読み継がれるビジネス名著 経営者のための古典“ドラッカー”に学ぶ

今月の特集
読み継がれるビジネス名著
経営者のための古典“ドラッカー”に学ぶ
経営学の大家として名高いピーター・F・ドラッカー。彼の人気は
今なお根強く、
日産のカルロス・ゴーン社長兼CEOもドラッカーを
学び、
その理論を経営に役立てているといわれる。組織における問
題の解決を追求したドラッカーの言葉を、経営者が抱えやすい経営
課題を通して読み解く。
<ピーター・F・ドラッカー>
写真提供:T.Y.
1909年 11月19日、
ウイーンで生まれる。
1929年 フランクフルトの投資会社に就職。ニューヨーク株暴落で
失職、
新聞記者となる。
1932年 ヒトラーに何度もインタビュー取材する。
1937年 結婚、
米国に移住。英国新聞の特派員として働く。
1949年 ニューヨーク大学の教授に就任。
1954年 『現代の経営』
刊行。以降、
幅広い分野での執筆を続ける。
1979年 クレアモント大学で5年間にわたり日本絵画の授業を行う。
2002年 『ネクスト・ソサイエティ』
刊行。
2005年 11月11日、
自宅にて永眠。
ドラッカーから何を学ぶか
「人を幸せにする社会」
が最大のテーマ
か?」が生涯を貫く最大のテーマ
てくれる。それだけに経営者にと
となったのである。
っては心強い。特に現在のグロー
では、いかにして人を幸せにす
バル社会では、ドラッカーの理論
ドラッカーといえば、経営学の
る社会をつくりあげるか。そのた
が企業経営の大きな支えとなる。
大家というイメージが強い。だが、
めの方法論として体系化したのが
ドラッカーは、グローバル企業と
彼が生涯に著した約40冊の著作
ドラッカー流「マネジメント」だ。
して成功するにはマーケティング※
のうちマネジメントに関するもの
ドラッカーによれば、マネジメン
とイノベーション※の強さに加え、
は15冊であり、残りは多様なテー
トは勘や経験で行うものではな
ずば抜けたマネジメントがなけれ
マが取り上げられている。ドラッ
く、分析し体系化することによっ
ばいけないことを強調している。
カーの理論の基礎となる学問は、
て、誰でも学べるものだという。
また、企業の社会的責任の果たし
経営学、
社会学、
政治学、法学、歴史
けっして一部のエリートだけのも
方についても、具体的な基準を提
学、
文化人類学、
日本文化等多岐に
のではない。役職等にかかわらず、
示している。ドラッカーの理論は
渡る。
誰でも実践が可能で、多くの組織
苔むした古典ではなく、今この時
2つの世界大戦を経験し、ドイ
で活用できるマネジメント。彼の
代に輝く現在進行形の生きた指針
ツのナチス独裁政権の成立と崩壊
著書が長く読み継がれる理由も、
なのである。
を目撃したドラッカーにとって、
そこにありそうだ。
ユダヤ人大量虐殺等の悲劇を招い
題となっていた。
現在のグローバル社会
の生きた指針
こうしたことからドラッカーの
ドラッカーの言葉はどれも企業
関心事は常に社会にあり、
「人を幸
経営の核心に迫ったものであり、
せにする社会とはどういうもの
その具体的な方法を併せて提示し
た人間心理のあり方は、大きな問
2
2011.10
※マーケティング:製品やサービスの開発や営業を
支援する組織的活動。マーケティングの目的は
「売り
込みを不要にする」
こと。
※イノベーション:改革や変革のこと。既存の資源
に新たな価値を追加するもので、
継続的な業務改善
から新製品・新サービスの開発まで幅広い。
ドラッカー
ドラッカーの研究者 森岡氏が語る
経営・情報システムアドバ
イザー。中小企業診断士。
「ドラッカー
『マネジメント』
中小企業にこそ
「ドラッカー」理論を
研究会」
(ドラッカー学会)
で
ファシリテーターを務める
アーステミア有限会社
代表取締役社長
も
り お
か
け
ん
ほか、
「CIO
(最高情報責任
者)
養成講座」
(日経ビジネ
じ
森岡 謙仁 氏
ススクール、
日経BP社)
等の
マネジメントは中小企業
