英国における放射性廃棄物への取り組み

関東学院大学人文学会 紀要 第132号(2015)
英国における放射性廃棄物への取り組み
湯
浅
陽
一
要 旨:
本稿では、英国における放射性廃棄物に対する取り組みの歴史を、民主主義
と市場経済との関わりを基本的な視点として鳥瞰したうえで、日本の事例と比
較しながら、同国の取り組みが抱えている課題を指摘した。まず、民主主義と市
場経済という本稿の基本的な視点を提示したのち、第 2 節で、放射性廃棄物問
題の概要を確認した。第 3 節では、英国における廃炉作業の概要をふまえつつ、
とくに原子炉の型や作業の実施主体、そして作業費用の確保などに重点をおい
た説明を行った。第 4 節では、英国における放射性廃棄物への取り組みとして、
処分施設の立地選定が70年代から難航してきた経緯をみたのち、現在の立地選
定手続きを日本のものと比較した。第 5 節では、実質的に唯一の候補とみられ
るセラフィールドを抱えるカンブリア州で、2013年 1 月に立地拒否の意思決定
がなされたことをふまえ、同地域の経済的特徴をセラフィールドとの関わりか
ら分析した。最後に、英国にせよ日本にせよ、民主主義および市場経済との関わ
りにおいて、地層処分の方法あるいは処理施設のための建設地探しは構造的な
課題を抱えていることから、根本的な見直しが必要であることを指摘した。
キーワード:
英国、放射性廃棄物、民主主義、市場経済
1 .はじめに―本稿の基本的視点
本稿は、英国における放射性廃棄物に対する取り組みの歴史を、民主主
義および市場経済との関わりを基本的な視点として鳥瞰することにより、
その構造的な問題点を析出することを企図している。なお、本稿では、放
射性廃棄物の中でも、使用済み核燃料ないしはガラス固化体が該当する高
レベル放射性廃棄物(以下、高レベル廃棄物)を中心的対象としている。
民主主義と高レベル廃棄物の結びつきは、以下のようなものである。高
レベル廃棄物の最終処分をめぐっては、英国や日本を含めて、地中深くに
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埋めるという地層処分の方法を選択したものの、その建設用地が見つけら
れず行き詰まっている国が多い。この用地選定の行き詰まりは、技術的な
問題もさることながら、住民合意をめぐる問題としての面を持つ。さらに
は、地層処分が適切な手法であるのかどうかという問題も提示されており、
その見直しを進めるのか否かも問われている。これらの問題は、民主的な
意思決定のあり方という視点から捉えられるものである。
市場経済との関わりは以下のようなものである。家庭から出る一般廃棄
物や通常の産業廃棄物については、発生・排出抑制として生産・使用段階
にまで遡って対策を施すことが国内外で主流になっている。その方法の 1
つとして、ペットボトルなど、廃棄物としては処分しにくいものに対して、
処分しやすいものよりも高い賦課金をかけることが挙げられる。この方法
のポイントは、流通・使用段階において賦課金をかけることで、リサイク
ルや最終処分の困難さを市場での価格に転嫁することにある。ペットボト
ルが値上がりした結果、企業や消費者が、処理しやすい他の素材を開発し
たり多く使用したりするようになれば、市場経済のメカニズムを通じて、
処分の困難さが生産・使用の局面に遡及することになる。
企業は最終的に、処理しやすい商品の開発コストや賦課金分を価格転嫁
することができる。この場合は消費者の負担となるが、市場競争の中で価
格転嫁が十分にできない場合には、企業の側の負担となる。
以上のような形で処分段階での対処の困難さを生産・使用段階に結びつ
けることは、廃棄物処理の原則の 1 つとなっている。高レベル廃棄物とい
う処分が極めて困難な廃棄物に対しても、同じ視点が適用できよう。高レ
ベル放射性廃棄物の処理は、技術的に困難であり、かつ、巨大な施設を必
要とする。加えて、施設立地にあたっては住民との交渉という困難な作業
が待っている。これらの困難さにより、高レベル廃棄物の処分には巨額の
コストが発生する。このコストは、原子力による電力の生産とその使用と
いう局面にも反映されてしかるべきである。本稿で言うところの市場経済
との関わりは、このような最終処分コストの「市場=電力価格」への反映
という視点から捉えられる。
民主主義と市場経済という 2 つの視点は、連動している。立地候補地の
住民との交渉の難しさは、市場における電力価格に跳ね返りうるからであ
る。しかしながら実際には、この 2 つの関わりは不十分であったり、途切
れてしまったりしていることが多い。英国と日本の処分場探しのスキーム
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は類似しているが、両者とも、この傾向がみられる。
本稿では、民主主義と市場経済との関係性に注目しながら、英国におけ
る高レベル放射性廃棄物処分のためのスキームを分析し、その問題点を明
らかにしていく。この問題点は、英国と類似したスキームを持っている日
本の問題点でもある。
2 .放射性廃棄物問題の概要
英国の状況を分析する前に、高レベル廃棄物を中心に、放射性廃棄物問
題の概要を確認しておこう。放射性廃棄物は、核兵器や原子力エネルギー
の開発・製造・使用、さらには施設の廃止作業の中で常に発生する。それ
ゆえ放射性廃棄物は核開発の始まりから存在していたし、これをいかにし
て処理するのかという問題は、核開発の歴史と同じ程度に古い。しかし現
実に処理方法の本格的な検討が行われるようになったのは、核の歴史の始
まりからしばらくしてからである。英国のばあい、1940年代から核兵器開
発に乗り出しているが、放射性廃棄物の処理が多少なりとも真剣に議論さ
れるようになるまでには、30年ほどの時間を要している。
放射性廃棄物は、英国では、低(Low Level Waste;LLW)
・中(Intermediate Level Waste;ILW)・高(High Level Waste;HLW)の 3 種類に分類さ
れる 1 )。日本では低レベルと高レベルに分けられている。英国の低・中レベ
ルが日本の低レベルに相当している 2 )。
低レベル放射性廃棄物は、原発や他の原子力関連施設の稼働や解体など
によって生じる。原子力関連施設を解体して出たコンクリート片なども放
射線を発することがあるため、放射性廃棄物となる。点検などで作業員が
使用した防護服や各種の器具、放射性物質を取り除くフィルターなども低
レベル放射性廃棄物となる。英国ではセラフィールド(Sellafield)とダー
ンレイ(Dounreay)に、日本では青森県六カ所村に、低レベル廃棄物の
「貯蔵」あるいは「埋設」施設がある。
1 )英国ではさらに超低レベル廃棄物(Very Low Level Waste; VLLW)という分類
が設けられている。
2 )日本政府は核燃料サイクルの推進方針を堅持している。計画上は、使用済み
核燃料はすべて再処理されることになっており、高レベル廃棄物は再処理後
に発生するガラス固化体のみである。
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英国における放射性廃棄物への取り組み
中レベル放射性廃棄物は、原子炉や燃料棒に使われていた部品など、原
発の解体などから生じる廃棄物のうち、比較的放射線量の高いものである。
英国では、1 トンあたりで、アルファ線量なら 4 ギガ・ベクレル、ベータ・
ガンマ線なら12ギガ・ベクレルを超えるものが中レベルに分類され、これ
を下回るものは低レベルとなる 3 )。
高レベル核棄物には、原発から出る使用済み核燃料か、再処理した際の廃
液を固化したガラス固化体が該当する。いずれも人間を短時間で死に至ら
せるレベルの高い放射線量を放出している。この放射線の減衰には数万年
という単位での時間がかかるため、長期に渡り生命体から隔離しておくこ
とが必要である。放射性廃棄物全体のうち、重量(トン)でみた場合には、1
%にも満たない量であるが、放射線量でみた場合には、95%を占めている。
上記のような放射性廃棄物のうち、とくに処理が困難であるとされてい
るのが、高レベル廃棄物である。現在、高レベル廃棄物については、地下
深くに埋設する(深)地層処分と呼ばれる方法が、最終的な処理方法として
有力視されている。この方法で処理するためには、施設を設置するための
