環境における進化、適応のダイナミクスなどにも注目して研究を開始している。研究グループとして、ま だ活動が始まったばかりであり、これから様々な成果を発信できる予定である。私自身も、これまで進めてき た神経系や感覚器の進化適応過程の研究を、魅力的な自然環境と充実した研究環境のもとで進めており、よ りアクティブに成果を出せるようにしていきたい。 KAUST での生活 KAUST での生活は、上述したサウジアラビアでの一般的な生活とはまったく異なっている。例えば、女 性の衣装制限や自動車の運転制限はなく、お祈りの時間にお店が閉まることもない。また、構内の共通言 語は英語であり、サウジアラビアの中にアメリカなどの別の国があるような錯覚に陥る状況である。学内に はレジャー施設も充実しており、映画館やボーリング場、ゴルフ場、ゴーカート場などが存在している。ま やシュノーケリング、ダイビングトリップなどのリクリエーションに参加したりすることもできる。買い物は、 構内にスーパーが 2 軒あり、食材や身の回りの品は最低限まかなうことができる。また、醤油や豆腐などの日 本食も購入可能である。物価は、よく言われるようにガソリンは水よりも安く、500 ml のミネラルウォーター は 1 本約 30 円であるのに対し、レギュラーガソリンは 1 L で約 12 円である。それ以外の物価は日本とそれほ 。構内には多くのレストランやファースト ど変わらないかやや高めに感じる( 1 サウジアラビアリアル= 32 円) フード、コーヒーショップがある。また、かなり割 身の舟盛りなどもサウジアラビアで食することがで きる。治安は驚くほど良く、自転車に をかける人 はほとんどおらず、夜に一人で歩いても怖さを感じ ることはない。 さいごに 世界水準の研究環境、高度な教育環境、そして 国際的な生活環境を誇る KAUST は、中東の地で新 たな研究への挑戦を続けている。21 世紀はイスラム 写真 7 ビーチ の時代と言われることがある。実際に、中東はオイ K A U S T 紹介 紅海の辺からアッサラーム・アライクム! 高であるが、日本食レストランもあり、いわゆる刺 23 回 海外研究室だより 金で利用することができる。KAUST の目の前の紅海では、プライベートビーチで過ごしたり、フィッシング 第 た、プールやトレーニングジム、体育館なども整っている。これらは住人であればほとんど無料か格安の料 51 日本進化学会ニュース ルの産出だけでなく、経済や科学においても少しずつ認知度が上がってきており、現在、中東の各国に世界 中から大学が進出してきている。すでに、米 MIT、米ニューヨーク大学、仏パリ大学(ソルボンヌ)は、現地 校や連携校をドバイやアブダビに開設している。いろいろな意味で、日々のニュースから中東の話題は尽きる ことがない昨今、本稿がサウジアラビア、そして、中東へ科学的な目を向けることに少しでも貢献できれば幸 November 2015 (了) いである。 編集幹事 荒木仁志(北海道大学大学院・農学研究院) 編集後記 今回は進化学会東京大会の報告を中心にニュースをまとめましたが、他のミーティングレポートや連載企 画の記事も含め、いつにも増して力作 いとなりました。全体を通して、分子進化からマクロな進化、理論 系から実験・フィールド系に至るまで、進化学のすそ野の広さを再確認する内容になったように思います。割 合としてややマクロ系のレポートが多めとなったのは、編集する側の好みの影響でしょうか。 つい先日スウェーデン・イエテボリ大学の臨海研究所でのマリン・サイエンス・ワークショップに参加して きました。また年末には、世界的な生物多様性保全研究グループ、Future Earth の BioGENESIS というプロ ジェクトミーティングがカナダ・モントリオールで開催されます。次号 3 月号ではこのあたりのミーティング レポートも盛り込めればと思っております。 