にとって有効なツール
そこで注目すべきなのが、①目
沿って、現在の仕事の目標と成果
標設定、②組織化、③動機づけ、④
について、定期的に見直すことで
測定・評価、⑤相互成長というド
有能な人材が育ちます。
ドラッカーがマネジメントにつ
ラッカーが挙げるマネージャーの
いて体系的に学ぶきっかけになっ
5つの基本的な仕事です(下図)。
たのは、アメリカの自動車メーカ
関係者とコミュニケーションを取
イノベーションの
7つのきっかけを探す
ー・GMの研究でした。一般的に、
りながら一緒に目標を定め、その
中小企業を取り巻く現在の厳し
「マネジメントは大企業にのみ有
目標を達成するための仕事を明確
い環境の中で、
活路を開くにはイノ
効なもの」
と考えがちですが、そう
化して部下に割り当て、自発的に
ベーションが重要です。ドラッカ
ではありません。
「中企業はおそ
自分の目標を達成する意欲を引出
ーは、イノベーション(改革)のき
らく、イノベーションに最も適し
し、仕事ぶりを客観的な評価基準
っかけとして次の7つを挙げてい
た規模である」
(
『マネジメント』よ
によって測定し、それをフィード
ます(『イノベーションと企業家精
り)
とドラッカーが語っており、
経
バックすることで上司と部下が相
神』より)。
営者と社員との
“距離”が近い中小
互に成長する。この基本は、中小
①思いがけない成功や失敗
企業にとって、マネジメントは有
企業のような規模の組織のほうが
②期待と実績のギャップ
効な考え方なのです。
実践しやすいはずです。上司はリ
③人材や知識の不足
では、具体的にどんな活用法が
ーダーシップを発揮して、ドラッ
④産業や市場構造の変化
あるのでしょうか。企業等の組織
カーの挙げた5つの基本とPDCA
⑤人口構造の変化
を運営するには、人間関係が大き
をうまく統合して、成果につなげ
⑥認識の変化
なポイントになります。ドラッカ
るべきです。
⑦新しい技術や知識の発見
ーのマネジメントにおいても、先
また、人材育成にあたって「適材
輩と後輩、上司と部下といった人
適所」ではなく「適所適材」を実践
特に大きな構造変化が起きてい
間関係は重要な要素であり、その
することも、リーダーの重要な役
る現在は、この7つがビジネスチャ
まま組織の成果につながります。
割です。適所適材とは、まず目標
ンスになります。大きな仕掛けを
部下の管理に役立つ
5つの基本と「適所適材」
や課題である適所を決めて、それ
する必要はなく、企業家精神を持
に向けて努力することで適材にな
ってちょっとした工夫をすれば、
るという考え方。こうした考えに
イノベーションは可能なのです。
それでは、部下のマネジメント
について見てみましょう。最近は
「PDCA」が重視され、部下の管理
グローバル化が進む中では、中
図 マネージャーの5つの基本的な仕事
①目標設定
にまで導入されています。しかし、
ICT等を積極的に活用することが
とのヒントも、すべてドラッカー
⑤相互成長
②組織化
ので、万能ではありません。人間
の理論にあります。ぜひドラッカ
ーの理論に触れて、それを実際の
を相手にする分野には適さないケ
ースが多いのです。
小企業も仕事の標準化を進めて、
重要になるでしょう。こうしたこ
PDCAは元々は製造現場における
品質管理の手法として生まれたも
講師を務める。
仕事や社会活動の中で活用してい
④測定・評価
③動機づけ
ただきたいと思います。
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今月の特集
事例から学ぶ マネジメント
経営者や管理者層にとって、経営課題は日々直面し解決していかなければならない問題だ。よくある経営課題を
5つのケースとして紹介、解決につながるヒントをドラッカーの知識を元に、引き続き森岡氏に語っていただいた。
Case 1
意思決定
決めなくてはならないことが多くて困っている
30代、
営業職の課長です。
課をまとめる立場ですが、
いつも外出が多くて部下のマネジメントが追いつきません。
