日本企業の新興国中間層ビジネス 戦略を考える

国際協力銀行・東京大学ものづくり経営研究センター・海外投融資情報財団
共催シンポジウム
日本企業の新興国中間層ビジネス
戦略を考える
平成21年12月18日(金)に日本政策金融公庫国際協力銀行(JBIC)、東京大学ものづくり経営研究センターおよび当財団は、標記シ
ンポジウムを開催いたしました。新興国に対する成長エンジンとしての期待が高まるなか、とりわけ中間所得層(ボリュームゾーン)
向けのビジネスが注目を集めています。
本シンポジウムでは、新興国中間層向けビジネスで成功を収める日本企業の事例を踏まえ、その成功要因分析および中国民族系自動車
企業と韓国電機電子企業の最新動向についての報告が行われました。また、パネルディスカッションでは、日本企業のとるべき今後の
戦略や、事業を行っていくうえでの課題などについて議論が行われました。本稿では、当日の講演から要点をピックアップしてお届け
します。
(文責:海外投融資情報財団)
講演「日本企業の新興国中間層向け
ビジネス事例と成功要因」
株式会社野村総合研究所 上級コンサルタント
岩垂 好彦
新興国には実需に基づく確実な需要があり、市場とし
製品戦略:現地で求められている機能と、逆にそれほど
ても、いわゆる白物家電(電気冷蔵庫、電子レンジ、電
求められていない機能の見極めが必要。現地の発想を生
気洗濯機、電気掃除機)はもちろん、乗用車や薄型TV
かし製品開発を行った成功事例として、インド日立のエ
などの高額商品も着実にシェアを伸ばしつつある。今回、
アコン(肌の乾燥を嫌う日本と異なり、直接風が人に当
こうした新興国における日本企業の取り組みについて、
たるほうがよいというインド特有のニーズに合わせ成
2009 年夏以降中国、インド、インドネシアで15 ∼20 社
功)などがある。
を対象としケーススタディを行ったので、その概要を紹
価格戦略:ボリュームゾーンを狙う場合、現地の売れ筋
介する。
に近い値つけが必要になろう。インドでは日立のエアコ
新興国市場では、高級品を購入できる富裕層にまだ厚
ンは他社より3∼4割高い価格設定だが、明確な製品差
みがないことから、
「中間所得層」
、つまり、市場規模の
別性と販売方法も含め高級感を打ち出し、高い顧客満足
大きな「ボリュームゾーン」をどこまで取り込めるかが
度を維持している。また、同じくインドの食品分野では、
課題となる。所得水準の異なるインドやロシアなど単純
ユニリーバ、ネスレが他社より若干高めの価格設定でブ
な比較や定義は困難だが、便宜上、今回は3000 ∼5000
ランド維持を図っているのに対し、後発の日清食品など
ドル程度を「中間所得層」とし、新興国市場におけるボ
は少し価格を抑えめにしてシェア拡大を狙っている。
リュームゾーン参入の取り組みについてみてみたい。
販売チャネル:新興国では流通の経営・ノウハウや、下
ターゲットセグメント設定:新興国市場では、競争が比
流に対する提案機能が未発達なことが多いため、流通チ
較的緩いセグメントが残されていることがあり参入時の
ャネルは「ともに栄える」スタンスで、育てながら開拓
見極めが重要。ハイエンドでもローエンドでもない市場
することが重要。中国の資生堂やベビー用品のピジョン
セグメントを発掘した中国のヤンマー社(
「賃刈屋(請
は、販社・代理店等に近代的な店づくりや製品の売り方、
負で刈り取り専門に行う)
」向け農機市場)
、空白セグメ
顧客管理などに関して、時間と手間をかけ各種経営指導
ントへの参入を果たしたインドネシアのダイハツ(エン
や販売ノウハウを伝え、サポートを行った。初めはなか
トリーカー市場)
、成長する高級品セグメントで市場と
なか理解を得られなかったが、結果的には売上げが伸び
ともに成長したインドの日立(高級エアコン)など、成
たことで、代理店のロイヤリティが向上したという。ま
功事例は、未開拓市場をうまく見極め、自社の優位を生
た、日清食品はインドで、味の素はインドネシアで、代
かすかたちで参入できた点が共通している。
理店任せにするのではなく直販営業の形態をとること
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2010.3
日本企業の新興国中間層ビジネス戦略を考える
海外投資セミナー き そん