編集後記 52 日本進化学会ニュース 日本進化学会庶務報告・活動報告 ( 1 )会員の状況 2015 年 8 月 5 日現在 November 2015 名誉会員 1名 一般会員 993 名 学生会員 219 名 合計 1,213 名 入会手続き中 19 名 ( 2 )役員 【執行部】 会 長 長谷部光泰 基礎生物学研究所 副会長 田村浩一郎 首都大学東京 事務幹事長 河村 正二 東京大学 会計幹事 入江 直樹 東京大学 庶務幹事 長田 直樹 国立遺伝学研究所 国内渉外幹事 西田 治文 中央大学 国内渉外幹事 蘇 智慧 生命誌研究館 編集幹事 荒木 仁志 北海道大学 web 担当 野澤 昌文 国立遺伝学研究所 国外渉外担当 北野 潤 国立遺伝学研究所 広報担当 奥山 雄大 国立科学博物館 生物科学学会連合担当 寺井 洋平 総合研究大学院大学 生物科学学会連合教科書問題検討担当 和田 洋 筑波大学 生物科学学会連合ポスドク問題検討担当 寺井 洋平 総合研究大学院大学 日本分類学会連合担当 村上 哲明 首都大学東京 自然史学会連合担当 三中 信宏 農業環境技術研究所 男女共同参画委員会担当 原 恵子 東京大学 編集委員(編集長) 荒木 仁志 北海道大学 編集委員(副編集長) 大島 一正 京都府立大学 編集委員 奥山 雄大 国立科学博物館 編集委員 工樂 樹洋 理化学研究所 編集委員 佐藤 行人 東北大学 編集委員 真鍋 真 国立科学博物館 編集委員 山道 真人 コーネル大学 会計監査 伊藤 剛 農業生物資源研究所 会計監査 西原 秀典 東京工業大学 【評議員】 河田 雅圭、河村 正二、倉谷 滋、郷 通子、斎藤 成也、嶋田 正和、西田 治文、 長谷川真理子、真鍋 真、三中信宏、宮 正樹、渡邉日出海、和田 洋 会 告 浅見崇比呂、池尾 一穂、今西 規、入江 直樹、巌佐 庸、遠藤 俊徳、岡田 典弘、 53 日本進化学会ニュース ( 3 )活動報告 2014 年 11 月 20 日 日本進化学会ニュース Vol.15 No.3 発行 2015 年 1 月 30 日 第 15 回日本進化学会賞・研究奨励賞・教育啓蒙賞の公告 3 月 9 日 日本進化学会ニュース Vol.16 No.1 発行 November 2015 5 月 21 日 学会賞選考委員会開催(クバプロ) 7 月 17 日 日本進化学会ニュース Vol.16 No.2 発行 8 月 20 日 評議員会 ( 4 )他学会、シンポジウムへの協賛、後援等 高校生バイオサミット in 鶴岡 2015 2015/08/02 ∼ 04 後援 日本進化学会 2015 年度評議員会議事録 【日 時】8 月 20 日(木)9:00 ∼ 10:50 【場 所】中央大学後楽園キャンパス 5 号館 2 階 5234 教室 出席者 、田村浩一郎(副会長) 、河村正二(事務幹事長、評議員) 、 【執行部】長谷部光泰(会長) 入江直樹(会計幹事、評議員) 、荒木仁志(編集幹事) 、蘇 智慧(国内渉外幹事) 、 西田治文(国内渉外幹事) 、野澤昌文( web 担当) 、寺井洋平(生科連担当) 、 三中信宏(自然史学会連合担当、評議員) 、 原恵子(男女共同参画担当) 【評議員】浅見崇比呂、池尾一穂、今西 規、岡田典弘、倉谷 滋、郷 通子、斎藤成也、 長谷川眞理子、真鍋 真 【オブザーバ】黒川 顕(第 18 回大会実行委員長) 第 1 号議案 2014 年 8 月∼ 2015 年 7 月業務報告 河村事務幹事長、事務局のクバプロより、進化学会の庶務・業務について資料 1 をもとに報告が行われた。 第 2 号議案 2014 年度決算報告 入江会計幹事より 2014 年度決算案について資料 2 をもとに以下の報告があった。 ・一般会員がほぼ横ばい、学生会員が若干の増加で、ほぼ予算通りの収入があった。 ・支出についてはほぼ例年通り執行されているが、黒字化傾向が続き、繰越金が 600 万円を超えているため、 2015 年度から年会への補助金を 100 万円に増額し、繰越金を適正な金額へ誘導する予定である。 また、伊藤剛、西原秀典両会計監査から適正に執行されている旨の報告があることが示され、2014 年度決 算案につき、全会一致で承認された。 第 3 号議案 2015 年度中間決算ならびに 2016 年度予算案 入江会計幹事より 2015 年度中間決算について、ほぼ例年通りの収入となっている旨、資料 3-1 をもとに説 明があった。また 2016 年度予算案についても、例年通りの予算立てとなっている旨、資料 3-2 をもとに説明 があった。また評議員に対して未納の学生会員への会費納入の呼びかけに協力するよう依頼があった。 第 4 号議案 学会賞・木村賞、研究奨励賞、教育啓発賞の報告 2015 年度の学会賞、研究奨励賞、教育啓発賞について資料 4-1 をもとに長谷部選考委員長から報告があっ た。斎藤成也評議員から木村基金の運営委員会での木村賞選考過程について、補足の説明があった。 会 告 以上、慎重な審議の結果、2015 年度中間決算ならびに 2016 年度予算案は全会一致で承認された。 