2050 年への構想 年 公益社団法 人 日本経済 済研究セン ンター Japan Cennter for Eco onomic Reseearch 日本 本経済研究セ センターは設立 50 周年を 迎える今年、 、2050 年の日 日本が活力と 希望に富む経 経済社会 であ あるために、今何をすべきかの政策提 提言プロジェ ェクト「2050 年への構想」 」に取り組ん んでいます。 20013 年 10 月 22 日 少子高 高齢化社会 会の回避 避、「フラ ンス」手 手本でも 30 年 ―保 育や教育費 費への支出 出増、長時 時間労働の変革は不可 可避 研究生 北松円香( 北 日本経済新 新聞社より派 派遣) 1 5月に に公表した た「グローバ バル長期予 測と 3 つの の日本の未来 来 2」の中で で、2050 年 に向け た持続的 的成長を実 実現するには は、可能な 限り女性の の労働参加を促すこと とが大きなポ ポイン トであ ることを指 指摘した。少子高齢化を 少 を回避しな ければ、国民負担率は は北欧並みの の 60% 弱まで上 上昇する可 可能性が高い い。女性活用 用を 30 年間 間かけて実 実現したフラ ランスの働 くお母 さんたち ちへのイン ンタビュー結 結果を交え ながら、現 現地の保育システムや や女性の働き き方の 現状を紹 紹介する。幹部職への の登用には 未だ男女差 差が残るなど、 「フラン ンスモデル 」にも もちろん ん課題はあ ある。それで でも出産を 機にキャリ リアが途切れ れてしまう う女性が多い い日本 へのヒ ントは少な なくない。 《 要旨 》 ・日本 の女性が働 働き続ける うえでの最 最大の障害は は出産・育児 児だ。第1 子出産時に に6割 退職してしま まっている 。正社員と としての仕事 事を失うことで、所得 得制約もあり り、出 強が退 生率は は 1.4 程度で で低迷して いる。 ・一方 フランスで では2歳以下 下の子ども が1人いる る母親の7割が働く。子育て支援 援への 支出は GDP 比で日本の 比 彩な保育サー ービスなど、働く両親 親の支援制度 度が充 公的支 3倍。多彩 実して いる。出生 生率は2と、 、移民に頼 らず人口を を維持できる水準にあ ある。子ども もを預 けて働 働くことが「 親にも子ど どもにも社会 会にもプラ ラス」と前向 向きに受け止 止められて いる。 ・フラン ンスもかつ ては子育て て中の女性 は専業主婦 婦になるべき きとする保 保守的な考え えが強 かった た。両立支援 援策の拡充は は 1970 年代 代からだが が、25~49 歳の女性の 歳 の労働参加率 率が8 超えたのは 90 9 年代、出 出生率が2に に近づいた たのは 2000 年代と 30 年かかった た。 割を超 ・日本 本が少子高齢 齢化を回避 し、将来の の国民負担率 率を軽くす するには生産 産性向上に 加え、 人口減 減を食い止め めるしかな い。フランス スのように に女性の労働 働参加を促 促しながら出 出生率 を2ま で回復する るには保育 や教育など どへの公的支 支出を「明日の人的資 資本への投資 資」と して増 増やさなくて てはいけな い。男性正 正社員に責任 任と権限を集中し、長 長時間勤務を を前提 とした た働き方の見 見直しも必 要だ。公的支 支出の増加 加も働き方の の変革も既 既得権やこれ れまで 働慣行との調 調整は避け られない。フランスの の例をみても も効果が表 表れるまでに に長い の労働 時間が がかかる。政 政労使の調 整に向けた た話し合いは は今すぐ始 始める必要が がある。 1 2 研究本 本部長・猿山純 純夫、主任研究 究員・小林辰男 男が監修した。 http://w www.jcer.or.jp//research/long g/detail4646.httml http://www.jcer.or.jp/ -1- 日本経済研究センター 1. 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 日仏で異なる子育て・仕事の両立への考え 現在の日本女性の仕事における最大のハードルは出産・育児だ。キャリアのスター ト時点では女性が社会で活躍する環境は、一見整ってきたかに見える。専攻は人文系 に偏っているものの、女子の大学進学率は 46%と男子(54%)との差はかなり縮まっ てきた 3。大卒の就職率は女子が男子を上回る年もある 4。ところが第1子出産を機に働 く女性の6割強が退職してしまう 5。そのため日本の女性の労働力人口比率のグラフは 20 代後半から 40 代にかけてへこむ「M字型」になっている。妊娠・出産前後に退職す る女性正社員のうち、4割弱が働く意欲はあるが出産で退職せざるを得なかったとみ られるケースだ。 「退職勧奨された」 「育児との両立が困難」 「出産後に仕事の内容が変 わり、やりがいが感じられない」まで、さまざまな要因が就業継続を阻んでいる 6。 図1 日仏の出生率と女性労働力人口の推移 【日仏の合計特殊出生率】 5 100 4 80 日本 3 フランス 60 2 40 1 20 ~ 35 ~ 40 ~ 45 ~ 50 ~ 55 ~ 60 ~ 65 70+ 39 44 49 54 59 64 69 (資料)厚生労働省、Insee 34 0 ~ 30 2012 2006 (年) 29 1996 ~ 25 1986 24 1976 ~ 20 1966 19 1956 日本(1975年) 日本(2012年) フランス(1975年) フランス(2011年) ~ 15 0 1946 【日仏の年齢別女性労働力人口比率】 (%) (歳) (資料)総務省、Insee このような仕事と育児両立の悩みを、一足先に解消しつつあるのがフランスだ。同 国の出生率が先進国では珍しく2に達していることは、日本でも話題にのぼるように なった。特筆すべきは、母親になっても働き続けることが当たり前になっている点だ。 2人親家庭では2歳以下の子供が1人いる母親の7割が働き、5割強はフルタイムで 働いている 7。フランスで女性が子どもを産んだ後も働き続けたいと思える理由は大き く分けて2つある。一つは保育サービスなど、直接的な子育て支援政策が充実してい ること。もう一つは子連れの家族を支え、母親の就業を前向きに受け止める社会通念 が定着していることだ。 3 文部科学省 「平成 25 年度学校基本調査」 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Xlsdl.do?sinfid=000002028281 文部科学省、厚生労働省によると今年3月に大学を卒業した学生の就職率は女子が 94.7%、男子が 93.2%。 「平成 24 年度大学等卒業者の就職状況調査(4 月 1 日現在)」 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/25/05/__icsFiles/afieldfile/2013/05/17/1335098_1_1.pdf 5 国立社会保障・人口問題研究所 『第 14 回出生動向基本調査(夫婦調査)』 p.14. http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou14/doukou14.pdf 6 三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング 平成 20 年度厚生労働省委託調査『両立支援に係る諸問題に関する総 合的調査研究(子育て期の男女へのアンケート調査及び短時間勤務制度等に関する企業インタビュー調査) 報告書』 2009.3 p.55. http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/09/dl/h0929-1b.pdf 7 Observatoire national de la petite enfance, L’accueil du jeune enfant en 2011 Données Statistiques, p.9. http://www.caf.fr/sites/default/files/cnaf/Documents/Dser/essentiel/accueiljeuneenfantint_bd_fin.pdf 4 http://www.jcer.or.jp/ -2- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 2.保育園、保育ママなど多様な選択肢-3歳からは幼稚園で夜まで預かりも フランスの育児・仕事の両立支援策といえば「3年の育休」がよく挙げられるが、 それはほんの一角。同国で仕事と育児の両立に威力を発しているのはやはり保育サー ビスだ。0歳から小学生に至るまで、それぞれ多様な受け皿が用意されている 8。 図2 フランスでは3歳以降は全員に保育サービス パリ に隣 接 し、 家族 支 援に 力 【日仏保育サービス比較】 を入れているというサン・マン 0歳~2歳 デ市を例に、フランスの保育サ ービスをみていこう。