ニュージーランド理解の視聴覚教材データ・ バンクの作成 -中学校「地理的分野」教材開発の原理と実際田 測 五十生 (社会科教育教室) Making a Databank of A-V materials for Understanding New Zealand Abstract Junior high school students imagine N.Z. as juts a sheep country. To correct this stereotyped image of N.Z, the author made some visual materials to give the students other aspects of the country, forcusing on the following points. 1. To make students grasp the outline of N.Z, he used the compared method between N.Z. and Japan. 2. To give the historical backgraund of N.Z, he made a brief chronological table of the developement of the country. 3. To explain why N.Z. people could attain the high productivity of the stockfarming and raising, he introduced some of their efforts. 4. To make students feel intimate to N.Z, he collected some data to show the economic mutual dependency between N.Z. and Japan. Key Word visual materials, understanding New Zealaild 1.はじめに かつて、中学校社会科「坤I射勺分野」の学習で、最も軽視されてきたのはオセアニアであった。 その理由は、学習指導要領が「日本とその諸地域」、 「世界とその諸地域」の順で学習すること を指示し、最後にオセアニア地域が位置づけられていたからである。したがって、教授者の授 業進度により、盗意的取扱いを受け、割愛される場合は、ほとんどがこのオセアニア地域であっ た。またー たとえ学習されても時間不足から、せいぜいオーストラリア大陸の農牧業分布図の 解説に終始するのが常であった。その結果、オセアニアとは牧羊業の盛んな地域というステレ オタイプなイメージのみ定着したというのが実情であったo けれども、昭和52年度の学習指導要領の改訂により、世界地誌の先習が行われるようになっ て、従来の時間不足によるオセアニア軽視の傾向は大きく改善された。しかし、依然として、 問題が残されているのも事実である。それは教科書記述に端的に露呈されるO即ち、オースト ラリアと共にオセアニアを構成する重要地域であるニュージーランド記述があまりにも貧困 なことである。ちなみに、ある教科書では、ニュージーランド記述は次の3行にすぎないので ある。 - 1 - 田 渕 五 十 生 ニュージーランドは、偏西風の影響を受ける西岸海洋性気候ですが、島の西側では降水量 が多く、東側は少なくなります。……フイージーやニュージーランドなどはイギリスの植民 地になり……ニュージーランドでは羊と牛の牧苔が有名です。‥‥‥ このような記述から、はたしてどのようなニュージーランド像が描けるというのであろうか。 筆者は、1987年夏、約−ケ月間、ニュージーランドを訪れ、二軒の家にhomestayをし、彼ら の日常生活の一端に触れることができた。また農場生活を体験したり、フィヨルドやタスマン 氷河等のニュージーランド特有の景観を観察することができた。その結果、従来の一面的ニュー ジーランド像は一変され、多彩にその実像を描くことができるようになった。 本稿は、ニュージーランドの地誌的記述そのものを行おうとするものではなく、いかに豊か なニュージーランド像を中学生に与えるかについて教材開発の視点から論じたものである。ま ず筆者の教材開発の基本的理論および手法を述べ、その具体的教材例を、10枚の資料(データ) に整理した。中学校「地理的分野」学習のデータ・バンクになれば望外の喜びである。 2.「地理的分野」における地誌学習 中学校社会科「地理的分野」の学習は、地域についての学習、即ち地誌学習である。その中 心をなすのは、日本地誌と世界地誌である。そして、世界地誌の場合、ほとんどの教科書が、 アジア、アフリカ、ヨーロッパ、ソ連と東ヨーロッパ、、アングロアメリカ、ラテンアメリカ、 オセアニアという伝統的地域区分を行い、大陸別あるいは国別の地域学習の構成をとっている。 いうまでもなく、地域学習は、その地域の位置、歴史、都市、農村、人口、交通等の地域構 成要素により地域を考察し、その一般的共通性と地域性(個性・特性)を把握することを狙い としている。学習指導要領は、各地域の人々の生活、および地域の特色を、次の四点から考察 することを示唆している。 ア.位置と歴史的背景・……‥各地域の現在の生活様式や地域の特色を把握する手がかりになる もの。探検、開発の歴史、国家の成立、地理的地位の変化など。 ィ.自然の特色………各地域の生活や産業と関係深い自然事象。地形、気候、海洋など。 ウ.住民と生活………各地域の人々の生活、生活様式に見られる特色の理解に関するもの。 住民の民族構成、人口の分布、宗教、文化など。 エ!資源と産業………産業を成立させている地理的条件。資源、産業の分布、主要な産業など。 けれども、上記の全ての構成要素に従って考察することは不可能であり、また、その必要も ない。むしろ、その地域の個性・特性が凝縮されている構成要素を選び考察すべきであろう。 そのような観点から、ニュージーランドに個性を与えている支配的構成要素に則して略述すれ ば、次の三点として整理できるであろう。 ① 位置と自然の特色………南半球に位置する島国で、環太平洋造山帯に属し、複雑な地形 を有している。偏西風と海洋の影響で、年較差の小さい温暖な気候である。 ㊥ 住民構成と歴史的背景=…‥‥ポリネシア系マオリ人の住む島に、18世紀末から英国系植 民者が移住した複合民族国家である。英国的伝統を受け継いだ生活様式を守りながら、ど うマオリ人と共存するかが模索されている。 − 2 − ニュージーランド理解の視聴覚教材データ・バンクの作成 ③ 産業と住民の生活………人口が少なく、生産性の高い農牧業のために、色々な努力や工 夫がなされている。近年、日本と経済的結びつきが強固になっている。 3.ニュージーランド理解の教材化の視点 伝えるべき教育内容を具体的に示すものが教材である。われわれが教材化に際し、まず考慮 するものは、学習者の学習内容に対する認識状態である。では、中学生のニュージーランド認 識はどのようなものであろうか。 現行の社会科カリキュラムでは、中学校になってはじめて世界地誌について学習することに なっている。したがって、学習者には正確なニュージーランド像は与えられていない。また、 日常生活におけるニュージーランド情報も少なく、他の地域の学習と比べ、若干事情が異って いる。というのは、欧米諸国やアジア諸国については、それなりのイメージを描きうる情報が マスコミを通して与えられている。けれどもニュージーランドに対する情報量は質・量ともに 貧困で、中学生にとって、ニュージーランドは心理的にも意識的にも遠い存在である。 また、住民構成についても、英国系白色人種の国という固定観念が強く、先住民族マオリは、 中学生の意識には存在しない。その点、米大陸のインディアン認識と対照的である。このよう なマオリへの認識状態は中学生だけのものではなく、一般的に広く見受けられる現象である。 今でもなお、タスマンやキャプテン・クックがニュージーランドを「発見」したという表現が、 多くのガイドブックに見受けられる。その意味で、欧米中心の植民地史観がそのまま日本で罷 り通っている。 更に、住民の生活や産業についても、牧羊が静かに草を喰む島というイメージのみが定着し、 生産性の高い農牧業を成立させた、人々の努力や営みは、ほとんど知られていない。以上が中 学生のニュージーランドについての認識状態であり、その特徴は、①.既有知識・情報量の絶 対的貧困と、⑧.心理的・意識的疎遠さを指摘することができる。 では、茫漠とした彼らの認識状態に対して、どのような視点から教材作成を行えば、正確か つイメージ豊かなニュージーランド像を与えることができるであろうか。筆者は、次の四つの 視点ないし考察が有効ではないかと考えている。それは、①.比較・対比的考察。⑧.歴史的 考察。③.住民の営みへの注目。④.日本との関係への注目。以下、四点について説明を加え てみたい。 (1)日本との対比を通しての教材化………学習者のイメージしやすい日本を座標軸にして、 ニュージーランドの特性を考察する。位置、気候、国土、人口等、日本と対比すれば、学 習者のニュージーランド像は明確になるであろう。(d a t e.1,2) (2)歴史的理解を助ける教材化…‥・ニュージーランドの現代の課題は、英国風の生活を守 りながら、マオリ系住民とどう共存するかということである。その歴史的経緯を理解させ る資料や略年表は必要であろう。長い歴史を持つ欧亜諸国と比べ、国家成立に至る時間的 スパンは短かく、中学生にも理解可能である。(d a t e.3,4,5,6) (3)住民の営みに注目した教材化‥‥‥…ニュージーランドでは、世界有数の労動生産性の高 い農牧業が行われている。そのような産業構造を成立させた要因を、単に自然条件におい てのみ考察するのではなく、住民の努力や工夫という人間の営みに注目させたい。それ − 3 − 田 渕 五 十 生 が、そこに住む人々の顔が浮び上ってくる地理学習の要諦であろう。(d a t e.7,8) (4)日本との関係に注目した教材化……‥ヰウィフルーツ、玉ネギ、カボチャ等、われわれ の胃袋は即にニュージーランドを知っている。ただ、それが意識されていないだけである。 したがって、経済交流や相互依存関係の実態を示す資料を提示することは、そのような心 理的・意識的距離を埋める有効な方法であろう。「事実が教材である」という原則を再確 認したい。(d a t e.9,10) 以上の四つの視点に即して開発・作成したのが次に示すd a t elからda t elOまでの資 料である。ニュージーランド学習のデータ・バンクとして、どの教育現場でも使用できるもの と確信している。以下、各データ一に即して若干の解説を加えてみたい。 4.ニュージーランド理解のデータ・パンク d a t al.ニュージーランドの位置 −日本との対比を通して− 一 4 − ニュージーランド理解の視聴覚教材データ・バンクの作成 d a t a2.ニュージーランドの気候 −オークランドと東京の対比を通して− ℃ N.Z.は日本と同緯度に 30もかかわらず非常に温暖であ /′ { \ \ 20る。オークランドの場合、寒 10くても東京の3月下旬、暑く ても5月上旬の気候で西岸海 一/ \ 洋性気候に属し、年較差が小 さい。そこから偏西風の影響 ℡l l オ l 1 ク 年乎ナ _ ∃′ t温L メ 年降ノ k j_ り I [ l _ l l_ l■ /ド について考えさせたい。 東京 15. 0℃ 年 、均気温 15. 3℃ 124 7m皿 年 1460 皿 m 水鞋 d a t a3.ニュージーランド史略年表 −日本史との対比を適して− 「’ ̄ ̄ ニュージーランド史 日 本 史 l 9tt堵己頃 ポリネシア系住民渡来。(第一次) 平 安 時 代 初 期 13t鞍紀中頃 マオリ族、東ポリネシアより渡来。(第二次) 鎌 倉 時 代 中 頃 オランダ人、アペル・タスマン到着。 江 戸 幕 府 鎖 国 政 策 の 1642年 完 成 ( 1 6 3 9 ) 1769年 18世紀末まで イギリス人、ジェームス・クック到着、地図完成 田 沼 時 代 前 後 ヨーロッパ人渡来(捕鯨、カウリ材) 1839年 イギリス人宣教師、羊をもたらす。牧羊の開始。 1840年 マオリ系住民との問にワイタンギ条約締結し、英 天 保 の 改 革 前 後 領植民地となる。 1850年 1860∼72年 クライストチャーチ建設 マオリ戦争起こり、マオリは英軍に敗北する。 1880年代 冷凍船の発明(肉輸送が可能) 1907年 英自治領となる。 ペ リ ー の 黒 船 来 航 幕 末 、 明 治 維 新 前 後 の 頃 ポ ー ツ マ ス 集 約 後 1914∼18年l第一次世界大戦に英軍として参戦0 − 5 − 田 渕 五 十 生 d a t a4.ワイタンギ条約記念館・記念柱 1840年2月6日、オークランド北方250kmBay ofIslandのワイタンギのイギリス総督の 邸宅前庭で、英国政府とマオリ族酋長約50人の間に条約が結ばれた。この条約で、マオリ族は 英国の主権を認めるかわりに、英国民として権利と義務が与えられ、土地所有の権利が認めら れた。けれどもマオリ族の土地は、その後イギリス系植民者により収奪されていった。現在そ の締結地に、マオリ族連合旗とユニオンジャックを左右に配したニュージーランド国旗掲揚記 念柱が立てられている。左は条約記念館で、右はその記念柱である。 ー 6 − ニュージーランド理解の視聴覚教材データ・バンクの作成 d a t85.ニュージーランド紙幣 d a t a6.学校指定ノートの表紙 ニュージーランド人の新しいアイデ ンティーが現在模索されている。それ は住民の約一割を占めるマオリ系住民 との共存である。70年代になって、学 校教育でマオリ言吾が学習されるように なった。これは、学校指定の学習ノー トの表紙であるが、マオリ族の栄光の 戦闘カヌーの図象がデザインしてある。 複合民族国家を志向する教育の一つの 営為である。 田 渕 五 十 生 d a t a7.ニュージーランドの主要輸出品(1984年) d a t a8.人国カード 入国時ここにスタンプを押されますも ニュージーランドの主要産業は農牧 業である。人々はその産業を盛んにす るため、色々な工夫や努力を行ってい る。この人国カードは、農牧業の敵、 病原菌や疫病を防ぐための細心の注意 を示す典型教材となるであろう。入国 崇㌢だ悪霊詣㌫豊訂,完,10豊○ カードそのものは英文部分のみである D°y°uh附t油youこ 裸のもの◆おけらで丁か7 が、日本人に記入しやすいように日本 ■一もの 語訳の練習カードが機内で配られる。 憲慧懇意整数豊、え○豊O これはそのカードである。 泥のついている自動車やゴルフクラ 蛋弾む叉、▲○芯○ の人国カードには「過去1ケ月以内に 憲‡芸芸芸;告・▲○漂○ m亀慮な∽ ■■(どん¢眺tの心打でU 疇闘■■.41表■品甘 ■l■輌叫. 藍憲憲謡鵬豊、▲○豊O ultd■叫■tれ■dh■叫■ 霹渠買ニ:ニ∽ 豊・▲○訂○ キナン1■山スけ−、スポーツt▲、■■事匁と 憲:窯窯莞窯魚,豊、▲○豊○ 軸■l°岬 °cc騨鋤l■脚 ■■ ブのチェックは非常に厳しい。またこ 農場に行ったことがありますか?」と いう質問がある。 ニュージーランド理解の視聴覚教材データ・バンクの作成 d a t a g.ニュージーランドの貿易相手国とその変化 d a t alO.ニュージーランドの主要輸出品(1984年) アルミニウム地金 野 菜 ・ 果 実 羊 毛  ̄ . 肉 頓■書■書■SS■ 魚 介 類. _ 製紙用 パ ル プ− . 酪 農 製 品  ̄ (単位万ドル『通商白書 昭和62年度版』より作成) 意外なのはアルミニウム地金であろう。オーストラリアからボーキサイトを輸入し、豊富な 電力で地金(インゴット)に加工する。南島のニュージーランドアルプスの積雪は、いわば天 然の電源ダムの役割を果している。野菜・果実についていえば、キウィフルーツの86%、およ び冬期のカボチャの大半はN.Z.産である。また玉ネギも年間約11万t輸入されている。こ れらは、日本の商社により、エビスナンキンや泉州玉ネギの種が導入され、委託契約されてい る。 一 9 − 田 渕 五 十 生 5.課 題 教材開発と授業構成は密接不可分であるが、両者は別の次元の問題である。紹介したデーター を、そのまま提示しても、真の意味での授業にはなりえないであろう。たしかに、生徒のニュー ジーランド像は多彩になるかもしれない。けれども、われわれが、中学校「地理的分野」の指 導を通して育てようとするものは、「地理的な見方や考え方の基礎」なのである。これらの教 材は、生徒の思考を誘発する教授者の発問に則して、提示されなければならない。筆者自身、 未だ授業構成に到っていない。実際に授業構成を行い、複数の教室で実験授業を試み、その実 証的報告を後日行いたいと思っている。 参考文献 @ Keith Sinclair 才一 ′′′ “A Short History “A Destlny of New.Zealand”penguin Apart−∼New Zealand’s Search Books1980 for National 主dentity”Allen&Unwin,1986. ③ MichaelKing “Maori−−Aphotographic and SocialHistory−” Heinemann1983. (り 地引嘉博 (参 森 祐二 『現代ニュージーランド』 サイマル出版会1986年 『日本を襲う外国青果物』 家の光協会1987年 ⑥ 通商産業省 『通商白書』 昭和62年度版 ⑦ 文部省 『中学校指導書 社全編』 大阪書籍1978年 ⑧ 社会認識教育学全編 『中等社会科教育学』 第一学習社1979年 ㊥ 町田・篠田編 『地理教育の理論』(社会科地理教育講座1) 明治図書1984年 ー10 −
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