5. ウンガース、スターリング、スカルパ、ロッシ

MODERN ARCHITECTURAL THEORY- 14. CHALLENGES TO MODERNISM IN EUROPE 1959-1967
5. Ungers, Sterling, Scarpa, and Rossi
レジュメ 20130510 担当:松井
健太
5. ウンガース、スターリング、スカルパ、ロッシ
1960 年代:当初の静さ(1965:コルビジェ死去)~1968 年の激動のなかで 1970 年代へ
1970 年代:新しい方向を確立しようとする建築家達
…大学に在籍 or 実務を始めたばかりのもの
ex)リカルド・ボフィル、ラファエル・モネオ、マリオ・ボッタ、ハンス・ホライン、クリスチャン・デ
オ・ポルザンパルク
…建築とエンジニア ex)ジャン・プルーヴェ
…ドイツのポストモダン・バロック ex)ゴットフリート・ベーム、カールヨーゼフ・シャットナー
【ドイツ・スイス】
オズヴァルト・マティウス・ウンガース(ドイツ)
・第二次大戦の終結近くになってドイツ軍へ徴兵され、戦争囚人として戦争を終える
・1950 年カールスルーエで建築学を修めた後、戦争荒廃地ケルンに小さな事務所を構える
・1950 年代 CIAM 会議に参加
(チーム X サークルに接近するも、ロジェルスとスミッソンの論争ではロジェルス側につく)
・自邸(1959):レンガ造りの立方体の形態+キャンチレヴァーのコンクリート・フレーム
…バンハムによってレンガ・ブルータリズムの事例として取り上げられる
→しかしこの作品の特徴はむしろメンデルスゾーンやヘーリング(ドイツ表現主義)の知識・参照にある
マニフェスト「新しい建築に向かって」(ラインハルト・ギーゼルマンと共同)
・「科学技術的・機能的な方法」や「物質主義的な社会秩序」への反対→画一性や単調さにつながるもの
ベルリン工科大での教育
・実務を中断するかたちで 13 年間にも及ぶ(同時にコーネル大学とハーヴァード大学でも教鞭をとる)
・自身が展開しつつあった理性主義的な思考に集中する→後に展開される概念
ex)形態学[morphology]、変形[transformation]、組み立て[assemblage]、断片化[fragmentation]
・この時期の実現しなかったデザイン:初期作品からの変化
…類型学的・空間的な複雑さ、幾何学の強弱、原初形態への依拠
→機能主義の空間的同一性からの脱却、理性主義運動の流れ
ex)ケルンのグリーン・ベルト南部の再開発計画(1962)
オランダ・エンスヘーデのトゥウェンテ工科大学学生寮(1964)
バチカン市国のドイツ大使館(1965)
ベルリンのプロイセン文化遺産博物館(1965)
・1968 年コーネル大学に着任→自身のデザインの方法論へコンテクスチュアリズムを組み入れる
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レジュメ 20130510 担当:松井
健太
オズヴァルト・マティウス・ウンガース
① 自邸(1959)『カサベラ・コンティニィタ』1960 年 244 号アルド・ロッシの記事より
②ケルンのグリーン・ベルト南部の再開発計画(1962)
http://www.nrw-architekturdatenbank.tu-dortmund.de/dbbilder/KoelnZollstockUngers.jpg
③オランダ・エンスヘーデのトゥウェンテ工科大学学生寮(1964)
http://farm7.static.flickr.com/6097/6327180490_f3a92e94dc.jpg
④バチカン市国のドイツ大使館(1965)
http://26.media.tumblr.com/tumblr_m0yag15x4R1qztueno1_r1_1280.jpg
⑤ベルリンのプロイセン文化遺産博物館(1965)
http://www.ungersarchiv.de/system/html/museen_preussischer_kulturbesitz_1-152527ae.jpg
チーム 4:リライアンス・コントロール・センター
(『a+u』1988 年 5 月臨時増刊号「ノーマン・フォスター1964-1987」より)
