リスクマネジメントの視点から17/医薬品の取り違え防止と薬剤師業務の

リスクマネジメントの視点から
16
医薬品の取り違え防止と
薬剤師業務のあり方
〜病院薬剤師業務調査と石巻市立病院の対策例〜
宮城県の石巻市立病院薬剤部門長兼薬剤科部長の佐藤秀昭先生は「医薬品の取り違え防止の視点に
立った薬剤師業務のあり方に関する研究」を平成16年度厚生労働科学研究班の主任研究者としてま
とめられました。その研究の要旨および医薬品取り違え防止のために、石巻市立病院で実施されてい
る対策例を佐藤先生から伺いました。
うち医薬品に関連したインシデント数を記載してい
Ⅰ
病院薬剤師業務調査
実施有無とインシデント発現頻度を比較検討しまし
薬剤師の日常業務について、
患者さんの安全性への関わりを調査
た。インシデント発現頻度は、3カ月間の医薬品に
厚生労働科学研究「医薬品の取り違え防止の
割った値としました。
視点に立った薬剤師業務のあり方に関する研究」
特
集
る一般病床114施設について、薬剤師業務項目の
関するインシデント報告総数を平均入院患者数で
インシデントはすべての医薬品に関するもので、
の目的を教えてください。
それぞれの薬剤師業務との関連性を比較するには
佐藤
医薬品の名称の類似性や規格違い、剤型・
無理がありますが、医薬品の取り違え等の医療事故
外観の類似性等による医薬品の取り違えに関する
を未然に防止するために病院薬剤師の役割を検討
実態調査が実施されていますが、本研究は医薬品
する上で有用な資料になると考えます。また、薬剤
の「もの」の視点ではなく、病院薬剤師の日常業務
師業務とインシデントが間接的にでも関連している
が患者さんの安全性にどう関わっているかを明ら
ことが統計学的に証明できれば、病院薬剤師の存
かにすることを目的としています。
在が評価されるでしょう。
では、比較検討の項目と結果についてお伺い
どのように研究を
進 められ た の でしょう
します。
か?
佐藤
佐藤
まず、医 薬 品 の
安全管理や医療事故防
止等、患者さんの安全
表1は、病院薬剤師が医療の質を高め、安全
を確保するためにチーム医療の中でどのような関
表1
医療事故を未然に防止するための
主な薬剤師の役割
確保に関連すると思わ
れる病院薬剤師業務項
目を示した業務調査票
(235設問)を全国
280施設に郵送し、各
設問業務の実施の有無
3
石巻市立病院薬剤部門長兼薬剤科部長
を問い、186施設から
佐藤 秀昭 先生(薬学博士)
回答を得ました。そ の
受動的役割
① 処方鑑査
(疑義照会)
能動的役割
直接的役割
間接的役割
② 薬袋及びラベルの
記載の仕方
④ 病棟等の
在庫薬の管理
③ 調剤済薬の
払い出しの仕方
⑤ 薬剤の取り扱い等
の情報提供
提供:石巻市立病院薬剤部門長 佐藤 秀昭先生
わりがあるのだろうか、という視点で整理したもの
度には有意差が認められました。ともに医薬品取り
です。薬剤師の役割を、大きく受動的役割と能動的
違え防止には有用な業務といえます。薬袋への記
役割に分け、能動的業務を直接的役割と間接的役
載は、調剤済薬が適切に使用されるために薬剤師
割に中分類しさらに5つの業務に小分類しました。
が積極的に関与できる業務ですから、情報提供の
以下、5つの小分類に沿って比較検討の結果をお
仕方についてはいろいろ検討していくべきでしょう。
話します。
特に看護師さんが必要とする情報をわかりやすく
記載する方法を考えていく必要があると思います。
調剤済薬の払い出しの仕方については、5項目
患者情報を照合する処方鑑査が重要
の業務(表4参照)すべてで実施施設の方がインシ
各薬剤師業務分類のうち、はじめに「処方鑑査」
