“21世紀は統合医療になる”

476
全日本鍼灸学会雑誌、2002年第52巻5号,476-485
(2)
全日本鍼灸学会雑誌52巻5号
第51回 全日本鍼灸学会学術大会
“21世紀は統合医療になる”
特別講演Ⅱ
渥 美 和 彦
東京大学名誉教授
日本代替・相補・伝統医療連合会議(JACT)理事長
Integrative Medicine in the 21st Century
ATSUMI Kazuhiko
President, Japanese Association for Alternative, Complementary & Traditional Medicine (JACT)
座長 丹澤章八(全日本鍼灸学会会長)
を果たしていたといえる。
はしがき
これら人間の病傷に対処しようとして、医学の
今より約300万年前、人類が地球上に出現して
先達は食事の工夫や動物の草を食む行動の観察な
以来、人類はすでに飢餓や寒さ、諸々の野獣や外
どの経験から、いわゆる癒す術を体得していった
敵に襲われ、外傷や生命の危機にさらされたはず
ものと考えられる。
である。また、各種の疾病が存在したことも事実
それらの貴重な経験が徐々に体系化されて、イ
ンドや中国において、それらの伝統医学の基礎が
であろう。
当時、科学は存在せず、まして医学や医療の手
つくられていったものと考えられる。そして、ア
段がなかった。そのようなとき、人間は、神のた
ーユルヴェーダ、中国医学あるいはユナニ医学な
たりと考え、神に祈るしか他に方法がなかったと
どが形成されたのが、4,000年あるいは5,000年前
思われる。そのような意味で、宗教は医療の役割
と考えられている。
(図1)
図1
その後、これらの古代の医療の知識と技術はギ
医療の歴史
リシャにわたり、ヨーロッパにおいて、中世の暗
B.C.1000∼
2000
B.C.500
神へのおそれ
宗 教
病気・災害
祈 祷
薬草・食事
経 験
ハーブ、生薬、マッサージ、
ヨーガ、はり、気功
アーユルヴェーダ医学
中国医学、ユナニ医学
薬剤、医術
医療が近代化されたのは、19世紀の終わりであ
る。消毒法が発見され、血液型の発見から輸血が
行われ、麻酔の方法が研究されて外科手術が可能
瀉血、嘔吐、下剤
中世医学
代替医学
消毒(法)、手術、輸血、麻酔
西洋医学
X線、心電図、血液分析、抗生物質
近代医学
(1950)
超音波、
X
(線)
CT、
MR
I、
レーザ、人工臓器
現代医学
21世紀
遺伝子治療、宇宙医学、
V.R.医療
先端医学
第三の医学、統合医療
未来医学
20世紀
なる。
ギリシア医学
ホメオパシー、
オステオパシー、
カイロプラクティック
9∼10世紀
黒時代を経て、医療は徐々に開花してゆくことに
になり、急速に近代医学が展開することとなった。
基礎医学
臨床医学
社会医学
X線が発見され、心電計、脳波計あるいは手術機
器などが開発され、抗生物質が開発されて医学は
加速度的に近代化がすすむこととなった。
さらに、血液自動分析、超音波診断、X線CT、
MRI、レーザ治療、人工臓器などのいわゆる医用
〒113-0023 東京都文京区向丘1-6-2
1-6-2, Mukogaoka, Bunkyo-ku, Tokyo, Japan
2002.11.1
特別講演Ⅱ
(3)
477
工学の急速な進歩により、現代医学が樹立される
8,600万ドル、2002年には1億ドル、2003年には
ようになった。それが最近になって遺伝子治療、
1億4,000万ドルという研究費が支出されている
再生医療、宇宙医学、ヴァーチャルリアリティ医
といわれている。
療と先端医学が導入されようとしている。そして
21世紀の未来医療は、これらの先端医療と伝統医
このような相補・代替医療が再評価される医学
的背景には次のようなものがあげられる。
療・代替医療とを融合した第三医学が創造され、
統合医療になるものと考えられる。
1)がん、AIDSなどの難病への西洋医学的アプ
ローチからの発想の転換、
1)相補・代替医療とは
代替医療とは、(近代)西洋医学以外のものを
―破壊的治療より抵抗力増強へ―
2)各種薬剤、とくに抗がん剤の副作用の緩和
さすものと考えられている。それには、中国医学
3)高価な先端医療機器の使用による医療経済の破綻
やアーユルヴェーダなどの伝統医学、現代(西洋)
4)精神と身体との統一的調節を目指す全体的医学
