こちらよりダウンロードして下さい。 - 新学術領域研究「転写サイクル

Dec. 2015
NewsLetter
新学術領域研究
「転写サイクル」
Vol. 3
高精細アプローチで迫る転写サイクル機構の統一的理解
Contents
領域代表挨拶 新規公募班員紹介
P. 2
P. 3 〜 10
「転写サイクル」第三回班会議の報告 P. 11
初級者向けインフォマティクス講習会レポート P. 13
班員活動報告
今後の予定・イベント情報 文部科学省 科学研究費補助金「新学術領域 ( 研究領域提案型 )」 平成 24 年度~ 28 年度
Transcription Cycle
http://transcriptioncycle.org/
P. 14
P. 15 〜 16
領域代表挨拶
領域代表からのご挨拶
です。代表の立場としては領域の設定期間内に論文という
領域代表者
目に見える形にしていただけると助かりますが、領域の終
に交流し、将来の成果へと結びつけていただければ幸い
了後も続く関係が構築できれば領域の目的の一つは達成
山口 雄輝
できたことになります。
東京工業大学 大学院生命理工学研究科
そうした交流の場として、本領域では夏の班会議のみ
生命情報専攻 教授
ならず、若手主体のワークショップを冬に設定していま
す。次回は平成 28 年2月4〜6日の日程で山中湖畔で
開催する予定です。この会は班員に限らず誰でも参加可能
新しい公募班員を迎えて後半戦がスタートしました。領
ですので、是非広くお声掛けの上、ご参加ください。さら
域代表者としてすべてが新しい経験で、公募班員を選ぶ
に、トレーニングワークショップと称して講習会的なイベン
作業もまたその一つです。現在の制度では私を含む3名
トを不定期で開催しております。今年度は、新たに公募班
が領域から選ばれ、領域外から選出された5名と合わせ
に加わった村谷さんのご尽力により、平成 27 年 11 月 14
た計8名で審査にあたります。1件の応募につき3名の
〜 15 日に筑波大学において初級者向けインフォマティク
審査員が割り振られて書面審査を行い、その結果に基づ
ス講習会を開催しました。開催レポートが本ニュースレター
き8名全員で合議審査を行います(主査は領域外の方)。 の 13 ページに載っております。
領域外の審査員は第1期と第2期で一部入れ替わりました
し、第1期で選ばれた方が連続して選ばれるしくみは制度
上ありません。結果的に公募班員の2/ 3が入れ替わりま
したが、言い換えれば2期連続して選ばれたのは飛び抜
けて素晴らしい研究課題だったということになります。選
ぶ立場としては皆さんの顔がちらつきますし、中間評価の
コメントにも配慮する必要がある。研究分野や年齢その他
のバランスも考慮する必要がある。領域に課せられた複数
の課題を達成するための組織として何がベストな選択かを
考えながら、数時間の合議審査で 108 件の応募から 18
名を選ぶのは困難を極める作業でした。
さて、本領域は、先端的な科学技術を開発・導入し、
またウェットとドライのアプローチを融合することで、転写
サイクル機構の「統合的理解」を目指しています。生細
胞1分子解析、構造解析、ゲノムワイド解析等の専門家
が領域内には揃っています。そもそも新学術領域研究は
異分野の研究者が出会い、共同研究が生まれ、新しい研
究領域が創り出されるというのが目指すべきゴールなの
で、各分野の専門知識・専門技術をもつ研究者と積極的
P. 2
NewsLetter Vol. 3
「転写サイクル」 班員研究紹介
新規公募班員の紹介
術リソースを有していますので、領域班員の RNA 結合タンパ
核内長鎖ノンコーディ
ングRNAによる転写サイクル制御
秋光 信佳 / Nobuyoshi Akimitsu
( 東京大学 アイソトープ総合センター 教授 )
ク質研究を積極的支援し、領域の発展に貢献したいとも考えて
おります。
ング・RNA 輸 送 などを 適 切 に制
rRNA遺伝子上での包括的なDNA - タンパク相
互作用情報の抽出基盤の構築
井手 聖 / Satoru Ide
( 国立遺伝学研究所 構造遺伝学研究センター 生体高分子研究
室 助教 )
はじめまして、国立遺伝学研究
御することで遺伝子発現を制御し
