タイにおけるメディカル・ツーリズムと国内の医療事情について バンコク病院 JMS 内科 仲地省吾 タイは毎年、外国観光客が千数百万人訪れるという東南アジア屈指の観光大国である。時々の政 治上の混乱を除けば、治安は良く、特に 11 月から 2 月までは乾期で気温も低く、爽やかな季節と なり、欧米の観光客が大量に押し寄せてくる。2004 年スマトラ沖大地震による津波の時、人口 1 千 万しかいないスウェーデン 1 国だけで、タイでの犠牲者は 600 人にも登った事実がその旅行の規模 を示している。 さらにタクシン政権以来、タイ政府はメディカル・ツーリズムを推進する政策を施行してきており、 一般の観光より単価の高い医療分野においても国の収入を増やすことに努めてきた。バンコクを 中心として大都市の私立病院が外国人患者誘致を目的にして、体制を整えてきており、現在では それらの病院の収入のかなりの部分が外国人患者からなってきている所も多い。それらの私立病 院の一つバンコク病院は 2008 年度の外国人患者は 15 万人にも登り、全体の患者の 20%をも占め るに至っている。 メディカル・ツーリズムが成り立つには、1,医療技術、看護レベル 2,外国人を受け入れる種々 のサービスがインターナショナル・スタンダードでなければならず、また 3,低価格であることが必 須である。医療技術、看護レベルについては、これらの私立病院に勤務する医師は大部分が欧米、 日本への留学、研修の経験または医師資格持っている。また、医師のかなりの部分を占める非常 勤医師は国立大学附属病院の専門医であり、医療技術レベルでは先進国並みだと考えられる。 タイの看護師はすべて 4 年生の大学卒であり、タイ国内でも看護師不足が社会問題になっている 中で、これらの市立病院には外来、病棟とも豊富に看護師を配置している。種々のサービスについ ては、人件費の安さを武器に、日本の病院などでは考えられないくらいの大量の非医療職の職員 を雇用して、きめ細かいサービスを提供している。また建物、施設も病院の雰囲気を感じさせること がないくらいの豪華な造りであり、五つ星クラスホテルに匹敵し、この点については欧米の病院もま ねすることのできないくらいの贅沢さであり、発展途上国のメディカル・ツーリズム受け入れ病院の 大きな特徴の一つと考えられる。料金については、タイの国立病院や一般国民が受診する私立病 院の料金と比べると破格の高額料金であるが、それでもアメリカと比べると、3 分の 1 から 8 分の 1 とかなり安い。 さらに最近ではアメリカの病院評価機能の一つである JCI 認定 (Joint Commission International) を取得する病院もいくつか出現する様になっている。JCI の認定を受けること自体かなり困難なこと ではあるが、内容自体はすでに日本の病院などが独自に病院内のすべてのプロセスを基準化し、 チェック機構が働くように努めているのとさほど違いはない。しかし、アメリカの病院評価の認定を受 けているということにより、外国人患者を誘致するメディカル・ツーリズムを推進していくには絶大な 効果があると考えられる。 一方、タイにおいて日本人患者をメディカル・ツーリズムの対象として考えると、かなり違う情況と なる。2009 年 1 月現在タイで在留届を日本大使館に提出している日本人は 44,114 人である。年間 100 万人前後にも登る日本人観光客、短期出張者、また在留届けをだしていない多くの長期滞在 者を含めるとタイには常時数万人以上の日本人滞在者が居ると考えられ、日本の中都市のレベル の人口に匹敵する。日本には国民皆保険制度があり、少ない負担だけで比較的質の良い医療が 受けられるとなると、わざわざタイの様な発展途上国まで治療を受けに来る理由はまったくないこと になる。例外は日本で保険医療を受けられない、美容整形や歯科治療、レーシックなどの特殊な 分野に限られる。現に JCI 認定を受けていて、日本人患者を積極的に診ているバンコク病院の例 を見てみると、外国人患者数の中で占める割合は日本人がトップであるが、医療費用は 2 位となる。 近年数を伸ばしてきたアラブ人と治療費総額を比べると 1 : 5.09 と圧倒的に少ない。アラブ人が手 術など高額の治療を受けに来るのに対し、日本人は患者の 84%がタイ在住者であり、下痢や上気 道炎などの軽い外来疾患がほとんどであるからである。 タイ国内の医療事情を見てみると、民間の高機能医療機関はバンコクに集中し、地方は県庁所 在地に国立のセンター病院があるのを除くと、その他の地域はとても貧弱な情況となっている。医 師数も 2009 年現在引退者含めた全登録者が 3 万 7 千人前後であり、人口 10 万人当たり約 30 人 に過ぎない。看護師も同様にとても少ない。メディカル・ツーリズム推進政策のなかで、多くの医師 を初めとした医療専門職が高給に引かれバンコクの大手民間病院に集中する中で、一方、貧弱な 国民医療という観点から、外国人患者の医療費に特別の課税を行い、国民医療を保護する要求 提案が著名人グループから上がっており、必ずしもメディカル・ツーリズム推進策が国民の合意を 得ているものではないことも考慮しておく必要がある。 ちなみにタイ日本人滞在者や日本人旅行者がバンコク病院で治療を受ける場合はバンコク病院 日本人専門センター Japanese medical cervices (JMS) ※受付と一般内科の診察が4乃至5診察 室ありすべて日本語で対応が可能。電話番号 (66) 023103257 午前 7 時から午後 8 時まで 年中 無休。午後 8 時から午前 7 時までの夜間は救急室での受診となり、問い合わせの電話は (66) 098143000 で日本語の応対を行っている。 バンコク病院の救急車を呼びたい場合の電話番号は 1719。ただしこの電話は英語かタイ語のみに なるので、まず連絡は上記の夜間救急用の電話番号にかけるか、昼間は JMS にかけるとよい。 費用は外来の場合、ドクターフィー、看護費用、薬代、検査代の 4 種がかかる。ドクターフィー以外 は価格が決まっており風邪、下痢などの軽い症状の場合、2000-5000 バーツくらい。画像検査や高 い血液検査をした場合、かなり高額となる。 風邪、下痢などの軽い疾患の入院の場合、一泊 2 万バーツくらい。狭心症で経カテーテル冠動脈 形成術をして、数日入院した場合、30-40 万バーツくらいとなる。
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