講演録[PDF版 - 公益財団法人日本生産性本部

第26期 情報化推進懇話会
第1回例会:平成20年10月16日(木)
『イノベーション基盤としてのユビキタステクノロジー』
講
坂村
健
師
氏(東京大学大学院情報学環 教授
YRPユビキタス・ネットワーキング研究所
財団法人 社会経済生産性本部
情報化推進国民会議
所長)
『イノベーション基盤としてのユビキタステクノロジー』
プロフィール
坂村 健 氏
東京大学大学院情報学環 教授/副学環長。工学博士。
YRPユビキタス・ネットワーキング研究所 所長
略歴
1951 年東京生まれ。
専攻はコンピュータ・アーキテクチャー(電脳建築学)。
1984 年から TRON プロジェクトのリーダーとして、まったく新しい概念によるコ
ンピュータ体系を構築して世界の注目を集める。現在、TRON は携帯電話をはじめ
としてデジタルカメラ、FAX、車のエンジン制御と世界中で非常に多く使われてお
り、ユビキタス(どこでも)コンピューティング環境を実現する重要な組込 OS と
なっている。さらに、コンピュータを使った電気製品、家具、住宅、ビル、都市、
ミュージアムなど広範なデザイン展開を行っている。
2002 年 1 月より YRP ユビキタス・ネットワーキング研究所長を兼任。
IEEE(米国電気電子学会)フェロー。第 33 回市村学術賞特別賞受賞。2001 年武
田賞受賞。2003 年紫綬褒章受章。2004 年大川賞受賞。2006 年日本学士院賞受賞。
主な編著書には、
『ユビキタスとは何か』(岩波書店)
『変われる国・日本へ』(アスキー新書)
『ユビキタスでつくる情報社会基盤』(東京大学出版会)
『グローバルスタンダードと国家戦略』(NTT 出版)
『ユビキタス、TRON に出会う』(NTT 出版)
『21 世紀日本の情報戦略』(岩波書店)
『ユビキタスコンピュータ革命』(角川書店)
『情報文明の日本モデル』(PHP 研究所)
『痛快!コンピュータ学』(集英社)
『TRON DESIGN』(パーソナルメディア)など多数ある。
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はじめに
私が所長を務めるYRPユビキタス・ネットワーク研究所は、研究パートナーが世界中
にいます。実はこれはITの未来ということと非常に関係があって、私が 30 年ほど前から
研究しているTRONという組み込みコンピューターが将来のユビキタス・コンピューテ
ィング環境の重要な要素になってくることから結構注目されていて、TRONを使いたい
人が世界中で増えているのです。
本日は、ITの世界の最近の動きや、ユビキタスコンピューターの最先端でやっている
ことについてお話ししますが、ユビキタス・コンピューティング技術はまだ研究開発途上
にあり、10 年後の技術です。こういうイノベーティブなものは、立ち上がるまでに時間が
要るのですが、日本人は大体途中で飽きてしまって、アメリカなどにイニシャチブを取ら
れてしまいます。長期持続戦ができる人たちと、熱しやすいけれども冷めやすい人の差が、
ITでは――特にインフラ系に近くなってくると出てしまうのです。インターネットもこ
こに来るまで 40 年やっています。それほど長期にわたってやり続けるということは、日本
人にはできないのです。
TRONも 30 年やっていますが、
これは国家プロジェクトではありません。逆に言えば、
国から1円ももらっていない、産学協同ベースに積み上げているプロジェクトだから 30 年
続けていられるともいえます。昔よくいわれた第5世代コンピューターなどどこかへ行っ
てしまいました。私が会長を務める T-Engine フォーラムも Non-Profit Organization で、
全世界 400 組織から成っています。つい最近、フィンランド政府も入ってきました。そう
いう外国政府まで加入するようなNPOがずっと持続できるのは、TRONプロジェクト
が日本政府の国家プロジェクトではないからです。そういう意味でいくと、長期にわたっ
てどうやって持続して戦っていくかということは、日本にとって一つの大きな課題だと思
います。
1.IT世界の潮流
1-1.コモディティ化と二極分化
IT機械は、既にコモディティ化しています。そして、コモディティ化した結果として、
超低価格品と超高級ブランドに二分極化しています。
今、世界で一番安い携帯電話は 1000~2000 円です。インドのスパイスという会社が作っ