所の井手と申します。私のような
ているものが知られています。ま
若輩者が新学術「転写サイクル」
た、核内構造体は、転写サイクル
に加えて頂けましたのは、 偏に、
の制御とも密接に関係するゲノム
私 が 留 学 先で携 わった、ある特
DNA の核内動態を制御することも分かってきています。これら
定の DNA 配列に結合するタンパ
の知見から、転写サイクルの制御において核内構造体の構造
クを網羅的に同定できる実験手法
と機能の理解は重要と考えられます。最近、核内に局在化す
(PICh 法) が 領 域の掲 げる高 精
る長鎖ノンコーディング RNA が核内構造体の構造形成・維持
細アプローチとマッチしたからだと
ならびに機能制御において重要な役割を担っている例が報告
理解しております。この新しい方法論の開発の経緯について説
されてきています。そこで、本研究計画で私は、核内長鎖ノ
明し、それを自己紹介に代えさせて頂きます 。
ンコーディング RNA に着目し、長鎖ノンコーディング RNA に
3年と7ヶ月22日。私が留学先、フランスの DEJARDIN
よる核内構造体の形成と構造維持、ならびに核内構造体の機
研に赴き、PICh 法を遺伝子領域に応用させることに要した時
能制御について分子レベルで解明することを目指します。特
間です。そもそも、この地獄のロードに足を踏み入れてしまっ
に、外的ストレスに応答した長鎖ノンコーディング RNA による
たきっかけは、イメージングマススペクトロメトリー(IMS 法)
核内構造体の制御機構を解明することで転写サイクルの理解
の開発のエピソードを聞いたことに起因しています。近年の生
に貢献したいと考えています。具体的には、申請者が見いだし
物学において、顕微鏡下で細胞内又は組織内の構造を光のコ
た短寿命長鎖ノンコーディング RNA(Short-Lived noncoding
ントラストや蛍光により観察することは欠かせません。しかしな
transcripts: SLiTs)に着目し、病原体感染などのストレスに応
がら、見ただけでは、その機能はわかりません。そこで顕微鏡
答して誘導される SLiTs の機能を解明することを目指す予定で
下で観察される構造物を直接イオン化させて、質量分析計で
す。本研究では、次世代シーケンシング技術を用いて核内長
構成因子の情報を抽出する IMS 法は生まれました。転写の研
鎖ノンコーディング RNA によって制御されるゲノム領域の決定
究においても、顕微鏡下で転写が起こると、その遺伝子領域
なども計画しています。そこで、領域内のバイオインフォマティッ
が大きくなったり、転写が止まると、小さくなったりします。染
クス研究者と共同研究することで本領域に参加したメリットを最
色体版 IMS 法 により、それぞれの状態での遺伝子上に結合す
大限生かしたいと考えています。また、核内構造体の構造や
る因子を網羅的に同定できればっと思っておりました。
機能の解明ではライブイメージング解析が強力なツールとなる
そんな折、人工核酸プローブをクロマチン内の DNA にハイ
ため、イメージング解析も積極的に導入して多面的な研究を展
ブリダイゼーションすることで、目的の塩基配列上のクロマチ
開したいと考えています。私は長鎖ノンコーディング RNA の研
ンを精製し、網羅的なタンパクの同定を可能とする PICh 法が
究の過程で RNA 結合タンパク質の機能解析に関する様々な技
発表されました(Dejardin & Kingston, Cell, 2009)。染色体
哺乳動物細胞の核には、10 種
類以上の核内構造体が存在するこ
とが分かっています。核内構造体
の 中 には、 転 写・RNA プロセシ
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NewsLetter Vol. 3
「転写サイクル」 班員研究紹介
末端のテロメア配列に適用されていたので、次は遺伝子コー
2005 年からは熱帯にあるアジアの都市国家シンガポール
ド領域への応用が課題であり、細胞内で比較的多く(100
で、研究室を運営しています。シンガポール国立大の中にある
コピー〜)
、リピート間での配列保存性が高いリボソーム RNA
