69 嵐 吹 く 三 室 の山 の もみぢ葉 は 竜田 の川 の 錦 なりけり 能因 法師

69
あらし ふ
嵐 吹く
み むろ
やま
三 室 の山 の
ば
もみぢ葉は
たつた
かは
竜田の川 の
にしき
錦 なりけり
のういんほうし
能 因 法師
〈声に出してよんでみよう〉
. .
ミムロノヤマノ モミジバワ
.
タツタノカワノ ニシキナリケリ
アラシフク
紅葉
い ぜん
ちが
はつおん
*「ぢ」は、
「ジ」とよみます。
「ジ」と「ヂ」、
「ズ」と「ヅ」は、以 前 は違 う 発 音 だっ
せいきごろ
こんどう
げんざい
こう ち
きゅうしゅうなんぶ
たのですが、16世紀 頃 から 混 同 されるようになり、 現 在 では高 知や 九 州
ほうげん
のぞ
南部など
ちが
の 方 言 を除 いて、違 いはほとんどなくなっています。 1
ご とう
ぎょう
ごちゅう
ご び
ぎょうおん
*語 頭 以外のハ 行 の文字、つまり 語 中 ・語尾の「は・ひ・ふ・へ・ほ」は、ワ 行 音
「ワ・イ・ウ・エ・オ」でよみます。 2
じょ し
げんだい ご
どうよう
助 詞 の「は」も、現 代 語と 同 様 、
「ワ」とよ
みます。
い み
〈どんな意味だろう〉
嵐が吹く三室山の紅葉の葉は、
(とても美しく、そうか、)竜田川の錦だったのだなあ!
もみじ
ふもと
*三室山は、奈良県にある紅葉の名所。竜田川は、その 麓 を流れる川で、「17 ちはやぶ
よ
る」などの歌でも、やはりその紅葉の見事さが詠まれています。このように、歌によく詠
うたまくら
まれる名所を、「 歌 枕 」と言います。
*「・・・なりけり」は、これまで気づかなかったことに気づいた、驚き・感動を表します。
かいせつ
〈解 説 〉
かわも
ま
ち
おりもの
この歌は、山からの風に吹かれて川面に舞い散る美しい紅葉を、錦の 織 物 だと気づい
ぎ ほう
た驚き・感動を詠んだものです。このように、あるものを別の何かに見なしてたとえる技 法
み た
を「見立て」と言います。紅葉を、ただ美しいと歌うだけでは平凡すぎます。そこで、別
ざんしん
き ち
と
の何かに見立てるわけです。その発想が 斬 新 で機知に富んだものであればあるほど、人々
よう そ
をあっと言わせることができるのです。ゲーム的な要 素を楽しんでいる、とも言えるでし
かたくる
ょう。和歌は、 堅 苦 しいものだと思われがちですが、決してそんなことはないのです。
西陣織
さくしゃ
しゅってん
〈作 者 と 出 典 〉
のういん
へいあん
作者の 能 因 (988~?)は、 平 安 時代中期の歌人です。風流を好み、和歌に深く心を
寄せたことで知られています。例えば、
みやこ
都 をば
かすみ
霞 とともに
立ちしかど
秋風ぞ吹く
しらかは
せき
白 河 の関
(京の都を、春、霞が立つ頃出発したが、秋風が吹いているよ、白河の関では)
しらかわ
という歌には、都から遠く離れた東北地方の「歌枕」である 白 河 の関(福島県)に実際
に行って詠んで来た歌であるように見せるため、何か月も自宅に引きこもり窓から顔だけ
ひ ろう
出して日焼けをしてから披 露 した、というエピソードが伝えられています。また、普通な
かんなくず
ふくろ
らゴミとして捨てられてしまうような 鉋 屑 を、能因は錦の 袋 に入れていつも大切に持
ながら
ち歩いていた、それは、
「歌枕」である長柄の橋(大阪市)が造られた時のものだから、と
いつ わ
しん ぎ
しゅうしん
いう逸 話もあります。いずれも、真 偽のほどは不確かですが、能因の和歌への 執 心 ぶ
たんてき
りを 端 的 に示す、興味深い話です。
こうせい
さいぎょう
また、能因は、旅の歌人として、後 世 の 西 行 (→「86 嘆けとて」)などにも大きな
影響を与えました。
ちょくせん わ か しゅう
てんのう
めいれい
へんしゅう
この「69 嵐吹く」の歌の出典は、4番目の 勅 撰 和歌 集 ( 天 皇 の 命 令 で編 集 さ
ご しゅう い
れた和歌集)である『後 拾 遺和歌集』(1086 年成立)です。
はつおん
1
げんだい
おな
はつおん
へんか
「じ」は [ʒi]、
「ず」は [zu] と 発 音 します。これらは、現 代 も 同 じです。発 音 が変化
せいきごろ
はつおん
したのは「ぢ」「づ」です。これらは、8世紀 頃 には [di]、[du] という 発 音 だったので
せいきごろ
はつおん
か
すが、16世紀 頃 から、[dʒi]、[dzu] と 発 音 されるようになり、やがて、[ʒi]、[zu] に変わ
はつおん
へんか
はつおん
っていった、と考えられています。この 発 音 の変化は、
「ち」
「つ」の 発 音 が [ti]、[tu] か
へんか
へいこう
へんか
しょう
ら [tʃi]、[tsu] に変化したのと 並 行 するものですが、なぜこれらの変化が 生 じたのか
わ
はよく分かっていません。
ぎょう
2
し いん
せい き ごろ
げんだい ご
し いん
へん か
ハ 行 の子 音 は、8 世 紀 頃 [p] から [ɸ]( 現 代 語の「フ」の子 音 )に 変 化し、やが
せい き ごろ
ぜん ご
ぼ いん
ご ちゅう
ご び
はつおん
て 11 世 紀 頃 、 前 後を母 音 にはさまれた語 中 ・語尾の [ɸ] が [w] と 発 音 されるよう
げんだい ご
し いん
へん か
になりました。なお、[ɸ] が [h]( 現 代 語の「ハ・ヘ・ホ」の子 音 )に 変 化したのは、
せい き ごろ
すいてい
17 世 紀 頃 と 推 定 されています。