この講義では 食文化への愛着:「テロワール」

大阪大学グローバルコラボレーションセンター
「世界は今」2010
この講義では
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フランスの「農民的農業」
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中川理(グローバルコラボレーション
センター)
(1)フランスの農と食の問題について、とくに「農民
的農業(agriculture paysanne)」の運動を通してみ
ていく。
( )フラン の事例から、自分たちを取り巻く食の
(2)フランスの事例から、自分たちを取り巻く食の
質、とりわけ「文化的な」質と「社会的な」質につい
て考える。
*私は:人類学者、フランス研究。移民、失業者、
農民といった周辺的な人びとから社会の変容をと
らえようとしています。
「世界は今」第五回講義
食文化への愛着:「テロワール」
文化的な質:「テロワール」の国、フランス?
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暮らしのなかのテロワール
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フランスのイメージ:(貧困と結び付けられがちな
インドやブータンと違って)きわめて豊かな生活文
化、とりわけ食文化の国→フランス人自身のイ
メージでもある
「テロワ ル(
「テロワール(terroir)」:独特の食を生み出す郷土
i )」:独特の食を生み出す郷土
の自然と文化を示す概念
テロワールの生産物(produits de terroir)とは、歴史
的に共有されたやり方についての知(savoir-faire)
と地域の自然的地理的条件を踏まえた生産物
→最近では日本でも言われるように
この辺の話
たとえば自家製のお酒
クルミワイン:若いクル
ミを赤ワインに漬けた
食前酒
ジェネピ:高山の野草を
アルコールに漬けた食
後酒(ラベルに「手仕
込」「100%ナチュラル」
などと書いてある)
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「世界は今」2010
暮らしのなかのテロワール2
テロワールのイメージ
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クルミワイン、ジェネピ、実家で作った豚のパテ、落穂ひ
ろい(glanage)でとってきたリンゴや洋ナシ、etc
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テロワールの制度化:AOC
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地域の伝統(tradition)、やり方についての知(savoirfaire)、和気あいあいとした雰囲気(convivialité)・・・
たとえば・・・プチルノー(Petitrenaud, Jean-Luc)のテレビ
番組
http://www.youtube.com/watch?v=AgSJiQKH8K8&feature=related
あるいは、政治家たちもやってくる一大メディア・イベン
トとしての農業見本市(Salon de l’agriculture)
http://www.ina.fr/economie-et-societe/vie-economique/video/CAB00009935/salon-de-lagriculture.fr.html
http://www.ina.fr/economie-et-societe/vie-economique/video/3035985001012/n-sarkozy-et-fhollande-au-salon-de-l-agriculture.fr.html
AOCの表示の例
AOC (L’Appellation d’Origine Contrôlée):「原産地
の地理的条件から真正性と典型性を引き出して
いる生産物を指し示すしるし。テロワールと生産
物のあいだの密接なつながりの表現」(INAOのHP)
1935年にワインからはじまり(現在はチーズや肉
類、野菜・果物、オリーブオイルなどにまで広がっ
ている)、国の機関(INAO)によって管理されている。
あるAOCを名乗れる地域の制限、原料と製法を
特定して保護する。
ただし・・・(学期末へのフリ)
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貧困層への食料支援においては食料の質はほとんど無視される
「心のレストラン(Resto du Coeur)」、「食料銀行(Banque
Alimentaire)」、「連帯食料品店(épicerie solidaire)」などでの食糧支
援
「二極化する食(bouffe à deux vitesses)」
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「世界は今」2010
食の「社会的な質」の変容
社会的な質:「農民的農業」をめぐって
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(a)フランス:スーパーマーケットの国
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「フランスはヨーロッパ
で人口当たり最多のハ
イパー/スーパーマー
ケット数を数える国で
ある」[Jacquiau 2000]
流通世界最王手は→
ウォルマート(アメリカ)
フランスのスーパーのちょっとした歴
史
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では二番目は?→カ
ルフール(フランス)
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(b)国際競争の激化
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EU内の他の国(スペインやイタリア)やモロッコといっ
た、より人件費が安い地域からの農産物の輸入の自
由化:「条件が違うのに競争しても勝てるわけがない」
→(a)流通企業の寡占と(b)国際競争による仕入れ価
格の低下 大規模化し産業化した農業企業体はとも
格の低下。大規模化し産業化した農業企業体はとも
かく、小規模農家は生活が成り立たないように・・・。
←WTOなどは貿易自由化を促進
→「テロワール」のイメージする牧歌的な地域的農業
は、じっさいにはグローバル化のなかで危機に(私の
調査地域でも)
→食うに困らなければよいのか?農と食の「社会的な
質」が問い直されるように→農民運動の発展
フランス=伝統的な郷土の食文化を大切にする
国?→間違いではない。しかし、その一方でグ
ローバル化によって食の「社会的な質」は変容し
てきている。
→食を支える地域農業の衰退
… (a)流通産業の発達
… (b)農業貿易の国際的自由化
→新たな試みの発生
1957:フランス最初のスーパー(セルフサービス、
ディスカウント、大規模=床面積400~2500㎡)
1963:パリ郊外に最初のハイパーマーケット(床面積
2500㎡~)としてカルフールが誕生
1990年代以降:飽和状態での競争の激化→海外進
出、合併による巨大化、ハード・ディスカウント
「5つの大手流通企業グループの売り上げが、1992年
の55,7%に対して、2000年には80,7%を占めるように
なった」[Daumas 2006:71]=全国どこに行ってもほと
んど同じスーパーがある状態
Centrale d’achatをとおした仕入れの集約化・効率化
先週の講義から(上田先生)
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FAOによるフード・セキュリティの定義
“Food security exists when all people, at all times, have
physical, social and economic access to sufficient, safe
and nutritious food that meets their dietary needs and
food preferences for an active and healthy life.
