第3章 欧州の自動車産業の動向と産学官連携

第3章
欧州の自動車産業の動向と産学官連携、
自動車クラスターの取組み(欧州調査結果)
[第3章 要旨]
・中国地域自動車クラスターでは、09 年 9 月、欧州における産学官連携や次世代技術の動
向調査と国際展開に向けた地域技術のPRを主な目的に、中国経済産業局、広島県、広島
市等が連携して欧州での現地調査・技術展示会を実施する「欧州プロジェクト」を実施し
た。
・欧州の自動車メーカーは、ディーゼル・ハイブリッド・電気自動車・燃料電池車など環境
性能の高い自動車の開発・量産に向けて積極的に取り組んでいる。フランクフルトモータ
ーショーでも自動車の燃費・CO2 排出量を各展示車に掲示し、環境性能をアピールしてい
た。
・EUあるいは欧州各国政府の積極的な支援姿勢を背景として、世界レベルで開発競争が激
化している次世代自動車に関連する様々な分野において、産学官が共同しての開発・研究
が活発に行なわれている。
・自動車産業に関連した分野での産学官連携・産業支援施策について、日本と欧州では産業・
大学・地域行政などの歴史、取り巻く環境等に大きな違いがあるため、単純に産学官連携
の在り方を比較することはできないが、欧州における次のような事例は、今後の地域にお
ける産学官連携・産業支援施策を推進していく上での参考となり得る。
①フラウンホーファー研究機構に代表される大学と産業を結ぶ応用研究機関の重要性
②開発力強化・人材確保に向けて大学を有効活用している企業の戦略
③主導的に企業との共同開発や人材育成プログラム開発を行っている大学の姿勢
④産業支援機関が展開している国際的な活動
・欧州プロジェクトにおける調査団メンバーに全体を通じての感想を尋ねると、産学連携に
関しては、「国をあげての戦略的推進活動や企業活動に広く目を向けた大学の精力的な対
応等の努力」や「企業の取り組みに直結したフラウンホーファーのような研究機関の存在」
が印象に残ったとのコメントが聞かれた。
・また、ソフトウェアの品質向上や規格・標準化については、「専門の研究機関等が規格に
本気で対応している」ことが確認できたとのコメントもある。
・自動車産業の動向については、高い技術を有する欧州の完成車メーカーが、これまでのエ
コカー分野での日本メーカーからの遅れを取り戻すべく、「次世代自動車の目前の量産に
向けて業界全体が動いている」ことを実感したとの感想が聞かれた。
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Ⅰ.中国地域自動車クラスター欧州プロジェクトの概要
1.欧州プロジェクトの目的
(自動車の電子化に係る欧州産学官連携調査、産業動向調査、地域発自動車部品販路開拓事業)
中国地域では、軽量化、電子化など自動車技術の大きな変化を踏まえ、地域の基幹産業であ
る自動車関連産業の競争力強化を図るため「中国地域自動車クラスター」を形成し、次世代自
動車技術のイノベーションの創出、グローバル市場への対応を推進している。
広島地域では、08 年 7 月にカーエレクトロニクス推進センターが設立され、自動車に関連す
る共同研究・人材育成事業などが地域の大学等と連携して実施されている。このほか、岡山県
では岡山県次世代自動車関連技術研究会(08 年 7 月)、鳥取県では自動車部品機能構造研究会(09
年 7 月)、鳥取県エコカー研究会(10 年 1 月)が立ち上げられており、こうした組織相互の連携
も強まっている。
こうしたなかで、09 年 9 月、欧州における産学官連携や次世代技術の動向調査と国際展開に
向けた地域技術のPRを主な目的に(図表3−1)
、中国経済産業局、広島県、広島市などが連
携して欧州での現地調査・技術展示会を実施する「欧州プロジェクト」を実施した。
今回の欧州プロジェクトでは、ドイツ・フランスの自動車関連企業、自動車産業の振興に取
り組む行政機関・大学あるいはフランクフルトモーターショーなどを訪問した(日程:09 年 9
月 17 日から 9 月 24 日)
。
図表3−1
中国地域自動車クラスターの欧州プロジェクト(2009 年)の目的
①欧州における産学官連携研究の在り方調査
(中国経済産業局
自動車の電子化に係る欧州産学官連携と地域産業振興調査
[本調査]
)
②高機能樹脂を中心とした機能統合モジュールの技術展示・商談会の開催
(財団法人 貿易研修センター 国際経済産業交流事業、広島市 自動車部品関連産業欧州展示会事業)
③フランクフルトモーターショーでの先進自動車調査
④広島県の企業誘致欧州セミナー・企業技術交流会との協働
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2.欧州プロジェクトの訪問概要
(1)訪問先
調査訪問先は、ドイツ・フランス国内のフォルクスワーゲン、ダイムラー、PSA、BMW、
ボッシュなどの企業のほか、ミュンヘン工科大学・フラウンホーファー研究機構などの研究機
関、アルザス次世代自動車クラスターなどの産業支援機関ほかである。技術展示・商談会や技術
交流会は、ハノーバー市ほか 4 カ所で開催した(図表3−1、3−2)。
図表3−2
欧州プロジェクト訪問先
【ハノーバー、ウォルフスブルグ周辺】
●フォルクスワーゲン
●ハノーバーインパルス
★技術展示・商談会
等
【フランクフルト周辺】
●フランクフルト・モーターショー
●マツダヨーロッパ R&D センター(MME)
●ダルムシュタット工科大学、
フラウンホーファーIGD
●コスタル
ドイツ
【ミュンヘン周辺】
●BMW
●アウディ
●ミュンヘン工科大学
(INI.TUM)
★技術展示・商談会
フランス
【ストラスブール、ミュールーズ周辺】
●東フランス プラスチック成型加工クラスター
●モゼール県 開発局
●アルザス次世代自動車クラスター、
オート・アルザス大学
●スマート(smart)
●PSAプジョーシトロエン
★技術展示・商談会
【シュトゥットガルト周辺】
●ダイムラー
●ボッシュ
●フラウンホーファーIESE
★広島県 企業誘致セミナー、企業・
技術交流会
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図表3−3
欧州プロジェクト訪問先一覧
分類
完成車メーカー
訪問先名
① ォルクスワーゲン、②スマート(smart)
、③PSAプジョーシトロエン、
④ダイムラー、⑤BMW、⑥アウディ
部品メーカー
①ボッシュ、②コスタル
研究機関
①ダルムシュタット工科大学、②フラウンホーファーIGD、
③マツダ ヨーロッパ R&Dセンター、④フラウンホーファーIESE、
⑤オート・アルザス大学、⑥ミュンヘン工科大学(INI.TUM)
産業支援機関(行政)
①ハノーバーインパルス、②アルザス次世代自動車クラスター、
③モゼール県
技術展示・商談会
開発局、④東フランス
プラスチック成型加工クラスター
①ハノーバー(商工会議所)、②ミュールーズ(オート・アルザス大学)、
③ミュンヘン(ホテルルネッサンス)
企業・技術交流会
①シュトゥットガルド(バーデンビュルデンベルグ州
その他
①フランクフルトモーターショー
国際経済協力会議所)
2009、②ミュールーズ国立自動車博物館
(2)訪問メンバー
訪問メンバーは、中国地域の自動車関連企業の担当者や大学教員、産業振興に関係する行政
機関担当者など計28名(図表3−4)
。
図表3−4
組織名
(株) A&M
(株)アイエス[アイエム(株)]
(株)石井表記
シーコム(株)
ダイキョーニシカワ(株)
長沼商事(株)
(株)ヒロタニ
ヒロテック ヨーロッパ
マツダ(株)
近畿大学
東北学院大学
広島市立大学
広島大学
山口大学
(財)ひろしま産業振興振興機構
(社)中国地域ニュービジネス協議会
(独)中小企業基盤整備機構中国支部
広島県
広島市
中国経済産業局
中国新聞社
(財)ひろぎん経済研究所
通訳
欧州プロジェクトの訪問メンバー
役職
取締役
代表取締役
常務取締役 表面処理事業本部長
代表取締役、専務取締役
R&D センター センター長、外装開発 Gr マネージャー
電装部品営業部長
企画課 マネージャー、開発2課 マネージャー
係長
車両システム開発部 アシスタントマネージャー
工学部 知能機械工学科 教授
経営学部 准教授
大学院情報科学研究科 教授
総合科学研究科 准教授
経済学部 教授
カーエレクトロニクス推進センター センター長
チーフコーディネーター
高機能樹脂開発プロジェクト プロジェクトマネージャー
商工労働局 国際ビジネス室 主任
経済局 地域産業支援課 主幹、主事
地域経済部 次世代中核産業クラスター担当 課長補佐
編集局 経済部 記者
経済調査部 主任研究員
2名
訪問メンバーの一行
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Ⅱ.自動車関連企業の動向(訪問調査結果)
以下では、欧州プロジェクトでの訪問先の概要・取り組みを簡単に紹介する。なお、欧州自
動車メーカーのモジュール戦略について、調査に参加いただいた本検討委員会の岩城副委員長
(
(財)ひろしま産業振興機構 カーエレクトロニクス推進センター センター長、東北学院大学
経営学部目代准教授)のレポート(共著)を巻末に参考資料として掲載している。
1.自動車メーカー
(1)フォルクスワーゲン(09.9.17 ドイツ ウォルフスブルグ工場、オートシュタット)
a.訪問先の概要
フォルクスワーゲンのウォルフスブルグ工場は 1 日 3,400 台の生産能力を有する。生産車種
はゴルフ、トゥーランなど。1938 年に建設された歴史ある工場だが、ロボットを積極的に導入。
主なモジュールには、コックピットモジュール、フロントエンドモジュール、ドアモジュー
ル、サンルーフモジュール、ドライブモジュール、プラスチックモジュール(ラジオ・ワイ
ヤ等)
、インパネモジュールの7つがある。
本社隣にオートシュタットというテーマパークを建設。開発拠点・生産工場とパビリオン、
新車ショールーム、レストランやホテル「リッツ・カールトン」などが併設されている。
テーマパビリオンなどで企業としての環境への取組みを発信したり、教育機関と連携して子
供のものづくり教室などに取り組んでいる。
また、毎日ここオートシュタットには 50 組以上の顧客(ドイツ国内で自動車を購入した人の
1/4 程度)が車を引取りに来る。自動車の受け渡しを人生の大きなセレモニーに仕立て、フォ
ルクスワーゲンのファン(ファミリー)を増やす取組み。
フォルクスワーゲン ウォルフスブルグ工場の全景
引き渡す新車を一時保管するパーキングタワー
産学連携は様々な大学と行っている。例えば、ドレスデン大学にはキャリアシステムの開発
などを依頼した。大学との共同開発の評価は総じて高い。
次世代自動車では、2010 年に HV を市販するほか、EV・PHV の開発にも取り組んでいる。
注力しているのが「ブルーモーション」という低燃費車シリーズ。高効率のディーゼルエン
ジンにアイドリングストップ機能等を組み合わせ、HV に劣らない低燃費を実現。09 年 11
月からパサート、ポロ、ゴルフなどで同シリーズが順次市販される予定。
子供のものづくり教室のためのスペースを設置
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b.フォルクスワーゲンの環境対応自動車技術への取組み状況(新聞報道等より)
①ハイブリッド
09 年 2 月、2010 年後半をめどに高級SUV「トゥアレグ」にHV仕様を設定することを表
明。現行車よりも 20%燃費を向上させるほか、HVとしては世界で初めて 3.5 トンの重量物
の牽引を可能にする。
②プラグインハイブリッド
2010 年までに開発することを表明しており、ドイツ政府も多額の支援を行っている。
プラグインハイブリッド車用のドライブトレイン「Twin
Drive」を開発し、これを搭載し
たゴルフの実証テストを 2010 年までに実施する計画。
ドイツ政府は、2012 年までに国内自動車メーカーがプラグインハイブリッド車を開発でき
るよう支援プログラムを発表している。政府首脳は、ドイツ国内を走るハイブリッド車の台
2020 年までに 100 万台、
2030 年までに 1,000 万台に増やすことができるとコメント。
数を、
③電気自動車
電気自動車の開発を強化しており、三洋電機(リチウムイオンバッテリー、08 年発表)、東芝
(電気パワートレーン等、09 年発表)、中国BYD(リチウムイオンバッテリーを活用した EV,
ハイブリッド、09 年発表)など、世界の有力関連企業と相次いで提携している。
④燃料電池車
中国製の「パサート Lingyu」をベースとした燃料電池車で、09 年にカリフォルニア州の実
証実験に参加。同車は 08 年の北京オリンピックに公式車両として投入され、約 8 万㎞をト
ラブルなしで走行した実績がある。
⑤ブルーモーション
フォルクスワーゲンは、環境にやさしい(燃費など環境性能が突出して高い)エンジン搭載
車を「ブルーモーション」シリーズとして展開している。
新型ポロ用のブルーモーションは、欧州複合モード燃費 30.3km/L、CO2 排出量 87g/km と
いう世界トップレベルの環境性能を目指している。
ブルーモーションシリーズの「トゥアレグ」は、アイドリングストップ機能や回生ブレーキ
で燃費を向上させ、SCR(選択触媒還元)などにより、排出ガス中の NOX(窒素酸化物)を低減
させている。
フランクフルトモーターショー09 で
数多く展示されていた「ブルーモーションシリーズ」
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(2)smart(09.9.21 フランス ハンバッハ工場)
a.訪問先の概要
スマート(smart)は、ドイツ・ベーブリンゲンを本部とし、主に小型車を製造・販売
する自動車メーカー・自動車ブランドである。ダイムラーAG の完全子会社。
ハンバッハ工場の操業開始は 1998 年、工場面積は 70 ヘクタールで、従業員数 1,600 名。
構内同居型の代表的工場で、8 つのシステム・パートナーが工場内に立地している。
工場(十字型)の中央には、
”Market Place”と呼ばれる、補修スペース兼管理棟がある。1 階
が補修スペースで、従業員や工場見学者から出荷前の車の状態が見えるようになっている。
補修(Retouch)があるのはメーカーとしては恥ずかしいことだが、顧客に対してsmartの
品質へのこだわりを見せると同時に、
従業員の気持ちを引き締めるという意図を持っている。
研究開発、製品開発、マーケティングはダイムラーが行い、smartは製造を担当。
作業者はチーム単位でローテーションしている。現在は、失業対策(失業率 9%)もあり、
手作業の工程を多めにしている。
十字型のsmart ハンバッハ工場の全景
SMART:最終組み立て及び塗装(Powder paint)
システム・パートナー
MAGNA:Safety Body Frameの溶接
Chassis
Communication Center
Plastal:樹脂製ボディパネルの成形
SMART MALL
Continental:コックピットの組立、車体への組み付け
MAGNA:ドア、テールゲートの組立
Thyssen-Krupp:ドライブトレーンの組立
物流会社
MLT:SMART center への完成車の物流
Panopa:小型部品、標準部品(ボルト等)の物流
SMART Paint shop
MAGNA Chassis
ボディーフレームの塗装
ボディフレームの溶接
Thyssen-Krupp
MLT
Continental
PVZ
リアモジュールの
組立・供給
インパネの車
体組み付け
コンベヤーブリッジ
出荷
ドライブトレイン組み付け
Panopa
検査ライン
リアバンパ
&フェンダ
取り付け
コンベヤーブリッジ
Plastal
ドア
取り付
Marriage Wing
シート
取り付
ルーフ
取り付
ウィンドシー
ル取り付け
MAGNA
リアバンパーと Doors
リアフェンダーの
Sub Asssembly
コンベヤーブリッジ
Panopa
(ボルト、ナットな