テマセック生命研究所にて、花をつくる幹細胞の増殖制御と分
遺伝子(rRNA 遺伝子)がうってつけでした。DEJARDIN 研
化の研究をしてきました。ここでは、ホメオティック転写因子の
では、共同研究として別のターゲット配列の精製も試みられて
時間特異的な発現制御機構には、エピジェネティックなヒスト
いましたが、その困難さのため 、一つ、また一つ、プロジェ
ン修飾が作用していることを示しました。花幹細胞制御にかか
クトが頓挫していきました。私も、ネガティブデータの山に耐
わる転写因子とポリコム因子の競合的な作用機構を見つけまし
えかね、諦めようと何度も思いましたが、プローブの設計とク
た。また、花を作るタイミングの制御や花器官形成において重
ロマチン調製法をこだわり抜くことで、最終的に改良版 end
要な機能をもつクロマチン構造タンパク質やヒストンの修飾酵
targeting PICh 法 (ePICh) を 確 立しました(Ide & Dejardin,
素も同定しました。
Nat. Commun., 2015)
。日本においても、このパイプラインを
2015 年 4 月より、奈良先端大学バイオサイエンス研究科に
整備し、rRNA 遺伝子を材料にして、転写のメカニズムの理解
て、花発生分子遺伝学研究室を開始しました。奈良先端大では、
に貢献していきます。
エピジェネティクスー転写—細胞周期とのかかわり、植物がエ
ピジェネティクス機構によって環境情報を記憶して、環境変動
細胞周期の進行に伴うヒストン修飾による転写制御
伊藤 寿朗 / Toshiro Ito
(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス
研究科 花発生分子遺伝学講座 教授)
う研究者の方々より学び、自らの研究の幅を広げていけること
名古屋市出身で、学位は京都
に感謝しております。なにより、転写研究はすべての生命現象
大理学部生物物理の志村令郎先
の根幹であり、これまでの分子生物学、生化学の歴史であると
生の元で取得しました。実際には、
同時に、今後も技術的なブレークスルーを通して、新たな概念
修士、博士の時のほとんどは、愛
の創出が期待される分野であると思います。皆さまとともに分
知県岡崎市にある基礎生物学研
野の進展を体験できますことをとても楽しみにしております。ど
究所で過ごし、岡田清孝先生のご
うぞよろしくご指導、ご鞭撻をお願いいたします。
に柔軟に対応していく仕組みについての理解を進めていく所存
です。
このたび、2015 年より、転写サイクルの班会議に参加させ
ていただき、転写研究の傘の元、さまざまなアプローチ法を行
指導を受けました。花発生におけ
る転写量の少ない遺伝子に着目し
て、発現の組織特異性の高い酵素
の機能解析や花における ChIP アッセイの開発を行いました。
その後、97 年よりカリフォルニア工科大学で 8 年間を過ご
しました。Elliot M. Meyerowtiz 先生の元でのポスドク研究と
して、花のホメオティックタンパク質のターゲット遺伝子群の解
析を行いました。効率のよい転写因子の誘導系と、当時可能
となったゲノム配列にもとづくマイクロアレイと組合わせて活用
しました。これによりホメオティック転写因子が多機能性を持ち、
発生過程を通して、様々な遺伝子カスケードの制御を行ってい
ることを明らかにしました。その過程で、減数分裂誘導の鍵と
なる転写因子などを同定しました。
NewsLetter Vol. 3 「転写サイクル」
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班員研究紹介
ヒストン H3K36 メチル化酵素に着目した転写解剖
浦 聖恵 / Kiyoe Ura
(千葉大学大学院 理学研究科 生物学科 教授)
シングルセル発現解析と核膜変異体ライブラリを用
いた転写サイクル始動機構の解明
佐藤 政充 / Masamitsu Sato
(早稲田大学 先進理工学部 生命医科学科 准教授)
ゲノムワイドのクロマチン修飾
と転写因子さらに転写産物である
第 2 期の公募班に加わらせてい
RNA 情報の集積は、 転写開始か
ただいた佐藤政充です。2001 年
ら伸長・終結まで互いにヒストン
