No.65 卵の質と受精について(2012/5)

大泉News Paper
No.65
2012.05.01 発刊
第35号、第43号のニュースペーパーで、採卵当日の媒精方法の選択について説明させていただきました。
今回は、卵の質と正常受精と異常受精との関連について紹介します。
受精卵を得るためには、
1
まず、精子と卵が受精するまでの過程です
顕微授精の場合
成熟し、受精能を獲得した精子
と
精子
細胞質、核(染色体)のいづれも
受精するに適した成熟期に達し
た卵
が必要です。
卵に精子が侵入すると、
2
精子側の核(雄性前核)
と
卵子側の前核(雌性前核)
が形成されます。
3
2つの前核が融合し、1回目の卵割が始まります
2つの前核を確認し、受精とします。
2つの前核で受精を確認しますが、まれにこの前核が
1つしかないものや(単前核)、3つ以上あるもの(多前核)があります。
これらは異常受精とし、胚移植に用いるのには適していません。
なぜ異常受精が起こるのでしょうか??
単前核形成の原因・・・ほとんどの場合は卵子の受精能が不十分であるためと考えられます。
この場合、精子が卵内に侵入しても、卵細胞質内に精子由来の前核形成に対する
反応が不十分であるため、前核が形成されず単前核になると考えられています。
逆に精子側の前核のみ形成される場合も考えられます。
まれに、正常の2前核が融合、もしくは消失して確認できない場合もあります。
多前核形成の原因・・・体外受精の場合には、精子が卵内に2個以上侵入し、前核を形成する
ことが考えられます。
通常、受精の過程で1個の精子が卵内に侵入すると、2個目以降の精子の
侵入を妨ぐ反応が起こります(多精子侵入拒否)。
しかし、卵の質が低下し、未成熟もしくは老化している場合にはこの反応が
不十分となり、精子が複数侵入してしまうと考えられます。
顕微授精の場合には、精子を1個づつ入れていくため、複数侵入することは
ありません。
そのため、染色体の不分離による多核形成が考えられます。
これも卵の質の低下により起こることが推測されます。
異常受精はどのくらいの割合で起こるのでしょうか??
体外受精では、
当院の2012年1月から4月までのデータです。
多前核の割合が
顕微授精と比較して高頻度に
起きていること
顕微授精
体外受精
媒精方法別異常受精率
がわかりました。
12%
10.0%
10%
b
体外受精での多前核形成は
卵質低下による多精子侵入拒否機能
の低下と推測されるため、
8%
6%
4.5%
4.3%
a
4%
1.9%
2%
体外受精に用いる卵には
質が低い卵子がある一定の割合で
含まれていること
a
が推測されます。
0%
単前核形成率
多前核形成率
a vs. b p<0.05
受精する前の段階で、卵の質を見分けることはできるのでしょうか??
体外受精の場合には、受精の前に卵そのものをしっかりと観察できないため、卵の質を見分けることは難しい
ですが、顕微授精の場合には、いくつかの指標が報告されています。
当院では、その1つである、卵の紡錘体可視化装置を用いて、
顕微授精時の卵の成熟度を観察しています。
紡錘体とは、卵の減数分裂の際に染色体を2つに分ける構造体です。
この紡錘体が存在しない場合、紡錘体形成不全による卵染色体の
不分離や、卵が受精するステージに達していない(未成熟である)
可能性が考えられます。
紡錘体
当院の2012年1月から4月までのデータです。
顕微授精時に
紡錘体可視
紡錘体不可視
紡錘体の有無による受精への影響
100%
83.7%
a
80%
さらに、
b
60%
紡錘体が認められると
正常受精率は有意に
高い値になりました。
47.6%
40%
c
20%
4.4%
4.8%
d
14.3%
紡錘体が認められない
場合、
多前核形成率が有意に
高くなることが
わかりました。
0.0%
0%
通常受精率
単前核形成率
多前核形成率
a vs. b p<0.05
c vs. d p<0.05
卵の質の指標は形態などの客観的なものが多く、見分けることが非常に困難です。しかし、顕微授精時に
紡錘体形成が認められない卵は、多前核になるか受精しない可能性が高いことがわかりました。
このことは、紡錘体の有無が卵の成熟度を示す指標になり得ることを示しています。
今後は正常受精率の向上のため、紡錘体不可視の卵をどのように救済するか、を検討していきたいと
考えています。
培養室 藤田