土地が必要になるが、その土地を見つけることができないため、放射性廃
棄物を抱える多くの国々が最終的な処理の目処をつけられずにいる。付近
に住む住民からの合意が得られないのである。2015年の時点で建設地が決
定しているのはフィンランドとスウェーデンだけである。ドイツやアメリ
カのように、一度は候補地が確定しながらも撤回されたケースもあり、英
国や日本も含めた他の国では、立地選定が困難を極めている。
原子力発電に対する賛否にかかわらず、すでに発生している高レベル廃
棄物は、何らかの形で対処・処理されなければならない。しかし、その処
理方法や処理場所が決まらない。なぜ、こうした状況に至ってしまったの
か。この状況は、いかにして打開することができるのか。
以下、この問いに答えて行くことを目的として、必要な背景的事項とし
て英国における廃炉作業の概要を把握したのち、高レベル廃棄物最終処分
施設の立地選定をめぐる経緯と制度の概要を検討し、2013年 1 月に高レベ
ル廃棄物最終処分施設の建設受入を拒否したカンブリア州の事例をみてい
くことにする。
3 )Nuclear decommission Authority ウェブサイト(https://www.nda.gov.uk/
ukinventory/documents/upload/2013-UK-Radio-active-Waste-InventorySummary-of-Data-for-International-Reporting.pdf)
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3 .英国における廃炉作業の概要
3−1 .廃炉計画に関わる基礎事項
英国における廃炉作業(decommissioning)は、日本のそれよりも先の段
階に達している。その具体的な態勢についてみていく前に、基礎的な事項
を 2 点、確認しておく。
1 点目の基本的事項は 2 つの側面を持つ。第一の側面は、運転を終了し
た原子炉の解体および立地サイトの復元である。原子炉の解体は、使用済
みの核燃料を取り出すことで行われる。取り出された核燃料は大半が他の
サイト(中間貯蔵施設や最終処分場等)へと搬出される 4 )。その後、残って
いる施設について、放射線レベルが低下するのを待ったのち、解体作業に
入る。解体作業に伴って排出される中・低レベルの放射性廃棄物も同様に、
処分場等へと搬出される。英国では発電所サイト内の他の施設は解体され、
最終的には更地として復元されることになっている。
第二の側面は、搬出された核燃料などの放射性廃棄物の行方である。現
在、高レベル放射性廃棄物は、地層処分施設がないため、大半がセラフィ
ールドに運ばれ、地表で中間貯蔵されている状態である。低・中レベル放
射性廃棄物は、スコットランド北部(ダーンレイ)やセラフィールド近く
の施設へ搬入されている。次節以降で述べるように、この第二の側面の焦
点である処分場のための候補地探しが本稿の課題である。
基礎的事項の 2 点目は、英国における原子炉のタイプである。英国の廃
炉作業の資金負担は、原子炉のタイプによって明確に区分される。2014年
の時点で、廃炉作業の対象になっているのはマグノックス炉と呼ばれるタ
イプの原子炉である(GCR、コールダーホール型とも呼ばれる)
。この他に
英国では、AGR(改良型ガス冷却炉)と PWR(加圧水型炉)というタイプ
の原子炉が稼働している。
英国の原発は、建設時期によって原子炉のタイプが明確に異なる。世界
初の発電用商用原子炉となったコールダーホールの原発を含めた、初期の
原子炉がマグノックス炉である。このマグノックス炉は全28基が建設され
たが、徐々に採算性の低さが問題になったため、AGR や PWR が開発・投
入されるようになる。マグノックス炉が 1 基の例外を除いて全基が運転を
4 )核燃料は、一定期間の燃焼の後に取り出され、新しいものに交換される。し
たがって、廃炉作業のときにのみ使用済み核燃料が排出されるわけではない。
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英国における放射性廃棄物への取り組み
終了している一方、AGR や PWR は全基が稼働中である。したがって廃炉
計画についても、すでに具体的計画のもとで一部が着手されているマグノ
ックス炉に対するものと、将来の作業が見込まれる AGR・PWR に対する
ものとで分けて考えなければならない。
マグノックス炉と AGR・PWR の歴史を簡単にみておく。90年のサッチ
ャーによる電力市場の自由化と民営化の際、マグノックス炉については廃
炉費用の負担が、AGR と PWR については発電費用の高さが原因となって、
民営化計画から切り離された。そしてイングランド・ウェールズに設置さ
れているものについてはニュークリア・エレクトリック社に、スコットラ
ンドに設置されているものについてはスコティッシュ・ニュークリア社に
それぞれ継承された。いずれも、原子力発電所を継承するために政府によ
って設置された組織体であり、民間企業ではない。原子力発電所は民営化
できなかったのである。この時点ではマグノックス炉と AGR・PWR は切
り離されていない。
マグノックス炉と AGR・PWR が異なる道を歩み始めるのは、1996年の
ブリティッシュ・エナジー社の設置からである。ニュークリア・エレクト
リック社の好業績が転機となり、英国政府は90年に見送った原子力発電所
の民営化に乗り出す。ニュークリア・エレクトリック社とスコティッシュ・
ニュークリア社を統合したうえで、ブリティッシュ・エナジー社を設置し
たのである。ただし、ブリティッシュ・エナジー社に継承されたのは、
AGR・PWR のみであった。マグノックス炉は、やはり新設されたマグノッ
クス社に移管されたのち、98年に BNFL 社(英国原子力燃料公社)のもとに
移る。そしてほとんどのマグノックス炉が運転を終了したのち、2006年に
NDA(Nuclear Decommissioning Authority:原子炉廃止措置機関)に移管
され、現在に至っている。
AGR・PWR を引き継いだブリティッシュ・エナジー社は、発足直後の数
年間は好業績を上げていたが、2000年の NETA(New Electricity Trading
Arrangements)の導入を契機に、一挙に経営を悪化させ、再国有化という
運命を辿る。同社に継承された原発(AGR と PWR)は、2009年にフランス
電力(EDF)を母体とする EDF エナジー社にさらに継承され、以降、同社
のもとで運転を続けている。AGR については2020年代前半から順次運転を
停止していく予定であり、1 基のみの PWR も2035年には停止予定である。
これらの原発についても、近い将来、廃炉作業に着手しなければならない。
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こうした経緯の違いは、以下にみるように、マグノックス炉と AGR・PWR
との廃炉作業における資金計画の相違に反映されていくことになる。
3−2 .NDAと廃炉作業の実施主体
既述しているように、英国で現在進行中の廃炉作業は、マグノックス炉
を対象としたものである。この作業は、原子炉廃止措置機関(NDA)が中
心となって進めている。NDA は、その名のとおり、英国政府が原子力関連
施設の廃止措置を担わせることを目的に2005年に設置した機関である。設
立時に BNFL(British Nuclear Fuel Limited、英国核燃料会社)と UKAEA
(UK Atomic Energy Authority、英国原子力公社)が保有していた施設を引き
継ぎ、2006年には Nirex 5 )を吸収している。NDA が廃炉作業を行っているの
は、BNFL から引き継いだマグノックス炉の他に、スコットランドのダー
ンレイにある高速増殖炉の実験施設や、オックスフォード州ハーウェル
(Harwell)にある研究施設の廃炉作業も進めている。
NDA は廃炉措置を目的とした組織であるが、現場となるサイトでの廃炉
作業を直接に行っているわけではない。現場での実際の作業を担っている
のは Site Licensed Company(SLC)であり、NDA がこの会社と契約をして作
