ベトナムにおけるコーヒー農民の食料安全保障

国際農林業協力
目
次
Vol.32, No.3 通巻 156 号
巻頭言
食料安全保障をどう考えるか
特
柴田
明夫 ······· 1
横山
光弘 ······· 2
池本
幸生 ······· 10
冨田
沓子 ······· 18
紙谷
貢 ······· 29
八木
繁実 ······· 35
勝俣
誠 ······· 37
集:貧困農民と食料安全保障
飢餓人口 10 億人と世界食料サミット
ベトナムにおけるコーヒー農民の食料安全保障
「飢餓のない世界を創るために、NGO の役割」
論
説
飢餓の構図(3)
南風東風
西ケニアにおける昆虫食の利用
資料紹介
「アフリカ農業の挑戦」
JAICAF ニュース
「食・農・暮らしと生物多様性」を終えて
······· 39
本誌既刊号のコンテンツ及び一部の号の記事全文(pdf ファイル)を JAICAF ウェブページ
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巻
頭
言
食料安全保障をどう考えるか
丸紅経済研究所 所長
柴 田 明 夫
1
農林水産省は 2 月、「2019 年における世界の
食料需給見通し」を発表した。世界の食料需給
る経済活動の前提条件であり、その上で貧困問
題への対処があるといえよう。
は、人口の増加や新興国の所得水準の向上に伴
こうしたなか、逸早く食料不足に備えている
う食用・飼料用需要の拡大に加えバイオ燃料の
のが中国だ。同国は 2000 年以降、地域ごとに分
増加もあり、中長期的に逼迫した状態が続くと
散していた食糧備蓄施設を1つの国有企業
の内容だ。供給面での地球温暖化、水不足問題、
(SINOGRAIN)として企業化を進めてきた。
土壌の劣化などを考慮すると食料市場は、ます
2009 年には、国家食糧備蓄政策を打ち出した。
ます「不安定化」しつつあるといえよう。
主要作物であるコメ、小麦の買い付け価格を引
主要国は食料安全保障をどのように考えてい
き上げ、主要農産物の国家備蓄を厚くするのが
るのだろうか。実は、食料の安全保障について
主な目標である。対外的には、アフリカの支援
は必ずしも国際社会で認識が一致しているわけ
強化という形で耕地への投資を増やしている。
ではない。食料安全保障(フードセキュリティ
中国は発展途上国の代表として 1980 年代か
ー)といった場合、日本の関心事は食料自給率
らアフリカ 42 ヵ国に対しコメ栽培、野菜栽培、
の低さの問題であり、不測の事態に「量の確保」
淡水養殖、農業機械の訓練などの支援を行って
ができるかといった問題である。これに対し、
きた。2006 年 11 月には、ジンバブエ、ザンビ
国際社会においては、むしろ食品の安全(フー
ア、スーダンなどの首脳を招き、
「中国アフリカ
ドセイフティー)を指す場合が多い。
「量の確保」
協力フォーラム」を開催した。北京宣言で中国
は当然のことなのだ。また、途上国の食料不足
は、アフリカ支援のため、2009 年までの 3 年間
や貧困問題に対しどう対処するかといった問題
の行動計画を打ち出した。1)アフリカで1万
でもある。ちなみに、FAOの「世界の食料安
5000 人の各種人材を育成する、2)100 名の高
全保障に関するハイレベル会合宣言」やG8洞
級農業技術専門家を派遣する、3)10 数個の農
爺湖サミットでの「世界の食料安全保障に関す
業技術モデルプロジェクトを設立する、などが
るG8声明」は、飢餓・栄養不足に苦しむ途上
内容だ。短期的には、農業インフラの整備、農
国に対する対応を謳っている。換言すれば、主
業機械の輸出、中国農民の移転が目的だが、中
要国にとって食料の安全保障の確保は、あらゆ
長期的には耕地を取得し、食糧の安全保障につ
なげるといった狙いがあろう。こうしたなか、
SHIBATA Akio : Look at Global Food Security
日本は「不測の事態」に備えるのではなく「不
足の事態」に備える必要があろう。
-1-
特集:貧困農民と食料安全保障
飢餓人口10億人と世界食料サミット
横
はじめに
山
光
弘
•
の人々が慢性的な飢餓に苦しむ状況は受け入
2009 年 11 月 16~18 日、FAO 本部におい
れ難いということについて、インターネット
て、60 ヵ国の元首・首相、191 人の閣僚、182
上での署名を行う運動も開始された(FAO 日
ヵ国の参加を得て、食料安全保障に関する世
本事務所のホームページ上1でも署名可能)。
界食料サミットが開催された。
「食料サミット」と称される会合は、2015
年までの飢餓人口の半減を約束した 1996 年
及びそのフォローアップを行った 2002 年に
開催されている。今回の食料サミットは、2007
~08 年の食料価格高騰及び 2008 年後半から
の世界経済不況により、世界の飢餓人口が急
増していることに対する強い危機感を背景と
している。
演説するディウフ事務局長
ディウフ FAO 事務局長は、開会演説の中
で、「6人に 1 人に相当する 10 億人の飢餓人
1.飢餓人口の増大
口、2008 年から 1 億 500 万人の飢餓人口の増
世界の人口は、過去 40 年間に2倍になった
加、30 秒間に5人の割合で命を落としていく
が食料生産は2倍以上の伸びを示し、1人当
子供たち」という状況は、
「科学技術の発達に
たりの食料生産は着実に増加を示してきた。
より、人類が月や宇宙ステーションにまで行
1人当たりのカロリー摂取量は約 2300kcal か
けるようになった現代社会における悲劇であ
ら約 2800kcal に増えた。しかし、このような
る」と述べた。
平均的な姿と裏腹に、十分な食料を得られて
同事務局長は、サミットの前日、ハンガー
いない人々、いわゆる飢餓人口は、1970 年代
ストライキを呼びかけ、自らも 24 時間の断食
から 2000 年代半ばまで常に8億人台で推移
を行いつつ、FAO1階のロビーで寝袋にくる
し、2007 年から 2008 年にかけての食料価格
まり、一晩を過ごした。飢餓問題の深刻さを
高騰、2008 年後半以降の世界的経済危機によ
訴えたいがための行動である。また、10 億人
って状況は極度に悪化し、2009 年には史上初
めて 10 億人を超えた(図1)。一人当たりの
YOKOYAMA Mitsuhiro : One Billion Hungry People
and the World Food Summit
1
-2-
http://www.fao.or.jp
国際農林業協力
Vol.32 №3
食料生産の着実な増加は、飢餓人口の減少を
2009
2.2050 年の世界を養う
もたらすことなく、結果として、飢餓人口は
世界は今日、飢餓に苦しむ 10 億人の食料へ
増加している。飢餓は、総量としての食料供
のアクセスを確保するという大きな課題に直
給の問題というよりは、食料へのアクセスの
面しているが、今世紀半ばには 91 億人にまで
欠如の問題である。
増大する人口の需要を満たすため、資源及び
前述した食料価格高騰時には、22 ヵ国で食
環境的制約の下で、持続可能な形で食料供給
料暴動が発生し、国家の安全及び世界の平和
の増大を図るという中長期的な課題にも、今
と安定が脅かされることになったが、飢餓の
から取り組まなければならない。FAO はサミ
問題が深刻に受け止められるのは、そのよう
ットに先立ち、2009 年 10 月 12~13 日、
「2050
な事態になった時だけという感があり、しば
年の世界を如何に養うか・ハイレベル専門家
らくすると、国際社会の関心は他の問題に移
会合」を開催するとともに、同専門家会合の
りがちである。
議論を踏まえ、サミットに向けて世界の食料
「飢餓は恐るべき大量破壊兵器」
(サミット
安全保障問題に関するバックグラウンド・ペ
におけるブラジル大統領の発言)であるにも
ーパーを整理した。主要なポイントは以下の
かかわらず、
「飢餓に慣れてしまっているのは
通りである。
悲劇」
(同じくフランス農相の発言)である。
10 億人の飢餓人口という事態の下で、世界の
1) 食料需要
首脳レベルの会合を開催し、解決に向けての
食料需要の増加をもたらす社会経済的要因
政治的コミットメントを強化する必要がある
は、人口の増加、所得の増大及び都市化の進
のは当然であろう。飢餓は、人間の活動を不
展等である。世界の人口は、今日の 68 億人か
可能にし、経済発展を阻害し、世界の平和と
ら 2050 年には 91 億人に達し、人口増加のほ
安定を脅かす。
食料サミットの目標
食料サミットの目標
図1 飢餓人口の推移(単位:100 万人)
出典:The State of Food Insecurity in the World 2009, FAO
-3-
とんどは開発途上国、特に飢餓に苦しむ後発
るためには、開発途上国における農業研究・
開発途上国で生ずると予測されている。都市
開発への投資を大幅に増加させる必要がある。
に居住する人口は、現在の5割弱から 2050
年には約7割になり、このような都市化の進
3) 水
食料生産の増大に必要な水資源についても、
展は、食生活の一層の多様化、穀類等から野
菜、果実、畜産物、油脂、魚介類への需要の
全体としては十分存在するが、分布は偏って
シフト、加工度の高い食品の需要増加等をも
いる。灌漑農業は農地の約2割を占め、農作
たらす。所得の増大については、他の2つの
物生産の半分近くを産出している。灌漑農業
要因よりは不確実なところがあるが、世界銀
のための取水については、稲作面積の減少と
行の予測では、2005 年から 2050 年にかけて
水利用効率の向上により、増加のテンポは緩
の GDP 成長率は、世界全体で 2.9%、そのう
やかになると予測されるが、それでも 2050
ち高所得国で 1.6%、開発途上国で 5.2%とな
年までに約 11%増加するとみられる。多くの
っており、所得水準は現在の数倍に達するで
国で水不足は深刻であり、14 億人の人々が地
あろう。このようなことから世界の食料需要
下水位が低下している地域で暮らしていると
は、2050 年までに現在より 70%増加すると予
いわれる。特に、中東・北アフリカや南アジ
測される。穀物は、食用及び飼料用だけで 10
アにおいては、水不足が著しく、かつて地下
億トンの増加となる。農産物の需要という面
水を利用してコムギの大増産・輸出を行った
では、これに非食用のバイオ燃料向け需要の
サウジアラビアがコムギ生産からの撤退を表
増加が加わる。
明したのは、象徴的な事例であろう。水不足
の問題に対処するには、より少ない水でより
多くの食料を生産することが鍵となる。気候
2) 土地
地球上の土地面積約 130 億 ha のうち現在約
14 億 ha が農地として利用されているが、こ
変動による降水パターンの変化により、水不
足は一層深刻になる可能性がある。
の 14 億 ha に加えてさらに農地として利用す
ることが技術的に可能な土地は多く存在する。
4) バイオ燃料
しかし、そのような土地は南米やサブサハ
農産物を原料とするバイオ燃料は、様々な
ラ・アフリカのいくつかの国に偏在しており、
政策的支援策や原油価格高騰を背景として、
加えて不明確な土地所有権、インフラの未整
2000 年から 2008 年までの間に3倍の伸びを
備、生態系保全の必要性等を考慮すると、農
示した。今後の見通しは、原油価格の動向や
業利用の実現性は限られている。FAO は、
関係国の政策にもよるが、2018 年までには概
2050 年までの世界における農地面積の拡大
ね2倍に増加すると見通されている。既に、
は、現状の5%増の7000 万 ha 程度にとどま
ブラジルのサトウキビの 50%、米国のトウモ
ると予測している。このため、農地の拡大に
ロコシの 30%、EUのナタネの 60%はバイオ
よる食料生産の増加は 10%にとどまり、残り
燃料向けであり、今後ますます多くの農産物
の 90%は単収の増加と作付けの強化による
がエネルギー生産に利用されていく。このよ
必要がある。このような単収の増加を実現す
うな食用農産物を原料とするバイオ燃料の生
-4-
国際農林業協力
Vol.32 №3
2009
産拡大は、適切な対応がとられなければ、食
輸入国の食料へのアクセスを確保するかが大
料安全保障にとってのリスクとなる。限られ
きな課題である。
た資源についての食料と燃料の競争を減じる
ため、非食用の原料によるバイオ燃料生産の
3.世界食料安全保障サミット宣言
推進等の努力が必要である。また、非食用の
世界食料安全保障サミットにおいては、開
バイオマス原料であっても、土地等の資源に
会直後に、「世界食料安全保障サミット宣言」
関しては、食用農産物と競合する面があるこ
が採択されたのに続き、各国代表による演説
とを考慮すると、代替エネルギーの開発や家
が順次行われた。また、本会議における演説
計及び産業レベルでのエネルギー利用効率の
と並行して、4つのテーマ別会合が開催され
改善に努めることが重要である。バイオ燃料
た。この他、サミット前には幅広く関係者の
の開発は、食料市場が膨大なエネルギー市場
声を聞くために様々な会合が開催された。ミ
と強く結びついていることを踏まえ、世界の
ラノでは 11 月 12~13 日に民間部門の会合が、
食料安全保障への影響を考慮する必要がある。
ローマでは 11 月 13 日に議会関係者の会合と
他方、南米、東南アジア、サブサハラ・アフ
11 月 14~16 日に市民社会フォーラムが開催
リカ等の土地等の資源が豊富な国にとっては、
され、これら3つの会合の声明がサミットの
バイオ燃料の需要の増大は、適切な政策が伴
本会議で読み上げられた。
サミットの具体的成果である「世界食料安
えば、農業・農村開発や食料安全保障の確保
全保障サミット宣言」の内容は、参加 182 ヵ
に貢献することができる。
国の最大公約数的な意見を反映するものであ
るが故、数値目標的なものが削られることに
5) 国際市場
2007 年から 2008 年にかけての世界食料危
なったが、この点を除けば、飢餓の無い世界
機は、農産物国際市場を含めた世界の食料供
の達成のために重要なことはすべて盛り込ま
給システムが脆弱であることを露呈するもの
れている。
であった。世界の農産物需給は、開発途上国
を中心とする食料需要の増加、先進国の供給
1) 戦略的目標
サミット宣言においては、戦略的目標とし
余力の減退、生産性の伸びの鈍化、エネルギ
ー価格の上昇、農作物を原料とする液体バイ
て、以下の4項目 が決意された。
オ燃料生産の拡大等により、引き締まってき
(1) 飢餓の根絶
ている。これに、国際金融市場における膨大
「2015 年までに飢餓と栄養不足に苦しむ
な投機資金の動き、原油価格の変動、農産物
人口の割合と数を半減するというミレニアム
輸出規制の実施等が加わり、国際的な農産物
開発目標1及び世界食料サミットの目標を完
市場は、以前よりも不安定な動きを示す余地
全に達成するため、各国、地域及び世界的な
が大きくなっている。このような状況の下で、
緊急行動を確保する」ことが決意された。さ
低所得開発途上国は、穀物輸入の増大という
