声明文PDF - 兵庫医療問題研究会

声
明
2009(平成21)年4月24日
兵庫医療問題研究会
第1
声明の趣旨
兵庫医療問題研究会は、2007(平成19)年4月10日、神戸地
方裁判所においてなされた加古川市民病院における医療過誤事件に関す
る判決について、複数のインターネットブログ上で、匿名の人々(医師
を名乗る人々も含まれる)が、判決においては認定されていない事実、
さらには訴訟において医療側が主張したこともない事実を、あたかも真
実であるかのように記載して、それを前提に、妥当とはいえない判決批
判が繰り返されていることに鑑み、そのような手法で医療の安全につい
て偏った議論がなされていることを明らかにすると共に、上記医療過誤
事件判決及び医療の安全について、公正な議論がなされることを求めま
す。
第2
1
声明の理由
はじめに
兵庫医療問題研究会(以下「当研究会」という。)は、医療におけ
る人権確立、医療制度の改善、診療レベルの向上、医療事故の再発の
防止、医療被害者の救済等のため、医療過誤裁判を患者側で担当する
弁護士の立場で、医療事故問題に関する情報交換や研究を行い、医療
過誤裁判の困難な壁を克服することを目的として、兵庫県弁護士会所
属弁護士により2000(平成12)年に組織された任意団体です。
当研究会は、2007(平成19)年4月10日、神戸地方裁判所
において判決が言い渡された加古川市民病院における医療過誤事件
(以下「本件」といい、前記判決を「本件判決」という。)について、
遺族の方より相談を受け、弁護士2名にて訴訟の代理人を務めました。
当研究会の所属弁護士が担当した事案について、匿名の人々(医師
を名乗る人々も含まれる)による複数のインターネットブログ上にお
いて、妥当とはいえない判決批判が繰り返されて
おり、医療の安全を
公正に議論する前提を欠く状況を引き起こしかねないことを憂慮し、
司法に携わる弁護士の団体として、上記のとおり意見を表明します。
-1-
2 本件判決の要旨
(1)
本件判決では、急性心筋梗塞患者について医師の転送義務違
反の有無が争われました。本件判決の要旨は以下のとおりです。
(2)
事実経緯について
本件判決で認定された事実経緯は以下のとおりです。
本件が発生したのは、2003(平成15)年3月30日(日曜
日)のことです。
11時30分頃、胸部圧迫感、顔色不良、冷や汗、嘔吐の症状が
出たAさん(64歳男性)は、家族の運転する車で搬送され、12時1
5分ころ加古川市民病院(以下「K病院」)に到着しました。その後、
当直医であるB医師の診察を受けました。なお、当時K病院では、急
性 心 筋 梗 塞 に 対 す る 最 適 な 治 療 法 で あ る P C I ( 経 皮 的 冠 動 脈 再建
術)を行う設備を有していませんでした。
その後、12時30分ころまでに、B医師の指示によりAさんの
心電図検査がなされました。
B医師は、Aさんから胸部圧迫痛が持続していることを聞き、ま
た 心 電 図 の 所 見 か ら 、 1 2 時 3 9 分 ま で に A さ ん が 心 筋 梗 塞 で ある
と判断しました。
B医師は、12時39分、血液検査の指示を出し、12時45分
ころ、Aさんに対し静脈に生理食塩水の点滴を行い静脈路を確保し、
1 3 時 0 3 分 か ら ミ リ ス ロ ー ル ( 血 管 拡 張 剤 ) の 点 滴 を 開 始 し まし
た。
13時10分を過ぎた頃、B医師は、指示していた血液検査とは
別 に 、 簡 易 の 血 液 検 査 で あ る ト ロ ポ ニ ン 検 査 を 自 ら 実 施 し 、 心 筋梗
塞陰性との結果を得ました。
その後も、Aさんの胸部圧迫痛は持続していました。
B医師は、13時40分に血液検査の結果、心筋梗塞を示すマー
カー(トロポニンT、クレアチンホスキナーゼ、乳酸脱水素酵素、ア
ル カ リ ホ ス フ ァ タ ー ゼ ) が 陰 性 で あ る こ と を 確 認 し ま し た が 、 Aさ
