世界に伍する 大学改革 ~首都大学東京の 卓越した研究力とは~ 写真:Shu Tokonami 舛添要一 ますぞえよういち(東京都知事) 1948 年、福岡県生まれ。71 年に東京大学法学部政治学科卒業、東京大学教養学部政治学助教授、舛添政治経済研究 所所長などを経て、2001 年参議院議員初当選。参議院憲法調査会幹事、参議院外交防衛委員長、参議院自由民主党 政策審議会長、厚生労働大臣等を歴任。14 年 2 月より現職。 川淵三郎 かわぶちさぶろう(公立大学法人首都大学東京理事長) 1936 年、大阪府生まれ。早稲田大学在学中に、サッカー日本代表に初選出。70 年に現役引退後、古河電工サッカー 部監督、サッカー日本代表監督を歴任。88 年から日本サッカーリーグ総務主事としてプロ化に奔走。91 年 J リーグ 初代チェアマン就任。2002 年日本サッカー協会キャプテン(会長)を経て、現在は最高顧問。13 年 4 月より現職。 上野淳 うえのじゅん(首都大学東京学長) 1948 年、岐阜県生まれ。71 年に東京都立大学工学部建築工学科卒業、77 年に同大学大学院工学研究科博士課程修了。 東京都立大学工学部教授を経て、首都大学東京都市環境学部教授、同大学大学教育センター長、副学長等を歴任。 都立大・首都大一筋に歩む。今年 4 月より現職。博士(工学) 。専門は学校・病院・高齢者施設などの地域公共施設 計画研究等。 東京発のイノベーションを先導する使命 舛添 首都大学東京(以下、首都大)は、2005 年に四つの都立の大学を統合して都が設置した、ま だ若い大学です。昨年5月に、南大沢キャンパス(東京都八王子市南大沢)を視察した際、飛 び入りでフランス語の授業に参加させていただきました。また、ノーベル賞候補の呼び声が高 い春田正毅(はるたまさたけ)教授(都市環境科学研究科)の金の触媒に関する最先端研究に 触れ、首都大の研究力の高さを実感するとともに非常に良い大学だと好感をもちました。この 10 年で学内の雰囲気も変わり、現在に至る過程で多くのご苦労があったと思いますが、幾多の 問題を乗り越え、無事に開学十周年を迎えられたことに感謝とお祝いを申し上げます。 上野 ありがとうございます。10 年前、私は基礎教育センター長として、学内の基礎教養課程を一 つに束ねる仕事をしていました。当時は、教員の授業内容や方法論を改善して教育の質を担保 することや単位ごとの成績評価基準を明示し評価を厳格にすることなど、大学に対する社会か らの大きな要請がありました。これらに対応するため、ファカルティ・ディベロップメントと いう教員の教育内容や教え方を改善する取り組みを通じ、学生が能動的に自ら学ぶよう教育す る、それが教育の質の保証につながるということを繰り返し伝えてきました。現在は、こうし た考えが広く学内に浸透していると実感しています。 本学は中規模総合大学であり、学生と教員が互いに顔の見える人間関係のなかで教育研究を 行なえるのが強みです。これによる学部の枠を超えた研究や交流を推進してきた成果が、開学 10 年が経ち実を結び始めています。 川淵 理事長就任時、会議の席で「首都大の建学の理念はいったい何なのか」と問うたことがあり ます。東京都が大学を設置した目的を、学生だけでなく教職員にも明確に理解してもらう必要 があると思ったからです。幸い上野学長や教員方の並々ならぬ努力の末、 「大都市における人間 社会の理想像の追求」という首都大の使命が形になりつつあり、いまは胸を撫で下ろしていま す。 上野 首都大となって、システムデザイン学部のある日野キャンパスや健康福祉学部のある荒川キ ャンパスが加わり、中規模総合大学としての厚みが増しました。同時に大学改革の方向性につ いての共通認識が固まり、大学としての一体感をひしひしと感じます。 いま、本学の卓越した八つの研究センターは「世界の頂点」になりうる可能性を秘めていま す。舛添知事がご覧になった春田教授がセンター長を務める金の化学研究センターのほかに、 次世代型水道システムを研究する水道システム研究センターや「言語・脳・遺伝子」を統合的 に扱う言語の脳遺伝学研究センターなどがあります。 いずれの研究センターも都の各局が取り組む先端都市課題研究に研究資源を提供し、東京都 水道局や公益財団法人東京都医学総合研究所などと深く連携を取りながら研究を進めています。 舛添 東京都は昨年 12 月に、10 年後までの東京の将来像と、その実現のための約 360 の政策目標 を盛り込んだ「東京都長期ビジョン」を発表しました。そのなかのテーマの一つが水素社会の 実現です。