らに、より長期的な観点で地球上から飢餓を
形でますます世界経済に統合されてきている。
なくすことについても、宣言の前文で「でき
価格高騰時において、如何にして低所得食料
るだけ早い時期に飢餓を持続的に根絶するこ
-5-
とに向けて行動をとる」こととされた。飢餓
の下で貧困国、ドナー国及び国際金融機関の
の根絶については、既に南米・カリブ海地域
資金供与において農業分野が軽視され、貧困
においては、2025 年まで飢餓を根絶するとの
国における農業への投資が進まなかったこと
目標を設定して取り組んでいることを踏まえ、
である。FAO の推計によれば、今後、必要と
FAO事務局は 2025 年までの飢餓根絶を提
される食料生産の拡大のためには、開発途上
案していたが、具体的な目標年次の明記は見
国の農業とその川下部門への投資を約5割増
送られた。しかし、飢餓半減の目標の完全な
加させる必要がある。開発途上国の予算、先
達成のための緊急行動が決意された意義は大
進国の ODA、国際開発金融機関の融資におい
きく、この政治的コミットメントを如何に具
て農業部門への資金供与を増加するとともに、
体的な行動に移すかが問われることになる。
民間投資の増大を図る必要がある。
(2) 食料安全保障のガバナンスの強化
(4) 気候変動への積極的取り組み
「世界食料安全保障委員会が中心的要素で
「気候変動が食料安全保障に与える課題及
ある農業、食料安全保障及び栄養に関するグ
び農業における適応と緩和の必要性に対し、
ローバル・パートナーシップを通じ、食料安
積極的に取り組む」とともに、
「小規模農業生
全保障のための国際的な調整及びガバナンス
産者及び脆弱層に対する特段の配慮の下、農
を強化する」こととされた。世界食料安全保
業生産者の気候変動に対する強靭さを高め
障委員会は8つある FAO の委員会の1つで、
る」ことが約束された。気候変動は、長期的
1970 年代の食料危機に際して、世界の食料情
な食料安全保障にとって主要なリスクとなる。
勢を監視するため創設されたが、10 億人の飢
特に、サブサハラ・アフリカや南アジアは単
餓人口という状況の下でその機能が拡充・強
収の減少等、異常気象の頻度の増大によって
化されることとなった。1人当たりの食料供
最も大きな影響を受ける恐れがある。アフリ
給量の着実な増大の中での飢餓人口の増大は、
カでは、気候変動により 2080~2100 年までに
世界レベル、あるいは国レベルで総量として
農業生産は 15~30%減少する可能性がある
十分な食料があっても、それですべての人々
とされている。慢性的飢餓に苦しむ最貧地域
が必要な食料が得られ、飢餓がなくなること
が、最も深刻な影響を受ける恐れが大きいこ
が保証されるわけではないことを意味する。
とを踏まえ、
「気候変動への適応と緩和を支援
世界の食料安全保障に関連する様々な政策が、
するための、小規模農業者が利用できる資金
効果的に調整される必要があり、その重要な
メカニズム及び他の適切な措置の拡大並びに
役割を世界食料安全保障委員会が担うことと
策定を目指す」ことが約束されるとともに、
された。
「食料安全保障を確保するため、社会保護プ
(3) 農業への資金供与の増大
ログラムやセーフティネットを通じて、最も
「開発途上国の農業、食料安全保障及び農
村開発のための国内的・国際的資金の減少を
脆弱な人々による適応を支援する」こととさ
れた。
反転させる」ことが約束された。世界の食料
安全保障の悪化の根源的な要因は、これまで
国際農産物市場の過剰基調、安価な食料価格
-6-
国際農林業協力
Vol.32 №3
2) 持続可能な世界食料安全保障に関するロ
2009
幅広い関係者の参加及び科学的知見を有する
ーマ5原則
優れた者の助言を得ながら、FAO の食料安全
上記の戦略的目標を達成するため、サミッ
保障委員会がその役割を担うこととされた。
ト宣言においては以下のような「持続可能な
食料安全保障委員会は、次のように強化され
世界食料安全保障に関するローマ5原則」が
る。第1に、委員会は包括的になる。FAO 加
定められている。各国は、この5原則に基づ
盟国の他、国際農業開発基金(IFAD)、世界
き、行動することになる。
食糧計画(WFP)、国連ハイレベル・タスク
(1) 良く設計された成果重視のプログラム及
フォース、他の国連機関に加えて農業団体、
びパートナーシップに資源を投入するこ
非政府組織、研究機関等にも開かれたものに
とを目指し、各国が主体的に取り組む計画
なる。第2に、委員会は恒常的にハイレベル
に投資する。
専門家パネルからの助言を受けることになる。
「食料安全保障は各国の責務であり、食料
これにより、飢餓根絶のための対応策が確実
安全保障問題の課題に取り組むためのいかな
に科学的根拠及び知見に基づいたものになる。
る計画も国家として組織化し、設計し、自ら
第3に、委員会は政策協調を促進する役割を
のものとして主導するものでなければならな
担うことになる。世界レベルでの調整、政策
いこと」が確認されている。人々の食料安全
の収斂、各国、地域に対する支援、助言、さ
保障の確保について一義的に責任を有するの
らに優良事例の共有、世界的戦略枠組みの策
は国家であり、いかなる取り組みも、第 3 者
定等を担っていく。
の押し付けでなく、開発途上国自らの主体
(3) 食料安全保障に関する包括的なツイント
性・自助努力を前提としたものでなければ成
ラック・アプローチを採用するよう最大限
功しないことは自明であろう。その上で、ド
努力する。これは次により構成される:①
ナー国側は、
「途上国主導の投資計画の策定、
最も脆弱な人々の飢餓に直ちに対応する
相互の責任、透明性及び説明責任の促進を図
直接的な行動、②飢餓と貧困の根源的要因
る国際的な支援を強化する」ことを約束して
を取り除くための持続可能な農業、食料安
いる。オーナーシップとパートナーシップと
全保障、栄養及び農村開発に関する中長期
いう開発援助の主導理念を食料安全保障に関
的計画、これは十分な食料への権利の漸進
して確認している。
的実現を通ずるものを含む。
(2) ガバナンスを向上し、資源配分の改善を
ツイントラック・アプローチは、FAO がか
促進し、取組の重複を避け、対策の乖離を
ねてから推奨している飢餓問題への対応方法
特定するための国、地域及び世界レベルに
で、社会的なセーフティネットにより飢餓に
おける戦略的調整を発展させる。
苦しむ人々が直ちに食料を入手できるように
この原則は、戦略的目標(2)で言及した食料
するとともに、食料生産を増大させるための
安全保障のガバナンスを強化するためのグロ
中長期的な対策を実施するというアプローチ
ーバル・パートナーシップに関するものであ
である。
飢餓は、貧困の結果であるとともに、
る。
「国、地域及び世界レベルにおける取組の
原因であるため、2つのアプローチを同時に
戦略的な調整の達成に努める」こととされ、
実施することが必要である。具体的には、農
-7-
村開発、雇用創出、より公平な所得分配、改
良種子等へのアクセス改善、気候変動への対
応を含め食料生産増加の条件整備、小規模農
民及び女性に焦点を当てたキャパシティ・ビ
ルディング、社会保護対策の強化、緊急人道
支援の実施、国内、地域及び国際市場の機能
強化、収穫後ロスの削減、気候変動に関する
適応及び軽減策、研究開発の推進、
食品安全、
動植物防疫対策等を各国が推進することとさ
れている。
(4) 国際機関の効率、対応、調整及び有効性
の持続的向上による国際的システムの強
い役割を確保する。
世界的広がりを有する食料安全保障の問題
に対処するためには、国際的システムの強化
図2 O D Aの推移
が必要であるとの認識が示されている。
「国連
出典:OECD
機関、特に FAO、IFAD 及び WFP、並びに他
の世界、地域、国レベルの国際機関が、飢餓
とから、
「農業及び食料安全保障に向けられる
の根本原因を理解する役割を果たし、適切な
ODA の比率を大幅に増加すること」が約束さ
対応をとるため、それら機関の能力を強化す
れた。また、ODA 全体についても、
「2015 年
ること」とされた。
までに開発途上国向け ODA を GNP の 0.7%
(5) 複数年にわたる計画及びプログラムを意
とする目標を達成し、2010 年までに ODA を
図して、必要とされる資源の適時かつ信頼
少なくともGNPの 0.5%の水準まで引き上
性のある供与を伴う、すべてのパートナー
げ、また、後発開発途上国向けの ODA を GNP
による農業、食料安全保障及び栄養への投
の 0.15~0.2%とするとの約束を含め、すべて
資の持続的で十分なコミットメントを確
の ODA に関する約束の達成が重要であるこ
保する。
と」が強調された。開発途上国政府自らの農
戦略目標(3)で言及されている農業への投
業への支援については、アフリカ諸国が 2003
資の増大である。
「開発途上国の農業セクター
年のマプト宣言において、財政支出に占める
への短期・中期・長期の国内及び国際投資を
農業・農村開発の割合を最低 10%に増加させ
増加するための極めて重要かつ断固たる転換
るとの約束を歓迎し、
「他の地域にも同様の量
を行うこと」が約束された。ODA における農
的な目標期限を定めた約束を採択すること」
業部門の比率は、1980 年の 19%から、2006
が奨励された。
年には4%にまで減少してきた(図 2)
。この
ような農業部門の軽視が、貧困国において農
業生産の拡大の進まない要因になっているこ
-8-
国際農林業協力
Vol.32 №3
おわりに
2009
言の内容に沿って、誠実に、かつ、早急に具
現下の世界経済の状況からは、農業投資へ
体的行動をとることを期待したい。
の影響も危惧されるが、このような時こそ農
業投資の増加が必要である。非農業セクター
参考資料
の成長、効果的セーフティネットとともに、
1) The State of Food Insecurity in the World
2009(FAO)
健全な農業セクターがあって、はじめて国際
的な目標に沿った持続的な飢餓貧困の根絶が
2) Declaration of the World Summit on Food
Security(WSFS 2009/2)
可能になる。今回の世界食料サミットは、飢
餓を根絶するための再スタートの第一歩であ
3) Outcome of the High Level Expert Forum on
り、その成否は今後の行動にかかっている。
“How to Feed the World in 2050” (C2009/INF/16)
すべての国が、世界食料安全保障サミット宣
(FAO 日本事務所長)
-9-
特集:貧困農民と食料安全保障
ベトナムにおけるコーヒー農民の食料安全保障
池
1.ベトナムにおけるコーヒー生産の躍進
本
幸
生
•
しかし、世界第 2 位のコーヒー輸出国とな
ベトナムで初めてコーヒーが栽培されたの
ったものの、ベトナムの名前はコーヒーの産
は、19 世紀にフランス人宣教師によってと考
地としては消費者の間でほとんど知られてい
1
えられている 。このようにベトナムにおける
ない。その大きな理由は、ベトナムで生産さ
コーヒー栽培の歴史は長いものの、1990 年代
れるコーヒーがロブスタ種だからである。コ
初めまでは 10 万t(世界の総生産量の1%
ーヒーには主に二つの種類がある。一つはア
強)にも満たない小生産国に過ぎなかった。
ラビカ種で、ジャマイカのブルーマウンテン
転機は 1986 年に訪れる。ベトナム政府はドイ
など、世界各地の有名な産地の名が知られて
モイ政策を採用し、それまでの閉鎖的な社会
いる。それに対してロブスタ種は味が劣り、
主義経済から開放的な市場経済に変えていこ
単独で飲まれることはほとんどなく、ブレン
うとする。しかし、ベトナムがコーヒーの世
ドされたり、インスタント・コーヒーの原料
界市場で劇的にシェアを高めていくのは、そ
として用いられる。だから、ベトナム・コー
れからさらに 10 年後のことである。1995 年
ヒーの名前を表に出して売られることはほと
にブラジルでの不作によりコーヒーの国際価
んどない。このことは、フェアトレードのよ
格が高騰し(図1参照)
、ベトナムでもコーヒ
うな形で消費者に届くには不適当な種類であ
ー・ブームが起こり、多くの農民がコーヒー
ることも意味している。
栽培に参入していった。その結果、ベトナム
ロブスタ種は、もともとサビ病によってア
のコーヒー生産は急増し、2000 年にはコロン
ラビカ種が全滅したところに植えられたもの
ビアを抜いて世界第 2 位のコーヒー輸出国と
である。サビ病は、19 世紀末に世界中の主要
なり、世界のコーヒー輸出量の約 15%を占め
なコーヒー産地に大きな被害をもたらした。
るまでになった(図2参照)。
かつてコーヒー生産国であったスリランカで
コーヒーの木が全滅したのもサビ病が原因で
IKEMOTO Yukio : Food Security of Coffee Farmers in
Vietnam
1
ユーカーズ『オール・アバウト・コーヒー』によれば、
ベトナムには 1887 年にレユニオン島からアラビカ種
が持ち込まれたとされる。Philippe Jobin, Les Cafes
Produits Dans Le Monde によると、アンナン(中部)
には 18 世紀にミッションが持ち込み、トンキン(北部)
には 1855 年、コーチシナ(南部)には 1935 年に持ち
込まれたとされる。ロブスタについては 1955 年に持
ち込まれたという記述がある。
あった。スリランカの場合はロブスタ種に転
換せずに、茶の栽培へと転換し、今では有名
な茶の輸出国となった。インドネシアも同様
に 19 世紀末にサビ病の被害を受けたが、イン
ドネシアの場合にはロブスタ種へと転換した。
今では、インドネシアはロブスタ種の主要な
-10-
国際農林業協力
Vol.32 №3
2009
US セント/ポンド
400
C offee Price: 1976-2009
350
Brazilian and Other Naturals Group
300
R obustas Group
250
200
150
100
50
19
76
19
76
19
77
19
78
19
79
19
80
19
81
19
82
19
83
19
84
19
85
19
86
19
87
19
87
19
88
19
89
19
90
19
91
19
92
19
93
19
94
19
95
19
96
19
97
19
98
19
98
19
99
20
00
20
01
20
02
20
03
20
04
20
05
20
06
20
07
20
08
0
図1 コーヒーの国際価格:1976 年―2009 年
出典:International Coffee Organization
Coffee Production in Vietnam
1,400
2006
1,200
2003
2000
800
600
400
200
図2
出典:International Coffee Organization.