効率よく仕事をこなすのに良い方法はありませんでしょうか。
課をまとめる立場でありながら自ら営業活
本です。第1に、何の成果も生まず時間を浪
の意思決定やマネジメントをする時間を確保
「時間の記録をとり、
その結果を
毎月見ていかなければならない。
最低でも年2回ほど、
3、
4週間記
でもやれる仕事を見つけ他人に任せること、
第
録をとる必要がある。
」
3に、
時間浪費の原因
(組織やシステムの欠陥、
しなければなりません。
他人の時間を浪費させている作業等)
を把握
そのためには、優先順位ではなく
「劣後順
する必要があり、
そのためにまず、記録をとる
位」
、
すなわち
「やらない順番をつける」のが基
ことの重要性をドラッカーは語っています。
動をすることは、
どこの会社でも見られます。
忙しいことは理由になりません。課長として
Case 2
マネジメント
費している仕事を捨てること、第2に、他の人
40代、
課長職です。経営判断等を迅速に行う目的で、
会社ではICT面に投資していますが、
成果に結び付いているかどうかが不明確です。
ICT活用は、
何をどこまで求めるべきなのでしょうか?
とです。そして
「提供すべき情報は何か、
いか
得ることを目的としたもののことです。第1に、
なる形で提供すべきか、
いつまでに提供すべ
外部情報の分野(顧客とICTで結び在庫情
きか」
を明確にし、
システム担当者や専門家に
報を共有する、
インターネット等を使って非顧
伝えることが必要です。
客情報を入手する、
市場情報や競合情報を入
経営に貢献できる意思決定に必要な情報
手する等)
であり、第2に、組織内で働く人が
管理、業務プロセスの自動化等、経営が続く
互いに自ら必要とする情報を明らかにするこ
限りICT投資にも終わりはありません。
イノベーション
ドラッカー
の言葉
「戦略には、
市場、
顧客、
非顧客
(ノ
ンカスタマー)
、
産業内外の技術、
さらには、
国際金融市場、
グロー
バル経済についての情報が必要
である。それら外の世界こそ、
事
業活動の成果が生まれるところ
だからである。
」
(
『明日を支配するもの』
第4章より)
どうすればイノベーションが可能になるのか
技術者をマネジメントする立場の40代の課長です。
商品の売上げが振るわず、
会社からは新商品の開発を命じられていますが、
現場からの反応がいまひとつで何をしたらよいのかわかりません。
イノベーションとは、画期的な新製品の開
も、
広い意味でのイノベーションに含まれます。
発だけを指すのではありません。例えば、
同じ
大事なことは、隠れている潜在的なニーズ
製品でも容器のサイズや形や色を変えたり、
を探し出し、
そこに貢献できるものは何かを考
新規にインターネットによる販売を行うことに
えることです。予期せぬ成功や失敗、人口構
よって、
新たな顧客を獲得することも含まれま
造の変化、
仕事の手順の不都合、顧客の認識
す。更に、業務の
“カイゼン”活動を行ってコ
の変化、
震災の影響もイノベーションのきっか
ストを削減したり、顧客満足度をあげた場合
けです。
2011.10
(ドラッカー名著集1
『経営者の条件』
第2章より)
経営にとってICTはどこまで必要なのか
経営成果に貢献するICT投資とは、情報を
Case 3
4
ドラッカー
の言葉
ドラッカー
の言葉
「既存の資源から得られる富の
創出能力を増大させるもの、
す
べてイノベーションである。
」
(
『イノベーションと企業家精神』
第2章より)
ドラッカー
Case 4
リーダーシップ
人はどのようなところで、人をリーダーと認めるのか
30代の管理職です。配属された部署には年上の部下も多くいます。
しかし、
こちらが思うように動いてくれず、
リーダーとしての能力を会社から問われています。
年上の部下も年下の上司に戸惑っている
自らやるべきことを明確にした上で
(自分の
はずです。経験ある部下に接する時には、言
上司に聞くことも一つの方法です)
、部下の