どの標準部品の
物流)
タイヤ
モジュー
Wing 2000
(資料)目代武史(2010)「欧州自動車メーカーのモジュール
戦略の実態調査」『経済学論集(東北学院大学)』第 172 号
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ハイテン材の使用率は、旧型では 40%であったが、新モデルでは 50%となっている。
フロントエンドは、旧モデルではモジュール化していたが、現在の新モデルではバラ組みし
ている。
smartはガソリン車とディーゼル車の両方がある。将来的に HV、EV の投入を予定。
2012 年にリチウムイオンバッテリー搭載の EV を発売する予定。バッテリのサプライヤーは
米国のテスラモーターズ(Tesla Motors)
。
工場のシンボルとなっている自動車タワー
b.smartの環境対応自動車技術への取組み状況(新聞報道等より)
①マイルドハイブリッド(アイドリングストップ)
08 年に、アイドリングストップ機構を備えた「smart for two mhd(スマートフォーツー マイクロハイブリッド
ドライブ[Micro Hybrid Drive]」を発売。
「smart for two mhd」は、ガソリンエンジンに、アイドリングストップ機構を組み合わせ、
低燃費化を図ったモデル。同社はこれをマイルドハイブリッド(=mhd)として展開してい
る。
ハイブリッドの名が付くが駆動モーターを備えているわけでなく、搭載するのはスターター
モーターのみ。ブレーキを踏み、時速 8km 以下になると自動的にエンジンが停止し、燃料
消費を抑制する。再スタート時はブレーキから足を放すだけでエンジンが始動するようにな
っている。これにより燃費は 8%ほど向上するという。
スマートガソリン車の 7 割が mhd モデルになる見込み。
マイクロハイブリッドの機能 smartのウェブサイト
②電気自動車
「smart for two」の電気自動車(EV)の第 2 世代モデル「smart ed(electric drive)」を、
09 年 11 月半ばからハンバッハ工場(フランス)で生産予定。
新型 EV は、テスラ社から供給される Li イオン 2 次電池を搭載。最初の生産台数は 1000 台
に限定、欧州・米国の一部でリース販売し、実証実験「e-mobility」において実際の使用で
のデータを収集する。2012 年から一般販売する予定。
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(3)PSAプジョーシトロエン(09.9.22 ミュールーズ工場)
a.訪問先の概要
PSA の世界全体での生産台数は 326 万台/年。CO2 排出量が 130g/km 以下を達成してい
るクルマの販売台数は 100 万台にのぼる。
欧州では小型車セグメントのマーケットリーダーであり、19.9%の市場シェアを持っている。
北米には工場なし。ロシアには、2011 年に稼働予定の工場を現在建設中。
ミュールーズ工場は 1961 年に設立し、トランスミッションの生産を開始した。1970 年代初
め、自動車の生産を始めた。生産台数、従業員数、敷地の面で同社の主力生産拠点にあたる。
1 日の生産台数は約 1,500 台。2008 年の生産台数は 27.6 万台。
生産車種は、
「プジョー206Plus」
、
「プジョー308」、
「シトロエン C4」
。
PSAミュールーズ工場の概要(同社ウェブサイト)
PSAミュールーズ工場の入り口
同工場では、5∼6 年前からリーン生産方式に取り組んでいる。15 カ年計画で、現在はその
途中。
なお、リーン生産方式のマザープラントは、トヨタとの合弁工場であるチェコのコリーン工
場(Kolin plant)
。
PSAの工場作業風景(同社ウェブサイト)
ディーゼルハイブリッド技術を PSA の環境戦略の中核とし、ボッシュと共同でシステムを
開発している。2011 年から車両に搭載する予定。
EV は、三菱自工から OEM 供給を受け、2011 年までにプジョーブランドで欧州市場に投入
する予定。PHV の開発でも両社は提携し、コストの低減と早期の製品化を目指す。
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b.PSAの環境対応自動車技術への取組み状況(新聞報道等より)
①ディーゼルハイブリッド
ボッシュと戦略的パートナーシップを締結。PSA の 4 輪駆動ディーゼルハイブリッドパワ
ートレイン向けの電気モーターとパワーエレクトロニクスをボッシュと共同開発、量産化、
供給する。このディーゼルハイブリッド技術は、2011 年からプジョーおよびシトロエンの
車両に搭載される予定。
ディーゼルハイブリッド技術は PSA の環境戦略の中核である。
②プラグインハイブリッド
三菱自工とプラグインハイブリッド車の開発で提携。エンジンにモーターと電池を組み合わ
せた駆動部の開発・生産を両社で分担し、コストの低減と早期の製品化を目指す。
③電気自動車
三菱自工から OEM 供給を受け、2011 年までに「プジョー」ブランドで欧州市場に投入す
る予定。水島製作所で生産する「ⅰ−MiEV」を車両のベースとする。
④燃料電池車
英 Intelligent Energy 社と共同で燃料電池車「H2Origin」を開発。
H2Origin は、プジョーの小型商用車「Partner Origin」をベースに、Intelligent Energy
社の小型燃料電池システムを搭載した。航続距離は 308km で、搭載したバッテリーによる
モーター駆動のみだと 78km となる。最高速度は 100km/h。
PSAのハイブリッドディーゼルへの取組み(同社ウェブサイト)
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(4)ダイムラー(09.9.23 ドイツ ジンデルフィンゲン工場:シュトゥットガルト近隣)
a.訪問先の概要
ダイムラー社の歴史は、創業者であるカール・ベンツが 1886 年に最初のオートモービルを
開発してから始まった。1909 年には「メルセデス」ブランドが誕生した。
1959 年にセーフティボディシェルを開発、1979 年のアンチロッキングシステム、1980 年の
エアーバッグ、02 年のプリクラッシュなど、世界に先駆けて自動車の安全性を高める機能を
開発してきたと自負している。09 年にはドライバーの疲れを感知し、警告を出すシステムを
開発した。
現在、ダイムラー社は、ベンツ、マイバッハ、スマート、AMG というブランドを持つ。
ジンデルフィンゲン工場は、ダイムラー社の中で最大級の工場で、開発センターを併設。現
在、開発人員は約 9,000 人、工場では 26,000 人、合わせて約 36,000 人が働いている。
工場は、ジャストインタイム、ジャスト・イン・シークエンス生産体制としている。
ロボットの導入により生産工程の 99%を自動化している。1 日の生産台数は最高 2,100 台。
生産車種は「Cクラス」
、新しい「E クラス」
、「CLS」、
「Sクラス」、
「CL」の 2 ドアク
ーペである。
プレスラインは、総額 5,500 万ユーロを投資して 08 年に新設した。1 分 12 ストロークで、
以前の 9 ストロークを大幅に上回っており、効率化に貢献している。
4,000 万ユーロを投資して設置したプレスマシンは 7,300 トンで世界最大級である。
ラインの設備は MULLER,SCHULER といった専門業者に委託している。これらのプレス機
のメーカーとは 80 年にわたって取引しており、深い信頼関係がある。
スチールの 60%はドイツ国内から仕入れている。ハイテン材の使用率は 30%以上。
ほとんどの金型を内製しており、ツールやダイの製造に 900 人が従事している。
ジンデルフィン工場の全景
フランクフルトモーターショー09 に発表した同社の電気自動車
2020 年に 95g/km といわれる CO2 規制について、小さな燃料電池車の投入に加えて、ハイ
ブリッド、プラグインハイブリッドなどガソリン、電気、水素を組み合わせて対応していく。
これらの次世代車については、ダイムラーは全てパラレルに開発を進めている。石油価格や
水素インフラなど関係する環境がどのように変化しても対応できるようにしている。
将来を考えると燃料電池車が最も有効な技術だと思うが、問題は水素の供給インフラである。
安全性の向上に積極的に取り組んでおり、モーターショーでは世界中の安全技術のエキスパ
ートを集めて開発した最新の安全機能を盛り込んだコンセプトカーを展示。
塗装や材料を工夫して、洗車が不要となった車も開発。
Sクラスのハイブリッドは同社で初のハイブリッド車である。現在、Sクラスの販売数のう
ち 15%は既にハイブリッドになっている。
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ダイムラー社が取り組んでいる環境技術
ベルリンなどで電気自動車の社会実験を行っている。12 万人が電気自動車を利用できるカー
ドを持っており、移動に利用している。インターネットで利用を予約できる。
現在、社会実験用として、ベルリンに 300 台、ウルムに 200 台の同社の電気自動車を提供し
ている。
b.ダイムラーの環境対応自動車技術への取組み状況(新聞報道等より)
①ハイブリッド
09 年 6 月、同社初のハイブリッドモデル メルセデス・ベンツ(Mercedes Benz)「S クラ
ス」を発売。今後、ハイブリッド車を少なくとも 1 年に 1 車種ずつ発表していく計画。
②電気自動車
08 年より、ドイツのエネルギー大手 RWE と共同
で、smart(スマート)の試作車 100 台を投入し
電気自動車の普及推進を目指す事業計画
「e-mobility Berlin」を展開。ベルリン市内約 50
か所に充電スタンドを設け、公道試験を実施(英
ロンドンでも電気自動車普及事業を実施)。
2010 年をメドに、スマートだけでなくメルセデス
でも電気自動車を展開する計画。
09 年には、米テスラモーターズに 10%出資して提
携、バッテリーやモーターの開発で連携を進める。
③燃料電池車
94 年に初めての燃料電池自動車「Necar 1」を発表して以来、20 台あまりのプロトタイプ
を開発。
「A クラス」ベースの「F-Cell」は、これまで 60 台を世界各地に納入。
自動車メーカーとして世界最大規模となる合計 100 台以上の燃料電池自動車での実走行プ
ロジェクトを世界各地で展開。そこから得られた知識と経験を研究の場へフィードバックし、
より最適化された駆動システムの開発へと活用している。
「2010 年に『B クラス』をベースとした燃料電池車をつくり、販売していく」という報道
もある。
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(5)BMW(09.9.24 ドイツ ミュンヘン本社工場)
a.訪問先の概要
BMW は航空機のエンジン製造からスタートした会社である。1923 年には二輪車、1952 年
に乗用車の生産を始めた。BMWグループには、MINIとロールスロイスもある。いずれ
もプレミア感がある自動車といえる。
同社は 13 カ国に 20 の生産拠点がある。現状ではライプチッヒの工場が最新設備を備えてい
る。中枢的開発センターは、ドイツのほか、北京にもある。
ミュンヘン工場は年間 140 万台生産できるBMWの主力工場であり、
「3 シリーズ」などを製
造している。
展示館も併設しており、購入者への自動車の引渡しもここで行うことができる。購入者は施
設内のプレミアムラウンジを利用でき、プロの写真家が来て引き渡し時の写真も受け取るこ
とができ、非常に印象に残る自動車購入の瞬間を演出している。
BMWの本社タワーとミュンヘン工場周辺の全景
新車の引渡し風景
工場はカスタマーオーダーシステムで、注文を受けてからアセンブリーに指示が出されるよ
うになっている。ジャストインタイムで部品を投入できるようにもなっている。
サプライヤーは当工場の半径 600 キロメートル以内に全て立地している。逆にいえば、600
キロメートルの範囲から取引先を選んでいる。
作業員が腕を持ち上げることなく組み付けできるラインとするなど、非常に作業しやすい環
境としている。これは全ての作業ラインに対して人間工学的な検討を行って設計しているた
め。
BMWミュンヘン工場の作業風景(同社ウェブサイトより)
CO2 削減に向け、専門部門をつくって組織横断的な取組みを展開している。2020 年の
95g/km という CO2 排出目標数値は非常に野心的だが、電気自動車などを組み合わせて達成
を目指す。
総合的なアプローチを行い、代替可能な技術を活用して達成しようと考えている。
具体的には、①高効率エンジン、②軽量化、③空力性能、④エネルギー・熱管理(ブレーキ
回生、オートストップなど)に重点的に取り組んでいる。
次世代エネルギーとして、同社は水素が有望だと考えている。ただ、燃料電池でなく、エン
ジン利用を考えている。電気自動車の「MINI e」は既に世界で 600 台が走っている。
BMWでは「7 シリーズ」からハイブリッドを導入していく計画。
ハイブリッドはコストが高いため、ドイツではあまり一般的ではない。欧州ではディーゼル
も普及しており、消費者は環境を考えてディーゼルを選ぶのかハイブリッドを選ぶのか迷っ
ている状態。
同社は 09 年には平均で 140g/km の排出量を目標としている。現在、140g 以下の車種はほ
とんどディーゼルである。
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24 モデルで
CO2 排出量 140g/km 以下を達成
PHV は FUTURE と TOMORROW の中間。
同社の次世代自動車のイメージは以下のとおり。
FUTURE
EV 水素エンジン
TOMORROW
ICE インプルーブメント、HV、Clean Diesel
TODAY
エンジン改善、燃費改善
現在注目しているシステムがサーモエレクトロニックジェネレーター。自動車から発生する
エネルギーの 2/3が排熱されているが、この熱を使って発電するというもので、燃費全体を
5%程度改善することができる。5年後には普及しているだろう。
今議論されている 2020 年の 95g/km という規制は非常に野心的な水準だ。しかし、自動車
メーカーは対応する必要があるので、電気自動車などを組み合わせて達成を目指す。
b.BMWの環境対応自動車技術への取組み状況(新聞報道等より)
①ハイブリッド
2010 年に同社初のハイブリッドカー「ニュー7シリーズ アクティブハイブリッド」を日
本で発売する。
4400ccのV型8気筒エンジンと電気モーターを組み合わせ、減速時にモーターが発電機と
なる回生ブレーキなどを搭載。燃費を約 20%改善する。
②電気自動車
08 年 10 月、現行の MINI をベースとした電気自動車「MINI E」500 台を、米国市場に投
入。カリフォルニア州、ニューヨーク州、ニュージャージー州で、個人及び企業顧客向けに
試験的に販売し、欧州市場への投入も検討中。
リース販売を担当する MINI USA によると、「MINI E」のリース販売は月に 850 ドルと高
コストで、3 都市でしか提供されないが、申し込みが殺到。驚くようなリース料金にもかか
わらず、204 馬力の電気自動車に約 1,800 人もが応募、事務手続きなどのため納車は 09 年 4
月まで延期された。
③水素自動車
水素とガソリンの両方で走る「BMW Hydrogen 7(ビー・エム・ダブリュー・ハイドロジェ
ン・セブン)
」の市場投入を 06 年 9 月に発表。
通常の市販車同様の開発プロセスを経ているという同車は、小規模で量産され、2007 年か
ら米国など各国で選ばれたユーザーに届けられている。スイッチひとつで水素とガソリンを
切り替えることができる。
燃料タンクは、ガソリン 74 リッター、液体水素
約 8kg で、両方を使った航続距離は約 650km。