ん の 心 筋 梗 塞 の 症 状 が 軽 減 し な い こ と か ら 、 1 3 時 5 0 分 こ ろ 、よ
う や く P C I が 可 能 な 他 の 医 療 機 関 へ A さ ん を 転 送 す る こ と に し、
転送要請を行いました。
専門病院は14時15分に転送受け入れを了承し、14時21分、
被 告 病 院 は 救 急 車 の 出 動 を 要 請 し ま し た 。 1 4 時 2 5 分 に 救 急 隊が
到 着 し 、 1 4 時 3 0 分 に A さ ん を 救 急 隊 の ス ト レ ッ チ ャ ー に 移 そう
-2-
と し た と き 、 A さ ん の 容 体 が 悪 化 し て 心 停 止 に 陥 り 、 1 5 時 3 6分
死亡が確認されました。
なお、死亡までの間に、除細動器による電気的除細動は一度も行
われませんでした。
(3)
転送義務違反について
裁判所は、B医師が、12時39分の時点で、Aさんが急性心筋
梗 塞 で あ る と 判 断 し た こ と 、 急 性 心 筋 梗 塞 の 最 善 の 治 療 法 は P CI
等 再 灌 流 療 法 で あ る こ と か ら 、 判 決 は 、 B 医 師 が で き る か ぎ り 早期
に 再 灌 流 療 法 を 実 施 す る こ と が で き る 近 隣 の 専 門 病 院 に A さ ん を転
送 す べ き 注 意 義 務 を 負 っ て い た と 認 定 し ま し た 。 そ し て 、 調 査 嘱託
( 裁 判 所 か ら 関 係 機 関 に 問 い 合 わ せ を す る 訴 訟 上 の 手 続 ) の 結 果、
近 隣 の 専 門 病 院 で は 、 休 日 の 転 送 受 け 入 れ が 可 能 で あ り 、 受 け 入れ
の 際 に は 、 心 電 図 検 査 の 結 果 以 外 に 血 液 検 査 の 結 果 を 求 め る こ とは
な い 運 用 で あ っ た か ら 、 B 医 師 が 転 送 要 請 す る こ と に 障 害 は な かっ
たと認定しました。
それにも関わらず、B医師は、約70分後の、13時50分に初
め て 転 送 要 請 の 電 話 を し た こ と か ら 、 B 医 師 に は 転 送 義 務 違 反 があ
ると認定しました。
(4) Aさんの死因について
判決は、原告被告双方から提出された医学文献及び、医師による
私 的 鑑 定 意 見 書 ( 原 告 側 、 被 告 側 双 方 の 医 師 と も 心 室 細 動 の 可 能性
が 高 い と の 意 見 ) な ど の 証 拠 か ら 、 A さ ん の 死 因 を 急 性 心 筋 梗 塞の
合 併 症 と し て 発 症 し た 致 死 的 不 整 脈 ( 心 室 細 動 ) で あ る と 認 定 しま
した。
(5)
結論
判決は、B医師に転送義務を尽くさなかった過失があること、も
し 速 や か に 転 送 が 行 わ れ て い れ ば 、 A さ ん を 高 い 確 率 で 救 命 で きて
いたと推認できるとして、原告の損害賠償請求を認めました。
3
本件判決に至る経緯
(1)
提訴に至る経緯
Aさんのご遺族は、当初より訴訟を希望されたわけではありませ
ん 。 訴 訟 外 で の 解 決 を 希 望 さ れ 、 2 0 0 4 ( 平 成 1 6 ) 年 9 月 17
日 付 損 害 賠 償 請 求 書 で 、 K 病 院 を 設 置 ・ 運 営 し て い る 加 古 川 市 に対
して損害賠償の請求をしました。
こ れ に 対 し て 2 0 0 4 ( 平 成 1 6 ) 年 1 0 月 1 9 日 、 加 古 川 市の
-3-
代 理 人 弁 護 士 か ら 、 同 市 の 責 任 は な く 賠 償 に は 応 じ ら れ な い 旨 の回
答がありました。
そのため、ご遺族(原告)は、やむなく2005(平成17)年