同市は人 へのしやすさなどから子育て世 代が急速に増えている。 保育ママ(28%) フランス 口約2万 2600 人、パリへの通勤 3歳~ 幼稚園(全員、16時半ご ろまで) 集団保育所(15%*) ナニー・シッター(1.9%) 9月中旬、同市の保育園「ラ・ *うち約7%は営利企業が運営 メゾン・デュ・ボワ」を訪ねた。 学童保育(18時半ごろま で) 保育ママ、ナニー、シッ ター この保育園では延長保育も含め、 朝7時半から夜 19 時半まで子供 に小さい子達の部屋、1階は年 中と年長の子達の部屋に分かれ 日本 たち約 70 人を預かる。2階は主 認可保育所(就学前児童全体の35%、2歳以下の 26%) 認可外保育所(就学前児童全体の2.8%、2歳以下の 3.1%) ており、そのほかに共有の遊び 部屋、図書室、水遊びの部屋、 調理室、中庭などの設備を備え カッコ内はフランスが定員を該当年齢児童で割った受け入れ可能比 率、日本が利用児童数を就学前児童数で割った利用率 (資料)Observatoire national de la petite enfance、厚生労働 省などのデータを基に筆者作成 ている。 まず目につく日本の保育園との違いは、 「年長さん」でも2歳程度の小さな子たちば かりという点だ。実はフランスで親が子供の預け先に頭を悩ますのは、主に2歳まで。 3歳からは公的教育の一環として位置づけ られている幼稚園(エコール・マテルネル) に入り、延長保育もしてもらえる。 (後ほど 詳しく説明)そのためフランスの保育園が 預かるのは生後 10 週目程度から3歳未満 の子たちだ。 3歳になるまでの保育も、保育園、保育 ママなど選択肢が多くあり、公的な補助も 充実している。預け先を見つけるのに苦労 はするものの、最終的にはなんとかなる、 保育所が預かるのは2歳まで(サン・マンデ市) 8 神尾真知子氏はフランスは子育て中に就労を中断するか継続するか、継続するならどのような保育方法にする かなど選択肢が多く、そのための経済的保障もあるのに対し、日本は選択の自由がはるかに少ないと指摘する。 神尾真知子 「フランスの子育て支援―家族政策と選択の自由―」 海外社会保障研究 No.160、 Automn 2007、 pp.68-69. http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18529304.pdf http://www.jcer.or.jp/ -3- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 というケースが多いようだ 9。 複数の大人に面倒を見てもらえて安心、社会性が育つといった見方から、多くの親 にとって第一の選択肢は保育園。もっともフランスでも保育園はかなり不足している。 サン・マンデ市内では市立保育園が 178 人、他に県立が 90 人、私立や親が運営する保 育園が 80 名弱の定員がある 10が、これでも需要は満たせない。たとえば定期的な入園 選考では「330 人の入園申し込みがあったが、受け入れられたのは 47%だった」 (パス カル・トランバック市長補佐)という。 保育園の選考に漏れた場合、あるいは少人数の家庭的な保育を望む場合は、 「保育マ マ(アシスタント・マテルネル)」が選択肢になる。一定の研修を受け資格を取得した 人が、自宅で4人までの子どもを預かる。3歳未満の子ども向けの保育サービス全体 の 28%を保育ママが占め、一番ポピュラーな預け先になっている 11 。親は保育ママと 直接雇用契約を結ぶ。利用料には公的補助や税控除があるほか、本来は雇用主が負担 する社会保障費も 100%免除される。 保育ママも見つからない、あるいは条件が合わない場合は、ナニーやベビーシッタ ーを探すことになる。親との直接契約になる点は保育ママと同様だが、①訓練や資格 は必要ない②預ける側の自宅で子どもをみる③受けられる税控除が少ない点が異なる。 資格が不要なことから、なり手は学生や移民など様々。特に祖父母が地方在住で日常 的に育児を手伝ってもらえない家庭が多いパリでは、移民のナニーが学校に子どもを 迎えに行く風景がよく見られる。他の託児手段に比べると割高なため、別の家族と共 同でベビーシッターを雇い、両家族の子どもをまとめてみてもらう手もある。 3歳以上の子どもたちは日中、幼稚園 や小学校で過ごす。授業はいずれも午前 9時から午後 16 時半ごろまでと日本よ り長めな一方、休暇が多い。水曜日は休 み(土曜は地域によってお休みの場合と 授業がある場合がある)、また2ヶ月の夏 休み、クリスマス休暇のほかにも年3回 2週間程度の休暇がある。 そこで始業前や放課後、休暇中は、 「ソ ントル・ド・ロワジール」 と呼ばれる、 小学校の施設を使った保育サービス(サン・マンデ市) 主に学校の施設を使った公立の保育サービスに 18 時半ごろまで子どもたちを預けられ る。フランス人の夫と結婚し、働きながら3人の子どもをサン・マンデ市で育てた日 本人女性の純子さん(50)は「下校時間が早い日本の小学校や幼稚園と違い、長時間 9 保育園や保育ママなどを合わせたフランス全国で3歳以下の子供の託児枠は 126 万人分。3歳以下の子供の 人口の 52.2%にあたる。Florence Thibault, “Entre 2006 et 2011, le nombre de places d’accueil des enfantsâgés de moins de 3 ans offertes par les modes de garde formels progresse de 131 600,” l’essentiel N o 137 juillet/août 2013, p.1. http://www.caf.fr/sites/default/files/cnaf/Documents/Dser/essentiel/137%20-%20ESSENTIEL%20-%20Capacit% C3%A9%20accueil.pdf 10 一般的にフランスの保育園は週に数日だけ通う子、半日だけ通う子などもいるため、通園する子の総数は定員 より多くなる。保育料は親の収入と保育時間を基に決まる。 11 Observatoire national de la petite enfance, L’accueil du jeune enfant, p.22. http://www.jcer.or.jp/ -4- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 面倒を見てもらえるのでとても助かった」と話す。ずっと学校にいると疲れそうな気 もするが「子どもは順応性が高いので、慣れてしまう」という。 子供たちの保育は教員ではなく、アニマトゥールと呼ばれる専門職員が担当する。 またソントル・ド・ロワジールとは別に、放課後には学校の教師による補習もある。 【株式会社が牽引する保育所新設】 フランスでは年間に新設される保育所の定員枠のうち、企業による運営が2割を 占める 12 。2004 年以降、営利企業が運営する保育所も条件を満たせば公的補助を受け られるようになり、企業の参入が相次いだためだ。業界団体のフランス保育所企業連 盟(Fédération Française des Entreprises de Crèches)によると保育所運営企業全 体の現在の保育定員は2万 5000 人。今後4年でさらに2万人分の定員を増やすとして いる 13。 2010 年時点で一時保育所なども含めた集団保育の定員は 37 万人だが「潜在的にさら に 35 万人の需要があるとされており、成長余地が大きい市場」 (保育所運営企業のラ・ メゾン・ブルー広報、エメランス・ド・ロワヌ氏)。同社では補助金に加え、保育枠を 自治体や企業に予約販売したり、運営保育所を増やしたりことによる資材一括購入な どのコスト削減で黒字を確保しているという。 保育園に対する補助金の支給額は公立でも私立でも同じで、親が保育園に支払う保 育料は変わらない。また企業が自社の従業員のために保育枠を購入する場合などにも 税控除などの支援が用意されている。 【働く母親向けだけじゃない、一時保育も充実】 保育サービスの恩恵を受けるのは、仕事中に子どもを預ける女性ばかりではない。 一時保育所(アルト・ギャルドリー)に赤ちゃんを預ける専業主婦も多くいる。母親 以外の人にみてもらい、他の子と遊ぶことで社会性が育てるのが一番の目的だ。お母 さんはその間に用事を済ませることもできる。保育料は保育園と同様、所得と利用時 間に応じて計算される。 フランス南西部タルン県マザメ市の一時保育所を訪ね、子供たちの通園パターンを 聞いてみた。事前に登録が必要だが、定期的に通うことも、空きがあれば当日お願い して預けることもできる。通園のスケジュールは一日おき、午前中だけなどさまざま だが、特に火曜に通園する子どもが多いという。理由は不明だが「たぶん、マルシェ (野菜など生鮮食品を売る屋外の市)が街で開かれるのが火曜だから」 (保育士のキャ ロリーヌさん)。