業を委託するという形になっている。SLC には、各国の原子力関連企業が
関与している Parent Body と呼ばれる親組織がある。この親組織を通じて、
各国が持つ原子力関連技術、廃炉関連技術を英国における作業につぎ込め
るようになっている。表 1 は、サイトごとの SLC とParent Body の一覧であ
る。
5 )Nirex の元の名称は Nuclear Industry Radioactive Waste Executive であり、
1982年に、放射性廃棄物処理に関する検討を行う事を目的に原子力関連業界
が出資して設置した組織である。1985年に United Kingdom Nirex Limited へ
と名称変更し、2005年に原子力関連業界から政府へと所有権が移っている。
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表1
SLCとParent Body一覧(出典:NDA Corporate Brochure)
3−3 .廃炉作業の費用負担
つぎに、マグノックス炉の廃炉作業の費用負担についてみていこう。マ
グノックス炉は、民営化時の足かせとなったように、建設・運転時におい
ては廃炉主体を定めず、費用の計算もしてこなかった。NDA のもとで、よ
うやく、廃炉までの具体的な道のりが示されたのである。しかし、所有・
運転主体が幾度となく替わり、建設・運転時に廃炉費用の負担主体が明確
でなかったことから、マグノックス炉には、廃炉費用に充てるべき資金の
蓄積はない。そのため、廃炉費用のほとんどが、政府から投入される税金
で賄われている。その額は表 2 に示されているとおりである。巨額の費用
を要する作業であることが理解できよう。なお、この表 2 に示されている
各サイトの廃炉費用は、それぞれのサイト内での解体作業という第一側面
でかかる費用である。第二側面での費用については、地層処分等による最
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終処分にかかるものとして、表下部に記載されている(Geological Disposal
Facility の欄)。
英国の廃炉作業にはもう 1 つ、100年あまりの超長期にわたるという特徴
がある。放射線量の減衰を待ちながら作業を進めていくのである。原発の
建設決定から運転終了までの時間を含めれば、一度、原発を受け入れた土
地は、最後の更地の段階に至るまでに、150年に渡る時間を要することにな
る。世界でも屈指の核開発の歴史を誇る英国であっても、いまだ、この長
期の原発との付き合いを終えた土地はない。
3−4 .AGR の廃炉計画
英国では、既述したように、初期に建設されたマグノックス炉には採算
性の面などで多くの課題があることが判明すると、後継の原子炉として AGR
の開発と建設を行う(その後、PWR を 1 基建設している)。このタイプの
原子炉が現在、同国での原子力発電の中心を担っている。AGR も、マグノ
ックス炉と同様に所有・運転主体を幾度となく変更しているが、現在はフ
ランス国営企業である EDF を母体とする EDF エナジー(以下、EDF)がす
べての AGR を所有し、運転している。この AGR も2020年代前半から、40年
という「寿命」に合わせ、運転を終了させていく予定となっている。
では、これらの AGR に対する廃炉の計画はどのようになっているのか。具
体的な計画は明示されていないが、現状をふまえれば、NDA に移管された
のち、Parent Body とSLC によって現地での作業が行われるという、マグノッ
ク炉と同じ形式での措置体制になる可能性が高い(PWR も同様である)。
留意すべきは費用である。税金で費用が賄われているマグノックス炉と異
なり、AGR では基金(ファンド)を作り、そこに資金を蓄積してきている。
このファンドは、1996年にブリティッシュ・エナジーを設立した際に設
置されたものである。当初の名称は Nuclear Generation Decommissioning
Fund であり、設立時に HM(英国内務省)より 2 億2, 800万ポンドの資金
を受け取っている。設立後はブリティッシュ・エナジーが 4 半期ごとに400
万ポンドを拠出し、資金を蓄積していく形になっていた。2005年に経営危
機に直面したブリティッシュ・エナジーが組織変更(再国有化)すると、
これに連動して名称を現在の Nuclear Liability Fund(以下、NFL)に変更
し、今日に至っている。資金の拠出元は、2009年に AGR が EDF エナジー
社に売却されたことに伴い、同社に変更になっている。
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英国における放射性廃棄物への取り組み
表2
原子力関連施設の推定廃止措置費用(出典:NDAウェブサイト)
同ファンドは、2012年 3 月末日時点で、86億5, 157万7, 789ポンドの資産
を保有している(NLF の資料より。1 ポンド=170円で 1 兆4, 707億6, 822万
4, 130円)
。同ファンドの収入は、EDF からの拠出金と資産運用による収益の
2つからなる。EDF からは、2012年度で約3, 100万ポンド、2011年度で約
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2, 250万ポンドが支払われている(ただし、同ファンドから EDF に支払わ
れているお金が、12年度で約1, 000万ポンド、11年度で780万ポンドある)。
資産運用による収益は、2012年度で約5, 600万ポンド、2011年度で約8, 600
万ポンドである(この収益に対する税金として12年度で約1, 460万ポンド、
11年度で約560万ポンドが課されている)
。結果、2011年度末の85億8, 909万
6, 815ポンドから、2012年度は、約6, 250万ポンド増加して、86億5, 157万
7, 789ポンドとなっている。1 ポンド170円で計算すると、1 兆4, 700億円あ
まりとなる。
原子力発電所を保有・運転している主体が、廃炉作業に向けた資金を拠
出し、蓄積していることは、最終処分費用を電力の使用段階に反映させる
形になっている。この点では、AGR の廃炉のあり方は、マグノックス炉の
ものから改善されている。
しかしながら、上記の形で積み立てられている資金で、第二の側面まで
含めた費用が賄えるかどうかという問題が残っている。上記したマグノッ
クス炉の廃止計画には、ダーンレイの高速増殖炉(実験炉)や地層処分費
用も含まれているが、総額は約545億ポンドという当方もない額に上ってい
る。1 ポンド170円の計算で、9 兆2, 650億円である。同ファンドの資産は、
運用益を得ることによって実際に廃炉作業に着手するまでは年々増加して
いくわけであるが、現在の増加ペースで十分な額を確保できるのかどうか
が課題の 1 つとなろう。仮に資金が不足するという事態になれば、マグノ
ックス炉と同様に、税金が投入される可能性が極めて高いと思われる 6 )。
廃棄物処分という「下流」で要する費用を、市場とりわけ発電費用と電
力料金に反映させるという点については、ある程度の前進がみられるが、
この「下流」と「上流」の連結は、依然として脆弱なままである。この脆
弱さは、次節以下でみていくような、立地選定の困難さの反映を含めた考
えた場合に、より顕著なものとなる。
4 .英国における放射性廃棄物処理の歴史
4−1 .UKAEAとNERCによる高レベル放射性廃棄物の処分場探し
廃止措置の第二の側面、すなわち高レベル廃棄物の処分場建設地点探し
6 )なお、1基しかないPWRについてもEDFが所有・運転しており、AGRと同じ
枠組みでの廃炉が行われる可能性が高いであろう。
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英国における放射性廃棄物への取り組み
に進もう。時間軸はいったん、英国が核兵器の開発に着手した1940年代に
戻る。
英国は、核兵器の開発を開始したのちの1946年に Radioactive Substances
Act(RSA、放射性物質法)を制定するが、関連施設の労働者や周辺住民の