水素供給用のインフラが未整備であっても走行
できる(水素のみで 200km 以上走る)。
同社の水素自動車(同社ウェブサイト)
- 65 -
(6)アウディ(09.9.25 ドイツ インゴルシュタット本社工場)
a.訪問先の概要
アウディの 08 年の自動車生産台数はほぼ 100 万台。開発人員は、全体で約 5,000 人。
インゴルシュタット工場の総従事者数は 57,000 人。年間 55 万台の生産能力があり、現在、
車種としては「A3」
、
「A5」
、
「A8」
、「Q5」を生産している。
インゴルシュタット工場のサプライヤーパークには、20 社以上の企業が集約されている。
今後、更にモジュール化を進展させ、経費削減を図ろうとしている。
アウディはこれまでにアルミニウム製ボディの車両を 55 万台以上生産しているが、この数
は世界中のメーカーのなかで突出している。
革新技術を生み出すためのアルミニウム及び軽量デザインセンター(従業員数 150 名)を設
立している。高張力鋼、テーラードブランク(注)、繊維強化プラスチック、マグネシウムなど
アルミニウム以外の素材も徹底的に研究しているが、特に繊維によって強化した合成材料に
注目している。
(注)板厚・材質の異なる鋼板(ブランク材)をレーザ、プラズマ溶接などで接合した鋼板
本社入り口風景とインゴルシュタット工場の概要
(同社ウェブサイト)
軽量化ボディへの取組みについては、1994 年にアルミニウムの導入を始め、00 年に「A2」
などに導入を進めてきている。現在の「TT」もアルミニウムと鉄を混合したボディである。
アウディは 1989 年に初の直墳エンジンとして、TDI(ディーゼルターボエンジン:
Turbocharged Direct Injection)を発売した。現在、販売台数の 50%以上がTDIエンジン
となっている。
樹脂については、フロントエンドモジュールにハイブリッドテクノロジーを導入している。
バックドアには使っていない。
ドイツ連邦教育研究省によって資金が提供されている電気自動車プロジェクト「E(エレクト
ロニック)パフォーマンス」に取り組んでいる。フランクフルトモーターショーでは、
「E−
TRON」というスポーツタイプの電気自動車を発表した。
- 66 -
フランクフルトモーターショー2009
に展示された同社のスポーツタイプ電気自動車
b.アウディの環境対応自動車技術への取組み状況(新聞報道等より)
①軽量化への取組み 2009/09/15(アウディ プレス資料より)
94 年にアウディは、開発、生産プランニング、品質保証のために特別なアルミニウムセンタ
ーを設立。この施設は、03 年にアルミニウム及び軽量デザインセンターに改名。
このセンターでは、高張力鋼、テーラードブランク、繊維強化プラスチック、マグネシウム
が担う役割が高まりつつある。アルミニウムは引き続き主要な素材とみなされているが、他
の素材も徹底的に研究しつつあり、特に繊維によって強化した合成材料に注目している。
革新技術を生み出すアルミニウムセンター及び軽量デザインセンター(従業員数 150 名)で
得られた研究成果は、開発/製造分野における 3 桁に達する特許の基礎となっており、開発と
生産の見事なバランスを誇っている。
アウディは、ドライブチェーンとシャシーにおいても軽量設計を体系的に採用。クランクケ
ースを軽量化するために、多くのエンジンにはハイテク製造プロセスの結果であるアルミニ
ウム、バーミキュラ黒鉛鋳鉄を採用。
多くのモデルにはアルミニウム製部品が主体となるシャシーを使用している。高性能モデル
では炭素繊維セラミック製ブレーキディスクをオプションに設定。軽量設計の他のハイライ
トには、アルミニウム製のブレーキキャリパ、ボンネット/トランクリッド、サイドパネル、
又はカバー構成部品や、マグネシウム製のステアリングホイールリム、インストルメントパ
ネルマウントがある。
アウディは、業界リーダーとしての役割、軽量設計における「Vorsprung durch Technik」
(技
術による先進)を今後も拡大していく。
②ハイブリッド
早くからハイブリッドに注目し、パイオニアの一社として開発を続けてきた。89 年に後輪
をモーターで駆動するハイブリッド車、Audi duo を発表。96 年には第 3 世代の Audi duo
を発売し、ハイブリッド車を量産する初めてのヨーロッパ自動車メーカーとなった。
③電気自動車
09 年 7 月に実施されたアウディ社の 100 周年記念イベントでは、同社会長が「我々の見方
では、ハイブリッド技術が当面の橋渡しとなり、その後は電気自動車がますます重要となっ
ていく」と述べ、会社の取組みの一例として、ドイツ連邦教育研究省によって資金提供され
ている「エレクトロニック パフォーマンス」プロジェクトに取り組んでいる。
この資金を活用して、アウディ AG は、世界の工業会及び研究機関からの著名なパートナー
とともに、電気自動車の開発を推進している。
- 67 -
2.自動車部品メーカー
(1)ボッシュ(09.9.23 ドイツ シュバービディンゲン:シュトゥットガルト近隣)
a.大学等との共同研究開発
同社における 08 年の研究開発予算は、売上の約 8%に相当し、人員数は約 32,600 人。
研究部門は、
同社の将来の事業に対する技術的な基礎を築くために活動している。
そのため、
大学との共同研究や委託研究を積極的に実施している。
レベルの高い研究を行うため、世界中の大学から優れた研究実験成果を探している。現在連
携している大学・研究機関は 370 以上ある。200 程度の公的研究開発プロジェクトに参加。
機能安全分野でも多くの大学・研究機関と連携している。連携活動の主な対象としては、I
SO26262 や安全性に関するトピック的なテーマ、信頼性向上に向けた検討などがある。
機能安全に関する産学連携の形態には、
①特定のテーマに関する委託研究契約、
②外部公的機関による財政支援を受けたプロジェクトへの参画、
③特定の研究テーマを定めて実施する大学等との共同研究、
④大学の研究者に委託する教育プログラムの計画と実施、などがある。
具体的な事例としては、カイザーズラウテルン大学併設のフラウンホーファー研究機構
IESE(Institute for Experimental Software Engineering)によるソフトウェア工学(ソフト
ウェア開発プロセス、ソフトウェア・プロダクトライン)に関する研究成果が、どの程度実践
において有効利用できるかを評価する研究などである。
同社は、全ての製品が ISO26262 に準じた安全性の基本的な考え方・方法などに沿って開発
されるべきだと考えており、最近、安全性・信頼性理論の研修プログラムを導入している。
具体的には、ニュールンベルグ大学のソフトウェア工学研究所に所属するサグリエッティ
(Saglietti)教授に委託し、教育プログラムの開発と教育コースの実施に取り組んでいる。
ボッシュ シュバービディンゲン事業所
機能安全に関するボッシュの外部との連携体制(ボッシュ社資料)
b.機能安全への対応
機能安全に関する規格としては、99 年に制定された機能安全に関する国際規格 IEC61508
が存在するが、一般性が高く、抽象的で、車載組込みソフトウェアに適用するには、いくつ
かの困難性があった。
そのため、現在、ISO TC22(ISO の自動車部会)において ISO26262 の策定が準備されて
おり、DIS(規格案:Draft International Standards)が公開されている。規格としては、
2011 年に正式に国際規格として発行されると見込まれている。
この標準化活動に対して、ドイツ国内では、BMW の代表委員が委員長に就任し、ボッシュ、
フォルクスワーゲン、コンチネンタル、ダイムラー各社からの国内委員によって検討が続け
られている。更に、アウディ、TRW、TUV(ドイツの民間検査機関)、フォード、デルファイ、
ポルシェ社などからも技術者が参画し、委員会が構成されている。
- 68 -
ISO26262 の検討体制
(ボッシュ社資料)
ISO26262 が発行されれば、安全性に関して各自動車メーカーは新しい規格に準拠すること
が社会的に要求される。最低限順守しなければならない規制として機能することになる。
仮に、規格に準拠しない事例が出てくれば、
「その合理的な理由づけ」が重要になり、企業は
製造物責任に関して大きなリスクを抱えることになる。
欧州は ISO を Regulation と同等に考えているのに対し、日本は ISO を努力目標と位置付け
ているのではないか(日本では Standard という認識だが、欧米では製造物責任について最
低限守るべき Law[法令と同等レベル]だと考えている)。
ボッシュとしては、ISO26262 に関して、2011 年 3 月の IS(International Standards:国
際規格化)のタイミングに合わせて完全対応することを目標に全社的に取り組んでいる。
ISO26262 が発行されることを前提として、組込みソフトウェア開発プロセスの変更に取り
組んでおり、新しいプロセスを適用するパイロット・プロジェクトが始まっている。
c.環境対策技術
ボッシュではEU規制、CO2 排出量 2015 年(130g/km)、2020 年(95g/km)に向けた新し
い技術開発を広い視点から精力的に進めている。
CO2 排出量基準をクリアーするには、パワートレインをはじめとして、多岐にわたる分野を
総合的に開発する必要があり、それを集約して最適化することを考えている。
ハイブリッド、ディーゼル、燃料電池、電気自動車の普及ペースは、原油価格と電池価格の
動向によって決まってくる。
普及見通しについて、
ベースとするケースでは 2020 年のハイブリッド車販売は世界で約 600
万台、電気自動車は 60 万台と考えているが、バッテリー価格が 175 ドル/kWh にまで低下し、
石油価格が 280 ドルを超えてくると、同年には電気自動車が世界で 1,360 万台販売されると
予想される。
ボッシュ社予測:原油価格・電池価格の前提別に予測した 2020 年における次世代車の販売台数(ボッシュ社資料)
- 69 -
d.ソフトウェア品質の向上
ボッシュのソフトウェア開発組織においては、米カーネギーメロン大学のソフトウェア工学
研 究 所 が 米 国 国 防 総 省 の 委 託 で 開 発 し た CMM ( 注 ) の 進 化 版 で あ る CMMI ( CMM
Integration)に基づきプロセス改善に取り組んでいる。
(注)CMM(Capability Maturity Model)米カーネギーメロン大学ソフトウェア工学研究所が公表したソフトウェア開発
プロセスの改善モデルとアセスメント手法。
インドの開発組織は、既に CMMI の段階的モデルに基づく評価(初期段階、繰り返し可能段
階、定義段階、管理段階、最適化段階)において、最高レベルである「最適化段階」に認定さ
れている。ボッシュ全体では、
「定義段階」に従って活動している。
e.ボッシュの環境対応自動車技術への取組み状況(新聞報道等より)
①ハイブリッド・電気自動車
ボッシュはハイブリッドシステムを1社で供給できるサプライヤーであり、08 年 12 月にP
SAにディーゼルハイブリッドを供給することを発表するなど、その動きが注目されている。
2011 年には新型リチウムイオンバッテリーを量産する計画で、2014 まで韓国サムスンSD
Iの合弁会社SBリモーティブに5億ユーロ(約 700 億円)を投資し、量産によるコスト競
争力を備える。
09 年 6 月にはHVやEVへの取り組みを強化することを発表し、パワートレインの電動化
に向けて 09 年末までに開発者を 100 人増やし、500 人体制にする。
同社は、2015 年には、世界で 8,500 万―9,000 万台の新車のうち、500 万台がHVとなり、
これとは別に家庭用電源で充電できるプラグインHV又はEVが 50 万台になると見込む。
また、EVが市場で利益を得られるようになるのは 2020 年と予測。
②ディーゼル
同社は、ガソリンエンジンに比べ燃
費が 30%程度向上するといわれる、
クリーンディーゼルエンジンの開
発・普及に注力している。同社は、
燃料噴射から排出ガス後処理までデ
ィーゼルエンジンにかかる先端技術
を有している。
一般的に、ディーゼルハイブリッド
車はガソリンハイブリッド車より更
に 20%低燃費であるといわれている。
③車載LAN規格(CAN、フレックス・レイ)
車載LAN規格として最も普及している CAN(Controller Area Network)は、ボッシュが
独自に開発した規格であり、特許の大半は同社が保有。ライセンス条件や料金は 1 社で独占
して決められる。ただ、他社製品との非相互接続性や非リアルタイム性(ブレーキ操作やス
テアリング操作のようなリアルタイム性が求められる用途に向かない)などの課題があった。
FlexRay(フレックスレイ)とは、自動車などの車載用の通信ネットワーク(車載 LAN)規
格の 1 つである。CAN とは異なる要求に答えるものとして 2000 年頃から欧州の自動車メー
カーを中心に策定作業が本格化し、04 年には日本の自動車メーカー数社も日本側からの要
望を取り入れた規格策定を始めた。
CAN 規格の性能や機能を大きく上回る規格として策定されたためコストが高く、日本の自
動車メーカーではより CAN に近いバージョンである 3.0(仮称)の規格制定に動いている。
- 70 -
(2)コスタル(09.9.19 ドイツ フランクフルトモーターショーブース)
1927 年に自動車業界に参入。
同社の設立は 1912 年。住宅関連用品にかかる事業であったが、
従業員は 12,000 人、売上は 12 億 3 千億ユーロ。主な製品は、①ステアリングコラムモジュ
ール、②センターコンソール、③ルーフモジュール、④ボディネットワーク ECU 等である。
取引先は、BMW、ダイムラー、フォードグループ、フィアットグループ、GM、Tata
/Jaguar/Land Rover、ルノー / 日産、ポルシェ、PSA など多くの自動車メーカーである。
14 カ国に生産拠点があり、チェコに最も大きな工場がある。そのほか、アイルランド、スペ
イン、中国などに生産拠点を有している。北米やインドにはジョイントベンチャー企業を設
立している。基本的には市場があるところに生産機能を持つというスタンスである。
同社は設立以来自動車部品を生産してきたが、1978 年にエレクトロニクス部品を手がけ始め
たことが大きな転機となった。自動車部品ではメカ部品とエレクトロニクス部品がインテグ
レートしてきたためである。それから、エレクトロニックコントロールやスイッチパネルな
どの生産を手がけ始めた。
コスタル社の
ステアリングコラム(ハンドル軸) モジュール
多くの企業・研究機関と技術提携を行っている。対象技術としては、表面処理、インテリジ
ェントホイール、センシングボタン、ライティング、処理アルゴリズムなどである。
大学との連携は積極的に行っている。特定のトピックについて特定の大学と共同して開発等
に取り組んでいる。例えば、ソフトウェアや AUTOSAR、ISO26262 など。
インターンシップでは、毎年 30 人の学生を受け入れ、論文を著すための研究に取り組んで
もらっている。
大学と連携して、ソフトウェアのクオリティや安全性のクオリティを上げるための研究を行
っている。ソフトウェアのクオリティについては、ドルトムンド大学などと共同研究してい
る。また、樹脂成形でアーヘン大学と連携している。
AUTOSAR への対応には人手も設備も必要となるので、大学を活用している。大学には人材
だけでなく、様々なツールも揃っているので、それを活用できるのは有意義である。
ISO26262 への対応は非常に重要だと考えており、これにマッチしないと製品は世の中に出
せないととらえている。
ステアバイワイヤーなどの技術では機能安全
という考え方が必須になってくるだろう。
ISO26262 は業界のスタンダードになると考え
ており、その対応に取り組む。
- 71 -
