林廣茂のコラム<14> 韓国の経済のダイナミズム 2002 年 6 月 13 日 1. 韓国経済のダイナミズムが目指すもの 出藍の誉れを実現する韓国企業が続出 鼻息が荒い。持つ者と持たざる者の生活格差が益々広がっているとは言っても、この国の経済 はダイナミックな成長を続けている。仕事が出来る人間を思い切りよく優遇し、出来ない人間を容赦 なく切り捨てる事で多くの企業が蘇ったのである。最近の予測(韓国産業研究院による)では遂に、 2002 年は対前年比 5.8%の成長率、まで高くなった(2001 年の成長率は 3.1%)。無線通信機器(携帯 電話など)、コンピュータ、家電などの輸出が絶好調で対前年同期比+30%超の伸びを示している。 日本向けは不振だが、アメリカと中国向けが+20%超の成長である。 アメリカは別格として、韓国経済のアジアでのパートナーが日本から中国へシフトしつつあること を、私は折に触れて指摘してきたが、ここでもそれが伺える。 韓国企業がいくつかの分野で、日本に追いつき追い越したと胸を張り始めている。 例えば、サムスン電子1社だけで昨年約3000億円の純利益を出した。同時期のソニーの 20 倍 弱であり、日立や松下の4000億円∼5000億円近い巨大な赤字と較べて、その高収益は目を見 張るほどである。 かつての師匠である三洋電器(1969 年にスタートした「サムスン・三洋電器」が「サムスン電子」の 前身である)の井植敏会長がソウルのサムスン本社を訪れ、李健煕会長に経営を学びたいと頭を 下げた。「日韓の経営史に画期的なこと」であると報道された。「師弟逆転」、「出藍の誉」である。サ ムスンは三洋からトランジスタラジオやテレビの技術を AI 移転する事でスタートしたが 30 年後の今 日、師を超える習熟と創造を達成したと言えよう。 新世界百貨店系列の「E-マート」という韓国最大のディスカウント・ストアは、1993 年の設立時「イ トーヨーカ堂」をベンチマーキングし、店舗の運営や什器の配置に至るまで指導を受けた。現在では アメリカの「ウォルマート」やフランスの「カルフール」などを押え韓国で断突の No.1 である。そこへ日 本の経済産業省に引率された流通視察団が訪れ「ベンチマーキングしたい」と熱心に研究している と言う。 POSCO(ポハン製鉄)も師弟逆転の好例であろう。売上高では師匠である新日鉄に少し及ばない ものの、利益額では日本の五大高炉メーカーの合計額より大きい。1970 年の設立前後に、立地選 1 定から、溶鉱炉の建設に至るまで日本から文字通り手取り足取りして指導を受けたのは周知のこと である。 面白いのは、このように日本の当該分野の代表的企業を超える業績を達成して初めて、韓国の 企業やマスコミが「かつては日本企業から学んだ(AI 移転した−林の移転理論)」と明言し始めたこ とである。「戦後の韓国経済の現代化・急速な成長に日本が貢献した」ことは自明であるが、今まで はそれを認めないのが当然であった(例えばワールドカップの韓国側の立役者である鄭夢準氏の 『日本人に伝えたい』2001 年など)。 最近朝鮮日報が連載した(5 月 6 日∼5 月 10 日)「韓日経済の逆転論」は、これまで述べた韓国 経済やいくつかの企業の力強さへの自信がベースになっている。そして日本経済の脆弱さ、に対す る欧米からの失望が一段と韓国を勢いづかせている。日本の国債・地方債の天文学的残高(700∼ 800 兆円)、遅遅として進まない不良債権処理、などのために日本という国家の信用度が急激に落 ちている。これを欧米の新聞は「日本の凋落」と呼び、日本は「韓国に見習え」と主張している。他方 「韓国は日本モデルを捨てることで繁栄している」と褒め上げている。今年の終わり頃には、「このま まだと日本のカントリー・リスクは韓国より格下げされる可能性がある」とまでニューヨーク・タイムズ は書いている。 当然のことながら韓国経済が規模や中身で日本を上回るということではない。韓国の 10 倍以上 の GDP(個人当りでも 4 倍くらい)、1500 兆円の個人資産を持ち、世界最大の純資産を持った日本 の国力と韓国のそれと比較することはできないが、韓国は昇り竜であり、日本は逆にデフレ・スパイ ラルに陥った。スピン状態で落下しているかも知れない。 韓国を東北アジアの経済ハブに 韓国が日本を正面から見据えて、ここぞとばかりに国家ブランディングに乗り出したのは、正に時 宜を得た国家戦略と言えるだろう。