一時保育をうまく使い、外出の時間を作る行動パターンが根付いてい ることが感じられる。 3.充実した家族向け公的支出-GDP 比で日本の3倍 前章で解説したフランスの充実した保育システムを支えるのが、積極的な家族支援 12 13 Observatoire national de la petite enfance, L’accueil du jeune enfant, p19. FFEC プレスリリース http://www.ff-entreprises-creches.com/PDF/communique_presse_09092013.pdf http://www.jcer.or.jp/ -5- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 の公的支出だ。保育園のような現物給付と現金給付をあわせた家族関係の公的支出の GDP 比は、日本の 0.96%に対して、フランスでは 3.2% 14(2009 年実績、仏 GDP は 09 年に1兆 8857 億ユーロ)に達している。 図3 フランスの子育て支援、公的支出は GDP の 3.2% 2011 年の0歳から5歳を対象にした公 【フランスの6歳未満の子供向けの公的支出 (2012年、282億ユーロ)の内訳】 育休・短時間勤務手当 11% 的支出の実績を例にとると、支出の合計 額は 282 億ユーロ 15。5歳以下の子1人当 たり 5800 ユーロの計算だ。家族の状況に 保育手当 20% 減税措置 5% 教育費 47% 応じてさまざまな手当があるため少々複 集団保育所 への補助 17% 雑だが、まず出産以降、どんな補助が受 け取れるのか整理しよう 16。 妊娠後、最初の給付が出生手当で、2013 年時点では 923 ユーロ。また働いていて (資料)Observatoire national de la petite enfance, L’accueil du jeune enfant en 2011 Données Statistiques 出産休暇を取る場合は、疾病保険金庫が 日給分を補償してくれる。生まれてから も基礎手当や家族手当(子どもが2人以上の家庭が対象)など様々な手当が支給され る。 図4 子どもを保育ママやベビーシッターに 預ける場合は、子どもが5歳までは家計 収入に応じて託児手当を受けられる。例 えば保育ママに預けた場合は所得に応じ 最大で月に 458 ユーロの補助が受けられ る。保育費用の一部は税控除の対象にな る。本来、子どもを預ける親は雇主とし て保育ママの社会保障費を負担しなけれ ばいけないが、これも免除される。その ため平均的な年収の家庭だと、実質的な 出産後の手当は日本よりも手厚い 【妊娠から子どもが1歳までに受け取れる主な手 当や控除】 名目 金額(ユーロ) 出生手当 923 産休中の所得保障 4400 基礎手当 2215 育児手当(6ヶ月の短期間勤務) 868 保育手当+保育費の税控除 3894 合計 12300 (注)平均的な収入の夫婦(手取りで年3万8720 ユーロ)で子どもは1人、妻は産後2ヶ月半(産休 明け)に80%勤務で復帰、子どもは保育ママに 預けたとの条件で試算 保育費負担は月に 200~400 ユーロで済 む 17。保育園の場合は公立、私立ともに公的補助が直接施設に支払われ、親が支払う保 育費は保育ママより安いか同等程度となることが多い。 出産休暇(出産前後 16 週)以降、育児休暇や短時間勤務を選ぶ場合は労働時間に応 じた手当が支払われる。完全に休業するなら月額 572 ユーロ、5割から8割の短時間 勤務は 329 ユーロといった具合だ。この手当は1人目の子なら半年、2人目以降は3 14 OECD, OECD Family Database. http://www.oecd.org/social/soc/oecdfamilydatabase.htm Observatoire national de la petite enfance, L’accueil du jeune enfant, pp.44-45. 16 家族手当金庫のホームページでは、収入や家族構成を打ち込むと毎月の保育料や各種手当の受給額が試 算できる。http://www.caf.fr/aides-et-services/les-services-en-ligne/estimer-vos-droits http://www.mon-enfant.fr/web/guest/tarification-garde-enfant 17 Observatoire national de la petite enfance, L’accueil du jeune enfant, p.47. 15 http://www.jcer.or.jp/ -6- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 歳までが対象となる。(基礎手当受給ならその分は差し引かれる)。 その他に育児中家庭への支援策としては、子どもの数が多いほど所得税率が低くな る「N 分の N 乗方式」と呼ばれる方式が有名だ。家族の人数を基にした「家族係数」を 使って計算する。まず世帯所得を家族係数で割って得た金額に税率をかけ、1係数あ たりの課税額を決める。この課税額に再び家族係数をかけて、世帯全体の課税額を算 出する。家族係数は基本的に家族の人数で決まるが、子どもは2人目までは 0.5 人、 3人目からは1人として計算する。幼稚園から高等教育に至るまで公立が基本であり、 教育費が無料あるいは小額の負担で済むことも、子育てにおける家計の負担を軽くし ている。 図5 家族給付は雇主の負担が支える 【2012年の家族給付の歳入内訳】 その他 2012年の歳入 1% は810億ユーロ なおフランスの社会保障における家族政策の 遂行を担うのが、全国家族手当金庫(Cnaf)と 呼ばれる公的組織である。各県には傘下の家族 手当金庫(Caf)が設置され、実際の業務を担当 国、自治体に よる拠出など 家族給付保険料 32% 45% その他の税 10% 一般社会 拠出金(Csg) 12% (資料)Cnaf, Rapport d’activité 2012 する。政策の内容は Cnaf が4年ごとに政府と結 ぶ家族政策に関する協定で決まる。たとえば今 年7月の協定では、2017 年までの4年間で保育 所の定員をさらに 10 万人分増やすことが決ま った 18。 家族給付の財源をみると、充実した給付を維 持するために企業にかなりの負担が求められて いることがわかる。金庫の財源の半分近くは家族給付向けの保険料として雇主が給与 の 5.4%を拠出することでまかなっている。また金庫の財源の1割程度は、個人が所得 の 7.5%を支払う「一般社会拠出金」(Csg)が充てられている 19。 3.出産後の女性の就業-低コスト保育フル活用、「子どもの成長にもプラス」 フランスの働く母親たちは、充実した支援制度を使って、実際どんなふうに仕事と 育児をこなしているのだろうか。現地調査ではフランスの働く女性たちに、保育サー ビスの使い方や日々のスケジュールを聞いてみた。日本と大きく異なるのは、早けれ ば出産後2ヵ月半など、かなり早く職場に復帰する点だ。家計やキャリア上の理由に 加えて「母親が働くのは本人にも子どもにもプラス」と前向きに捉える社会の意識が、 小さい子どもがいる女性の就業を後押ししているようだ。 制度面では前述したように、比較的低コストで利用できる公的な保育システムが女 性の就業を支えている。妻が働くことが家計収入の増加に直結するからだ 20。たとえば 18 “Engagements” CNAF ホームページ http://www.caf.fr/qui-sommes-nous/presentation/engagements Cnaf, Rapport d’activité 2012. http://www.caf.fr/sites/default/files/RA_2012_2.pdf 20 Insee(仏国立統計経済研究所)によるとフランスの 2010 年の平均年収は手取りで1万 9490 ユーロ(男性が2万 2010 ユーロ、女性が1万 6710 ユーロ)。国税庁の民間給与実態統計調査では 2011 年の日本の平均給与は 409 万円(男性が 504 万円、女性が 268 万円) “Revenu salarial moyen et décomposition sur l'ensemble du champ salarié en 2010” Insee ホームページ http://www.insee.fr/fr/themes/tableau.asp?reg_id=0&ref_id=NATSEF04143 19 http://www.jcer.or.jp/ -7- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 フランス南西部タルン県マザメ市近郊に暮らすエロディーさん(31)。