54 日本進化学会ニュース また、木村メダルの在庫減少のため、既存の木村メダルを複製することについて、木村メダルの作成者で ある彫刻家の下山昇先生から許諾を得ていることが、資料 4-2 をもとに報告された。 第 5 号議案 各幹事・担当からの報告 進化学会ニュースについて荒木編集幹事から資料 5 を基に報告があった。 November 2015 ・フル PDF 化によってページ数の制約が少なくなり、内容の充実を図っている。 ・今後は会員の声を誌面に反映する仕組みについて検討したい。 庶務幹事からの報告については、長田幹事が欠席のため代理の河村事務幹事長から、昨年と今年のポス ター賞審査について資料 5 をもとに報告があった。 分類学会連合について村上担当が欠席のため、代理として三中自然史学会連合担当から資料 5 をもとに、 総会・シンポジウムの開催、ABS 問題対策ワーキンググループ、国立自然史博物館新設ワーキンググルー プの活動などについて報告があった。 自然史学会連合について三中担当から資料 5 をもとに、総会・シンポジウムの開催、児童向け一般書『理科 好きな子に育つふしぎのお話 365 』の刊行について報告があった。 生科連ならびに生科連ポスドク問題検討委員会は、寺井担当から資料 5 をもとに、生物学オリンピック、ポ スドク問題検討委員会の活動状況などの報告があった。自然史学会連合や分類学会連合と比べて、生科連 はシンポジウムを開催していないなど、活動が周りから見えづらいという意見が上がった。 男女共同参画学協会連合は、 原担当から資料 5 をもとに、第 4 次基本計画に対するパブコメの募集、シ ンポジウムの開催、第 4 回大規模アンケートの計画などについて報告があった。 第 6 号議案 評議員選挙への web 投票の導入について 評議員選挙への web 投票の導入について河村事務幹事長より報告があった。 昨年の評議員会の決議に基づき、事務局のクバプロを含めた 2 社に見積もりを依頼したが、執行部として は価格、使い勝手の印象、事務局として会員情報管理を既に行っている、といった理由からクバプロのシス テムを導入したいとの提案があり、全会一致で承認された。 また、web 投票の導入に伴い、細則の変更が必要になることから、細則第 3 章第 7 条の第 3 項を次のように 改定することが提案され、全会一致で承認された。 現状: 3. 一般会員の投票は 1 人 1 票、無記名 5 名連記とし、原則として郵送によるものとする。 改定後: 3. 一般会員の投票は 1 人 1 票、無記名 5 名連記とし、原則として本会の電子投票システムによるものとする。 郵送による投票も可とする。 第 7 号議案 2015 年度学会準備状況報告 第 16 回日本進化学会東京大会について、西田大会委員長より報告があった。 ・事前参加登録が 400 名を超えており、当日参加も含めて多数の参加者が見込まれる。 ・ 例年通りのプレナリー、シンポジウム、ワークショップ、一般演題、市民公開講座、市民向け公開イベン ト、夏の学校、高校生ポスター発表などのプログラムを予定している。 ・昨年比で一般演題がやや少ないが、シンポジウムとワークショップの件数・演題数、招待講演者数は大幅 に増加した。 ・今年はコングレスバッグ、スタッフ T シャツなども作成した。 第 8 号議案 2016 年度学会準備状況報告 た。 ・日程は 2016 年 8 月 25 ∼ 28 日。 ・ 会場は東京工業大学大岡山キャンパス。 会 告 第 17 回日本進化学会東京大会について、黒川次期大会準備委員長から、資料 7 をもとに以下の報告があっ 55 日本進化学会ニュース ・新学術領域「冥王代生命学の創成」 、東京工業大学地球生命研究所との共催シンポジウム、ワークショップ などを開催する予定である。 また、来年度から学部学生の参加費を免除してはどうかと、長谷部会長から提案があり、全会一致で承認 された。 November 2015 第 9 号議案 2017 年度以降の大会開催候補地について 2017 年の大会については、8 月下旬ごろ京都大学吉田キャンパスで、大会実行委員長を曽田貞滋会員にお 願いすることで内諾を得ていることが、長谷部会長より報告され、全会一致で承認された。 また、2018 年については東京大学、河村大会会長案、2019 年は北海道大学、荒木大会会長案があること が説明され、今後も検討していくこととなった。 