5 月 2 日 、 神 戸 地 方 裁 判 所 に 加 古 川 市 を 被 告 と し て 損 害 賠 償 請 求の
訴え(以下「本件訴訟」)を提起しました。
(2)
裁判の経緯
本件訴訟では、原告、被告ともに当初から代理人弁護士が就任し、
十分な主張、立証が行われました。
まず、Aさんの診療記録が被告K病院から、急性心筋梗塞等に関
する医学文献が原告、被告双方から証拠書類として提出されました。
ま た 、 原 告 、 被 告 双 方 か ら 、 考 え ら れ る 全 て の 主 張 を 記 載 さ れた
書 面 が 提 出 さ れ た 後 、 K 病 院 で A さ ん の 診 療 に あ た っ た B 医 師 が証
言しました。
そ の ほ か 、 医 学 的 知 見 に つ い て は 、 原 告 、 被 告 双 方 か ら 、 第 三者
の 立 場 に あ る 医 師 の 作 成 し た 私 的 鑑 定 意 見 書 が そ れ ぞ れ 提 出 さ れま
した。
さらに、本件訴訟では、他の医療機関への速やかな転送が可能だ
っ た か ど う か が 重 要 な 問 題 と な っ て い た た め 、 裁 判 所 か ら 調 査 嘱託
という手続で、K病院周辺でPCI実施が可能な2つの医療機関に、
当 時 、 休 日 に 急 性 心 筋 梗 塞 患 者 の 転 送 要 請 に 応 じ な か っ た 例 が あっ
た か 否 か 、 急 性 心 筋 梗 塞 患 者 の 転 送 受 け 入 れ の 場 合 、 何 ら か の 検査
結 果 を 求 め て い た か 等 に つ い て 照 会 が 行 わ れ ま し た 。 上 記 各 医 療機
関 か ら は 、 当 時 休 日 に 急 性 心 筋 梗 塞 患 者 の 受 け 入 れ 要 請 が あ っ た場
合 に 応 じ な か っ た 例 が な い こ と 、 1 病 院 に つ い て は 転 送 受 け 入 れに
際 し 、 特 に 何 ら の 検 査 結 果 を 求 め な い こ と 、 1 病 院 に つ い て は 心電
図 上 急 性 心 筋 梗 塞 が 明 ら か で あ れ ば 、 血 液 検 査 の 結 果 を 求 め る こと
はないこと、の回答がなされました。
そ し て 、 平 成 1 9 年 1 月 2 3 日 、 審 理 が 終 了 し 、 同 年 4 月 1 0日
判決が言い渡されました。
被 告 の 加 古 川 市 は 、 こ の 判 決 に 控 訴 す る こ と な く 、 同 判 決 は 確定
しました。
(3) 被告の主張とそれに対する判決の認定
転送義務違反について、被告加古川市は次のように主張し ました。
B医師は、12時39分ころに、Aさんが心筋梗塞であると判断
し て か ら 、 1 3 時 5 0 分 に 他 の 医 療 機 関 に 転 送 要 請 を す る ま で 、一
切 転 送 要 請 を 行 わ な か っ た 。 そ し て 、 そ の 理 由 と し て 、 被 告 は 、①
-4-
血 液 検 査 の 結 果 が な け れ ば 、 他 の 医 療 機 関 は 受 け 入 れ を 了 承 し てく
れ な い の で 、 血 液 検 査 の 結 果 が 出 る の を 待 っ て い た 、 ② 臨 床 の 現場
で は 、 急 性 心 筋 梗 塞 の 疑 い の あ る 患 者 に 対 し て 全 例 に お い て 血 液検
査 を 実 施 し て い る 実 情 が あ る か ら 、 B 医 師 が 血 液 検 査 結 果 を 添 えて
専 門 病 院 に 転 送 要 請 す る と す る こ と は 自 然 で あ り 非 難 で き な い 、と
いうものでした。
この被告の主張に対して、判決は、①血液検査では発症後かなり
の 時 間 が 経 っ て か ら で な け れ ば マ ー カ ー が 検 出 さ れ な い の で 、 心筋