Ⅲ.大学・研究機関の自動車関連分野での取組み
1.大学の取り組み
(1)ダルムシュタット工科大学(09.9.18 ドイツ ダルムシュタット)
a.訪問先の概要
ダルムシュタット工科大学は、1877 年に創立された工科大学で、19,000 人の学生と 300 人
弱の教授がいる。理工系のみならず社会科学系も含む幅広い学部を有している。
創立以来、数多くの電気系のエンジニ
アを輩出してきている。2009 年のアレ
クサンダーフォンハンボルト財団のラ
ンキングによると、ダルムシュタット
工科大学はエンジニアサイエンティス
トにとってドイツで最も魅力的な大学
とされている。
大学の革新的な研究が認められて、S
AP、ボッシュ、BASF、Siemens、
Continental など有力な企業と提携し
ている。
ダルムシュタット工科大学の概要
ダルムシュタット工科工科大学の概要
設立
1877 年
生徒数
19,071 人(うち留学生 3,752 人)
職員数
3,591 人
教授数
273 人
学部
13 学部・3 学究分野
Architecture
Civil Engineering and Geodesy
Biology
Chemistry
Computational Engineering (a field of study)
Electrical Engineering and Information Technology
History and Social Sciences
Humanities
Computer Science
Information Systems Engineering (a field of study)
Mechanical Engineering
Materials and Earth Sciences
Mathematics
Mechanics (a field of study)
Physics
Law and Economics
(資料)ダルムシュタット工科大学ウェブサイト
- 72 -
(参考)中国地域の国立大学の概要(学部)
大学名
鳥取大学
島根大学
岡山大学
所在地
鳥取市、米子市
松江市、出雲市
岡山市
設立
1949 年
1949 年
1949 年
生徒数
6,397 人
5,337 人
14,035 人
職員数
1,060 人
942 人
1,198 人
教員数
803 人
763 人
1,388 人
学部
4学部
5学部
11 学部
地域学部
法文学部
文学部
医学部
教育学部
教育学部
工学部
医学部
法学部
農学部
総合理工学部
経済学部
生物資源科学部
理学部
医学部
歯学部
薬学部
工学部
環境理工学部
農学部
大学名
広島大学
山口大学
所在地
東広島市、広島市
山口市、宇部市、光市
設立
1949 年
1949 年
生徒数
15,937 人
9,104 人
職員数
1,476 人
1,181 人
教員数
1,814 人
1,037 人
学部
11 学部
7学部
総合科学部
人文学部
文学部
教育学部
教育学部
経済学部
法学部
理学部
経済学部
医学部
理学部
工学部
医学部
農学部
歯学部
薬学部
工学部
生物生産学部
(資料)各大学 ウェブサイト(09 年の大学案内等)
- 73 -
b.ASE(オートモーティブ システム エンジニアリング リサーチ グループ ダルムシュタット)
ダルムシュタット工科大学の 40 近くの研
究グループと、フラウンホーファー研究所
(IGD[コンピューターグラフィックス研究所]、
LBF[構造耐久性・システム信頼性研究所])、国
立研究機関MPA(材料評価研究所)
、パー
トナー企業が連携して、自動車システムエ
ンジニアリングについて、学際分野の取組
みの共同化を推進している。
特に自動車分野での品質保証概念、エンジ
ニアリングプロセスの統合、規格のための
ASEの構成主体
科学的定理などに注力している。
ASEのコアには 100 人以上のメンバーから構成される 13 の研究グループがあり、それぞ
れ機械工学、電気工学、情報通信、コンピューターサイエンスの専門家である。
主なプロジェクトとして、①電気ドライブモジュールを含むドライブユニットからホイール
までの全てのパワートレインのテストベンチや、②高度なドライビングシミュレーター、③
モデル開発などソフトウェア開発プロセスなどがあげられる。
大学の「リアルタイムシステム研究室(Real-Time Systems Lab)
」は、自動車関連・オー
トメーション関連を主な対象とした Model-Driven Software Development(モデル駆動の
ソフトウェア開発)の研究に取組んでいる。
この中には、ISO26262 への適合性検証システムや MATLAB によるモデリングのガイドラ
イン作成プロジェクトなどが含まれている。
同 Lab は、企業や国立研究機関の支援を得て、
DOORS・Matlab/Simulink などの開発ツールの
統合プラットフォーム、Matlab/Simulink など
の分析をはじめとした多様なソフトウェア開発
分野での研究活動に取組んでいる。
自動車用のソフトウェア開発には様々なツール
があるが、それらを統合化して、組み合わせて
利用できるようにしている。
自動車関連企業からの依頼で、
Matlab/Simulink のガイドラインの作成
にも取組んでいる。こうした取組みの結果
は、e-Guidelines というドイツのウェブサ
イトで公開されている。
Matlab/Simulink では、それぞれの自動車
メーカーが 200 程度のガイドラインを持っ
ている。このうち 100 程度は業界共通の標
準的なもので、100 程度はその企業特有の
ものである。
Matlab/Simulink のガイドライン作成プロジェクト
ガイドラインの内容には、名づけのルール、モデルの記述方法に関する問題、コード生成を
容易にする設計記述、設計パターンからなる。
- 74 -
c.Dependable Embedded Systems & Software
ダルムシュタット工科大のコンピューターサイエンス学部には、Dependable Embedded
Systems & Software(DEEDS)というグループがある。
DEEDS は、安全で信頼できるシステム・サービスの基盤としての「組込みシステムとソフト
ウェア」を研究対象として、安定的なソフトウェア・OS とプロトコルの開発を進めている。
ドイツ・米国やヨーロッパの科学財団等からの支援を得ているほか、アウディ・BMW・ダ
イムラーといった自動車関連企業のほか、日本の日立・トヨタ・ホンダ等からも支援を受け
ている。
特に X-By-Wire では、
ソフトとハードの統合のためのデザイン・最適化が重要となっている。
そこで、X-By-Wire のプロトコルについて、そのデザイン・分析・検証についてダイムラー、
BMW、ボッシュなどと連携しながら、研究に取り組んでいる。
DEEDSグループのウェブサイト
Xバイワイヤにおけるソフト・ハードの
統合化に関する研究
ダルムシュタット工科大学が立地する、ライン-マイン-ネッカー大都市圏(フランクフル
トを中心とした都市圏)では、自動車クラスターが形成されている。ダルムシュタット工
科大学は同クラスターの中心的な研究機関として位置付けられている。
同都市圏の自動車産業は、出荷額 210 億ユーロ(約 2 兆 7 千億円)でリーディング産業とな
っている。また、世界上位 50 の自動車関連サプライヤーのうち、30 社が同都市圏に立地
しており、雇用者数は 39,000 人に達している。
Automotive Cluster
ウェブサイト
- 75 -
(2)ミュンヘン工科大学、INI.TUM (09.9.25 ドイツ インゴルシュタット)
a.訪問先の概要
カールスルーエ大学、ミュンヘン大学とともにドイツのトップ大学とされるミュンヘン工科
大学は、アウディと共同で INI.TUM(Ingolstadt Institute der TU München:ミュンヘン
工科大学インゴルシュタット研究所)を 03 年に設立。
目標は、大学における研究とアウディの研究開発部門の実務とをつなぎあわせ、ノウハウと
技術の移転を加速させること。
ミュンヘン工科大学(TUM)の概要
設
立
1868 年
生徒数
22,236 人(うち留学生 4,160 人)
職員数
−
教員数
4,558 人(うち教授 398 人)
学
12 学部
部
Mechanical engineering
Nutrition,land management,environmental studies
Sports science
Architecture
Chemistry
Medicine
Civil engineering and surveying
Economics
Electrical engineering and information technology
Informatics
Physics
Mathematics
アウディが建設した研究開発施設に、ミュンヘン工科大学との連携組織 INI.TUM の拠点を
置き、大学と企業関係者が密接に連携して共同開発を行っている。同施設には、ミュンヘン
工科大以外に、インゴルシュタット周辺の 3 つの大学との連携組織も入居している。
アウディは、技術革新の推進と人材獲得を目的に連携に取り組んでいる。大学における基礎
研究の成果として生み出された新しい技術を、アウディ社内において技術革新を引き起こす
契機とする。また、アウディ社との共同研究に参画した学生の約 80 パーセントは、アウデ
ィ社に入社する。優秀な人材を獲得する手段として産学連携プロジェクトは重要である。
03 年から活動しているが、人材育成等においてここまで良い成果を上げられると予想してい
なかった。産学官連携における一つの Success Story といえる。
- 76 -
INI.TUMが入居する
アウディが建設した研究開発施設
アウディは、現在、大学と共同で 77 のプロジェクトを進めている。毎年 24 のプロジェクト
が完了し、24 程度のプロジェクトが追加される。
プロジェクトは、大学の博士課程に所属する研究者(学生)1 名と、アウディ社の社員である技
術者のペアで実施される応用研究である。平均的な所要期間は、大学の研究者が博士論文を
まとめるのに必要な 3 年である。
アウディ社は、社内における新技術ニーズの調査に基づき、毎年、大まかな研究テーマを選
定して大学へ提示する。
各高等教育機関(ドイツでは一般的に Hoch-schule と呼ばれる)の研究者(博士課程の学生と指
導教員)は、それらのテーマと自分たちの専門性を踏まえて、詳細な研究計画を策定してアウ
ディ社に示す。
その後、アウディ社の 4 人の研究コーディネータが、要請元である技術部門と相談してプロ
ジェクトを選定し、その後大学研究者と議論しながら詳細を詰めてゆく。
プロジェクトが選定されれば、大学研究者の給与を含めて、プロジェクト経費は全額アウデ
ィ社が負担する(政府資金などから充当される場合もある)
。
プロジェクトにおいて、大学の研究者は、アウディ社で時間の 40∼80%を費やす。また、ア
ウディ社は、
大学研究員が博士論文にプロジェクトで得た情報を公表することを許している。
アウディと各高等教育機関 Hoch-schule
は緊密に連携
- 77 -
「共同研究に必要な要素は何か」という、INI.TUM が産学共同研究に携わる関係者に行っ
たアンケート(100 人)による結果は以下のとおり。
①パートナー/信頼が重要(26 名)
②Clear な目標が重要(18 名)
③具体的活動、形式が重要(15 名)
この結果が示すように、信頼関係のないプロジェクトは成功しないと考えている。
企業連携テーマに関わっている学生・院生の研究テーマの例は以下のとおり。
①機能安全のためのセンサーモジュールの開発
バーチャルリアリティー技術を適用してセンサーモジュールの機能を開発する。実際の
テストよりも短い期間で改良を進められるメリットがある。
②作業ロボットの評価
Matlab/Simulink を活用し、工場での生産性を向上するため、主に数学的な視点から研
究を行っている。
③歩行者保護
歩行者が車両に衝突するパターンについて時間やスピードなどをパラメータとして衝
突検知の方法を研究している。モデルベース開発を活用して短期間での検証実現を目指す。
④歩行者認識
歩行者認識をロバストに(欠陥が生じないように)行う研究をしている。
INI.TUMについてのミュンヘン工科大学 Alois Knoll 教授のコメント
(豊橋技術科学大学
09.2 月シンポジウム
「自動車関連企業との産学連携教育−企業が求める人材
大学
が求める人材−」より)
INI.TUM は非常に魅力的なイニシアティブとして、企業にとっても大学にとっても WIN−
WIN の関係となっており、アウディから多くのフィードバックももらっており、学生は博士
号を準備することができる。
また、地域の大学と企業とのお互いの間の透明性を確保、お互いが何をやっているか明確に
分かるようになっており、産業集積の更なる発展にもつながっている。
INI.TUM は、企業で力を発揮したいと考えている優秀なエンジニアにとって非常に魅力的
なものであることがはっきりしてきている。最先端の研究をすることによって WIN−WIN
の状況をつくり、博士号プロジェクトを通じてイノベーションを促進している。大学として
も、消費者の意見が聞けるという意味で多くのフィードバックを得ている。
また、地域の知名度と産業クラスターとしての能力を高めるという副次的効果も持っている。
INI.TUM は大学と企業の連携として構想された、ユニークで革新的な官・民のパートナー
シップで、設立当初の 03 年に関係者が予想していたよりもはるかに成功している。
- 78 -
(3)オート・アルザス大学(09.9.22 フランス ミュールーズ)
オート・アルザス大学(The University of Haute Alsace)は、アルザス地方の有力大学とし
て、次世代自動車クラスターの活動とも密接に連携している。クラスターの戦略・プロジェ
クトテーマの選定・企業の支援などに関与している。
オート・アルザス大学の生徒数は約 8,000 人で、500 人の教授、800 人の職員がいる。
オートアルザス大学の概要
(同大学ウェブサイト)
オート・アルザス大学は、ENSISA(École Nationale Supérieure d'Ingénieurs Sud Alsace)
という専門組織を設立して、機械・エレクトロニクス関連や地場産業である繊維関連分野で
の技術者教育を積極的に行っている。
フランスでも、大学は大きな企業のための研究を行うことが多く、中小企業が大学との共同
研究等に取り組むのは難しいという雰囲気はあった。その関係が近くなるようにクラスター
が活動している。
大学にとっては、中小企業を支援するモチベーションとして、①関連する分野での実用的な
研究開発が進められる、②資金が得られる、③学生を増やして設備も利用できる、④パテン
トを得られる可能性がある、などがある。
オートアルザス大学の技術者教育機関 ENSISA のウェブサイト
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2.フラウンホーファー研究機構[Fraunhofer Gesellschaft]などの取り組み
フラウンホーファー研究機構は、欧州最大の応用研究機関であり、民間企業や公共機関向け
に実用的な応用研究を実施。
約 60 の研究所をはじめとして、80 を超える研究ユニットがドイツ全国 40 ヶ所で活動。
15,000 名のスタッフの大部分が博士号を有する科学者及びエンジニアである。
それぞれの研究所が専門分野を持ち、当
該分野では国内最先端の応用研究を行っ
ている。また、ほとんどの研究所が大学
に併設されており、先進的な研究が行わ
れている大学と密接に連携している。
ドイツの大学の研究成果を産業界に移転
することがフラウンホーファーの大きな
ミッションである。
年間研究費総額は約 14 億ユーロ(130 円