1歳半の長女イ ナテアちゃんを公立保育園に預け、スーパーの化粧品売り場で週に 25 時間働いている。 表1 妊娠・出産 フランスの主な家族支援の手当 出生手当 * 923ユーロ 出産費用 無料 産休中 所得補償 最大一日あたり80ユーロ 3歳まで 基礎手当 * 184ユーロ 妊娠7ヶ月目に支給 日給と同額。第2子までは16 週、3人目から26週 3歳未満の子がいる家庭 完全休業:572ユーロ 育休、短時間勤 育児手当 務 子どもを預ける 第1子は6ヶ月、2人目以降は3 歳になるまで。基礎手当受給な 50%以下の勤務:435ユー らその分が差し引かれて支給。 3人目以降の子で完全休業な ロ ら、休業を1歳までにする代わり 50~80%の勤務:329ユーロ に819ユーロの受給も可能 保育手当(保育マ マ、ベビーシッター) 3歳未満:173~458ユーロ 保育ママなどの社会 保障費の補助 雇主として親が本来負担すべきだが、保育ママなら全額、ベ ビーシッターなら50%を補助 保育費の税控除 最大1150ユーロが戻る 6歳未満の子どもの保育費の 50%(最大2300ユーロ)を控除 家族手当 子どもが2人なら128ユーロ 20歳未満の子ども2人以上の家 庭。子どもが増えたり年齢が上 がると増額 3~5歳:86~229ユーロ 子どもが増えたら 所得に応じ支給 補足手当 * 167ユーロ 21歳未満、3歳以上の子が3人 以上いる家庭 小学校入学 新学期手当 * 360ユーロ 6歳から18歳の子どもが対象。 年齢が上がると増額 所得税 N分のN乗方式 家族単位で課税。家族の人数が多いほど納税額が減る。子 どもは第2子までは0.5人、3人目から1人として計算 (注)出生手当は1回のみ、新学期手当は年1回の支給。他は毎月支給。*は所得制限あり。2013年10月 1日時点。このほか養子を取った家庭、1人親の家庭、障害があったり病気の子がいる家庭など状況に応 じた手当や家族向けの住宅手当、3人以上の子どもがいる家族向けに国鉄運賃などが割引になる大家 族カードもある。 (資料)仏行政ホームページなどを基に著者作成 国税庁 『平成23年分 民間給与実態統計調査 - 調査結果報告-』 2012.9, p.10. http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2011/pdf/001.pdf http://www.jcer.or.jp/ -8- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 救急隊員 の 夫と合わ せ た家計収 入 は約 2100 ユーロ、うち 800 ユーロをエロディーさんが稼 いでいる。イナテアちゃんの保育費は月 130 ユ ーロ程度で済んでおり、エロディーさんの就業 が家計に持つ意味は大きい。 夫はエロディーさんが仕事の時は保育園にお 迎えに行くなどして育児に協力。今は勤務先の 都合で週 25 時間勤務になっているが、家計にさ らに余裕を持たせるためにも2人ともエロディ ーさんがもっと働けるとよいと考えている。 もっと働 きたいというエロディーさんと長 女 のイナテア ちゃん キャリアウーマンの場合はキャリアに空白を作らないよう、出産後短期間での復帰 に積極的だ。公的な保育支援や勤務先の制度をフル活用して育児休暇を取らずに復帰 したり、何人もの子どもを育てながらバリバリ仕事をしたりする例もある。 例えばオードリーさん(35)はパリの大手エネルギー関連企業で 20 人の部下を率い るエンジニア。6歳から2歳の3人の子のお母さんでもある。2人目まで出産後 10 週 間で復帰し、3人目も育児休暇は半年にとどめた。今は学校に通う上の子2人は放課 後、ソントル・ド・ロワジールで過ごし、18 時に 17 歳のベビーシッターが迎えに行く。 公的補助のおかげでベビーシッター代の負担は1時間7ユーロ。下の子は勤め先の社 内保育所に入っている。 同僚で2歳の息子がいるサンドリーヌさん (35)も出産後3ヶ月半で復帰した。法律上、 育休後は休む前と同等の仕事に復帰できるが 「全く同じ担当に戻れるとは限らない。長期 間不在にすれば仕事内容が変わってしまうか もしれない」 (サンドリーヌさん)という懸念 がある。 現地調査中に話を聞いた女性からは、職場 によって環境に差はあるものの「育児をしな オードリーさん(右)とサンドリーヌさんは産後2、3ヶ月で 職場に復帰した がら働くことは当たり前」 「多少同僚の負担が 増えてしまうことはあるが、なんとかなる」 との声が多かった。 例えばパリ近郊在住のカトリーヌさん(37)は3歳の長女を育てながら国立の研究 所でプロジェクト管理を担当する。今は水曜の午後は働かない「90%勤務」。夜も出産 前は午後7時半頃まで仕事をしていたが、今は5時半に退社する。だが同僚との間に 特に摩擦は起きていないという。 「退社時間はみんなにきちんと伝えているし、効率を 上げたり家に持ち帰ったりして出産前と同じ仕事量をこなしている」と話す。元々日 本に比べると労働時間が短く、手際よく仕事すれば育児中もそれほど仕事を減らさな いで済むようだ。フランスの女性の正社員平均の労働時間は8時間弱と、日本の女性 http://www.jcer.or.jp/ -9- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 正社員より 40 分近く短い 21。また出産後も 女性が働き続けるのが一般的なため、働く 母親が職場で受け入れられやすいという好 循環もありそうだ。 日本と比べると残業が少ないので夫が早 く帰宅できる点も、働く母親の負担を軽減 している。調査中に話を聞いた女性たちの 夫も、それぞれ家事や育児に参加していた。 ただ完璧に半分ずつの分担はできず「私の 方が家事・育児が得意だから」と妻が多く 「育 児 中 も自 分 の仕 事 はきちんとこなすのが基 本 」とカトリー ヌさん こなしてしまうことが多いようだ。2010 年 時点で男女の一日当たりの家事・育児の時間を比べると男性は2時間 24 分、女性は3 時間 52 分だった 22。もっともインタビューした女性の中には、どちらが多く外で働い た方が家計収入を増やせるのか、それが家事分担の判断基準であり「今は自分の収入 の方が低いから家事も多くこなしている。収入が逆転すれば家事の分担も減ると思う」 との回答もあった。 図6 日仏で異なる勤務時間の長さ 【正社員(フルタイム雇用者)の平日の勤務日の時間の使い方】 日本・男性 9:29 日本・女性 9:46 フランス・ 男性 フランス・ 女性 9:55 8:32 10:24 8:22 10:28 7:54 パーソナルケア 労働 学習 家事 レジャー 0:10 2:54 0:00 1:27 2:53 0:00 1:26 0:04 1:13 0:06 1:11 2:40 1:20 0:01 0:02 2:13 2:03 1:16 0:02 0:03 移動 その他・不明 (資料)東京海上日動リスクコンサルティング 「ワーク・ライフ・バランス社会の実現と生産性の関係に関する研 究(平成22年度) 報告書」 「パーソナルケア」は睡眠、食事、身の回りの用事など、 「レジャー」はテレ ビや休養・くつろぎ、趣味・娯楽など 共働き家庭の育児では、祖父母も力を発揮している。特に地方在住の場合は、しば しば日々の保育園のお迎えや、保育園に入れなかった場合の保育などを担当している ようだ。パリ在住家庭で祖父母が地方にいる場合は、日常的な支援は得にくいものの、 幼稚園や学校の休暇中に数週間、子どもだけで祖父母宅に滞在する例が多い。普段会 えない祖父母との交流を深めつつ、働く親の育児負担を軽減する狙いがある。 このように仕事と育児の両立を母親自身、そして家族や同僚が受け入れる根底には、 母親の就業が親子関係や子どもの成長にプラスに働くとの考え方がある。出生率が低 い隣国のドイツと比較したある研究では、ドイツでは子どもが生まれたら母親は仕事 21 東京海上日動リスクコンサルティング 『ワーク・ライフ・バランス社会の実現と生産性の関係に関する研究(平成 22 年度) 報告書』 2011.3, p.160. www.esri.go.jp/jp/prj/hou/hou054/hou54.pdf 22 Layla Ricroch and Benoît Roumier, “Depuis 11 ans, moins de tâches ménagères, plus d’Internet,” Insee Première N o 1377 Novembre 2011, p2. http://www.insee.fr/fr/ffc/ipweb/ip1377/ip1377.pdf http://www.jcer.or.jp/ -10- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 をやめて世話をすべきとの見方が浸透しているため母親の負担が非常に重く、出産を きっかけとした退職で家計収入も打撃を受けると指摘。一方、フランスでは3歳未満 の小さい子どもを保育サービスに預けることも、母親が働くことも、前向きに捉えら れているという 23。 