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5. Ungers, Sterling, Scarpa, and Rossi
レジュメ 20130510 担当:松井
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ジェームズ・スターリング(『ジェームズ・スターリング作品集』、エディタ東京、1975 より)
①ハム・コモンのアパート(1955 – 1958)
②レスター大学工学部校舎(1959 - 1963)
③ケンブリッジ大学歴史学部(1964 - 1968)
④オックスフォード大学
フローレイ・レジデンタル・ホール(1966 - 1971)
⑤オリヴィエッティ訓練学校(1969 - 1972)
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ベルンハルト・フースリ(スイス)
・1950 年代後半:テキサス大学からスイスへ帰国
・1959:チューリッヒ工科大学(ETH)に就任、初年度のデザイン・コースを担当
・方法論的な考察
…デザイン=特殊な空間的操作と概念的操作が交互に伴いつつ徐々に複雑化する一連の規則的な作業過程
⇒スイスにの建築教育を改革、「ETH スタイル」として広く知らしめる
【イギリス・カナダ】
・イギリスの状況:論争の水準は高かったが、実践にあまり反映されていない→変動期
ex)リライアンス・コントロール・ファクトリー
(チーム4:ノーマン・フォスター、リチャード・ロジャース他)
ジェームズ・スターリング(イギリス)
初期の傾向:ブルータリズム~コルビジェのモチーフの借用
ex)ハム・コモンのアパート(1955 - 1958、ジェームズ・ゴーワンとの共同設計)
「近代建築におけるリージョナリズム」(1957)
・「新しい伝統主義」に対する相反的な態度
…ヴォイジーやマッキントッシュの仕事を再評価する機会
…「技術を創案し、近代的な姿勢の適切な表現を発展させる」という新世界の動きに対峙
1960 年代:インターナショナリズムや機械美学への傾倒
・友人バンハムの影響 ex)レスター大学工学部校舎(1959 - 1963)…バンハムが飾らないデザインを称賛
ガラスの使用:巨大ガラス・ファサード
ex)ケンブリッジ大学歴史学部(1964 - 1968)
オックスフォード大学フローレイ・レジデンタル・ホール(1966 - 1971)
→オリヴィエッティ訓練学校(1969 - 1972)からガラスを離れる
~1970 年代:レオン・クリエやハンス・ホラインとの交流によって再度デザイン手法が変化
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健太
ピーター・コリンズ(カナダ)
・戦前戦後にリーズ大学(イギリス)で建築を学ぶ
・スイスやフランス(オーギュスト・ペレのもとでル・アーブル再建)で働く
・1956 年にマギル大学(カナダ)に着任
・『コンクリート:新しい建築のビジョン』(1959)
…コンクリートの歴史研究+ペレのもとでのコンクリート研究
『近代建築の変化する理念 1750 - 1950』(1965)
・G・コリングウッドの『歴史の観念』(1946)の精神を受け継ぐ
・近代建築の知性の展開に関する研究だが 19 世紀ではなく啓蒙主義から始められる
→ぺヴスナーやギーディオンへの批判
・19 世紀の折衷主義に対する共感
→折衷主義とは、様式の再利用でも中立主義[indifferentism]でもなく、新しい歴史意識の産物であり、
ここにおいてこそモダニズムの諸概念が成立
<理性主義[rationalism]>の概念
・コリンズはセザール・ダリ(19 世紀の仏建築家)の定義に遡る
…ダリ:①建築と近代科学・近代産業の調停→②建築と「感情」の調停(芸術的評価)
→①はペレによって達成されたが、②の段階で彫刻や絵画と結びあわされた際に建築は「構築芸術とし
ての理性主義的基礎」をそぎ落としてしまった
→コルビジェ批判:「形態を与える」、形態の彫刻的操作…絵画や彫刻の応用は建築的創造の妨げ以上
・折衷主義の形態
…建物を都市のランドスケープと調和させる