-11-
08
06
20
04
20
20
02
00
ベトナムのコーヒー生産量
20
98
20
19
96
94
19
92
19
90
19
19
88
86
19
84
19
82
19
19
80
0
19
1,000 tons
1,000
産地であり、日本へも多く輸出されている。
とするのに対し、ロブスタはそれほどの知識
ベトナムでも最初に導入されたのはアラビカ
がなくても、またしばらくは放っておいても
種であったが、アラビカ種はほとんど増える
実を着け続ける。病気にも強いので、農薬を
ことはなかった。ベトナムが世界第 2 位のコ
撒く必要性も少ない。収穫後は、庭先で天日
ーヒー輸出国になったのは、ロブスタ種の増
乾燥させるだけなので、それほどの手間もか
産による。
からない。このようにロブスタ種は栽培も後
ロブスタ種はサビ病などの病気に強いだけ
処理も簡単であり、この簡単さが、ベトナム
ではなく、暑さにも強く、被陰樹(Shade Tree)
でコーヒーが急速に広がっていった原因の一
なしでもよく育つ。暑さに弱いアラビカ種の
つであり、同時に国際市場でベトナム・コー
場合には、被陰樹が必要であり、それは生物
ヒーが価格競争力を持つ理由である。他のコ
多様性の観点から環境にやさしい栽培方法と
ーヒー生産国で、労働集約的に丁寧に栽培・
され、アメリカのスミソニアン渡り鳥センタ
収穫し、農薬や肥料などに費用をかけ、水洗
ーが行なっている「バードフレンドリー・コ
処理施設に投資を行い、水洗式で処理し、欠
ーヒー」は被陰樹が渡り鳥にやさしいことに
点豆を手で取り除いているのと比べれば、ベ
着目したものである。しかし、暑さに強いロ
トナム・コーヒーが労働節約的で生産性が高
ブスタ種にはそれは必ずしも必要なわけでは
く、その結果、価格競争力を持つことができ
ない。ベトナムのコーヒー農園で見られるの
る。コーヒー危機といわれた時期に、他の国
は、被陰樹ではなく、防風のために植えられ
の農民がコーヒーの国際価格の低迷に苦しん
たものである。ベトナムでは、最近、開かれ
でいた時に、ベトナムはそれでも利益を上げ
たコーヒー農園に被陰樹が植えられることは
ていたといわれる価格競争力の強さは、単に
ほとんどないが、昔からやっている小農たち
低賃金だからというだけではなく、このよう
は、多様な作物を植えているために、高木は
な栽培・処理方法の違いによる。
しかし、このような目覚しいベトナム・コ
被陰樹のように見える。
アラビカ種は標高 1000m以上の高地でな
ーヒーの発展は、過剰生産となって世界的に
ければ育たず、アラビカ種が栽培される地域
深刻な問題を引き起こすことになる。ベトナ
は限定的であり、それだけ産地名が重要にな
ムだけで 10 年の間に 80 万tのコーヒー生産
るのに対し、ロブスタ種はそれ以下の標高で
が増大したのだが、これは、この間の世界の
もよく育つ。ベトナムの主産地は標高 500m
コーヒー輸出量の増加分に匹敵する(輸出量
から 600mのところに広がる。この標高の低
は、440 万tから 520 万tまで増加している)
。
さは、ちょうどベトナムの中部高原の標高と
世界のコーヒー価格は暴落し、2001 年から
一致しており、ベトナムで比較的容易にコー
2002 年にかけて 30 年ぶりの最安値を記録す
ヒー栽培地域が拡大してきた要因となってい
る。それは、世界の弱小なコーヒー生産者を
る。
痛めつけ、「コーヒー危機」と呼ばれた2。ベ
もう一つの要因は、栽培の容易さにある。
アラビカ種の場合には、施肥や剪定などに手
2
間がかかり、手入れをするための知識を必要
-12-
オックスファム・インターナショナル『コーヒー危機―
作られる貧困 』
国際農林業協力
Vol.32 №3
2009
トナムは、この価格暴落を引き起こした張本
ベトナムのコーヒー農民が、コーヒーを仲
人として他のコーヒー生産国から非難された
買人に売るとき、その質はほとんど価格に反
りした。しかし、ベトナムを非難しようとす
映されない。ベトナムでロブスタ種を収穫後、
るなら、その因果関係を明らかにしなければ
その処理の仕方は主に乾燥式である。アラビ
ならない。ベトナムが主として生産している
カ種では主に水洗処理が行なわれ、収穫後の
のはロブスタ種であり、ロブスタ種の過剰生
コーヒーの実を水につけて果肉を取り除き、
産がアラビカ種の価格をも引き下げることを
その後、乾燥させる。それに対し、ベトナム
示す必要がある。もし両者が密接な代替財で
のロブスタ種は、採ってきた実をただ天日で
あれば、ロブスタ種の過剰生産はアラビカ種
乾かすだけである。ベトナムでは、農家の庭
の価格を低下させるだろうが、ロブスタ種は
先や道路上にビニールシートを広げ、その上
主としてインスタント・コーヒーなどの原料
で摘んできた豆を天日で乾燥させ、ときどき
として用いられるものであり、密接な代替財
熊手でかき混ぜる。コーヒーの収穫は、熟し
であるわけではない。ただし、先進国で、ア
た赤い実だけを手で摘むというハンドピック
ラビカ種からロブスタ種へシフトが起こって
が高級品の条件となるが、価格の低いロブス
いたなら別である。もしこのようなことが起
タ種ではそこまではやれない。ベトナムのロ
こっていたとすれば、消費者は気が付かない
ブスタ種は青い実も赤い実も混ざって収穫さ
うちに「不味い」とされるロブスタ種を多く
れる。コーヒーの赤い実だけを一つ一つ摘む
飲まされるようになっているのかもしれない。
のではなく、収穫期を迎えた木の実をすべて
採ってしまうので、赤い実も青い実も混じっ
てしまう3。このような収穫方法を採用する理
2.質よりも量
農産物価格を下落させるような過剰生産に、
由として、急いで収穫しないと泥棒に盗まれ
なぜベトナムは突き進むのだろうか。社会主
てしまうとよく言われる。それも事実かもし
義国の特徴なのかもしれないが、ベトナムは
れないが、本音は手間をかけずに、値段が高
数値目標を重視する国である。ベトナム人に
い間に大急ぎで収穫し、売ってしまおうとし
とってベトナム・コーヒーの自慢できる点は、
ているように見える。
その生産性の高さである。平均的な生産性は、
1ha 当たり 3tといわれ、極端な場合には、
3
1ha 当たり 4tから 5tにも達するといわれ
る。他の国では1ha 当たり1tが目標となっ
ているときに、ベトナムの生産性の高さは印
象的である。ベトナムの人たちは品質よりも、
この生産性を自慢する。ベトナムのコーヒー
農民の間には、質の良いコーヒーを作るとい
う意識はほとんど見られない。しかし、ベト
ナムのコーヒー農民が質よりも量を重視する
のには、それなりの背景がある。
-13-
もちろん、ベトナムの農民も赤い実だけを一つ一つ
丁寧に収穫すべきであることを知っていて、自分た
ちが飲むコーヒー用には完熟豆だけを選別している。
生産国の人たちが飲むコーヒーは輸出できない低
級品であるが、真っ黒になるまで焙煎するので、カビ
臭さなども飛んでしまう。さらにバターやカカオなどを
加えて焙煎するので、フレーバーが加わる。そこに
たっぷりの砂糖とミルク(ベトナムの場合にはコンデ
ンスミルク)を加え、飲む。この種の甘いコーヒー飲
料は、低級品をなんとか飲めるようにするための工
夫である。ところが、フランス時代からコーヒーに親し
んできた人たちはおいしいコーヒーの飲み方を知っ
ていて、混ぜ物なしの「100 パーセント・コーヒー」を
飲ませてくれる。
もっと重要な要因は、赤い実でも青い実で
中部高原に向かって人々は移動する。人口移
も売るときには値段に差がないということで
動は、普通なら農村から都市へという移動を
ある。青い実も赤い実も、乾燥させれば真っ
想像しがちだが、ベトナムの場合には、むし
黒になるので見分けはつかない。黒くなった
ろ低地から高原へと向かう。
果肉部分は脱穀機で除去される。グリーンビ
1986 年にベトナム政府はそれまでの閉鎖
ーンの状態になれば、完熟豆か未熟豆かは区
的な社会主義的経済政策を転換し、ドイモイ
別がつかなくなり、買取業者は同じ値段で買
政策に転じる。それに伴って、それまでの様々
っていく。だから、価格は完熟豆だけを摘む
な規制が緩和され、人々の移動も自由化され
というようなインセンティブの機能を果たし
ていく。それまでは、人々の移動は政府によ
ていないのである。それは、
品質が悪くても、
って厳しく管理され、計画的に行われた移民
あるいは、たとえそれがどんなに環境破壊的
という意味で「計画移民」が中心であり、そ
な手段を用いて生産されていようとも、安け
れ以外の移民は「自由移民」
と呼ばれていた。
れば買っていく買い手と、安ければ買うとい
ドイモイ後は自由移民が増え、特に 1990 年代
う消費者の嗜好が生産国の流通に反映された
に入ると自由移民が急増していく。その移民
ものである。
の流れは、土地が希少な紅河デルタや北中部
沿岸地方から「土地が豊富な中部高原」へと
向かった。中部高原へのキン人の入植によっ
3.コーヒー生産地域への移民の流入
ベトナムは公式には 54 の民族からなる。
て、中部高原においても少数民族は少数派に
2002 年の時点で、多数民族であるキン(京)
転落していき、90 年代半ばにはダクラク省の
人は人口の 84%を占める。その多くは、主に
少数民族の割合は 4 分の 1 程度にまで低下し
ハノイを含む紅河デルタとホーチミン市の南
た。
に広がるメコンデルタ、および南北を結ぶ沿
この時期に入植者のために森林が開墾され
岸部を中心に住んでいる。少数民族の中には
ていった。中には保護林にまで入り込んで森
華人やチャム人やクメール人など平野部に住
を切り開く人たちもいた。90 年代の初めから
む者もいるが、多くは国土の 7 割を占める山
コーヒーの栽培面積は急激に増加し始め、90
岳・高原地帯に住んでいる。16%の人たちが
年代初めの 15 万 ha から 2000 年初めには 55
国土の 7 割を占めているのだから、少数民族
万 ha まで増加している。90 年代初めにコー
の住む地域は人口密度が非常に低く、逆に、
ヒーの木を植えた者は、ちょうど 90 年代半ば
キン人は極めて人口密度が高い地域に住んで
のコーヒー価格急騰期に間に合い、大きな富
いることになる。少数民族地域の中でも特に
を手に入れることができた。村には立派な道
人口密度の低い中部高原は、キン人から見れ
路ができ、お屋敷のような家が立ち並び、学
ば「土地の豊富なフロンティア」である。こ
校も新しく建てられた。一見してそれと分か
の人口密度差によって、土地を求める農民の
る「コーヒー長者」の村ができた。それとは
流れは平野部から中部高原へと向かう。キン
対照的に、それに間に合わなかったものは大
人だけでなく、北部山岳地域に住む少数民族
きな損失を被った。大きな借金をしてコーヒ
にとっても中部高原は
「豊かな地域」であり、
ー栽培を始めた者は、大きな借金を抱えたま
-14-
国際農林業協力
Vol.32 №3
2009
ま苦しい生活に耐えなければならなかった。
しく、極貧に喘いでいるように見えるかもし
ブームに間に合った者とそうでない者との間
れない。しかし、3年目にコーヒーの収穫が
に大きな格差が生まれた。
始まり、現金収入が得られるようになると、
自由移民の多くは、必要最低限のものだけ
次第に生活は安定し、豊かになっていく。家
を残して、持っていた資財を現金化して中部
を建て直し、出身地に家族を置いてきている
高原にやってくる。彼らは森に入り込み、開
場合には、家族を呼び寄せる。その成功話は
墾し、自分たちの土地にしていく。少数民族
出身地に伝えられ、その噂を聞いた人たちが
から土地を買った者もいるし、先に入植した
続々と後に続く。ベトナムの農民は、こうし
人から買った者もいる。彼らは、切り開いた
た経済的誘引に敏感である。それが、ベトナ
土地にコーヒーの苗を植えると同時に、その
ム・コーヒーの目覚しい躍進の原動力である
苗の間にコメやトウモロコシなども植えてい
と同時に、過剰生産の原因となって後に問題
く。コーヒーの木が低い間は、これらの作物
を引き起こすことになる。
もよく育つ。コーヒー(特にアラビカ種)は
暑さに弱く、被陰樹によって日陰にしておく
4.コーヒー危機への対応
必要があるが、それは、熱帯雨林が焼畑耕作
コーヒー価格は 2000 年頃には暴落し始め、
によって次第に有用な植物に置き換えられて
90 年代半ばのピーク時に比べると 10 分の1、
4
いく姿と似ている 。小規模なコーヒー農民は、
その後の平常の時期に比べても数分の1まで
コーヒー農園の中にイモ類や野菜類や果樹を
低下した。最悪期は 2000 年から 2002 年にか
栽培しており、純粋にコーヒーのみに頼って
けてであった。ベトナム・コーヒーが世界市
いるわけではない。大農園においても、防風
場でシェアを伸ばしていることが、世界市場
のために植えられた高木はコショウを栽培す
での過剰供給を招き、コーヒー価格の暴落に
る支柱として利用され、その収穫物は農民が
つながっているという批判が公式の場でも出
自由に処分していいことになっていたりする。
され、世界の供給量を減らすために、品質の
ベトナムのコーヒー農園は、単一の作物に依
悪い豆を市場から締め出すことが検討され始
存してリスクに対して脆弱になっているので
めた。品質の悪い豆とはベトナム・コーヒー
はなく、その中に様々な作物が栽培されるこ
を指しており、その締め出しを狙ったもので
とによって「食料の安全保障」を確保しよう
ある。それに対して、ベトナム政府は、質の
としている。
改善に取り組み始め、その政策の一つが、ロ
コーヒーの実がなる 3 年目までの生活は、
ブスタ種からアラビカ種への植え替えであっ
このような作物によって支えられる。それで
た。アラビカ種といっても、そのほとんどが
も現金が足りないときは、周辺の農園などで
純粋なアラビカ種ではなく、ロブスタ種の混
雇われて現金収入を得る。3年目まではとて
じったカティモールと呼ばれる種類である。
も厳しい状況が続き、外見は、家もみずぼら
この名前は、ティモールで発見されたことに
由来する。カティモールは、ロブスタ種のよ
4
クリフォード・ギアツ『インボリューション:内に向かう
発展』参照。
うに病気に強く、暑さにも強いというロブス
タ種の利点を持つ。また、矮性で、大きくは
-15-
ならず、収穫作業が楽に行える。収穫が始ま
てきた彼らは、忍耐強く待ち続ける。多分、
る最初の 2 年間くらい(植えてから 5~6 年ま
再び価格が暴騰しコーヒー・ブームが訪れる
で)は収量も多い。しかし、他のアラビカ種
ことを夢見て耐えている。国際相場に大きく
と同様、手入れが大変で、コストがかかり、
影響され、豊作と不作が定期的に訪れるコー
肥料をやらないと収量は急激に低下していく。
ヒーのような商品は非常にリスクの大きな作
そして、味はそれほどいいわけではない。ロ
物である。それに適応するためには、数年に
ブスタ種のような標高 500~600mという高
一度、大儲けすれば、後の何年かは耐えて過
さでは栽培できず、1000mを越えるラムドン
ごすという態度にならざるをえない。そのリ
省のダラット周辺などで栽培されている。ロ
スクを低減するために、コーヒーを栽培する
ブスタ種からアラビカ種に変えていくといっ
と同時に多種多様な果樹や野菜や穀類を同時
ても、ロブスタ種の木を切って、そこにアラ
に栽培するということも行なっている。それ
ビカ種を植えるというのではなく、ロブスタ
がリスクに備えるコーヒー農民の食料安全保
種とは別の場所にアラビカ種を植えるという
障となっている。
ことになり、ロブスタ種の生産量を減らすこ
5.サステナブル・コーヒーへの移行
とにはつながるわけではない。
その後、コーヒー価格は回復し、コーヒー
ロブスタ種の供給を減らすもっと直接的な
方法は、コーヒーの木の数を減らすことであ
の栽培面積は拡大し続けている。そのことは、
る。ベトナム政府は、
コーヒーからコショウ、
ベトナムのコーヒーがコーヒー危機の時期を
カシューナッツなどへの転作を奨励し、その
生き延びただけでなく、さらに儲かる作物に
ために様々な形で奨励金を出している。それ
なったことを意味している。しかし、
「質の悪
に応じるのは、利に聡く、器用で、何でもで
いベトナム・コーヒー」というイメージは定
きて、新しいことに挑戦する農民か、ただコ
着し、それに伴い、ベトナム・コーヒーの低
ーヒーの木を切り倒すことによって補助金を
価格も定着していった。ベトナムでは、質よ
もらうことだけを考えている農民かである。
りも量の方が重視されるが、それはコーヒー
実際に農民たちが行なったのは、コーヒー
農民にとって質を向上させても価格には反映
栽培にできるだけ投資しないということであ
されないからである。それが過剰な開発とな
る。肥料や農薬の使用は極力抑えられる。コ
って環境を破壊し、過剰供給となって価格を
ーヒー栽培にとって、剪定はどれだけの実を
押し下げているとすれば、質を重視して供給
付けるかを決める重要な作業であり、専門の
を減らす方向を探るべきだろう。しかし、ベ
職人を雇って剪定させている。そういう人を
トナムの農民を過剰な開発に仕向けているの
雇うことのできない農家は収量が1ha1tく
は、質よりも安さのみを重視する買い手であ
らいまで低下していく。それほど重要であっ