で、着実な販路開拓を図り成功している。
自体のブランドイメージを毀損しないかたちで展開。
ブランド・プロモーション戦略:新興国では一般的に日
概括すると、成功企業に共通してみられるポイントは、
本ブランドに対する認識は低くないが、日本企業であれ
①現地に深く入り込み、現地のマーケットを育てている、
ば選ばれるというほど競争は緩くない。中国資生堂では
②現地の納入先、消費者、従業員などとWin-Winの関係
20 年近くにわたり高級百貨店に販路を限定し、
「資生堂
を構築できている、③「日本ブランド」に甘んじず、自
といえば高級品」というイメージを獲得。一方、よりボ
社ブランドの向上に取り組んでいる、④高い品質を維持
リューム層向けとしてオープンチャネルで販売する「Za」
して「日本力」を訴求している、⑤本社がコミットして
というブランドは資生堂の名称は入れずに販売し、同社
中期的な視点で取り組んでいる――といった点であった。
講演「中国自動車メーカーのボリュームゾーン戦略」
東京大学大学院 経済学研究科 ものづくり経営研究センター 特任助教
李 澤建 氏
2009年の乗用車市場の販売状況を概観すると、廉価小型車の躍進は明らかだ。市場構造は上からみて、価格25万元以上の高
級車市場、日系メーカーの主戦場である15万∼25万元の上級車市場、韓国メーカーが躍進した10万∼15万元の中間車、そし
て、その下に10万元以下の廉価車市場というピラミッド型の4階層となっている。市場シェアの47.5%を占めるのは10万元以
下の廉価車市場で、ここはほぼ民族系メーカーの独壇場である。1600cc以下の小型車はほぼこの廉価車市場に入るが、伸び率
でみるとこの1600cc以下の車種は対前年比63.2%増加したのに対し、1600cc以上の伸びは15%であった。
民族系メーカーの廉価車戦略は、まずリバースエンジニアリングがあげられよう。奇瑞(チェリー)の「QQ」はGM大宇の
「Spark」をベースに開発され、低価格ながら本家とそれほど変わらないスペック、そして中国人の欲しいと思うようなデザイ
ン意匠で成功した。また、BYDの「F3」はカローラをベースに開発され、13万元するカローラの半額以下にまで価格を抑えて、
知的財産権の紛争を避けるようなかたちで正確に復刻している。
もうひとつ新しい傾向として、リバースエンジニアリングで得たノウハウをうまく「転用」し、上位モデルのよい要素のみ
をピックアップして新しい独自モデルをつくるという上級市場戦略がみられる。要素ごとに最新技術を取り入れることで、安
いのにハイテク、サプライチェーンも自前で構築するなど、従来なかった進化である。外資に比べてより先進的な技術やデザ
イン性、特にコストパフォーマンスを強調することでブランド力を補完しようとしているのがうかがえる。
講演「韓国企業の新興国ビジネスの動向」
横浜国立大学大学院 希貞 氏
サムスン電子のインド展開:現在、LG電子とサムスン電子合わせて家電分野で現地シェア5割以上。流通網構築に当たっては、
小売業・流通網が未発達なため、全国平均収入が高い9都市を選別・集中的に攻略。製品開発では、最高級品は輸入とし、イ
ンド現地の消費者ニーズに特化した製品を販売。電力問題に対応する低価格の太陽光パネル付携帯電話、不均一電圧に耐える
テレビ、停電対応可能な冷蔵庫・洗濯機など。
サムスン電子のブラジル展開:白物家電分野は欧州企業の存在感が強く、サムスンはTV、携帯、プリンターなどデジタル家電
を主に手掛けている。製品はハイエンドからローエンドまでをカバー(日本企業は高所得者層向け市場重視)。再進出時に携帯
電話の高級機種で市場攻略、高級イメージを構築。携帯以外のデジタル家電製品にも高級イメージの波及効果。製品開発は本
社主導、本社開発チームが現地で市場調査、本国に持ち帰って製品開発。
サムスン電子の組織の特徴として、主要4事業部(デジタルメディア、情報通信、半導体、LCD)を中心に、事業部社長の
権限が強い。地域総括と海外生産法人も本社事業部が主導。スピード経営重視の姿勢で短期間に新製品投入、収益アップ、売
上高の9%程度をR&Dに投資するサイクル。重要なITツールとしてグローバルに社内情報の共有を図る「シングル」と外部取
引先と連携する貿易ポータルの「GSBN」を活用。製品開発も本社主導で、海外子会社はマーケティング計画・生産設備など
