現代イスラムを知る ~宗教、生活、そして「イスラム国」~ Ⅰ イスラムってどんな宗教だろう? 「正義」「平等」を求める宗教 預言者(神の言葉を預かった人の意味)ムハンマド(マホメット)→570年にアラ ビア半島の町メッカで生まれる→610年に初めて神の言葉を聞く。人々に神の言葉 を伝え始めたが、その神の言葉をまとめたものがイスラムの聖典であるコーラン(ク ルアーン) ムハンマドはメッカの人々の間の貧富の格差の拡大に心を痛め、神の前の人々の平等を説 いた。また、当時メッカの人々は複数の神を信仰していたが、ムハンマドはアッラーのみ が唯一の本当の神であると信じた。複数の神を信仰することは宗教の堕落とも考えた。 ・イスラム教徒の義務(五行) ① 信仰告白 ② 礼拝 ③ 喜捨 貧しい人のために財産や収入の2.5%を税金として支払う。 ④ 断食 ⑤ 巡礼 サウジアラビアのメッカに経済的余裕があれば人生に少なくとも1回は行うことが求 められている。 Ⅱ イスラムの生活習慣の特徴 ・イスラム教徒(ムスリム)は、豚を不浄なものとして食べない(豚は健康によく ないと考えられている)。 ・ムスリムが主に食べる肉は羊肉か、牛肉であるが、絞め殺されたり、撲殺された りした羊や牛の肉は食べてはならないとされている。 ・犬も不浄なものと考える ・お酒は飲まない←神を忘れるため ・利子をとることは禁ぜられている←利子は人々の間の経済格差をもたらし、労働 しないで生活手段を得ることは厳に戒められている←同様な理由でギャンブルも禁 止 ・イスラム世界では天文学が発達したが、それは天体を観察しながら移動する生活 習慣があったためである。移動する人間に対する強盗行為は厳しく罰せられる 女性はベール(ヒジャーブなどという)を着用し、身体や髪を見せてはならないと する←女性を保護する目的がある(女性は大切にしなさいという考え) 社会的役割は男性が担い、家庭での役割は女性が担うという考えがある。 Ⅲ スンニ派とシーア派 ・シーア派イスラム→初期イスラム時代イスラム共同体の指導者として誰が預言者ム ハンマド(マホメット)の正統な後継者であるかをめぐって、イスラム教徒の90% という多数派を構成するスンニ派イスラムと論争を行っている。シーア派はイスラ 1 ム共同体の最高指導者は預言者の血筋を引く者でなければならないという王朝的な 考えをもっている。 ・スンニ派イスラム→ムハンマドの死に続く4人のカリフ、すなわち「アブー・バク ル、ウマル、ウスマーン、アリー(正統カリフ時代)」と、その後のムスリム王朝をム ハンマドの後継と認め、預言者の慣行、範例である「スンナ(スンニ)」に最高の価値 を認める。 シーア派イスラム→預言者ムハンマドの従兄弟で、娘婿にあたる4代目カリフのアリ ーと、その子孫がイスラム共同体の指導者(=イマーム)であるべきと考え、アリー の血統を重視する。←つまり、イスラム世界の指導者として預言者ムハンマドの血筋 を重視するのがシーア派で、それ以外がスンニ派ということになる。 ※16世紀にサファヴィー朝がシーア派の中の12イマーム派を国家の宗教として採 用して以来、イラン人の間では現在でも12イマーム派の信仰が支配的である。1 2イマーム派の考えでは、初代イマームのアリーから数えて12代目の、行方不明 となったイマームは「神隠れ」の状態にあり、信徒の苦難の時代に正義と平等に基 づく統治を確立するために「救世主(マフディ)」として現れる。この「神隠れ」、 「再 臨」、「救世主」という考えはスンニ派にはない。 スンニ派はイスラム世界の最高指導者は選ばれた者で、シーア派は預言者ムハンマドの血 を引かなければならないとする Ⅳ イスラムの民族 イスラム世界の民族は言葉によって分類される ① ア ラ ブ 人 =アラビア語を話す人々 様々な人々によって構成される→ニグロイド(黒人)のスーダン人もイスラム を信仰し、アラビア語を話す 東はイラクから西はモロッコ、モーリタニアまで 「アラブ性(=ウルーバ)」とはアラビア語とイスラムの文化的・歴史的遺産の共有 を意味する。