デント発現頻度の平均値が低い結果が出ました。
の比較検討結果について教えてください。
3 1回服用ごとに処方薬と持参薬を薬袋また
特に □
佐藤
はピルケース等に取り揃え交付している 業務の実
受動的役割である処方鑑査は、薬剤師業務
では一番のリスクマネジメントですが、業
表2
務内容は施設によって異なっています。
業務項目
実施率(%)
表2に示した6つの業務項目について
入院時に現疾患、既往歴、妊娠・授乳の有無、薬剤
アレルギ−歴、持参薬等の患者情報を収集している
11.3
みても、実施率にバラツキがあります。イ
収集した患者情報に基づいて患者ごとに記録したフ
ァイル(薬歴管理簿等)を作成している
6.5
ンシデント発現頻度をみると、6項目全体
患者氏名、現疾患と処方薬及び用量、禁忌、相互作
用等の処方鑑査にファイルを利用している
11.1
リスクの高い薬剤が処方されているときは前回処方
を確認、または処方医に毎回確認している
39.2
処方の訂正及び変更内容を看護師に連絡している
84.9
後日、文書で処方医に連絡し、指示簿、オ−ダ−等
の訂正を依頼している
36.8
では、実施施設と未実施施設では有意差
(P<0.05)が認められました。その中
2 収集した患者情報に基づいて患者
で □
ごとに記載したファイルを作成している
実施施設
未実施施設
① 処方鑑査(業務6項目)
インシデント発現頻度
0
0.05
0.1
0.15
0.2
0.25
*3カ月間のインシデント報告数/平均入院患者数
5 処方の訂正及び変更内容を
業務と □
提供:石巻市立病院薬剤部門長 佐藤 秀昭先生
看護師に連絡している 業務は、業務を
実施している施設は、未実施施設よりイ
表3
業務項目
ンシデント発現頻度が低いことがわかり
ました。このことからも、患者情報を照合
して行う処方鑑査と看護師さんとの患者
情報の共有化は重要だといえます。
薬剤師による患者さん毎の
調剤済薬取り揃えは有用
「薬袋及びラベルの記載の仕方」と「調
実施率(%)
薬袋に薬品名を印字している
44.8
リスクの高い内服薬には、糖尿病薬、毒薬等の文字
等を薬袋やラベル等に押している
13.8
同姓同名、兄弟間で処方されたときは、診療科、年
齢等に印、色付下線を引く等の工夫をしている
21.7
使用時に添加する薬品名、単位、量及び混合の仕方
を記載している
26.4
混合調製した注射剤には、混合した薬剤名と各量を
印字している
50.9
投与時間、投与経路、投与速度等を印字している
28.6
抗がん剤、毒薬等注射剤はラベルに印を付けている
10.9
インシデント発現頻度
0
剤済薬の払い出しの仕方」の結果はいか
薬袋及びラベルの記載の仕方に
表4
業務項目
実施率(%)
いて比較検討しました。全体では実施の
21.6
有無でインシデント発現頻度の平均値に
抗がん剤、IVH等薬剤部で混合調製し交付している
21.1
4
有意差は認められませんでしたが、 □
1回服用毎に処方薬と持参薬を薬袋またはピルケ−
ス等に取り揃え交付している
9.8
使用時に添加する薬品名、単位、量及び
毎日患者に薬剤師が直接交付している
1.1
付けている 業務のインシデント発現頻
0.15
0.2
実施施設
未実施施設
③ 調剤済薬の払い出しの仕方(業務5項目)
散薬分包紙に氏名、科名、病棟名、薬剤名、散剤含
有量等を印字し交付している
抗がん剤、毒薬等注射剤はラベルに印を
0.1
提供:石巻市立病院薬剤部門長 佐藤 秀昭先生
ついては、7項目の業務(表3参照)につ
7
混合の仕方を記載している 業務と □
0.05
*3カ月間のインシデント報告数/平均入院患者数
がでしたか?