東京大学大学院理学系研究科(生
修飾を介して分子共役しながら進
物化学専攻)山本正幸教授(当
行させる転写サイクル機構の存在
時)のもとで博士(理学)を取得
を示唆する。ヒストン H3K36 メチ
しました。その後,英国ロンドン
ル化は、種を越えて転写活性なゲ
の Cancer Research UK にてポス
ノム領域に集積していることから、当初、転写活性シグナルと
ドク研究員をつとめ,分裂酵母を
しての世界で注目された。しかしこれまでに転写活性化への直
用いて細胞分裂がどのように制御されているのかを細胞生物学
接の関与は示されておらず、主に酵母の Set2 の研究から、転
的に研究しました。実はそこで,同じ研究所で分野は違えど研
写伸長段階でヒストン脱アセチル化を導いてクロマチンを安定
究していた村谷さん(第 2 期班員)と出会うのですが,その後
化し、精巧な転写調整 (Tuning) に寄与すると考えられている。
私が日本に帰国して離ればなれになっていたところ,こうして
また、一方でこの修飾を特異的に認識して結合する DNA 損傷
10 年ぶりに再会を果たし,感激しております。日本に帰国して
修復に関わる複数の因子が見つかって、H3K36 メチル化を介
からは東大の古巣に戻り,助教の立場から 10 人くらいの学生
した転写 - 修復の分子共役も想像されるが未だに判然としな
の博士号取得を支援してきました。
い。
ここで山本正幸先生は私が助教として過ごすあいだ,研究の
私達は H3K36 メチル化が、 従来の転写制御の枠を超え
自由度を与えてくれました。自分自身の研究を進めていくある
たゲノム機能制御に繋がるのではないかと考えて、哺乳類の
程度の自信はあったのですが,いざ学生の研究プロジェクトを
H3K36 メチ ル 化 酵 素 の 一 つ、Wolf-Hirschhorn syndrome
企画立案して実験を指導して論文を書くとなると,他人の人生
candidate 1 (WHSC1, 別名 NSD2, MMSET) に着目してその機
の重みを感じて悩みを抱える日々でした。それでも最終的には,
能解析を進めて来た。
学生達の驚異的な頑張りで論文を出してきました。この経験が,
Whsc1 遺伝子は、成長遅延・精神遅滞、免疫欠損などを
独立してラボをもつ際の良きトレーニングになっていたのだと,
特徴とする 4p- 症候群 (Wolf-Hirschhorn syndrome, WHS) の
今更ながらに実感して山本先生に感謝しています。ちなみにこ
主要な原因遺伝子であり、欠損マウスは骨化の遅延や心房・
の頃に JST さきがけ研究員(生命システム領域)に選んでい
心室中隔欠損、内耳蝸牛の感覚細胞の増殖異常など全身で
ただき,同じ第 2 期班員の伊藤さんと出会うのですが,こうし
様々な分化異常を示して出生直後に死ぬ。また Whsc1 欠損
て再会できてこれまた感激しています。
MEF 細胞は早期に細胞老化傾向を示すが、従来の細胞に蓄積
自分が大学院生だった時分から,細胞が環境に応じて活動
した RNA の網羅的な解析からは遺伝子欠損による特徴的な転
を変化させることに興味を持ち,その細胞の変化がどのような
写異常は見出せない。そこで本研究では、様々な組織の中で
遺伝子で制御されるのかを解明したいと思っていました。今回
Whsc1 欠損マウスが最も顕著な成長異常を示す B 細胞で、新
の「転写サイクル」領域における研究課題はまさにそこに端を
規に合成された RNA に焦点を当てることにより、H3K36 メチ
発していて,細胞が活動していない状態から,周囲の環境の
ル化酵素欠損による転写異常の詳細を明らかにする。H3K36
変化に応じて活動を開始する,その最初の一歩がどのような遺
メチル化制御を切り口に、転写サイクルの分子共役機構に迫り
伝子で制御されるのかを解明したいと考えています。
たい。
当然,細胞周期が開始するキックオフ時には,多くの遺伝子
P. 5
NewsLetter Vol. 3
「転写サイクル」 班員研究紹介
の発現が劇的に変化していると思われます。それを追究するに
の遺伝学的がメインとなりますが、FACT 変異体の表現型解析
あたり,自分にとって(そして多くの酵母研究者にとっても?)