を担当。本社コントロールの強さと現地への権限委譲をうまく調和させる努力としては担当者の裁量で執行できる予算額を大
きくするなどしているが、スピード重視のためあえてマニュアル化はしていない。R&Dセンターも本社そばにおき、プロジェ
クトチーム体制で集中的に開発。人材開発面では「世界中から優秀人材を集める採用チーム」があり、採用者はまず本国勤務
の後、海外に出るといったかたちで循環している。また、「地域専門家」制度により特定地域の専門人材を育成している。
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講演「日本企業の新興国市場へ向けた戦略とその課題∼
技術力を新興市場開拓に活かすために」
東京大学大学院 経済学研究科 准教授
ものづくり経営研究センター 研究ディレクター
新宅 純二郎
今議論している新興国市場、特に、その中間層という
しかし、下のボリュームゾーンを狙っていくというと
ゾーンで、どのような市場の発展が起きているのだろう
きに、たとえば中国の民族系メーカーは、決して日本の
か。これを一般的な模式図に表してみよう。まず、小さ
企業と同じ品質のものを安くつくるわけではない。すべ
なピラミッドがある。このピラミッドの面積が市場であ
てではないにせよ、品質上の問題はある。つまり、現在、
り、縦軸が価格を表している。ピラミッドの底辺がこの
中国の民族系メーカーが切り開いているようなゾーンを
市場の最低価格水準を表すとしよう。多くの日本企業が
狙うためには、ある種の品質の見切りをしていかないと
想定していたのは、中国の自動車市場で、このピラミッ
出せないという問題が存在する。日本の企業はどうやっ
ドの下部は横方向に広がっていく。つまり、もし12 万元
てこのボリュームゾーンに降りていくのか。品質を見切
のカローラが市場の最低価格であったなら、この価格帯
りながら価格を下げていくのか。これがひとつ大きな課
での購入層ボリュームが大きくなっていく。そうした発
題といえる。
展のかたちではなかっただろうか。
数少ない実際の例として、ホンダがアジア展開するス
実際にはもうひとつ、別の変化が起きている。もとも
ーパーカブの廉価版バイク「ウェーブα」がある。2000
とあった最低価格帯も膨らみつつあるが、同時に、ピラ
年ごろ、中国製の安いバイクがベトナム市場に大量に入
ミッドの底辺がどんどん下に降りて広がるかのように、
ってきた。対抗を迫られたホンダはこのとき、同社のコ
新しい最低価格帯が形成されている。つまり、車を初め
ピーバイクをつくっていた中国メーカーやその部品メー
て購入するエントリー市場の価格は、10 万元から5万
カーを調べ、ノウハウを取り入れ、中国製の部品を使用
元、3万元と、どんどん下に降りていっている。10 万元
して、ウェーブαを開発した。ただし、ここで壁となっ
の車を購入できる人々が増えるのを待つというのもひと
たのはやはり品質で、従来のホンダ品質を守るためには、
つの選択肢だろう。しかしその一方で、現実的にはこう
当初想定した半額という価格にはできなかった。そこで
した価格低下が、より加速度的に起きているのが実情だ。
どうしたか。品質基準を緩めたという。
では、この状況にどう対応すべきなのか。歴史的な状
同じようなことはナノにもいえる。ナノのワイパーは
況としては、欧米に進出した日本の製造業の多くは、ま
日本の自動車メーカー用のワイパーシステムに比べる
ず市場の下のほうから入っていって、だんだん品質・機
と、かなり緩い設計といわれている。ただし、設計を緩
能・レベルを上げていった。自動車ではトヨタでいえば、
くするということは単純に「品質を落とした」というこ
下から入ってLEXUS までたどり着いた。日本企業は、
とになるのかどうか。たとえば、実際に現地でワイパー
長年かけてこういう経験を積み上げてきた。
の耐久性を日本と比べて4分の1にしたとしても、もと
さて、これが対新興国市場では、全く逆のアプローチ
を要することになる。市場の上のところに参入するなら
もと降雨量の少ない現地では、実感品質としては多分そ
れほど落ちていないはずなのだ。
得意分野であり、グローバルな製品ラインで対応できる
ホンダの場合も同様に、ベトナムではバイクは主に低
だろう。ところが、今着目されている市場の下のところ、
速で走行している。長く乗るけれども、とろとろ走る。