なお、2018 年は中立説 50 周年にあたり、7 月 8 ∼ 12 日にパシフィコ横浜で SMBE が開催されるが、今回は 進化学会大会とのジョイントは行わず、田村次期会長を中心に進化学会主体のシンポジウムを企画するなど して連携する方針であることが報告された。 第 10 号議案 次期副会長(次々期会長)の選出について 次期副会長(次々期会長)につき、会則に基づいて選挙を行ったところ、河田雅圭会員、河村正二会員、 颯田葉子会員による決選投票となり、その結果、河村正二事務幹事長が次期副会長に選任された。 第 11 号議案 その他 なし。 以上 日本進化学会 2015 年度総会報告 【報告事項】 1. 2015 年度大会報告 西田治文大会委員長 2. 2014 年 9 月∼ 2015 年 8 月業務報告 河村正二事務幹事長・クバプロ 3. 2014 年度決算報告並びに会計監査報告 入江直樹会計幹事 4. 学会賞・木村賞、研究奨励賞、教育啓発賞の報告 長谷部光泰会長 5. 評議員選挙の web 投票化について 河村正二事務幹事長 6. 各幹事・担当からの報告 荒木仁志編集幹事 長田直樹庶務幹事 村上哲明日本分類学会連合担当 三中信宏自然史学会連合担当 寺井洋平生科連担当 原恵子男女共同参画担当 7. 2016 年大会の準備について 黒川大会準備委員長 8. 2016 ∼ 2017 年副会長( 2018 ∼ 2019 年会長)の選出について 長谷部光泰会長 【審議事項】 1. 2015 年度中間決算並びに 2016 年度予算案 入江直樹会計幹事 2. 2017 年度大会開催地について 長谷部光泰会長 追記:嶋田正和会員から本学会の法人化に対する考え方について質問があり、今後執行部で検討することと なった。 会 告 3. その他 56 日本進化学会ニュース 2014 年度決算報告書( 12 月 31 日現在) 収入の部 費目 2014 予算 2014 決算 差額 備考 − 30,603 November 2015 ①会費収入 3,027,500 2,996,897 ( 1 )一般会費 2,422,500 2,421,000 − 1,500 会員 950 人納入率 8 割 5 分で計算 ( 2 )学生会費 325,000 298,000 − 27,000 会員 250 人納入率 6 割 5 分で計算 ( 3 )滞納分 250,000 222,000 − 28,000 2013 年予算に準じる ( 4 )前受金 0 24,000 24,000 30,000 31,897 1,897 ②利息 0 784 784 ③誤入金 0 25,000 ④大会より返金 0 234,478 234,478 ⑤その他 0 0 0 当期収入合計 3,027,500 3,257,159 229,659 前年度繰越金 5,789,916 5,789,916 0 8,817,416 9,047,075 229,659 ( 5 )口座引落手数料本人負担分 本年度収入合計 25,000 年会費、大会参加費の誤入金。 ※会費収入予算は 2012 年度の会員数を元に算出 支出の部 費目 ①ニュース作成・印刷料等 2014 予算 2014 決算 840,000 ②業務委託費(前半期・後半期分) 1,132,320 差額 備考 737,490 − 102,510 年 3 回 PDF で発行。 1,148,496 16,176 ③事務費・通信費 235,000 335,182 100,182 ( 1 )( , 2 )の合計 ( 1 )選挙関連費 0 0 0 評議員選挙費用 ( 2 )その他 235,000 335,182 ( a )発送通信費 160,000 230,525 ( b )学会封筒代 30,000 41,040 11,040 長 3 形封筒 ( c )学会賞用賞状・筆耕費用 35,000 48,896 13,896 ( d )消耗品費用 10,000 14,721 4,721 1,000 0 − 1,000 200,000 141,081 − 58,919 ⑥負担金 90,000 70,000 ( 1 )生物科学学会連合運営費 50,000 50,000 0 50,000 円 / 年 ( 2 )日本分類学会連合分担金 10,000 10,000 0 10,000 円 / 年 ( 3 )自然史学会連合分担金 20,000 0 − 20,000 20,000 円 / 年 ( 4 )男女共同参画学年会費 10,000 10,000 0 10,000 円 / 年 ⑦雑費 45,000 39,676 − 5,324 ( 1 )( , 2 )の合計 ( 1 )SMBC ファイナンス手数料 40,000 