大学生による知的障害成人女性とのコミュニケーションスキル促進に関する研究 本間 美咲 Ⅰ.問題と目的 近年,AAC の概念が広がり,コミュニケーショ Ⅱ.方法 1.参加者 ンの手段としてサイン言語や「P&P」 (黒田・東・ 参加者は,N 大学 K 学部 T 専修に在籍する 津田,2002) ,絵カード,VOCA などを使用する 大学 1 年生の女性 A 氏と B 氏であった。両者と ことが多く見られるようになり,それぞれの対象 もに,小学校または中学校に特別支援学級在籍の 児・者に適した指導が行われている。 子はいたが,関わった経験はほとんどなかった。 AAC 手段の指導を行うにあたり,黒田ら(2002) また協力者として,知的障害をもつ 24 歳成人 は,知的障害のある児・者については,それぞれ 女性 C 氏と N 大学 K 学部 T 専修に在籍する大学 の認知発達レベルなどに応じて,適切な AAC 手 4 年生の女性 D 氏にも参加してもらった。 段を選択していく必要があると述べている。しか C 氏について,24 歳 8 ヶ月時に行った し,対象児・者の認知発達レベルによっては AAC Vineland-Ⅱ適応行動尺度の結果(各領域の相当 をコミュニケーション手段として活用すること 年齢)は,受容言語は 2 歳 4 ヶ月,表出言語は 1 が難しい場合もある。 歳 10 ヶ月,読み書きは 5 歳,身辺自立は 3 歳 9 ところで,障害者の就労において, 「人間関係」 ヶ月, 家事は 3 歳 4 ヶ月, 地域生活は 2 歳 1 ヶ月, が離職原因の1つとなっている(障害者職業総合 対人関係は 2 歳,遊びと余暇は 2 歳 4 ヶ月,コー センター,2007) 。そんな中,わが国では,障害 ピングスキルは 5 歳 9 ヶ月であった。なお,運動 者基本法の改正,障害者差別解消法の成立といっ スキルの 2 領域については基準をクリアしていた。 た国内法の整備が進められ,平成 25 年に障害者 コミュニケーションは,話すことが主であるが身 権利条約を批准した。 振りも交えて行っていた。 これらより,合理的配慮は教育機関はもとより, D 氏は,特別支援学校での実習を 2 回経験して 学校卒業後の社会においても行われるべきもの おり,ボランティア等でも障害者と関わった経験 となった。合理的配慮の視点から,今後は障害の が多くあった。 ない人たちが障害のある人たちと関わるために 必要なスキルを知る,あるいは身に付けることが 必要となってくると考えられる。 しかし,コミュニケーション指導の対象は,障 2.C 氏のコミュニケーション行動の実態 (20XX 年 3 月~6 月の 4 ヶ月間) C 氏が家族以外の人,また家族の人とどのよ うなコミュニケーションをとっているのかを明 害のある人たちに対して行われているものが多 らかにするため,作業所の担当者とのやりとり及 い。だが,コミュニケーションは相互のやりとり び家族の人とのやりとりをビデオカメラで撮影 であるため,今後は健常者にもスキルが必要とな した。そのビデオ記録から,会話を黄(2002)が ろう。 用いた定義に従い,以下のように分類した。 そこで本研究では,健常者と障害者のコミュニ 発話数:1 つの文は 1 つの発話(例:貼る?) ケーションを豊かにするために,健常者に必要な とした。複数の文でも接続詞を使って 1 つの文に コミュニケーションスキルを「テキスト」という なっている場合は 1 つの発話(例:おしまいだか 形で教示することで,障害者とのコミュニケーシ ら片付けよう)とした。また,話しているときに ョンが促進されるのかを明らかにすることを目 ポーズがあれば 1 つの発話とした。よって次の例 的とする。 は 2 つの発話とした(例:「あっ」“ポーズ” 「こ れ使って」) 。 C 氏の会話主導権: 「C 氏の発話数」を「作業 C 氏の発話数は D 氏にテキスト提供後の 2,3 所の担当者の発話数および家族の人の発話数」で 日目の方が多くなった(Fig.1) 。また,C 氏の会 割ったものを C 氏の会話主導権とした。2 者間が 話主導権を示す数値も,2,3 日目の方が D 氏と 同等のバランスである状態を示す数値 1 を基準と 同等のバランスである状態を示す数値 1 に近くな した。 っていた(Fig.2) 。 作業所の担当者,家族の人の発話機能:作業所 の担当者,家族の人の全発話を「指示」 , 「WH 型 (回) 40 質問」 , 「Yes/No 型質問」 , 「情報」 , 「正評価」, 「負 35 評価」 , 「応答」 , 「その他」の 8 つに分類した。 結果,作業所の担当者の発話機能は, 「指示」 または「その他」の機能が高く,家族の人の発話 機能は, 「Yes/No 型質問」 ・ 「正評価」および「そ の他」の機能が高いことが明らかになった。また, 対作業所の担当者よりも対家族の人とのやりと BL 37 38 37 34 34 30 25 26 20 18 18 14 16 33 32 30 25 発 20 話 15 数 10 介入期 24 19 18 21 19 22 16 16 32 30 23 22 21 21 D氏 C氏 13 5 0 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ (試行) りの方が C 氏の発話数は多かった。 3.