佐藤
特
集
実施施設
未実施施設
② 薬袋及びラベルの記載の仕方(業務7項目)
消毒剤等院内調製した外用剤には色の異なる容器や
ラベルを使用している
インシデント発現頻度
57.0
0
0.05
0.1
0.15
0.2
*3カ月間のインシデント報告数/平均入院患者数
提供:石巻市立病院薬剤部門長 佐藤 秀昭先生
4
施率は1割未満と低いですが、インシデント発現頻
た。病棟在庫薬の管理方法については検討の余地
度には大きな差が出ました。
があると思いますが、薬剤師による医薬品管理は、
医療の安全確保に有用であると考えます。
調剤済薬の患者さんごとの取り揃えなどは、従来
最後に、薬剤の取り扱い等の情報提供では、9項
看護師さんが行ってきた業務ですが、薬剤師が薬
の専門家として対応することによって、医療の安全
目の業務(表6参照)について比較検討しました。
に資することが明らかになったと思います。
全体的には実施率が高く、実施施設は、インシデン
ト発現頻度の平均値に有意差が認められました。
医薬品の情報提供は薬剤師必須の業務であり、さ
薬剤師による病棟在庫薬の管理は有用
らなる医療の安全性を高めるために、情報提供方
法の工夫やタイムリーな情報提供等を行っていく
「病棟在庫薬の管理」と「薬剤の取り扱い等の
ことが重要と思われます。
情報提供」についてはいかがでしたか?
佐藤
病棟在庫薬の管理については、6項目の業
務(表5参照)全体では実施の有無で有意差は認め
Ⅱ 石巻市立病院での対策例
5 棚等の貼付ラベルは、印
られませんでしたが、 □
6
字文字等判別しやすい文字を用いている 業務と □
患者さん情報を収集した
薬歴カードを作成、活用
棚等の貼付ラベルは、薬品名のほかに規格や常用
量等を表示している 業務を実施している施設で
石巻市立病院では、医薬品の取り違え防止に
はインシデント発現頻度が低い結果が認められまし
どのように取り組まれていますか。まず、
表5
特
集
実施施設
未実施施設
④ 病棟在庫薬の管理(業務6項目)
業務項目
実施率(%)
リスクの高い薬剤は、他の薬剤と区別して保存して
いる
55.7
リスクの高い薬剤の保管棚等には、注意喚起する等
の工夫をしている
27.5
名称・外観等類似薬は隣接して配列することを避け
る等の工夫をしている
74.2
各診療科の定数配置薬の使用量と在庫量を毎日照合
し補充している
40.2
棚等の貼付ラベルは、印字文字等判別しやすい文字
を用いている
78.8
棚等の貼付ラベルは、薬品名の他に規格や常用量等
を表示している
28.9
インシデント発現頻度
佐藤
確保に重要ですから、当院では患者さん
の診断名、既往歴、アレルギー歴、持参薬
などの情報を収集して作成した薬歴カー
ドと照合しています。これによって、患者
さんの確認、さらに処方薬、投与量、投与
0.05
0.1
0.15
0.2
0.25
*3カ月間のインシデント報告数/平均入院患者数
提供:石巻市立病院薬剤部門長 佐藤 秀昭先生
実施施設
未実施施設
⑤ 医薬品情報提供(業務9項目)
禁忌などのチェックも容易になり、医療安
全の確保、さらに質の向上に貢献してい
ると思います。
また、当院では、薬剤師がチームを組
業務項目
実施率(%)
院内採用薬の添付文書ファイルを各病棟に配置して
いる
40.9
リスクの高い新規採用薬について、取り扱いの注意
事項を文書にして通知している
67.8
麻薬、インシュリン製剤等、混合しない薬剤につい
ては、その旨を処方箋の病棟控えに記載している
33.9
持参薬の商品名、規格、薬効、代替薬等記載した一
覧表を作成し、医師等に情報提供している
41.1
医師、看護師と事前に協議し、患者への服薬指導や
伝達事項等について統一見解を得ている
73.9
内服外用剤の処方薬についての副作用、相互作用、
禁忌病名等の情報を提供している
87.6
名称や外観の類似性等「医薬品の適正使用」を確保
するための情報を提供している
78.8
ていますか?