35,380 − 4,620 年 2 回(会員数に応じて変動する) 5,000 4,296 − 704 10,000 0 − 10,000 500,000 500,000 0 0 24,790 当期支出合計 3,053,320 2,996,715 − 56,605 次年度繰越金 5,764,096 6,050,360 286,264 8,817,416 9,047,075 229,659 ④会議費 ⑤旅費、交通費 ( 2 )振込手数料 ⑧謝金 ⑨大会援助金 ⑩その他 70,525 − 20,000 ( 1 )( , 2 )( , 3 )( , 4 )の合計 24,790 誤入金の返金 会 告 本年度支出合計 100,182 ( a )( , b )( , c )( , d )の合計 57 日本進化学会ニュース 2014 年 収入−支出 0 普通預金(三井住友) 5,661,479 2014 年 12 月 31 日現在 November 2015 郵便振替 388,000 2014 年 12 月 31 日現在 郵便貯金 881 2014 年 12 月 31 日現在 現在残高 6,050,360 2014 年 12 月31日現在 2015 年度中間決算案( 6 月 30 日現在) 収入の部 費目 2015 予算 2015 中間決算 備考 ①会費収入 3,090,000 2,300,400 ( 1 )一般会費 2,550,000 1,890,000 ( 2 )学生会費 260,000 186,000 会員 200 人納入率 6 割 5 分で計算 ( 3 )滞納分 250,000 152,000 2013 年決算に準じる ( 4 )前受金 0 39,000 ( 5 )口座引落手数料本人負担分 30,000 33,400 ②利息 0 458 ③誤入金 0 0 ④大会より返金 0 0 ⑤その他 0 0 当期収入合計 3,090,000 2,300,858 前年度繰越金 5,789,916 6,050,360 8,879,916 8,351,218 本年度収入合計 会員 1000 人納入率 8 割 5 分で計算 ※会費収入予算は 2012 年度の会員数を元に算出 支出の部 費目 ①ニュース作成・印刷料等 ②業務委託費(前半期・後半期分) 2015 予算 2015 中間決算 備考 750,000 240,840 年 3 回発行すべて PDF で発行 1,132,320 582,336 クバプロ ③事務費・通信費 605,000 ( 1 )選挙関連費 260,000 ( 2 )その他 345,000 156,957 ( a ) ( ,b ) ( ,c ) ( ,d )の合計 ( a )発送通信費 200,000 156,957 ( b )学会封筒代 100,000 0 156,957 ( 1 ) ( ,2 )の合計 0 ( c )学会賞用賞状・筆耕費用 35,000 0 ( d )消耗品費用 10,000 0 1,000 0 200,000 35,524 ④会議費 ⑤旅費、交通費 評議員選挙費用 長 3 形封筒・角 2 形封筒 90,000 ( 1 )生物科学学会連合運営費 50,000 50,000 50,000 円 / 年 ( 2 )日本分類学会連合分担金 10,000 0 10,000 円 / 年 ( 3 )自然史学会連合分担金 20,000 40,000 20,000 円 / 年 ( 4 )男女共同参画学年会費 10,000 10,000 10,000 円 / 年 ⑦雑費 45,000 40,737 ( 1 ) ( ,2 )の合計 ( 1 )SMBC ファイナンス手数料 40,000 37,389 5,000 3,348 ( 2 )振込手数料 100,000 ( 1 ) ( ,2 ) ( ,3 ) ( ,4 )の合計 年 2 回(会員数に応じて変動する) 会 告 ⑥負担金 58 日本進化学会ニュース ⑧謝金 ⑨大会援助金 10,000 0 1,000,000 1,000,000 ⑩その他 November 2015 0 0 当期支出合計 3,833,320 2,156,394 次年度繰越金 5,046,596 6,194,824 本年度支出合計 8,879,916 8,351,218 2015 年 収入−支出 0 普通預金(三井住友) 4,370,943 2015 年 06 月 30 日現在 郵便振替 1,823,000 2015 年 06 月 30 日現在 郵便貯金 881 2015 年 06 月 30 日現在 現在残高 6,194,824 