Shiga University Seeds No. 10 2014 –January 【研究テーマ】 モダニズム文学と同時代の言説/ 近代文学の文体への認知言語学的アプローチ ■ 日本近現代文学 ■ 近代の文化 ■ 典拠 ■ 文体 【シーズ詳細】 ■ 文学と認知 ●これまで私は、モダニズム文学、特に大正末から昭和戦前期に活躍した横光利一の文学を中心に研 究を進めてきました。横光を研究対象に選んだのは、彼が、近代文学と現代文学との結節点において、 特異な文学活動を展開した作家だからです。大正末期に新感覚派と呼ばれた作家達は、毀誉褒貶にさ らされながらも独自の文学運動を繰り広げ、現代文学への扉を開いたとされています。その運動の中心 であった横光の文学を研究することは、現代文学の源流を明らかにし、近代文学と現代文学との連続 性/非連続性を捉えることに繋がるのです。 私の研究手法の特徴は、文学理論による成果を踏まえながら、同時に同時代資料に基づいた実証 的な手法を堅持する点にあります。横光の理論や作品が同時代のテクストとどのような関係にあるかを 見定めることで、当時の文化全体のうねりの中で、彼やその時代の文学がどのように生まれ、どのよう な意味を持っていたかを知ることができます。 高橋 幸平 Kohei Takahashi これまでの研究では、新感覚派時代の横光が、同時代の美学、哲学、医学、物理学、歴史学、心理 学など、ジャンルを超えた幅広いテクスト群と交流しながら、その理論と実作を生み出していたことを明 らかにしてきました。 教育学部/講師 たとえば横光は未来派や立体派、表現派といった当時最先端の前衛芸術の理論に関心を持ち、大 正時代の「美術」に関する理論書を読みあさっています。そのような前衛芸術に関する理論を参照すれ 【専門分野】 ・日本近現代文学 ば、難解と言われる横光の理論も、まるで絡まった糸がほぐれるように理解できます。 他にも彼は、自身の小説に当時最先端の物理学のイメージを反映させています。現代物理学の礎と も言える相対性理論と量子論ですが、横光は少なくとも相対性理論にかなりの関心を持ち、そこから立 【プロフィール】 ●2005 年 京都大学文学部 卒業 ●2007 年 京都大学大学院 文学研究科 修士課程 修了 ち現れてくる世界像を自らの作品の中に表現しているのです。 ●また、横光という作家は奇抜な比喩や実験的な文体でも有名な作家です。次の文は両方とも彼の作 品からの引用です。特に二つ目の例は「一文」であることに留意してください。 ●2010 年 京都大学大学院 文学研究科 博士課程 単位修得 退学 れた。」『頭ならびに腹』 ●2010 年-2013 年 京都光華女子大学 人文学部 講師 れるだけ何となく楽しみなものであるが、その楽しみが実はこちらの空隙になっていること ●2013 年滋賀大学 教育学部 講師 けると不意に金槌が頭の上から落って来たり、地金の真鍮板が積み重ったまま足もとへ 「特別急行列車は満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺さ 「人間は敵でもないのに人から敵だと思われることはその期間相手を馬鹿にしていら にはなかなか気附かぬもので私が何の気もなく椅子を動かしたり断裁機を廻したりしか 崩れて来たり安全なニスとエーテルの混合液のザボンがいつの間にか危険な重クロム サンの酸液と入れ換えられていたりしているのが初めの間はこちらの過失だとばかり思 っていたのにそれが尽く軽部の為業だと気附いた時には考えれば考えるほどこれは油断 をしていると生命まで狙われているのではないかと思われて来てひやりとさせられるよう にまでなって来た。」『機械』 横光は、自らの作品を「読者の新たな認識を促す装置だ」と考えていました。もちろんこれまでの研究 でも、彼の作品の寓意性については盛んに論じられてきました。しかし、彼の文体そのものが一つの世 界認識のあり方を示しているのだ、という主張は、しっかりした理論的背景のもとで体系的に論じられて はいません。文体と表現主体の認識、また読者の認識を考えるに当たっては、膨大な蓄積のある言語 学の知見が必要になるからです。私は、その理論的な基盤を認知言語学に据えながら、横光の文体を 分析したいと考えています。もちろんこれは容易ならざる試みですが、これまでの自身の歴史的・実証 的アプローチとは異なる取り組みで、わくわくしながらその準備を進めているところです。 82
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