ているピープルズ・フォンは 20 ドル携帯電話といわれていて、通話しかできないのですが、
考え方が従来とは全く違っています。
例えば、デジタルデバイドという言葉を聞かれたことがあると思います。いくつかの意
味がありますが、一つは貧困層はIT機械を持てないので情報が取れず、貧困層と富裕層
で情報格差がつき、その結果格差が固定されるという意味もあったのです。
つまり、今までは第三世界といわれているところにITマーケットはないと思われてい
たのですが、最近、日本を除く世界のIT会社が見ているのは、その第三世界マーケット
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です。新興国で 25 億人、インドだけでも 10 億人以上の人口があります。そういうところ
の今までIT機械を買わなかった人に1億台売れば、たとえ 1000 円としても 1000 億円、
10 億人に売ったら1兆円になるわけです。そういうところで稼ぐビジネスモデルに変えて
いこうと考えているわけで、これは今までなかった世界です。
全世界マーケットにおける携帯電話の販売台数を見ると、1位のノキアは年間数億台を
出しています。2位がサムスン、3位がモトローラ、4位がLG電子、5位がソニー・エ
リクソンで、全世界で年間に 10 億台以上の携帯電話が売れているわけです。それに対して
日本は、シャープ、パナソニック、富士通、東芝、NEC、全部足してもノキアの出荷台
数の 10 分の1です。なぜこういう差が出たのかというと、第三世界を全然見ていなかった
からということしかありません。
同じ流れはカーナビでも出てきています。日本ではカーナビがポピュラーですが、これ
は 10 万円以上します。アメリカやヨーロッパでカーナビがあまり普及しなかったのは、高
かったからです。ところが、最近はPND(Personal Navigation Device)という3万円
ぐらいのカーナビが世界の潮流になってきています。これは車の中に付いているカーナビ
ではなく、PDA(携帯情報端末)のようなものをぽんと車に付けてカーナビにするとい
うもので、今、急激に伸びています。
もう一つはULCPCという超低価格ノートPCです。新興成長市場を目指すにはパソ
コンは高すぎるのではないか、4万円以下ぐらいのPCが出てきたのです。このきっかけ
を作ったのが台湾のアスーステックというメーカーで、いわゆるネットPCに近いのです
が、4万円以下にするためにマイクロソフトの Windows が入っていないバージョンを作り、
それを低所得層向けに売り出しました。そうしたら、低所得層も買うけれども、それより
も高所得層が2台目、3台目として買うというマーケットが大きくなり、結局、米国で 1000
万台ぐらい出て大成功して、この分野にデルやヒューレット・パッカードなども参入し始
めました。ですから、近い将来、パソコンを 10 万円以上出して買うのは非常に特殊な人で、
普通の人が買うパソコンは5万円ぐらいになってしまうのではないか。既に 10 万円を切り
始めているのですが、10 万でも高くなるのではないかということが言われています。
二極化の一方、超高級ブランド品としては、例えば Vertu という名前の超高級電話は 150
万円です。中身はノキア製なのですが、宝石が付いていたりして、500 万円というものもあ
ります。安いものが出れば超高級のものも出てくるわけで、特にヨーロッパや、ドバイな
どの金持ちの国で売れています。ヨーロッパはこういう超高級ブランドを作るのが得意で、
30 万円のブランドもののバッグから取り出すのが 2000 円の携帯電話ではかっこうがつかな
い。バランス論からいって 100 万円以上の携帯が出るのが筋だという発想でこういう超高
級品が出てきたのです。このように非常に安い製品を第三世界マーケット向けに出すとか、
ブランドを確立して超高級な方を狙っていくという発想は、日本ではほとんどありません。
面白いことに、Vertu にはコンシェルジュボタンが付いていて、このボタンを押すと 24
時間コンシェルジュが出てくるのです。変に携帯電話を高機能にするよりも、人間が出て
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何でもやってくれる方がはるかにいいので、1台に 500 万円も払ったらこういうことも一