Household food security is the application of this
concept to the family level, with individuals within
households as the focus of concern.”
FAO (2009) The State of Food Insecurity in the World
2009, p. 8
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「世界は今」2010
もう一つの考え方としての食料主権
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1993年結成のトランスナショナルな農民組織ビア・カンペシーナ
の理念
「農業生産物における強制された地域的・世界的貿易自由化はわ
れわれの生産する食料の多くについて破壊的なまでの低価格を
もたらしつつある。安価な輸入食料が地域市場を覆いつくすにつ
れて、農民の家族はもはや自分たちや共同体のために食糧を生
産することができなくなり 土地から追い立てられることになる こ
産することができなくなり、土地から追い立てられることになる。こ
のような不公正な貿易協定は、世界中に新しい食習慣をおしつけ
ることによって、農村共同体とその文化を破壊しつつある。地域的
で伝統的な食料は低価格でしばしば低品質な輸入食品にとって
かわられつつある。食料は文化の鍵となる部分であり、ネオリベラ
ルな政策はわれわれの生活と文化のまさに礎を破壊しつつある。
我々は飢えと土地からの引き離しを受け入れない。我々は食料主
権(Food sovereignty)を求める。それは自分たち自身の食料をつく
る権利を意味する。」(バンガロール宣言:2000)
農民的農業(agriculture paysanne)
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フランスにおいて軽蔑的な意味をもつ「農民(paysan)」
をあえて使い、生産主義的農業とは異なる生き方とし
て再定義:「農民(paysan)とはたんに農業をやる人で
あるという意味じゃない。公正で威厳ある生き方にコ
ミットするという意味なんだ」(ボヴェ)
「三 の小さな農場のほうが
「三つの小さな農場のほうが一つの大きい農場よりよ
の大きい農場よりよ
い!」
農民的農業の十原則:小規模農民による環境に配慮
した(社会的にも環境的にも持続可能な)食料生産を
要求
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「食料主権」の概念に対応する、「農民的農業」を
提起
ジョゼ・ボヴェ:南仏アヴェロン県の羊乳農家
(1953~)、Confのリーダーの一人として活動、劇場
的な抗議行動で有名に
ボヴェらはアヴェロン県の特産チーズであるロッ
クフォールに使用する羊乳生産農家として、「農民
的農業」を推進
1999年夏、EUがホルモン処理された牛肉の禁輸
年夏、 がホル ン処理された牛肉の禁輸
措置を取ったことに対する対抗措置として、アメリ
カはロックフォールに対する関税率を100%に
これをきっかけにボヴェらはグローバルな食品産
業に反対する直接行動に
グローバリズムに対する闘いという枠組み
ちょうど近隣の町ミヨーで建設中だったマクドナル
ドを、「文化的画一化とグローバル資本主義巨大
企業の象徴」として「解体」
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http://www.ina.fr/economie-et-societe/environnement-et-urbanisme/video/CAC99033166/ripostecontre-un-symbole-attaque-contre-un-mac-do.fr.html
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「解体(démantèlement)」か「略奪(saccage)」か:当初
「
はロックフォール生産者の利害だけを考えた暴力
的行為と一般市民からみなされかねなかった
だが、(a)秩序だった行動であったこと、(b)グロー
バルな枠組みへの事件の位置づけ、によって状
況は変化
農民総同盟(Confédération Paysanne:以下Conf):
フランス農業の「生産第一主義」に反対する農民
たちにより1987年に結成
ビア・カンペシーナの結成に参加
ア カン シ ナの結成に参加
「農民的農業」のための直接行動へ
(1) できるだけ多くの人が農業を営んでいけるように、生産量
を分配する
(2) 欧州全体や世界中の農民と連帯する
(3) 自然を尊重する…
ミヨーのマクドナルド「解体」
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農民総同盟とジョゼ・ボヴェ
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「あまりにもリベラルで多国籍企業に甘いWTOに対する闘
い」という枠組み→羊飼いを裁く裁判から「グローバル化」、
「恥知らずの食品産業」、「ジャンクフード(malbouffe)」を裁
く裁判へ
都市の非農民にも訴えかける枠組み:狂牛病以来の食品
産業不信の背景 二分法的な想像力(ロックフォール:マ
産業不信の背景、二分法的な想像力(ロックフォ
ル:マ
クドナルド=地域の独自性:画一化された製品)
ボヴェの英雄視:「反マクド十字軍」、「高原の怪傑ゾロ」etc.