ワールドカップはその一つの Venue に過ぎない。より具体的・長 期的なもう一つの Venue は、世界の英知を集めて現在進行中の、「韓国を東北アジアの経済ハブに する」という国家プロジェクトである。 香港やシンガポールのアジアの金融センター機能や、数多くの世界企業(多国籍企業)のアジア 地域本社機能を日本から韓国へ移転させようとしている。仁川国際空港を交通のハブにし、情報や 産業インフラのレベルで日本を超える、韓国人の英語力の根本的改善、外国人が住み易くなるよう に文化的・物理的環境を整備・・・。全ての戦略ミックスが、北東アジアの中心は韓国である、ことの 実現に向けられている。 これほど明確な目標を掲げて、その実現に向けて国家の全機能と英知を集約しつつある韓国。 その強い自信とダイナミズムに満ちた韓国を、私はこれまで見たことがない。そして日本の現状を見 るにつけ、この国はどこへ行こうとしているのか、と憤慨することしきりである。 2. 韓国の自動車産業 2 力をつけつつある現代自動車 韓国市場で自動車の販売が急増している。現代、起亜、大宇、ルノー・サムスンなど国内メーカー 5 社の今年 1∼5 月の販売台数が 69 万台超となり、昨年より+20%も増えた。政府の特別消費税の 引き下げが、主として 2000cc 以上の中高級車の需要を大きくした結果と見られる。 他方高級輸入車の販売台数も 2788 台(1∼3 月)で昨年より+72%の増加だった。特にトヨタのレ キサス・シリーズは 509 台(昨年の同時期 216 台)を販売し最高の成長を示した。昨年1年間で 841 台であるから、今年の出だしの良さが目立つ。 懸案だった GM による大宇自動車の買収も最終合意に達し、GM が 67%、韓国産業銀行 33%の出 資で新会社を設立することになった。GM がマーケティング攻勢を本格化し、現在 10%にまで下がっ ているシェアを 1 年で 20%に引き上げる計画、と報道されている。 迎え撃つ側の現代グループ(現代・起亜)は、国内で防御戦略、アメリカで現地生産を行って攻撃 戦略、の両面作戦を実行して勝ち抜く、とのことである。 現代自動車グループは去る 4 月 16 日、アメリカ・アラバマ州モンゴメリーで工場建設の起工式を 行った。名称は現代自動車製造アラバマ(HMMA)である。ドイツ、日本に続いて 3 番目のアメリカで の現地生産国となる。10 億ドルの建設費用を投入して 2005 年から生産開始する。SUV の「サンタフ ェ」、中型セダン「ソナタ」の後継車を生産する。 現代自動車グループは現在、ワールドカップのオフィシャルスポンサーであるポジションを打ち出 してアメリカ市場で販売攻勢をかけており、勿論自動車の性能が良いこと、日本車より一段と価格 優位性があること、等が有利に作用して、輸入車市場でトヨタに次いで第 2 位のシェアを獲得した模 様である(しかしトヨタをはじめ日本車メーカーはアメリカでの現地生産による販売台数の方が多い)。 シェアを一段と高め、現地生産分と合わせて日本車メーカーを追い抜くことが当面の目標となってい る。 全世界市場での現代自動車グループの目標は、トップ 5(現在 GM、フォード、トヨタ、DC、フォルク スワーゲン)の一角に入ることである。そのために当面「第 8 位のホンダを追い抜くこと」が最大の課 題である。確かに販売台数を見れば現代グループ(第 9 位)の 238 万台(2001 年)に対し、ホンダは 264 万台である。他方国内と海外の販売台数では、現代グループが海外 25%、ホンダ 70%弱で、ホン ダのグローバリゼーションの深さが際立つ。特にホンダのアメリカでの強さ(140 万台)は 60 万台未 満の現代グループとは比較にならない。そのうえアメリカでは特にトヨタという世界第 3 位のメーカー の反撃も受けることになる。 現代グループの実績は国内での圧倒的強さ(75%のシェア)がベースになっており、それも大宇自 動車の倒産による市場の空洞をうまく埋めた効果が大きい。GM の大攻勢が始まり、そして国内の 伏兵であるルノー・サムスンの「SM」モデルの急速な人気上昇など、現代グループは、前門の虎、 後門の狼に対処しなければならない。 3
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