る。むしろ、質が悪くても安いものの方を選
ても、コーヒー豆が高く売れなければ、剪定
んでいるかのようである。ベトナムのコーヒ
のために職人を雇うことはしない。価格が低
ーの価格が下がるなら、ベトナム・コーヒー
い間は、できるだけお金をかけず、ひたすら
の評判が下がればいいと思っているかもしれ
耐え忍ぶのである。ベトナム戦争を生き延び
ない。ベトナム政府は、コーヒーの輸出量が
-16-
国際農林業協力
Vol.32 №3
2009
世界第 2 位であることを誇らしく思うかもし
のすべてにおいて一定の基準を満たしている
れないが、それは過剰供給を意味し、価格を
ことを保証するものであり、ベトナムの場合、
引き下げる働きをする。生産量は過小評価で
主として大農園が認証を取得している。この
あるほど、コーヒー生産者にとっては望まし
認証を受けるために、農民や労働者は研修を
い。過剰な開発を防ぎ、環境を守るという上
受け、品質や環境について多くを学ぶことに
でも、質を向上させて、量を減らす方が望ま
なる。農民や質のいいコーヒーを生産するこ
しい。質の悪いコーヒーよりも、環境に優し
とによって、通常の市場価格よりも高い価格
い形で栽培された、おいしいコーヒーが飲め
で買い取ってもらうことができる。残念なが
るということは望ましいと考える消費者もい
ら、ベトナムのコーヒー生産全体から見れば、
るかもしれない。
このような認証を受けている生産者はごく一
過剰な開発を避け、環境を守り、生産者に
部に過ぎないが、品質や環境についての知識
は高い価格を保障し、消費者にとってはおい
はやがて他の生産者の間にも広がっていくこ
しいコーヒーを飲めるようにする。このよう
とを期待したい。
価格競争を重視したグローバル化によって、
な循環が維持されることが、コーヒーのサス
テナビリティ(持続可能性)であり、それを
開発途上国の生産者は厳しい価格競争に巻き
実現したコーヒーがサステナブル・コーヒー
込まれ、弱小の生産者は「淘汰」される一方、
である。その例として、生産者の貧困問題を
ベトナムのような価格競争力の強い生産者は
重視した活動としてフェアトレードがよく知
生産を伸ばしてきた。その結果、世界のコー
られている。しかし、ベトナム・コーヒーの
ヒー生産国に大きな社会的・経済的・環境的
場合、ロブスタ種であるために、フェアトレ
変動を引き起こした。その変化を引き起こし
ードとして消費者に届けられることは考えら
た原動力は、安いコーヒーを求める消費者に
れない。ロブスタ種はインスタント・コーヒ
あった。コーヒー農民の生活を不安定にして
ーの原料として用いられることが多いためで
いるのは、先進国の消費者なのだという認識
あり、レギュラー・コーヒーのようにベトナ
が、フェアトレードや Good Inside のような認
ムという名前を前面に出して売られることは
証マークの商品が先進国の消費者に受け入れ
考えにくいからである。ベトナムで広がりつ
られている理由である。それは、長期的には、
つあるのは、Good Inside の認証である(ベト
おいしいコーヒーを飲み続けることができ、
ナムでは Good Inside の古い名前 Utz として知
地球環境も守るという点で、先進国の消費者
られている)
。その認証は、その製品が、経済
の利益ともなっている。コーヒーのような国
面(トレーサビリティ、業務規範のモニタリ
際商品の場合、先進国の消費者の責任を考え
ング、トレーニング、食の安全性)、環境面(農
ずに、開発途上国の貧困農民の食料安全保障
薬の使用の管理、水質汚染の低減、森林伐採
を論じることはできない。
の抑制、土壌侵食の防止)
、社会面(農民・労
働者の健康管理、住宅の提供、子供の教育)
-17-
(東京大学東洋文化研究所 教授)
特集:貧困農民と食料安全保障
「飢餓のない世界を創るために、NGOの役割」
冨
はじめに
田
沓
子
•
社会のアクターとして、公益・地球益を求め
日本国内には、開発途上国の貧困削減など
て活動するのが NGO だ。その中でも近年国
を目的として国際協力分野で活動する NGO
際協力に取り組む NGO 活動の幅は広がりつ
=非営利・非政府組織が、400~500 存在する
つある。グローバル化する社会の中で、環境
といわれている。「飢餓のない世界を創ろう」
問題の解決や貧困解消など、誰しもが責任を
をキャッチフレーズに活動する、
(特活)ハン
負わなければならないが、誰か一人、どこか
ガー・フリー・ワールド(以下 HFW)もその
一つの国の責任では解決されず、かつその解
うちの一つだ。
決がすべての人にとっての益につながる課題
NGO とは、市民社会をベースにして公益の
た め の 活 動 を 行 う 組 織 を 指 す 。
に対してアプローチするセクターとして、そ
の役割が重要視されるようになってきた。
また、NGO の特徴として挙げられるのは、
Non-Governmental Organization の略であるこ
とから「反政府」と思われてしまうことが多
課題に直面する人々に一番近いところで、直
く、また近年、国際会議が行われる際に大規
接現場の声を聞きながら活動していることだ。
模なデモが NGO によって組織されたと報道
多くの国際協力 NGO は、ある特定の地域に
されることも増え、政府に楯突く者たちの集
根を張り、そこに住む人々の生活を熟知し、
まりとして認識されがちだ。しかし、NGO は
共に汗を流して活動している。地域に根付い
「反政府」ではなく「非政府」であり、公的
た活動を通して、そこにすでにある資源や人
な政府機関とは違った役割を持っているだけ
材を有効に活用し、効率的な支援を行うこと
で、政府を批判するためだけに存在している
ができる。また、組織として中立な立場にあ
のではない。時には社会の中で「声」を持た
る NGO は、多くの縛りにとらわれることな
ない市民の代弁者として政府にその声を届け
く、問題解決に必要な最善の策を模索し、新
る役割を果たし(政策提言)
、また時には、政
しいこと、創造性に富んだ活動を展開するこ
府の手が届かないところで命を救うための活
とができる。このようなフットワークの軽さ
動をするなど、公共性の高いサービスを提供
も NGO 活動の特徴だ。貧困解消、飢餓の解
する(直接支援)
。国益を求める「官」=政府、
決は国際社会全体で取り組まなくてはならな
利益を追求する「民」=企業、に次ぐ新しい
い地球的規模の課題であると同時に、地域や
そこに住む人々の特徴、社会・政治環境など
TOMITA Toko : To Create a Hunger Free World Whtat Role of NGO?
によって、そのとられるべき方策は多様でな
-18-
国際農林業協力
Vol.32 №3
ければならない。現場での活動から得られる
2009
1.飢餓の終わりに取り組むNGOの活動
飢餓のない世界を創ることを目的に活動す
知見の積み重ねが、現場それぞれに対応する
新たなアイディアや技術を生み出すと同時に、
る NGO で、日本に本部を置き、バングラデ
その多様な経験は NGO の行う政策提言に対
シュ、ベナン、ブルキナファソ、ウガンダの
して、証拠に基づく妥当性と専門性を与えて
計5ヵ国で活動している。HFW の考える飢餓
いる。
のない世界とは、誰もが心も身体も健康に生
一方で、NGO が抱える課題も多くある。日
本で活動する国際協力 NGO の規模は、先進
きていくために必要な食料を自らの手で得る
ことができる世界を意味する。
欧米諸国に比べて非常に小さい。国際協力
HFW が活動する開発途上国において、飢餓
NGO センター(JANIC)に 2004 年度に登録
に直面する人々を対象とした開発事業を実施
されていた 275 団体の総収入は約 2866 億
し、2008 年度の実績では、8万 3970 名に直
1320 万円で、平均すると1団体あたり約1億
接の支援を届けている。HFW の開発事業は、
円以上となる。しかし、実際には総収入の多
住民参加を主軸としており、各国内での活動
くを欧米諸国に本部を持つ大規模 NGO が占
地域を1ヵ所約 5000~2万名程度(活動国に
めているため、約半分の団体が 2000 万円未満
よって異なる)の特定範囲に絞り、そこに住
1
で活動している 。それ故に、組織運営能力・
む住民が、自ら飢餓の終わりに到達できるよ
経験を有するマネージメント層や活動を下支
う自立支援を行っている。そのため、一つの
えする財務などの実務能力を持つ人材、広報
分野の支援に偏るのではなく、保健衛生、栄
など専門家の確保に苦戦する団体も多く、運
養改善、教育、ジェンダー平等の推進、環境、
営面での課題を多く抱えている。最近では
収入創出の6分野における事業を、住民のニ
NGO の運営能力向上のための研修プログラ
ーズに照らし合わせて実施している。
ムも増えてはいるが、小規模の NGO にとっ
HFWは、現場での活動に加え、政策提言、
てはこれら研修に時間を費やすことも難しい
啓発活動にも力を入れている。活動資源の限
のが現状だ。多くの団体は限られた資源(人
界から活動国を5ヵ国に絞らざるを得ない中、
材・予算)に頼って活動しているため、NGO
「飢餓のない世界を創る」というミッション
セクターとして持ち得る能力が細分化されて
を達成するため、政策提言を通じて飢餓問題
しまっているともいえる。個々の NGO の強
の根本にある仕組みを変えることに取り組ん
みを生かしながらも、一つのセクターとして
でいる。世界の食料問題は、私たち日本人の
どれだけ連携をし、その成果を最大化できる
食とも密接に関わっている。食料安全保障を
かが、日本の NGO が地球的規模の課題に立
考える際に、自国の問題と他国の問題を切り
ち向かっていく上で乗り越えなければならな
離すことはできない。そこで HFW は、まず
い課題の一つだ。
私たち一人ひとりが飢餓のある世界に住んで
いることに気づき、自らの問題として飢餓を
捉えられるよう日本国内において市民に訴え
1
『NGO ダイレクトリー2006』国際協力 NGO センター
(JANIC)
かけている。
-19-
なる。規模こそ小さいものの、現場のニーズ
2.NGO にできること、できないこと
食料安全保障の達成に向けた NGO の役割
に合った策を講じることができる。実際に、
を考える前に明確にしておかなければならな
NGO が実験的に小規模で始めた活動が、国際
い事は、その達成の責任はまず政府にあると
機関や政府機関の方策として取り入れられ、
いうことだ。人間は食べる(栄養を得る)こ
数万倍もの規模で人々の生活改善に役立った
とができなければ生きてはいけないのだから、
例がある。
食料安全保障を達成し、地球上のすべての
NGO のできることのもう一つは、「点」の
人々が健康に暮らすための十分な食料を常に
活動を「線」でつなぎ、その効果を広く波及
得られるようにするということは、最も基本
させることだ。食料安全保障とは、ただ単に
的な権利を守ることといえる。したがって、
人口に対して十分な食料を生産するだけでは
どこの政府であっても十分な食料を確保する
達成できない。“十分な食物を生産すること”
とともに、国民に保障することを最優先の責
から、
“すべての人々がいつでも十分に食べる
務としなければならない。そして、国際社会
ことができる”までの道のりには、複雑なカ
そしてその他社会における各アクターは、政
ラクリが隠されている。時には、このカラク
府がその責務を果たし得るよう全力で支えて
リを明るみにすることを阻む力が働いたり、
いかなければならない。政府、国際機関、NGO、
不利益を被っている人々の声が弱いため、力
民間企業などそれぞれが、それぞれの責任を
を持つ人々に届かなかったりする。NGO はそ
果たさなければ、食料安全保障を達成するこ
の活動経験から根本にある課題を導き出し、
とはできないのだ。
非政府組織として中立な立場で様々なセクタ
その上で、NGO の役割とは何だろうか。
NGO ができることには大きく別けて二つあ
ーと連携するとともに、政策へ影響を与える
ポテンシャルを持っている。
以下に、HFW の実施している二つの活動例
ると考えられる。一つはそのフットワークの
軽さで、「点」の活動を増やしていくことだ。
を紹介したい。一つは、バングラデシュで行
先に紹介したように、NGO は支援を必要とす
っている有機農業普及事業だ。この事業は、
る人々に一番近いところで活動している。そ
バングラデシュの北部で失われつつあった伝
の地域にある資源や人材を生かし、効果的な
統的有機農業を復活させ、農家の生活を改善
事業のモデルづくりができる。こうしたモデ
したモデル・ケースとして実績を上げている。
ルづくりが「点」を増やす活動といえる。例
事業開始当初は半信半疑だった農家が、今で
えば、農業分野における支援を考えると、そ
は他地域に有機農法を伝える役目を担うまで
の土地の社会システム、気候、土壌、市場、
になっている。もう一つは、西アフリカ・ブ
食生活など、様々な特徴を理解した上での支
ルキナファソで行っている乳幼児・妊産婦対
援が不可欠になる。一つの NGO にできるこ
象の栄養改善事業だ。この事業は元々政府が
とは、資金や人的キャパシティからある程度
行っていて、一定の成果を挙げていた事業だ
限られてくるが、限られているからこそ特定
ったが、資金難のために打ち切られてしまっ
の分野や地域での活動を選択し、その能力を
たものを、HFW の支援で再開させたものだ。
集中させて専門性を追及する道を選ぶことに
その事業の成果が注目され、再び栄養改善事
-20-
国際農林業協力
Vol.32 №3
業を政府の保健政策で重要視する動きがある。
2009
だけではなく、国内外の専門家の知見を活用
し、バングラデシュの伝統的農法と照らし合
1) 住民の持つ潜在能力を再発掘~バングラ
わせながら土地に合った有機農業を研究、実
デシュにおける有機農業普及
践している。それにより、換金作物を育てる
南アジアのバングラデシュで HFW は、有
のではなく、まずは貧しい農家が自分たちで
機農業の推進を活動の中心に据えている。バ
食べられる作物を育てるように促し、飢餓か
ングラデシュ政府は、増加する人口に対し、
らの脱却を目指している。とはいえ、廃れて
コメやコムギなどの主要穀物の増産のため、
しまった農法を復活させるのは容易なことで
大量の化学肥料や農薬、灌漑に頼る大規模近
はない。多くの農民は、化学肥料をやめて有
代農法を 1960 年代から推し進めた。バングラ
機農業に移行することにより、収量が落ちて
デシュを含め、アジアを中心に広がったこの
しまうことを何よりも懸念した。
「緑の革命」は、食料増産に一役を果たした
ボダ郡は乾燥地であるにも関わらず、灌漑
がその反面、自然の力を生かした伝統農法を
や化学肥料を用い、稲作中心の農業が行われ
衰退させ、化学肥料・農薬の大量投入により
ていた。そのため、有機農法に転換し、安定
土壌を劣化させた。また、換金作物であるイ
した収穫を得るためには、地域に合った作物
ネを中心に単一作物の生産が進んだことで、
を探し、検討することからはじめる必要があ
農家の市場経済への依存を生み出し、病虫害
った。試行錯誤の結果、乾燥に強いオクラな
のリスクを高めた。近年、原油価格の高騰で
どを栽培することが専門家によって推奨され
化学肥料や農薬の価格が上がっていることや、
た。また、2000 種類以上の作物を植え、堆肥
近代農法で使われる多くの品種は一代限りの
を投入することにより、土壌の保水力を高め
種子であるため、毎年種子を購入しなくては
ることを試みた。その成果が見え始めたのは、
ならないことが、貧困農家に大きな負担とし
土壌改善に取り組み始めて2年たってからだ
てのしかかっている。これら農薬や種子購入
った。
のための投資を考えると、それに見合った収
試験農場で見え始めてきた成果を基に、地
益を上げることは難しく、農家が作物を育て
域の農家が有機農法を実践していくための研
ても、食べていくことができない現状があっ
修を重ねて行った。具体的には、牛糞や落葉
た。
など無料で入手できる材料を用いる堆肥の作
HFW は 2005 年に活動地であるバングラデ
り方、植物性農薬の作り方、有用土着菌の活
シュ北部ボダ郡で、持続可能な農業普及のた
用法、季節と土壌にあった作物の育て方など
めの農業訓練センター事業を開始した。バン
の研修を行い、技術を普及していった。
また、
グラデシュの農家は近代農法にシフトする以
有機農業の成果を理解してもらうため、国外
前、5000 年以上前から有機農法を使って生計
における有機農業の成功例等のドキュメンタ
を立ててきた。活動地域に住む住民は8割以
リー上映会を行うなど、ただ技術を教えるだ
上が農業に従事しているが、その多くも、以
けではなく、農家が自信を持てるように、き
前は有機農法を実践していたのである。この
め細かなフォローを行った。
センターでは、単に伝統的な農法を再現する
-21-
ボダ郡での事業開始から5年がたち、地域
農家による有機農業組合が発足してセンター
とどまらせることなく、HFW バングラデシュ
で会合を重ね、有機農業の成果を地域住民や
は、国内の農業関連 NGO や研究機関、政府