から FACT とヘテロクロマチンタンパク質 HP1/Swi6 の機能的
悲願であった,1細胞レベルでのトランスクリプトーム解析に
重複を発見して以降、生化学的にも FACT 構成因子 Spt16 と
挑むことができ,当領域からのご支援をとても嬉しく思っていま
HP1/Swi6 が直接結合する事を見いだしております。
す。この技術が確立すれば,これまで解析不能であった細胞現
今回提案させていただいた研究計画では FACT と HP1/Swi6
象も転写レベル・遺伝子レベルで説明がつく時代に突入する
の共役によるグローバルな転写制御系の解析というテーマで研
はずですので,班員の皆様の転写サイクル研究に少しでも貢献
究を進めており、ヘテロクロマチン以外にもユークロマチン上
できたらいいな,貢献できるのではないかと自負しております。
で機能する HP1/Swi6 の役割を ChIP-seq や RNA-seq によっ
て解析するに至っております。まだまだ解析の途中ではありま
HP1とFACTの共役によるグローバルな転写
制御機構
高畑 信也 / Shinya Takahata
(北海道大学 大学院理学研究院 助教)
すが転写終結点近傍に FACT と HP1/Swi6 が濃縮して結合す
る事、また両者の結合がコード領域内のアンチセンス RNA の
転写抑制に必要な事が分ってきました。他の班員の方々ともお
互いの長所を活かしながら積極的に共同研究を行なって行き
たいと思っております。今後とも皆様よろしくお願い致します。
この度は新 学 術 領 域「転 写サ
コヒーシンによる転写制御の分子機構の解明
坂東 優篤 / Masashige Bando
代表の山口先生をはじめとする班
員の先 生 方に改めて御 礼申し上 (東京大学 分子細胞生物学研究所 助教)
イクル」に参加させて頂きまして、
げます。転写サイクルには自分が
学生の頃からお世話になっている
方々が多数いらっしゃり、最先端
研究の場であると同時に若手育成
という意味でも非常に優れた場であると思います。
我々はヘテロクロマチンによる転写制御機構に興味をもって
おりまして現在は「エピジェネティクス」
、
「クロマチン動態制御」、
「転写」を仲介する因子群に着目した研究を展開しております。
その中でも特に FACT 複合体の解析を精力的に行なっており、
以下に自己紹介を兼ねて簡単に研究背景を説明させていただ
きます。博士研究員として米国留学中に FACT 複合体が G1/S
期移行の鍵となる転写因子 E2F の出芽酵母ホモログ SBF/MBF
と結合してプロモータークロマチンの構造変換を制御する事を
報告しました。帰国後は北海道大学理学部 • 村上洋太先生の
助力の元で新たに分裂酵母 FACT によるヘテロクロマチン制
御機構の解析をスタートさせました。一般的に FACT というと
RNA pol II と結合している転写伸長因子というイメージが強い
かも知れませんが、細胞内ではかなりグローバルにクロマチン
制御を行なっておりその役割についてはまだまだ未知の部分が
大きいと感じております。我々の解析は表現型を元にした酵母
私は、現在、東京大学分生研 ゲ
ノム情報解析分野 白髭研究室に
所属し、ヒトのコヒーシンの機能に
ついて研究を進めています。コヒー
シンは、DNA 複製により生じた姉
妹染色体間を接着する重要な役割
を持っています。それに加え、高
等真核生物では、転写調節に機能
することが昔から知られておりましたが、その実体は長い間不
明でした。私たちは 2008 年に、ChIP - chip 解析を用いてコヒー
シンの局在領域を明らかにし、この領域で CTCF と共局在する
こと、インシュレーターとして機能することを見つけました。こ
の発見以降、ChIP-seq 解析やゲノムの高次構造の網羅的な解