自動車メーカーが熱心に取り組んでいますが、学術的な側面から水素社会の実現に イノベイティブな研究が求められています。 上野 首都大にも、次世代蓄電池や水素社会などの各研究分野で世界と伍して戦える研究者が在籍 しています。研究成果を実用化する産学公連携プロジェクトはつねに進行しており、寄与でき る分野は必ずありますから力になれることがあればお声を掛けてください。 川淵 企業との産学連携はいまやどの大学でも行なわれていますが、自治体しかも東京都が研究助 成・支援をしているケースはあまり聞かない。 都の全域にわたって首都大の先端課題研究が関わ り、知的成果を還元するといえば、都民や民間企業からの理解も得やすいはずです。 たとえば首都大と連携協力協定を締結している多摩信用金庫を例に挙げれば、取引先の企業 から依頼のあった科学技術に関する相談や製品の評価などを本学に紹介してもらっています。 首都大は研究成果を公開し、技術移転の促進と企業の発展に寄与する。相互に協力できれば、 いずれ金融機関にリターンが生まれるわけです。 また健康福祉学部では、地元の荒川区で 35(産後)サポネットという取り組みをしています。 ここでは学生が電話で出産後のお母さんの悩みを聞いたり、家に訪問して育児のサポートをす るといった地域ぐるみの子育て支援を行なっています。その結果もあり、荒川区の出生数も増 えていると聞いています。 このように企業や自治体との連携のなかで生じた成果や課題を再び教育の現場に還元するこ とで、東京発のイノベーションを先導する使命を担っていきたいと思います。 首都大が 2020 年オリンピックの主役に 舛添 一方、海外との関係に目を向ければ、首都大は東京都との姉妹友好都市にある世界中の大学 と提携しており、国境を越えた共同研究や学生交流も盛んです。これは、まさに都市外交その ものといってよい。 上野 本学では東京都の支援のもと、先端都市課題の高度研究に参画してくれる外国人留学生を滞 在費付きで招いています。この「アジア人材育成基金」を活用したプロジェクトでは、海外の さまざまな国から招聘した 150 人ほどの大学院博士後期課程の学生たちが活躍し、本学が取り 組む高度研究にも大きく寄与しています。今後はヨーロッパにもプロジェクトを広げて、姉妹 友好都市との連携をいっそう図っていきます。 川淵 首都大では近年、海外からの留学生の数が増えて、現在は 400 人を超えています。将来は最 低一割、つまり約 900 人の留学生が在籍する大学になることで、世界都市・東京のさらなるグ ローバル化に貢献していきたい。留学生の宿舎についても、いまはいくつかの住宅を借り上げ ていますが、いずれ統一の宿舎を設け、日本人と海外の留学生が共同生活をすることでお互い の文化や言葉、グローバルな視点を習得できる環境を提供したいと考えています。 舛添 都としては、2020 年の東京オリンピック・パラリンピック大会との連動効果も期待していま す。東京オリンピック・パラリンピックでは首都大の学生ボランティアの数が全大学のなかで 最も多くなってほしいと思いますし、そのボランティアの質を保つのはわれわれの責務ですか ら、今後も成長に期待したい。 今年 6 月に、西シベリア・トムスク州のジバーチキン知事とトムスク国立大学のガラズィン スキー学長が東京都を訪問しました。その際、トムスク国立大学と首都大とで国際交流協定を 結び、 「東京でも多くの学生ボランティアを養成したい」と伝えると、トムスクの大学生をボラ ンティアに活用したソチ・オリンピックの経験が必ず役立つはずだ、と話していました。大学 間交流を通じて首都大でのボランティア機運の醸成と活動に協力を願いたい。ボランティアに 参加した学生に単位を与えるといったインセンティブがあってもいいかもしれませんね。 上野 本学でも、ボランティアコーディネーターといった専門人材を招聘し、本格的なボランティ アセンターを立ち上げていく予定です。ボランティアセンターが東京都のオリンピック・パラ リンピック準備局と連携することで、本学が 2020 年の主役の一人になっていれば、と思いつ つ取り組みを進めています。 キャリア支援の面でいえば、一年生から社会で必要な知識や技能を理解できる「現場体験型 インターンシップ」を履修できるのは、私どものカリキュラムの特長の一つです。インターン に参加した学生に話を聞くと、成長を実感できるだけでなく、働く目的が明確になり、以降の 学修期間を有効に使えるようになったということで、評判は上々です。 