10 ヶ月の赤ちゃんを保育園に預け、マザメ市の観光案内所で働くリディーさん(28) の意見はフランスの働く母親の典型的な考え方を象徴している。彼女にとっては「家 にずっといるより、外で働いた方が子どもと気持ちよく向き合える」。そして「子ども にとっても、保育園に行ったほうが社会性が育つと思う」と話す。 【子ども連れに優しいフランス社会】 充実した家族給付に象徴されるように、 フランスは端々に「育児中の家庭に優しい」 点が目につく。家族給付は所得再配分の手 段として社会保障の根幹に組み込まれ、広 く支持されている。そのため社会保障費を めぐる「年金受給世代と子育て世代の対立」 に関する議論は、日本ほど一般的ではない ようだ。 町中でもスーパーの駐車場に子ども連れ 専用の優先スペース、列車に家族専用席が スーパーの駐 車 場 には車 椅 子 専 用 スペースと子 供 連 れ あったり、地下鉄でベビーカーを押すお母 専用スペースが並ぶ (オート・ロワール県ブリウード市) さんを周りの人がさっと介助したりと、日常的に子ども連れへの配慮が感じられる。 「フランスで公共の場でのベビーカーの使い方が議論になるとしたら、周囲の邪魔 にならないようにベビーカーを畳むべきかではなく、どうしたらベビーカーでも使い やすい環境にできるかだと思う」とは、生後2ヶ月の赤ちゃんを育てる、あるフラン ス人女性の弁。数字には現れにくいが、こうした社会の雰囲気も子育てを支える要因 となっている可能性がある。 4.働く母親の歴史-当初は「専業主婦」重視だった家族政策 現在は共働き家庭の支援体制が充実しているフランスだが、実は 1960 年代までは専 業主婦重視の政策を取っていた。その後、女性の社会進出に伴い、政策の重点は仕事 と家庭の両立支援にシフトした。戦後の働く女性3世代のインタビュー結果を交えな がら、フランスの家族政策と働く女性を取り巻く環境の変化を追ってみたい 24。 23 Anne Salles, Clémentine Rossier and Sara Brachet, “Understanding the long term effects of family policies on fertility: The diffusion of different family models in France and Germany,” Demographic Research Volume 22, Article 34, 22 June 2010, pp.1082-1083. http://www.demographic-research.org/Volumes/Vol22/34/ 24 家族政策の変遷については以下を参照した。 柳沢房子「フランスにおける少子化と政策対応」レファレンス No.682 (2007.11) http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/200711_682/068205.pdf 江口隆裕「フランス少子化対策の系譜―出産奨励策から一般施策へ―」筑波ロー・ジャーナル6号(2009:9)、同7 号(2010:3)http://www.lawschool.tsukuba.ac.jp/pdf_kiyou/tlj-06/tlj-06-eguchi.pdf http://www.lawschool.tsukuba.ac.jp/pdf_kiyou/tlj-07/tlj-07-eguchi.pdf http://www.jcer.or.jp/ -11- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 フランスの家族政策の歴史には、国力増強を目的とした出産奨励主義、カトリック 的な家族支援主義の2つの潮流があるとされる 25。出産奨励主義は、フランスの出生率 が欧州の周辺国より早く 18 世紀後半に低下し始めたこと、1870 年の普仏戦争の敗北で 人口不足による国力の相対的低下への危機感が広がったことが背景にある。一方、家 族支援主義の出発点は 19 世紀後半。カトリック的な博愛主義、あるいは賃金全体の上 昇を避ける目的で、企業が家族持ちの従業員に家族手当を支給する動きが広がった。 第1次世界大戦後は戦争の死傷者や出生数の急低下を補うため、出産を奨励する政 策が取られた。家族手当の仕組みも発展し、1918 年には一部の企業が家族手当補償金 庫を創設。32 年には商工業の雇用主に調整金庫への加入を義務付ける法律が成立し、 現在のフランスの家族政策の遂行を担う家族手当金庫(CAF)の基礎が作られた。 第2次世界大戦直後の家族政策は、稼ぎ手が1人だけの世帯に給付される単一賃金 手当や2人目の子から支給される家族手当など、子どもが多い専業主婦世帯の支援が 主眼だった。女性の就業も 65 年までは夫の同意が必要だった。保育園など働く女性を 支える仕組みが各地で整備されるのはまだ先だ。 45 年に 15 歳で企業の経理部門で働き始めたというパリ 近郊在住のロランドさん(83)に、仕事と育児を振り返っ てもらった。彼女は自分の若いころを「出産後も働く女性 が増え始めた時期」と振り返る。49 年に 19 歳で結婚し、 翌年長男が生まれたが、14 週の出産休暇を取って復帰。そ の次の年には次男が生まれたためいったん退職、1年半後 に再就職した。保育園はなく、子どもの預け先は自分の母 や義母、近所の人たちだった。「経済的にも私が働くこと が必要だったし、経理はとても面白かった」と 91 年に定 年を迎えるまで勤め上げたロランドさんだが、彼女の子ど ロランドさんが働 き始 めたころは、ま だ働く母親への風当たりは強かった も が 小さ い こ ろ は働 く 女 性 への 風 当 た りは 強 か った よ う だ。母親が子どもの面倒を見るべきとの考え方が一般的で、 義理の家族の一部には家庭を留守にすることを非難されたという。また彼女は仕事を 任せてくれる上司に恵まれてキャリアを積み、最終的にある企業の財務責任者になれ たが、「女性の昇進は長い間とても難しかった」という。 70 年代に、フランスの家族政策は両立支援に舵を切る。単一賃金手当は 1978 年に家 族補足手当に統合。保育費も 83 年以降は家族手当金庫が4割以上を負担することにな った。25 歳~49 歳の女性の労働率は 80 年代半ばに 7 割を超えた。 そのため 70 年代、80 年代に働き始めた女性の思い出は、ロランドさんとはだいぶ趣 が異なる。仏中部のピュイ・ド・ドーム県で 1970 年に小学校教師として働き始めたア ン・マリーさん(64)は4人の子どもを育てながら、フルタイムで定年まで働いた。 子どもは保育ママ(1977 年に認定制度が導入された)として働いていた親戚に預けた。 保育料の公的補助は(当時の支給条件が厳しかったためか)受け取れず、今と比べる 25 Paul-André Rosental, “Politique familiale et natalité en France : un siècle de mutations d’une question sociétale,“ Santé, Société et Solidarité Nº.2 2010, p.18. www.persee.fr/articleAsPDF/oss_1634-8176_2010_num_9_2_1408/article_oss_1634-8176_2010_num_9_2_1408 .pdf http://www.jcer.or.jp/ -12- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 と働く女性は少なかった。それでも「母親が外で働くと子どもによくないという見方 はなかった」という。一緒に教員の養成課程を卒業した女性の同級生は、みな定年ま で勤めた。 パリ近郊在住の医師、ナタリーさん(54、仮名)も働き続けることに迷いはなかっ た。23 歳で外科医として働き始め、すぐに結婚。86 年と 87 年に長男、次男を産んだ。 保育園は所得が高すぎて入れず、移民のナニーの手を借りながら子供たちを育て、週 2、3回の夜勤もこなした。まだ女医が珍しく、まして女性の外科医は皆無という状 況で、 「男性の同僚に重要な手術を横取りされそうになったりしたことはあったが、給 料や仕事量に差はなかった」と話す。 フランスの家族政策はその後、紆余曲折を経ながらも、育児休暇中・短時間勤務中 の手当の拡充、出産時の父親休暇制度の創設など共働き家庭を支援する方向に進んだ。 フランスの政策担当者はあるインタビューで家族政策の目的を(人口増強など)一つ に絞るのは適当でないと強調したうえで、現在の政策目的を「出生率への寄与、家族 の負担に対する包括的な補償、弱い立場にある家族への重点的支援、仕事と家庭の調 和を可能にすること」だと述べている 26。 国民の意識も総じて女性の就業に前向きに変化した。世論調査では 79 年には「子ど もが小さい間、女性は絶対に働くべきではない」という意見が 41%を占めたが、その 後ほぼ一貫して低下し、2012 年には 12%だった。