梗 塞 発 症 急 性 期 の 血 液 検 査 は 有 用 性 が 低 い こ と は 、 専 門 病 院 も よく
理 解 し て い る こ と 、 本 件 で も 、 受 入 先 病 院 は 、 A さ ん の 血 液 検 査の
結 果 が 陰 性 で あ っ た に も 関 わ ら ず 、 転 送 要 請 を 了 承 し て い る こ とか
ら も 、 血 液 検 査 の 実 施 が 必 須 で あ っ た と 考 え る こ と は 困 難 で あ るこ
と 、 ② 急 性 心 筋 梗 塞 患 者 の 治 療 の た め に は で き る だ け 早 期 の 再 灌流
療 法 の 実 施 が 必 要 で あ り 、 心 筋 梗 塞 急 性 期 の 血 液 検 査 の 診 断 は 意味
が な い こ と か ら 、 被 告 主 張 の よ う な 臨 床 現 場 の 実 情 が あ っ た と して
も 、 患 者 の 救 命 を 第 一 に 考 え な け れ ば な ら な い 立 場 に あ る 医 師 の転
送 義 務 検 討 に 当 た っ て は 、 そ の よ う な 実 情 を 考 慮 す る こ と は 相 当で
はない、として、被告の主張を退けました。
(4)
本件判決に対する評価
本件判決の内容は妥当なものです。それは、遺族の請求が認めら
れたという結果からの評価ではありません。
私 た ち が 、 本 件 判 決 を 妥 当 だ と 評 価 す る の は 、 次 の ① な い し ④の
理由によります。
①
原告だけでなく、被告からも原告の主張に対する反論を含
め、十分な主張が行われています。
②
医学的側面からの主張・立証についても、原告、被告双方
から、医学文献が提出されるとともに、それぞれ別の第三者
医師の私的鑑定意見書が提出されています。
③
事実の認定にあたっても、K病院でAさんの診療にかかわ
り、事実関係にもっとも近い立場にあったB医師が証人とし
て採用され、証人尋問が行われています。B医師は、他の医
療機関にいつ、どのように受入れ要請の連絡をとったのかに
ついても証言しており、本件判決は、転送要請に係る事実経
緯については、B医師の証言内容そのままを事実として認定
しています。
④
当日、転送が可能だったかどうかについて、B医師が当日 、
-5-
「内科における約100名の入院患者と緊急外来患者の診療
を担当しており、多忙であった」ことを認定した上、そのよ
うな状況下で転送要請を行うことができたかどうかを検討し、
転送要請を行った場合、受け入れる(PCI実施可能の)医療機
関があったかどうかについても、調査嘱託をするなどして慎
重に検討しています。
当事者間に争いのある出来事について、紛争を解決するために設
け ら れ て い る 制 度 は い く つ か あ り ま す が 、 日 本 に お い て 民 事 事 件の
最 終 的 な 紛 争 解 決 手 段 は 、 民 事 訴 訟 手 続 ( 民 事 裁 判 ) と い う こ とに
なります。
そもそも民事訴訟手続は、当事者双方が精一杯、自らの知ること、
信 じ る こ と を 主 張 し た う え 、 そ れ を 立 証 す る た め 、 可 能 な 限 り の手
持 ち 証 拠 を 出 し 合 う な か で こ そ 、 も っ と も 真 実 に 接 近 す る こ と がで
きるという経験則に基づいて運営されています。
本件訴訟においても、原告、被告双方によって、そうした主張・
立 証 活 動 が 実 践 さ れ 、 被 告 側 の 申 請 に よ っ て 、 経 過 を 最 も よ く 知る
B 医 師 の 証 人 尋 問 が 行 わ れ る な ど し て 、 真 実 に 迫 る 努 力 が な さ れた
のです。
このように、十分な主張・立証活動を踏まえて認定された事実は、
最も真実に近づいた事実だということができます。
4
判決に対するブログ上での批判