地元政府に発表する有機農産物フェアを実施
機関と活動の成果と教訓を共有し、バングラ
したり(2009 年3月)、有機農産物の訪問販
デシュ全土に有機農法を広めていこうと考え
売を共同で運営したり(2009 年度)と、活発な
ている。
自助活動を始めている。また、センターで研
修を受け成功した農家が、新たにセンターで
2) 「良い」公共サービスを再現
~ブルキナ
の研修の講師となったり、近隣の村々から噂
ファソにおける栄養改善事業
を聞いてやってくる弟子入り志願者を受け入
西アフリカのブルキナファソで HFW は、
れたりもするようになった。有機農業を実践
2005 年 10 月から乳幼児と妊産婦対象の栄養
している多くの農家は、それまで化学肥料の
改善事業を実施している。ブルキナファソは、
購入費にあてていたお金を貯金できるように
世界でも5歳未満時死亡率がワースト7位で、
なり、苦しかった暮らしが着実に改善されて
約5人に1人が5歳の誕生日を迎える前に命
きていることを実感している。このように、
を落としてしまう2。その原因の多くが下痢や
センターは単に農業技術を教える場所にとど
感染症など、子どもたちの栄養・健康状態が
まらず、地域農家の生活や意識を変えていく
よければ、防ぐことのできる病気だ。病気と
ための拠点となっている。
闘うことのできる強い身体を作るためには、
こうしたボダ郡での成功を受けて、2008 年
生まれてくる子どもたちの健康状態を左右す
度から、HFW のもう一つの活動地であるバン
る母親が妊娠前後に、そして、成長期の子ど
グラデシュ西部のカリガンジ郡でも、農業訓
もたちが十分な栄養をとることが不可欠であ
練センター事業を開始した。また、2009 年3
る。逆に、幼少期に栄養不良のまま成人にな
月と4月には、ボダ郡とカリガンジ郡で有機
ると体や知能の発達にも影響を与え、経済的
農業に取り組む農家が、バングラデシュ国内
にも大きな損失があるといわれている。栄養
各地の有機農場を訪問するためのバスツアー
状態のよくない母親からは栄養不良の子ども
を実施。ボダ郡とカリガンジ郡から計 24 名の
が生まれるリスクも高く、問題は負のサイク
農家が参加し、有機農法を実践している他地
ルへと陥ってしまう。したがって、妊産婦と
域の農家と交流を図った。訪問地域では減農
子どもを対象とした栄養改善に策を講じるこ
薬農法を実施している農家がほとんどで、
とは、この負のサイクルを断ち切る上で重要
HFW の活動地で行っている完全無農薬の農
である。
法には高い関心が寄せられた。今まで無農薬
子どもの栄養改善に対する支援というと、
農法はリスクが高いと考えられ、段階的に減
栄養剤の投与や国際機関が支援する栄養強化
農薬から試す農家がほとんどだったにも関わ
ビスケットなどの食品の提供を想像する方も
らず、ボダ郡の農家が最初から無農薬で成功
多いだろう。しかし、伝統的な食事は決して
したことは、多くの農家にとってよい先駆例
栄養面で劣っているわけではなく、すでに現
となったようだ。
このような積極的な経験共有を農家同士で
2
-22-
UNICEF 世界子供白書 2009
国際農林業協力
Vol.32 №3
2009
地にある食材を工夫して十分な栄養を確保で
議の末、2005 年 10 月に HFW の支援により
きる場合が多い。問題は、そのような食材を
CREN を再開することになった。国営保健セ
如何に一年を通して確保できるか。そして、
ンターが所有する建物を HFW が借り受け、
その食材を活かす術、知識を住民が持ち得る
保健センター内の産婦人科に勤める助産師と
かだ。また、栄養不良の子どもを抱える多く
看護師に一部賃金を払う形で、事業を再開さ
の家庭は貧しく、悪天候による不作など、不
せた。
測の事態が発生した時にリスクを回避するた
クブリ郡保健センターは、周辺地域半径
めの蓄えを持たない。そういった事態に、迅
15km 内の 11 ヵ村に住む約2万 3000 名の住民
速に対応できる社会システムが存在するかど
を対象としており、そのうち5歳未満児は約
うかも、重要な点となる。
4500 名いる。HFW では、二つの方法で地域
HFW が支援する栄養改善事業は、通称
3
内の栄養不良児を特定している。一つは、保
CREN と呼ばれ、もともとはブルキナファソ
健センター内の産婦人科で出産した母親が定
政府が、国営の保健センターで全国的に展開
期健診に通ってくる際に、診断結果によって
していた事業だ。しかし、政策的優先順位が
発育過程に問題があると思われた子どもたち
変わり、事業を継続する資金が国やその他援
を CREN に照会すること。もう一つは、自宅
助機関からは拠出されなくなり、CREN は軒
で出産する女性も未だ多くいるため、月1回
並み閉鎖されていってしまった。HFW が現在
は各村に出向いて、住民を集めた出張診察を
支援している、ブルキナファソ首都ワガドゥ
行い、子どもの体重、腕囲・頭囲などを測定
グから 25km 程にあるクブリ郡国営保健セン
することである。
栄養不良と診断された子どもたちは、毎週
ターでも同様に、1980 年に CREN が開始した
当初は国の資金(その後、米国 NGO の支援)
水曜日の定期診察に母親と共に通ってくる。
によって CREN が運営されていた。しかし、
定期診察では、体重測定を行い、子どもの発
資金が打ち切られて閉鎖してからは、診察
育過程を管理している。それに加え、定期診
所・入院棟などを備えた建物は放置されたま
察の際には、現地の食材で作ることのできる
まになっていた。現地住民の話しを聞いても、
栄養改善粥の調理法の指導と、栄養管理など
CREN が運営されていた頃は、保健センター
に関する啓発活動を母親対象に行なっている。
内で乳幼児が死亡することはなかったが、
栄養粥に使われるのは、パールミレット(ト
CREN が打ち切られてからは、極度の栄養失
ウジンビエ)、スンバラ4、ラッカセイをペー
調状態で運ばれてくる子どもたちの多くが、
スト状にしたもの、インゲンマメ、塩、燻製
なす術もなく命を落としていったという。
魚などである。パールミレットは、この地域
HFW が現地で行った調査では、CREN のサ
の主食であることから、ほとんどの農家で自
ービスを利用したことのある母親から事業再
給自足の作物として栽培されていて、非常に
開の要望が多く聞かれた。保健センターと協
ビタミン、ミネラルが豊富だ。インゲンマメ
3
4
Centre de récupération et éducation nutritionelle =
栄養改善と栄養教育のためのセンターの略。
-23-
ネムの木(Parkia biglobosa)の実を発酵させた調味
料。
写真1
写真2
ミレットをベースにしたお粥の材料
お粥づくりを実践する母親
やラッカセイは現金収入源として栽培してい
している。十分な食料があるだけではなく、
る農家が多い。ラッカセイは食物油として使
手元にある食物から正しく栄養を摂取できる
われるため、エネルギー源となる。スンバラ
ような知識を身につけること、子どもたちが
も伝統的な調味料として家庭で作るか、村の
健康に成長するための衛生環境を整えること
中で販売されている。子どもの栄養不良の原
も重要である。
因として、食料の量が不足しているからだと
これら毎週のお粥の提供や啓発活動に加え、
考えられがちだが、これらすでに各家庭にあ
病気の治療や感染症への対応を行い、緊急の
る食材を工夫し、組み合わせることで十分に
ケースに対応するための入院施設も完備して
子どもたちの栄養源とすることができる。
いる。CREN に関わる医療従事者は、瀕死状
この地域の多くの母親たちは、栄養管理や
態にある極度の栄養不良児への緊急対応に関
保健衛生に関する知識を持っていない。例え
する研修を受け、対応に当たっている。特に
ば、この地域のほとんどの家庭では、食事を
不作の年には過度の栄養不良に陥る子どもの
とるのは1日に1回もしくは多くて2回だ。
数も増えるため、このように緊急医療を受け
子どもの多くは母親と食事を共にし、母親の
ることのできる施設は子どもの命を救う上で
皿から食べることがほとんどだ。離乳食を始
も重要だ。
めたばかりの子どもは、1日に5~6回に分
HFW は、CREN の支援を 2005 年 10 月から
けて食事をとることが望ましいとされている
行っているが、2008 年度(2008 年4月~2009
ため、どんなに栄養価が十分な食事をとって
年3月)の1年間だけでも、600 名以上が診
いても、大人と同じ1日1回の食事では、成
察を受け、うち 126 名が定期診察や治療を通
長に十分な栄養は摂取できない。そのため、
して栄養状態を改善した。特筆すべきは、4
母親には栄養粥の作り方を教えると同時に、
年間の活動の中で、栄養状態を回復した子ど
子どもにとって正しい食事の摂取回数なども
もが、再度栄養不良に陥ったケースは確認さ
指導している。その他にも、離乳食を与え始
れていないことだ。数ヵ月かけて子どもの栄
めるタイミング、衛生管理、マラリアなどの
養改善を図っていくこと、そして母親の知識
感染症の予防に関しても随時母親たちに指導
の向上に焦点を当てた事業が効果を挙げてい
-24-
国際農林業協力
Vol.32 №3
2009
億人を突破したと発表された。
るのである。
HFW ブルキナファソでは事業の成果と教
2007~2009 年の間だけで、1億人以上が新
訓とを積極的に他の保健センターとも共有す
たに飢餓に陥ったことになる。その原因の一
るようにしている。また、2008 年からは、H
つは、2007~2008 年の原油・食料価格の高騰
FWの支援事業が、クブリ保健センターの所
にあるとされている。
「高騰」といわれるほど
属する地方行政の保健施策に位置づけられる
急激に穀物の値段が上がった背景には、アメ
ようになった。これにより、行政の保健施策
リカや EU などが、バイオ燃料生産に対する
策定の会議に HFW が参加し、提言を行うこ
補助金制度などを相次いで発表したことで起
ともできるようになった。現在、継続的に機
こった、バイオ燃料生産のための穀物の買い
能している CREN は、首都ワガドゥグ市内中
占めがある。同時に、サブプライムローンの
央病院、国際機関が支援するカヤ郡保健セン
破綻をきっかけに、株式・金融市場から逃げ
ター、そして HFW が支援するクブリ保健セ
出した投機マネーが、原油と穀物市場などの
ンターで実施されている三つのみといわれて
商品市場へ流れ込み、バイオ燃料の材料となる
いる。しかし、小規模ではあるが、CREN を
トウモロコシやダイズなどの穀物の値段を先
再開させる保健センターも次第に増えつつあ
物取引でつり上げたことが原因とされている5。
る。HFW としては、成長の基盤となる5歳ま
この食料価格の高騰はいうまでもなく、ア
での健康を管理し、子どもの死亡リスクを軽
フリカをはじめとする途上国貧困層に大きな
減する CREN の役割は、基礎保健システムの
影響を与えた。食料価格高騰時にブルキナフ
中でとても重要だと考えている。今後も支援
ァソで行われた調査によれば、穀物価格に規
を継続し、その成果を効果的に政府に報告し
制をかけるなどの政府が取った対策は効果が
ていくことで、国の保健システムの一端とし
薄く、各家庭で食事の回数を減らしたり、そ
て CREN が運営されていくよう働きかけてい
の質を落としたりすることで飢えを凌ぐしか
こうと考えている。
なかったと報告されている。また、食料への
これら二つの例からも見られるように、貧
しい農村の住民が常に十分な食料を得て、健
支出が増えた分、医療費や子どもの教育費を
削るなど、生活全般に悪影響を与えた6。
康に生きるためにできることのヒントは、す
すなわち、史上初めて飢餓人口 10 億人突破
でに現場にあることが多い。しかし、これら
という危機的事態は、開発途上国における人
の問題解決の種は、多くの場合見落とされて
口増加や富裕層が増えたことによる食料需要
しまったり、芽が出たとしても水をやらない
の変化など、開発途上国における問題で起こ
限り枯れてしまったりする。それを住民と共
に再発見し、新しい知識と技術で補強するこ
とで、より良く、より持続可能な形で地域に
根付いていけるように、模索を続けている。
3.飢餓を考えるヒントを探る
2009 年の終わり、飢餓人口が史上初めて 10
5
「飢餓を考えるヒント」 明治学院大学、日本国際ボ
ランティアセンター、アフリカ日本協議会、HFW/
2009 年5月発行
6
「Impact de la Hausse des prix sur les conditions de
vie des ménages et les marchés de Ouagadougou et
de Bobo-Dioulasso, Rapport de synthèse de fin de
mission」Mission Conjointe Gouvernement/Agences
du SNU/ONG Save The Children UK/2008 年 7 月
-25-
ったのではなく、短期的な機会を重視した市
どへの資源のアクセス権をどう考えるべきか
場での取引や、開発途上国への影響を視野に
検証した。また、南アフリカの都市近郊で行
入れずにとられたアメリカや EU の政策など、
われている有機農業の事例や、本文でも紹介
先進国が引き起こしたことなのだ。
したブルキナファソでの栄養改善事業などの
このように、グローバル化する経済・社会
事例を通し、外部要因に左右されない食料生
の中で食料安全保障を達成するためには、食
産のあり方や、食料事情が短期的に悪化した
料生産を増やし、単に人口に対して十分な食
際のセーフティーネットとしての社会システ
物を育てることだけでは到底不十分である。
ムのあり方などを提起した。セミナーシリー
今回のようなマネーの動きをどのように規制
ズを重ねて考えさせられるのは、食料という
していくのか。さらにいえば、開発途上国が
最も身近で欠かせないはずのものが、自分の
農業から十分な収入を得ることができないの
手元に届くまでになんとも複雑な仕組みが隠
は何故か。先進国の温室効果ガスの排出が原
されているということだ。
このセミナーシリーズは、2010 年も継続さ
因で起こっている気候変動に適応できる農業
セクターをどのようにして支援していくのか。
れ、食料確保のための土地争奪問題や、貿易
私たちは、食料の安全保障をより多角的に考
の不均衡などの課題を取り上げていく予定だ。
えていかなければならない。
そして、食料価格高騰直後の国際会議で先進
国がこぞって約束した開発途上国の農業セク
ターへの投資が、どのようになされるべきか
1) 複雑化していく食料問題を紐解く
2008 年7月、HFW はアフリカ日本協議会
7
(AJF) 、日本国際ボランティアセンター
8
9
提起していきたいと考えている。食料問題は
掘り下げるほど実に複雑だ。それ故に、様々
(JVC) 、明治学院大学国際平和研究所 との
な現場の経験を有する NGO や研究者ととも
共催で「食料価格高騰がアフリカ諸国に及ぼ
に食料問題を考える「ヒント」を探り、世の
す影響」と題した5回のセミナーシリーズを
中に提起していく機会を積極的に創っていか
開始した。この4団体でセミナーシリーズを
なければならないと考えている。
開催するに至ったのは、食料価格高騰の背景
にあるものを明確にし、どのような対策が求
2) 世界の食料問題と日本の接点は
HFWでは、国連の定めた世界の食料問題
められるのかを考える場を設けるためだ。
また、2009 年中には、このセミナーシリー
を考える日である 10 月 16 日の世界食料デー
ズのタイトルを「飢餓を考えるヒント」
とし、
に、開発途上国で飢餓をなくすために活動す
さらに4回のセミナーを共催した。2009 年は、
る NGO や、日本国内で食料問題に取り組む
食料価格高騰の経験から見え始めてきた課題
NGO、国連食糧農業機関 (FAO) 日本事務所と
として、特に開発途上国の農民自身が主権を
協力し、
「世界食料デー月間」キャンペーンを
持って食料生産に関わるために、土地や水な
2008 年から展開している。このキャンペーン
は、一般の市民に日本の食と世界の飢餓がど
7
8
9
http://www.ajf.gr.jp/
http://www.ngo-jvc.net/
http://www.meijigakuin.ac.jp/~prime/
のような関係を持っているか考えるきっかけ
を掴んでもらうことを目的としている。2008
-26-
国際農林業協力
Vol.32 №3
2009
年に第1回の試みを行った時には、開発途上
しずつだが広がっている。一方で、経済状況
国支援を行っている NGO の参加が多かったが、
の悪化とデフレの影響で、安いものを買い求
昨年からは日本国内でフードバンクの活動を
める消費者意識が強まっているのも事実だ。
10
行っているセカンドハーベスト・ジャパン 、
極端に二極化する消費者の思考を捉え、それ
神奈川県内の消費者運動から発展し、主婦が
らの動きと有機的にリンクしながら、日本人
中心となってボランティアでリサイクルショ
一人ひとりが、飢餓のある世界の中に生きて
