新規無毒生物汚損防止塗料の開発

新規無毒生物汚損防止塗料の開発
Development of New Type Non toxic and Non pollutive
Foul release paint
関西ペイント販売譁
建設塗料本部
開発技術部
関西ペイント販売譁
建設塗料本部
防食塗料技術部
加納
堀
央
Nakaba
Kanou
1. はじめに
新
技
術
誠
Makoto
Hori
塗料が発電所の導水管や循環水管等で1980年代後半から実
用化されてきている。
海洋汚染が社会問題化されている現状では、塗料に対しても
近年、発電所の導水管、循環水管の定期点検期間の短縮、イン
「海に優しい塗料」の開発が要求されている。海洋汚染の代表
ターバルの延長により、本塗料の耐用年数の延長の要求が高まっ
は防汚塗料であり、その使用用途は広く、船舶船底部、海洋プラ
ている。
ント、発電所における冷却水取水路、循環水管、復水器、熱交換
本報では、非固定相の長期持続性とファウルリリース性の向上
器、除貝装置、魚網などに及んでいる。
図1に発電所における塗装
を兼ね備えた、無毒で長期防汚性の塗料を紹介する。
箇所例を示す。
従来の防汚塗料は、重金属、薬剤などを含有させ、それらを海
2. 現 状
水中に溶出させて防汚性能を得ているために、環境によっては海
洋汚染につながるケースが考えられ、環境規制として、船舶船底
シリコーン型防汚塗料は2.1に示す複数の防汚機構が重なって
部について、国際海事機関による2003年の有機錫含有防汚塗
性能を発揮する。
料の塗装禁止、2008年の有機錫含有防汚塗料の使用禁止など、
さらに、長期間において性能を発揮させるにはそれぞれの防汚
防汚塗料の分野においても着実に有害物の削減が進行している。
機構の経時変化が少ないことが必要とされるが、明確な解析がな
こうした環境問題を配慮して、防汚剤の溶出に頼らず塗膜の表
されていなかった。
面特性や物理的性質で生物の付着を防止しようとする試みが古く
本章では、市販品(3社)について海水浸漬後の経時変化を追
からなされており、シリコーンゴムをベースとしたシリコーン型防汚
跡し、防汚性をより長期に持続させる為の補強点を明確にした。
発電所概略図
防汚塗料塗装部
防汚塗料塗装部位
取水口全景
取水路内部例
図1
塗料の研究
No.141 Dec. 2003
発電所における防汚塗料の塗装箇所
54
無塗装部
新規無毒生物汚損防止塗料の開発
1.低表面エネルギー
4.表面平滑性
シリコン:20〜30dyne/cm
付着生物の足がかりが少なく、離脱しやすい。
水やタンパク質をはじく
5.ミクロ相分離構造
2.低弾性率(ゴム弾性)
細胞膜タンパク質
表面の変形に生物が追随できない
集合したタン
パク質が塗膜
表面に吸着
3.非固定相の形成
新
技
術
細胞
非固定成分
一般的な塗膜
ミクロ相分離構造表面は
タンパク質が吸着しづらい
生物が安定付着しにくく離脱しやすい
図2 シリコーン型防汚塗料防汚機構
2.1 シリコーン防汚塗料の防汚機構
2.2 市販品の評価
シリコーン型防汚塗料(基本組成:室温硬化シリコーンゴム+
各機能について市販品(3社)の海水浸漬での経時変化を追跡
架橋剤+充填剤等)の防汚機構は未だ定説は無いものの、概ね以
したところ以下のことが確認された。尚、e)
ミクロ相分離構造につ
下のように説明されている。その概念を図2に示す。
いては明確な知見が得られなかった。
a)低表面エネルギー
a)表面エネルギー
低表面エネルギーの表面は付着生物が分泌する接着成分を付
…
表面エネルギーに由来する、大気中
の水接触角の測定結果を代用した。その結果を図3に示すように市
着しにくい。
販品いずれも差は無く、経時変化も無かった。
b)低弾性、ゴム弾性
弾性体であるため、塗膜の変形によって硬い接着タンパクで付
水接触角の経時変化
着している生物を脱落しやすい。
c)非固定相の形成
120
表面調整剤と呼ばれる液状物質が表面で膜を形成し(これを
100
水接触角/deg
非固定相と呼ぶ)付着しにくく脱離しやすい塗膜表面を形成させ
生物の付着を阻害し、付着しても脱離しやすい性質を付与してい
る。
d)表面平滑性
付着の足がかりとなる凹凸が少ない。
80
60
40
20
e)ミクロ相分離構造
ミクロ相分離構造を有する表面は生物たんぱく質の吸着が少な
0
いことが実験で確認されており、それにより生物皮膜の形成や付
0
6
12
18
24
30
36
浸漬期間/月
着表面積を減らすことができる。
市販品A
このように、シリコーン型防汚塗料が有害な薬剤を使用せずに
図3