この層に参入するとしたとき、従来の発想ではつくれな
したがって、高速道路を走るような設計基準はあまり必
いとか、実際につくっても品質上の問題やブランドの毀
要ではない。つまり、設計側としては品質を落とすよう
損が起きるなど、さまざまな問題があるようだ。
なことであっても、ユーザー側として、どのくらいそれ
横軸に品質や機能、縦軸に価格をおいて考えてみよう。
品質のよいものをつくるためには、やはりコストを高く
を感じるのかという点は、もう一回、よく見直してみる
必要があるのではないだろうか。
せざるを得ない。これは、設計でよい材料を使うし、試
現地での使用状況、使われ方によっては、品質を向上
験基準も厳しいからだ。同じ品質なら工場でつくり込む
させるべき部分が出てくる可能性もある。たとえば、電
ことによって、品質向上とコスト減の双方を図ることも
圧が低下してもきちんと駆動するエアコン、テレビなど
できるが、だからといって、品質はただではない。
の電気製品。日本でこうした機能は不要だが、電圧の不
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日本企業の新興国中間層ビジネス戦略を考える
海外投資セミナー 安定なインドやインドネシアでは取り入れたい機能、現
かし、彼らが着目するのは「クレーム件数」だという。
地ニーズのひとつだろう。ただし、品質を上げるだけで
不良が起きても、
「安かったんだからしょうがない」と
は高コストとなる。同時に下げるほうでの見直しもしな
いって、にこやかに修理に出してくれれば、ある程度そ
いと、競争力のあるものは出せないということだ。
れは許される、そういう見切りをつけているというこ
サムスン電子の例では、設計時に同じ部品を最初から
3種類ぐらい、A ランク、B ランク、C ランクと用意し、
とだ。
最後に、では日本企業はどうすべきなのか。日本の自
同じ最終製品でも、市場ごとに使用する部品を換えてい
動車メーカーが1940 年代に生産していた三輪トラックを
る。たとえば携帯電話でいえば、日本市場向けには最高
みると、中国の今の農用車とよく似ている。つまり、日
品質の部品を使う。しかし、韓国市場では品質に対する
本企業も実はこのようなところから成長を遂げてきた。
要求がまだ結構緩いので、韓国向けでは少し安いものを
われわれは忘れてしまったものを思い出してみることが
使う。そうすることで完成品の価格を下げるということ
大切なのではないか。過去に戻る必要はない。しかし、
をやっているという。
新興国のボリュームゾーンを狙おうというのであれば、
サムスンでは品質管理の指標を「体感不良率」とよん
これまでの設計発想を、
「少し戻してみる」
「下に広げて
でいる。通常、市場不良率といった場合は、分子は市場
いく」
「柔軟にしてみる」――ということが必要なのでは
に出したもの、その中の不良数が市場不良率である。し
ないか。
パネルディスカッション
について、成功例または苦労されている例などあ
れば。
■岩垂氏
――サムスンの戦略とは結局、現地化か、集権化か。
研究開発の場合、現地でやっているのか、ソウルの
本社でやっているのか。
し、現地では現地の嗜好に合うような部分を開発してい
■
氏)
インドで日立のエアコンやLG電子の製品開発の状況など
サムスンは非常に集権化された組織であり、その点、
につきヒアリングした結果、品質保証や基本設計などお
斗燮氏 横浜国立大学 経営学部 教授(以下
基本設計や基本の技術はある程度集約し、本社で開発
くことがひとつの役割分担になるのかという印象である。
本質的には日本企業と変わりない。しかし、たとえば現
金のかかる部分は本社で行い、現地では取っ手の形状、
地で発生したニーズへの対応などスピードの面でいえば、
パネルの色など顧客の目にみえる部分を主に開発して
非常に対応が早い。サムスンやLGがもしインド、ブラジ
いる。
ルなどで日本企業と比べうまくいっているとすれば、そ
日本の家電メーカーにとって初期品質で1%以上不良
の点があるのではないか。また、少なくとも家電製品に
が出るということはエピデミックな現象と認識される。
関しては、サムスンはまだミドルエンドの低コスト製品
一方、欧米メーカーの中には、5%程度までの不良率は
をつくるノウハウが残っている。かねてからアウトソー