…様式的統一性という現代の原理=プログラムの達成と「採用された構造的手段の誠実な表現」
ex)ペレや BBPR のべラスカ・タワー
・ブルータリストの美学とバンハムの技術論的ユーフォリアの双方を拒絶
【イタリア】
・1960 年代イタリアの建築文化
…建築理論の政治化が危機を乗り越えさせる
…1950 年代をけん引した建築家達も健在
ex)アルビーニ、ガルデッラ、リドルフィ、ミケルッチィ、ガルベッティ、イソーラ
ex)ジャンカルド・デ・カルロ:最も有能な者として台頭
ex)ロジェルス:解雇される 1965 年まで『カサベラ・コンティニュイタ』を続ける
…イタリア文化独自の情勢に基づく創造とより良い社会形成の追求を調停
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カルロ・スカルパ
・1950 年代後半より台頭…ルイス・カーンと同様の大器晩成型
・芸術的なルーツは、イタリア合理的建築運動(1920 年代後期)に先立つ
・1920 年代後半:ヴェネツィアで個人向けの仕事→ガラス会社との協働:展示空間設計
・1950 年代後半の著名なプロジェクト
ex)ポッサーニョ石膏像陳列館(1955 - 1957)
オリヴィエッティ・ショールーム(1956 - 1973)
クエリーニ・スタンパーリア財団(1961 - 1963)
近代機能主義や機械美学の拒絶(=同時期のカーンとの共通点)
・製図机上での無数のドローイング:独自の形態の忍耐強い探求
…感受性豊かな物質性(色、不透明さ、テクスチャー)、非合理性、細部の職人技
→ヴェネツィアの歴史的環境に根付いた特殊な質~平凡な記述説明や理論的なラベル付けを拒む
・スカルパの形態は他所では再現できない→建築には、先在する建築的価値の知見が不可欠
・建築的価値=<装飾的なもの[ornamental ]> =秩序[order]+装飾[ornament]
(ギリシャ語のコスモス[cosmos]に由来する二重の意味)
パオロ・ポルトゲージ
・スカルパ同様に、強固な歴史的伝統に根付く
・建築家・批評家・歴史家としての仕事を並行して行う
ex)ローマのバルディ邸(1959 - 1962、ヴィットリオ・ジリオッティとの共作)
…初期のバロック研究(グアリーノ・グアリーニとフランチェスコ・ボッロミーニについて)
→開放的形態とフレア状のファサード…反機能主義的な傾向:地元石材と職人的な建築技術
<場[field]>の論理
・幾何学的な場を「力」の重ね合わせによってダイナミックにする
ex)アンドレイス邸(1965 - 1967):重ねあわされた 5 つの円形格子
パパニーチェ邸(1966 - 1970):色彩豊かなタイル+変調的な天井
アヴェッツァーノ図書・文化センター(1968 - 1983) サレルノ聖家族教会(1969 - 1974)
ヴォットリオ・グレゴッティ
・1950 年代後半:『カサベラ・コンティニュイタ』のチーフ・エディター
cf)マリオ・リドルフィに関する記事~ネオ・リベルティの議論
・1960 年代:現象学や構造主義、地域プランニングといった幅広い問題への関心の変化
ex)『建築のテリトリー』(1966)
…進歩、歴史、類型学、考古学的構造、環境文化として地域ランドスケープを読解
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健太
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カルロ・スカルパ(『a+u』1985 年 10 月臨時増刊号「カルロ・スカルパ」より)
①ポッサーニョ石膏像陳列館(1955 - 1957)
③クエリーニ・スタンパーリア財団(1961 - 1963)
②オリヴィエッティ・ショールーム(1956 - 1973)
パオロ・ポルトゲージ(『a+u』1977 年 5 月号より)
①ローマのバルディ邸(1959 - 1962) ②アンドレイス邸(1965 - 1967)
④アヴェッツァーノ図書・文化センター(1968 - 1983)
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③パパニーチェ邸(1966 - 1970)
⑤サレルノ聖家族教会(1969 - 1974)