/ユーロ換算で約 1,800 億円)
。予算のうち 10
億ユーロ超が委託研究によるもので、研
究費総額の 2/3 が民間企業からの委託契
約等によるもの。1/3 はドイツ連邦政府及
ドイツ各地に立地するフラウンホーファー研究機構の研究所
び州政府により、経営維持費としての資金提供が行われている。
大学と産業界をつなぐ
フラウンホーファー研究機構の位置づけ
フラウンホーファー研究機構には、以下のような研究所が約 60 あり、ソフトウェアから生
産技術、化学、エネルギーまで多様な専門分野で高度な研究開発が行われている。
エレクトロ・ナノシステム研究所 ENAS、通信技術システム研究所 ESK、
電子ビーム・プラズマ技術研究所 FEP、応用情報技術研究所 FIT、通信・情報処理・人間工学研究所 FKIE、
オープン通信システム研究所 FOKUS、応用固体物理研究所 IAF、労働経済・組織研究所 IAO、
応用ポリマー研究所 IAP、生物医学技術研究所 IBMT、建築物理研究所 IBP、化学技術研究所 ICT、
実験ソフトウェアエンジニアリング研究所 IESE、生産技術・応用マテリアル研究所 IFAM、
コンピューターグラフィックス研究所 IGD、集積回路研究所 IIS、
セラミック技術・システム研究所 IKTS、レーザー技術研究所 ILT、物流・ロジスティクス研究所 IML、
自然科学技術動向分析研究所 INT、生産技術・オートメーション研究所 IPA、
ケイ酸塩研究所 ISC、太陽エネルギーシステム研究所 ISE、シリコン技術研究所 ISIT、
ソフトウェア・システムエンジニアリング研究所 ISST、被膜・表面技術研究所 IST、
交通・インフラシステム研究所 IVI、風力エネルギー・エネルギーシステム研究所 IWES、
材料メカニズム研究所 IWM、工作機械・変形技術研究所 IWU、非破壊試験研究所 IZFP、
細胞療法・免疫学研究所 IZI、構造耐久性・システム信頼性研究所 LBF、
ポリマー材料・複合材料研究所 PYCO、アルゴリズム・科学計算研究所 SCAI、
安全情報技術研究所 SIT、環境・安全・エネルギー技術研究所 UMSICHT
(資料)フラウンホーファー研究機構ウェブサイト(下線は本報告書で紹介している研究所)
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(1)フラウンホーファーIESE(09.9.21 ドイツ カイザースラウテルン)
a.組織の概要
フ ラ ウ ン ホ ー フ ァ ー 研 究 機 構 の 研 究 所 IESE ( Institute for Experimental Software
Engineering)は 1996 年に設立され、カイザースラウテルン工科大学大学が有する数学・ソ
フトウェアエンジニアリングに関する研究を産業界に活かすために活動している。現在の所
属研究員の数は、約 250 名である。
IESE は 自 動 車 関 連 シ ス テ ム に お け る ソ フ ト ウ ェ ア 開 発 に つ い て 、 確 立 し た 規 格
(ISO/IEC12207、IEC61508)に基づき、成熟レベルモデル (ISO/IEC15504、Automotive
SPICE、CMMi[Capability Maturity Model Integration])を使用しながら包括的なサポートを顧客に
提供している。
フラウンホーファー研究機構IESEの概要
b.車載ソフトウェア
車載ソフトウェアでは、容量の拡大・複雑化により、作業量の急増に加えリスクも高まって
おり、1企業だけで高品質のソフトを開発するのは難しくなっている。
一方、自動車部門でこれから必要とされる機能は、99%ソフトウェアで実現されるようにな
り、自動車関連企業にとってソフトウェア開発の重要度がますます高まっている。
研究所は、車載ソフトウェア開発について新しいソリューションを研究している。品質、価
格/時間、永続性を重要なキーワードとして、管理から人材育成まで開発全体のプロセスに
関わるソフトウェア品質マネジメントを研究している。
ソフトウェア開発に関するIESEのアプローチ
自動車関連では、ソフトウェア工学に関する技術・手法・ツール・課題解決法の調査などを、
大手の自動車関連企業から委託を受けて実施している。
また、いくつかの企業との連携で、embedded 4 auto の評価、アウディが将来の電気自動車
開発に応用した ePerformance の研究開発(IESE は Safety コンセプト検討に従事)、非機
能的要求分析と定量化の一般的な方法の開発などを実施している。
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自動車のソフトウェア開発に関する
IESEの主な活動
ソフトウェアの非機能要求(NFR)について、自動車メーカーから依頼されて研究している。
ソフトウェア開発における企業とのプロジェクトの主な成果として、アリアンツ(Alliantz)
社、ボッシュ社の CMM レベル 2/3 取得があげられる。
ISO26262 対応は自動車メーカーと共同で検討しており、規格案に対し国際会議へのコメン
トも出している。ISO26262 対応のポイントは、明確に定義された V-Process と Safety ソフ
トウェアである。
ISO26262へのIESEの対応例
c.産学連携におけるフラウンホーファーの役割
フラウンホーファーでは、新しい方法の産業応用に関する研究、新しい方法の実用性評価、
新しい方法を実践するための教育などの技術移転サービスを提供している。
ドイツにはフラウンホーファー研究機構があることで、大学発のテクノロジーをパイプライ
ンのように実践の役に立つようにつなげることができている。
研究所所長が理解している限りにおいては、米国、ドイツ、日本の 3 カ国における産業界と
学界との間の距離は、米国が最も近く、ドイツがそれに続き、日本が最も遠い関係にある。
このことは、
日本にとって極めて重大な社会的問題であり、早期に是正しなければならない。
ドイツでは、大学やマックス・プランク研究所で技術開発を行い、大学に併設されているフ
ラウンホーファーにおいてその技術移転を実施するという体制が確立している。
このような方法は、ドイツ以外の国々においても注目されており、いくつかの国で導入が進
んでいる。
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IESEは、カイザースラウテルン工科大学などと連携して、組込みシステムに関する人材
育成研修・セミナーなども実施している。
教育プログラムの対象者は、主にソフトウェア開発の分野で働いている技術者。プログラム
は、次世代の技術に関する高度な知識とソフトウェア工学に関する幅広い技能を習得する意
欲がある専門家のために設計されている。
プログラムは、①電気・機械・産業工学など技術系学部卒業生、②コンピューターサイエン
スなど IT 系学部卒業生、③数学・物理学など技術系以外の理系学部卒業生、を対象として
考えている。
全体のコースへの授業料は 12,000 ユーロ(約 150 万円:130 円/ユーロ換算)
。標準のコースの
期間は 2 年。
フラウンホーファーIESEによる組込みシステム研修コースの内容
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(2)フラウンホーファーIGD(09.9.18 ドイツ、ダルムシュタット)
a.組織の概要と自動車分野での取り組み
フ ラ ウ ン ホ ー フ ァ ー I G D ( Institut für Graphische Datenverarbeitung[Computer
Graphics Research])は、情報通信技術分野におけるビジュアル化のための技術・アプリケ
ーション、特にコンピューターグラフィックスを研究対象としている。
当研究所はコンピューターグラフィックス領域において、アルゴリズムとデータ構築、ハー
ド・ソフトウェア開発への対応など多くの技術を有している。
自動車分野では、自動車が複雑化・メカトロニクス化するなか、デジタル模型においてソフ
トウェア・エレクトロニクス・メカニクスの相互関係までシミュレーションすることが難し
くなっている。
そこで機能的なデジタル模型を構築し、架空のソフトウェアで架空のハードウェアをコント
ロールするためのシミュレーションを可能にしたいと考えている。
機能的なデジタル模型の開発に取り組む
現在、180 名の研究員が4ヶ所で研究を行っている。自動車関連では、以下のような研究事
例がある。
①R&D 領域への活用‥アルゴリズムやデータ、ハードウェアやソフトウェアなど広範囲の R&D
領域に関係する可視化技術の開発
②デジタルモックアップ‥車載システムのレイアウトを中心に実施。
③流体のリアルタイムシミュレーション
④バーチャルリアリティー
⑤ユーザインターフェースへの適用‥バーチャルリアリティー技術を用いて、機能や作動方法な
どをユーザへ説明する。
⑥感性の見える化‥運転中のドライバーの心理状態をグラフ化して表現する。
b.産学連携の方法
産学連携は大学と企業との契約に基づいて実施される。フラウンホーファー研究所の設置目
的の一つが、大学の研究成果を企業等へ移転することである。フラウンホーファー研究所で
は、資金力の弱い地域中小企業の支援も行っている。
技術移転の方法としてのフラウンホーファー・モデルは、ドイツ以外のいくつかの国で導入
が検討されている。
大学と企業との連携は個別ではなく、組織的に行っている。また、成果については個々に評
価するのではなく、総合的に評価している。
成果の移行期間は3∼4ヶ月の短期のものから、数年にわたるものまである。
ドイツ欧州モデルでは、フラウンホーファー研究機構のような中間組織が存在し、中小企業のような研究開
発の資源や余力がないところに対しては、技術移転が可能な程度まで技術を育成することで技術移転を促進
している。
(内閣官房 知的財産戦略推進事務局編「知財立国への道」
(04 年 9 月)
)
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[参考]未訪問
(3)フラウンホーファーISST(ベルリン、ドルトムンド)
(Institut für Software- und
フラウンホーファー ソフトウェアシステム工学研究所「ISST」
Systemtechnik[Institute Software and Systems Engineering])は、AUTOSAR に中心メンバーとし
て参画しており、サプライヤーと完成車メーカーの開発過程への AUTOSAR 導入をサポー
トするアプリケーションとデバイスの開発に取組んでいる。
BMWとはモデルベース開発の共同研究を 00∼05 年まで行っている。
同研究所は、ISO15504・SPICE の策定普及の拠点であり、最近ではプロダクトライン工
学に重点的に取り組んでいる。
AUTOSAR をサポートする ISST
(4)フラウンホーファーFOKUS(ベルリン)
オ ー プ ン コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン シ ス テ ム 研 究 所 「 F O K U S 」 (Institut für Offene
Kommunikationssysteme[Open Communication Systems])は、オープンソースソフトウェア・ワイ
ヤレスネットワークなどの研究開発を行なっている。
FOKUS のうち、ASCT(Automotive Services and Communication Technologies)セクシ
ョンは、車と車、あるいは車と道路インフラ、ウェブ、家電等間の通信サービス(C2Ⅹ−
システム)の開発プロジェクトに取組んでいる。
FOKUS のうち、MOTION セクションは、モデルベース開発・ツール支援システムなどを
利用した開発支援を行っている。顧客には、ダイムラー、インテル、ノキア、SAP など欧米
の有力企業のほか、富士通、日立、NTTデータなどの日本企業もある。
FOKUS の MOTION 内の Automotive Lab は、革新的開発メソッドと将来に向けた技術開
発のための開発ハブであり、モデルベース開発メソッドの改善などに取組んでいる。
モデルベース開発手法の
改善に取り組む
FOKUSの Automotive Lab
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(5)カールスルーエ大学(大学)
1825 年に創立されたドイツで最古の工業大学。
カ ー ル ス ル ー エ 大 学 産 業 情 報 技 術 研 究 所 ( I I I T : Institut für Industrielle
Informationstechnik)では、産業界のパートナー企業との提携によって、自動車、医療、高
速電力線通信など多くのプロジェクトが実施されている。
IIITは、産学連携の要として研究開発や標準化活動において主導的な役割を果たしてき
た。AUTOSARにつながる初期の代表的なコンソーシアム活動であるOSEK(Offene
Systeme und deren Schnittstellen fur die Elektronik im Kraftfahrzeug)では、IIITが中心的な
役割を果たしてきた。
AUTOSARの生みの親として知られるウーヴェ・キーンケ教授(prof.Dr.Uwe Kiencke)
が同研究所の所長を務める(08 年に交代)。
IIITは、デファクト標準を目指すOSEKのコンソーシアム活動とデジュール標準を目
指すEUの助成プロジェクトのリソースをうまく活用しながら、双方の開発・標準化活動の
バランスを図る役割を担う、プロジェクトコーディネーターとなっている。
ヘルムホルツ協会関連の研究機関「カールスルーエ研究センター(Forschungszentrum
Karlsruhe)
」との統合を推し進め、09 年から「カールスルーエ技術研究所(KIT : Karlsruhe
Institute of Technology)
」のひとつ屋根の下に、先端研究とトップレベルの大学教育を融合
させている。
カールスルーエ大学の概要
設立
1825 年
生徒数
18,515 人(うち留学生 3,764 人)
職員数
4,051 人
教授数
277 人
学部
11 学部
Mathematics
Physics
Chemistry and Biosciences
Humanities and Social Sciences
Architecture
Civil Engineering, Geo- and Environmental Sciences
Mechanical Engineering
Chemical and Process Engineering
Electrical and Information Technology
Computer Sciences
Economics and Business Engineering
(資料)カールスルーエ大学ウェブサイトより(07.3 update)
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(6)シュトゥットガルト自動車・原動機研究所[FKFS](研究機関)
FKFS(Forschungsinstitut für Kraftfahrwesen und Fahrzeugmotoren Stuttgart)は、1930 年に、非営
利団体として初の専門的な自動車研究所として設立され、自動車関連企業の重要なパートナ
ーとして国際的に知名度が高い。
シュトゥットガルト大学の内燃機関・自動車学部と提携し、①自動車工学、②自動車メカト
ロニクス、③内燃機関の3分野に重点を置いて研究開発活動を実施している。
リエゾン部門の活動も活発であり、ドイツ企業を中心とした 120 社で構成するエンジンの共
同研究フォーラムやドイツ・オーストリア・スイスの自動車研究に携わる大学等 19 先のネ