高い防汚性能を発揮するのは、複数の防汚機構によるとされてい
市販品B
市販品C
表面エネルギーの経時変化
る。
55
塗料の研究
No.141 Dec. 2003
新規無毒生物汚損防止塗料の開発
b)ゴム弾性
オートグラフにより弾性率を測定したが、
図
…
塗膜表面のキズ面積率の経時変化
4に示すようにいずれの市販品も差は無く、経時変化も無かった。
塗膜表面の傷面積率/%
30
弾性率の経時変化
オートグラフ 40℃海水浸漬
弾性率/kg/mm2
0.2
0.15
0.1
0.05
0
20
15
10
5
0
0
10
20
30
40
浸漬期間/月
0
2
4
6
8
10
12
14
市販品A
浸漬期間/月
市販品A
新
技
術
25
市販品B
図4
市販品B
図6
市販品C
市販品C
表面平滑性
弾性率の経時変化
3.1 長期防汚性向上の為の考え方
c)非固定相
…
塗膜表面の観察をレーザー顕微鏡で行っ
市販品の解析及び長期防汚性を有する塗料に必要な性能につ
た結果を図5に示す。市販品いずれも浸漬経時で非固定成分を形
いて図7にまとめた。
成する油滴が減少し18ヶ月で殆ど観察されなくなった。
市販品は長期浸漬では非固定相の消失や、塗膜に傷が付くこと
すなわち、経時で非固定成分が水流等の物理的な力により減少
による表面平滑性の低下により防汚性が低下していくと考えられ
し防汚性が低下したと考えられる。
る。
d)表面平滑性
…
初期の塗膜は平滑であるが、浸海中に塗
膜表面に傷がついて(耐ダメージ性)凹凸が増加し、防汚性が低下
防汚機構
する場合がある。
塗膜表面の傷の発生面積率を評価したところ、
図6のように、
市販品
経時変化
長期防汚性
向上イメージ
備
考
表面
エネルギー
市販品いずれも浸漬12ヶ月で殆ど無かったのに対し、24ヶ月、
36ヶ月で急激に傷が増加した。傷は付着生物の離脱等により発
生したと考えられる。
3. 開発品の機能とコンセプト
2章で、経時劣化の認められた点について改良を加えた。特
弾性
(1)塗膜をやわらかくする
→ファウルリリース性向上
表面平滑性
(2)塗膜を強靭にする
→塗膜に傷が付きにくくする
非固定相
(3)非固定層を長持ちさせる
に、物性、非固定相形成成分のコントロールにより、防汚持続性は
図7
大幅に向上した.
市販品の解析結果と長期防汚性向上イメージ
初期
浸漬6M
浸漬12M
浸漬24M
浸漬30M
浸漬36M
浸漬後のレーザー顕微鏡による表面観察例
図5
塗料の研究
No.141 Dec. 2003
非固定相の経時変化
56
浸漬18M
新規無毒生物汚損防止塗料の開発
長期間で防汚性を発揮させるには
耐ダメージ性
① 非固定相形成期間の長期化
◎
② 塗膜表面に傷がつきにくくすることによる防汚性向上
目視
③ ファウルリリース性(生物が塗膜に付着しても容易に自重で
離脱する機能)の向上
耐ダメージ性
防汚性維持期間の模式図を図8に示す。市販品は初期〜2年程
度は非固定相により生物付着を阻止するが、その後は塗膜のファ
ウルリリース性で防汚性を3〜4年維持させる設計となっている。
長期防汚性向上品は非固定相の持続が長く、かつ、ファウルリ
リース性も向上させているため、より長期の防汚持続性が期待さ
れる。
○
○△
△
×
××
小
大
架橋間分子量
防汚性発現要因とその維持期間
防汚性
発揮因子
1年
2年
3年
4年
5年
非固定層
市販品
塗膜物性
(ファウルリリース性)
空気圧
長期
非固定層
防汚性
塗膜物性
向上品 (ファウルリリース性)
図8
<ダメージ性テスト>
砕石を空気圧で塗膜に
吹き付けダメージ性を評価
砕石
図10
塗膜の架橋間分子量と耐ダメージ性
防汚性維持期間模式図
塗膜表面のキズ面積率の経時変化
30
3.2 塗膜物性と防汚性
塗膜表面のキズ面積率/%
3.2.1 ベースポリマーの架橋間分子量と表面平滑性
図9に、ベースポリマーの架橋間分子量と破断エネルギーの関
係を示す。架橋間分子量が大きくなるほど塗膜の破断エネルギー
が増加する。また、
図10にベースポリマーの架橋間分子量と耐ダ
メージ性の関係を示す。塗膜の耐ダメージ性は砕石を空気圧で吹
き付ける方法で評価した。架橋間分子量が大きくなるとともに耐ダ
メージ性が向上することが確認された。
従って、架橋間分子量を大きくすることにより塗膜の耐傷付き性
25
市販品
20
15
10
耐傷つき性向上
5
0×
0
が向上し、浸海による傷発生率も大幅に低減された。図11に長期
× 長期防汚性
向上品
×
10
×
20
30
40
浸漬期間/月
防汚性向上品の表面平滑性向上効果を示す。
図11
長期防汚性向上品の表面平滑性