ップを経営し、収益で途上国支援を行ってい
いることを意識し、行動を変化させていくた
11
めにも、
「国際協力」という枠を越えて、国内
るWE21 ジャパン などが参加している。
日本では、1年間に消費される 9000 万tの
12
食料のうち、
約 1900 万tが廃棄されている 。
の生産者や消費者団体とも協力することが大
切になってくるだろう。
日本の食料自給率は現在約 40%。すなわち、
私たちが食べているものの半分以上を海外か
3) 地球的規模の課題に取り組む日本の NGO
らの輸入に頼っているのである。年間輸入量
と、世界との連携
がおよそ 5800 万tであることを考えれば、私
HFW は、2008 年洞爺湖G8サミットに向
たちは持てる経済力で世界中から大量の食べ
けた提言活動を行っていくために立ち上がっ
物を買い集めては、その多くを捨ててしまっ
た 2008 年G8サミット NGO フォーラムのメ
ていることになる。もちろん、単純に輸入先
ンバーとして、特に食料問題やアフリカ開発
の国の人々から食べ物を奪っているとはいえ
に関する提言活動を行った。時を同じくして、
ないかもしれないが、食料の生産に使われる
食料価格高騰が取りざたされていたこともあ
土地、水、人材などの資源を考えれば、私た
り、HFW は国際 NGO・Action Aid13と連携し、
ちの飽食(浪費)は、世界のアンバランスな
食料問題の解決に向けた具体策を求める
食料事情に負の影響を与えているといわざる
Hunger Free キャンペーン14に参加した。その
を得ない。
一環として、職員 1 名が 2008 年6月に行われ
最近では、食の安全性への意識の高まりや
た食料サミットにも参加し、メディアに向け
エコ志向から国産を好む動きや、地元の食材
た情報発信などを行った。様々な国際会議の
を消費しようとする地産地消を推進する動き
場に日本の NGO が参加しているが、この年
が活発になっている。ただ、美味しいものを
の食料サミットに日本から参加したのは
食べるだけではなく、自分たちが食べている
HFW だけであった。HFW にとっても国際
ものがどのようにして手元に届くのか。そし
NGO と政策提言の活動で連携するのは初め
て、自分たちの消費行動が社会とどのように
てのことであった。日本がG8サミットのホ
つながっているのかを考え、見直す動きも少
スト国であったという 2008 年の特殊な機会
を活用しての参加であったが、一 NGO が継
10
http://www.secondharvestjapan.org/index.php/
jpn_home
11
http://www.we21japan.org/
12
「食品ロスの現状について」農林水産省平成 20 年
8 月 8 日/1900 万トンの廃棄農地、食べられる食材
は 900 万トンとされている。
続して、このような国際会議に参加し、提言
13
14
-27-
http://www.actionaid.org/index.aspx
http://www.hungerfreeplanet.org/home
活動で実績を上げていくのには人的キャパシ
めに目に飛び込んでくるのは「私たちは今、
ティを考えてもやはり限界がある。一方で、
飢餓のある世界にいます」という言葉だ。誰
2008 年に国内 NGO が行った政策提言活動か
かが飢餓に苦しんでいるのではなく、誰もが
ら得た学びは、一 NGO ではできないことも
“飢餓のある世界”に住んでいるという、そ
多くの NGO が集まり連帯することで、その
の意識を持つことはとても重要ではなかろう
影響力を増し、実現できるということ。そし
か。10 億人もの人が食べることができないと
て、国際社会、特に同じ目的を持つ市民社会
いう、世界が抱える最も深刻な課題ですら、
との連携は、グローバル課題への解決を求め
多くの人は「誰か」の問題としてしか捉えて
る NGO としては不可欠であるということだ。
いない。その「誰か」の問題でしかなかった
日本の政策がグローバルな課題の解決の一翼
ことを、自らの問題として捉え、行動するこ
を担えるようにしていくには、その提言を行
とが今求められている。そのために、NGO は
う日本の NGO も世界の市民社会と協調して
問題に直面する「誰か」の現実を、時には果
いくことが求められている。
たすべき責任を持つ政府と、時には消費者の
このような必要性を NGO 間で議論し、2009
意識と、時には無関係に思われる世界の仕組
年3月には、2015 年が達成期限となる「ミレ
みとつなげ、
橋渡しをしている。それにより、
ニアム開発目標(MDGs)」の達成、特にその
必要とされる経験や情報が、その橋を渡り、
中における日本の ODA 政策の変革、その変
問題の解決に近づけることができる。
単独の NGO ができることは大きくないか
革を求める市民の行動喚起を目的として活動
15
する NGO ネットワーク「動く→動かす」 が
もしれない。また、NGO だけでできることも
発足した。現在 52 の国内 NGO が加盟する「動
限られている。政府、国際機関、民間企業や
く→動かす」は、貧困削減を求める国際的ネ
市民一人ひとりがそれぞれの役割を果たさな
ッ ト ワ ー ク “ Global Call to Action against
ければ、問題解決には至らない。しかし、食
Poverty(GCAP)”の日本版でもあり、世界
料問題の解決は重要だと思っていても、それ
100 ヵ国以上の NGO 等と協同関係を持っ
を組織や個人の最優先課題としていないだろ
ている。到底、一 NGO では不可能な国際的
う。誰かがやらないことは、誰もやらないの
連携を、このネットワークは可能にした。こ
で、それを組織のミッションとし、解決に向
のように、グローバルな視点を持ちながら、
けて先導していく存在として NGO のような
日本の開発援助政策に提言活動を行っていく
存在は不可欠であろう。様々なアクターが食
プラットフォームとその成長に、NGO セクタ
料問題の解決をどれだけ共通の目的として捉
ー内外からも期待が寄せられている。
え、行動できる仕掛けを創っていけるか、
NGO として今後も模索し続けていかなけれ
おわりに
ばならない。
HFW のリーフレットを手に取ると、一番初
((特活)ハンガー・フリー・ワールド
15
http://gcapj.blog56.fc2.com/ (HFW は、動く→動
かすに運営委員として参加している。)
-28-
開発事業部ベナン・ブルキナファソ担当
/アドボカシー担当)
論説
飢 餓 の 構 図 (3)*
紙
III 栄 養 不 足 と 貧 困
谷
貢
•
基準年次から 2001−03 年までの 11 年間に、そ
の数は 300 万人減少したに過ぎないのである。
これは、FAO が推計した上記の 1970 年代
1.栄 養 不 足 人 口 の 分 布
2007 年現在世界中で 8 億 5000 万人を超え
1,200 万人の減少、1980 年代の 8,300 万人の
る人々が飢えに苦しんでいる、という調査報
減少に比べると著しく少なく、190—92 年から
告があることは既に述べた通りであり、また
の 5 年間には 2,600 万人の減と更に減少の速
その大部分が開発途上地域の集中しているこ
度を緩め、2001—03 年までの 6 年間には逆に
とも周知のことであろう。この開発途上世界
2,300 万人の増加を記録した結果である。こ
の栄養不足(摂取カロリー不足)人口の推移
のところ栄養不足人口の絶対数の減少はこの
1
について FAO は次のように推計している 。
ように遅々として進まないが、開発途上諸国
すなわち、今から 40 年程前の 1969−71 年に開
の総人口の増加によって、栄養不足人口の比
発途上世界の総人口の 35%に当たる 9.18 億
率は 1969—71 年から 1979−81 年の間には 37%
人を数えた開発途上世界の栄養不足人口は、
から 28%へと 9 ポイントを低下させ、その後
1979—81 年には 9.06 億人(総人口の 28%)、
1990—92 年には 20%へと 11 年間に 8 ポイン
1990—92 年には 8.23 億人(総人口の 20%)、
トの低下、更に 2001−03 年には 17%へと同じ
2001—03 年には 8.20 億人(総人口の 17%)へ
く 11 年間に 3 ポイントと、低下速度を緩めな
と、僅かながらもその数が減ってきている、
がらも減少を続けている。
世界全体としては栄養不足人口の減少速度
と見ているのである。
1996 年の世界食料サミット(WFS)では、
の低下傾向を指摘することが出来るが、地域
開発途上世界の栄養不足人口を基準年次の
的にはその動きは多様である。東および東南
1990−92 年の 8.23 億人から目標年次の 2015
アジアと中南米とでは絶対数と総人口に対す
年には 4.10 億人に半減させると決議したが、
るその比率の双方で減少傾向にあるが、その
減少速度は 2015 年までに栄養不足人口を半
KAMIYA Mitsugi : Food Shotage : Problem of the
‘Bottom Billion’(3)
*
Vol.32 No.1 (154) からの連載(編注)
1
FAO, The State of Food and Agriculture 2000,
Rome.
FAO, The State of Food Insecurity in the World
2006, Rome.
減させるには不十分である。南アジア地域で
は、このところ対総人口比率は減少しつつあ
るが、インドでの増加を反映して栄養不足人
口の絶対数は増加傾向を見せている。中近東
とサブ・サハラ・アフリカでは栄養不足人口
-29-
の増加傾向が続いており、とくにサブ・サハ
くにサブ・サハラ・アフリカでは栄養不足人
ラ・アフリカでは過去 30 年間の傾向が依然と
口比率 35%以上の諸国の人口が地域の全人
して継続していることになるが、栄養不足人
口の 6 割を占め、東および東南アジアと中南
口比率は最近減少傾向を示している
米では栄養不足人口比率が中位(10~20%)
(1990—92 年の 35%から 1995—97 年の 36%
の国が多数を形成している。また全人口に占
を経て、2001—03 年には 32%へと転じている)
。
める栄養不足人口の割合も、サブ・サハラ・
また、中近東では 1970 年代に絶対数が大幅に
アフリカと南アジアが開発途上地域の平均値
減少し、その後は一貫して増加傾向を続けて
をかなり上回っている(表 III—1)。とくに栄養
いるが、栄養不足人口比率の上昇は鈍化しつ
不足人口比率が 35%以上の国が集中するサ
つある。
ブ・サハラ・アフリカの比重がこの 10 年間に
栄養不足人口の地域別の動向は上述の通り
更に増大してきているのである。言うならば、
であるが、各地域の栄養不足人口の分布の現
‘Bottom Billion’を代表するようなサブ・サハ
状には大きな違いがある。具体的には、サブ・
ラ・アフリカには、栄養不足人口がますます
サハラ・アフリカや南アジアには栄養不足人
集中し滞留する傾向があると見ることも可能
口比率の高い(20%以上)国々が集中し、と
であろう。
表Ⅲ—1. 栄養不足人口の分布
(100 万人%)
栄養不足人口比率
35%以上
20~34%
10~19%
5~9%
5%未満
計
112.4
361.3
269.7
60.0
11.5
823.1(20.3)
1990~92 年
開発途上地域 計
東・東南アジア
南
ア
ジ
3.6
23.2
230.4
20.4
1.3
278.7(16.5)
ア
・・
286.6
3.9
・・
・・
290.4(25.8)
中
南
米
4.6
8.0
19.5
24.2
2.9
59.4(13.4)
中
近
東
4.2
・・
・・
3.4
7.3
25.0( 7.7)
カ
100.0
43.5
15.9
12.0
・・
169.0(35.4)
開発途上地域 計
150.1
368.5
211.6
52.3
12.0
820.2(16.8)
東・東南アジア
7.9
19.9
179.0
16.2
1.4
224.8(11.8)
ア
フ
リ
2001~03 年
南
ア
・・
294.4
4.1
・・
・・
298.5(21.5)
中
南
米
3.8
10.9
15.6
20.2
2.0
52.4( 9.9)
中
近
東
7.1
・・
・・
3.9
8.9
37.6( 8.0)
カ
131.3
44.3
12.9
11.7
・・
206.2(32.2)
ア
ア
ジ
フ
リ
資料:FAO, The State of Food Insecurity in the World 2006, Rome.
FAO, The State of Food and Agriculture 2007, Rome.
注:1)栄養不足人口比率は 2001〜03 年の国別状況による。
2)( )内は栄養不足人口の全人口に対する割合。
3)国別数値不明のものも地域合計には含まれている。各地域とも各項目の数値を合計しても、計とは一致
しない。
4)アフリカはサブ・サハラ・アフリカ。
-30-
国際農林業協力
Vol.32 №3
2009
表 III—1.は栄養不足人口の分布の過去 10 年
文盲、疾病、貧困の悪循環、高い幼児死亡率、
間に於ける変化について更に幾つかの問題を
低い平均寿命、等に特徴づけられ、人間らし
示唆している。例えば、東および東南アジア
い生活からはほど遠い状態のことである。絶
では栄養不足人口比率の中位のグループの比
対的貧困がかくも大規模に存在すること自体、
重が低下し、その分栄養不足人口比率の高い
それが既に時代錯誤的であるといえようが、
グループの重みが増した形であるが、中近東
開発途上諸国の経済成長が相当高度のものに
やサブ・サハラ・アフリカでは栄養不足人口
ならない限りは、今世紀末においても、絶対
比率の高いグループへの全層的な移動によっ
的貧困は許容し難い程の規模で存在し続ける
て、栄養不足人口比率 35%以上の言わば最下
であろう。」と述べている。
層のグループへの集積という結果となってい
1960 年代初期にようやく独立国となった
る。また、中南米でも栄養不足人口比率の高
多くのアフリカ諸国を含めて、1960~70 年代
いグループへの全層的な移動が見られるが、
における開発途上諸国の経済成長は目覚まし
その結果は栄養不足人口比率 20~34%のグ
く、1 人当たりの所得は年率 3%を超えていた。
ループの肥大をもたらしている。
もちろん、開発途上諸国間の差異は大きく、
このような栄養不足人口のいわば下層への
貧困層が集中しているアジア、アフリカの低
集積傾向は、これらの地域での人口増加と食
所得国の経済成長率は概して低く、開発途上
料生産拡大とのギャップや輸入購買力の不足
諸国人口の半数を占めるこれらの国々の 1 人
などを主な要因としている。
当たり所得の増加率は年率 2%を切っていた。
国際的な協力の下で近代的な情報システム
経済の成長は、農業部門の縮小(相対的ある
を利用することのよって、必要としている地
いは絶対的な)を伴いながら、国内総生産に
域への食料を配送することは原則的には可能
占める製造業部門のシェアの拡大をもたらす
であろうが、それが充分に機能しているとは
が、経済成長の顕著な中所得国に比べて成長
言えないのが現実であろう。栄養不足人口比
率の低い低所得国では、農業部門のシェアは
率と貧困の程度とが密接に関連している事実
それほど縮小を示していない〈表 III—2〉。ま
がこのことを物語っていよう。
た、貧困層(1 日 1 ドル未満で生活している
人々)の多くは農村地帯に住み、圧倒的に農
業に依存して生計を立てているが、彼らの多
2.貧困率と栄養不足人口
1978 年に初めて刊行された世界銀行の『世
くは土地を持たない農業労働者であり、貧困
界開発報告 1978』
(World Development Report
層の中にはインドの固定化された社会階層カ
1978 )の冒頭で、当時の世界銀行総裁 R.マ
ーストのような特定な少数も含まれる。絶対
クナマラ(Robert S. McNamara)は、「過去四
的貧困というものには、特定の場所、家族、
半世紀は、開発途上世界に未曾有の変化と進
社会集団の中で世代から世代へと引き継がれ
展がみられた時期であった。しかし、このよ
る傾向があると言えよう。
うな著しい成果にも拘わらず、約 8 億人の
人々は未だに絶対的貧困にあえいでいる。私
たちの言葉で言う絶対的貧困とは、栄養不良、
-31-
表Ⅲ—2. 開発途上諸国の経済構造 1960-75 年
(%)
G D P
農業部門
工業部門
サービス部門
低所得国
3.1
2.1
5.4
3.7
中所得国
6.0
3.5
7.9
6.7
低所得国(1960)
100
52
12
35
(1975)
100
43
13
44
中所得国(1960)
100
26
28
46
(1975)
100
15
38
47
生産の伸び率
GDPの構成
資料:The World Bank, World Development Report 1978, Washington, D.C.