被爆を防ぐための放射性物質の取り扱いに関する規定が中心としたもので
あった。放射性廃棄物の処分方法が最初にまとまった形で言及されたのは、
1959年に作成された The Control of Radioactive Wastes 白書においてであ
る。ここで Radioactive Substances Advisory Committee(放射性物質に関
する諮問委員会)が、放射性廃棄物の処理方法について言及している。し
かしその内容は、採掘場所や海底に投棄してもよし、大気中に放出しても
よしというものであり、通常の工場から排出される産業廃棄物とほとんど
区別されていなかった。
放射性廃棄物の問題がもう少し真剣に受け止められるようになったのは、
1976年である。Brian Flowers 卿が委員長となった Royal Commission on
Environmental Pollution(環境汚染に関する王立委員会)が報告書を作成
し、解決策について、いくつかの指針を示している。具体的には、Nuclear
Waste Management Advisory Committee を創設すること、これとは別に
Nuclear Waste Disposal Corporation を設置し処理の実務作業に当たらせるこ
と、後者の運営は産業界から徴収した賦課金によることなどである。とは
いえ、この提言が反映された措置がとられることはなかった。
この当時、放射性廃棄物を担当していた組織は、1954年に発足していた
UKAEA である。UKAEA は、上記の報告書の出た76年に、高レベル放射性
廃棄物の投棄場所として、スコットランドのハイランドや島嶼部が適して
いるという報告書を作成している 7 )。一方、政府の The Institution of
Geological Sciences(IGS、地質科学研究所)が、地質の面から適地探しを行
い、最終的に 8 カ所を候補地として挙げている 8 )。内訳は、スコットラン
7 )以下、本項(高レベル放射性廃棄物処分場候補地をめぐる経緯)と、次項
(中・低レベル放射性廃棄物処分場をめぐる Nirex のうごき)はNo2 Nuclear
Powerのウェブサイトによる。
8 )候補地として挙げられたのは、Kyle and Carrick District、Caithness District、
Alnwick and Berwick District、Puriton in Somerset、Wymeswold Airfield in
Leicestershire、Worcester Basin、Gwynedd and powys in North Wales、
Loughboroughである。前 7 カ所が花崗岩、最後の 1 つが粘土層の土地である。
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ド内は 2 カ所、イングランドとスコットランドの「国境」のやや南(イン
グランド側)が 1 カ所、その他の 5 カ所がイングランド・ウェールズ地域
となっている。UKAEA の報告書の影響か、まずはスコットランド内の候
補地から掘削試験実施のための地元との交渉が行われた。これらの地域で
成果を挙げることができないままに終わると、順次、イングランド・ウェ
ールズ地域内の候補地でも同様の交渉を試みていくが 9 )、やはり、基本的に
は同意が得られずに終わる。
8 カ所のうち、例外となったのは、2 カ所目として申し込まれたケイスネ
ス(Caithness)である。同地には、ダーンレイ高速増殖炉が設置されてお
り、地域の経済がすでに原子力産業に依存していた。そのため、地元カウ
ンシルは調査の実施を許可し、78年11月から79年 5 月にかけてボーリング
調査が実施された。
結局、掘削による調査が実施されたのはケイスネスのみに留まったこと
から、英国政府は81年12月に掘削による調査計画そのものを破棄する。そ
の際、再処理された後のガラス固化体については最終処分前に50年間は貯
蔵する必要があり、即座に最終処分場が必要ではないという理由がつけら
れたが、立地選定の困難さに直面したうえでの事実上の棚上げとみられる。
4−2 .Nirexの創設と中・低レベルの処分場探し
高レベル放射性廃棄物の処分場探しが棚上げされたのち、放射性廃棄物
をめぐる動きは中・低レベルの廃棄物処理へと移っていく。英国は1949年
から低・中レベル放射性廃棄物の海洋投棄を行っていた。その総量は
35087Tbq に上るとされる。過去に海洋投棄を行った国は15カ国(旧ソ連と
ロシアは別に数える)に達するが、英国は旧ソ連に次ぐ規模の投棄を行っ
ている(旧ソ連は39242Tbq。Rist ウェブサイト内 Atomica の欧米諸国の放射
性廃棄物海洋投棄より)
。1972年のロンドン条約国会議では、高レベル放射
性廃棄物の海洋投棄が禁止されたものの、それ以外の放射性廃棄物につい
ては、条件付きで容認された。しかしその後、批判の高まりを受け、83年
のロンドン条約国会議において、一時的とはいえ中止せざるを得ない状況
に追い込まれていた。代わりとなる新たな処理方法の確立が急がれていた
のである(1993年のロンドン条約加盟国会議で、放射性廃棄物の海洋投棄
9 ) 4 カ所目以降は、National Environmental Research Council(NERC)が担当
している。
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英国における放射性廃棄物への取り組み
は恒久的に禁止された)
。
一時中止となる前年の1982年に、英国政府と原子力業界は、これらの廃
棄物の処理方法について検討することを主目的として、Nuclear Industry
Radioactive Waste Executive (以下、Nirex)を設置している。Nirex は
1983年にクリーブランド(Cleveland)のビリンガム(Billingham)を中レ
ベル、ベッドフォードシャー(Bedfordshire)のエルストウ(Elstow)を
低レベル廃棄物の貯蔵施設の建設先として挙げる。しかしこれらの地域で
も反対の動きが発生する。ビリンガムでは候補地の炭鉱跡地の所有者が調
査のための立ち入りを拒否したことで、85年 1 月に計画が断念される。背
景には地域コミュニティからの強い圧力があったとされる。
低レベル廃棄物の候補地では、86年 2 月にさらに 3 カ所が追加され、合
計 4 カ所となる10)。これらの候補地はいずれも地表付近での埋設のための
施設を設置するためのものである。86年 8 月には候補地の一部で掘削調査
が行われるが、強い反対運動が生じる。結局、総選挙前の87年 1 月に、政
府はこれらの候補地についても計画を破棄している。中レベル廃棄物につ
いては地層処分を行うこととし、低レベルについてはその施設で合わせて
処理することとしたのである。
次の処分場探しのうごきは、1987年11月の Nirex による The Way
Forward と題された文書の公表である。この文書には、中・低レベル放射
性廃棄物処分について、6 ヶ月かけて、公衆の参加のもとに最善の方法を
考えるという協議手続きが含まれていた。とはいえ、提示された選択肢は
海底か陸地の地下への埋設に限定されていた。さらに Nirex は、深地層処
分場の候補地12カ所のリストを作成したとされているが、このリストは未
だ公表されてない。
1989年の春、Nirexは、セラフィールドとダーンレイの既存の原子力関連
サイト 2 カ所での地層処分に調査を集中させることを公表する。ダーンレ
イを抱えるケイスネス・ディストリクトのカウンシルは78年に高レベル放
射性廃棄物処分場の候補地になったおりに掘削調査を受け入れたことがあ
るが、今回は従わなかった。89年11月に住民投票を実施したところ、投票
者の74%が反対したのである。
双方のサイトで試験的な掘削を実施したのちの91年 7 月、Nirex は、セ
10)追加された候補地は、Bradwell in Essex、Fulbeck in Lincolnshire、South
killingholm on Humberside である。
― 62 ―
関東学院大学人文学会 紀要 第132号(2015)