注射剤の処方薬についての副作用、相互作用、禁忌
病名等の情報を提供している
69.6
佐藤
薬剤名、薬効、薬歴、注意事項等を記載した文書を
調剤済薬に添付している
97.3
インシデント発現頻度
んで、薬剤管理指導業務を行っており、一
人の薬剤師が多くの患者さんに接するこ
とから処方鑑査のときに処方せんにその
患者さんの顔が見える点も事故防止に
大きく関わっているだろうと思っています。
ただし、個人差はありますが・・・。
薬歴カードの管理はどのようにされ
病棟ごとにファイルを色分けし、患
者さんの名前をあいうえお順に移動ラッ
0
0.05
0.1
0.15
0.2
*3カ月間のインシデント報告数/平均入院患者数
提供:石巻市立病院薬剤部門長 佐藤 秀昭先生
5
前述の比較検討結果のとおり、処
方鑑査は患者情報と照合することが安全
0
表6
処方鑑査方法を教えてください。
クに収めています。ファイルは、処方せん
の受付時にラックから取出し、薬歴を記
背後の移動ラックにある患者さんの薬歴カードと処
方せんを照合しながら処方監査を行っている(斎藤
裕子先生)
セットします。与薬カ−トには、毎日1日分の薬品ト
レイを服用時ごとにセットし病棟に交付します。
病棟に払い出した後の与薬管理システムをご
紹介ください。
佐藤
看護師が与薬時間になるとカートから与薬
患者のトレイを取り出し、病室に運搬した後、次の
手順で与薬管理を行うシステムになっています。
① 患者さんのベッドサイドにある名札のバーコ−ド
をPDAのバーコードリーダ−で読み込む。
載して処方せんと薬剤がセットで移動し、処方及び
調剤鑑査後にラックに戻します。
②PDAの「与薬実施モニタ」画面に、患者さんの
属性情報が表示される。
③薬品トレイに差し込んでいる札のバーコードを
独自の与薬管理システムで効果を上げる
PDAのバーコードリーダーで読み込む。
④ 患者属性情報が一致すると与薬を行うべき薬剤
調剤済薬の払い出しは患者さんごとに取り揃
れば画面に表示されチェックする。
えているのですか?
佐藤
一覧が表示される。別途与薬する液剤などがあ
与薬管理が必要な患者さんには、服用1回分
ごとに当 院 で 開 発した 独 自 の プラスチック製 の
薬品トレイ(写真参照)に薬剤を取り揃えて交付し
ています。薬品トレイには、認証バーコードのほか
病棟名、病室名、患者氏名、与薬日時、薬品名、用量
(1回量)を印字した札を差し込むようになっていま
⑤ 与薬完了時に「実施」ボタンを押す。
⑥ 与薬を忘れているときは、担当看護師にメール
が配信される。
この与薬管理システムを導入された効果はい
かがですか?
佐藤
まず、このシステムを導入してから、患者間
す。札は約200回以上再利用が可能なリライトカ
違い、投与量の誤り、二重与薬などのインシデント
ードを使用しています。
はほとんど無くなりました。また、月に平均7.
33件
調剤手順としては、処方鑑査後、処方せんに基づ
あった与薬忘れは、0.
31件に激減しました。
この与薬管理システムを導入したことによって、
き処方薬を取り集
め、1回服用分ごと
薬剤師の業務量は増えました。しかし、① 病棟との
に 薬 品トレイに 薬
薬剤の変更連絡を確実に行うことができる、②リア
剤を取り揃え札を
ルタイムに患者さんが服用した薬歴が得られる、③
セットし、鑑査後に
薬品鑑別と薬剤管理指導業務との連携がスムーズ
調剤室 の 保管ラッ
になった、といった効果
クに 保 管し ま す。
が得られました。結果的
追加、削除等は、再
特
集
保管ラックに入れた薬品トレイ
には当薬剤科業務全体
の効率化をはかりながら、
服用1回分ごとに調剤済薬をセットした薬品トレイを
院 内 のリスクマ ネジメ
保管ラックに収納する
(島影由美アンナ先生)
ント向上に寄与できた、
と思っています。
バーコードを読み取るPDA
石巻市立病院
所在地:〒986‐0835
宮城県石巻市南浜町1‐7‐20
病院長:伊勢 秀雄
開 設:平成10年1月
病床数:206床
診療科目:14科
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