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レオナルド・ベネヴォロ、ブルーノ・ゼーヴィ
・1960 年代初頭のイタリアの主流:合理的モダニズムの諸原理の再主張
レオナルド・ベネヴォロ
・『近代建築の歴史』(1960)
…歴史的な近代運動の現在における連続性や一貫性[unity]を再主張
→近代建築の根底にある原理やモデルの正当性を前提する
・ベネヴォロのモダニズム理解
=社会の客観的な要請に応答する実践についての合理的かつ社会的な理解
→技術と芸術のバランス
・アーバニズムというテーマ:1957 年、建築・都市計画協会(SAU)への参加
ブルーノ・ゼーヴィ
・1959 年:ベネヴォロに対抗して国立建築研究所(INARCH)を設立
…建築家、技術者、実業家の集まり→ヴェルクブント精神、国家政策決定にも関与
・ヴェネツィア建築大学の建築史研究所を創設
…数年の間にイタリアの理論における重要な中心地となる
ジュゼッペ・サモーナ、カルロ・アイモニーノ
・アーバニズム:1960 年代のイタリア理論の主要な焦点
ジュゼッペ・サモーナ
・1920 年代に実務を開始、批評家、中世史家
・1945~1974:ヴェネツィア建築大学で教鞭をとり、一流大学に変える
・『ヨーロッパ諸国における都市計画と都市の未来』(1959)
…地域の脱中心化[regional decentralization]の提唱者から大都市を擁護
…数世紀をかけて広げられた都市のテクスト的性格に着目
カルロ・アイモニーノ
・1950 年代:ネオ・レアリズモ運動に同調
・1960 年代:
『都市テリトリー』
(1964)、
『建物類型学の概念の形成』
(1965)、
『近代都市の起源と展開』
(1965)
などの一連の著作を公刊
・サモーナ同様、マルクス主義
・強固な幾何学的要素を好んで用いる
・建築類型学への関心:1963 年の講義で最初に示される
…形態学的な関心に由来
…イタリア理性主義運動と歩みを合わせる
・1960 年代のプロジェクト:ミラノ郊外モンテ・アミアータの集合住宅(ロッシと共同)
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カルロ・アイモニーノ(『a+u』1988 年 3 月臨時増刊号「イタリア建築 1945-1985」より)
①ミラノ郊外モンテ・アミアータの集合住宅(1967-70、ロッシと共同)
アルド・ロッシ(Aldo Rossi. The Life and Works of an Architect, Könemann, 1990 より)
①ロンチのヴィラ(1960、L・フェッラーリとの共作)
②セグラーテの市庁舎広場・記念噴水(1965)
cf)パラッツォ・デラ・ラジョーネ(Aldo Rossi, L’architettura della città, Quodlibet, 2011 より)
④モンツァ・サン・ロッコ
コンペ・プロジェクト
(1966、ロッシ+グラッシ)
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マンフレッド・タフーリ
・1960:ローマ大学修了
・1961~1966:サール・グレコ、アラルベルト・リベルナ、クアローニのもとで建築設計の助教授を務める
→実施設計は行わず
・様々なテーマ:ルネッサンス、ボッロミーニ、ウィリアム・モリス、都市プランニング
ex)『ルドヴィコ・クアローニとイタリアにおける近代建築の展開』(1964)
『日本における近代建築』(1964)
『ヨーロッパの 16 世紀におけるマニエリスム建築』
(1966)
~ロジェルス、アルガン、アルベルト・アゾル・ローザ、テオドール・アドルノ、ジョージ・ルカーチ、
ヴァルター・ベンヤミン、カール・マンハイム、記号論、心理学、映画への関心
⇒ヴェネツィアでの教授職と、批判的著作の第一作目『建築の理論と歴史』(1968)に結実
アルド・ロッシ
・ロジェルスやサモーナ(ミラノ工科大)~ガルデラやクアローニからの教育
『カサベラ・コンティニュイタ』時代
・ミラノ工科大学生時代より投稿 cf)ネオ・リベルティ論争
・1961 年:フランチェスコ・テントーリとともに編集委員となる