許容し、その代わりアフターサービスをきっちりやって
シングしてきた経緯もあり、現地の部品メーカーや韓国
いけばよいと考えるところもある。これはサービスコス
の部品メーカーをうまく活用している。
トと部品コストを天秤にかけたら5%程までなら許容で
「ナノ」や「現代」のような 50 万∼ 60 万円の車をつく
きるという視点。しかし、たとえば日本メーカーの本社
るためには、ゼロ・ベースからつくることが必要。これ
技術本部でしのぎを削っているような人々が、こうした
は、今ある機能をそぎ落とすというのではなく、現地の
ダウンサイズの方向を考えるというのは難しいと思う。
人や部品メーカーを使ってゼロからつくっていくという
■新宅氏
こと。しかし日本人がこうした低価格の車をつくろうと
現地と本社の使い分けという点では、多くの日本企業
した場合、たとえば、今ある150万円のカローラを安くつ
は本社コントロールが強いとの印象を私ももっている。
くろうとして、機能を削り、材料を換えてみても、100万
先ほどの日立のインドのエアコン会社の例では、社長以
円以下にすることは難しいといわれている。なぜか。こ
外全員インド人で、現地でインド専用設計のエアコンを
れは結局、日本人がつくろうとしたら、日本の部品メー
開発している。
カーの力を借り、高い部品を使ってやることになるから
なくゼロから積み上げるというやり方。本社側はインド
だ。こうした状況は日本の自動車メーカーだけではなく、
のローカルにはない技術、日立ならではの技術をそこに
電気・電子メーカーも同様ではないか。
つないでいる。この「いかにつないでいくか」というと
――現地への権限委譲や本社コントロールの度合い
ころがポイントであり、多国籍企業としての強みになる。
先生の話でいえば、削っていくのでは
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LGがインドネシア市場でヒットさせた低電圧エアコン
直接コンタクトをとることでチャネルの心をつかんでい
の例もある。インドネシアの不安定な電圧にも対応でき
るという印象。資生堂の例でいえば、中国代表のトップ
るエアコンが欲しいということで本社に相談したが、そ
が地方専門店まで直接出向き、握手して言葉を交わした、
のようなエアコンの需要はあまりないと突き返され、タ
こうしたことで相手先のモチベーションが非常に高まっ
イの拠点で開発することになった。しかしタイ単独では
たというケースがあった。
やはり難しいところもあり、さまざまな技術支援を本社
進め、通常のオペレーションは現地で育成した人たちに
――ブランドの毀損、あるいはブランド構築という
課題について。ボリュームゾーンへの取り組みでは
高級品から中級品にシフトする必要があるが、中級
品を出すとこれまで出していた高級品に影響がある
のでは。
任せる方針。本社の人間はサポート役として、技術支
■新宅氏
に依頼し提供してもらった。同製品でインドネシアの市
場シェアは10%アップし、LGはパナソニックに代わり市
場トップを獲得した。LGのタイ拠点は徹底的に現地化を
援・資金・設備など、本社とタイとの間のつなぎ役とな
実証的な検証は必要となろうが、私見では大きな心配
り、最新の本社情報をもってくる役割。もともとタイは
はしていない。ピラミッドの頂点、つまりロレックスな
ホワイトカラーの定着率が低く、LGでもマネージャーク
ど本当の高級品を除けば、日本の企業ブランドは多くの
ラスの離職率の高さに悩んでいた。しかし2000年ごろか
場合、少なくとも先進国市場においてはマス・ブランド
ら、LGは現地化を進め、離職率を下げるにはどうすれば
であり、それほど毀損の心配はないと考える。
いいのかという問題を現地人マネージャー中心にプログ
品質を削って下のものを出すといっても、中国メーカ
ラム開発し、手厚くケアするようにしたところ、離職率
ーとは異なるノウハウをもつ以上、彼らと同じにする必
が格段に下がったという。このようにマネージャークラ
要はない。たとえばノキアは、中国で280元という低価格
スの上のほうに現地の人を採用して動いてもらうことで
の新興国市場モデルを開発し、中国の携帯電話1000元以
色々と変わってくる。
下市場でシェア4割を獲得。しかし、このようなピラミ
―― 中国、インド、インドネシアでの中間層攻略で
