怒り発作をめぐる保護者の体験過程 トゥレット症候群患者の保護者の語りによる分析 ○藤尾未由希 1, 2・金生由紀子 2(非会員) ・下山晴彦 1 (1 東京大学大学院教育学研究科・2 東京大学医学部附属病院) キーワード:怒り発作,トゥレット症候群,半構造化面接 Experiences of parents in rage attacks Miyuki FUJIO1, 2, Yukiko KANO2 and Haruhiko SHIMOYAMA1 1 ( Graduate School of Education, Tokyo Univ., 2The University of Tokyo Hospital) Key Words: rage attacks, Tourette Syndrome, semi-structured interview 背 景 トゥレット症候群(Tourette Syndrome: 以下,TS)とは, 複数の運動チックと 1 つ以上の音声チックが 1 年以上続く, 慢性のチック障害である。多くは児童期に発症すると言われ ており,近年 TS を有する子どもの衝動性の高さが注目されて いる。Kano et al. (2008) によると,併発症のない TS の約 40%が怒り発作(rage attacks)を体験しており,その対象 の多くは母親であることが報告されている。また,TS の怒り 発作はその状態像が非常に分かりづらいと言われており (Sukhodolsky et al., 2009) ,日々対応が迫られる保護者の 精神的負担の大きさが想像される。しかし,当事者である保 護者が子どもが示す怒り発作をどのように捉えているか,怒 り発作に対してどのような感情を抱きどのように対応してい るかということはこれまで明らかになっていない。 そこで,本研究では,母親の怒り発作の捉え方および怒り 発作に対する反応がどのように形成されていくか,そのプロ セスに関する仮説モデルの生成を目指した。 方 法 参加者: 大学病院の外来 TS 患者の母親 6 名に行ったインタ ビューデータを解析した。TS 患者の平均年齢は 15.7 歳 (SD=4.5, Range=10-24) ,性別はすべて男性であった。3 名が TS のほかに併発症を有しており,2 名は注意欠陥多動性障害 (Attention Deficit / Hyperactivity Disorder:ADHD) ,1 名は強 迫性障害(Obsessive-Compulsive Disorder:OCD)であった。 明確な知的な遅れがある者および,DSM-4-TR の広汎性発達 障害に該当し,それに対する治療が必要と主治医が判断した 者は対象から除外した。 手続き:半構造化面接によって,言語データの収集を行った。 分析はグラウンデッド・セオリー・アプローチに基づいて行 った。インタビューデータを意味のまとまりで切片化し,切 片を端的に表すラベルを生成した。類似したラベルをまとめ てカテゴリを生成し,カテゴリ同士の関連を基に,モデル図 を生成した。なお,本研究の内容および手続きに関しては対 象となる大学病院の倫理委員会の承認を得ており,参加者全 員に本研究の目的,方法,想定される危険や不利益について 説明し,書面同意を得た上で行った。 また,標準と比較した際にどの程度 TS 児に行動上の偏り があるか判断するために,保護者に反抗挑戦性評価尺度 (Oppositional Defiant Behavior Inventory:ODBI) ,子どもの行 動チェックリスト(Child Behavior Checklist:CBCL)への回 答を求めた。ODBI は怒り発作を含む破壊的行動の評価のた めの尺度であり,CBCL は内向性および外向性など子どもの 全体像を把握するための尺度である。 結 果 調 査 実 施 時 の ODBI 得 点 の 平 均 値 は 25.3 ( SD=19.2, Range=4-53),CBCL の T 得点の平均値は 73.3(SD=11.2, Range=61-90)であり,全員が臨床域に含まれていた。また, CBCL の下位尺度である内向尺度得点の T 得点の平均値は 67.0 (SD=5.8, Range=61-74)であり,4 名が臨床域,2 名が境界 域であった。 外向尺度得点の T 得点の平均値は 71.0(SD=15.7, Range=53-96)であり,4 名が臨床域,2 名が正常域に含まれ ていた。 分析の結果,多くの母親は,TS が示す怒り発作について, 「チックに伴いできなくなってきたことへの防御反応」と捉 えていた。また,そのように「できなくなってしまった自分 を見てほしい,すべて受け止めて何とかしてほしいという叫 び」という語りも見られた。 加えて, 「普段は心優しい」 「琴線の張った子ども」という 語りに表れるように,TS 児が【共感性の高さ】を持っている と感じている一方で,TS 児に触れてはいけないものがあるこ と,それに触れた瞬間に爆発的に怒り,自分の言葉が通じな くなることに対して【混乱】を体験していた。また,このよ うな体験が積み重なることで, 【暴力そのものへの恐怖感】だ けでなく,子どもが「病気によって壊れていく」ことへの恐 怖感も感じていた。しかし,こうした【恐怖感】が全く語ら れなかった母親や,子どもが小さいときには「怒りが単純で 対応も 1 対 1 でわかりやすい」ために,そのような恐怖感は 感じていなかったと語る母親もいた。 考察 本研究に参加した保護者の多くが,チックに付随して生じ る様々な「できなさ」から自分を守るための防御反応として 怒り発作が生じていると捉えていることが分かった。また, そのほかの場面や過去の共感性の高さと,怒り発作が生じた 際の言葉の通じなさに接することで,混乱し,恐怖を覚える という感情的な体験をしている可能性が考えられた。しかし, こうした恐怖感はすべての参加者から語られたわけではなく, 恐怖感を生じさせる要因が存在することが考えられる。保護 者に恐怖感を生じさせる要因についてさらに検討していくた めに,今後例数を増やし,カテゴリ名およびカテゴリ間の関 連について精緻化していく必要があるだろう。 引 用 文 献 Kano, Y., Ohta, M., Nagai, Y., Spector, I. & Budman, C. (2008). Rage attacks and aggressive symptoms in Japanese adolescents with Tourette Syndrome, CNS spectrums, 13, 325-332. Sukhodolsky, D. G., Vitulano, L., Carroll, D., McGuire, J., Leckman, J. F. & Scahill, L. (2009). Randomized trial of ange control training for adolescents with Tourette’s Syndrome and disruptive behavior, Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry, 48, 413-421.
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