ところが、本件判決に対して、新聞報道がなされた直後から、複
数 の 匿 名 の 人 々 か ら 、 イ ン タ ー ネ ッ ト の ブ ロ グ 上 で 、 概 要 、 以 下の
よ う な 批 判 が 浴 び せ ら れ て い ま す 。 そ の 中 に は 医 師 を 名 乗 る 匿 名の
人々も含まれています。
「内部情報によると、当直医は、5つの近隣病院に次々に転送要
請 を し た が 、 断 ら れ 続 け 、 最 初 に 断 ら れ た 病 院 に も う 一 度 転 送 要請
し 、 よ う や く 受 け 入 れ て も ら っ た 。 そ の 間 に 当 直 医 は 、 家 族 に 経過
を説明していた。」
「問題は、患者さんの搬送先を探すところまでが医師の責任であ
ると、裁判所が一切の情状酌量を認めず全額支払いを命じたこと」
「運悪く転送先が見つからなければ、その医師は有罪が確定す
る。」
「こんなことで転送義務違反に問われるのであれば、救急医療を
続けることはできない。」
-6-
「医師の搬送が遅れたら、患者や弁護士はおいしいと考える。な
んら医学的な論争をせず、結果責任で裁判に勝てるのだから。これ
は、法律のすき間を縫った合法的な錬金術です。」
「本件判決は、医療現場の実情を理解していない。」
「本件判決のせいで、リスクのある患者を受け入れる病院や医師
は存続できなくなってしまう。」
「家族は医師たちができることは一生懸命にすべてやってくれて
いたことがわかってもよさそうなのに。」
「裁判官も、自分の判決でこれからの死人が続出することがわか
ったら、とんでもない判決は減る。」
私たちも、事実に基づいた批判であれば、言論の自由に属する議
論 で あ る し 、 医 療 の 安 全 の た め に 、 広 く 意 見 を 交 換 す る こ と も また
有益であると考えます。
しかし、批判の中で本件判決が認定した事実と異なる事実、それ
ど こ ろ か 被 告 が 裁 判 で 主 張 も し な か っ た 事 実 を 真 実 で あ る と し て、
それを前提とした批判をしているものがあります。
私たちは、上記ブログ上での本件判決が認定した事実と異なる事
実を前提とした批判は、次のような理由から不適切だと考えます。
5
私たちの考え方
(1)
判決で認定された事実と異なる事実を前提として判決批判を
行うのは、判決の正当な評価とは言えません。
特に、B医師が5つの医療機関に次々転送要請を行い断られ続け
た と い う 事 実 は 、 こ れ が あ る か な い か で 、 医 師 の 転 送 義 務 違 反 の有
無 に つ い て の 判 断 は 全 く 異 な っ て く る は ず で す 。 本 件 判 決 で は 、こ
のような事実はなかったと認定されています。
判決で認定されていない事実を前提として批判を行っているブロ
グ 上 の 記 載 の 中 に は 、 本 件 判 決 の 内 容 を 実 際 に 確 認 し な い ま ま 批判
しているとしか考えられないものも少なくありません。
いうまでもなく、積極・消極いずれに評価するにせよ、本件判決
の 内 容 ・ 結 論 を 確 認 し な い ま ま で は 、 評 価 の 名 に 値 し ま せ ん 。 まし
て や そ れ を 多 数 の 人 々 が 閲 覧 で き る イ ン タ ー ネ ッ ト 上 に 掲 載 す るこ
とは不適切です。
(2)
ブログの中で、本件判決の内容を確認した上でも、なお、判
決 が 認 定 し た 事 実 と 異 な る 事 実 を 、 す な わ ち B 医 師 が 複 数 の 医 療機
関 に 次 々 に 転 送 要 請 を 行 い 断 ら れ 続 け た と い う こ と を 真 実 で あ ると
-7-
して記載していると思われるものが見受けられます。
し か し 先 ほ ど 記 載 し た と お り 、 本 件 訴 訟 で は 当 事 者 双 方 の 主 張、