http://www.ina.fr/economie-et-societe/justice-et-faits-divers/video/CAB99034526/portraitjose-bove.fr.html
http://www.youtube.com/watch?v=pXq-Z65dAd0
法的には犯罪だが道義的には正しい行為とみなされる。
文化的イメージを利用しながら「農民的農業」を社会全体
に関わるモデルとして市民に提示
http://www.ina.fr/economie-et-societe/justice-et-faits-divers/video/2043943001014/arrivee-dejose-bove-en-prison.fr.html
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「世界は今」2010
ボヴェの「スペクタクル」
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1999年11月:シアトルWTO閣僚会議でも200kg
のロックフォールを隠してもちこんで配る。
http://www.ina.fr/economie-et-societe/vie-sociale/video/CAB99049162/anti-omc.fr.html
種子企業の実験農場の遺伝子組み換えトウモロ
コシを、市民ボランティアを募って刈り取ってしま
う
http://www.ina.fr/economie-et-societe/justice-et-faits-divers/video/2616244001017/hautegaronne-les-faucheurs-d-ogm.fr.html
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「農民的農業」の理念に影響された人々は、それ
を実践に移そうとしている
AMAP(Association pour le maintien de l’agriculture
p y
paysanne)=「農民的農業維持のためのアソシ
)
農民的農業維持のためのアソシ
エーション」
地域の農民と消費者たちが互いに積極的に関与
することで「農民的農業」を維持しようとする試み
→派手な行動を通して、農と食の「社会的な質」に
ついての意識づけを試みる
AMAPの運営
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AMAP:「農民的農業」の実践
(a)消費者たちはグループを作って、一定の期間1人の
農民と定期契約を結び、農民が十分な収入を得られる
と考えられる価格で期間内分の代金総額を前払いする。
(b)農民は年間をとおして契約にあるとおりの多種類の
作物を供給することを約束し、毎週その季節の作物を
分配する。
(c)消費者たちは作物の分配や情報伝達などに参加し、
場合によっては農作業に一時的に参加するなど、運営
に関与する。
→近隣の農家が安全で質のよい作物を持続的に供給
できるように
AMAPの展開
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1980年代からアメリカなどでCommunity Supported
Agriculture (CSA) の名で広まる
2001年、アメリカのCSAに学んだ農民がConfや
ATTACとともにフランス最初のAMAPをヴァール県
とともにフラン 最初の
をヴァ ル県
で設立する
南フランスを中心に急速に拡大→私の調査村で
も3つ
取引を超えた連帯
…
たんなる売り買いの関係を超えた連帯による、農民に
対する支援
… (a)「公正価格」の設定:農民が適正に生きていける
だけの価格を設定する
… (b)消費者によるリスクの負担:年間を通して場合に
よっては30もの作物を作るため、不作や失敗は起こ
りうる。そのリスクを消費者が負担する。
… (c)取引を超える関係:農民と消費者はしばしば友人
関係に(ex. 害虫の大発生時の支援、家建築の手伝
い)
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「世界は今」2010
まとめ
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(1)テロワールの文化的イメージにもかかわらず、
フランスの農と食のローカルなつながりは、グ
ローバル化のなかで困難に直面している。
( )そのなかで、 農民的農業」をかかげる人たち
(2)そのなかで、「農民的農業」をかかげる人たち
は、自分たちがどのような食の「社会的な質」を求
めるかを考え、新たな実践を創造しようとしている。
(3)しかし、その先行きは不確かである
皆さんに考えて欲しいのは
…
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(1)普段の食生活のなかで、食の「文化的な質」と
「社会的な質」について意識しているでしょうか、
しているとすればどのように意識しているでしょう
か?
(2)これから、自分たちの食にどのような「文化的
な質」と「社会的な質」を求めていけばよいと思い
ますか?また、それはなぜですか?
*今回の事例を参照しながら書いてください。
もう少し考えたい人のために
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…
本
ジョゼ・ボヴェ、フランソワ・デュフール 2001 『地
球は売り物じゃない!:ジャンクフードと闘う農民
たち』、新谷淳 訳、紀伊国屋書店
たち』、新谷淳一訳、紀伊国屋書店
映画
ジョナサン・ノシター監督 『モンドヴィーノ』(DVDあ
り)
アニエス・ヴァルダ監督『落穂拾い』(DVDあり)
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