コミュニケーションテキストの作成および Fig.1 C 氏と D 氏の発話数の変化 作成したテキストの妥当性 (20XX 年 6 月~8 月の 3 ヶ月間,20XX 年 9 月の第 1 週) 前項で明らかとなった C 氏のコミュニケー ション行動の実態を踏まえ,「C 氏にどのように 話したら伝わるのか」 ,また「C 氏が返しやすく なるのか」 , 「C 氏の好きなものや興味のあるもの は何か」 ,家族の人の発話機能のうち「その他」 に分類された発話は,どのように使われているの (割合) BL 1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.54 0.6 0.5 0.53 0.54 0.4 0.47 0.3 0.2 0.1 0 ① ② ③ ④ ⑤ 介入期 0.9 0.89 0.81 0.76 0.67 0.67 0.72 0.66 0.59 0.55 C氏 ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ (試行) か,また「それを使うと C 氏はどのような反応す るのか」等を分析した。 この分析をもとに, C 氏と関わる上で大切な 「質 Fig.2 C 氏の会話主導権の変化 これらの結果より,作成したテキストには一定 問」 , 「ほめる」 , 「確認」 , 「理解する・伝える」の の効果があり,参加者 A 氏と B 氏に提供するテ 4 項目をテキストに記した。 キストとして妥当であるとみなした。 テキスト作成後,作成したテキストの妥当性を 調べるため,参加者 D 氏と C 氏にカード作りを 4.A 氏と B 氏が参加した研究の手続き 筆者があらかじめ準備しておいた用具を使 行ってもらい,その会話の様子を評価した。評価 って,参加者 1 名と C 氏で 1 枚のカードを自由に には AB デザインを用いた。1 試行を 3 分間と設 作ってもらうこととした。1 試行を 3 分間とし, 定し,1 日 5 試行ずつ行い,これを計 3 回行った。 参加者は 1 試行ごとに交代し,それぞれ 1 日 5 試 D 氏には 2 日目からテキストを提供し,ベースラ 行行った。C 氏には,各参加者が 1 試行ずつ終わ イン期の 1 日目と介入期の 2 日目の間は 3 日空け るごとに 5 分間の休憩にした。 た。C 氏と D 氏の会話のやりとりをビデオカメラ で撮影し,前項に記した黄(2002)が用いた定義 に基づき分類を行った。 その間,もう 1 人の参加者には,別室で待機し てもらった。 本研究はマルチベースラインデザインで行う ため,A 氏には 2 日目から,B 氏には 3 日目から の発話数の変化を Fig.4,C 氏の会話主導権の変 テキストを提供した。そのため,1 日目は両者同 化を Fig.5 に示した。C 氏の発話数は,介入期の じ部屋で待機,2 日目はそれぞれ別々の部屋で待 方が多くなり,A 氏と B 氏の発話数も増加した。 機,3 日目は両者同じ部屋で待機してもらった。 また,C 氏の会話主導権を示す数値も介入期の方 研究は 20XX 年 9 月の第 2 週から 9 月末にかけて が数値 1 に近い値となった。 行い,1 週間おきに計 3 回行った。 5.データ 45 (1)会話時の発話数の変化および C 氏の会 30 BL A氏 (回) 50 介入期 47 40 39 36 35 話主導権の変化 カード作りの場面を撮影したビデオ記録 をもとに,A 氏と C 氏,B 氏と C 氏それぞれの会 話時の発話数の変化および C 氏の会話主導権の 25 27 20 6 5 ① ② (3)知的障害児(者)に対する態度調査 1 日目と 3 日目に知的障害児(者)に 4 ① して得点化した。 (4)自由記述式のアンケート 各日それぞれ 5 試行終了後に回答し てもらい,その記述内容を比較した。 Ⅲ.結果と考察 1.会話時の発話数の変化および C 氏の会話 主導権の変化 A 氏と B 氏の発話数の変化を Fig.3,C さん ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ ④ ⑤ ⑥ ⑦ 3 4 2 ③ ⑧ ⑨ 12 14 12 6 4 3 2 ② ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ Fig.3 A 氏と B 氏の発話数の変化 (回) 35 対 A 氏 BL 介入期 33 30 26 25 23 22 20 15 15 16 12 11 10 9 20 19 16 14 5 5 4 0 ① (回) 35 ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ 対B氏 30 25 18 15 13 11 8 8 5 5 ① ② ③ ⑤ 12 6 5 ④ 13 9 6 2 4 0 を変更) , “地域交流” , “理念的好意”の 5 次元の 個に○をつけ,回答はそれぞれ 5,4,3,2,1 と ⑨ 8 7 6 0 大谷(2002)による“実践的好意” , “能力肯定”, 「やや思わない」 , 「そう思わない」のいずれか 1 ⑧ 18 10 10 う思う」 , 「ややそう思う」 , 「どちらともいえない」 , ⑦ 20 20 態度尺度を用いた。5 次元 28 項目について,「そ ⑥ 25 対する態度について,質問紙により回答を求めた。 “交流及び共同学習” ( “統合教育”の次元の名称 ⑤ 35 本研究で使用したビデオカメラ(JVC ケ の最大値とし,その変化を分析した。 ④ 40 5 数値のうち,最も高い値をその試行のスマイル% ③ B氏 (回) 50 45 の定義に従った。 た。