葉遣いや態度に少し気を使い敬意を払うこ
模範となる言動を心がけることが一番です。
とが大切です。所属している部署に要求さ
嘘を言わない、
常に建設的な言動に心がけ
れている目的や期待されている成果を達成
有言実行する誠実な態度が、徐々に部下の
することについては、上司と部下は共に働く
信頼を得て、
リーダーとして認められように
パートナーです。部署としてやるべきこと、
なるのです。
Case 5
マーケティング
ドラッカー
の言葉
「信頼を得られない限り、
従う者
はいない。そして、
リーダーに関
する唯一の定義は、
つき従う者が
いるということである。
」
(
『未来企業』
第15章より)
中小企業の経営者にとってのマーケティングとは何か
創業20年になる中小企業の経営者です。
最近は、
業績が伸び悩み、
先行きが不安です。
今後の経営戦略の見直しを考えています。
ドラッカー
の言葉
自社の強みが製品やサービスにあるとし
自信のある経営戦略も
“戦場”
を間違えた
ても、
それだけでは経営はうまくいきません。
のでは役に立ちません。何が起こるかわか
最近業績が低迷している企業は
「どこの誰に
らない時代においては、戦場すなわち市場で
買っていただくのか」
を見失っているケース
ある
「どこの誰に買っていただくのか」
を検討
「われわれは、
成功を収めている
企業はすべて、
集中の決定に関し
て徹底的に検討していることを
知っている。
」
がほとんどです。経営は顧客が支払う対価
し、狙いを外さないことが不可欠です。経営
(
『マネジメント』
第9章より)
で支えられていることを頭では理解していて
資源を集中させるべき市場を決定すること
も、
その顧客が変化していることに気づいて
は、
マーケティングの基本なのです。
いないのです。
森岡氏お薦めの書籍
ドラッカー理論に関する多くの本の中から、企業経営者・管理者が初めて読むのにふさわしい3冊を紹介する。また、
5つの
ケースで紹介した
「ドラッカーの言葉」
の出典は、
それぞれ
『経営者の条件』
『明日を支配するもの』
『イノベーションと企業家精
神』
『未来企業』
『マネジメント』
(上田惇生:訳 ダイヤモンド社)
からのものだ。こちらもぜひチェックしていただきたい。
『経営者の条件』
(上田惇生:訳 ダイヤモンド社)
知識労働者が仕事の成果をあげる
ためにいかなる行動をとるべきか。
己の強みを知り、時間を知り、なす
べきこととなさざるべきことを知る
ことの重要性が記された、経営者必
読の書。
『マネジメント 課題、責任、実践』上・中・下
(上田惇生:訳 ダイヤモンド社)
組織の規模、働く部門のいかんを問
わず、組織に働く者が果たすべき役
割、その方法、そして戦略のあり方
を体系的にまとめた書。ピーター・
ドラッカーの業績を後世に伝える
「ドラッカー名著集」完結編。
『図解ドラッカー入門』
(森岡謙仁:著 中経出版)
ドラッカー入門に最適な1時間
図解シリーズ。新入社員から社
長、起業家までの「ビジネスパ
ーソンの成長プロセス」に合わ
せて構成されており、課題ごと
に具体的な解説がされている。
今回は、企業経営者・管理者のために、
いくつかのテーマごとに事例を挙げて紹介したが、
ドラッカー理論はこれ以外の幅広
いテーマにも活用できる。例えばドラッカーは、
「あなたは何によって覚えられたいか?」
という問いかけを重視する。これは、仕
事のやりがい探しにつながる問いである。また、
ドラッカーは何かを行動する際に、基準を設けて優先順位をつけることを勧め
ている。時間の有効な管理法等も紹介している。これらは、
年齢、
性別、
職業等を問わず多くの人にとって、
役に立つ方法だろう。
皆さんも、
毎日の生活の中でドラッカー理論を実践してはいかがだろうか。それを通してより良い社会を築くことができれば、
それこそがドラッカーが最も望んだことなのだ。
2011.10
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