析といった手法の開発、発展と共に、コヒーシンの転写調節に
おける役割が少しずつ分かるようになってきました。転写活性
化時には、ゲノム上で離れた領域、エンハンサーとプロモーター
のような領域を近接するような構造 (DNA ループ構造 ) を取る
事が知られています。このような染色体の高次構造の形成は細
胞機能を発揮する上で重要で、そこに働く分子の一つとしてコ
ヒーシンが機能するモデルが提唱され、注目されています。こ
NewsLetter Vol. 3 「転写サイクル」
P. 6
班員研究紹介
れまで、コヒーシンの研究の多くは、私たちも含め、ChIP-seq
の多い ( いいかげんな ) 現象であるのに、それによってつくら
解析のようなゲノムワイドな手法を中心として研究を進められて
れる生物の形態は美しいということです。簡単なことではない
きました。しかし、未だにコヒーシンはどのように転写を制御し
ですが、このロジックの解明に近づきたいと思っています。ま
ているのか、その分子レベルでの機構はよく分かっていないの
たこのことは、本研究班にも当てはまると思っておりまして、個々
が現状です。
の研究 ( この場合はいいかげんではありませんが ) が相互に作
そこで、私たちは、転写の研究分野ではご存知の昔から利
用することにより、個々で行っているよりはずっとすてきな成果
用されている in vitro の転写のアッセイ系を立ち上げ、解析を
が得られたらいいなと思っています。
始めました。その解析の中で、コヒーシンやコヒーシンローダー
私どもがモデルとしている形態形成のひとつに、体節形成が
(コヒーシンを染色体に乗せる因子)が転写に直接関わるよ
ありますが、そこでは遺伝子の転写が自律的に ON、OFF を繰
うな証拠を捉えることが出来ました。本研究班では、この in
り返して振動しており、その時間周期性が空間周期性に変換
vitro の実験系を発展、展開し、その成果と共に、これまで培っ
されて、繰り返しパターンである体節が形成されます。つまり
たゲノムワイドの解析も組み合わせて、詳細な転写サイクルに
1 細胞内ではいくつかの遺伝子の転写状態が同調して ON と
おけるコヒーシンの役割について分子レベルで解明したいと考
OFF を繰り返し、近隣細胞どうしでも転写状態の変化が同調し
えています。この領域に参加されている先生方の転写分野の幅
ていることになります。ある時期には転写が一斉に ON になり、
広い研究に触れ、共に研究を進めていく貴重な機会を得られ
また一斉に OFF になるので、転写のダイナミックスを解析する
たと思っています。どうぞよろしくお願い致します。
には最適の系であると考えています。また、発生過程では盛ん
に細胞分裂が起こっていますが、細胞分裂は転写をストップさ
せきつい動物パターン形成における転写制御の同
調性維持機構
別所 康全 / Yasumasa Bessho
(奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス
研究科 教授)
せるので、その細胞の転写状態の位相を変えてしまうノイズと
捉えられます。それにもかかわらず、転写の振動の同調性が保
たれているということは、細胞の相互作用によって転写のタイミ
ングを微調整するしくみがあるということですから、是非そのし
くみを明らかにしたいと考えています。本研究班でもみなさん
との相互作用によって私もみなさんも活性化されると素晴らし
このたびは本研究班に参加する
機会を与えていただきましてありが
とうございます。私は、マウスやゼ
ブラフィッシュなどのせきつい動物
の発生期の形態形成のメカニズム
を中心に研究を進めています。あ
らためていうまでもなく、転写は 1
細胞の核内のそれぞれの遺伝子座
でおこる、きわめてダイナミックな
現象です。個体発生では、個々の細胞が環境情報などを読み