つの考え方だなという感じがします。こういうことを、世界 48 カ国の金持ちだけを対象と
して、370 以上の高級宝石店および百貨店内のみで販売するというビジネスモデルでやって
いるわけです。
1-2.日本のITメーカーの課題
そこで、日本のITメーカーはこれからどうするのかということですが、まず、日本の
メーカーは基本的に高コスト体質です。例えば、新しいデバイスを開発しようというとき
に、「3億円かかります」「どんなに安くても1億ですね」などということを平気で言いま
す。しかし日本で1億円と言われたものが、韓国や台湾では 3000 万円、中国なら 500 万円
でできてしまうのです。これでは、超低価格路線は難しい。
では、日本のメーカーは超高級ブランドなら確立できるのかというと、これは結構苦し
いです。高いなら高い方で行くかといっても、先ほどの Vertu はフルラインナップを持っ
ているノキアだからできた企画です。ノキアは、例えて言えばトヨタなのです。トヨタは、
そういう意味では成功したのです。トヨタは、全世界で戦えるように安い車からレクサス
のような超高級品までフルラインナップでそろえて全世界展開できたのですが、日本のI
Tメーカーはそういうことにはなりませんでした。ですから、逆に言えば Vertu のような
超高級品は多分出せません。また、ブランドの確立もできません。ブランドというのは、
ある意味ではハッタリです。原価数百円のビニールバッグを何十万円で売るなどというこ
とは、みんながそれを納得しなければできないことですから、そう簡単にはいきません。
トヨタは、基本が低コスト体質で、その上で高技術を使うという会社です。ところが、
日本のITメーカーは、抜き難い高コスト体質です。これが駄目なのです。この高いコス
トをもっと下げなければいけません。
では、なぜそうなってしまったのでしょうか。日本の携帯メーカーの世界シェアが低い
理由として、日本はPDCという独自の方式を使っていて、グローバルスタンダードでは
なかったからだと言う人がいます。だから、ガラパゴス化などとよく言われるのですが、
それは間違いです。ガラパゴス島はたくさんの小さな島から成っていて、例えばそれぞれ
の島にいる鳥は、ほとんど同じなのだけれどもその環境に適応してみんなくちばしの形が
違うというところが特徴だといわれています。つまり、超環境適応なのです。日本のメー
カーは超環境適応型ですから、技術のために隔離されて変なマーケットができてしまった
というのは違うのです。なぜかというと、日本の技術が世界標準からずれているから日本
のメーカーがおかしくなったなどという話はどこにもないからです。
PDCというのは、電電公社を中心として作った日本独自のモバイルのデジタル通信方
式です。ヨーロッパの電話はGSMです。GSMを使わなかったから駄目なのだという評
論家がいますが、第2位はサムスン、第4位はLG電子です。しかし、韓国国内ではアメ
リカ陣営のCDMA規格を採用したため、GSMではありませんでした。なぜ韓国のメー
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カーはGSMではないのに世界第2位、第4位になるのかという話になってしまいますが、
考えてみれば当たり前なのです。かつて、ビデオの世界では、ベータのソニーとVHSの
松下が戦っていました。しかし、ソニーはベータで負けたからといってつぶれてはいませ
ん。エンジニアから見れば、フォーマットがちょっと違うぐらい直せばいいという話です
から、方式は本質的問題ではありません。
問題はほかにあります。それはビジネスモデルの違いで、日本ではキャリアが端末メー
カーを支配していますが、世界ではキャリアと端末メーカーは独立しているのです。世界
第二位の経済大国である日本国内でマーケットがある程度あり、キャリアの言うとおりの
ものを開発していればリスクもないとなれば、端末メーカーとしては世界に出ていかなく
ても国内で何とかすればいいという話に、どうしてもなってしまうのです。そういうぬる
い体質の中にいると、世界に出ていく力を失ってしまいます。しかし、少子高齢化で国内
マーケットはどんどん小さくなっています。今のままでは、最後には日本の端末メーカー
は生き残れなくなってしまうでしょう。
たとえば設計思想でも、一見似ていても、ノキアの携帯電話を使うと、日本の携帯電話
を使うのとはまるで違うことがよく分かります。日本の携帯電話は、キャリアを向いて開
