平成16年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書 表面分析装置を用いた高度分析技術に関する研究 −オージェ分光分析での水平方向分解能− 材料環境部 玉井富士夫 川上雄士 平井智紀 福元 豊 矢野昌之 帆秋圭司 SIMS,XPS,AESは表面分析の代表的分析方法として認知されているが,水平方向の分 解能特性については,励起種として電子ビームを,測定種として電子を用いるAESが最も 優れているため,AESによる分析では,高い水平方向分解能が要求される.本報では,当 所に設置のFE電子銃タイプのAES分析装置が標準的な分析条件でどの程度の水平分析分 解能を発揮しているかを元素マッピング分析手法によって確認した.その結果,加速電圧 =10.0keV,照射電流=1.0×10 −8A,試料傾斜角度=30゜の最も標準的な分析条件で,50nm 以下の水平方向分解能を保証できることを明らかにした. 1.はじめに 最近の電子デバイス構造の狭小化,機能素子材料 のファイン化等に伴って,関連の材料や素子の表面 分析に要求される分析分解能も更に高くなる傾向に ある.表面分析は電子材料を中心とする機能材料・素 子の研究開発,量産技術に欠かせない基盤技術分野 であり,SIMS(二次イオン質量分析),XPS(X線光 電子分光分析),AES(オージェ電子分光分析)がそ の代表的分析方法として認知されているが,水平方 向の分解能特性については,励起種として電子ビー ムを,測定種として電子を用いるAESが最も優れて いる.そのため,AESによる分析では,高い水平方向 分解能が要求されることが多く,標準的な分析状態 での水平方向分解能を事前に確かめておくことが必 要とされる. 本報では,当所に設置のFE電子銃タイプのAES分 析装置が標準的な分析条件でどの程度の水平分析分 解能を発揮しているかを,元素マッピング分析に よって確認した結果について報告する. 2.AES分析の簡単な原理と当該装置の特徴 AES分析では,励起種として電子ビームを,分析種 としてオージェ電子を用いる.そしてオージェ電子 の励起過程は,図1で模式的に説明される.電子が試 料にあたると,試料の原子のK準位にある電子がイ オン化され,空準位ができる.この空準位を埋めよう と,上のレベルにあるL準位の電子が落ちてくる.こ のレベル間のエネルギーは特性X線として放出され るか,または他のL準位の電子に与えられ,その電子 がオージェ電子として,原子外に放出されるかのど ちらかになる.これらのエネルギーは元素固有の値 となるため,AESではオージェ電子の,EPMAでは特 性X線のエネルギー(または波長)を測定することに よって,構成元素を同定することができる.オージェ 電子のエネルギーE A は式(1)で与えられ,フェルミ準 位を基準としている束縛エネルギーは元素に固有の 値であるので,EA も元素固有の値となり,試料表面 の構成元素分析が行える 1). AES 装置は大きくアナライザの種類によって,高 感度分析が特徴的なCMAタイプと高分解能が特徴的 なCHAタイプに2分できるが,当所に設置のAESは 静電半球型アナライザ(CHA)とFE電子銃を持つ日 本電子(株)製JAMP 7800FS である. EA φ仕事関数 フェルミ準位 EL2,3 L2,3 L1 EK-EL1 K -71- 図1 オージェ電子励起過程の模式図 EA = EK - EL1 - EL2,3 - φ ・・・(1) 平成16年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書 3.実験方法 3.1 分析試料 d 2 2 Ip = ─ 水平方向分解能測定用試料はSUS316Lステンレス 2 π B π a ・・・(2) 鋼粉末に,WC 粉末を重量比でおおよそ 20wt%混合 ここで,Ip : 照射電流 し,パルス通電焼結法で焼結したWC/SUS316L 試料 d : ビーム径 である.試料は焼結後,ダイヤモンド切断によって B : 電子ビーム源輝度 2mm 厚さに切り出した後,#800 までのダイヤモン α : ビーム集束角 ドディスクによる研磨と0.25μm径のダイヤモンド ペーストによる最終仕上げによって鏡面加工状態に LaB6>Wフィラメントとなっている.図3に電子銃 仕上げている.その後,エチルアルコール中で超音波 のタイプ毎の輝度とビーム径の関係 3) を示す.当該 洗浄を600s 間行い,清浄面とした.図2に鏡面研磨 装置はFE電子銃であるので,図中の変曲点に相当す 後の試料状態を二次電子像として示す.図中,暗灰色 る10 -8A が標準的な照射電流値として推奨される. 部がSUS316L を,粒状の明白色部がWCを示す. 3.2 分析条件 4.結果および考察 水平方向の分析分解能は前項の試料を対象とした 図4に高倍率下でのW-MNNの面分析(マッピング) 面分析法によって評価した.分析条件は当該装置の 結果を二次電子像と共に示す.(a)が二次電子像を 最も標準的な条件,すなわち加速電圧=10.0keV,照 −8 (a)の二次電子像によ 射電流=1.0×10 A,試料傾斜角度=30゜とした. (b)がW-MNNの分布を示す. れば,粒径4 μm程度の2つの WC粒子が 200nm 間 一般に,加速電圧や照射電流は水平方向分解能に影 隔で近接しており,2つのWC粒子はそのほぼ中央で 響を与え,加速電圧がより大きくなり,照射電流がよ り小さくなるほど電子ビームを絞りやすくなるため, 幅500nm に渡って結合している.(b)のW-MNN 分 布は(a)の二次電子像とよい対応を示しており, 水平方向分解能は向上する.しかし照射電流を小さ 200nmの間隔で存在する WC 粒子はきれいに分離さ くすればするほど得られるオージェ信号強度が小さ れ,また,中央の幅 500nm に渡って結合している様 くなるため,信号感度の観点からは分析内容にもよ 子も明瞭に観察される.今回の標準的な分析条件,す るが,ある程度の照射電流を必要とする.照射電流Ip なわち加速電圧=10.0keV,照射電流=1.0×10 −8 A, と得られるビーム径d には式(2)の関係があることが 知られている 2).ここで,式中の輝度Bは装置の電子 銃のタイプに依存しており,その値は FE 電子銃> ( ) 図3 電子銃のタイプ毎の輝度とビーム径の関係 図2 分析試料(二次電子像) -72- 平成16年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書 (b)W-MNNの分布 (a)二次電子像 図4 WC粒子/SUS316L 試料の高倍率面分析(マッピング)結果 試料傾斜角度=30゜での水平方向分解能はW-MNN のマッピング結果から50 nm以下程度を満足している と考えられる. 5.おわりに 当所に設置の FE電子銃タイプの AES 分析装置が 標準的な分析条件でどの程度の水平分析分解能を発 揮しているかをWC/SUS316L試料を対象とした元素 マッピング分析手法によって確認した.その結果, 加速電圧=10.0 keV,照射電流=1.0×10 −8 A,試料 傾斜角度=30゜の最も標準的な分析条件で,50nm以 下の水平方向分解能を保証できることを明らかにし た. 参考文献 1) 大西、堀池、吉原 編, “固体表面分析I”, 講談社サ イエンティフィク,p24. 2) 例えば,G.R.Booker, Modern Diffraction and Imaging Techniques in material Science (S. Amelinckx, R.Gevers, G.Remaut and J.Van Landuyt eds.), North Holland (1970). 3) A.Christou, J.Appl. Phys., 47, 5464 (1976). -73-
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