ラフィールドが適していると公表する。当初は92年秋に計画書類を提出す
る予定であったが、93年になってようやく提出できたのは、処分施設では
なく地下の「研究施設」を作るという書類であった。94年秋には RockCharacterisation Facility と呼ばれる施設の建設計画を提示する。このうご
きに対しては95年末から公益調査が行われ(96年 2 月 1 日まで)たが、総
選挙を控えた97年 3 月17日に、環境大臣の John Gummer が、Nirex 計画の
拒否を表明することで、計画は終わりを告げる。英国における放射性廃棄
物の処分場探しの取り組みは、15年にわたり、5 億ポンドの税金を投入し
たのちに何も得られずに振り出しに戻るというものであった。
現在、英国内の低レベル放射性廃棄物は、大半が、セラフィールド内に
ある Low level waste repository と呼ばれる貯蔵施設に保管されている。この
施設は1959年に UKAEA により開設されたのち、71年には新設された BNFL
の管理下に移される。1995年に廃棄物をよりコンパクトな形に圧縮する施
設が完成したことにより、貯蔵方法を変更している。2005年に NDA が設
置されると、こちらに移管される。そして2008年以降、UK Nuclear Waste
Management Limited を Parent Body Organization として、LLW Repository
Ltd が業務を担っている。この施設には、59年の操業開始以来、約100万立方
メートルの低レベル放射性廃棄物が運びこまれている。
中レベル放射性廃棄物は、英国内では、2010年までに約94, 000立方メー
トルほどが一時的に貯蔵されている。2010年時点の予測では、将来的には
累計で約28, 000立方メートルが処理の対象となるとみられている。上記の
処分場探しの失敗を受け、高レベルと同様、中レベル放射性廃棄物の最終
処理策も確定しておらず、セラフィールドを始めとする原子力関連サイト
に保管されたままとなっている。
英国における放射性廃棄物処理への体系的な取り組みは、高レベルは言
うに及ばず、中・低レベル廃棄物に対しても、具体的な成果を得られなか
ったのである。
4−3 .CoRWM 委員会の立ち上げと手順の整備
4−3−1 .CoRWM 委員会の設置
Nirex 計画の拒否後に実施された97年 5 月の総選挙で労働党が与党の座
を奪還、ブレア政権が誕生する。その後、放射性廃棄物処理に向けた新し
いうごきは、上院から現れる。97年11月から99年 3 月にかけて、上院の科
― 63 ―
英国における放射性廃棄物への取り組み
学技術委員会(the House of Lords Select Committee on Science and
Technology)が、放射性廃棄物処理についての検討を行い、1999年 3 月に
報告書(Management of Nuclear Waste)をとりまとめたのである。この文
書は、地層処分の方向を維持しつつも、住民関与を増やすことを強調する
ものであった。
政府はこれを受け、関連部局(Department of the Environment、National
Assembly for Wales、Scottish Executive)による検討を始め、2001年 9 月
に Management Radioactive Waste Safely (MRWS)と題された文書を公
表する。この報告書でも、既存の放射性廃棄物は中間施設に安全に貯蔵さ
れているという理由から、急ぐことはせず、あらゆる選択肢を慎重に検討
し、かつ、住民の理解を重視すべきことが指摘されている。そのうえで、
この問題を検討するための独立した委員会を設けることを提言している。
この報告書に関する 6 ヶ月の議論を経て、2002年 7 月に Committee on
Radioactive waste Management(CoRWM、以下 CoRWM 委員会)の立ち
上げが表明される(
「委員会」という言葉が重複しているが、日本語として
のわかりやすさを考慮し、このように表記する)
。この委員会は、当初案の
とおり、放射性廃棄物の処理方法について独立の立場から検討し、提言を
行うことを目的としている。(No2 nuclear Powerウェブサイト)
2006年10月、CoRWM 委員会は政府に対し、地層処分による高レベル放
射性廃棄物の長期貯蔵を推奨する見解を提示する。合わせて、2004年に誕
生していた原子力廃止措置機関(NDA)を地層処分の実施機関として指名
する。同機関は、高レベル放射性廃棄物の中間貯蔵については業務のうち
に含んでいたが、ここに地層処分による長期貯蔵が追加されたのである。
2007年 6 月25日、英国政府が CoRWM 委員会報告への意見書の提出を受
け付けたところ、181の意見書が提出された。これらの意見書は分析のうえ
とりまとめられ、2008年 1 月10日に公表される。その内容をさらに反映さ
せたものとして、2008年 6 月に、Managing Radioactive Waste Safely と題
された白書が公刊されている。2014年現在、英国では高レベル放射性廃棄
物処分場としての深地層処分施設の受け入れ地を探しているが、その候補
地探しの基本方針や手順は、この白書に記載されているものである。
4−3−2 .英国における地層処分施設の立地選定手続き
まず、同白書の内容に依拠しながら、英国における地層処分施設の立地
― 64 ―
関東学院大学人文学会 紀要 第132号(2015)
選定手続きについてみていく。
英国における地層処分施設の立地選定は 6 つの段階によって構成されて
いる(図 1 参照)
。コミュニティによる第 1 段階の関心の表明(Expressions
of interest)から始まり、第 2 段階 Sub-Surface unsuitability test の申請、第
3 段階の参加への決定(Decision to Participate)へと進む。第 4 段階は文
献調査、第 5 段階で地表調査、第 6 段階で地下での作業開始となっている。
この手続きにはいくつかの特徴がある。6 つある段階は、それぞれ次の
段階に進むにあたり、その都度、意思決定を行うとされているが、とくに
図1
英国の地層処分施設立地選定手続き
(出典:Managing Radioactive Waste Safely)
― 65 ―
英国における放射性廃棄物への取り組み
第 3 段階から第 4 段階に進むことは、大きな意味をもっている。第 4 段階
以降は、本格的な調査が開始されるからであり、後にみるカンブリア州に
おける建設受け入れ拒否の意思決定も、第 3 段階から第 4 段階への進展を
拒否するものである。
意思決定を担う基本的主体は地域のコミュニティと、そのコミュニティ
を含むディストリクトなどの自治体である。また、隣接する自治体も含ま
れる。英国政府は、地層処分施設の建設にあたり、地域の自発性を重んじ
る方針を打ち出しており、意思決定手続きは、コミュニティや自治体の関
与のもとに進められることになる。また、各自治体には、どの段階であっ
ても、撤退=拒否の意思表明を行うことが認められている。
詳しくは別記するが、カンブリア州の事例では、第 3 段階から第 4 段階へ
の進展にあたり、地元の 2 つのディストリクトと、カンブリア州政府が意
思決定を行い、地元のディストリクトがともに賛成、カンブリア州政府が
反対という結果になっている。第 4 段階への進展にあたっては、3 者がと
もに賛成することが必要とされていたため、地元の 2 つのディストリクト
の賛成にもかかわらず、カンブリア州の反対によって計画の拒否となった。
現在の立地選定の手続きは、明確に区分された段階を、地元の意思決定
を尊重し、撤退の権利を保障しながら進めていくという特徴をもったもの
であるが、白書の中では、合わせて、地層処分施設を引き受けた場合に、
地元の自治体ないしコミュニティが得ることになる利益についても言及さ
れている。
具体的には、①地域の技能教育のための投資が増える、②地域のサービ
ス産業に対する需要が増える、③地域の公共サービス・インフラ・住宅・
レクリエーション関連設備が改善される、④交通関連インフラが改善され