発していますから、何か情報を取ろうとするときには電話網を使うのが大前提です。一方、
ノキアの携帯電話はキャリアと分離されているので、電話料金を可能な限り減らそうとい
う発想で、通信はまず無線LANに行き、できるだけ回線を使わないように設計されてい
ます。みんなコストを下げようと思っているときに、電話網を使うのが基本などという電
話が世界で受けるでしょうか。
1-3.オープン化の潮流
もう一つ、そういうことをやろうとしたときに、オープン化という発想があります。こ
こでTRONが出てくるのですが、昔のように高技術を囲い込むのではなく、今はできる
限りオープンにしようというのが世界の潮流です。
例えば、最近の高機能携帯電話にはマイコンが3個ぐらい入っています。インターネッ
トにつなげたりするアプリケーション・プロセッサーと、電波をコントロールする RF プロ
セッサーと、映像を出すグラフィックス・プロセッサーという三つあって、アプリケーシ
ョンのところはパソコンに近いからということで組み込み Linux とか Symbian というOS
を使っています。Symbian はノキアが使っているOSでクローズだったのですが、そういう
ことをやっていると世界ナンバーワンの携帯電話メーカーでさえこれ以上戦えないという
ことで、結局ノキアが Symbian を買収して完全にオープンにすると言い出しています。こ
のようなことは今までの日本的な発想では考えられないことです。しかし、時代がもうオ
ープンアーキテクチャーで、高技術を囲い込んでいては仲間が増えない、ソフトウエアは
どんどん開発しなければならないのにオープンでないと大変なことになるということで、
結局、世界的な傾向としてオープン化になっているのです。
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先ほどの低価格パソコンも、マイクロソフトの Windows を使わないから4万円以下にな
るのです。最近では、アドビ、マイクロソフト、サン・マイクロなど、あらゆるところが
今まで公開しなかった技術情報をどんどん公開し始めています。ここは結構ポイントで、
ITシステムを作っていこうとするときに、公開されないブラックボックスがあると、に
っちもさっちもいかなくなってしまうからです。ですから、できる限り技術情報を公開し
てくれるかということを最初に言ってからやらないと危険だという話になってきていて、
そういう意味で、Google のアンドロイドのように、ブラウザのソースリストまで公開する
オープンが世界で結構受けるようになってきていますし、携帯電話の回路図も全部公開す
るなど、ハードウェアの世界でもオープン化が加速しています。
そうなってくると、オープンインフラということが重要になります。ITシステムがこ
こまでパブリックドメインになってくると、基盤技術として信頼の置けるオープンインフ
ラとは何なのだろうということになってきます。ところが、日本も重要なことは分かって
いるのですが、日本のメーカーというのはオープン環境でのビジネスが非常に不得意で、
せっかく開発した技術は自分のものとか、ただのものは誰かがやるとか、囲い込んだ技術
をベースに安定したビジネスをしたいという話になってしまうのです。
こういう観点では、技術にはいわばスキゾ型の技術とパラノ型の技術の2種類があると
思います。パラノ型が自分で突き詰めていく方がいい技術、スキゾ型が人の技術で使える
ものはどんどん使っていく方がいい技術です。日本が得意なのはパラノ型技術ですが、今、
ITの世界はスキゾ型技術の方に行っています。自分だけでは全部できないのだから使え
るものはみんな使おう、そのためにはインターフェースをそろえなければいけない、だか
らそこに力を注いで、できるところはみんな他人のものを使ってITシステムを構築しよ
うという感じになるわけです。
スキゾ型の技術とパラノ型の技術を単に技術として一括りで考えると、失敗してしまい
ます。どういうタイプの技術を使ってこのITシステムを作り、それをどうするのかをよ
く考えないと駄目で、細かい技術というよりは、もっと大きなビジネスモデルや仕組みか
らITを設計するというのが最近のやり方です。スキゾ型技術でやったときには、オープ
ンでいながらどうやってもうけるかというようなビジネスモデルをうまく作ることが重要
になってくるのですが、これは日本のメーカーには難しいでしょう。せっかく開発した技