「女性本人が希望するならどのよう な場合でも働くべきだ」は同期間に 30%から 69%に増えた 27。90 年代後半には、25~ 49 歳の女性の労働参加率は 80%を超え、同時に下げ続けていた出生率も反転している。 現役の育児世代では母親が働くことはさらに当たり前になっている。性別の役割分 担意識もゼロとはいえないが薄れてきた。アン・マリーさんの長女でやはり小学校教 師のナタリーさん(40)の場合、長女のエロイーズちゃんが生まれる2週間前まで勤 務。一方で出産後は夫が短時間勤務を選び、月曜は自宅で子どもの世話をするなど、 柔軟に仕事と育児のバランスをとっている。現地調査中は、夫より自分の収入が多い と屈託なく語る女性にも何人も会った。 「夫がリストラに合い、自分の収入が夫よりも 多くなったときは本当に申し訳なく感じた」というロランドさんの時代に比べると、 夫と妻の関係、そして働く母親の意識は大きく変わったようだ。 一方、日本も「結婚したら女性は家庭に専念するべきだ」とする意見は 1973 年の 35% から 2008 年には 12%まで減少している。「子育てと仕事を両立した方がよい」とする 人は2割からほぼ5割まで増えた。女性が働く事への意識はフランス同様に変化して いる。フランスのように今から女性が働くことに対する社会全体の意識改革と公的な 支援を充実させれば、2050 年ごろには、女性の労働参加と少子化の解消を実現できる 可能性も見て取れる。 26 “Des politiques familiales généreuses malgré la crise – Entretien avec deux responsables du domaine” Santé, Société et Solidarité Nº.2 2010, pp.118-119. http://www.persee.fr/articleAsPDF/oss_1634-8176_2010_num_9_2_1422/article_oss_1634-8176_2010_num_9_2 _1422.pdf 27 CREDOC, Enquête “Conditions de vie et Aspirations” quoted in Sandra Hoibian and Régis Bigot, “Les choix d’interruption de carrière des femmes lors de la naissance d’un enfant sont-ils toujours faits en connaissance de cause ?” Note de Synthèse N o 7 Mars 2013, P.3. http://www.credoc.fr/pdf.php?param=pdf/Sou/Note_de_synthese_N7 http://www.jcer.or.jp/ -13- 日本経済研究センター 2050 年への構想 図7 (年) 1973 1978 1983 1988 1993 1998 2003 2008 0 日本でも女性が働く事への理解は深まっている 35 30 29 24 18 13 13 12 10 グローバル長期予測と3つの未来 【女性の仕事についての日本人の考え方】 42 41 40 39 41 38 35 37 20 02 12 12 12 12 12 1 3 12 27 29 33 37 46 49 48 20 30 40 50 60 70 80 家庭専念(結婚したら、家庭を守ることに専念したほうがよい) 育児優先(結婚しても子どもができるまでは、職業をもっていたほうがよい) 両立(結婚して子どもが生まれても、できるだけ職業を持ち続けたほうがよい) その他 わからない、無回答 90 100 (%) (資料)NHK 第8回「日本人の意識・2008」調査 【移民と婚外子、出生率上昇との関係は希薄】 日本との違いとして挙げられるのが、フランスにおける移民と婚外子の多さ。 「移民 は子沢山」 「婚外子差別がないと子どもを産む決断がしやすい」などと、フランスの高 出生率の要因という声も日本でよく聞く。ただし出生率上昇との関係は希薄のようだ。 「移民の子沢山」説だが、仏国立人口研究所によると、確かにフランス在住の外国 人女性の出生率は 2004 年に 3.3 と高い。だが外国人女性が出産適齢期の女性全体に占 める比率は7%にとどまるため、全体への影響は限定的だ。フランス人女性の出生率は 2004 年に 1.8、フランス在住で外国籍の女性も加えた全体の出生率は 1.9。つまり外国 人女性がフランスの出生率押し上げる効果は 0.1 しかない。ではフランス国籍を持つ 移民女性はどうかというと、小さいころからフランスで暮らしている人が多いため、 出生率は 2.1 と全体の数値とさほど変わらないという 28。 婚 外 子 の 比 率 も 確 か に フ ラ ン ス で は 高 く 、 2012 年 に は 生 ま れ た 赤 ち ゃ ん 全 体 の 56.6%に達している 29。ただし婚外子の数が増え始めたのは 1970 年代後半から、一方 で出生率が回復し始めたのは 1990 年代から。そのため日本でも「婚外子差別をなくし てもすぐに出生率が高くなるというようなことは起こらない」と指摘されている 30。 1999 年から始まったパクス 31 と呼ばれる事実婚制度の影響については「まだ推計す るのは早すぎる」とされている 32。そもそも日本の結婚制度は協議離婚であれば裁判を 経ずに書類だけで離別できるなど、フランスよりも手続き面の簡易さではパクスに近 28 François Héran and Gilles Pison, “Deux enfants par femme dans la France de 2006 : la faute aux immigrées ?” Population & Sociétés Numéro 432 Mars 2007, pp.2-4. www.ined.fr/fichier/t_publication/1242/publi_pdf1_432.pdf 29 “Évolution des naissances, de la natalité et de la part des naissances hors mariage” Insee ホームページ http://www.insee.fr/fr/themes/tableau.asp?reg_id=0&ref_id=NATnon02231 30 中島さおり (2010) 『なぜフランスでは子どもが増えるのか―フランス女性のライフスタイル』 講談社 122 ペー ジ. 31 連帯市民協約(Pacte civil de solidarité、PACS)。1999 年から始まった制度で、異性・同性を問わず共同生活 をするカップルに法的保護が与えられる 32 Laurent Toulemon, Ariane Pailhé and Clémentine Rossier, “France: High and stable fertility,” Demographic Research Volume 19, article 16, 01 July 2008, p.526. http://www.demographic-research.org/Volumes/Vol19/16/ http://www.jcer.or.jp/ -14- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 いとの指摘もある 33。 5.フランスにもあるガラスの天井―女性のリーダー育成に足りないものは? 女性の多くが働くフランスだが、実は社会における女性の地位は必ずしも高く評価 されていない。世界経済フォーラムがジェンダーギャップ縮小に向けた各国の取り組 みを評価して順位付ける GGI(グローバル・ジェンダー・ギャップ・インデックス)で は、フランスは 135 カ国中 57 位にとどまる(日本は 101 位) 34。ここでは社会で女性 が活躍するために、家族政策に加えて必要な条件は何なのかを考えたい。 図8 政治・経済ではフランスもまだ男女差が残る GGI が評価の対象とするのは、①経済 【分野別のジェンダーギャップ】 経済 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 健康 教育 活動への参加と機会②教育の到達度③政 治への関与強化④健康と生存の4点だ。 フランスは教育や健康面ではほぼ男女差 がないと高評価だが、経済と政治では評 価が落ちる。特に入閣など重要な地位に 就く女性政治家が少なく、男女間の給与 格差が大きいと指摘されている。また単 純な労働参加率だと男女間の差はそれほ ど大きくないが、企業幹部に占める比率 にはそれなりの差がまだ残る。 