取り、転写によってゲノム情報を読み出して細胞のふるまいを
規定しています。そして細胞どうしの相互作用、つまり細胞の
社会的なふるまいによって生物個体の形態形成がおこります。
ここで私が不思議に思うのは、それぞれの遺伝子座の転写状
態というのはダイナミックな現象ゆえに確率的であり、ばらつき
P. 7
NewsLetter Vol. 3
「転写サイクル」 いです。つまり、キーワードは相互作用でしょうか。
班員研究紹介
内皮即時型応答遺伝子の包括的な転写サイクル制
御機構のシステム解析
南 敬 / Takashi Minami
(熊本大学生命資源研究支援センター 大学院生命
科学研究部 教授)
私の研究室でも内皮増殖因子 (VEGF) での内皮細胞のエピゲ
ノム動的変化を見たところ、ポリコームがあるのに転写された
り、H3K36me3 が転写の足跡になってない(?)など不思議
な事象が次々と出てきました。見えたことはその通りなのでしょ
うが、固定概念をどうやったら打破できるかなと悩んでいたと
ころ、新学術研究公募班に採択されてタイミング良い「カンフ
私の属する熊本大学生命資源
ル剤」になりました。まだまだ解明途上ですが、わからないと
研究支援センター ・ 表現型解析分
ころにチャレンジするのは(資金切れで心が折れなければ)研
野は、平成 27 年 9 月に新設講座
究者の励みになります。また紹介写真に転写サイクル班で親身
としてスタートしました。(この 11
に相談させていただいた別所康全先生から頂いたお花も添えま
月—ようやく、何とか研究室のセッ
した。同じく親しく相談させていただいた秋光信佳先生に感謝
トアップを始めることが出来まし
します。
た。
)
実験が出来なくて申し訳ない時期が続きましたが、これから
分野主任の南は MIT, Harvard 大
再稼働後挽回したいと思います。どうぞよろしくご指導のほどお
学医学部ベスイスラエル病院にポ
願い致します。
スドク、インストラクターとして留学の後、東京大学先端科学
技術研究センターの特任准教授 ・ 特任教授として 13 年間「血
癌特異的クリプティック遺伝子プロモーターの転写
サイクルプロファイリング
りましたたくさんの先生、先輩、同志、ラボの皆様に深く感謝
村谷 匡史 / Masafumi Muratani
致します。
(筑波大学 医学医療系 准教授)
管生物学研究室」を主宰してきました。これまで、お世話にな
さて、新たな熊本の地では新規若手メンバーも受け入れ、こ
れまでの血管動態のゲノムワイドシステム解析、エピゲノム転
写解析に加え、主にマウスを用いた in vivo 血管動態研究も推
進し、日本人の主たる死因である血管病(血栓症 ・ 動脈硬化
症 ・ がん転移)の病態解明やその先の治療法の開発を目指し
ていきたいと思います。また、生命科学研究部の学部 ・ 大学
院も受け持ち、血管研究の新たな成果を発信し、国際的に活
躍できる研究者の場を提供していきたいと思っています。どう
ぞよろしくお願い致します。
私は(遥か昔の)大学院生の時から、転写研究を開始し、
巨核球特異的な転写制御、内皮細胞選択的な転写制御をマウ
ス個体で同定する手法、そして現在は内皮細胞が臓器微小環
境に応じて転写システムが変化し、臓器機能に合致した遺伝子
発現をおこす仕組みや、サイトカイン刺激で内皮転写サイクル
が劇的に変動するエピゲノム制御に興味を持って解析しており
ます。網羅解析手法からゲノムワイドにデータを標準化して有
意な変動を見出すことは既存データからの思い込みによるリス
クを下げて、新たな発見に繋がる可能性もあります。かくいう
様々な因子が順序良く遺伝子プ
ロモーターにリクルートされ、修
飾され、また決まったところで離
れていくといった複雑な転写サイ
クルは、まさに生命の神秘、です
が、実はきちんとした制御が働か