る、⑤コミュニティでの健康管理の改善、⑥環境の改善である。
賛成した地元の 2 つのディストリクトは、セラフィールドの原子力関連
施設による経済的な恩恵を多く受けている地域である。原子力発電所を抱
えている地域などの動向をみても、こうした地域への経済効果は英国にお
いても重要な意味をもっていることが分かる。
4−3−3 .日本と英国の相違点
この英国の制度は日本の制度と、どのような点が異なっているのであろ
うか。日本の NUMO が提示している手続きは 3 つの段階から構成されて
― 66 ―
関東学院大学人文学会 紀要 第132号(2015)
いる。第 1 段階は文献調査による概要調査地区の選定、第 2 段階はボーリ
ング調査による精密調査地区の選定、第 3 段階は地下施設等による精密調
査のうえで処分施設建設地を選定するという流れである。3 段階の調査・
選定手続きの中では、
「それぞれの段階で報告書を作成し、これに対して地
域地域のみなさまから意見をいただく機会を設けます。国は、この段階の
選定において関係都道府県知事および市町村長の意見を聞いてこれを十分
に尊重しなければならないとされており、その意に反して選定が行われる
ことはありません」(NUMO ウェブサイト)としている。
日本の制度も英国の制度も、自治体の自発性を尊重すること、受け入れ
た場合の利益を強調するなどの点では類似している。それでも具にみてい
くと、両者の相違点がいくつか指摘できる。
第 1 は、段階の数である。英国の 6 段階は日本の 3 段階の 2 倍である。
日本の 3 段階は、英国の第 4 段階以降に相当する。したがって、文献調査
に至るまでの事前の交渉について、英国ではより明確に段階分けをしてい
ると言えるだろう。日本でも、NUMO の公募に対して、実際に手を挙げた
自治体は高知県の東洋町しかないが、これは文献調査の実施に応募した自
治体が 1 カ所のみであるということであり、それ以前の段階として、
「関心
の表明」に相当するうごきをみせた自治体は決して少なくない(NHKウェ
ブサイト)。このうごきは自治体当局が主導することが多いとみられるが、
これに対する住民の反対は強く、文献調査への応募へと進まないのである。
第 2 は、手続きの進め方である。日本の制度も地域の意思を尊重すると
しているが、
「撤退の権利」を認めると明言している英国の制度の方が、地
域の判断を尊重するという点では踏み込んでいると言えよう。NUMO のウ
ェブサイトに掲載されている文面を読んでも、各段階の報告書に対する住
民の意見を聞く機会を設けるとはあるが、その意見を尊重するとは明記さ
れていない。意見を尊重することが明記されているのは知事や市町村長の
意見であって、議会の意見すら、尊重するとは記載されていない。もとよ
り、各首長が住民や議会の意見を尊重しなければならないことは当然であ
るが、首長、議会、住民のあいだには往々にして意見の乖離が存在する。
この乖離を前提とすれば、日本では、住民には直接的な拒否権が保証され
ていない。
第 3 は、受け入れ自治体の利益の内容である。日本の場合、自治体の財
政面での効果が非常に強調されるが、英国ではそうした効果は指摘されて
― 67 ―
英国における放射性廃棄物への取り組み
いない。これは両国のあいだの地方財政制度の相違に由来するものである。
詳しくは別の機会に論じることとするが、簡潔にいえば、日本の地方自治
体の方が英国の自治体に比べて予算規模が大きく、地域開発を含めた多く
の責任を負っている。しかしながら、周辺部に位置する小規模な自治体は、
経済状況なども悪く、自主財源は限られているため、多くを国からの補助
金に依存している。その補助金も十分ではなく、小規模な自治体は常に財
政危機に晒されている。そのため危険施設の受け入れに伴うものであると
はいえ、各額の交付金は非常に魅力的なものとなり、施設受け入れへの強
力な誘因となるのである。実際、NUMO のウェブサイトには、地域共生事
業として地域に対する波及効果が記載されているが、そこで柱となってい
るのが、電源三法交付金や固定資産税収などの財政効果である。
こうした相違はあるものの、地域社会に各種の利益を提示しながら、
「合
意」を「尊重」して手続きを進めるという基本的な枠組みは、日英で共通
していると言えよう。
その日英両国とも、候補地の選定は困難を極めている。日本で具体的な
候補地がほとんど見つかっていない。そして英国では、以下にみるように、
ほぼ唯一の候補地であったカンブリア州に拒否されているのである。
5 .カンブリア州での高レベル処分場の拒否
5−1 .カンブリア州における受け入れ拒否の経緯
2013年 1 月30日、イングランド北西部のカンブリア州政府(Cumbria
County Council)が、高レベル放射性廃棄物処分場の建設を拒否すること
を決定した。同州は、イギリス国内における高レベル放射性廃棄物処分場
の、ほとんど唯一の建設候補地であった。同州政府の拒否により、イギリ
スでの高レベル放射性廃棄物処分場の建設は行き詰まってしまったばかり
でなく、原発の新規建設に支障が出る可能性も指摘されている。以下、こ
の事態についてみていこう。
カンブリア州は、6 つのディストリクト(District)によって構成される、
総人口50万人ほどの自治体である(図 2 参照)。イギリスの地方自治制度
は、二層制と一層制によるものが混在している。基本的には都市部が一層
制であり、その他の地域は二層制である。カンブリア州は二層制を維持し
ており、州政府のもとに、Allerdale(アレルデイル)、Barrow-in-Furness
― 68 ―
関東学院大学人文学会 紀要 第132号(2015)
(バロー−イン−ファーネス)
、Carlisle(カーライル)
、Copeland(コープラ
ンド)、Eden(エデン)、South Lakeland(サウス・レイクランド)という 6
つのディストリクトが置かれている。州を日本の「県」
、ディストリクトを
「市町村」と置き換えればわかりやすい。6 つのディストリクトのうち、カ
ーライルに「州庁」に相当するカウンティ・カウンシルが置かれている。
ディストリクトはバラ(borough)と表記されることもある。
図2
カンブリア州の行政区分(出典:カンブリア州ウェブサイト)
カンブリア州には、湖水地方(Lake District)という、イギリス国内はも
とより、国際的にも著名な観光地がある。
「ピーターラビット」や「ワーズ
ワース」のゆかりの地として知られており、日本からも多くの観光客が訪
れる。上記の 6 つのディストリクトのうち、とくに観光関連のホテルなど
が集中しているのは、エデンとサウス・レイクランドである。
この湖水地方の西隣=海側にあるセラフィールド(Sellafield)は、英国は
もとより、世界的にみても有数の原子力関連施設の集中立地地域であり、
再処理工場や核兵器用のプルトニウムの製造施設などが林立している。こ
― 69 ―
英国における放射性廃棄物への取り組み
れらの施設はディストリクトとしてはコープランドに立地している。また、
この施設から最も近い都市はアレルダイルにあるホワイトヘブンである。
このセラフィールドは、
「海のチェルノブイリ」とも呼ばれる大規模な放射
性物質の漏洩事故を起こした地として、湖水地方に負けず劣らず、その名
を知られている。現在、セラフィールドには使用済み核燃料などの高レベ
ルの放射性廃棄物が大量に保管されている。最終処分施設の建設候補地も
セラフィールドにほど近いところであり、多くの観光客が訪れる地域にも
驚くほど近い。
そのカンブリア州が、高レベル放射性廃棄物の最終処分施設の建設を拒
否したのである。イギリス政府は日本と同様、地層処分による最終処分を
目指している。その最終処分施設の建設地候補地としてカンブリア州内の
3 つの地点を選定し、手続きを進めてきたが、州政府がこれ以上の手続き
の進展を拒否したのである。
カンブリア州政府が拒否したのは、英国における 6 段階の建設手続きの
うち、第 4 段階への進展である。前述したように、この第 3 段階から第 4
段階への移行は、建設に向けたより実質的な手続きに入るという面で、重
要な意味をもっている。第 4 段階以降でも建設の拒否は可能であるが、カ
ンブリア州政府は、この段階での拒否を決定した。
イギリスでは地方自治体においても議員内閣制に近い形が取られており、