ットワーク機関と提携している。
ドイツ政府の産学連携強化策であるイノベーショ
ンアライアンスのうち、自動車のエレクトロニクス
化にかかるアライアンス(E|ENOVA)の学側
の参画機関かつ全体のコーディネータとなってい
る。E|ENOVAは、政府 1 億ユーロ・産業界 5
億ユーロという投資規模の大きさもあり、自動車業
界では世界的な注目を集めている。
ドイツでは、自動車分野については今後 10 年以上にわたってドイツ自動車産業の競争力を
維持するためには電子技術や電子システムの非競争領域における国家的イニシアティブによ
る自動車産業の支援が必要であるとし、主要完成車メーカー・サプライヤーに「自動車電子
イニシアティブ」を形成して研究課題に取り組むことを促している。
FKFSの
研究体制
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Ⅳ.行政(自動車クラスター)の取り組み
1.ハノーバーインパルス 自動車プロジェクトセンター(09.9.17 ドイツ ハノーバー)
(1)訪問先の概要
ニーダーザクセン州の首都であるハノーバーは 57
万人の就業人口と約 600 億ユーロの総生産額を持ち、
ドイツの主要な経済地域の一つ。
「ハノーバーインパ
ルス」は、このハノーバー地域の経済促進事業団で
ある。
ハノーバーインパルスは、主に4つの事業分野、オートモーティブ(自動車電装)、レーザー
技術、ライフサイエンス、製造技術分野に注力している。
ハノーバーは、自動車産業の長い伝統があり、フォルクスワーゲン、コンチネンタル、ジョ
ンソン・コントロールズ(研究開発センター)、ヴァルタ電池、ワブコ(WABCO)など先端技
術を誇る企業が集中している。
03 年には、4 万平方メートルの面積を有し最先端の物流機能を備える、フォルクスワーゲン
のサプライヤーパークが造成されている。
自動車プロジェクトセンターは、ハノーバ
ー地域の産業振興機関であるハノーバーイ
ンパルスとハノーバー大学を中心としたハ
ノーバー地域の多くの大学の連携によって
05 年に設立された。
ハノーバー地域の研究機関と企業の研究開
発プロジェクトを支援する活動を展開して
おり、2 名がその活動に従事している。
センターの提供するサービスとして、①研究開発課題に関する調査、②プロジェクトマネー
ジメント、③プロジェクトセットアップ、④販路の開拓などがある。
プロジェクトの設計は、企業と相談して決定している。産学共同研究とするか、EU 圏の公
的機関からの助成金を得るパターンもある。
ワークショップについては、企業と研究機関が一対一で構成するパターンと、多くの関係主
体が参加する勉強会パターンがある。
自動車プロジェクトセンターが
提供しているサービス
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自動車プロジェクトセンターが
調査対象としている分野
(2)ハノーバー大学の自動車部品システムセンター
ハノーバー地域には、30 を超える自動車関連の研究機関や大学が立地している。
ハノーバー大学は、地域で最も重要な産業である自動車産業の研究開発支援を目的に、07 年
「自動車部品システムセンター(ZFKS:Zentrum für Fahrzeugkomponenten und Systeme [The
centre of vehicle components and systems])」を設立した。
同センターは、20 人の教授と 400 人の研究アシスタント、年間 100 人以上の機械工学の卒
業生が関係している。
また、電気工学・コンピューターサイエンス学部の 15 の研究機関、自然科学部からも、バ
イオプラスチックのような分野で協力を得ている。
大学院生による研究グループを立ち上げ、自動車関連企業の開発力強化に取り組むこととな
っている。
ハノーバー大学 ウェブサイト
ハノーバーに本社をおくコンチネンタルは、
地元のハノーバー大学と密接に連携してお
り、氷雪に対する耐久性が高いタイヤ素材
の開発などが続けられている。
Snow and ice test rig at Leibniz-university,hanover
コンチネンタル社ウェブサイト
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2.アルザス次世代自動車クラスター(09.9.22 フランス ミュールーズ)
(1)訪問先の概要
アルザス地域では、自動車メーカーに 4 万人、サプライヤーに 5 万人の合計 9 万人の自動車
産業従事者がいる。地域の自動車の生産台数は年間 100 万台に達する。
自動車を取り巻く環境が革命的に変化するなか、同クラスターは、サステイナブル技術(環
境・エネルギー関連等)、頭脳的ドライブシステム、アーバンモビリティソリューションなどに
焦点を置き、
地域内の企業等が関与する 50 のプロジェクトに 1.04 億ユーロを投入している。
アルザス次世代自動車クラスターの活動目標と概要
同クラスター以外に、近隣では自動車関連でオーストリアのグラーツとリンツにクラスター
がある。
(2)クラスターの取組み
クラスターの取組み分野は 4 つに分類できる。これは、①エアーループ、②車内内装、③材
料と外装、④ひととクルマ、である。
アルザス次世代自動車クラスターの取り組み分野
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近年力を入れているテーマは、①サステイナブル技術(地上輸送、都市と郊外の自動車につ
いて)
、②頭脳的ドライブシステム、③アーバンモビリティソリューション、④クルマとイン
フラの間の問題を解決するソフトウェアである。
自動車に関連して 2∼3 年後に必要となる技術・サービスはどういうものかをクラスターと
して検討し、その実現に貢献できるプロジェクトを優先して選定している。
MOBILIS という自動車関連の研究者等を欧州・カナダなどから参集する国際会議も定期的
に開催している。
自動車分野の国際会議を主催
クラスターの運営予算は年間 150 万ユーロであり、こうした投資・運営資金は政府・地方自
治体など 15 の組織から拠出されている。
プロジェクトに関連する企業は 120 社程度あるが、そのうち 50%は中小企業である。80 の
公的研究機関も参画している。
大企業の場合は、プロジェクト予算の 25%を支援している。中小企業の場合は、予算の 50
∼70%程度支援できる。
プジョーの子会社は、サーマルエンジンを活用した小型の三輪車の開発に取り組んでいる。
市内を動く人の動きをシグナルによって把握するシステムなどのプロジェクトがある。
アルザス次世代自動車クラスターのプロジェクト例
地域の中小企業には自動車における改革を進めるための技術のシーズがある。こうした中小
企業に対してクラスターを通じて取組みを支援していく。
技術力を持つ中小企業を生み出す動きを加速させていくとしている。ただ、全く力のない企
業を高度な技術を有する企業に育てるようなことまでは考えていない。基本的に支援する企
業は一定の技術力を持っている企業で、ステップアップしていくための働きかけを行う。
プロジェクトが終了しても企業と大学との関係は残るので、企業にとってプロジェクトは大
学との関係においては有意義な契機である。
クラスターの成果は、政府が評価する。売上への貢献、雇用への貢献・研究成果(発行物・
特許等)などの指標で判断する。
技術の不足している中小企業を大学が支援できるようにしている。こうした企業のニーズは、
クラスター職員だけでなく、
各地の企業団体などのネットワークによって掘り起こしている。
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3.モゼール県 開発局(09.9.21 フランス ハンバッハ)
(1)訪問先の概要
フランス・モゼール地方は欧州の中心部に位置し、1,100 万人の圏域人口を有する。産業の
振興に向けて、立地する2つの大学と進出企業などとの緊密な連携が行われている。
パリまで鉄道で 1 時間 10 分で行ける距離であり、進出企業は約 2 億人の消費者市場を背景
とした活動ができる。
8000 人のドイツ人がモゼールに別荘を持っており、ドイツとの交流が密である。
土地の利便性に加えて、ドイツより人件費が安く、素材産業が集積しているのが進出企業の
メリットである。
従来は鉄鋼・化学といった産業が盛んであったが、それらが衰退してきているため、次世代
産業で 10 万人の雇用を創出することがモゼール県の目標となっている。そのうち最も期待
されているのが自動車関連産業である。
モゼール県の高校は、米国やドイツの高校と連携して、電子工学などの研究を進めている。
電子工学では、米国ジョージア州アトランタの工科大学と連携している。これらとジョイン
トした研究プログラムを進めている。
開発局としては、地域の産業を支援していくなかで、国際企業との提携支援に特に力を入れ
ている。特にアジアとの提携を強化する。
日本での産学連携の姿を参考にしながら、大学と企業との共同開発を優先的に支援している。
最近は県としてアジア地域との連携を強化している。特に中国、インド、日本の3大市場に
は力を入れており、07 年に東京、08 年には北京に支局を設立し、地域間の交流に力を入れ
ている。
モゼール県の自動車産業分野の研究開発機関等
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4.東フランス プラスチック成型加工クラスター(09.9.21 フランス ハンバッハ)
(1)訪問先の概要
フランス・モゼール地方はセラミック・鉄鋼などの素材産業が盛んであり、関連産業・技術
の蓄積があった。そこで、将来への投資として、1989 年にコンポジットマテリアル(複合材
料)
、プラスチックとそれらの加工技術を対象とした研究開発センターが設立された。
センターにはフランスの 100 以上の政府関係機関、20 の地域関連機関が出資しており、現
在のスタッフは 22 人、年間売上は 200 万ユーロで、企業との契約が 70%を占める。
企業からの委託でなく独自に研究しているテーマは 3∼5 年先を見据えた先進的なものであ
る。材質についての研究ではモゼール県から全ての支援を受けている。
同センターは、ツールデザイン・プロトタイプなどの製造、分析人材トレーニングなどを行
っている。ルノー、プジョーは、素材の解析をここで行っている。また、地域の企業・大学
の技術開発等に対する支援も行っている。
22 人の職員のうち、9 人が技術者、5 人は工学博士を持っている。
研究開発センターが提供するサービス
コンポジットマテリアルを使った RTM(レジン・トランスファー・モールディング)成形
法が注目されている。この成形は自動車業界でも広まっている。従来より質量を 3 割程度減
らせるというメリットがある。
ここ 5 年間で同センターの活動はほぼ倍増している。特に自動車業界でコンポジットを使え
ないかという研究が始まったことが大きい。この不況が終わればコンポジットマテリアルの
需要も拡大すると考えており、様々な投資を行っている。
現在、次世代素材は主に航空分野等で利用されているが、今後は自動車分野でもコンポジッ
トマテリアルの需要は高まるとみており、08 年から 50 万ユーロを投資して RTM に関連し
た研究を行うなど様々な先行投資を行っている。2010 年には素材の試験施設(テスティング
センター)が開所する。
欧州だけでなく北米なども含めて数多くの大学と技術提携している。大学と企業との共同開
発にかかる調整なども同センターが行う場合もある。日本の企業・大学とも提携したい。
2 年に 1 度、コンポジットマテリアルを対象とした国際会議を開催している。09 年 2 月の会
議には 20 カ国から 300 人の研究者等が集まった。日本からの参加もある。
アルザス地方には素材を対象とした産業クラスターがフランスの援助を受けて形成されてい
る。5 年先の地域産業育成に、戦略を立てて取り組んでいる。
モゼール県の開発局も機器の開発などを支援している。
将来はコンポジットカーなどを地域で作成するなど、コンポ
ジットにまつわるものに焦点を当てて取り組んでいく。そう
すれば欧州の主要企業もここに集積する。
コンポジットマテリアルを対象とした
国際会議を開催
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Ⅴ.モーターショー等への訪問概要
1.フランクフルトモーターショー(09.9.19∼20 ドイツ フランクフルト)
いずれの完成車メーカーも燃費・CO2 排出量を各展示車に大きく掲示して、環境性能を強く
アピール。消費者が環境性能を重視していることが窺われた。
欧州各社はディーゼル・ハイブリッド・燃料電池・電気自動車などの関連技術を幅広く展示。
会場入り口には環境保護団体による、大型 SUV 等が地球を踏み潰しているオブジェが大き
く展示されており、自動車メーカーの環境対応方針に対する社会の厳しい目も窺われた。
フランクフルトモーターショー2009 における主要企業の展示内容
フォルクスワーゲン:環境性能に優れた「ブルーモーション」シリーズを多数展示。走行距離 100 ㎞を目指
すコンセプトカーや小型電気自動車など多様な環境対応車も展示し、環境対応の先進性を強くアピール。
ダイムラー:クリーンディーゼル、燃料電池、ハイブリッドや系列の SMART の電気自動車など、主要環境対
応技術を並列的に展示。BLUE EFFICIENCY と銘打って保有する環境対応技術の豊富さをアピール。
BMW:走る歓びと環境性能の両立を目指すハイブリッドスポーツ車を展示。MINI の電気自動車も展示。
PSA:ディーゼルハイブリッド技術を環境対策の目玉として強くアピール。
ルノー:日産と連携した電気自動車(ゼロエミッション車)の普及をアピール。
フォード:環境対策を強くアピール。CO2 排出量を車種別に掲示。
トヨタ:フルハイブリッド・プラグインハイブリッドなどハイブリッド技術における先進性をアピール。
マツダ:軽量化したロードスター、クリーンディーゼルを採用した新型CX−7などを展示。
会場入り口に環境団体が設置した、
大型SUVが地球を踏みつけているオブジェ
以下は、フランクフルトモーターショーの各メーカーブースの展示内容と調査メンバーによ
る感想である。
(1)マツダ
クリーンディーゼルを採用した新型 CX7 を展示し、CO2 排出量削減をアピールしていた。
コンセプトカーとしては、
軽量化されたロードスターの展示、
スピーカーを 10 個使った Bose
の設計によるオーディオシステムの展示などあった。
マツダの軽量ロードスターとクリーンディーゼルを搭載したSUV
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(2)トヨタ
トヨタの展示は、
「フルハイブリッド」を中心としたものとなっており、エンジンとモータ、
インバータが一体化した駆動ユニットの構造モデルも提示するなど、他社との違い(優位性)
をアピール。
レクサスの欧州での販売のうち、既に半数以上がハイブリッドとの展示もあった。
1km 当たりの CO2 排出量が 60g 程度のプリウスのプラグインハイブリッドは、展示されて
いるものの、現地一般見学者の人気度は低いようにみえた。
超小型車 iQ に対するドイツ国民の注目度が興味深い。3 輪メッサーシュミット(航空機メーカ
ーのメッサーシュミット社が製造した小型3輪自動車)やスマートを生み出したドイツの国民性に合
致しているのであろう。走行性能にもよるが、ドイツ市場でスマートを凌駕する可能性もあ
る。
欧州でのレクサス販売の半数がハイブリッド
(3)フォード
フォードの展示は、環境対策を中心として、1km 走
行時の CO2 排出量を、車種別に掲示。
特にスマート・アイドリングストップの応用、空力
特性の改善、高燃費タイヤの採用などで、100g/km
を下回る車種の展示を前面に出していた。
(4)BMW・MINI
排出ガスの少なさを大きくアピール