それぞれの各試行で表示されたスマイル%の 8 0 15 る「スマイル%機能」を用いて C 氏の表情を捉え 24 26 21 12 11 10 30 ンウッドの Everio の GZ-E565)に内蔵されてい 24 17 15 変化を分析した。分析は,項目 2 で記した黄(2002) (2)C 氏の表情(スマイル%)の変化 27 28 ⑥ ⑦ ⑧ 3 ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ Fig.4 C 氏の発話数の変化 BL 対A氏 (割合) 1.2 介入期 1 1 0.96 0.83 0.75 0.8 0.59 0.71 0.6 0.67 0.63 0.58 0.56 0.71 0.57 0.4 0.73 0.7 0.64 0.2 0 ① (割合) 2.6 2.4 2.2 2 1.8 1.6 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ 対B氏 2.5 2 2 1.83 1.5 1.08 1.25 1.14 1 1 1 1 1 0.93 0.75 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ Fig.5 C 氏の会話主導権の変化 介入期に発話数が増加したことから,A 氏と B 氏にテキストを提供したことで C 氏とのコミュ ニケーションが豊かになったといえる。しかし, C 氏の会話主導権を示す数値が 1 よりも小さくな った試行があった。健常者に必要なスキルを教示 した際に,健常者と障害者の間の会話のバランス (点) 6 5 4.67 5 5 5 5 5 4.29 4.14 4 得 3 点 2 2.75 2.5 1日目 1 3日目 0 が同等である状態を維持することが課題と言え Fig.8 B 氏の尺度得点 る。 2.C 氏の表情(スマイル%)の変化 4.自由記述式のアンケート C 氏の表情の変化を Fig.6 に示した。介入期 テキスト提供後の両者の記述に「配布された の方が,C 氏の表情を示すスマイル%の数値が高 テキストの内容を知っているかどうかで変わっ くなり,C 氏の表情がより豊かであった。 よって, てくる」という記述がみられた。 “何も知らない” C 氏にとって介入期の方がよりよいコミュニケー 状態と“知っている”状態には違いがあることを ションであったと考えられる。本研究のように, 経験したことによる気付きと考えられる。 機械に内蔵された機能を活用し,そこから得られ た数値をデータとして扱っているものはみられ Ⅳ.まとめ ない。機械を活用して得られたデータの評価とし 健常者に必要なコミュニケーションスキルを ての妥当性を今後も検討していく必要があるだ 教示することは,障害者とのコミュニケーション ろう。 を豊かにするために有効な手立てであったと考 (%) 90 対A氏 BL えられる。 介入期 79 80 本研究のプログラムは,健常者の障害に対する 73 70 60 48 50 61 54 53 52 51 52 40 知識や障害児・者との接触経験の差,障害児・者 43 37 40 30 の発達レベルや他の障害種における効果は保障 26 20 22 10 0 0 ① (%) 90 ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ 対B氏 できない。そのため,本研究で行ったプログラム の有効性についての検証は継続的に必要である。 80 70 63 62 60 59 52 50 50 41 38 40 51 43 40 黄愫芬(2002)台湾の母親のダウン症児に対する 31 20 10 8 0 0 ① ② ③ ④ ⑤ Ⅴ.引用文献 40 34 30 ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ Fig.6 C 氏の表情(スマイル%)の変化 3.知的障害児(者)に対する態度調査 コミュニケーションスタイル-自由遊び場面 と食事場面の比較を通して-.特殊教育学研究, 40(3) ,283-291. A 氏の尺度得点を Fig.7,B 氏の尺度得点を 犬飼直樹・吉泉豊晴・石川球子・野中由彦・若林 功・ Fig.8 に示した。両者ともに 3 日目の「能力肯定 佐久間直人・石黒豊・平川政利(2007)障害 尺度」および「交流及び共同学習尺度」の得点が 者雇用に係る需要の結合を促進するための方 下がっていた。実際に障害者と関わったことで, 策に関する研究(その 1) [障害者雇用のミスマ “何も知らない”状態と“知っている”状態では ッチの原因と対策] .調査検討部会報告書, 関わる側の意識が変化することを実感し,この意 No.76 の 1. 識の変化や気付きが,3 日目の回答に反映された ものと考えられる。 (点) 6 5 4 得 3 点 2 1 0 黒田未来・東敦子・津田望(2002)重度知的発達 障害児への補助・代替コミュニケーション (AAC)指導.特殊教育学研究,39(5) ,25-32. 5 5 4.42 3.71 5 4.86 3.5 4.75 4.75 大谷博俊(2002)知的障害児(者)に対する健常 3 1日目 3日目 者の態度に関する研究-大学生の態度と交流 経験・接触経験との関連を中心に-.特殊教 育学研究,40(2) ,215-222. Fig.7 A 氏の尺度得点
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