の成功事例、キーポイントなど。
ッドの下のほうの商品を出したことにより、ノキアのブ
■杉本氏 (株)野村総合研究所 主任コンサルタント
った人たちも買えるようになった、ノキアを使い慣れた
「どうやってものをつくるか」というテーマに加えて、
ランドが傷ついたか。そうではない。ノキアを買えなか
人たちは次もノキアにしようという。こうした効果のほ
「売ったもののよさをどうやって伝えていくのか」という
うがむしろ大きかったのではないか。また、ベトナムで
ことも大きなポイント。ヤンマーは中国賃刈屋市場にお
ホンダが安価なバイク、ウェーブαを出したことで、ア
いて自社農機ユーザーに実体験を語ってもらうセミナー
ジア地域でホンダが安物と認識されるようになったかと
を行い、自社商品を使うことでどれだけ投資効率があっ
いえば、そんな話も聞いたことがない。ボリュームブラ
たか実際に語ってもらうという取り組みが奏功したとい
ンドをもつ企業は心配する必要はないと考えている。
う。また、中国で哺乳瓶等を展開するピジョンは、各省
――韓国系企業の強みや課題とは。
トップの病院と組み、その病院のお墨つきブランドとし
■
て製品販売するというチャネル開拓を行っている。つま
氏
本日の議論とは多少矛盾するかもしれないが、サムス
り、まず拠点をつくり、そこから病院を訪れる妊婦さん、
ンの主力プロダクトは白物家電ではなく、1番が半導体
ママさんユーザーに自社商品のよさがしっかり伝わるよ
(フラッシュメモリー含め)、2番目が液晶(液晶パネル
うな機会を確保している。
新興国は、チャネルそのものがまだ未発達であり、先
とLED、テレビ)、3番目が携帯電話である。収益力の9
割はおそらく基本的に韓国国内を源泉としたものだ。
進国のようにうまくチャネル契約さえできればあとは放
質問に関して3点述べると、ひとつはキー・デバイス
っておいても製品のよさといった情報も含め流れていく
における集中的な投資があげられる。今半導体製造設備
というようなことにはならない。メーカーが単に売って
をつくるのに3000億∼4000億円かかるが、このような意
くださいといったとしても、現地には商品の利点をきっ
思決定ができるかどうかというのはコーポレート・ガバ
ちり伝えていく能力がないので、自分たちでチャネルそ
ナンスの問題だ。日本でもなぜ製薬産業でオーナー系の
のものを教育していく、あるいは、メーカー自身がきっ
企業が多いのかなどについて現在議論されているように、
ちりと消費者に伝えるための仕組みをつくっていく必要
企業競争力とオーナー経営の関係についてもっと考える
がある。逆にいえば、チャネルや売り方を工夫すること
べき。サムスンも現代もすべてオーナー系の企業であり
で大きな差別化が可能。
非常に意思決定が早い。また、人事面でも社長の平均年
中国で成功している現地法人の経営者の方々は、トッ
齢が非常に若い。42∼43歳で常務となったら50歳ぐらい
プ自ら足を使って、常に代理店を回って開拓していたり、
で皆辞めていく。非常に冷たい組織ではあるが、企業そ
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日本企業の新興国中間層ビジネス戦略を考える
のものの競争力はものすごく強い。
2番目は、工程技術。半導体でいうとサムスンは 40 ナ
海外投資セミナー いる。要するに、早く事業転換をしたところ、血を止め
るのではなく、血を入れ替えてしまえというほどに徹底
ノ技術を採用しているのに対し、日本と台湾の企業は 60
的にやった企業ほど、実は長期でみるとよくなっている。
ナノでやっている。これは、技術でいえば二世代ぐらい
結果的にこうした企業には全然空洞化は起きていなかっ
の差があり、生産コストは30%ぐらい違う。こうした工
た、というのが同書の結論だ。
では、具体的にどのようなことをやっていくべきか。
程技術の面でサムスンは非常にまじめにやってきた。
3番目は非常に大事なポイントで、組織そのものがIT
これは研究開発に集中するとか、新しい製品・事業分野
システムで、非常にわかりやすく統合されている。すべ
を国内でつくっていくなど、必ずしも容易ではない課題
ての情報、人事さえ、サムスン電子グループの中は全部
だろう。ただし、では工場はゼロでよいのかというとそ
つながっている。具体的には、ERP を使ったコンピュー
