BaxSr1-xRuO3 の「異常な」異常ホール効果 東京医科大学 物理学教室 小林義彦 「anomalous」Extraordinary Hall effect in BaxSr1-xRuO3 Department of Physics, Tokyo Medical University Y. Kobayashi 磁性と電子輸送現象は物性研究においてどちらもきわめて重要な主題であるにもかかわらず、磁性におい ては主に電子のスピンが、電子輸送現象においては電荷が役割を担うと考えられており、両者の間の関連は ほとんど注目されていなかった。しかし、磁性体においてはその磁気的特性により特異な電子輸送現象がみ られる。近年では、いわゆる「スピン-エレクトロニクス」の進歩に伴い、電子のスピンが重要な役割を果た す電子輸送現象が注目されている。磁性体に特有なホール効果である、異常ホール効果はその一つである。 強磁性体における異常ホール効果のメカニズムはスピン-軌道相互作用による伝導電子の左右非対称散乱 (skew 散乱+side-jump 散乱)によって理解されてきた。しかし近年、スピン・カイラリティまたは量子スピン 系におけるベリー位相に起因する新しい異常ホール効果のメカニズムが提案されている。SrRuO3 等の酸化物 強磁性金属において、ベリー位相を取り入れた理論により異常ホール効果の「異常」が説明されたとの報告 がある。しかしながら、新しいメカニズムによる異常ホール効果を主張するこれまでの報告は、(i) 伝導電子 のサイクロトロン運動に起因する正常ホール成分と磁気的散乱に由来する異常ホール成分の分離を行ってい ない、(ii) 異常ホール効果が電気抵抗の 2 乗でスケールできないことのみをもって従来の異常ホール効果の理 論では説明できないと主張している、(iii) 構造転移、磁気転移に伴うフェルミ面の変化によって正常ホール 係数、異常ホール係数はどちらも変化しうるが、その可能性を無視している、(iv) 散乱特性が異なる複数の 散乱体が物質中に存在することに起因して異常ホール係数が特異な温度変化をする可能性を考慮していない、 などの点において、そもそも異常ホール効果の「異常」の議論を正しく行っていないものが多い。 酸化物強磁性金属に従来のメカニズムで説明できない異常ホール効果が存在するかを明らかにするため、 我々は Ba1-xSrxRuO3 のエピタキシャル薄膜、バルク単結晶試料を作製し、それらの電子輸送現象および結晶構 造、磁気構造の系統測定による研究を行っている。 SrRuO3 薄膜ホール抵抗率の T=5K、100K、160K における磁場依存性[ρxy(H)]を Fig. 1 に示す。正常成分と異 常成分を分離するため、測定された磁化カーブ(M(H))を用い、ρxy(H) = R0H + RsM(H)の式で正常ホール係数(R0)、 異常ホール係数(Rs)をパラメータとしてフィットした。60K 以上では測定された ρxy(H)は良く再現された[Fig. 1(b),(c)]。得られた Rs と測定された ρ(T)を用い、温度を implicit なパラメータとして Rs/ρ を ρ に対してプロッ トした[スケーリング則、Fig. 2(a)]ところ、60K 以上ではほぼ直線的になった、すなわちこれは異常ホール係 数が Rs = aρ + bρ2 でスケール出来ることを意味する。このことから、SrRuO3 の異常ホール効果は広い温度範 囲で skew 散乱と side-jump 散乱とで説明できることが明らかになった。 一方 60K 以下の低温ではスケーリング則からのずれが観測された。また、60K 以下の低温では ρxy(H)は R0H + RsM(H)の式では全磁場領域で再現できず、中間磁場領域で fitting からのずれが観測された[Fig. 1(a)]。これ は ρxy(H)に正常成分と異常成分に加えて高磁場で消失する余剰項があることを示唆する。 常磁性領域では skew 散乱のみが異常ホール効果に寄与していると仮定して、解析を行ったところ、ホール 係数 RH は通常の常磁性体と同様 RH = R0H + aρχの式で説明できたが、正常ホール係数および skew 散乱の係 数 a の値は強磁性相と大きく異なっている。 以上、本研究で得られた SrRuO3 薄膜におけるホール効果の特性をまとめると次のようになる。