立 証 が 尽 く さ れ 、 こ と に 被 告 側 の 申 請 に よ っ て 、 経 過 を 最 も よ く知
るB医師の証人尋問が行われた上で判決がなされているのです。
こ う し た 審 理 を 経 た に も か か わ ら ず 、 B 医 師 自 身 も 一 言 も 証 言し
て お ら ず 、 全 く 出 て こ な か っ た 事 実 、 す な わ ち B 医 師 が 複 数 の 医療
機 関 に 次 々 に 転 送 要 請 を 行 い 断 ら れ 続 け た と い う 事 実 を あ た か も真
実 で あ る と し て そ れ を 前 提 に 本 件 判 決 を 非 難 し て も 意 味 は あ り ませ
ん。
ブ ロ グ 上 で 記 載 さ れ て い る よ う な 事 実 が 、 も し 真 実 で あ っ た のな
ら 、 B 医 師 に と っ て も 被 告 に と っ て も 、 有 利 な 事 実 で あ る こ と はま
ち が い あ り ま せ ん 。 そ う し た 有 利 な 事 実 に つ い て の 主 張 が 裁 判 の審
理 の 中 で 、 被 告 の 側 か ら 全 く 出 て こ な い と い う こ と は お よ そ 考 えら
れないことです。
そ れ に も か か わ ら ず 、 ブ ロ グ 上 に 、 判 決 が 認 定 し て い な い 事 実を
真 実 と し て 記 載 し 公 表 す る こ と は 、 こ れ ま た 不 適 切 と 言 わ ざ る を得
ません。
(3)
もし、上に指摘したことを十分に認識した上で、それでもな
お 、 本 件 判 決 が 認 定 し た 事 実 と 異 な る 事 実 を 真 実 と し て 記 載 し たの
で あ れ ば 、 意 図 的 に 、 ブ ロ グ の 読 者 を 誤 解 さ せ 、 医 療 事 故 訴 訟 およ
び そ の 判 決 に 対 す る い わ れ な き 非 難 を 煽 ろ う と し て い る も の と 推測
せざるを得ません。
と同時に、その行為は、医療裁判の原告、またその代理人らに対
す る 不 当 な 中 傷 と な り ま す し 、 名 誉 毀 損 に 相 当 す る 行 為 と な り えま
す。
また、いたずらに医師と患者との間の対立を煽り、激化させるこ
と に つ な が り ま す 。 こ れ で は 、 医 療 の 安 全 に つ い て 様 々 な 立 場 から
公 正 か つ 自 由 に 議 論 す る こ と が で き る 土 壌 や 共 通 認 識 を 奪 う 結 果と
なりかねません。
(4)
転送義務違反で医療側が訴訟で敗訴すること自体が、救急医
療 体 制 の 存 続 を 危 う く さ せ る 、 あ る い は 救 急 医 療 体 制 を 支 え て いる
医 師 の や る 気 を 失 わ せ る こ と に な る と い う 批 判 も 妥 当 な も の と はい
えません。
そうした批判は、医療事故被害者が民事訴訟を提起すること自体
を 否 定 す る こ と に つ な が り か ね ず 、 医 療 事 故 で 被 害 に あ っ た と いう
疑 い を も っ た 患 者 あ る い は 遺 族 は 、 当 該 医 療 機 関 側 が 過 誤 を 否 定す
-8-
る と き 、 そ の 審 査 を 求 め る 手 段 を も ち え ず 、 被 害 回 復 の 途 を 一 切閉
ざされてしまうこととになりかねません。
医 療 事 故 で 被 害 に あ っ た と い う 疑 い を も っ た 患 者 あ る い は 遺 族が
何 が 起 こ っ た か を 確 認 し た い 、 被 害 回 復 を 図 り た い と 願 っ て 民 事訴
訟 を 提 起 し 、 裁 判 を 受 け る こ と は 、 憲 法 に も 定 め ら れ て い る 国 民の