舛添 首都大には東京都内の行政機関や金融機関、ものづくりの現場など、実習受け入れ先が 2014 年度実績で約 270 カ所もありますね。こうした特長をもつ大学はほかにありません。 上野 うちの学生は、入学するとまず 20 人程度の少人数による「基礎ゼミナール」を受講します。 80 以上のメニューがあり、どれも教員が一方的に話すスタイルの講義ではなく、学部の枠を超 えて一つのテーマに向き合い、問題解決をめざして学生が共働する課題発見型の授業です。 川淵 私が見た基礎ゼミナールでは、最初の授業で各学生が「なぜこの大学に入ってきたのか」 「ど この学部で何を勉強するのか」 「自分は何になりたいのか」 「どういった資格を身に付けてこの 大学を卒業したいのか」を 20 分ほどで発表したのち、質疑応答をする。こうしたことで自分 の現在の立ち位置と卒業するまでの目標、学生の本分を再確認するということは値打ちがあり ます。興味深いのは、他学部の学生の発表を聞いて「この学部に行きたい」と心変わりする学 生もいることです。自分の将来について思いを巡らせ、議論を繰り返すことで、学生の頭の中 でコペルニクス的な転換が起きるのでしょう。すごくいい授業だと感心しました。 ノーベル賞受賞で地味なイメージを変える 上野 このように大学としての研究成果やカリキュラムの魅力は増したものの、まだまだ課題は多 い。一つは大学ブランドの認知度です。 川淵 私は 2 年半前に理事長に就任する際、首都大がどんな大学か知らず、私立大学と勘違いして いました(笑) 。周囲に聞いてもほとんど知られていなくて、 「前身は都立大学ですよ」といっ てようやく理解される。 私の役割は大学の認知度をいかに高めるかにある、 と思い至りました。 初めて知事にお会いしたときも、 「首都大はすごくいい大学なのに東京都民にすら十分認知され てない。知事自ら、積極果敢にアピールいただきたい」と伝えました。 舛添 私が思うのは首都大の「首都」という言葉についてです。昨年、知事に就任した直後、姉妹 友好都市の北京市を訪問した際に首都師範大学を訪れました。このように中国では、 「首都」と いう言葉が大学名にあってもまったく違和感がない。むしろ外国人を案内するのには「首都 (metropolitan) 」という概念はイメージしやすいことがわかりました。 ところが、首都大については、国内での認知度はそれほど高くない。これは日本の国際化と 直結した問題だと思う。 上野 一般に向けて大学の知名度、認知度を高めるために何かいいアイデアはありますか。 舛添 誤解を恐れずにいうと、首都大は非常にいい大学ですが、ある意味で地味なイメージが伴い ます。 田中康夫氏が一橋大学在学中に『なんとなく、クリスタル』 (河出書房新社)で芥川賞の候補 になり、センセーショナルなデビューを飾ったときのように、首都大から芥川賞、直木賞作家 が誕生でもすればイメージはガラッと変わる気がします。 しかしそうはいっても、首都大の知名度が着実に高まってきているのも事実です。英国タイ ムズ社による世界大学ランキングでは Citations(引用論文)部門で 2 年連続 1 位。こうした 海外からの評価は、もっとアピールしてもいい。冒頭で述べた春田正毅教授は触媒として不向 きだった金が、数ナノメートルの粒子にすることで優れた触媒作用をもつことを発見した研究 成果で耳目を集めています。さらに、金ナノ粒子触媒の実用化に向けた首都大発のベンチャー 企業・ハルタゴールド株式会社も生まれました。この流れのなかで将来、首都大からノーベル 賞受賞者が誕生したら、一般の印象も大きく変わるのではないでしょうか。来る日に備えて、 知事のコメントを用意して待っていますよ(笑) 。 スポーツの力も有効ではないかと思います。私大を見ても、サッカーなら国士舘や駒澤、ラ グビーなら慶應、野球なら早稲田、というカラーがある。 川淵 昔に比べて、最近は高校段階で、スポーツを究めていくのか、進学のために勉強に励むのか という具合に、進路が二極化しているように思います。じつはその区分自体がナンセンスで、 文武両道が成り立つ学生はけっして珍しくありません。はなから「首都大のスポーツは弱い」 と決め付けてはダメです。たとえば京都大学のアメリカンフットボール部は、アメフト未経験 の初心者を水野弥一(みずのやいち)監督の手技で鍛え上げ、強豪チームに育ちました。 今年の箱根駅伝では、青山学院大学が初優勝しましたが、原晋(はらすすむ)監督の 11 年 にわたる辛抱強い指導の賜物です。とくに長距離はコーチ次第で才能が開花する選手が多数い ます。