BMW では、従来の幌を収納可能なハードトップに変更した Z4 に人気が集まっていた。
特に多くの来場者の目を引いていたのは、高速走行が可能な EV スピードスターである。ト
ルクのあるモータを採用して、
急加速を可能とすることで、スポーツ走行を可能にしている。
MINI の展示は若い人々を意識したポップな展示になっているが、人気のある展示は、コン
バーチブルタイプの新スピードスター。
(5)ダイムラー
①メルセデス
高速化と長距離走行の 2 つの課題を解決するために、メルセデスでは、クリーンディーゼル、
燃料電池、EV、HV の 4 つの解決策を並列して展示。
ダイムラーも次世代車と排出ガスの少なさをアピール
- 95 -
燃料電池、EV、HV とも、フロント部分に配置したモータによる駆動方式を採用している点
では、全て同じ構造。HV では、車体後部にエンジンを搭載し、発電する方法を採用。
エンジン用燃料タンクは、車体中央にバッテリーとともに配置。燃料電池では、水素ボンベ
を車体後方に配置し、やや前方に燃料電池(発電機)を配置した構造。
EV は、車体中央から高部までの広い部分にバッテリーを配置して大容量化に対応。
メルセデスは、将来の自動車がどのような駆動方式を選択すべきかの判断を市場に委ねよう
とする戦略を採用している点が興味深い。クリーンディーゼルだけでは、ユーザが要求する
高速走行能力と、低燃費化の矛盾する課題を解決できないことが明確になっているためと思
われる。
メルセデスの展示においてもうひとつ注目すべき点は、過去のモデルを現代的にアレンジし
なおした 2 シーターモデルや 1 シーターモデルなど、1950 年代から 1970 年代の高級スポー
ツカーを想起させるデザインの提案が多い。
実際に多くの来場者が試乗するのは、ワゴン型のものが多い。RV 型の展示が減っているこ
とから、市場が RV 化から、新しい方向に動き始めていることを暗示している。
②smart
smart 展示の主体は、EV である。アウトバーンを高
速で移動するよりも、市内を軽快に移動するための自
動車としての smart では、1km 当たりの CO2 排出量
を 80g 以下に抑えたモータ駆動の短距離型 EV が適合
している。
smartの電気自動車
(6)フォルクスワーゲン、アウディ グループ
①フォルクスワーゲン
VW の展示は、
「Bluemotion」と名付けた TDI ディ
ーゼル、105 馬力のエンジン搭載モデルを中心とした
展示になっており、1km 当たり 99g の CO2 排出量を
売り物にしていた。
一部には、LPG を燃料としたディーゼルエンジンモ
デルも開発されており、特に大衆車の領域で CO2 排
出量や燃費が重要になってきていることを感じさせ
ドア部分に CO2 排出量と燃費のデータを示す
る。
コンセプトカーは、かつての3輪メッサーシュミットに似た 2 人乗りの小型車と小型電気自
動車の 2 台を展示。アウディと比較すると地味な展示になっている。
②アウディ
アウディの展示は、創業 100 年を強く意識し、戦前に 400km/hr 以上の高速走行を記録した
auto union 車を前面に展示。中心には 10 気筒の新型「R8 Syder」 (roadster)と EV コン
セプトカーの「e-tron」を展示している。
5.2L-TFSI のエンジンを搭載した「R8Spyder」は、現在の「R8」をベースに 2 シーターに
したもので、ドイツにおけるコンバーティブル 2 シーターの流行を反映したものといえる。
空力特性を重視したクーペタイプの「e-tron」は、軽量化を徹底し、アクティブ・クルーズ
コントロールを導入、高速性と高い安全性を売り物にしている。
- 96 -
③スコダ
VW グループでチェコを代表するメーカに成長したスコダだが、ドイツ国民の人気はなく、
「賢い選択」を標榜しているものの、品質の低さに対する懸念からか、にぎわいに欠けた展
示になっている。
CO2 対応も前面に出ておらず、対応が遅れていることを暗示している。
(7)現代自動車
現代自動車は、エコ対応として、EV、クリーンディーゼルを基本としたハイブリッド車、ハ
イブリッド LPG 車、電気自動車を中心に展示。
EV は、クリーンディーゼル社のエンジンを完全取り外し、インバータとモータに積み替え
たもので、エンジン収納部分にかなりの余裕を持っている。
トヨタのプリウスに似たプラグインハイブリッドも展示していた。この展示から、現代自動
車がトヨタを猛追する戦略を取っているだけでなく、次の時代を先取りしようと、メルセデ
スに似た多面的な戦略を採用していることが感じられる。
展示会の賑わいで、特にエコカーに人気があることから、ドイツではエコカー市場で現代自
動車が台頭しつつある可能性も否定できない。特に、現代自動車では、Smart や iQ に似た
小型 EV 車も展示。
(8)ポルシェ・フェラーリ
スポーツカー関連企業が集まっているこの展示会場は、会場が小さく、来場者が多いので、
土曜日の午後はすし詰め状態で、展会場内を自由に動くことが困難であった。
その中で、特に人気を集めていたのがポルシェの展示。この秋売り出される 4 ドアのポルシ
ェの人気が高く、多くの人々が試乗していた。
クリーンディーゼルを搭載したモデルの展示もあり、環境対策がスポーツカーにも影響し始
めたことを如実に暗示している。
スポーツカーとしてフェラーリは、ドイツにおいても人気があることが、展示場の混雑から
理解できる。また、高級車マセラッティもかなり人気がある。
フェラーリの新型車は、従来の 360 系よりも、居住性を重視したスポーツ・クーペ型デザイ
ンになっている。より幅広い用途を指向し、多くのユーザを惹きつけようとしている。マセ
ラッティと似た路線を採用。
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2.マツダ欧州 R&Dセンター(09.9.18 ドイツ オーバーウアゼル)
(1)訪問先の概要
08 年のマツダの世界販売台数(112.6 万台:国内販売+輸出)に占める欧州向け(同 35.3 万
台)の割合は 31.3%に達しており、北米向け(27.1 万台)
・国内向け(24.4 万台)を上回る。
マツダの欧州法人であるマツダ モーターズ ヨーロッパに(マツダ欧州)おいて、オーバー
ウアゼルは研究開発部門の拠点という位置づけとなっている。テスティングやデザイン、各
種の認証支援、関連用品の開発などを行っている。
デザイン部門では、先行的な領域を主に担っている。フランクフルトモーターショーで展示
しているロードスターのショーモデルも同事業所が開発・製造したものである。
マツダ欧州R&Dセンターの研究内容等(マツダウェブサイトより)
(2)欧州における自動車市場の動向
a.環境対応技術
欧州では、京都議定書(1997 年 12 月)以来、CO2 に対する関心が非常に高まっている。欧
州はもともと環境意識が高く、ハイブリッドや電気自動車の普及に向けた政策的な動きも始
まっている。
欧州では、大都市はゼロエミッション車しか入れない City Toll の動きも広がっている。これ
は、エミッションの低い車のみ市内に進入できる、あるいは低エミッションでない車は進入
の際に課金されるという仕組みである。
EU では税制は各国ごとに別であるが、CO2 に対する課税の動きも各国に広がっている。
電気自動車は、現在のバッテリー能力ではあまり実用的ではないが、環境政策的な側面から
徐々に普及してくる可能性がある。
ドイツの自動車メーカーは電気自動車には総じて消極的である。一方、フランスは原子力発
電所がたくさんあるので、ドイツよりは電気自動車のプロモーションに積極的である。
イタリアは、スクーターの歴史が長く、天然ガス車なども普及しておりガソリン以外の自動
車への抵抗感も少ないこともあり、電気自動車にも比較的積極的に動いている。
欧州では、ゼロエミッションゾーンの設定を手始めに、まさに各国とも電気自動車の普及に
取り組み始めたところ。ごみ収集車などへの電気自動車の採用も増えている。
電気自動車の普及については、急速チャージの方法などが大きな課題だが、それについての
答えはまだみえてきていない。
欧州では既に電気自動車に関する標準化活動が始まっており、充電プラグの形などは提案さ
れて固まりつつある。
ハイブリッドは、欧州では燃費を中心としたパフォーマンスが十分とは認められず、現状で
はまだ市場はあまり広がっていない。ただ、レクサスの非常に高価なハイブリッド車種など、
限定された分野では売れている。
欧州は、総じてハイブリッド、電気自動車には厳しい市場といえる。特性、コストでディー
ゼル等に比べてのアドバンテージが少ない。ただ、マイクロハイブリッドなど、関連する様々
な技術がこれから大きく需要を伸ばしてくることは間違いない。
欧州はハイスピード・ロングディスタンスというドライブ特性があるので、アジアとは違う
商品を提供していく必要がある。
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マツダのドイツでの販売車種
b.安全対応技術
安全関連では、欧州ではアクティブセーフティーの機能がマストになりつつある。アクティ
ブ機能をパッシブ機能と組み合わせていく必要がある。
今後はブレーキングサポート機能が重要になるだろう。ムチ打ち事故が大きな社会問題とな
っている。
他にも様々なシステムが開発されているが、いずれもドライバーをよりインテリジェントに
するための機能である。
どんな技術にしても、ソフトウェアが大きなポイントとなることは間違いない。システムの
信頼性も重要になってきている。
アクティブセーフティーでは、消費者にその機能が受け入れてもらえるかどうかも重要であ
る。各種の警報が作動しても、それが邪魔に感じられるようでは意味がない。
c.軽量化技術
軽量化は、自動車においてあらゆる面で効果的な取組みなので、非常に重要になっている。
材料は、複合的にできるだけ軽い材料を使うというのが大きな流れである。ハイストレング
ススチールの採用は更に広がるだろう。
軽いだけでなく、超硬力鋼も重要になっている。ハイ ストレングス スチール(HSS)でな
く、ウルトラ ハイ ストレングス スチール(UHSS)という時代になっている。
新たに開発されたアルミ材なども登場してきている。
プラスチックでは、メタルとの複合化が更に進んでいる。ポリカーボネイドの採用も進んで
いる。
材料については、材質だけでなく、キャスティングやフォーミングなどの加工技術で注目さ
れる技術が出てきている。
加工技術では、広い領域での連続的な接合が重要になってきている。ホットスタンピングな
ど新しい製造手法も出てきている。
d.欧州における産学連携
欧州では自動車メーカーや部品メーカーがスポンサーになって大学と一緒に開発するという
動きは多い。
行政の支援を受けられる場合も多いので、多くの自動車関連企業は大学との共同開発に魅力
を感じている。
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3.ミュールーズ国立自動車博物館(09.9.22 フランス ミュールーズ)
繊維工場を改装した館内に、1878 年から現在までの名車 500 台が揃う、世界最大級の自動
車博物館。なかでも、ブガッティ・コレクションが充実している。
ダイムラーの 1878 年初期の自動車からレーシングカー、最新のプジョーの乗用車までの自
動車が年代ごとに陳列されている。
自動車の歴史が貴重な実物を見ながら学べる。年配者から子供まで来場者は多く、欧州の人
の自動車に対する思い入れの深さが実感できた。
ミュールーズ国立自動車博物館の展示内容
- 100 -
Ⅵ.欧州の自動車産業振興に向けた産学官連携方策
1.産学官連携等によるイノベーション創出を強化する欧州
欧州では、05 年に策定された EU 第 7 次フレームワークプログラム(図表3−5)において、
2013 年までの 7 年間に総額 505 億ユーロ(7 兆円弱:130 円/ユーロ換算)の予算を用いて産学官共
同プロジェクトに対する研究助成(プロジェクト予算の最大 50%をEUが負担)等を実施する
など、イノベーション創出に向けて、基礎研究の助成や人材育成、研究インフラストラクチャ
ーの構築等に取り組んでいる。
図表3−5
EU第7次フレームワークプログラム(FP7)
(資料)文部科学省「科学技術白書
2008 年版」
電気自動車をはじめとした次世代自動車に関する研究開発に向けても、駆動装置の開発・電
池のリサイクルの研究開発にドイツ政府が 1 億ユーロ(120 億円:130 円/ユーロ換算)の補助を発表、
フランス政府も自動車メーカーの電気自動車に関連した研究開発ならびにインフラ整備に 10
年間で総額 25 億ユーロ(3,250 億円:130 円/ユーロ換算)を投入するなど、各国政府レベルでも多
額の予算を投入している(次ページ:図表3−6)
。
こうしたEUあるいは欧州各国政府の積極的な支援姿勢を背景として、今後の大きな変化・
成長が予想され世界レベルで開発競争が激化している次世代自動車に関連する様々な分野にお
いて、産学が共同しての開発・研究が活発に行なわれるようになっている。
- 101 -
図表3−6
次世代自動車に関連した研究開発等に関する各国の政策
政策
ドイツ
内容
EV関連研究開発支援
・2020 年までに 100 万台のEV実用化が目標
(ユーロモニター 09 年 6 月資料等)
・第 2 次経済対策において総額 5 億ユーロを計上(650 億円規模:130
円/ユーロ換算)
→次世代リチウムイオン電池の開発
連邦研究所 6,000 万ユーロ、産業界が 3 億 6,000 万ユーロを負担
・PHVとEVの駆動装置の開発、電池のリサイクルの研究開発
に 1 億ユーロの補助
エレクトロ・
・電池開発の支援、国内の充電網整備、EV購入補助制度
モビリティ国家開発計画
・EVの普及 2020 年 100 万台、2030 年 500 万台以上が目標
(09 年 8 月閣議決定分)
フランス
EV普及開発支援
(09 年 10 月環境・持続開発相
発言等)
・2020 年までに 200 万台のEV生産を想定、自動車メーカーのE
V関連研究・開発への助成ならびにインフラ開発に 10 年間で総
額 25 億ユーロを投入
・インフラ整備:総額 10 億ユーロ、2020 年までに 400 万カ所以上の
充電スタンド・電力網を整備
米国
EV・PHEV国家計画
・2010 年以降、充電インフラの実証実験(7,000 万ユーロの助成)
(French national plan for
・2015 年までに 10 万台のEV普及、購入補助 5,000 ユーロ
EV-PHV 09 年 10 月)
・充電ソケットの標準化、中古バッテリーの活用研究
グリーンニューディール
・自動車電池製造及びEVの普及促進に関する 48 のプロジェクト
政策
(09 年 8 月政府公表資料)
中国
新エネルギー自動車産業
・2011 年までにエコカー生産 50 万台目標(乗用車販売の5%)
・2012 年までにエコカー研究開発に 1400 億円(100 億元)拠出
新能源汽車設計製造産業
・新エネルギー自動車の産業基地の設立を発表、投資額 675 億円
基地(北京)
・クリーンエネルギーの技術をもとに、HV、EV、水素自動車、
(北京市政等
09 年 1 月)
一連の環境政策において
(FOURIN 月報
日本
−電動自動車バッテリー・部品の製造イニシアチブ
輸送機関の電動化の助成対象プロジェクトを決定
企業助成例:Navister International 3,920 万ドル
大手自動車メーカー 4 億ドル以上
Saft America 9,550 万ドル
フォード含む複数自動車メーカーとミズーリ科学
技術大 4,500 万ドル
政策(中央政府)
(中国環境新聞 09 年 2 月等)
韓国
に助成、総額 24 億ドル(2,000 億円規模:90 円/ドル換算)
エンジンを設計、製造
・世界4大エコカー産業国としての地位獲得を目指す
09 年 8 月) ・PHVの研究開発を官民共同で推進、2013 年に市場投入計画