正当な権利です。
その正当な権利を行使しようとする医療事故被害者を萎縮させる
ような批判は妥当なものとは言えません。
なお、ブログの記載の中には、刑事裁判手続と民事裁判手続とを
混 同 し て い る と 思 わ れ る も の が 散 見 さ れ ま す 。 こ の 点 、 検 察 官 が訴
追 す る 「 刑 事 裁 判 、 刑 事 訴 訟 手 続 」 と 民 事 訴 訟 手 続 は 全 く 別 の 裁判
制 度 で あ る こ と に 注 意 し な け れ ば な り ま せ ん 。 本 件 訴 訟 は 民 事 訴訟
手続であり、有罪無罪が争われる刑事訴訟手続とは異なります。
6
おわりに
現 在 、 救 急 医 療 体 制 が 大 き な 問 題 を 抱 え て い る こ と 、 そ れ に 携わ
る 医 師 、 と く に 病 院 勤 務 医 師 の 負 担 が 過 重 に な っ て い る こ と は 、私
た ち も 認 識 し て い ま す 。 し か し 、 そ の 問 題 は 医 療 過 誤 訴 訟 で 救 急医
療に携わる医師の責任が認められたから生じたわけではありません。
行 政 の 問 題 、 医 療 側 の 問 題 、 患 者 側 の 問 題 等 が 複 雑 に 絡 み あ う なか
で生じていることを冷静に見ていくべきものです。
必要なとき、安心して受診できる救急医療、医師がやりがいをも
ち、かつ誠実に診療にあたることのできる環境下での救急医療の実
現は、いつなんどき救急医療を必要とするようになるかもしれない
市民にとっての強い願いです。それは医療事故被害者や、私たち代
理人弁護士も例外ではありません。むしろ、医療事故被害者は、自
らが医療事故に遭遇したからこそ、自らの経験を礎にしてでも、安
全でよりよい医療が実現されることを真摯に願っています。
医 療 事 故 被 害 者 の 声 を 聞 き 、 医 療 事 故 に 学 び 、 よ り よ い 医 療 を目
指 す 方 法 が 制 度 化 さ れ る べ き で あ り 、 既 に そ れ を 実 践 し て き た 医療
機 関 も 決 し て 少 な く あ り ま せ ん 。 そ の 意 味 で 、 本 当 に よ り よ い 医療
の た め や 、 安 全 な 医 療 を 求 め て い く た め に は 、 過 誤 事 案 を 真 摯 に検
証することこそ、重要なことだと考えます。
医療事故被害者や、私たち代理人弁護士も、医療はそもそも危険
な面を伴うものであることは理解します。結果が悪ければ何でも責任を
問うものではありません。医療記録を医師の協力を得ながら検討するな
-9-
どして、医療側に落ち度のあった疑いが拭えない場合や、合理的な説明
を受けられない場合など、ほとんどの場合最後の手段として裁判に真実
究明の場を求めているのです。
インターネット上の判決批判については、当研究会も法律家の団
体としてインターネットにおける自由闊達な言論は民主主義社会の健全
な発展のためにも尊重する必要があると考えています。しかし、それは
あくまで真実に基づいたものでなければならないと考えます。判決も認
定せず担当医も証言していない事実を、具体的な裏付けや情報の入手経
路も明らかにしないまま、あたかも真実と主張し、それに基づいて非難
中傷と言われても仕方のない表現態様で、匿名の言論を不特定多数に向
かって発信することは、言論の自由の範囲を逸脱して患者・家族等の名
誉や人格権を侵害する可能性さえあり、大切な言論の自由の自殺になり
かねません。成熟した言論の自由とは何か、今少し冷静に考える必要が
あるのではないでしょうか。
当研究会は、本件判決に対する不当な批判は、決して医療体制を
よくすることにつながるものではなく、むしろ医療側と患者側の対
立を激化させ、医療の安全に向けての発展的な議論を阻害するおそ
れがあるものと考え、あえて本声明を公にするものです。
以上
- 10 -