いま、瀬古利彦(せことしひこ)監督(DeNAランニングクラブ総監督)にコーチの 派遣を依頼したり、練習方法を見てもらっています。十年ぐらいのレンジで腰を据えて取り組 めば、首都大にだって十分チャンスがあります。なにより正月の二日間にわたって放送される 箱根駅伝に出場できれば、大学のPR効果も期待できる。 舛添 その意味では馬術もチャンスですよ。私は、学生時代に短距離走や柔道のほかに馬術もやり ましたが、あのスポーツは初心者でも五年ほどでものになります。極端な話、猛練習して馬と の呼吸が合ってくれば、誰でも乗りこなせます。 上野 いまから馬術部を創設するにしても、馬を飼う費用を捻出できるかどうか(笑) 。 舛添 たしかに飼育費は掛かりますが、しっかりドレサージュ(調教)すればオリンピックで通用 する競走馬がJRA(日本中央競馬会)にはごまんといます。東京オリンピックでは馬術競技 会場として馬事公苑(世田谷区)が使われます。馬事文化の推進という点でJRAからのサポ ートを受けることも現実的です。 それから来年 8 月には、東京五輪の追加種目が決まります。候補種目のローラースポーツや スポーツダンス、ビリヤードを強化する手もあります。 川淵 あとはいかに優秀な指導者を連れて来られるかですね。日本サッカーの草分けとなったクラ マーやオフト、ジーコのような存在が必要です。 街に開かれた大学とは 舛添 私は、大学のイメージを変える意味で、もっと大学全体が街に開かれてもいいと思います。 駅名一つとっても、大学が移転したにもかかわらず、東急東横線の学芸大学駅や都立大学駅は そのままです。南大沢駅(首都大南大沢キャンパス最寄駅)は思い切って首都大学東京駅に名 前を変えてもらってはいかがでしょうか。 もう一つ重要なのが、キャンパスと街の共存です。カリフォルニアに来たついでにアメリカ のカリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)に立ち寄るように、その大学が観光名 所になるような見所を増やせばいいのです。キャンパスに世界最高峰の彫刻がたくさん転がっ ていたり、東大の赤門のような目を惹く建造物があれば、それを一目見ようと多くの人が大学 に足を運ぶ。街おこしの工夫をちりばめ、地域と共存する大学になることが、先述の首都大学 東京という名前の定着に繋がるのではないでしょうか。 川淵 私も初めて南大沢キャンパ スを訪れた際、学内の中央に ある立派な図書館に驚きまし た。たんに本を読む場所だけ ではなく、 「ラーニング・コモ ンズ」といって議論のできる コミュニケーションスペース や飲食可能なリフレッシュル ームが完備されている。 「水野 家文書」 (首都大学名誉教授の 松平斉光(まつだいらなりみ つ)氏が水野家当主水野忠款 (みずのただまさ)氏より寄贈された貴重資料)も収蔵されていて、こうした滅多に見られな い古文書こそ広く一般公開すべきです。 舛添 江戸時代の地図や浮世絵などもあっていいですね。東京都にも公文書館がありますし、教育 関係の文書は首都大の図書館に移すことも検討できます。 川淵 もしそれが実現したら、近代の東京の教育について博士論文を書く諸外国の研究者が、首都 大の図書館を利用するようにもなり、学術・文化の向上に寄与しますね。 舛添 東京大学史料編纂所には、近現代史のあらゆる史料が保管されています。そういった史料的 価値の高さが大学のプレステージ(名声)を引き上げるのです。 上野 南大沢キャンパスにある牧野標本館(MAK)には、牧野富太郎博士が採集された植物標本 を中心に、藻類、コケ、シダ、裸子・被子植物など約 50 万点の標本を所蔵しています。ほか にも、実験考古学や発掘調査の末に発見された縄文・弥生期の史料が多く保管されている東京 考古学研究室や、小笠原の文化や環境放射線などの資料が収蔵されている小笠原研究施設が首 都大にはあります。いつか、これらの貴重な資料を集約したユニバーシティ・ミュージアムを キャンパス内に設立したい。 舛添 いいですね。そこで斬新な企画展を催したり、ミュージアムグッズを売ればブランド力アッ プにも繋がるでしょう。アメリカでも有名大学のTシャツは人気で、観光客がお土産に買って 帰る。ぜひ首都大のロゴが入った良いデザインのパーカーやバッグをつくりましょうよ。 上野 そうですね。 川淵 いまもTシャツやジャージはあるけれど、あんまり私が欲しいと思うものはないな(笑) 。そ れはつくらないといかんね。 リベラルアーツと大学の存在意義 舛添 理事長や学長の目から見て、いまの学生はどう映りますか。 