「次世代自動車用電池の
・次世代自動車用蓄電池開発(07∼11 年度 110 億円)
将来に向けた提言」等より
・革新的蓄電池先端基礎研究(09∼15 年度 210 億円)
(07 年 6 月公表)
・レアアース代替材料開発(07∼13 年度 87 億円)
・クリーンエネルギー自動車等導入促進対策費 100 億円(10 年度)
→EV、PHV及び充電設備の導入を支援
(資料) 中部経済産業局「クルマの未来とすそ野の広がりを考える会」(09 年 10 月)資料
- 102 -
2.欧州における産学官連携の特徴
今回の欧州現地調査では、自動車産業に関連した分野での産学官連携・産業支援施策におい
て、以下のような特徴が確認できた。
日本と欧州では、産業、大学、地域行政などの歴史、取り巻く環境等に大きな違いがあるた
め、単純に産学官連携の在り方を比較することはできないが
①フラウンホーファー研究機構に代表される大学と産業を結ぶ応用研究機関の重要性
②開発力強化・人材確保に向けて大学を有効活用している企業の戦略
③主導的に企業との共同開発や人材育成プログラム開発を行っている大学の姿勢
④産業支援機関が展開している国際的な活動
などの事例は、今後の地域における産学官連携・産業支援施策を推進していく上での参考と
なり得る。
(1)大学の基礎研究と企業の実践研究の間を埋める橋渡し的な研究機関(フラウンホーファー研
究機構等)が存在し、高度かつ実用的な研究開発・企業支援活動を展開している。
[フラウンホーファー研究機構]
ドイツでは、大学が蓄積してきた高度な研究シーズを応用レベルにまで落とし込み、企業に
移転することを目的としたフラウンホーファー研究機構のような研究機関が、研究開発分野に
おいて非常に大きな存在感を持っており、企業との連携も密接である。
フラウンホーファー研究機構の人材は、大学での専門的な研究をベースとしながら企業のニ
ーズにも柔軟に対応することができる非常に高度かつ幅広い知見を有しているようにみられた。
そうした人材が、日本のように自らの教育・研究活動から時間を捻出しながら対応するという
スタイルではなく、専業として企業との共同研究・開発に取り組むことで、企業にとっても具
体的な成果が期待できる産学連携を実現できていると考えられる。
(2)企業が積極的に大学との研究開発にリソース(資金・人材)を投入し、大学のリソース(研
究シーズ・人材)を効果的に活用している
[INI.TUM、ボッシュ、コスタル]
アウディが共同研究施設を建設して大学等との密接な共同研究に取り組んでいるINI.T
UMや、共同研究や教育プログラムの開発など機能安全の関連だけでも多くの外部機関との連
携体制を構築しているボッシュの事例をみると、まずは企業側が大学等との共同研究に相応の
資金だけでなく人材まで積極的に投入していることが、有効な産学連携に向けての大きな条件
になっていると考えられる。
また、インターンシップ制度や共同開発における大学人材の活用を積極的に行っており、こ
れが優秀な人材の採用や大学との緊密な連携の継続などの具体的な成果につながっている。
(3)大学・研究機関が自らの得意分野に国内最先端の研究・人材を集めており、企業にとって
は「この分野の研究であればこの研究機関」という位置づけが明確である。
[フラウンホーファー研究機構]
フラウンホーファーIESEは、カイザースラウテルン大学の研究実績等をベースとして、
ソフトウェアエンジニアリングについてドイツ国内では最高レベルの人材・知見を有している
とみられる。実際、車載ソフトウェア開発について、アウディやダイムラー、ボッシュなどド
イツの有力自動車関連企業との豊富な共同研究実績があり、ソフトウェアエンジニアリングに
関する課題があればIESEに相談すれば間違いないという認識が業界で一般化しているよう
に見受けられた。
- 103 -
それぞれ異なった専門分野を有しているフラウンホーファー研究機構の研究所(あるいはそ
の母体となっている大学)のように、当該分野ではドイツ国内で最先端の知見を持っていると
評価されている研究機関であれば、企業にとっては安心して共同研究等を検討できる。研究機
関にとっても、その得意分野を明確にすることで、当該分野での共同研究が増え、そのことが
その研究機関のレベルアップにつながり、共同研究等の成果の質が更に向上するという好循環
も生まれていると考えられる。
日本の大学等においても、教授等の属人的な専門知識に頼るのではなく、戦略的に組織とし
て特定分野での人材・知見を集め、外部評価等によって研究レベルの高さをアピールするよう
な動きが広がれば、産学連携の質の向上に貢献すると考えられる。
(4)大学が主導して、地域の主要産業である自動車産業に関連する分野での研究開発力強化に
向けて、関連する学部・研究機関の共同研究を促進する組織を設置している。
[ダルムシュタット工科大学、ハノーバー大学、シュトゥットガルト大学]
ダルムシュタット工科大学のオートモーティブ システム エンジニアリング リサーチ グル
ープ、ダルムシュタットやハノーバー大学の自動車部品システムセンター、シュトゥットガル
ト大学の内燃機関・自動車学部とFKFSなど、ドイツでは主要産業である自動車産業に関連
した研究開発について、大学が率先して関連する企業や研究機関・学部等による共同研究を促
進するための組織を設置している。
日本でも、近畿大学工学部(広島県東広島市)の自動車技術研究センターや広島工業大学の
自動車研究センター、地域外では九州大学のオートモーティブサイエンス専攻や豊橋技術科学
大学の未来ビークルリサーチセンターなどの自動車を明確な対象とした専門的な研究開発・企
業との連携に向けた取り組みは始まっているが、今後の取り組み方針などについてドイツの大
学の動向をベンチマークしていくことも有効と考えられる。
(5)産業支援機関が、国際展示会・国際会議を定期的に開催するなど、世界の関係機関・研究
者・企業とのネットワークを構築するための国際的活動に積極的である。
[アルザス次世代自動車クラスター、東フランスプラスチック成形加工クラスター]
アルザス次世代自動車クラスターが開催している自動車関係研究者等の国際会議
「MOBILIS」や東フランスプラスチック成型加工クラスターが定期的に開催しているコンポ
ジットマテリアルをテーマとした国際会議など、欧州のクラスターは、国外からの情報収集や
国外主体との連携に向けた活動を積極的に展開している。
市場がグローバル化している自動車産業のクラスター活動としては、当然海外を視野に入れ
た取り組みを展開すべきであるが、欧州の取り組みにみられるように国際会議の開催などによ
る国外の研究者との交流なども検討に値すると考えられる。
(6)大学・研究機関が、産業人材育成に向けた人材教育プログラム提供を積極的に行っている。
[オート・アルザス大学、フランホーファーIESE]
オート・アルザス大学が地場産業の人材育成に向けて設立している専門組織[ENSISA]や
カイザースラウテルン大学とフラウンホーファーIESEが連携して社会人技術者向けに実施
しているソフトウェア人材育成プログラムなど、大学、研究機関が産業の人材教育に向けたプ
ログラム提供を積極的に行っている。
地域の産業人材の育成に向けては、現在、産業振興機関、工業技術センターなどが中心とな
って地域の大学等の支援を受けながら展開している場合が多い。今後は、更に大学等との連携
体制を密にしていくことにより、プログラムの高度化ならびに大学等に対して地域での実践的
な社会人教育の構築に向けた人材の充実を促していくことにつながると考えられる。
- 104 -
3.調査チームの感想
(1)全体を通じて欧州自動車産業の取り組みから受けた感想
欧州プロジェクトにおける調査団メンバーに全体を通じての感想を尋ねると、産学連携に関
しては、
「国をあげての戦略的推進活動や企業活動に広く目を向けた大学の精力的な対応などの
努力」や「企業の取り組みに直結したフラウンホーファーのような研究機関の存在」が印象に
残ったとのコメントが聞かれた。
ソフトウェアの品質向上や規格・標準化については、
「専門の研究機関等が規格に本気で対応
している」ことが確認できたとのコメントがあった。
また、自動車産業の動向については、高い技術を有する欧州の完成車メーカーが、これまで
のエコカー分野での日本メーカーからの遅れを取り戻すべく、
「次世代自動車の、すぐ目先の量
産に向けて業界全体が動いている」ことを実感したとの感想が聞かれた。
ドイツでは、大学と企業の連携が密で、高度な専門知識をもつ実践的人材の産学連携によ
る育成と産業への供給や、大学に蓄積されている高度な知識の活用が実現されている。
また、こうした連携は、数多くの博士課程学生を教育し、学位を授与する必要性がある大
学側のニーズと、できるだけ少数の研究員で、効率的に研究成果を出す必要性がある企業側
のニーズにともに応えている。
今後は、地域でも、大学における産学連携人材育成機能の強化(一部大学及び製造系企業
で博士前期課程の学生及び社員の博士後期課程進学者を増やすなど)
や地域別産学連携推進
機能の一本化などの産学連携強化に向けた取り組みが求められる。
また、日本国内では、ソフトウェア工学の基本を学び、その知識を的確に製品開発に適用
できる人材の蓄積に問題がある。
大学における技術者教育と企業における人材育成との一貫
した連携体制を確立することも課題。(大学教授A)
今回の欧州調査を通して、欧州では産学連携が日本に比べて活発に行われているのは、国
を挙げての戦略的推進活動や企業活動に広く目を向けた大学の精力的な対応などが古くか
ら継続的になされた努力の結果であることを知らされた。
欧米と日本との比較では、
長い歴史の中で今日の格差に至っていると認識しておくことが
重要である。日本の現状は長い歴史と風土の中から生まれたものであり、これを変革してい
くことは表面的で単純な課題ではなく基本的な考え方に立ち戻った対応が必要となる。
この状況を打開するには、
【1】大学は研究成果や社会貢献に対する考え方を変革するこ
と、
【2】
企業が抱える実践的な課題やテーマを共同研究に結びつける環境を整備すること、
が必要である。また行政には、産学連携研究について、学術的成果のみでなく、地場産業の
活性化の視点からの評価をお願いしたい。(大学教授B)
産学連携について印象に残ったのが、企業の取り組みと直結したフラウンホーファーのよ
うな研究機関が存在していること。今後、中国地域のカーエレクトロニクス開発基盤を成長
させるために、
産学連携をどのように活かしていくかを早急に検討することが必要と再認識
した。
ソフトウェア品質については、フラウンホーファーIESEのように専門の研究機関があり、
AUTOSAR等の規格に本気で対応している。日本国内の企業主導の考え方とは違った形で対応
していることを認識した。(自動車関連企業C氏)
- 105 -
欧州自動車メーカーは、2015年、2020年のCO2規制に対して非常に焦りを感じている。
日本にエコカービジネスで先行されていることもあり、
技術開発の遅れを痛感している状況。
しかし、今後、遅れを巻き返そうと続々と各社、プラグインHV、ディーゼルHVなどの量
産に向けての開発を加速している。
エレキ技術に関しては日本の方が優れてはいるが、欧州企業の駆動系、潤滑系、車体系の
技術は素晴らしいものがあり、
すぐに日本のHV技術に匹敵するような技術を量産投入して
くるだろう。間違いなく次世代の車、それもすぐ目前の量産に向けて世界が動いている状況
を実感した。(自動車関連企業D氏)
(2)訪問テーマ別のコメント(産学官連携、次世代技術等)
①産学官連携について
・ダルムシュタット工科大学にみられたように、大学が多くの自動車メーカーの開発ガイドライン
などを横並びに比較して、標準化やバグ対応を行うことは、大学の中立の立場を利用した賢明な
戦略。企業も長期的にはお互いにメリットがあるということを理解しているため、実現している
やり方だと思われる。なお、このような共同研究を進めるためには、個別案件ごとの連携ではな
く、会社と大学という大きな枠で捉えた連携が必要になる。
・フラウンホーファーIESE のような自動車メーカーが先を競って共同研究を希望するような実力
がある研究機関があり、自動車産業の開発のレベルアップに貢献している。先方研究機関からは、
日本は大学のリソースを活用すべきであるとの的を射た提言もあった。
・INI.TUMは、大学が会社の1研究部門として機能しているとの印象を受けた。このような
産学官連携には、連携センターのような組織が率先して活動していくことが重要。
・INI.TUMのような組織を作ったきっかけを質問すると「それは2人のゴルファーから始ま
った」とユーモラスな回答が返ってきた。産学官連携の主役は技術ニーズやシーズと考えるのが
当然と考えられているが、本当は何より先に人間関係が重要であるとの示唆は興味深い。
(大学教授B氏)
・日本の産学官連携による研究は、大学教授と企業の担当者間の個人的な関係に依存する属人的な
ものであり、システム的に洗練されたものとは言えない。ドイツにおける、公的な研究機関であ
るフラウンホーファーによる産学連携の枠組みの方が、制度的に成熟している。
・日本の大学では、産学官連携による研究テーマも学会での議論を基礎に選定しており、現実離れ
した論文にし易いテーマに研究を集中させる結果を生み出している。このため、日本企業は大学
を人材供給機関としかみなくなっている。このことは、大学においても企業においても、世界的
な競争において不利である。INI.TUMにおけるアウディとミュンヘン工科大の共同研究は、
テーマの設定方法・資金協力の方法などで参考となる。
(大学教授C氏)
②規格、ソフトウェア品質向上への対応について
・ドイツでも、機能安全についての研究はまだ企業内の検討に留まっているが、今後は個別テーマ
に落とし込んで、各研究機関や大学との共同研究が活発に展開されると予想される。
・ソフトウェア品質については、IESEのように専門の研究機関があり、AUTOSAR等の規格に本気で対
応している。日本国内の企業主導の考え方とは違った形で対応していることを認識した。
(自動車関連企業A氏)
- 106 -
・
「ヨーロッパの技術者にとって、規格は準拠することが努力目標であるような存在ではなく、専門
家にとっての法に準ずる存在である」との認識がボッシュの技術者によって示された。日本の技
術者の多くは、専門教育を受けている者が少ないためか、標準規格の準拠と法の順守は全く性質
の異なる問題であり、ドイツ人の言う「守った方が良い」きまりに過ぎないととらえているよう
に思える。
・ボッシュでは、ソフトウェアなどの開発に携わる社員の技術教育に、外部の専門家が開発した教
育プログラムを導入している点が評価できる。
(大学教授C氏)
③地域の自動車産業支援について
・産業支援機関については、地域活性化のために精力的に活動している熱意を感じた。産業は自然
に発展するものではなく、戦略的で永続的な活動が地域活性化に必要との感を強くした。
(大学教授B氏)
・フランスにおける大学から産業への技術移転は、政府を含んだ公的機関が中心となって進めてい
る。公的機関からの資金援助も積極的に実施されている。そうした役割を担う機関としてアルザ
ス次世代自動車クラスターのような技術移転を推進する機構が重要になっている。ただ、フラン
スにおける官を中心とした技術移転が成功するかどうかは、現時点で予測することが困難である。
(大学教授C氏)
④次世代技術について
・軽量化やハイブリッド化・電気化による CO2 削減は、各国による排出量に応じた課税方針なども
あり、ヨーロッパにおける自動車生産・販売における重要な課題になっている。
・危険感知と危険回避を統合する技術が、人工知能の応用を含めて、今後、自動車メーカーにとっ
て極めて重要になってくる。
・BMWやダイムラーは、CO2 規制が欧州各国で導入が予定されるなか、クリーンディーゼルだけ
でなく、組込みソフトウェアを活用した低燃費化技術、新しいハイブリッド化技術を追求し始め
ている。
(大学教授C氏)
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