医学に対抗して生まれた、比較的新しい医学体系
5)自然に生きる人間のライフスタイルの重要性
―これには、ホメオパチー、カイロプラクティッ
つまり、西洋医学が発展して、成熟し、その限界
ク、オステオパチーなどがある。さらに、古来か
がみえてきた。その当面する諸問題の解決のため
ら地域に伝承されてきた民間療法がある。これに
に、西洋医療以外の医療や療法が注目されるよう
は、鍼灸の他に、気功などの生体エネルギーを利
になったということである。
用するものや、ハーブや薬草、温熱などを利用す
るものが含まれる。
さて、NIHの代替医療部門における研究調査の
分野は、実地医療における代替システムより始ま
米国ではこの代替医療という名前が広く使用さ
って、用手(手技)療法、薬理学的治療、薬草療
れているが、英国では相補、つまり、西洋医学を
法、食事・栄養、心身相関・介入の療法、さらに
相い補うものとして捉えられている。最近では、
生物電気・磁気の応用に至るまできわめて広範で
この二つをまとめて相補・代替医療(Complementary
ある。
and Alternative Medicine, CAM)とよばれるように
なっている。
1990年、米国ハーバード大学の報告によれば、
現代西洋医学は、外傷などの手術を要する治療
や、急性の感染症や早期がんの治療には優れてい
る。一方、健康の保持やストレスには、心身医学
米国において代替医療の利用者は国民の約34%で
や中国医学などが優れているといわれている。そ
あったが、1997年には42%に達している。ヨーロ
れらの医療の独自的に有効なものから、個人の患
ッパ諸国では25∼35%位であるが、ドイツ、フラ
者の適したものを選択して、個人の疾病の判断や
ンスでは45%である。
治療に応用するというのが第三の医学の立場であ
1992年より、米国の国立衛生保健所(NIH)で
る。勿論、これらのいくつかを統合して利用する
は 、 代 替 医 療 調 査 室 ( Office of Alternative
ことができる。これが、いわゆる統合医療
Medicine, OAM)を設置させ、広範囲の分野にわ
(Integrative Medical Care)であり、それが図2に
たり、米国の代替医療の調査を始め、会議やシポ
示されている。
ジウムを開いて、それらの有効性などについて分
析を始めてきた。
1999年、NIHのこの調査室はさらに発展して、
2) 相補・代替医療の内容と分類
米国のNIHの国立相補・代替医療研究センター
国立相補・代替医療研究センターとなり、同年に
(NCCAM)は、相補・代替医療について表1の
は、同研究所より13の大学に年間約5,000万ドル
如く、その内容を分類している。その分類は、内
の研究費が支出されるようになった。2001年には
容の大、小さまざまであり、わが国にふさわしい
478
図2
渥美 和彦
(4)
全日本鍼灸学会雑誌52巻5号
ものにするために、今後、検討を重ねて統合、削
統合医療のシステム
除あるいは追加などが必要であるが、現在の相
近代西洋医学
科学的
統計学的
遺伝子による
Tailored Medicine
補・代替医療の全貌を知る上には、大いに参考に
なるものと思われる。
2−1)伝統医学
世界の三大医学は、中国医学、アーユルヴェー
統合医療
相補・代替医療
経験的
Evidence Based
Medicine
(EBM)
個性的
新しい理論
ダ(医学)、ユナニ(イスラム・アラブ)医学で
あり、約4,000年前にその起源をみることができ
る。これらが全て、東洋(中国から中近東)にお
いて生れたことは興味深い事実である。
この三大伝統医学の中、わが国で最も盛で、医
療に利用されているものは、中国医学の流れをく
表1
相補・代替医療の分類(CAMの分類)
① 医療の実践における代替システム
・ 中国医学
・ はり
・ アーユルヴェーダ
・ ユナニ医学
・ チベット医学
・ ホメオパシー医学
・ 自然療法
・ 環境医学
② 食事・栄養・ライフスタイルの改善
・ ライフスタイルの改善
・ 食事療法
・ 栄養補強剤
・ メガビタミン
・ マクロバイオティックス
・ 健康食品・栄養補強剤
③ 薬理学的・生物学的療法
・ 抗酸化剤
・ 細胞療法
・ キレーション療法
・ 代謝治療
・ 酸素化剤(オゾン、パーオキサイド)
④ ハーブ医学
・ イチョウの葉(Ginko Biloba)