術だから回収しなければいけない、ただでは出せないと言っているうちに時間だけがたっ
て、どんどん不良資産になるのです。日本人はサンクコスト(埋没費用)が覚悟できない
し、数年単位でビジネスをどんどん変えたり、逃避型で不安定な状況に、農耕民族である
日本人の精神はなかなか耐えられないのです。ところが、ビジネスもマーケットも全世界
を駆け巡りながらあらゆることをやっています。
結局のところ、日本というのはイノベーションにあまり向いていないのです。イノベー
ションというのは生物の進化と同じで、何が成功するか分からない中で大量の試行をして、
失敗をサンクコストとして捨てることで初めて達成できるのです。大企業であっても社会
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のサンクコストとして捨てられるのがアメリカであり、会社がつぶれると大統領が替わる、
官僚も替わる、だから昔の約束はなし、というのは一種の「裏切り」です。そのようなこ
とを日本の会社ができるかということでしょう。
私のプロジェクトは、どちらかというと日本メーカーでできないオープンをやろうとし
たものです。TRONがなぜ今世界で受けるかというと、実はこれはオープンアーキテク
チャーの先駆者だからです。TRONは、30 年前からすべてのソースコードを公開してい
ます。今、ちょうど世界がオープンになってきて、TRONプロジェクトがやってきたオ
ープン・組み込み・ユビキタスというあたりが非常に注目されているというわけです。
2.ユビキタスIDアーキテクチャ
ユビキタスとは、「どこでもある」という意味です。そして、今世界的ブームになってい
るユビキタス・コンピューティングというのは、アメリカでは Pervasive Computing、ヨー
ロッパでは Ambient Intelligence、Internet of Things など、いろいろな呼び方がされて
いますが、簡単に言うとその基本にあるのは現実の状況の認識です。
コンピューターのバーチャルな世界は実世界とは別物です。例えば、今はどんな会社で
も倉庫の物品の在庫管理にコンピューターを使っていて、コンピューターをたたけば、今、
どの倉庫にどんな製品が幾つ入っているかというリストが出てきます。しかし、そのとき
に倉庫へ行ってみて本当にその数があるかというと、必ずしもそうではありません。伝票
にしろ何にしろ人間が入力しているからです。コンピューターできちんと在庫管理してい
る本屋でも、誰かが持っていってしまったり、たまたまレジに持っていこうとしている途
中であれば、現実の空間とコンピューターの世界にずれが生じてしまいます。
そこで、今、世界が一番注目しているのは、コンピューターの世界と現実の世界を一致
させようということです。それをするには、全部のモノにタグを付けるしかありません。
そして、倉庫から物品が出たときにそのタグを自動的に読み取るような装置を付ければ、
理論的にはできるようになります。しかし、私たちが目指そうとしている究極のユビキタ
スというのは、人間が住んでいる現実の状況を完全自動認識しようということです。温度、
光、匂い、風など、いろいろなモノを自動認識しようとすると、まだ何十年もかかる話に
なるのですが、まずは物品だけでも自動認識できないかということが、今、世界的に話題
になっています。
そのためのインフラとして私が提案しているのが、ユビキタスIDアーキテクチャです。
これは何かというと、認識を完全にコンピューター任せにするのではなく、人間も少し協
力して、認識したい物品に番号を振ってしまうのです。その番号をコンピュータが読み取
れるタグにして、その物品に貼る。それを特別な読み取り装置で読んでネットに送ると、
ネットワークの中の情報と結び付いて、その物品の情報がネットの中から返ってくる。要
するに、バーチャルな世界と現実の世界を結び合わせるためにユビキタスIDという番号
をつけ、その番号で区別された物品の情報は全部ネットワークの中にあるという仕組みを、
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今、全世界プロモーションしているところなのです。
一番イメージが近くて、しかし全然違うメカニズムが商品バーコードです。これはイン
ターネットのようなネットワークがない 20 年前にできた技術なので、POS レジスターに使
うことだけを考えて、バーコードの最初の 2 けたが国番号、次の5けたがメーカー名、次