州知事はいない。カンブリア州では 6 つのディストリクトから84名の州議
員(Councillar)が 4 年任期で選出されている。州議員は選出されるとすぐ
に会議を開き、10名を互選して Cabinet を組織する。Cabinet には Leader
と Depuy Leader が置かれ、州の最高意思決定機関として機能する。直訳
すれば「内閣」だが、本稿ではこの組織を「政府」と呼んでいる。今回拒
否をしたのはこの10名の議員からなる政府であり、7 対 3 という投票結果
で計画の続行が否決されたのである。
第 4 段階への移行にあたり、意思決定を行ったのはカンブリア州政府だ
けではない。他に、コープランドとアレルデイルという 2 つの地元ディス
トリクトも、最終処分施設の受け入れに関する意思決定を行っている。そ
してこの 2 つのディストリクトの判断は、第 4 段階への移行を可とするも
のであった。州政府と地元ディストリクトの判断が分かれたわけであるが、
3 者すべてが可としなければ第 4 段階へは以降しないこととなっていたた
め、計画進展が拒否されることとなったのである。
― 70 ―
関東学院大学人文学会 紀要 第132号(2015)
カンブリア州政府が最終処分施設を拒否した背景には、観光産業に与え
るダメージへの懸念と、それを危惧した州内での強い反対運動がある。こ
れに対し、可とした地元ディストリクトの判断の背景には、後述するよう
な地域経済への波及効果への期待がある。
その後、英国政府は建設手続きを修正し、意思決定に関わる自治体から
州政府を外し、地元ディストリクトに限定しようとしている。明らかに、
カンブリアのケースを念頭に置いたものであり、英国政府がここに強いこ
だわりを持っていることがうかがえる。
実際、カンブリアは英国内での地層処分による高レベル放射性廃棄物の
最終処分施設のほぼ唯一の候補地である。2012年 5 月には、英国南東部に
あるシェプウェイ(Shepway)という地域が、関心の表明を検討していると
報じられた。この地域はダンジネス原発を抱える地域であるが、既設原発
を抱える地域としては唯一、新規原発建設の候補地から外されてしまって
いる。地震のない英国では津波の心配はないが、それでも浸水の危険性が
拭えなかったためである。
ショックを受けたのは地元ディストリクトである。現在稼働中のダンジ
ネス原発は、2020年代初頭には40年という寿命のために停止することが決
まっている。原発による経済効果の恩恵を受けてきた地域にとっては、原
発がなくなることは死活問題である。そのため地元では新規原発の建設を
希望したが、あえなく候補地から外されてしまう。その原発の代替案とし
て浮上したのが、高レベル放射性廃棄物のための地層処分施設の誘致なの
である。地元のカウンシルは住民向けに文書を配るなど積極的な姿勢をみ
せたが、結局、住民からの反発が強まったため、誘致を断念している。
このシェプウェイを除けば、最終処分施設の候補地として名前が挙がっ
ているのはカンブリア州だけである。手続きの進展度合いからみても、カ
ンブリア州が唯一の候補地であると言ってよい。そこに拒否された英国政
府のショックも大きかったと思われるが、手続き変更のうごきをみている
かぎり、簡単にあきらめるつもりはないようである。
5−2 .カンブリア州とその経済
前節で述べたように、カンブリア州政府と地元ディストリクトとの判断
の食い違いの背景には、この地域の経済・社会の特徴がある。
カンブリア州は、北はスコットランド、東はヨークシャー、南はランカシ
― 71 ―
英国における放射性廃棄物への取り組み
ャー、そして西はアイリッシュ海に面している。ヨークシャーやランカシ
ャー、そしてカンブリアを含めた地域は、イングランド内でノース・ウエ
ストと呼ばれる地方を形成している。この地方は、経済を中心に多くの指
標でイングランドの平均値を下回っており、全体として後進性が強調され
ることが多い。カンブリアはその中でも経済的に厳しい地域とされている。
図 3 は、イングランドを州ごとにくぎり、人口10万人を超える都市を点
で示したものである。点を中心とした円は、この都市からの50㎞圏を表し
ている。この図の中でカンブリア州は最上部左側に位置している。一見し
て理解されるように、カンブリア州には人口10万を超える都市がなく、か
つ、10万人都市の50㎞圏からも、州全体が丸々外れてしまっている(ただ
し表 3 では、カーライルとサウス・レイクランドのディストリクトとして
の人口が、10万人を少し超えている)
。
カンブリア州の経済・社会の最大の特徴は、湖水地方という世界的にも
著名な観光地と、セラフィールドという、こちらも世界的に名の知られた
原子力関連施設の集中立地地帯の 2 つが同居しているということである。
カンブリア州政府はこの点をもって、自らのことを a County of contrasts
と評している(Cumbria Economic Bulletin September 2006)。適訳を見つ
けることが難しい言葉ではあるが、対照的な地域を抱え込んだ州という意
である。
セラフィールドの立地自治体はコープランドであるが、北隣のアレルデ
イルも地層処分施設の受け入れに向けた住民合意の取得対象地域になって
おり、準立地自治体としての性質をもっている。これに対し湖水地方を抱
えているのがエデンやサウス・レイクランドである。また、南にはバロー・
イン・ファーネスという面積の上では小さなディストリクトがある。
湖水地方を抱える地域の経済は、観光産業に依存している。2009年のデ
ータでは、年間500万人の宿泊客と、3, 600万人の日帰り客がカンブリア州
を訪れている。これらの観光客による経済効果は20億ポンド( 1 ポンド170
円で3, 400億円)に上り、32, 000人分の雇用を生み出している。観光産業は
2000年以降、成長をみせており、2003年から2009年のあいだに、ホテルや
レストランでの雇用が11. 5%増加している(Cumbria Economic Bulletin
March 2011)
。
このほかの地域では、製造業による雇用が多くなっている。カンブリア
州の 2 大雇用者は、セラフィールド Ltd(9, 800人)と、バローにある BAe
― 72 ―
関東学院大学人文学会 紀要 第132号(2015)
図3
イングランド内の人口10万人以上の都市(*カンブリアは最北部左)
(出典:Cumbria Economic Bulletin 2006 September)
System 11)(5, 200人)である。バローでは、製造業での雇用者数が全体
(30, 330人:2009年)の23%、約7, 000人を占めている。BAe はその 4 分の
3 近くを雇用していることになる。セラフィールドにしても、コープラン
ドで30, 016人、アレルデイルで36, 665人という雇用者数をみれば、極めて
存在感のある雇用者であることが理解できる。2003年から2008年にかけて、
カンブリア州の製造業での雇用は10%の減少となっているが、同期間の英
国全体の数値が16%減である。これらの大規模事業者に支えられて、製造
業での雇用が維持されていることがみてとれる。
興味深いのは、地域内での所得格差であろう。カンブリア州での正規雇
用者の平均所得(2009年)12)は、全体では458ポンドとノースウェストの平
均値(460ポンド)
、英国の平均値(489ポンド)と、大差がみられない。し
かしカンブリア州内のディストリクトごとにみていくと、事態は変わる。
観光産業に依存しているエデン、サウス・レイクランドがそれぞれ351ポン
ド、418ポンドと平均を大きく下回っているのに対し、バローは479ポンド、
11)BAe Systems は、英国の情報セキュリティや航空宇宙関連の企業である。
12)以下の収入は、参照した文献には明記されていなかったが、1 週間あたりの
ものであると判断される。
― 73 ―
英国における放射性廃棄物への取り組み
コープランドに至っては675ポンドと平均を上回っているのである。これ
は、大規模な製造業者による雇用が平均を超える好条件であるのに対し、
ホテルやレストランを始めとする観光産業での雇用は、給与面では見劣り
していることを示している。
同様の傾向は、表 3 の数値からも読み取れる。表は上から、人口、労働