2015 年 06 月30日現在 2016 年度予算案 収入の部 費目 2014 決算 2015 予算 2016 予算 備考 ①会費収入 2,996,897 3,090,000 3,060,000 ( 1 )一般会費 2,421,000 2,550,000 2,550,000 会員 1000 人納入率 8 割 5 分で計算 ( 2 )学生会費 298,000 260,000 260,000 会員 200 人納入率 6 割 5 分で計算 ( 3 )滞納分 222,000 250,000 220,000 2014 年決算に準じる ( 4 )前受金 24,000 0 0 ( 5 )口座引落手数料本人負担分 31,897 30,000 30,000 ②利息 ③誤入金 ④大会より返金 当期収入合計 前年度繰越金 本年度収入合計 784 0 0 25,000 0 0 234,478 0 0 3,257,159 3,090,000 3,060,000 5,789,916 5,789,916 5,046,596 9,047,075 8,879,916 8,106,596 ※会費収入の予算額は 2014 年度の会員数を元に算出 支出の部 費目 ①ニュース作成・印刷料等 2014 決算 2015 予算 2016 予算 737,490 750,000 ②業務委託費(前半期・後半期分) 1,148,496 1,132,320 備考 750,000 年 3 回発行すべて PDF で発行 1,164,672 クバプロ ③事務費・通信費 335,182 605,000 355,000 ( 1 ) ( ,2 )の合計 ( 1 )選挙関連費 0 260,000 0 評議員選挙費用 ( 2 )その他 335,182 345,000 355,000 ( a ) ( ,b ) ( ,c ) ( ,d )の合計 ( a )発送通信費 230,525 200,000 250,000 41,040 100,000 48,896 35,000 40,000 ( d )消耗品費用 14,721 10,000 15,000 0 1,000 1,000 200,000 ④会議費 ⑤旅費、交通費 50,000 長 3 形封筒・角 2 形封筒 141,081 200,000 ⑥負担金 70,000 90,000 90,000 ( 1 ) ( ,2 ) ( ,3 ) ( ,4 )の合計 ( 1 )生物科学学会連合運営費 50,000 50,000 50,000 50,000 円 / 年 ( 2 )日本分類学会連合分担金 10,000 10,000 10,000 10,000 円 / 年 会 告 ( b )学会封筒代 ( c )学会賞用賞状・筆耕費用 59 日本進化学会ニュース ( 3 )自然史学会連合分担金 0 20,000 20,000 20,000 円 / 年 ( 4 )男女共同参画学年会費 10,000 10,000 10,000 10,000 円 / 年 ⑦雑費 39,354 45,000 45,000 ( 1 ) ( ,2 )の合計 ( 1 )SMBC ファイナンス手数料 35,380 40,000 40,000 年 2 回(会員数に応じて変動する) November 2015 ( 2 )振込手数料 4,296 5,000 5,000 0 10,000 10,000 500,000 1,000,000 1,000,000 24,790 0 0 ⑧謝金 ⑨大会援助金 ⑩その他 当期支出合計 2,996,393 3,833,320 3,615,672 次年度繰越金 6,050,682 5,046,596 4,490,924 本年度支出合計 9,047,075 8,879,916 8,106,596 日本進化学会ニュース Vol. 16, No. 3 会 告 発 行: 2015 年 11 月 10 日 発行者: 日本進化学会(会長 長谷部光泰) 編 集: 日本進化学会ニュース編集委員会(編集幹事:荒木仁志 副編集長:大島一正 編集委員:奥山雄大/工樂樹洋/佐藤行人/真鍋 真/山道真人) 発行所: 株式会社クバプロ 〒 102-0072 千代田区飯田橋 3-11-15 UEDA ビル 6F TEL : 03-3238 -1689 FAX : 03-3238 -1837 http://www.kuba.co.jp e -mail : [email protected] 60
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