染色体の整列をチェックする因子が整列を促進していたことを解明

染色体の整列をチェックする因子が整列を促進していたことを解明
1.発表者: 渡邊 嘉典(東京大学分子細胞生物学研究所 教授)
2.発表のポイント:
◆細胞分裂のときにスピンドル(紡錘体、注1)上に整列できていない染色体(注2)をチ
ェックしてシグナルを発する因子 Mad1(注3)に、染色体の整列そのものを促進する役割
があることを発見しました。
◆Mad1 が染色体の整列を促進するときに、キネシン・モータータンパク質(注4)を染色
体の動原体(注5)へ呼び込むことによって、染色体をスピンドルの中心へ運ぶことを明ら
かにしました。
◆この Mad1 の新規機能は、酵母からヒトまで保存されていることから、染色体の整列をチ
ェックする機構がそれを促進する機構とともに共進化したことが強く示唆されます。
3.発表概要:
細胞が分裂するときには、染色体がスピンドル微小管によってとらえられ、細胞の中央に整
列します(図1)。このとき、整列できていない染色体が一本でもあると、その染色体の中心
部分にある動原体にチェックポイント・タンパク質と呼ばれる因子が集積して「待て!」のシ
グナルを発します。これにより細胞周期の進行が一時的に停止して染色体が完全に整列するの
を待つ機構があります(図2)。この染色体の整列をチェックする因子 Mad1 は、酵母からヒ
トまで広く保存されています。
今回、東京大学分子細胞生物学研究所の明楽隆志日本学術振興会特別研究員(現:ペンシル
バニア大学人文科学部 日本学術振興会海外特別研究員)と渡邊嘉典教授らは、分裂酵母(注
6)のチェックポイント因子 Mad1 の新規機能を探索するために、Mad1 と相互作用する因子
を検索しました。その結果、それまでスピンドルの形成に必要とされていたキネシン・モータ
ータンパク質(キネシン5)が Mad1 と直接結合することが判明しました。解析の結果、キネ
シン5は、Mad1 に依存して動原体に蓄積して、さらにそのモーター活性に依存して、染色体
がスピンドル中央に整列するのを促進していることが分かりました。また、ヒトの細胞におい
ても同様に、Mad1 が別のモータータンパク質キネシン7を動原体へ呼び込んでいることが分
かりました。すなわち、保存されたチェックポイント因子が、染色体の整列をチェックするの
みならず、その整列そのものを積極的に促進していることが明らかになりました(図2)。こ
れにより染色体を正しく整列・分配する分子機構の一端が明らかになりました。
4.発表内容:
細胞の分裂期には、染色体が凝集して、スピンドル微小管により染色体の中央部の動原体が
捕らえられます。このとき、両方向からの微小管が染色体を捕らえると、染色体は徐々に細胞
の中央に整列していきます(図1)。この染色体の整列の過程で、さまざまな機構が働いて染
色体が細胞内を動き回り、すべての染色体が整列するのには一定の時間がかかります。このと
き、整列できていない染色体の動原体からは細胞周期を止める「待て!」シグナルが発信され、
細胞が未成熟に分裂することを防ぎます(図2)。このシグナルを作り出す因子がチェックポ
イント・タンパク質と呼ばれ、Mad1 タンパク質はその中心的な役割を果たしていることが知
られていました。これまで、このようなチェックポイント・タンパク質は、細胞周期停止のシ
グナルを発生させる因子として広く知られていました。チェックポイント・タンパク質に異変
が起きると、染色体分配に間違いが起きて細胞の癌化を促進すると考えられていますが、その
詳しい分子機構は分かっていません。
今回、東京大学分子細胞生物学研究所の明楽隆志日本学術振興会特別研究員(現:ペンシル
バニア大学人文科学部 日本学術振興会海外特別研究員)と渡邊嘉典教授らは、分裂酵母の
Mad1 の相互作用因子を検索した結果、全く予想外にそれまでスピンドル形成に必要だとされ
ていたキネシン5が単離されました。実際に、キネシン5はスピンドルに局在してスピンドル
形成に働いていることが確認されましたが、それに加えて Mad1 に直接結合して、整列途中の
動原体にも局在することが分かりました。Mad1 を欠損した細胞では、チェックポイントの機
能がなくなるだけでなく、動原体のキネシン5の局在も消失し、染色体の整列の過程にも異常
があることが確認されました。すなわち、整列が不完全な染色体に Mad1 が局在化することに
より、チェックポイントとして細胞周期停止のシグナルを発生させるとともに、キネシン5に
よる染色体の整列を積極的に促進していることが明らかになりました(図2)。さらに、ヒト
の培養細胞を用いた実験から、ヒトの Mad1 がキネシン7(キネシン5とは異なるが同じよう
な活性をもつモータータンパク質)と結合することにより、染色体整列を促進していることを
明らかにしました。
本研究により、それまで細胞周期を停止させる機能をもつと考えられていたチェックポイン
ト・タンパク質が、キネシン・モータータンパク質を動原体に呼び込み、染色体の整列を直接
促進することが明らかになりました。この機構は、酵母からヒトまで保存されていることも分
かりました。染色体の整列を促進する機構とそれをチェックする機構が同じ分子 Mad1 によっ
て担われていることは理にかなっています。進化の過程で、染色体を整列する機構にともなっ
てそれをチェックする機構が確立されたと考えることができ、チェックポイントの起源を考え
る上で大変興味深い発見です。また、Mad1 遺伝子の変異とヒトの癌化との関係が示唆されて
おり、今回の発見は癌の基礎研究の観点からも注目されます。
5.発表雑誌:
雑誌名:Nature Cell Biology(オンライン版:8 月 10 日)
論文タイトル:Mad1 promotes chromosome congression by anchoring a kinesin motor to the
kinetochore
著者:Takashi Akera, Yuhei Goto, Masamitsu Sato, Masayuki Yamamoto and Yoshinori
Watanabe
DOI 番号:10.1038/ncb3219
6.注意事項:日本時間8月11日(火)午前0時 (英国夏時間:10日(月)16時) 以
前の公表は禁じられています。
7.問い合わせ先:
東京大学分子細胞生物学研究所
教授 渡邊 嘉典(わたなべ よしのり)
〒113-0032 東京都文京区弥生 1-1-1
TEL: 03-5841-1466 FAX: 03-5841-1468
E-mail: [email protected]
HP: http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/watanabe-lab/
8.用語解説:
(注1)スピンドル(紡錘体):分裂期に細胞内に糸状のケーブル(微小管)によって作られ
る染色を分配する装置で、
糸を紡ぐ装置に形が似ていることから、
このように命名されている。
(注2)染色体:遺伝情報を担うDNAとタンパク質の構造体。ヒトの細胞では、父親と母親
に由来する23組46本の染色体をもつことが知られている。
(注3)Mad1:分裂期に整列できていない染色体の動原体に特異的に局在して、細胞周期を
止めるシグナルを作り出す因子。このような因子をチェックポイント・タンパク質と呼ぶ。
(注4)キネシン・モータータンパク質:真核生物の細胞質中に含まれるモータータンパク質の
一種。キネシンは主に ATP を加水分解しながら微小管に沿って運動する性質を持ち、細胞分裂や神
経軸索輸送などの細胞内物質輸送に重要な役割を果たしている。
(注5)動原体:染色体の中心部分に形成される構造体で、染色体の分配のときにスピンドル
微小管によって捕らえられる部位である。
(注6)分裂酵母:真核生物に属する単細胞生物。染色体分配の根幹のメカニズムはヒトと分
裂酵母の間で保存されている。
9.添付資料: