カー・ロボティクス概説

カー・ロボティクス概説
東京農工大学 永井正夫
1.予防安全技術
まず、図1に示すように車両の予防安全技術の現状について説明する。パッシブセーフティ(Passive
Safety)は衝突安全と同義語であり,事故が防げなくて衝突してしまった場合に被害を軽減する技術と位置
づけられる.この逆の概念がアクティブセーフティ(Active Safety)で,事故に至らないように未然に事故
を防ぐ技術であり,予防安全(Preventive Safety)とほぼ同義語である.衝突直前安全はプレクラッシュセ
ーフティ(Pre-Crash Safety)とも呼ばれる.アクティブセーフティ技術は,狭い意味では危険から緊急回
避させる車両技術と理解することもあるが,より広く解釈して,通常走行時の安全技術から事故直前の予防
安全技術までを総称して扱うこともできる.
ロボットと違って自動車は移動速度が高いため衝突時のダメージは桁外れに大きい.概算をしてみると,
衝突時の運動エネルギーは速度の二乗に比例するため,時速 6 キロ以下の車椅子が壁にぶつかる時と,時速
60 キロで自動車がぶつかる時とでは,速度の二乗比で 100 倍,質量比 10 倍とすると合計 1000 倍の運動エ
ネルギーの差となる.従来の衝突安全技術はこの衝突時エネルギーを如何に吸収するかであった.
近年,PCS(Pre-Crash Safety)という一種の自動ブレーキ装置が開発されているが,これは衝突が避けられ
ないと判断した時に「予想される衝突速度」を低下させて,被害を軽減させる衝突被害軽減ブレーキ
(Collision Mitigation System, CMS)である.追突による犠牲者の被害を大幅に削減することが期待さ
れる.特に大型車による追突事故は普通乗用車にとっては脅威であり被害は大きいため,この種の安全シス
テムの普及は必須と考えている.
2.自動運転・運転支援
車両に搭載したセンサを利用してドライバの運転を支援する自律型運転支援システムが開発されている.
ドライバ・自動車系における運転支援システムの位置付けを図に示す.車間距離自動維持運転システム ACC
(Adaptive Cruise Control)と車線維持支援装置 LKAS (Lane Keeping Assist System) である.これらは,
ドライバの運転負荷を軽減させることを目的とし,ドライバが普段の運転において行っている運転操作の一
部を自動化していると考えることができ,ドライバの操作を手助けしているとも解釈できる装置である.制
御までするまでもなく,前車に接近し過ぎたり,車線から逸脱しそうになった時に警報を出すシステムとセ
ットで実現している.
0
衝突までの時間 [s]
危険が顕在化していない
危険が顕在化している
衝突が
避けられない
事故発生
Crash
プリクラッシュ
セーフティ
(Pre‐Crash Safety)
アクティブセーフティ
(Active Safety)
情報提供
追突警報
周辺視界情報提供装置
車線逸脱警報
車間距離自動維持支援(ACC)
車線維持支援装置 (LKAS)
横すべり防止装置(ESC)
アクティブ4WS
衝突被害軽減
ブレーキ
統合制御(VDIM)
ABS
Brake Assist
図 1 予防安全技術の現状
衝突安全システム
(Passive Safety)
シートベルト
エアバッグ
衝撃吸収車体
3.車両の運動制御技術
自動車の基本性能は「走る,曲がる,止まる」と言われるように,自ら駆動源を持ちドライバの意思に従
って自由に移動する乗り物である.ドライバ・自動車系における車両運動制御の位置付けを図 2 に示す.車
両運動を制御する目的は,この基本性能の限界を向上させたり,ドライバの運転意図に忠実に操作できるよ
うに車両応答性を向上させることである.
車輪の滑りを抑制する ABS(Anti-lock Braking System)やブレーキアシスト(Brake Assist, BA)はブレー
キペダルの急操作において最大のブレーキ力と走行安定性を維持する技術であり,ドライバ操作による危険
回避能力を高める支援システムと位置づけられる.最近では,ESC (Electronic Stability Control) と略号が
統一される車体横滑り防止装置が,米国で義務付けられたことを契機として急速に普及し始めている.この
技術も,車体の走行安定性が損なわれないように横滑りを抑えることにより,ドライバの危険回避を支援す
る技術といえる.運動力学的にはタイヤの性能限界に近い非線形領域での制御である.
危険が直接差し迫っていないが,危険な状態に陥らないように支援する技術というものがある.四輪操舵
4WS (Four Wheel Steering) は,急な操舵によってもふらつくことなく衝突を回避できる装置であり,操
縦安定性を向上するシステムである.
運動力学的にはタイヤの線形領域において効果を発揮する制御である.
この線形領域と非線形領域の安全特性をシームレスにつなぐ技術として,車両運動統合制御システム
(Vehicle Dynamics Integrated Management, VDIM)が開発されている.
前後運動制御(加速)
トラクションコントロールシステム (第4章)
Traction Control System (TCS)
走る
車間距離自動追従制御系 (第8章)
Adaptive Cruise Control (ACC)
横運動制御
曲がる
止まる
直接ヨーモーメント制御系 (第5章)
Direct Yaw Moment Control (DYC)
前輪アクティブ操舵制御系 (第6章)
Active Front Steering (AFS)
車線自動追従制御系(第7章)
Automatic Lane Keeping System (LKS)
経路自動追従制御系(第9章)
Path Tracking Control System
障害物回避のための自動操舵(第10章)
Obstacle Avoidance by Auto‐Steering Maneuver
前後運動制御(減速)
障害物回避のための自動ブレーキ(第10章)
Obstacle Avoidance by Auto‐Braking Maneuver
図2 「カー・ロボティクス」各章の車両運動制御システム
参考図書
永井・ポンサトーン、
「カー・ロボティクス」
、ZMP パブリッシング