うではない。ものづくりの能力と、工場のコスト力は異
タ・ネットワークによる情報共有である。今日本の企業
なるものだ。世界で今中国が安いとか、ベトナムがもっ
で外注先までもつながっているところはないのでは。韓
と安いなどいわれているが、では、最もコストの安い工
国はサムスンだけでなく国そのものがこのようなIT化に
場がいちばんよい工場なのかといえばそうではない。工
成功していて高度なネットワークが構築されている。
場の能力を横並びでみる場合の評価基準では、決して金
――韓国系企業は日本企業のどういった点を怖いな
と思っているか。
額コストだけでない、どれだけそこに物的な生産性、改
■
善能力があるのかという点をみるべきだ。
氏
残念ながら、全体的に「ジャパン・パッシング」から
日本の工場で生まれる色々なものづくりの改善知識を、
中国の工場に投入していけば、その知識のない工場に比
「ジャパン・ナッシング」になってきている印象。ただし、
べてさらに安いものづくりができるようになっていく。
環境技術などで非常にインパクトの強い何かが日本には
その工場だけのコスト力で判断したら、結局、全体で損
あるのではとの期待感はある。
をすることになる。日本は、そういう知識を生み出せる
――韓国系企業から日本企業が学ぶとしたらどうい
う点があるか。
だけのボリュームをもっていればいいのでは。「われわれ
■
み出す母体として頑張っていくということではないか。
氏
は工場なり、開発なり、新しい事業なり」で、知識を生
現地向けに製品開発する場合についても、現地の人の
韓国企業が今のところもっているのは組立技術、キャ
ッチアップ用の技術なので、日本がそこに逆戻りすると
ニーズは日本人ではなかなかわからないという。しかし、
いうのは難しい。これまでの米国型の技術からドイツ型
日本メーカーは家電でも車でも、すでに日本人の生活様
の技術、つまりサイエンスト・ベースドにシフトしてい
式に合わせた製品づくりという知識を長年にわたり蓄積
くしかないのでは。韓国もあと5年ぐらいはよいかもし
してきている。つまり、対象が変わっただけで、ユーザ
れないが、経営のスピード、若さでは中国のほうがはる
ーがどんなニーズをもち、どの辺に合わせ込んでいけば
かに上回ってきている。今出てきている中国の30代の経
売れるのかという方法論を、日本のメーカーはすでにも
営者、こうした若い経営者たちの企業は当然、スピード
っている。この方法論をしっかりつないでいき、市場ニ
が速い。加えて中国は国のバックアップが強く、重工業
ーズに沿うコストに見合った製品をこうやってつくるの
プロジェクトで1億ドルの案件に中国政府が即決で90%
だという知識を、提携先など現地の人に、きちんと渡し
融資する。こうした状況では韓国企業にも勝ち目がない。
ていくことが必要になってくるのではないだろうか。
その点では日本企業も韓国企業も非常に厳しい状況。日
■
氏
本企業としては、韓国企業のやっていない分野のほうに
海外生産は競争力ある技術を海外に流出させるので憂
シフトしていかないと、長期的な競争力の維持は難しい
慮せよとの説もあるが、私見では、これは逆の話で、技
のではないか。
術があるうちに積極的に海外に出て利益を確保するべき
――日本企業がどんどん海外に進出していくに当た
って、国内の空洞化ということがいわれている。日
本に何が残るのか、国内で何をやっていくのか。
である。20年以上日本に在住しているが、2000年ごろか
■新宅氏
ったという問題については、これは当然、現地から色々
ら、日本全体が守りの姿勢に入ってしまった感が強い。
現地でボリュームゾーンを狙う製品開発ができていなか
日本企業の国際展開で何が起きたか、まさに空洞化で
なフォロワーが出てくるし、リバースエンジニアリング
何が起きたかについては、天野倫文氏著の『東アジアの
してくるだろうが、それでも、現地で実際に戦っていく
国際分業と日本企業:新たな企業成長への展望』という
ことでよい緊張感が生まれ、これまでの蓄積を生かした
研究がある。同書の結論をかいつまんで紹介すると、空
かたちで、技術成長のテンポが早まるのではないか。
洞化を早く進めた企業ほど、海外でも国内でも成功して
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