2008 年 6 月 12 日 担当:池村 聡 事件名:堤人形事件 法分野:著作権法、商標法、不正競争防止法 仙台地方裁判所平成 20 年 1 月 31 日判決(平成 15 年(ワ)683 号) (最高裁 HP http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080411093030.pdf) 【事案の概要】 堤人形の制作家である原告 A 及び A が設立した原告 B が、 「つつみのおひなやっこや」の屋号で堤人形を制作 販売等をする被告 C、D らの行為が、原告 A が堤人形につき有する著作権、 「堤」 「つゝみ」につき有する商標権の 各侵害に該当し、また、不正競争防止法 2 条 1 項 1 号、2 号、4 号、13 号の不正競争行為に該当するとし、堤人形の製 造販売等の差止、損害賠償を求めた事案。 【争点】 (1)著作権侵害の有無(人形の著作物性)、 (2)商標権侵害の有無(商標的使用) (3)不正競争行為の有無(商品等表示としての使用、営業秘密性等) 【争点に対する判断】 (結論:一部認容(人形 5 点につき、製造販売等差止、在庫廃棄) ) (1) 著作権侵害の有無(人形の著作物性) ①従来人形の改良により取得した(最新の)著作権 判決は、 「原告らは、…(中略)…昭和 45 年から平成 19 年までの間に、各堤人形について、それぞれ改良 を加え、最新の著作権を取得したと主張する。…(中略)…既存の著作物に基づいてそのまま機械的に表現し た物及び既存の著作物と同一性を保ちつつこれに多少の修正、増減等を加えた物は、著作権法上、既存の著作 物を有形的に再製した複製物(同法 2 条 1 項 15 号)に該当するから、これらに創作性を認めることはできな い。堤人形は、江戸時代から仙台市堤町で制作されてきた伝統工芸品であり、その品名についても恵比寿大黒 天神等の信仰土偶に由来するものと歌舞伎舞踊、神話、干支等に題材を求めた風俗人形に由来するものとがあ り、先代 E や原告 A が制作した堤人形もこれらに工夫を加えながら改良されてきたものであるということが できる。そうすると、堤人形は、原告らが独自に考案したものではなく、原告らの商品に著作権があるという ためには、高度な創作性が必要となる。 」と述べた上で、原告らが個々の堤人形のどの部分にどのような創作 的表現を施したのか具体的な主張が無いとし、また、従来の伝統工芸品をより精緻な形に整え、鮮やかな彩色 を施した改良行為は、技術的に優れた表現行為かもしれないが同一性の範囲を超えるものではなく、創作性が 認められる余地はないとして著作権侵害を否定した。 ②原告 A、先代 E が原始的に取得した著作権 判決は、堤人形の制作過程(前後 2 枚の土型を使用し、それぞれに粘土を押し付けたものを張り合わせ、型 抜き・整形・乾燥の後、焼成、胡粉で下塗りの後、彩色する) 、美的評価のポイント(①構図②色彩③描彩) を認定した上で、各堤人形(全 23 点)につき、(i)江戸期の堤人形(ii)先代 E の堤人形(iii)原告 A の堤人形を比 較して創作性の有無を検討し、結論として全ての堤人形につき創作性を否定した。 (2) 商標権侵害該当性 判決は、 「登録商標と同一又は類似の商標を商品について使用する第三者に対し、商標権者がその使用の差 止等を請求しうるためには、前記第三者の使用する商標が単に形式的に商品などに表されているだけでは足ら ず、それが、自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていることを要する」とし、 「堤人形」 表示が仙台市堤町で生産された土人形を表す普通名称であると認定した上で、被告 C が店の戸や看板に「堤人 形」 「つつみのおひなっこや」と使用する態様は、客観的には堤人形の販売所、仙台市堤町の雛人形屋である ことを示すに過ぎず、需要者も商品産地(=堤町) 、普通名称(=堤人形) 、店舗種類(=販売所、雛人形屋) を示す表示と認識するに留まり、被告商品の出所が被告 C であることを示す表示とまでは認識しないと認定 し、自他商品の識別機能を果たす態様で使用されていないことを理由に、商標権侵害を否定した。 ※参考: 「つつみのおひなっこや」商標の無効審判請求不成立審決に関する知財高判 H19.4.10 審決取消請求事件(H18 行ケ 10532 号) では、原告の登録商標「堤」 「つゝみ」と「つつみのおひなっこや」の類似性が肯定され、原告の請求が認容されている。 (3) 不正競争該当性 ①不競法 2 条 1 項 1 号(商品等主体混同惹起行為) 、2 号(著名表示冒用行為) 被告の各表示は、いずれも自他商品を識別する機能を果たす態様で使用されていないとし、不競法 2 条 1 項 1 2008 年 6 月 12 日 担当:池村 聡 1 号、2 号該当性を否定した。 ②不競法 2 条 1 項 4 号(営業秘密の不正取得) (i) 堤人形の彩色の原料と方法 判決は、先代 E の元弟子である被告 D が被告 C に対して技術指導を行い、被告 C 所有の人形に彩色を加 えた事実は認められるものの、被告 D が原告 A の使用する筆や原料の購入先を被告 C に教示したり、盗取 して被告 C に渡した事実を認める証拠はなく、被告 D が被告 C 所有の人形に施した彩色は彩色の模様自体 を細かくするものであり、特に営業秘密に該当するものではないとし、彩色の原料と方法を営業秘密とする 主張につき排斥した。 (ii) 堤人形の土型 判決は、 「検証の結果によれば、被告 C の商品である①牛乗天神、②鯉かつぎ(大) 、③福神川越、④恵比 寿大黒鯛かつぎ、 〈21〉政岡は、原告ら商品の型を被告が何らかの方法で盗用して石膏型を作成し…(中略) …それに基づき制作したものであると認めることができる。被告らがどのような方法を用いてこれらの型を 盗用したのかについて、これを認める証拠はないが、不正競争防止法 2 条 1 項 4 号の不正取得行為によって 取得した営業秘密であるということができ、被告 C はこれにより原告らの営業上の利益を侵害するおそれが ある。 」とし、営業秘密の不正取得行為を認定した。 ③2 条 1 項 13 号(品質等誤認惹起行為) 原告 A は、 「宮城県伝統工芸品」の指定は、原告 A のみに与えられたものであり、被告が「宮城県伝統工芸 品」と表示することは、品質等誤認惹起行為に該当すると主張したが、判決は、宮城県伝統工芸品の指定は、 制作家単位ではなく工芸品単位でなされ、指定された工芸品の制作家は、制作した工芸品につき「宮城県伝統 工芸品」と表示できることを理由に、これを排斥した。 【コメント】 ・ 人形の著作物性につき実務上参考になると思われる。 ・ 判決は、人形の「型」につき、不競法 2 条 6 項が規定する要件(①秘密管理性②有用性③非公知性)を何ら具 体的に認定することなく営業秘密の不正取得を肯定しているが、堤人形それ自体は、市場で入手できるもので ある以上、これを元にした「型」の制作も可能であるように思われ、そうであるとすれば、非公知性を欠くこ とにより、そもそも営業秘密性が否定されるべき事案とも解しうる(新・注解不正競争防止法【新版】下 782 頁は、 「…誰でもごく簡単に製品を解析することによって営業秘密を取得できるような場合には、当該製品を 市販したことによって、営業秘密自体を公開したに等しく、非公知性を失うが、リバースエンジニアリングに よっても特殊技術をもって、相当な期間が必要で、誰でも容易に当該情報を知ることができない場合には、製 品の販売をもって営業秘密が公知とはならない」とする。 ) ・ また、 「型」の管理方法如何によっては、秘密管理性の要件についても、問題となりうるように思われる。 以上 2
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