の5けたがそのメーカーの製品名になっています。その製品名と価格の対応表を作ってお
けば、POS レジスターで値段を知ることはできますが、同じ製品は見分けられないので物品
管理はできません。今日作ったこの製品と、昨日作った製品と、明日作る製品は違います。
しかも、本当に品質の保証をしようとすれば、いつ、どの工場で作ったのかだけでなく、
流通過程でどのように保管されどのように運ばれたかということも全部入れなくてはなり
ませんが、それを製造時につけるバーコードに入れるのは不可能です。そこで、今はネッ
トワークの時代ですから、物に番号を振って、その番号の意味は全部ネットワークの中に
あるようにしようというのが、私の考え方です。
これをするためには、世界で二つと同じ番号がないということを保証する仕組みを作ら
なければなりません。それをやっているのが、uIDセンターという全世界的な Non-Profit
Organization です。これは全世界共通物品番号だけでなく、全世界共通場所番号という応
用もあって、例えば郵便番号は7けたですが、それをもっと増やして、Aという倉庫の中
の右の棚の上から2段目に郵便番号をつけるというようにすれば、スポットでいろいろな
場所が指定できるようになります。宛名をRFIDや二次元バーコードで暗号化した上で
この仕組みを使えば、住所のところには何も書いていないけれども、ピッと読むと東京大
学の受付まで届けてくれと書いてある。受付まで持っていって、そこで東京大学の人がも
う一度ピッと読むと、2号館に持ってきてくれと出る。2号館の受付でまたピッと読んで、
ちゃんと私の研究室の2段目の棚に届けられるということができるようになります。
物流以外にも、数十年使える製品の品質保証やメンテナンス、博物館や美術館の歴史的
資産管理にも使えるということで、いろいろなところで実験をしています。例えば、畑で
作ったものに全部 ucode を付けて、どの畑で、誰が作って、どれだけ農薬を使ったという
ことが分かる食品トレーサビリティに使えますし、処方せんと薬に ucode を付けておいて、
処方せんと実際に処方した薬が違えばブザーが鳴る。あるいは、一つのICカードの中に
自分が生まれたときから飲んだ薬の記録を取っておくということも今は可能ですから、体
質に合わない薬をチェックして薬害を減らすこともできるようになります。
それから、東京ユビキタス計画・銀座といって、銀座のまちなかに数千個ぐらい ucode
マーカーを付けて、立っただけで自分のいる場所がどこか、目の前のビルは何かが分かる
ということもやっています。地下にいるときに、地上に出なくても上がどうなっているか
がパノラマで見られたり、地下鉄の運行情報のコンピュータとつないで、平常どおり運転
しているとか、不通であるといった情報や、時刻表が出てくるということもできます。
こういったことは全世界共通の ucode で場所と物を認識することによって可能になるわ
けですが、この仕組みが最近、ITU(International Telecommunication Union)で国際
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標準になりました。私の方で提案していたものが国際的な標準規格になったのです。これ
も非常に重要なことで、オープンにするだけではなく、やはり標準というのは自分たちが
リスクを負って作っていくようにしないと、人が作った標準を使うということばかりやっ
ていてはイニシャチブが取れないのです。そういう意味で、全世界共通郵便番号と全世界
共通物品番号の仕組みを、少なくとも日本から提案できたことは、非常に良かったのでは
ないかと思っています。
ユビキタスIDアーキテクチャに関してより詳しく知りたい方は私の本の『変われる
国・日本へ』や『ユビキタスとは何か』をお読みいただくと、大体お分かりいただけると
思います。また、私どもがやっている T-Engine フォーラムについては t-engine.org、Uコ
ードについては uidcenter.org を見ていただければと思います。
以上、最近の動向と、オープンアーキテクチャーの重要性、ユビキタス・コンピューテ
ィングでやろうとしていることについて、ご紹介させていただきました。
ご清聴ありがとうございました。
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