「生きがいを持って」 青陵中学校3年 加藤美樹 私には十八歳の兄がいます。兄は,話すことも文字を書くこともできません。いつも身 振りや手振りで簡単な会話をしています。身の回りのことは一人でできることもあります。 が,手助けが必要なことが多くあります。なぜなら兄は,生まれたときから障害をもって いるからです。 今年の春,特別支援学校の高等部を卒業した兄は,高等部のころに放課後デイサービス で利用していた事業所に通っています。毎日事業所へ通い,帰宅後はテレビを見るなどし て,のんびり過ごしています。平穏で単調な生活です。やらなければならないことがたく さんあり,常に時間に追われている私は,そんな兄をうらやましく思うことがあります。 しかし最近,ふと思うことがあります。毎日,代わり映えのない生活を送っている兄は 楽しいのだろうかと。つらくて大変なことが少ない代わりに,それを乗り越えて得られる 充実感も少ないのではないのかと。それに兄は,慣れない場所が苦手です。外食したとき には,テーブルやいす,食器や盛り付けがいつもと違うため,ほとんど食べません。外泊 をしたときも,なかなか寝られません。買い物などに出かけたとき,見慣れない風景に興 奮してしまい,いきなり大声を出すこともあります。また,兄は慣れない人とコミュニケ ーションをとることも苦手です。そんな兄のことですから,事業所でも,職員の方に自分 の思いを伝えられず,他の利用者の方にも遠慮をしているのではないだろうかと思いまし た。もしそうならば,事業所での生活を楽しめていないはずです。兄は今のような生活を 送っていて,本当に幸せなのだろうかと,疑問に思っていました。 そんなとき,私は兄の通う事業所で,二日間ボランティアをさせていただくことになり ました。この機会に兄が事業所でどのような生活をしているのか見たいと思いました。し かしそこには,いつもとはまるで別人のような兄の姿があったのです。兄は小学生の女の 子の手をとって,公園に行っていました。職員の方によると,その女の子は事業所の環境 になじめず,いつも泣いてばかりいたそうです。けれども,毎日兄が世話をしているうち に,その女の子は兄に心を開き,穏やかな表情で生活できるようになったそうです。また, 昼食やおやつの後には手際よく食器などを片付けていました。頼まなくても,自ら進んで やるようになったそうです。家ではいつも一人で遊んでいるのに,友達とサッカーや虫と りなどで一緒に遊んでいました。仕事の目標をようやく達成することができ,職員の方に ほめられて,照れながらもとても満足そうに笑っていました。このような兄の姿は,家の 中では見たことがありません。兄がなんだか輝いて見えました。私はとても驚くと同時に うれしくなりました。兄は事業所での生活を楽しんでいることがわかったからです。 その後,改めて日常生活で兄のことを注意深くみてみました。すると,毎朝事業所から の送迎バスが迎えに来ると,走って家の外まで出ていくのです。今日は事業所へ行く日か どうか,今日の予定は何か,などを母に身振り手振りで尋ねているのです。今まで気に留 めていませんでしたが,兄がどんなに事業所に行くことを楽しみにしているのかがよくわ かりました。 思い返せば,私がまだ小さかったころは,兄がトイレの前で私を待っていてくれたり, おやつを半分私にくれたりしていました。また,私はよく覚えていませんが,手をつない でくれたり,ぶらんこに乗った私の背中を押してくれたりしている写真もありました。も ともと,人の世話をするなど,人の役に立つことが好きだったのです。でも私が大きくな るにつれて,家で家族の役に立てる機会が少なくなってきてしまいました。 私は,部活動や勉強などで目標を持ち,目標に向かって努力しています。つらいことも ありますが,目標を達成したときには大きな喜びを感じます。また,友達と話したり,趣 味の読書をしたりして生活をより楽しんでいます。兄にはそういった機会が少ないのでは ないかと思っていました。でも,それは大きな間違いでした。ほめられたり,小さいなが らも目標を達成したり,人の役に立ったりすることで,兄は兄なりに喜びを感じています。 それらが兄の生きがいでもあるのです。 兄のように重い障害がある人も,健常な人も誰もが生きがいを持って生活したいと望ん でいます。多くの人は自分の手で生きがいを見つけられますが,支援が必要な人もいます。 兄は周りの人に支えられながら生きがいを見つけ,充実した生活を送ることができていま す。そんな人との出会いがあったからこそ今の兄がいるのです。自分で生きがいを見つけ ることが難しい人も,兄のように支えてくれる人に出会い,生きがいを見つけられる,そ んな社会になることを私は願っています。
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