・ 西洋オトギリソウ(St. Johns Worts)
・ オオハンゴウソウ(Echinacea)
・ 朝鮮ニンジン(Ginseng Root)
・ ニンニク(ガーリック)
・ ノコギリヤシ(Saw Palmetto)
・ カバカバ(Kava Kava)
・ショウガの根(Ginger Rhizome)
⑤ 用手療法
・ 指圧
・ マッサージ療法
・ カイロプラクティック医学
・ オステオパシー
・ リフレクソロジー
・ 生体場治療
・ タッチ療法
⑥ 生体磁気の応用
・ 電磁場
・ 電気刺激と磁気神経刺激装置
・ 電気的はり
・ ブルー光治療と人工光照射
⑦ 心身のコントロール
・ 精神療法
・ 催眠療法
・ バイオフィードバック
・ カウンセリング
・ リラクセーション法
・ がんサポートグループ
・ 瞑想
・ ヨガ
・ 祈祷療法
・ 誘導イメージ療法
・ 芸術療法
・ 音楽療法
・ ダンス療法
・ ユーモア療法
2002.11.1
特別講演Ⅱ
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479
む漢方であり、次いで、アーユルヴェーダも最近、
の有効性、安全性、鍼のメカニズム、脈診などで
盛んになってきている。鍼灸は中国医学の基本的
ある。21世紀に入るとこれらの科学的解明がかな
な療法の一つである。また、ヨーロッパにおいて
り進むものと思われる。
(表2)
伝統的に盛んなホメオパチーも最近、日本におい
2−2)用手療法
用手療法には古くからマッサージ療法があり、
て研究会ができた。
平成3年に東京都が東洋医学について、専門家
ギリシャのヒポクラテスの書いた本にも、その重
に対して調査を行ったが、それによると、東洋医
要性が述べられている。さらに、カイロプラクテ
学は、伝統に裏打ちされていて、保健・予防に良
ィック、オステオパチー、レフレクソロジーなど
いが、非科学的なものも多く、今後、科学的に実
がある。また、生体場のエネルギーとして、気功、
証されるべきものが多いとの報告であった。また
あるいは手かざし療法などもこれに含まれる。
その際の調査で、東洋医学における最も重要な研
米国では、日本と異なり多くの療法士が代替医
究課題は自然治癒力の解明であり、さらに漢方薬
療の担い手として活躍しているが、わが国では、
表2
東洋医学の技術開発課題の重要性(東京都東洋医学意識調査・平成3年10月)
重要度(大)の%
1)自然治癒力の測定技術の確立
61.1
2)有効性の科学的評価による証明
59.0
3)客観的な鑑定技術の確立
56.6
4)生薬の安全・有効な保存技術
54.9
5)混合液系の有効性の評価実験系の確立
53.7
6)病態動物による有効性評価
52.4
7)鍼による生体防御機構活性化の解明
51.3
8)つぼ、経絡の組織学的な解明
49.1
9)鍼灸治療の適用範囲の確立
46.5
10)物理的刺激量と有効性の科学的解明
45.5
11)作用メカニズムの解明
45.0
12)薬用植物の安定供給
44.9
13)組織培養による均質生薬の大量生産
44.5
14)服用し易い漢方剤型の開発
40.2
15)アレルギー疾患への活用
39.3
16)心身治療への活用
36.4
17)組織培養による新品種の作出
35.3
18)鍼灸治療を応用した治療機器の開発
28.3
19)予防医学への活用
27.0
20)老人性痴呆症への活用
25.7
21)脈診を応用した機器開発
18.1
22)腹診の診断機器の開発
11.3
23)コンピュータ利用による診断
8.3
480
渥美 和彦
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全日本鍼灸学会雑誌52巻5号
研究会や協会などが研修を行っており、資格を与
の生薬より効果は大きいが、副作用もまた大きい
えているが、今後わが国においてもこれらの療法
といわれる。また、生薬は、一部の成分を抽出す
士の国家資格認定が必要である。
るよりも、全体としての有効性が高いといわれて
2−3)薬理学的療法およびハーブ療法
いる。また、生薬は地域、天候により成分が異な
欧米においては、薬理学的療法としては抗酸化
剤、キレート剤など、各種のものが研究・開発さ
り、効果も異なるといわれ、その点で、品質管理
が難しいといわれている。
れ利用されている。また、最近、いわゆる自然薬
米国のNIHの国立相補・代替医療研究センター