注:生産の伸び率は 1975 年価格、 GDP の構成は名目価格による。
ところで、中所得諸国の顕著な経済成長に
東に分散していた。貧困者の多くは農村地帯
比べれば見劣りがするとは言え、低所得諸国
に住み、彼らの多くが土地を持たない農業労
全体としての所得水準〈1 人当たり GNP、1960
働者であるという事情は 1960 年代当時と変
年価格〉は、1950 年の 164 ドルから 1980 年
わっていない。
の 245 ドルへと、1960~70 年代において 1950
1980 年代は、貧困者にとって‘失われた 10
年代を大きく上回る伸びを示し、サブ・サハ
年’とも言われているが2、全般的には貧困者
ラ・アフリカを例外として絶対的貧困層の比
の所得水準は上昇し、5 歳未満乳幼児の死亡
率は低下傾向にあった。しかし、人口の急激
率などの社会的指標にも改善の傾向が見られ
な増加(1950 年代 1.9%、1960 年代 2.5%、
た。ただ、サブ・サハラ・アフリカの多くの
1970 年代 2.3%)によって、この期間の絶対
国々では所得が減少し、社会的指標の多くが
的貧困層の人数が増加したことも否定しえな
貧困の拡大傾向を示していた。しかし、貧困
いであろう。
の広がりの程度や速さには、地域的にまた一
世界銀行の上掲書では、1975 年当時の開発
国内でも差異が見られ、世界人口の 30%を擁
途上諸国(中国およびその他の中央計画経済
する南アジアの貧困者数は世界全体の貧困者
諸国を除く)における絶対的貧困者数は、総
数の 46%を占め、世界人口の 11%が居住する
人口の 37%に相当する 7.8 億人と推定されて
サブ・サハラ・アフリカには世界の貧困者数
いる。その 82%が低所得国(1976 年の米ドル
の 16%が抱え込まれていた。
で1人当たり GNP が 250$以下の国)に属し
開発途上諸国の所得水準は、1960~70 年代
ていると見做されるが、その半分はインド、
における比較的順調な上昇と 1980 年代の足
バングラデシュを中心とする南アジアに、6
踏み状態を経験した後、1990 年代前半に見せ
分の 1 がインドネシアなどの東および東南ア
ジアに住み、さらに 6 分の 1 がサブ・サハラ・
2
アフリカに、残りの約 1 億人が中南米や中近
-32-
The World Bank, World Development Report 1990
Poverty, Washington, D.C.
国際農林業協力
Vol.32 №3
2009
た回復の兆しも束の間、1997 年に始まった東
しかも、これらの国々では貧困なるが故の
アジアの金融危機がそれに水を差す結果とな
飢餓、すなわち食物摂取不足がもたらす栄養
った。しかし開発途上世界の貧困率は、1993
不足(摂取カロリー不足)が大きな課題でも
年の 28%から 2002 年の 22%へと低下した(但
ある。また一般的に言って、このような諸国
し中国を除けば、35%から 32%へと低下)
。
での貧困緩和のための所得向上政策は、多く
またこの間に、東及び東南アジアでの貧困率
の点で栄養不足状態を改善する役割を持つと
は 22%から 21%へと僅かな減少を示したに
考えられる。何故ならば、栄養不足状態にあ
過ぎないが、中南米では 35%から 20%へと大
る貧困者が所得の大部分を食物購入に当てる
きく低下した。一方サブ・サハラ・アフリカ
のは通常見られる行動様式であり、所得の増
や南アジアでは、2002 年現在、それぞれ 51%
加は栄養水準向上という効果をもたらす例は
と 40%という高い貧困率が維持されており、
決して少なくはない。
勿論、食料不足人口と貧困者数とは、地域
1993 年以降も貧困者数の増加が記録されて
いる。なお開発途上世界での貧困率の低下は、
によっても国によってもあるいは時代によっ
主として農村地域での貧困層の著減(1993 年
ても、当然異なってはいるであろう。開発途
の 10 億 3,600 万人から 2002 年の 6 億 8,300
上地域の栄養不足人口についての FAO の推
万人へ)、貧困率の低下(1993 年の 37%から
計値はこの章の冒頭で既に述べた通りである
2002 年の 29%へ)によるものとされており、
が、上述の開発途上諸国における貧困層の動
都市部での貧困率は約 13%の水準で推移し
向と栄養不足人口の減少傾向を比較してみる
3
と、最近の数値はいずれも 8 億人台にあるが、
ている 。
しかし、開発途上諸国農村部での貧困率低
過去 30 年間の減少速度にはかなりの違いが
下は主として東および東南アジア地域に限ら
ある。概して言えば、栄養不足人口の減少ペ
れた現象であり、その要因の大部分は農村で
ースは貧困者数のそれよりも遅々としている。
の状況の改善に求めることができる。これに
世界銀行と FAO の資料によれば、貧困者数
対して南アジアとサブ・サハラ・アフリカで
に対する栄養不足人口の割合は、1990 年には
は農村部での貧困層の拡大が見られ、東およ
64%、2002 年には 71%、2015 年の予測では
び東南アジアとは逆の傾向にある。南アジア
77%と推計されている4。飢餓人口の減少ペー
やサブ・サハラ・アフリカでの貧困削減には、
スが貧困者数のそれよりも遅い理由は必ずし
東南アジア諸国と同様に農村での状況改善、
も明らかではないが、一つの重要な要因は飢
そのための農業振興が求められよう。いうま
餓自体が貧困からの脱出の障害(飢餓の罠)
でもなく農村での状況改善には、農業の振興
として働いているからと考えられる。
のための生産基盤の整備や農民所得向上のた
なお、貧困からの脱出のためにはこれらの
めの政策に高い優先度が置かれなければなら
障害の除去が必要不可欠のことであるが、
ない。
FAO はさらに、充分な食料を生産する潜在能
3
4
The World Bank, World Development Report 2008
Agriculture for Development, Washington, D.C.
-33-
FAO, The State of Food Insecurity in the World
2006, Rome.
力をもつ地域の開発と食料を必要としている
転のための強力な伝達経路となることができ
場所への迅速な輸送システムの動員が必要で
るし、これを欠くことは生産性向上の展望が
あることを強調し、そのための近代的情報シ
大きく制約されることにもなると主張してい
ステムの利用能力の活用と貿易の拡大の重要
る 5。
(つづく)
性を指摘している。また、国際貿易は技術移
(前(財)食料・農業政策研究センター 理事長)
5
-34-
FAO, The State of Food and Agriculture 2005,
Rome.
南
風
東
風
西ケニアにおける昆虫食の利用
八
はじめに
木
繁
実
•
ることがわかった。雨期は丁度穀物の収穫が
私は約 30 年間アフリカに関わり、90 年代
とぎれる時期であり、不足しがちな動物性タ
にはケニア、ナイロビの国際昆虫生理生態学
ンパク質や脂肪をシロアリにより補っている
センター(ICIPE)に農水省・国際農林水産業
と考えられる。
研究センター(JIRCAS)から長期派遣され、
表1
主にバッタ類の防除法開発などの基礎研究を
西ケニア・エンザロ村における
シロアリ食の調査*
行った。野外調査などでアフリカ各地に出か
けた際、現地の人々がバッタなどの害虫を巧
1日一人当たりのシロアリ摂取量(g)
みに食料として利用していることを知り、そ
人数
範囲
平均
れが昆虫食の調査を始めるきっかけとなった。
大人
87
50-250
110
今回はヴィクトリア湖周辺を含む西ケニアの
5~15 才
51
25-150
61
農村における昆虫食が、現地の人々の生活に
5 才以下
24
20-125
53
どのように役立っているかを調査した要約を
* 1995 年 11 月からの 4 ヵ月間、村の約1割に当た
る 25 戸での調査。なお、主食として大人は毎日
300-500gのウガリ(主成分はトウモロコシまたは
ソルガム)を食べている(国際農業研究成果情報
No.5¹⁾より一部改変)
。
述べて見たい。
1.シロアリの利用
(1) 食用としてのシロアリの羽アリ:ヴィク
トリア湖畔のキスム市から車で 30 分ほど入
(2) シロアリの塚(巣)から生えるキノコの
ったビヒガ県エンザロ村を中心とした地域で
利用:シロアリの塚(巣)から時にはキノコ
は、主に、雨期に発生するシロアリ(シロア
(シロアリタケ)が密生し、シロアリの種と
リ目、シロアリ科)の羽アリをトラップで捕
キノコの種は密接な関係があるといわれてい
らえ食用にする。羽アリは生で食べる他、塩
る。それを刈り取り乾燥して保存食とする。
で軽く炒めて保存食とする。表1の通り、時
主なキノコはわが国の乾燥エノキタケに似て、
期によっては、主食のウガリに比べても大人
様々な料理に使え美味である。
から子供までかなりの量の羽アリを食してい
(3) シロアリの塚の土の利用:驚いたことに
は、この地域では特に妊婦がシロアリの塚の
YAGI Shigemi : The Use of Edible Insects in Western
Kenya
土を食べる習慣がある。これはアフリカばか
りでなく、世界各地で知られており、シロア
-35-
リの塚の土ばかりとは限らない。食用の他、
のダンゴをセンベイ様に伸ばして数日間乾燥
シロアリの塚の土は粒子が細かいので、レン
したものは(図1)1年近く保存でき、シチ
ガとしての家内外の塗装、かまどや食器の材
ューなどに入れ準主食として食する。レイ
料、子供の粘土細工、薬、遊牧民では家畜の
ク・フライの発生もシロアリと同様雨期に多
塩の代用などに利用されている。しかもこれ
く、食料不足の時期の重要な保存食となって
らの生産物(シロアリ、キノコ、塚の土)は
いる。
地元ばかりでなく、時期によってはキスムや
おわりに
首都ナイロビのマーケットでも売られている。
これまでの調査から、現地の人々が昆虫の
2.レイク・フライの利用
発生など自然環境を巧みに利用し、食料の少
ヴィクトリア湖に面したムビタ・ポイント
ない雨期などに対処していることがわかった。
ICIPE 試験場を基点として、昆虫食としての
しかも、これら昆虫の採集からその加工・保
レイク・フライ(ハエ目、ケヨソイカ科およ
存・料理法はもちろん、シロアリの塚に関連
びユスリカ科)を 2006~08 年にかけて調査し
したキノコや土の多様な利用法は、地域の文
た。この地域では、時に湖で大発生するレイ
化として代々引き継がれ、財産として生活を
ク・フライ成虫を捕らえ、それを水と塩と共
豊かにし、かつ楽しみを与えていると思われ
に蒸かし煮し、磨りつぶしたレイク・フライ
る。重要なことは、この地域では美味しいか
らシロアリやレイク・フライを味わうのであ
る。今後もこのような地域の食文化を守りつ
つ、調和のとれた食料安全保障に関する展開
が望まれよう。
参考文献
1)八木繁実 1998, ケニアの食生活に占める昆虫
食の実態, 国際農業研究成果情報,5:19-20.
2) 八木繁実 2007, アフリカの昆虫食 (日本 ICIPE
センベイ様に伸ばして屋根で乾燥させている
レイク・フライのダンゴ
(協同研究者の岸田袈裟・
相模女子大客員教授による撮影、2008.3.19)
協会編,日高敏隆監修,アフリカ昆虫学への招待,
京都大学学術出版会)pp.199-213.