たとえば最近話題になったのが、フラ 政治 日本 フランス (資料) World Economic Forum, The Global Gender Gap Report 2012 0に近いほど不平等、1に近いほど平等 ンスの経済紙「レゼコー」の女性記者たちが6月7日に起こしたストライキだ。フラ ンスでは新聞やテレビなどの記者のほぼ半分が女性。だが同紙では編集長や編集幹部 に女性がいない。そこで女性記者たちは「能力もやる気も野心もある女性がたくさん いるのに、登用していない」と抗議。スト当日は掲載記事への署名を拒否した 35。 調査中に出会った女性たちに職場での評価についてたずねた限りでは、男女で差は ないとの回答が相次いだ。パリの服飾大手で働き、2人の子どもがいるクリステルさ ん(48)は「男女とも仕事の内容で評価され、差別はない」と断言する。ただし女性 の方が育児を重視して仕事の量を減らし、結果的にキャリア構築に響く面はあるよう だ。クリステルさんも新卒で入った職場は残業や出張が多く、子どもといられる時間 を増やすために転職した。 就職活動では、子どもを持つ女性はやはり不利という現実もある。多くの女性が出 産後もやめずに働き続ける一因は、いったんやめると再就職するのは難しいからだ。 すでに社員として働いている女性は妊娠・出産しても法律上差別できないが、新たに 採用するなら子どものいる女性より男性や子どものいない女性がいいという経営者の 33 松田茂樹 (2013) 『少子化論 なぜまだ結婚、出産しやすい国にならないのか』 勁草書房 192 ページ. World Economic Forum, The Global Gender Gap Report 2012. http://www3.weforum.org/docs/WEF_GenderGap_Report_2012.pdf 35 “Grève antisexisme aux Echos : pas de cheffes, pas de signatures,” Rue89, June 7, 2013. http://www.rue89.com/2013/06/07/greve-anti-sexisme-echos-cheffes-signatures-243091 その他各種報道 34 http://www.jcer.or.jp/ -15- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 本音がある。 ではフランスで実際に経営層まで上り詰めた女性たちは、どのようにキャリアを構 築しているのだろうか。企業の執行役員など経営層の女性 45 人にインタビューしたコ ンサルティング会社プラン・ソンスによると、いくつかの類型に分けられるという 36 。 まずは昇進を阻む「ガラスの天井」を正攻法で打ち破るやり方。有名校卒業→官僚→ 企業というエリート街道を歩む、あるいは一企業で長く働き実績を積むという伝統的 なキャリアの築き方だ。ガラスの天井を迂回して出世するやり方もある。大掛かりな プロジェクトに挑戦して能力を周囲に認めてもらったり、転職を繰り返して独自のキ ャリアを築いたりする女性がこれにあたるという。 同社で分析を担当したソフィー・リゴンドーさんとアン・ヴァンサン‐ブフォーさ んは、職場で活躍する女性を増やすために改善できることはたくさんあると話す。た とえば育児などで仕事を中断しない男性を前提とした、従来のキャリア構築の見直し。 社内で何歳までにこのポストに就けないと、あるいは転勤できないと出世もできない、 との暗黙の了解があると女性には不利だ。夫の転勤や育児で仕事を離れた時点で幹部 候補から外れてしまう。 また理系の女子学生を増やすなど、これまで男性が多かった分野で働く女性を増や すことも重要という。現状では女性は広報や人事など特定の分野で働くことが多く、 これが結果的に経営層への昇進を阻んでいる面があるからだ。 女性の活躍を後押しするため、2011 年成立のコペ‐ジマーマン法は上場企業、ある いは売上高か総資産が 5000 万ユーロ以上かつ従業員 500 人以上の企業 37に 2017 年まで に取締役会の 40%を女性にするように義務づけた。2013 年には株価指数 CAC40 採用企 業の取締役会など意思決定組織の 27%が女性になった 38 。すでに仕事と育児を両立さ せる環境はある程度整ったフランスの女性の労働環境を巡る今後の焦点は、リーダー として活躍する女性をどれだけ育んでいけるかだろう。 6. 日本への示唆―家庭にも仕事にも前向きになれる社会に 仏オート・ロワール県ブリウード市立保育園のオードリー・エムリー園長の9月の 大切な仕事は、新たに入園する子たちの通園予定の管理だ。午前中だけ来たい子、水 曜日はお休みにしたい子など、親の勤務形態によって希望はさまざま。一人ひとりの 希望をパズルのように組み合わせ、9月の入園希望者は全員受け入れた。定員は 40 人 だが「昨年は計 130 人を預かった」(エムリー園長)。保育料は預けた1時間ごとに課 金されるので、親にとっても無駄がない。ほんの一例だが、このようにフランスの家 族支援の仕組みには親の状況に合わせて育児の負担を減らす工夫がたくさんある。 もちろんフランスでも、子どもを育てながら働くのは楽ではない。 「出産前は3分か 36 Caroline Moriceau, Sophie Rigondaud and Anne Vincent-Buffault, Plafond de verre : les déterminants de l’avancement de carrière des cadres féminins, Rapport final mars 2013, pp.26-31. http://www.strategie.gouv.fr/system/files/rapport-final-plafond-verre.pdf 37 2012 年に従業員 500 人以上の企業は 2674 社。 “Entreprises selon le nombre de salariés et l'activité en 2012” Insee ホームページ http://www.insee.fr/fr/themes/tableau.asp?ref_id=NATTEF09203 38 4~5月時点、指数採用のうち 35 社の平均。European Commission, Database: women & men in decision making. http://ec.europa.eu/justice/gender-equality/files/database/037_en.xls http://www.jcer.or.jp/ -16- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 けて考えていたような仕事上の判断を、今は1分で決断する」。「保育ママが病気にな り、遠方に暮らすおばあちゃんが夜行列車に飛び乗って応援に来てくれた」。調査中に は、日々の時間のやりくりに苦労していることを感じるエピソードも多々耳にした。 それでも働く母親たちは総じて朗らかにインタビューに応じてくれ、制度をうまく 利用すれば両立もなんとかなるという安心感、実際両立できているという自信が伝わ ってきた。日本でも女性が家庭を築きながらの就業に前向きになれるためには、フラ ンスのように「これならなんとかなりそう」と思える家族支援の仕組みが必要だ。 そのために応用できそうなフランスの制度はたくさんある。たとえば保育ママの研 修・認定制度や利用料補助を整備したり、基準を満たした企業運営の保育所には公的 補助を支給したりすれば、待機児童問題はかなり軽減されるはずだ。フランスでも保 育所はまだ足りないが、保育ママを中心とした保育枠の大幅増で待機児童は緩和され てきている。子どもの預け先が見つからないために母親が退職するといった事態は少 ないという。学校の始業前や放課後の保育システムも、小学生の子どもを持つ親は助 かるだろう。 制度の充実に加えて、職場や家庭など育児を取り巻く環境が変わることも必要だ。 いくら保育サービスが整備されても、家庭を犠牲にした長時間残業が評価されたり、 女性に育児・家事の過大な負担を要求したりする風潮が残る限り、子どもを預けて働 く気になれない女性もいるだろう。 こうした変化の恩恵を受けるのは働く母親だけではない。子育て家庭への支援は日 本全体にとって重要な「明日への投資」といえる。能力のある女性の退職を防ぐだけ でなく、出生率の向上につながる可能性もあるからだ。家族政策が出生率に及ぼす影 響を正確に計測することは難しいものの、プラスに働くとする研究結果は多い 39。また 仕事と育児の両立支援は、現在の日本の問題の一つである子どもの貧困の軽減にもつ ながる。OECD の調査では母親の就業率が高いほど、子どもの貧困率も低くなる 40 。す べての子どもたちが貧困に苦しまず、十分な教育を受けられれば社会の活力は増すの ではないだろうか。 働きやすく、子どもを産み育てやすい国をめざして政労使が協力をするためには、 まずは上記のようなメリットを全員が認識することが重要だ。そうすれば育児中の家 族への有形・無形の支援拡充について、社会的な合意形成も視野に入ってくるはずだ。 