の各種の分野における利用が増加しており、その
(NCCAM)が各大学に研究費を配分し、これら
のハーブあるいは、栄養補助食品の有効性および
主なものが図3にあげられている。
現在、地球には、25万∼50万種の植物が存在し
安全性について研究調査を始めており、それらの
ているが、その中の約5,000種のみが薬用(ハー
報告の発表が期待されている。
ブ)として研究されている。現在、処方されてい
2−4)心身相関・介入の分野
西洋近代医学は、いわゆるデカルトの二元論に
る薬剤の25%は樹木ハーブが利用されている。
120種の植物から薬剤が作られ、その中の70%
基いた、科学を基盤とした医学として展開してき
は近代医療として利用されている。最近の150年
ており、ややもすれば、精神と身体とを分離して
間に、植物の中の活性物質を抽出してジゴキシン、
発展してきたといえる。わが国では、東洋思想の
コルヒチン、モルフィンなどの薬剤につくられた。
一元論に基いた考え方を基本としてきた。
近代医薬として抽出された活性物質の薬剤は、元
図3
最近、心身医学あるいは、精神・神経免疫学な
米国における自然薬の普及(廣瀬輝夫)
車酔い
喘 息
“ネコの手”の根
がん治療薬
体力増進
免疫増進
クロミラム
朝鮮人参・エキナゼア
鬱 病
高脂血症
自 然 薬
おとぎり草
ニンニク
不眠症
記憶力回復
メラトニン
銀杏の葉
切 創
便 秘
前立腺肥大
鎮静剤
体力減少
アロエ
パルメトー
カバカバ
エフェドラ
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特別講演Ⅱ
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481
どの進歩により、西欧においても心身の相関とし
ものになる。近代医療は、治療が目的の中心であ
てとらえる考え方が注目されるようになってきて
り、とくに臓器の治療が中心であり、臓器の医学
いる点は大きな変化である。
ともいえる。そして、病因の削除を行うために、
この分野は、従来の医療の分野である精神・心
薬剤、手術が中心である。それに対して、代替医
理療法、バイオフィードバック、カウンセリング
療は、保健・予防を目的とし、自然治癒力の向上
などの分野から、さらに広く音楽療法や芸術療法
を目指し、どちらかといえばライフスタイルの改
におよんでいる。気のエネルギー利用の分野では、
善が中心である。そして、近代医学は科学的に実
気功,手かざし療法、タッチ療法など、さらに、
証されたものが多く、非侵襲的なものが少ないが、
祈りや霊的療法(スピリッチュアル・ヒーリング)
さらに高価である。それに対して、代替医療は、
など宗教との境界領域まで研究対象が拡がりつつ
科学的に実証されていないものが多く、非侵襲的
ある。わが国においても、今後、最も発展が期待
であり、安価なものが多い。
とくに、通常医療すなわち、近代医療と代替医
される分野である。
そこで、米国NIHのNCCAMでは、代替医療と
療の、各疾患に対する費用を比較すると表4の如
してのこの領域の重要性を認めて図4のような分
きものとなり、通常医療に比して代替医療の費用
類を行って、各大学にその研究調査を依頼している。
は約1/3から1/30と、安価なものとなる。
このような、相補・代替医療の発展という医療
3)近代医療と代替医療
の変化に対して、欧米の生命保険会社は大きな関
近代医療と代替医療とを比較すると表3の如き
図4
心を示しており、会員の代替医療を受療した際の
心身相関・介入(インターヴェンション)の分野
バイオ
フィードバック
イメージ療法
催眠療法
瞑想療法
ヨーガ
精神療法
Psychotherapy
ダンス療法
心身相関・介入
心理治癒(療法)
Mental healing
音楽療法
支援グループ
芸術療法
プラセボ効果
精神神経免疫学
482
表3
渥美 和彦
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全日本鍼灸学会雑誌52巻5号
代替医療と近代医療の比較
代替医療
近代医療
目 標
保健・予防
ホリスティックな健康
治療が中心
臓器の治療
対 応
自然治癒力の向上(免疫力)
病因の削除
方 法
ライフスタイルの改善(栄養・運動・休養)
薬剤、手術などが中心
有 効 性
科学的に実証されたものが少ない
科学的に実証されたものが多い