このアラブ性をもっている人間が現在では「アラブ人」ということに なる。 イスラム→人類にとって普遍的な宗教であると訴えているものの、アラブ人の預言 者が啓示を伝え、アラビア語によって経典が表されている。※コーランに「汝の共 同体は人類における最良のウンマ(共同体)である」と記され、このウンマがアラ ブ人の共同体を指すように、イスラムは特別な自己意識と、誇りと優越感をアラブ に与えることになった。 コーランはアラビア語で書かれているため、イスラムの信仰が広まるにつれてアラ ブ人世界も拡大していった。 ※ アラブ人の生活習慣もそれぞれの国や地域によって異なる。 ② イラン人 2 イラン人はペルシア語を話す民族 ペルシア語は、インド・ヨーロッパ語族に属し、英語やフランス語などと同系 統の言葉。ペルシア語の「母」は「madar」、「兄弟」は「baradar」という。 ペルシア語を話す民族はアフガニスタンや、中央アジアのタジキスタン、ウズ ベキスタンにもいる。 イラン人繊細な感性をもつ→ペルシア絨毯、イラン映画、詩作など ③ トルコ人 トルコ人はトルコ語を話す民族で、トルコ語はウラル・アルタイ語族(日本語 もこの語族に属すという説もある)。 トルコ人は元々中央アジアなどユーラシアの平原地帯にいた遊牧部族で、イス ラム世界には奴隷として入ってきた 中世にはオスマン帝国(1299〜1923年)が東西世界を支配し、西はウ ィーンまで包囲して、現在のセルビアやボスニアあたりまでも支配していた。 北アフリカや、東はイラクまで統治←東西貿易によって経済的繁栄を得る しかし、帝国は大航海の時代になり、陸上交通が重要でなくなり、さらにアメ リカ大陸の銀が流通するようになるとインフレになって、また政治的にも地方 で独立化の傾向がみられるようになった。→急速に弱体化していく←ロシア、 オーストリアなどが進出 ※ クリミア戦争(1853年〜56年)ではイギリス、フランスの支援を受けて ロシアに勝利したものの、露土戦争(1877年〜78年)でロシアに大敗北 を喫し、東ヨーロッパにもっていた領土の多くを失う⇒日露戦争(1904年 〜1905年)における日本のロシアに対する勝利によって日本に対して尊敬 の念をもつ トルコは観光資源の豊富な国→イスタンブール、カッパドキア、エフェソス、パムッ カレ、トロイなど Ⅴ 現代世界で見直されるイスラム 「イスラム原理主義」の運動→「正義」や「平等」のイスラムの根本に回帰することによ って政治や社会の改革(世直し)を目指すもの←イスラム世界では政治腐敗があったり、 経済格差が著しかったりする。 イスラム世界の人口→全世界で16億人→西暦2020年代には世界人口の3分の1がイ スラム教徒になり、キリスト教徒の数を抜くとも見られている。 イスラム世界では人口増加が顕著→多くの貧困層が生まれている 人口増加が顕著なのは女性が社会的進出をしないことや、一般に子沢山を重んじる傾向が あるから 3 ごく一部の人が途方もなく豊かであるという状況←イスラムの価値観に合わない 「イスラム原理主義」の運動→貧しい人たちの救済に熱心、学校や病院を運営したり、生 活必需品を与えたりしている。←それが多くの人々の支持を集める背景となっている。 Ⅵ 苦悩するシリア・イラクの若者たち オバマ大統領→「イスラム国」のメンバーになる若者たちの問題として、彼らが貧困で、 教育がないことを挙げた。 シリアの問題 シリアの2011年の民主化要求運動→当初は職がないことに対する強い不満があった。 シリア農業は長期にわたる旱魃で、農地が減少し、農民の若者たちはホムス、ハマ、デラ アなどの都市に移住していったが、彼らは都市を取り囲むスラム街に住んでいった。旱魃 による地球の温暖化もその要因としてあるだろう。都市に出ていった若者たちは、建設な どの日雇い労働に従事したが、2008年の世界同時不況が彼らの生活をいっそう困難に させた。反アサドのデモは都市周辺のスラム街から発生した。 