破断エネルギー
破断エネルギー/kgf/mm
4
3.2.2 塗膜の柔軟化とファウルリリース性
図12の模式図に示すように、塗膜の柔軟性が高いと、生物が付
3
着しようとする力を緩和し、塗膜の変形により付着生物の接着タン
パクが追従せず生物が脱落しやすくなり、防汚性、ファウルリリー
2
ス性が向上することが期待される。
塗膜の柔軟化と防汚性、ファウルリリース性の結果を図13に示す
1
。防汚性は静岡県清水市の弊社浸海試験場2年浸漬での汚損状
況写真、ファウルリリース性はフォースゲージによるフジツボ付着力
の評価とロータリー磨耗試験装置にて水流を与えたときの付着生
0
小
大
物の剥離のし易さを評価した。付着力及び剥離評価の試験装置を
架橋間分子量
図9
図14、15に示す。
塗膜の架橋間分子量と破断エネルギー
塗膜が柔軟なほど生物付着が少なく、また、フジツボの付着力が
小さく、離脱しやすいことがわかる。
57
塗料の研究
No.141 Dec. 2003
新
技
術
新規無毒生物汚損防止塗料の開発
3.3 非固定成分の長期安定化
不安定
非固定成分として用いているシリコーンポリマーは初期の滲
み出しは多いが水中では徐々に滲み出しが減少していくことが
生物
2.2.c)で確認された。そこで、シリコーンポリマーを変性するこ
付着しようと
する力を緩和
塗膜
とで水中環境にて積極的に界面に配向させる手法を取り入れた。
長期間安定な非固定相の形成が期待され、防汚性の長期持続性
塗膜
が期待される。
脱落
3.4 性能
塗膜の変形
塗膜
3.4.1 防汚性(国内静置浸海試験)
静岡県清水市にて26ヶ月浸海後の汚損状態を図16に示す。明
らかに長期防汚性向上の開発品は高い防汚性を示す。
○塗膜がやわらかいと.
.
.
生物が付着しようとする力を緩和し、塗膜の変形に付着生物の接着
タンパクが追随せず生物が脱落しやすくなる
図12
3.4.2 防汚性
塗膜の柔軟化による効果模式図
温暖で汚損環境の厳しいシンガポール筏にて防汚性を評価し
新
技
術
た結果を図17に示す。
市販品は浸海16ヶ月でフジツボが強固に付着しているが、長
期防汚性向上品はフジツボの付着が無
硬い
塗膜のやわらかさ
軟らかい
く、高い防汚性を示す。
生物の付着
4. おわりに
静置浸海
(防汚性)
シリコーン形防汚塗料の防汚機構の経
時変化を解析し 、 性能をより長期間持続
清水市折戸湾
浸漬24ヶ月
させるための補強点を明確にした。
開発品は市販品と比べて、 非固定相の
付着した生物の
取れ易さ
塗膜が軟らかい程
防汚性、
ファウルリリース性
に優れている。
15knot
ロータリー試験後
(ファウルリリース性)
長期持続化 、 塗膜の柔軟化によりファウ
ルリリース性が向上しており、 長期の防汚
性が大幅に向上している。
また、 開発と同時に塗装工程を簡略化
するため専用下塗り 、中塗りの省工程化
静置浸海後の
フジツボ付着力
(mN/mm2)
370
150
62
を実施し、 塗装回数の低減化を図ってお
50
り、 発電所の稼動効率の向上に貢献して
いくものと考える。
防汚性、
ファウルリリース性
図13
塗膜の柔軟化の効果
参考文献
1) 安場直樹、「船底防汚塗料と環境への影響性」
塗装技術
フジツボの
接触面積を
算出
フォースゲージで
付着力(mN)
を求め、
単位接触面積
の値に換算
=付着力
フォースゲージ
図14
塗料の研究
塗膜の柔軟化の効果
フォースゲージによるフジツボ付着力評価
No.141 Dec. 2003
58
No. 7 48−51(1999)
新規無毒生物汚損防止塗料の開発
静置状態での
浸漬試験
ロータリー摩耗試験装置
による付着生物の剥離試験
15knot
ロータリー摩耗試験装置全景
静岡県清水市折戸湾
ロータリー
摩耗試験装置
模式図
機械は筏上に設置
motor
海水
試験板
(外周部に取り付け)
ドラム
新
技
術
周速度 15knot
図15
品
名
市販品
A
塗膜の柔軟化の効果
ロータリー摩耗試験装置による付着生物の剥離試験
市販品
B
長期防汚性
向上品
浸海試験
結果写真
〜
平成11年7月
平成13年9月
(26ヶ月、3夏)
膜厚:150μm
図16
防汚性試験結果(1)
国内静置浸海試験
汚損状況
フジツボ
付着個数
フジツボ
付着試験後
付着力
の塗膜状態
2
(mN/mm )
長期
防汚性
向上品
◎
−
−
市販品A
13ケ
700
ハガレ
市販品B
8ケ
462
キズ
市販品C
5ケ
168
キズ
図17
防汚性試験結果(2)
シンガポール浸海試験
59
塗料の研究
No.141 Dec. 2003