39 仏国立人口研究所による分析では、特に育児中の現金給付と保育サービスが出生率を押し上げる可能性が 高いとの結果が得られた。Angela Luci and Olivier Thévenon, “The impact of family policy packages on fertility trends in developed countries,” Documents de Travail N o 174 version of August 2012, p.2. http://www.ined.fr/fichier/t_publication/1572/publi_pdf2_174.pdf 40 フランスの子どもの貧困率は 9.3%、日本は 14.2%。日本は特に1人親家庭の貧困率が 54%と、OECD 加盟国 最高水準に達する。2008 年時点。OECD, OECD Family Database. http://www.jcer.or.jp/ -17- 日本経済研究センター 2050 年への構想 グローバル長期予測と3つの未来 <参考図表> 参考図表1 インタビューした働く母親一覧 【インタビューした働く母親一覧】 名前、年齢 居住地 職業 子供 育児と仕事のスタイル 企業の経理 2人(成 パリ市近郊 担当(定年 人) 退職) 子どもが小さいころは母や義母、近所の人に預かってもらい、3歳 からは幼稚園へ。産休は14週(現在は16週)など、働く母親の支援 はまだ手薄。夫は家事はしなかったが、ロランドさんが趣味のバス ケットボールの試合に出るときは子どもの面倒を見てくれた。 仏中部クレ 小学校教師 アン・マリーさん ルモン・ 4人(成 (定年退 (64) フェラン市 人) 職) 近郊 子どもが小さいうちの預け先は保育ママ。(「保育園はまだ大きな 町にしかなかった」)週末も家事や育児に追われたが「余暇が大事 な今のフランス人と違い、自分も自分の親の世代もたくさん働くの が当たり前だった」。今は3人の孫を休暇のたびに預かる。 ナタリーさん (54) パリ市近郊 医師 子どもが小さいころはナニーを雇い、費用の重さから家賃節約のた め引っ越したことも。その後は夫(医師、その後離婚)と自分のど ちらかが必ず17時に帰宅。「子どもが最優先だけど、仕事は面白い し、習い事をさせてあげたいからやめようとは思わなかった」 純子さん(50) 2年前まではフルタイム勤務。仕事が終われば上司がいても気にせ 企業でロー 3人(20~ ず帰宅できた。保育園も保育ママも空きがなく、ベビーシッターを パリ市近郊 テーション 9歳) 別の家族と共同で雇った。単独で雇うより費用は低いが「両方の家 勤務 族とベビーシッター、3者の関係が良くないとうまくいかない」 クリステルさん (48) 最初の就職先は出張が多いなど多忙で、育児に時間を取られると昇 服飾大手勤 2人(15歳 進できないと感じていた。その後2回転職し、今の職場は10年目。 パリ市近郊 務 と13歳) 転職で収入は下がったが、17時に退社できるようになった。「子ど もたちはまだ私が必要な年頃だからちょうどいい」 ナタリーさん (40) 仕事は16時半に終わり、子どもと一緒に帰宅。家事や翌日の授業の 2人(13歳 準備をする。近くに住む義理の両親は習い事の送迎をしてくれてい 仏東部リヨ 小学校教師 る。夫は上の子のピアノレッスンのため週1回16時に退社するが と9歳) ン市近郊 「男性が早く帰るのはやはり職場であまり良く思われない」。 カトリーヌさん (37) 1人(3 パリ市近郊 研究所勤務 歳) 学生ベビーシッターが16時半に幼稚園にお迎えに行き、自分は18時 に帰宅。「長時間幼稚園にいると疲れるかもしれないので」今のと ころ延長保育は使っていない。保育園と違い幼稚園は休暇が多いの で、学童保育や両方の祖父母、姉に預かってもらうつもり。 市職員(博 仏南西部マ 物館とアー 1人(4 ソニアさん(36) 歳) カイブ担 ザメ市 当) 授乳のため半年間育休を取ってから復帰。保育園に空きがなく、昼 食が出ない一時保育所に預けている。昼休みに娘を家に連れ帰って 食事をさせなければいけないが、「一日中預けたままだと子どもも 疲れるし、私もさみしいからちょうどよかった」。 ロランドさん (83) オードリーさん (35) 2人(成 人) 3人目の子のときは6ヶ月の育休を取ったが、部下が管理職の仕事 エネルギー 3人(6~ を代わってくれた。「育休は1チーム1人までなら何とかなる」と パリ市近郊 関連企業勤 2歳) いう。今は夫は月の半分は海外出張。その間はベビーシッターの力 務 を借りながら仕事と育児に1人で奮闘している。 エネルギー 1人(2 サンドリーヌさん パリ市近郊 関連企業勤 (35) 歳) 務 社内保育所に子どもを預けると駐車スペースももらえるので車通 勤。電車が混むので駐車場がないと社内保育所も使えなかったとい う。パートナーとは結婚もパクスもしていない。「困るのは(不慮 の事態があったときの)遺産相続くらい」で必要性を感じない。 エロディーさん (31) 自分も夫もローテ勤務で、前日まで保育園のお迎えに行けるかわか スーパーの 仏南西部マ 1人(1歳 らないのが悩み。2人とも無理なときはおばあちゃんの出番。周囲 化粧品売り は2人目の子から3年の育休を取る人が多い。小さい子が2人いる ザメ市近郊 半) 場担当 と大変なので、自分も次は3年取りたいと考えている。 リディーさん (28) 文化施設で有期契約で働いていたが出産を機に退職。4ヵ月後今の 仏南西部マ 観光案内所 1人(10ヶ 仕事に就いた。夫は家事は不得意。リディーさんが2時間の昼休み ザメ市 勤務 月) に自宅に戻り、洗濯などを済ませる。仕事の性質上、土曜日も出勤 することがあり、そのときは義理の両親に子どもを預ける。 http://www.jcer.or.jp/ -18- 日本経済研究センター 2050 年への構想 参考図表2 8:00 共働き家庭のスケジュール オードリーさん(エネルギー関連大手勤務)と子どもたち(6歳、4歳、2歳)の一週間 火 水 木 長男、 次 母親 3男 長男、 次 母親 3男 長男、 次 母親 3男 長男、 次 男 男 男 男 母親 月 3男 出勤 登園 延長保育 (父親が 出張して いないと きは送 る) 出勤 登園 仕事 社内 保育園 幼稚園、 小学校 仕事 社内 保育園 延長保育 (父親が 出張して いないと きは送 る) 幼稚園、 小学校 帰宅 延長保育 ベビー シッター 帰宅 延長保育 ベビー シッター 10:00 12:00 14:00 出勤 登園 仕事 社内 保育園 16:00 18:00 帰宅 グローバル長期予測と3つの未来 帰宅 帰宅 ベビー シッター (幼稚 園、小学 校はお休 み) 金 3男 長男、 次 男 出勤 登園 延長保育 (父親が 出張して いないと きは送 る) 出勤 登園 仕事 社内 保育園 幼稚園、 小学校 仕事 社内 保育園 延長保育 (父親が 出張して いないと きは送 る) 幼稚園、 小学校 帰宅 延長保育 ベビー シッター 帰宅 延長保育 ベビー シッター 帰宅 帰宅 母親 帰宅 20:00 オードリーさんは帰宅後は持ち帰り仕事をすることも。夫は月の半分は海外出張 月 8:00 母親 出勤 子供たち 登校 クリステルさん(服飾大手勤務)と子供たち(15歳、13歳)の一週間 火 水 木 母親 子供たち 母親 子供たち 母親 子供たち 登校 登校 登校 出勤 出勤 出勤 子供たち 登校 出勤 中学校 仕事 10:00 金 母親 下校 12:00 仕事 中学校 仕事 中学校 14:00 16:00 下校 帰宅 18:00 20:00 帰宅 昼食 昼食 宿題を見 てあげる お菓子作り お菓子作り 宿題 プール 下校 夕食 宿題を見てあ げる 夕食 図書館 宿題 夕食 夕食 仕事 中学校 夕食 下校 帰宅 宿題を見てあ げる 夕食 下校 帰宅 宿題 夕食 宿題を見てあ げる 夕食 宿題 夕食 スポーツ スポーツ 22:00 中学校 宿題 帰宅 宿題を見てあ げる 夕食 仕事 スポーツ レストラン支配人の夫は16時過ぎに帰宅。家事や子どもの世話をしてくれる。クリステルさんはコレクション発表など繁忙期に残業する分、 水曜は半日で退社することが多い (注)牧陽子(2008)『産める国フランスの子育て事情―出生率はなぜ高いのか』明石 書店 を参考に作成 問い合わせは、研究本部(TEL:03-6256-7740)まで ※本稿の無断転載を禁じます。詳細は総務・事業本部までご照会ください。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 公益社団法人 〒100-8066 日本経済研究センター 東京都千代田区大手町1-3-7 TEL:03-6256-7710 / 日本経済新聞社東京本社ビル11階 FAX:03-6256-7924 http://www.jcer.or.jp/ -19-
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