安 全 性
科学的に実証されたものが少ない
科学的に実証されたものが多い
侵 襲 性
非侵襲のものが多い
非侵襲のものが少ない
快 適 性
多い
少ない
費 用
安価(設備など)
高価(設備など)
費用/効果
良い
悪い
費用を償還する会社が多くなっている。実際、米
の調和のプロセスの解明 2)がんと闘う精神
国のオックスフォード社は、代替医療の医師や専
3)地域の文化性などが関係しており、今後、精
門療法士のグループ組織と協力し、代替医療の推
神神経免疫学の進歩が解明に役立つと述べてい
進を行っている。今後、わが国にもこのような動
る。
きが展開されるものと予測される。
がん患者の約25%∼30%の患者は、代替医療士
と相談し、鮫の軟骨、高ビタミン、漢方薬、茸あ
4) がんの代替医療
表4
1966年、EversonとCaleは、世界から集められ
通常医療と代替医療の費用比較(廣瀬輝夫)
疾患名
通常医療
冠動脈疾患
冠動脈バイパス
30,000∼40,000ドル
1年間の食事、生活法改善
5,500ドル
痛 風
Benemid 100 錠
30.6ドル
冷凍乾燥 Burock90錠
9.5ドル
偏頭痛
D.H.E. 45 筋注1包分
10.26ドル
銀杏の葉 30錠
6.98ドル
中耳炎
Ceclor 服用全治療
65ドル
温めたニンニク油
3.75ドル
乾草熱
充血除去剤 Seldane100錠
103.8ドル
冷凍乾イラクサ
3.5ドル
代替医療
たがんの176症例を検討して、自然治癒率はきわ
めて少なく、10万分の1と報告している。これは、
重要な報告であり、よく考えると、がんになった
患者は100%死亡するのではなくて、10万人に1人
に自然治癒する例があるということである。これ
らは恐らく、西洋医学以外の代替医療の何らかの
方法を利用したものと考えられ、その分析が必要
である。
その後1993年Noetic
Science研究所のHishberg
とO'Regenは、世界の3,500の文献よりがんの自然
治癒例を検討し、一般に信じられている(10万分
の1)より多いと報告している。
そして、その自然治癒の原因として、1)身体
2002.11.1
特別講演Ⅱ
(9)
483
るいは免疫プロテクターなどを利用している。さ
し、従来の科学的方法論では解明されない分野が
らに、サポートグループに所属したり、視覚イメ
多く、今後、CAMのエビデンスのための新しい
ージ療法や、ポジティブ思考、ヨーガ、祈り療法
理論の展開とその応用が必要であろう。
(表5)
あるいは、芸術療法などを実行していると報告さ
表5 相補・代替伝統医療への学術的アプローチ
れている。
そこでNIHのNCCAMは国立がん研究センター
と協力し、代替医療によるがん治療の症例報告に
ついてBCS(Best Care Series)という新しいガイ
ドラインを設定した。
BCS に従い、NCCAM のがん研究に支出された
プロジェクトは次のようなものである。
Ⅰ群 従来の西洋医学のEBMの方法で解明できる分野
・健康栄養食品、ハーブ、鍼などの有効性、安全性
Ⅱ群 計測、分析などに工夫を要するもの
・健康栄養食品、ハーブなどの有効成分の分析
・音楽療法、芸術療法など
・気功、手かざし療法の(エネルギー)分析
1)基底細胞がんに対するエネルギー療法の応用
2)マッサージの効果と手術後の成績
Ⅲ群 従来の科学的方法では解明の困難なもの
3)腫瘍の電気化学的治療
・波動医学、デジタルOリングテストなど
4)酵素療法と乳がんの転移実験
・祈祷療法
5)催眠によるイメージ療法と免疫
6)イメージ療法と免疫 ―がんおよびAIDSに関して―
7)イメージ療法とサポートの乳がんの免疫機能
への効果
6)医療と宗教
近代西洋医療は科学に基盤をおいており、宗教
とは相対立するものとされていた。しかし、最近
になって、両者の対話と接近とが検討され始めて
8)マッサージ療法と骨髄移植
いる。代替分野の中には、祈り、手かざし、タッ
9) 抗酸化剤によるがんの薬理学的治療
チ療法などのいわゆる癒しの分野においては、心
10)治療的タッチ(接触)とストレスへの応答
の問題が病気の治療に関連があるとされている。
とくに、1)は、10人の皮膚の基底細胞がん
わが国では、とくに新しい宗教の反社会的な活動
に、手かざし療法などにより、4人の腫瘍
に対しての反撥が強く、この分野の展開がおくれ
が縮小したので、再研究がすすめられてい