年齢人口、雇用者数、雇用率、正規雇用者の年収の中央値、住宅価格の中
央値となっている。
まず、雇用者数を労働年齢人口で除した数値を「就労率」としてみると、
県庁所在地であるカーライルが最も高く、これにサウス・レイクランドと
エデンという湖水地方を抱える観光地域が続いている。セラフィールドを
抱える 2 つのディストリクトは、6 つのディストリクトの中の 5 、6 番目で
あり、とくにアレルデイルは42%ほどと、突出して低い数値になっている。
正規雇用者の平均年収は、これとは異なった傾向が出ている。就労率の
最も高かったカーライルは 6 ディストリクト中 5 位に沈み、さらには同 2・
3 位であった湖水地方の 2 ディストリクトも 4 位と 6 位となっている。一
方、就労率では 5 位であったコープランドが平均年収第 1 位になり、就労
率ではダントツの最下位であったアレルデイルが、大差はついているもの
の、平均年収で 2 位になっている。就労率と平均年収で見事に上位グルー
プと下位グループが入れ替わっているのである。
したがって、観光産業は、雇用機会は相対的に多いものの給与は低いの
に対し13)、セラフィールドと BAe という大規模な製造業者による雇用は、
好条件であるものの雇用機会はかぎられているということができる。
アレルデイルやコープランドは原子力産業への依存度が極めて高い。こ
のことは、高レベル放射性廃棄物の最終処分場受入のための強力な誘因と
なる。しかし、この施設の受入と建設は、隣接する地域の観光産業に対し
て極めて深刻な影響を及ぼすことが懸念される。両地域のあいだには、な
だらかな高原地帯があるが、処分場の候補地として名前の挙がった地域は
この高原地帯に位置している。エデンやサウス・レイクランドにとっては、
まさしく隣に、この施設が建設されることになる。
これらの地域の経済構造のちがいをみるかぎりは、双方の地域に住む人々
のあいだで何らかの形で合意が成立することは、極めて困難であると考え
なければならない。
13)観光産業は移民労働者の受け皿にもなっている。
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関東学院大学人文学会 紀要 第132号(2015)
表3
カンブリア州内のディストリクトの経済指標
(出典:http://www.investincumbria.co.uk/Why-Cumbria/statistics.php)
6 .分析とまとめ
以上のような英国の放射性廃棄物の処理体制からは、どのようなことが
示唆されるであろうか。
市場経済と民主主義という、本稿の当初の視点に立ち戻る。英国の歴史
においては、放射性廃棄物の処理費用まで含めた上で、原子力発電所の採
算性を確保することは極めて困難であった。政府資金によって廃炉処理が
勧められているマグノックス炉はもとより、運転中の AGR・PWR につい
ても、度重なる売却の際に買いたたかれてきた(買いたたかれた差額は前
の所有者=政府によって負担される)
。高レベル放射性廃棄物処理のために
積み立てられている資金も十分であるとは言いがたい。
こうした処理費用は、十分な形で価格に転嫁されなければ、原子力発電
所の卸売り価格や小売価格は、不当に低くなる。処理費用がきちんと価格
に反映されれば、原発由来の電気料金は上がり、他の電源との競争力を失
う。価格競争のある自由市場では、廃棄物処理という重荷は原発にとって
極めて不利な条件となる。その困難さにより、原発は、市場経済に適合的
でないものとなる。
民主主義という点からみても、原発は課題が多い。発電所そのものの立
地などでも課題は多いが、高レベル廃棄物のための処理施設の立地の困難
さは、その中でもとくに深刻である。この立地については、英国や日本を
含めたどの国の政府も、できるだけ地域の理解を得られるように慎重に進
めている。しかし、その方法で行き詰まりがみられている状況を踏まえる
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英国における放射性廃棄物への取り組み
と、今後は、安全性と地域経済への効果を強調しつつ、手続きとしては強
引な手法を用いるケースが増えることも考えられる。
英国政府が、同意が必要な自治体の範囲を絞りこもうとしていることは
本文中で指摘したが、日本でも、政府が中心となって地域の説得にあたろ
うという方向性が出て来ている。こうした政府中心の立地手続きは、押し
つけとは紙一重となろう。こうした手続きのあり方が、非民主的なものと
ならないよう、常に確認をしていく必要がある。
高レベル廃棄物の問題に対処するためには、まず、この問題を原発由来
の電力の市場価格に適切に反映させることである。このことをふまえて、
原子力による発電を続けるのか、再生可能エネルギーを始めとする他の電
源に切り替えるのかを選択する必要がある。
そのうえで、地下深く埋めて、長期的に掘り出さないという深地層処分
以外の方法を検討しなければならない。放射線の減衰方法などの技術的な
開発もさることながら、廃棄物の取り出し可能性という可逆性を確保し、
定期的に処理策を見直すという方法もある。この場合は、むろん、世代間
の倫理を考えることが不可欠である。
このような方策の検討に対しては、これまで積み重ねて来た議論を振り
出し近くに戻すものという反論があろう。一定の政治的手続きを経て積み
重ねて来たものを振り出しに戻すことは、正当性の面で難があるという指
摘もありうる。しかしながら、これまでの原子力発電に関する議論、なか
んずく高レベル廃棄物の問題に対する検討は、市場経済の点でも、民主主
義の点でも、本来であれば十分に考慮されなければならないものを保留状
態のままにして進められてきた。現在、立ち現れている困難は、この点に
由来する。直面している困難を適切に乗り越えていこうとするのであれば、
立ち戻るための作業が不可欠である。
参考文献・資料
BAe Systems ウェブサイト
Committee on Radioactive Waste Management, 2006, Managing Our Radioactive
Wastes Safely
Cumbria州 ウェブサイト
Cumbria Intelligence Observatory ウェブサイト
Cumbria Economic Bulletin, September2 006, March 2009, September 2009,
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関東学院大学人文学会 紀要 第132号(2015)
March 2010, September 2010, March 2011
Defra, BERR and the devolved administrations for Wales and Northern Ireland,
2008, Managing Radioactive Waste Safely
原子力環境整備機構(NUMO)ウェブサイト
IAEA ウェブサイト
Invest in Cumbria ウェブサイト
高度情報科学技術研究機構(Rist)サブサイト
No2 Nuclearpower ウェブサイト
NDA Corporate Brochure
(http://www.nda.gov.uk/documents/upload/Corporate-Brochure-2010.pdf)
NHKウェブサイト、「かぶん」ブログ(www9.nhk.or.jp/kabun-blog/600/146210.
html)
Nuclear Decommission Authority ウェブサイト
Nuclear Liability Fund ウェブサイト
West Cumbria Managing Radioactive Waste Safely Partnership, 2012, The Final
Report of the West Cumbria Managing Radioactive Waste Safely Partnership
追記
本論文は、2015年度文部科学省科学研究費補助金(基盤研究C、課題番号
26380656)による研究成果の一部である。
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