-36-
(多摩アフリカセンター所長)
資料紹介
「アフリカ農業の挑戦」*
ジャン・クロード
デゥヴェ編
フランス開発庁(AFD)編/カルタラ出版 発行
2008 年・416 頁
サハラ以南アフリカの農業部門に対して 1980 年代から約 20 年
にわたり半ば強行された構造調整政策と名づけられた自由化政策
は当初期待された農業生産の目覚ましい発展も、それにより実現
するはずの農村の生活向上もほとんど達成しなかった。この政策
を強力に推し進めた国際金融機関は今度はいわばその後始末を
「貧困削減戦略」といった名の対策で内外の批判をかわそうとし
てきたが、これらの措置は弥縫策の域を出ず、説得のある農業部
門の持続的発展の中長期的ビジョンが欠けていた。近年、とりわ
け 2007 年のアフリカ地域での食料価格の高騰、異常気象の広域発
生などから、農業部門の重要性に対し、国際社会が再び注目する
ようになり、先進国サミットなどでも農業投資の活性化が確認さ
れるようになった。今回、紹介する本は、過去の植民地経営も含
めて豊富な経験を有するフランスの援助機関がまとめた論考集である。日本では、英語以外の
文献資料はとかく敬遠されがちだが、サハラ以南のアフリカの半分近くはフランス語圏である
ことから敢えて選んでみた。4部からなる本書の構成は以下の通り。
第1部では、農業・農村人口の増加傾向と労働移動からみた人口に関する挑戦、国際環境お
よび市場の開放度を考慮した開発において、農業はどんな経済的役割を担うべきかという挑戦、
そして土地に対する人口圧力および気象条件の変化と関連して、天然資源の利用と生態系の管
理をどのように実現していくかという環境面の挑戦という3つの挑戦課題が提示される。
第2部は、
対象地域と時代をやや広く取り、
農業の主たる推移を考察してみることが狙いで、
これらの変化のプラス要因とマイナス要因を抽出することが中心課題となっている。
第3部は、農業開発の移行期を成功裏に導くにはどんな公的政策が優先的に必要かを、1)
土地制度の改善と確保、2)その支援のためのイノベーションと制度の強化、3)広域食糧市
場(Marchés vivriers régionaux)の達成、4)農業金融、5)人的資本の促進 の各分野で考察
することを狙いとしている。
第4部は、アフリカ農業の指導者にその展望を語ってもらい、アフリカ農業の挑戦を成功さ
*
“Défis agricoles africains”, Sous la direction de Jean-Claude Devèze, Karthala, Agence Française de
Développement
-37-
せるための課題と条件を明らかにすることが中心となっている。
むすびとして、20 年間で農業大国になったブラジルを引き合いに出して「熱帯アフリカは将
来農業大国になれるか」という問いを投げかけている。
紙面の関係で紹介者が感じた本書の特徴を2点のみ記しておく。
第1は、アフリカ農業の分析と提言に関し、日本では歴史的、地理的に余りに縁がないせい
か、ともすると「人口の爆発的な増大」と「低い農業生産性」で食料不足に陥り、大胆な外部
支援によって、投入を飛躍的に増大することが国際社会の責務といった総論的ないし一点集中
突破的解決を唱える論調が多い。しかも、ひたすら、アジアの経験、ないしモデルの安易な応
用や自己の狭い専門分野からのみの分析と解決策を提示するだけで、アフリカにおける地域研
究の蓄積にほとんど関心を示してこなかった。また事後検証も皆無に近い。しかし、本書は、
現場の状況を長年にわたり各々の専門分野から自分の研究テリトリーないしフィールドを有し
て、観察、分析してきた長期現場検証を踏まえた持論を展開していることが特徴である。
筆者の顔ぶれは、農業経済学を筆頭に、農業、人口統計、地理、文化人類学、生態学、社会
学と多岐にわたっているが、フランス語圏アフリカをフィールドとしてきた略歴の多い研究者、
実務家で、バランスのとれた地域研究の知見が方々で反映されている。ある意味では、日本も
アフリカにおける農業部門支援に本格的に乗り出すには、今まで以上に日本側の研究者をアフ
リカの現場のニーズにあった研究課題で、中長期的に育てていく必要を感じた次第である。
第2の特徴は、従来の農業発展に関する書籍の構成に余り見受けられなかったアフリカ側の
生産者団体の形成について、第4部を中心に言及・分析がなされていることである。私も、こ
の 20 年、アフリカの農村の変化の一つは、国家の財政破綻と構造調整政策により公的支援から
ほぼ見放された生産者が自ら自分たちのニーズを認定し、組織化し、政府に対して要求をする
という従来の受け身の農民像から脱却した新しい農業者像が生まれていることであると考えて
いる。こうした逆境を乗り越えようとしてきた農業のリーダーの現状認識と提言を敢えて掲載
したことは、本書に従来の農業開発書や調査報告にあまりない研究者側の謙虚さがうかがえ、新
鮮に感じられた。
この点に関し、サヘル地域に位置し、かんばつなどの天災に苦しめられてきた「最貧国」で、
ODA 受け取り大国であるニジェールの元首相が、最終章で、
「農業政策再考」と題する興味深
いコメントを寄稿しているので最後に紹介しておこう。
「サヘル以南のアフリカ諸国家による公共政策の生産プロセスを分析する際、見逃してはな
らないのが、これらの国家の有する特徴と実際の機能様式である。従来の分析は政策内容の手
段(いわゆる技術的側面)とその「合理性」なるものに余りに集中しており、そこでは、政策の
立案と実施に関与する様々なアクターによる利害を巡る力関係の分析は正面から扱われていな
い。
(381 ページ)」。その具体例としてなぜ国家予算配分において農業投資が近年重視されてこ
なかったことの原因は、同氏は農業関係の公務員が投資の有効性と効果を政府内で説得出来な
かったこと、およびそもそも政策担当者が外部依存の貧困削減対策(提出書類の作成,紹介者
注)に追われ、農業そのものに関心を持てなかったからだと鋭い指摘をしている。
(明治学院大学国際学部教授
-38-
勝俣
誠)
JAICAF ニュース
国際シンポジウム
「食・農・暮らしと生物多様性」を終えて
JAICAF 事務局
はじめに
JAICAF 会長東久雄の主催者挨拶をもって開
本年 2010 年は国連で採択された「国際生物
会した。
多様性年」である。我々人類は生活の便利さ
を求め、その食や暮らしは文明の発展ととも
に変革してきたが、その陰で多くの生物資源
が失われてきたことを忘れてはいけない。人
間も自然の一部であり、多種多様な我々の生
活と生物の多様性はまさに表裏一体をなして
いる。JAICAF、社団法人国際農林業協働協会
は、我々の食と農と暮らしの観点から、世界
各地でその尊さ故に保存され、また有効に活
用されてきた多様な生物資源を取り上げ、本
年1月 29 日(金)に JICA-TIC(独立行政法
人国際協力機構東京国際センター)で国際シ
ンポジウム「食・農・暮らしと生物多様性」
を開催したので、その概要を報告する。本シ
第1部の基調講演では、ローマに本部を置
く Bioversity International(国際生物多様性セ
ンター)の次長である Dr. Kwesi Atta-Krah を
お招きし、
「農業生物多様性-食料安全保障と
農村開発の要」と題する報告があった。さら
に第2部のパネルディスカッションは「生物
多様性保全と農村開発の両立」をテーマに
JICA-TIC の草野所長をファシリテーターに、
パネリストには基調講演者である Atta-Krah
次長他3名の学識者、
東京学芸大学木俣教授、
名古屋大学大学院西川教授、あいあいネット∗
壽賀理事をお迎えして各人からの事例紹介を
交えた討論が展開され、フロアーからも積極
的な質問、コメントを拝受した。
ンポジウムに参加された方には今一度振り返
って頂きたく、また参加することができなか
った読者諸氏におかれては、生物多様性の意
義を再考願えれば幸甚である。
概
要
平成 18 年度から JAICAF は、農林水産省か
らの助成を得て毎年国際シンポジウムを開催
しているが、本年度は前述の通り「食・農・
暮らしと生物多様性」をテーマとしたもので
写真1
会場の参加者
ある。
同シンポジウムは基調講演とパネルディスカ
∗
ッションの2部構成となっている。まず、
-39-
一般社団法人いりあい・よりあい・まなびあい
ネットワーク
2.パネルディスカッション
1.基調講演
国際生物多様性センター次長の Dr. Kwesi
JICA-TIC の草野所長をファシリテーターに
Atta-Krah より「農業生物多様性-食料安全保
「生物多様性保全と農村開発の両立」をテー
障と農村開発の要」と題する講演がなされた。
マとする総合討議を行った。
講演は、生物多様性が持つグローバルな意
まず、基調講演者である Atta-Krah 次長を除
義である地球上の生命と環境の維持、農業に
く4名から以下の事例報告を頂き、本テーマ
とっての生物多様性の重要性、世界の食料安
を踏まえた討議とフロアーからの質疑応答な
全保障と栄養に果たす生物多様性の役割、さ
どを行った。
らに、これまで軽視され、失われてきた生物
資源に焦点を当てたものであった。生活と環
1) 事例紹介
境に裨益する生物多様性の可能性について再
(1) モノカルチャーの影響-マレーシア・サ
認識が必要であり、本シンポジウムが志を同
バ州の事例から
草野孝久
じくする様々な組織が協働するきっかけとな
JICA の技術協力「マレーシア・ボルネオ生
ることを期待すると Atta-Krah 次長は結んだ。 物多様性保全プログラム」の初代チーフアド
バイザーとしての経験を基に、アブラヤシ・
プランテーションが当該地域に及ぼした功罪
について報告するとともに、その解決方策(国
家的政策、里山イニシアティブ、アグロ・フ
ォレストリー)を提言した。
(2) 在来品種の保全と復活~日本の雑穀と野
菜の事例~木俣美樹男
山梨県小菅村を舞台に同教授が実践する
写真2
生物文化多様性の保全学習と農村開発モデル
Dr. Atta-Krah
つくりについて紹介するとともに、生物文化
同報告を受けてフロアーからは GMO(遺
多様性を如何に維持するかについての課題と
伝子組み替え)がアフリカ等開発途上国に及
解決策について言及した。
ぼす影響や、生物多様性保全には何らかのイ
(3) 参加型農業生物多様性管理を通じた農村
ンセンティブが必要ではないかとの質問があ
開発を実現させるファーマル/インフォー
った。前者については、GMO はツールであ
マル組織制度の連携
り、使い方次第でプラスの影響もマイナスの
作物遺伝資源を考える視点として行政、民
影響もあるが、まずは適切な知識の啓蒙が必
間、農家と、それぞれのレベルで種子保存お
要であること、後者に対しては、収量性の低
よび育種、品種改良を担ってきたことを国内
い在来種であっても加工方法によっては売れ
外の事例を通じて紹介した。
るようになり、インセンティブを付与するた
(4) 農山村の暮らしを振り返る-コミュニテ
西川芳昭
めの政策が重要であることを、Atta-Krah 次
ィにおける利用・保全・管理
長は応答した。
歴史的に翻弄されてきたジンバブエの事
-40-
壽賀一仁
例から、崩壊した生物資源と文化の復興に努
出すという意味であり、生活を変えるた
力する地域住民と NGO、その NGO の活動を
めに外からのモノを持ち込むと持続性
支援する日本の NGO との交流について報告
が失われる。
草野-本来”sustainable”は環境的に持続可能
があった。
という意味であった。
壽賀-農民が暮らしの価値を向上させるため
に地域の環境を自ら管理していくこと
が農村開発。留意すべきは、農業だけで
農村は成立しないということだ。
Atta-Krah-開発は暮らしをよくするモノだ
が、結果を求めすぎて環境にダメージを
与えては本末転倒である。地域の資源を
写真3
使っても枯渇させてはならないし、世界
3名のパネラー、左から木俣教授、
西川教授、壽賀理事
全体で考えることである。開発は社会へ
の便益であり、農民は農村に必要なこと
を考える主体でなくてはならない。
2) パネルディスカッション
パネリストからの事例紹介を受けて、農民
の目線での生物多様性や農村開発を考える上
(2) 農業・農作物と競争原理
草野-グローバル化の波が競争原理を拡げて
での「開発」とは何か、また、これまでパネ
きた。世界中の農村、農業に影響を与え、
リストが見てきた農村の食文化や暮らしの多
そして生物多様性の損失の主因を成す
様性、その変化をローカルな視点からグロー
と考えられるが?
バルな視点まで拡げて、次のような議論がな
西川-条件の善し悪しがある。生きるための
された(以下、敬称略)。
農業と換金農業。人も村も両面を持って
(1) 農村開発あるいは開発とは何か?
いる。村の生活は競争原理に縛られては
草野-「生物多様性と農村開発の両立」とい
いない。換金農業を否定するものではな
うテーマを踏まえ、農民の目線で捉えた
いが、それが生きるための農業を壊すこ
開発は如何に定義されるか?
とになってはいけない。
木俣-開発という言葉は嫌いだが、英語の
木俣-ケンブリッジ大学の Prof. Jones 曰く
development であれば成長につながり、土
「雑穀は生きるための作物」。商業社会
地への誇り、都市がそれを学ぶ、金のた
に生きている限り様々な作物を作らな
めだけではなく、生きることは何かを学
いといけないだろう。世界にはモザイク
ぶ。そのようなイメージを持っている。
状に小さな社会がたくさんある。人類が
生きていくためには学びが必要だ。
西川-自分も「開発」がいい言葉とは思って
いない。どちらかというと、足りないモ
草野-生きるために...アフリカと日本は同じ
ノを外から持ってくるイメージだ。
“develop”は本来内なるモノを外に取り
だと考えられるか?
壽賀-完全に二分できない。雑穀は金になら
-41-
ないといわれるが、金になる環境とどう
A-どの国でも認定種子が種子法で規定され
折り合いをつけるかだ。また、競争原理
ており、国家が食料供給に責任を負うとい
といっても、皆が同じモノを作っている
う考え方自体は悪くないが、理念を後回し
わけではない。農村から町に流れるモノ
にして開発途上国に広まっている事は問題
には市場価値とは別の使用価値がある
である。システムのないところで法律だけ
場合もある。そこには二面性があり、競
制定されては民間、地域の種子保存・品種
争原理自体も一つではない。
改良機能が損なわれる。
草野-市場価値に翻弄されない。それは実現
可能だろうか?
Atta-Krah-可能だ。市場原理は不変であり、
結局は政策が重要である。無論、市場だ
けには頼れない。規則・規制は必要であ
り、政策は小農の生計維持を助けるもの
であって欲しいが、多くの場合、小農に
は不利で大規模農家に有利なものであ
る。このことが生物多様性を脅かしてお
写真4
り、生物多様性の維持・保存が可能な場
ファシリテーターの草野 TIC 所長(左)
と Dr. Atta-Krah
所を大事にする政策が必要だ。
おわりに
以上の討議を踏まえつつ、フロアーを巻き
込みながら以下の質疑応答につなげた。
生物多様性の問題は、今年が国際生物多様
性年であることとは無関係に関心の高いテー
マと見え、170 名を超える参加希望があった。
3) 質疑応答
さらに当日は好天にも恵まれ、来場者数はほ
Q-種子の保存に貢献した女性の役割とは?
ぼ想定通り 150 名前後で、タイトな時間設定
A-例えば信州のカブは女性が種子保存に直
ではあったが各パネリストが持ち時間を厳守
接関わった。種の選抜に科学的な基準は見
し、非常に中身の濃いイベントになった。
いだせないが、保存性や調理のしやすさと
「生物多様性、それはいのち
生物多様性、
いった台所を預かる女性ならではの視点で
それは私たちの暮らし」というキャッチフレ
保存種を選んできた。また、ジンバブエで
ーズにも表れている通り、生物多様性は我々
は、年配の女性が伝統品種について詳しく、
人類の生きる糧なのではなかろうか。
若い男性は知らないことが多い。ただし、
最後に、本シンポジウムを開催するにあた
これは古くから女性に押しつけられてきた
りご後援を頂いた農林水産省および国連食糧
ジェンダーによる役割ともいえる。
農業機関(FAO)日本事務所ならびに JICA、
Q-種子の販売が制限されているという事例
も報告されたが、これは伝統的なものか、
ご協力を賜った東京学芸大学環境教育実践施
設に心よりお礼申し上げる。
それとも政策か?
-42-
入館無料 要予約
FAO 寄 託 図 書 館 の 御 案 内
18年4月1日よりFAO日本事務所内(横浜)に
(社)国際農林業協働協会(JAICAF)が運営しています。
FAO は、「世界最大の食料・農林水産業に関するデータ
バンク」といわれており、毎年多くの資料を発行しています。
FAO 寄託図書館では、それらの資料を誰でも自由にご利用
いただけるよう一般公開していますので、どうぞお気軽にお立
ち寄りください
■開館時間
10:00~12:30/13:30~17:00
■休館日
土曜日、日曜日、祝祭日、年末年始
臨時休館(その都度お知らせいたします)
■サービス内容
・FAO 図書資料の閲覧(館内のみ)
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(www.jaicaf.or.jp 「目録検索」より)
・レファレンスサービス
(電話、E-mail でも受け付けています)
・複写サービス(有料)
■主な所蔵資料
・FAO 年報各種(生産、貿易、肥料、林業、水産)
・FAO 各種会議・委員会資料
・The State of Food and Agriculture
(世界食料農業白書)
・Food Balance Sheets(食料需給表)
・FAO シリーズ各種(灌漑、林業、漁業、畜産など)
・CODEX(国際食品規格)資料
FAO 寄託図書館
〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1 パシフィコ横浜 横浜国際協力センター5階
TEL: 045-226-3148/FAX: 045-222-1103/E-mail: [email protected]
JAICAF ニュース
農林業技術相談室
-海外で技術協力に携わっている方のための-
ODA や NGO の業務で,熱帯などの発展途上国において,技術協力や指導に従事している時,
現地でいろいろな技術問題に遭遇し,どうしたらよいか困ることがあります。JAICAF では現
地で活躍しておられる皆さんのそうした質問に答えるため,農業技術相談室を設けて対応して
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相談は無料です。ご質問に対しては,海外技術協力に経験のある技術参与が中心になって,
分かりやすくお答え致します。内容によっては他の機関に回答をお願いするなどして,できる
だけ皆さんのご要望にお答えしたいと考えております。どうぞお気軽にご相談下さい。
相談分野
作物:一般普通作物に関する問題,例えば品種,栽培管理など
(果樹,蔬菜,飼料作物を含む)
土壌肥料など:土壌肥料に関する問題,例えば施肥管理,土壌保全,有機物など
病害虫:病害虫に関する問題,例えば病害虫の診断,防除(制御)など
質問宛先
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〒107-0052 東京都港区赤坂8丁目 10 番 39 号
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TEL:03-5772-7880(代)
,FAX:03-5772-7680
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件名に「農林業技術相談」
JAICAF 賛助会員への入会案内
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林業協力に関する資料・情報収集、調査・研究および関係機関への協力・支援等を行う機関
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賛助会員の区分
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主なサービス内容
個人
正会員・
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(A 会員)
個人
賛助会員 B
(B 会員)
個人
賛助会 C
(C 会員)
国際農林業協力(年4回)
○
○
―
○
NGO と農林業協力(年2回)
○
○
―
○
世界の農林水産(年4回)
○
―
○
○
FAO Newsletter(年 12 回)
○
―
○
○
その他刊行物
(カントリーレポート、
世界食料農業白書*、
世界の食料不安の現状*)
○
―
―
―
JAICAFおよびFAO寄託図書館
の利用サービス
○
○
○
○
**
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「国際農林業協力」誌編集委員(五十音順)
池
上
彰
英
(明治大学農学部助教授)
板
垣
啓四郎
勝
俣
誠
(明治学院大学国際学部教授)
紙
谷
貢
(前財団法人食料・農業政策研究センター理事長)
二
澤
安
彦
(社団法人海外林業コンサルタンツ協会専務理事)
西
牧
隆
壯
(独立行政法人国際協力機構農村開発部)
原
田
幸
治
(社団法人海外農業開発コンサルタンツ協会企画部長)
(東京農業大学国際食料情報学部教授)
Vol.32 No.3
国際農林業協力
発行月日
通巻第 156 号
平成 22 年 2 月 28 日
発 行 所 社団法人
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編集・発行責任者
専務理事
井上直聖
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