イラクの問題 米国→イラク戦争で米国は急進的なシーア派の勢力と協力し、スンニ派を疎外し、スンニ 派アラブ地域に高い失業率をもたらした。 →2003年からイラク軍や国営工場を解体した結果、スンニ派の労働人口のおよそ半分 が職を失うことになった。米国や、米国がつくったシーア派主導政権によるスンニ派への 冷遇政策はマリキ前政権まで継続した。また、イラクでは1990年代の経済制裁によっ て、教育水準も低下し、イラクの中間層の零落をもたらした。 ※シリア・イラクでの「イスラム国」の台頭は、上に述べたような社会的・経済的問題を 背景にするもので、これらの問題の改善や解決がないかぎり空爆はその「根絶」には有効 とはいえない。 Ⅶ 欧米から疎外され、欧米を標的にする「イスラム国」のメンバー、シンパ ☆標的にされる欧米諸国 一連のヨーロッパで発生したテロ事件⇒「イスラム国」に対する軍事行動に参加している 欧米諸国に衝撃を与えたことは間違いない。イラク戦争に参加したスペインでは2004 年3月11日にマドリードで、またイギリスでは2005年7月7日にロンドンで同時多 発テロが発生している。「イスラム国」はネットでイラクでの空爆に有志連合として参加し て国々へのテロを呼びかけていた。 ※欧米で暮らしているムスリムたちが「イスラム国」のようなイスラム過激派に転ずるの は、欧米での疎外感や社会的上昇性が閉ざされていること、さらには社会的偏見や差別な どの要因を背景にしている。彼らは、欧米的な価値観はやはり自分たちが生きていく指針 とはならないという思いを強くもち合わせている。 4 ※英国でも一般にムスリムたちの生活状態はよくない。住宅、教育、医療などの点で劣悪 な生活を余儀なくされたり、またムスリム墓地が破壊を受けるなどヘイト・クライムの対 象となったりしている。さらに英国のムスリムの若者の失業率は、16歳から24歳で2 8%、25歳以上だと11%だ(2011年2月「ザ・サンデー・テレグラフ」の記事)。 ※欧米の場合はムスリムが置かれた環境が、差別や疎外の中にあること、さらに欧米諸 国のイスラム諸国への軍事干渉などによって動機を与えられている。特にヨーロッパでは、 失業や、家計の要因もあって十分な学歴をもてないことなどのムスリムの「敗北感」が極 右の台頭などに見られる「イスラム嫌い」の風潮によって助長されているという現実もあ る。 2014年7月にテロを計画した容疑で有罪の求刑を受けたイギリス・バーミンガムの ユースフ・サルワールとモハメド・アフメド(ともに22歳)⇒シリアで13年5月に戦 闘経験があった。彼らはシリアに赴く際にアマゾンで『バカにもわかるイスラム(Islam for Dummies)』『バカにもわかるコーラン(The Koran for Dummies)』を購入していた。こ の事例からもいわゆる「聖戦士(ジハーディスト)」たちがイスラムについて深い知識をも ち合わせていないことがうかがえる。 Ⅷ イスラム世界と日本 イスラム世界における日本に対する評価はよい←日本は科学やテクノロジーを発達させて、 経済発展を遂げた(アメリカに戦争で敗れたにもかかわらず)←ムスリムたちが使う家電 製品や自動車の多くが日本製 日本はイスラム諸国に対して主に社会福祉面での支援を行ってきた←社会的弱者を救 わなければならないとするイスラムの徳に通ずる イスラム世界には親日国が多いが、近年では日本のポップカルチャーや日本人の礼儀 正しさが評価されている。 ※イスラム世界の安定=日本にとっては重要 日本は石油の90%近くをイスラム地域から輸入→イスラム世界の安定は日本の経 済安全保障にとっても重要 人口が増加し、今後日本との付き合いがますます増えると思われるムスリムたちの 付き合いにはその歴史や文化、宗教、生活習慣を理解する必要がある。 「イスラム世界」はアラビア語で「ダール・アル・イスラム(平和の家)」という。日本 にはその平和を構築するような関与が求められている。 5
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