ex)英国ニュー・タウン、ローマ、ミラノ、ヴェネツィア、ガーデン・シティ、ウィーン、ベルリン
・1963 年~:理論的成熟→設計よりも批評が前面に出る
ex)1960 年代前半の二つのプロジェクト
①ロンチのヴィラ(1960、L・フェッラーリとの共作)…近代リヴァイヴァル
②セグラーテの市庁舎広場・記念噴水(1965)
…「わずかなオブジェクトしかない厳格な世界[rigid world with few objects]」
→近代建築の「受売りの」力を排除~後期スタイルの特徴となる
『都市の建築』(1966)
・ロバート・ベンチューリとの比較:機能主義的思考への反目は共通するが、著作の意図や方法論は異なる
→『都市の建築』はイタリア的な都市への視点、現象学、ソシュール言語学、構造主義
~ヨーロッパ(フランス)地理学への依拠(例外:ケビン・リンチ『都市のイメージ』(1960)
・<素朴機能主義批判>
…素朴機能主義:機能に適合することによって決定・形成されるべきであるという見方
→「真なる法則に従って形態を研究したり建築の世界を知ったりすることを妨げる」
…形態はむしろ、形態自身の歴史や都市の類型学から生じるべきである
・<urban artifact/fatto urbano>
cf)アイゼンマン「物理的事物だけでなく、都市の歴史、地理、構造、都市の生全体など全て」
ex)パラッツォ・デッラ・ラジョーネ@パドゥーア…様々な機能、いまだ都市の中心かつ焦点
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健太
・都市と<類型学>
…都市=モニュメント、街路、地理学的特長によって幅広く規定される空間的構造
…集団的な歴史意識を保有するもの:長期的生あるいは永続的で超越的な時間
→<類型学>:建物と都市構造をクラス分けするための手段
cf)<モデル>:複製される←→<類型>:モデルに対する規則(カトルメール・ド・カンシー)
・<場所>:
「ある特定の敷地とその敷地に建つ建物との関係」
…<コンテクスト>という考え方から区別:歴史的都市の保存問題 ex)フランクフルト
*英訳の<コンテクスト context>はイタリア語の<環境 ambiento>が原語であり、さらに<環境>
に対置される概念は<モニュメント>であって、<場所>ではない(典型的な英語圏的読解)
・
『都市の建築』の保守性:形態のモニュメンタル性、無時間的・原始的建築←→過去のロッシの政治的熱狂
…ロッシの観念的なモニュメント:沈黙的な歴史性
←→ロッシ引用のニームやアルルの円形劇場:数世紀の異質な意味の重ね合わせを豊かに持つ
ジョルジョ・グラッシ
・1960:ミラノで研究を終える→『カサベラ・コンティニュイタ』の編集助手(同時にロッシの助手も)
『建築の論理的構成』
(1967)
・新しい理性主義的建築の可能性を公言した最初のもの
・建築的要素(壁、ドア、窓、コラム、屋根、プラン)の類型学→設計に容易に取り込める
…ドイツ人アレクサンダー・クラインの類型学的な仕事を引き継いだもの
・モダニズムへの関心:ミース、グロピウス、テッセノウ、アウト、ヒルベルザイマーの住宅図式
cf)ロッシによるアドルフ・ロースの称賛
・マルクス主義的な基礎:美学的、非表現的、抽象的な形態の使用
ex)モンツァ・サン・ロッコのコンペ・プロジェクト(1966、ロッシとの共作)
…グラッシとロッシの理論的な同調~カール・マルクスの庭(ウィーン)のモデルに依拠
…閉ざされた中庭を囲む二層と四層の住宅の仮想状の碁盤→控えめに見ても音響上問題がある
<理性的建築[rational architecture]>
・1973 年の第 15 回ミラノ・トリエンナーレでの展覧会
・アドルフ・ベーネによる区別を援用
…<機能主義者>:
「唯一的かつ一時的な」機能←→<理性主義者>:建築の持続的な質
・マッシモ・スコラーリ「建築の全体的な再建」:発端は 1967~68 のミラノ工科大
…理性的建築=「政治、社会、技術に従属・監督されることなく建築を自由にさせる」願望
・ジョゼフ・リクワートによる批判
…理性主義者の公然とした偏向性やイデオロギー的な矛盾、展示された質の悪い建築
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