(1) 60K 以 上での異常ホール効果はこれまでの左右非対称散乱メカニズムで説明できるが、低温ではスケーリング則か らの逸脱がみられる。(2) 強磁性相と常磁性相では正常ホール係数・異常ホール係数とも大きく異なる。(3) 60K 以下の低温では異常ホール効果の磁場依存性に、中間磁場領域で磁化ではスケールできず、約 7T の高磁 場では消失する余剰項がある。(1)および(2)は、SrRuO3 の異常ホール効果は基本的に従来の理論で説明できる ものの、磁気転移点および 60K 以下の低温で Fermi 面の再構築により散乱特性が変化している( skew および side-jump 散乱の係数 a と b が変化している)ことを示唆する。(3)は SrRuO3 の低温・中間磁場領域に collinear でない磁気構造が存在し、これが異常ホール効果の余剰項を生じている可能性を示唆する。また Ba0.2Sr0.8RuO3 薄膜においても同様の測定を行ったところ、異常ホール効果については上記(1)と(3)の特性がほとんどなくな っていることを観測した[(1)については Fig. 1(c)]。これは Ba-dope による格子体積の増大に伴い orthorhombic distortion が減少し、cubic perovskite に近づいていることが 60K 以下の低温における構造変化や collinear でな い磁気構造を抑制している可能性を示唆する 低温における構造変化や collinear でない磁気構造の存在の有無を調べる目的で、Spring8 において放射光 X 線回折および円偏光 X 線反転比を用いた磁気散乱実験を行った。その結果 SrRuO3 では磁気転移温度以下で超 格子反射ピークが生じ、60K 以下では超格子反射ピークが分裂するという結果を得た。これは構造転移に伴 う Fermi 面の再構築により異常ホール効果の散乱特性が変化した結果異常ホール係数がスケーリング則から 逸脱するという予想を支持する。Ba-dope した試料では 60K 以下では超格子反射ピーク分裂は観測されず、 これも、スケーリング則からの逸脱が消失しているという異常ホール効果の結果と矛盾しない。一方、円偏 光 X 線反転比を用いた磁気散乱実験による、collinear でない磁気構造の存在の有無の解明については現在の ところ十分な結果が得られていない。 以上は浅井吉蔵 (電気通信大学)、佐藤桂輔 (東大物性研)、大隅寛幸 (Spring8)各氏との共同研究である。 0.04 0 -0.4 SrRuO3 ρxy (µΩ cm) 40K 60K SrRuO3 0 20 40 (b) 60 80 100 120 140 ρ (µΩ cm) 0.02 (b) RSM 120K 150K 0.01 measured fitted (R0H + RsM) -0.4 T = 100K (c) 5K -0.02 0 5 measured 0.1 fitted (R0H + RSM) 0 T = 160K 1 2 3 4 5 6 H (T) 7 8 9 10 Fig. 1: Field dependence of the measured Hall resistivity (ρxy) and fitted one using the measured M(H) at T = 5, 100 and 160K. 10 15 20 25 30 35 40 ρ (µΩ cm) Fig. 2: Rs/ρ versus ρ plot for (a) SrRuO3 and (b) Ba0.2Sr0.8RuO3. R0H -0.1 60K 30K Ba0.2Sr0.8RuO3 RSM 0.2 90K 0 -0.01 -0.5 0.4 ρxy (µΩ cm) 5K -0.06 T = 5K R0H -0.2 -0.2 0 0 -0.04 fitted (R0H + RSM) -0.1 0.3 160K -0.02 measured -0.5 0 -0.3 RS/ρ (T-1) RSM -0.3 0.02 RS/ρ (T-1) ρxy (µΩ cm) -0.2 (a) (a) R0H -0.1
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