ている。
るという報告である。
WHOの健康の定義においても、従来の身体的、
精神的、社会的の他に、最近、霊的(Spiritual)
5) エビデンス(根拠)に基いた医療(EBM)
最近、医療の分野においてEBMの考え方が普
の健康が議論されており、魂の医学(Spiritual
Medicine)の概念も発表されている。
及している。これは、患者への治療が、エビデン
スのある有効で安全な治療へと要求が高まってい
7)統合医療への展開
るからである。とくに代替医療は経験的な医療で
近代西洋医学の進歩は、現在、成熟の域に達し、
あり、科学性に乏しいといわれ、その科学的解明
内部的な問題点の解決を求め、その結果として、
が要求されている。
相補・代替医療への関心が高まっている。
しかし、西洋医学でも必ずしも100%のエビデ
ここに、近代西洋医学を否定せず、相補・代替
ンスがあるわけではなく、エビデンスは臨床応用
医療を無批判に受入れることなく、患者のための
の過程において徐々に確立されてゆくものが多
個人的医療を目指して、これらを統合しようとす
い。いずれにしても、代替医療の発展のためには、
るのが統合医療であり、第三の医学である。
可能な限りEBMに沿う検討が必要である。しか
医療の対象として、健康の保持・増進、疾病の
484
渥美 和彦
(10)
全日本鍼灸学会雑誌52巻5号
予防、外傷などの手術を必要とする治療、急性の
的であり、優劣を定めるものではないということ
感染症、早期がんの治療、進行がんの治療、アレ
である。
患者が対面する諸々の医療の現場において、
ルギー性疾患、ストレスなどをあげる。
そして、現在の近代西洋医学、心身医学、中国
諸々の対象に対して、患者を中心として考えた場
医学、アーユルヴェーダ医学、イスラム医学、イ
合、どの医療が、その際に最も適するかを統合的
メージ療法などが、これに対して、どのように対
に研究してゆくのが第三の医学であり、これらを
応しうるのかを、定性的に分類したものが表6で
患者の個人的なケースを考えて、適切な治療を選
ある。これらは、筆者が、きわめて独断的に述べ
択し、実施するのが統合医療である。
(図5)
今後、わが国における統合医療の展開により、
たもので、深い根拠のあるものではない。ここで、
治療から保健・予防への移行、医療のニーズへの
重要なことは、これらの医療は各々、完全に独立
表6
第三の医学の概念像
健康の
保持促進
疾病の予防
現代西洋
医学
△
△
○
○
○
△
△
×
心身医学
○
△
×
△
×
△
△
○
中国医学
(漢方)
○
○
×
△
△
△
○
○
アーユルヴェーダ
医学
○
○
×
△
×
△
○
△
イスラム
医学
△
△
×
?
△
△
△
△
イメージ
療法
○
○
×
△
△
△
○
○
図5
外傷などの手術を 急性の感染症 早期がんの
治療
必要とする治療
進行がんの アレルギー性
治療
疾患
ストレス
など
統合医療による日本の医療への貢献
ストレス対策
環境対策
超高齢化対策
少子化対策
心身相関・介入
不健康対策
=
医療経済対策
近代西洋 + 相補代替
医療
医療
・健康・予防への応用 = 国民の健康増進・生活習慣病の軽減
・老人医療への応用 = 老人医療費の軽減
・介護への応用 = 介護のQOL向上
・心身医療への応用 = 精神不安定症の軽減 2002.11.1
特別講演Ⅱ
適応、医療費の節減などが期待される。
8) 結び
以上のように、相補・代替医療が世界的に注目
を浴びるような状況の中で、1998年12月に関連す
る10の学会が連合して、日本代替・相補・伝統医療
会議(JACT)が組織された。
さらに、2000年6月には、医療分野の研究と国際
交流を中心として、日本統合医療学会が組織され
た。
これらの動きは世界の流れであり、多くの医療
人の参加が期待されている。
文 献
1) Alternative Medicine. Expanding Medical
Horizons. 米国における代替医療と実践に関す
る報告書.1992.
2)Eisenberg Det al. Unconventional medicine in the
U.S. N. Engl. J. Med. 1993.
3)渥美和彦 . 世界における相補・代替医療の現
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