川淵 驚いたことに、首都大では授業時間中に廊下をうろうろしている学生は一人もいないんです よ。じつに真面目で、学生時代の私とは大違い(笑) 。 ただ一方で、講義を見ていて気になるのが、学生が発言する際の声が総じて小さい。なかに はマスクを着けたまま話す学生もいます。風邪ならほかの学生にうつると迷惑なので、帰って ほしい(笑) 。声量はコミュニケーション上の効果はもちろん、ディベートの際に、相手に持論 を訴えかけるための決め手にもなります。先生方には、ベーシックな人間力を鍛えることを徹 底指導してほしい。 上野 私も理事長と同じで、真面目でしっかり勉強はする半面、学生の能動性や積極性、気迫がや や乏しいように思います。 私は今年 4 月の入学式で、 「この大学にいて漫然と講義に出席しているだけでは君たちに何 も授けてあげられない。成績評価はできるだけ厳格化する。ただし授業外の学習をサポートす る大学院生のティーチングアシスタントを付けるなど、学生の能動的な学びをバックアップす る環境を必ず用意する」と宣言しました。 たとえば講義のレジュメを事前にウェブ上に公開し、学生は予習を前提に講義に出席する。 講義中は教員と学生のディスカッションを展開する。首都大ではこのようなインタラクティブ (双方向)な授業が定着しつつあります。 舛添 学生の意識改革という点で、いまの国の教育方針のなかで納得いかないのが、 「文科系におけ るリベラルアーツは役に立たないから潰していい」という発想です。 社会に出ると、一つの見方だけでは通用せず、必要に応じていくつか質の高い引き出しを使 い分けて解答を出さなくてはなりません。より難解な問題に対しては、その引き出しに触媒を 加え、両者を合成して答えを導き出すことが求められます。たとえば高齢化社会や雇用格差、 地域紛争など容易に解答が見出せない複雑な問題がある社会だからこそ、学生の段階から質の 高い引き出しを多く用意しておく必要があるのです。 これを育てる第一歩がリベラルアーツで、 いわゆる「一般教養」とは次元が異なります。 外国人との交流でも、相手の国について無知だと、文字どおり「話にならない」 。世界に誇る 浮世絵の知識なくして、 どうして海外の人と日本文化について語らうことができるでしょうか。 世界 200 カ国、どの国の人が来ても話題に困らず話せる。それが教養人としての素養であり、 真のグローバル化です。その素養を学ぶのがまさに大学。広い教養人を生み出す使命を忘れた ら、ユニバーシティーとしての存在意義が失われ、課題先進国・日本のリーダーは永久に育た ないでしょう。 上野 私も知事の意見に賛同します。私どもは総合大学の枠組みのなかで、人文科学や社会科学の 学術基盤の上でリベラルアーツを学生に伝授し、定着させる重要性をどこよりも強く認識して います。 舛添 教養を育むという点で、南大沢という都会の喧騒から外れた場所にキャンパスがあるのは好 立地です。渋谷や新宿だったら、周りの刺激があまりにも強く、沈思黙考する気が起こりませ ん。首都大には、将来の日本を背負っていける、次代のリーダーに求められる教養というもの をじっくり学べる大学でありつづけてほしい。 上野 舛添知事はつねづね、東京を人口規模だけではなくて、文化や安心・安全面でも世界一の都 市に育てると宣言しています。私どもはそれに恥じない教育研究や国際化、ダイバーシティ(多 様性)などあらゆる面で一流の大学をめざして、今後も自己改革していきます。 川淵 私は、日本サッカー協会に身を置いていたころから、 「日本の大学は入学するのは難しいが、 卒業するのは簡単な仕組みに問題がある」と思っていました。だから理事長に就任するとき、 「いろいろな学生へ門戸を開き、在学中にじっくり育てる。簡単に卒業できない大学をつくっ たらどうですか」と申し上げました。すると「就職活動はどうするのですか。学生に不人気で は潰れてしまいます」という反対意見が飛んできました。東京都が運営しているから、潰れる わけがないのに(笑) 。目先の心配を恐れず、高い志と覚悟をもって大学改革に取り組むべきで す。 将来、 「この学生を採用すれば企業にとって絶対プラスになる」と思わせる学生しか卒業させ ない大学にするのが私の夢です。 上野 最後に誌上を借りて、 ぜひ今度、 舛添知事に首都大での講義をお願いしたいと思うのですが。 舛添 喜んで。外国語で講義しましょうかね(笑) 。 ※本鼎談は『Voice』2015 年 9 月号に掲載されたものです。
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