ないと、ゲノム上のいたるところで
起こってしまう事のようです。私た
ちは、癌の臨床組織検体の解析か
ら、普段は使われない「クリプティックプロモーター」領域が、
癌細胞で活性化されていることを見つけ、転写サイクル制御の
視点から、さらなる解析を試みています。
筑波大学付属病院の病理部と渡り廊下でつながっている(徒
歩1分以内です)私たちの研究グループの特徴は、ゲノム・エ
ピゲノム解析と診断病理、
ヒト組織バイオバンクの連携です。
「シ
ンプルな実験系からこそ多くを学べる」、「一つの実験で一つの
ことを明らかにする」、という基礎研究の基本を思い切り逸脱し
NewsLetter Vol. 3 「転写サイクル」
P. 8
班員研究紹介
たような気分にもなる臨床検体のゲノミクスですが、個々の症
田隆先生、郷通子先生、巌佐庸先生がいらっしゃいましたが、
例の多様性、ゲノム上で一見バラバラに制御される多数の遺伝
各先生方は、各々の学生を指導しながら、各々の研究課題を
子、さらにはサンプルの品質も様々、そんな状況を一般的な意
探求なさっていました。僕は、この雰囲気が大好きでしたが、
味とは少し違った「創造性」を発揮して解決していくのが、逆
生来の怠け癖が祟り、大学院には進学できませんでした。
に面白いところです。そして、いったんその壁を乗り越えれば、
会社に就職した僕は、そこで、その後の僕の武器になるコン
誰も解析したことのない情報や、それまで気付かなかった新た
ピュータの使い方を、先輩方の極めて教育的な指導によって学
な視点が手に入るやりがいのあるフロンティアでもあります。
びました。その指導とは、例えば UNIX の使い方の場合、計
私は学生とポスドクで日本、米国、英国、シンガポールと場
算機のログインの方法とひとつのコマンドを教えておしまいで
所を変えながら Gata2、Stat3、Gal4、Srf、Nr4a1 などの転
す。そのコマンドは、「man man」で、オンラインマニュアル
写因子の研究に参加してきましたが、「これが専門」という遺
の引き方を教えてくれるコマンドです。マニュアルの引き方が
伝子や実験系がありません。そうやってしばらく漂流していまし
分かれば、困ったことが起きても、自分で解決することができ
たが、ゲノミクス解析の技術開発プロジェクトを機に、微量サ
ると言うわけです。この会社は、ある企業グループの記念事業
ンプルの ChIPseq などをもとにしたゲノム・エピゲノム統合解
で設立され、公への貢献を謳う以外は、具体的な事業内容に
析を様々なプロジェクトに提供する、技術プラットフォームとい
縛られない会社でした。この会社で、僕は、この会社には未だ
う役割を担うようになりました。いわゆる「橋渡し研究」です。
専門家がいないバイオインフォマティクスと呼ばれる学問分野
帰国してからは日本における臨床検体解析のノウハウも蓄積さ
の研究を始めました。
れつつありますので、今後は微量検体の解析やインフォマティ
微生物ゲノムのバイオインフォマティクス研究を始めた僕は、
クスに加えて、医学研究への展開でも様々な貢献ができればと
周りの先生方に恵まれ、高木利久先生の主査のもとで学位を
思います。これからも面白い研究結果が出るように頑張ります
取得することができました。高木先生は、アカデミアへの転向
のでよろしくお願い致します。
を勧めてくださり、会社まで出向いて上司に話をしてくださいま
した。「後進が育つまで、2 年は待ってほしい」と言う上司に、
「2
次世代シークエンサー解析と情報科学解析で迫る
転写調節コードの普遍性と多様性
矢田 哲士 / Tetsushi Yada
(九州工業大学 大学院情報工学研究院 生命情報
工学研究系 教授)
年ぐらいなら待ちましょう」と応えた高木先生のおかげで、僕
は会社を円満に退社することができました。アカデミアに転向
した僕は、榊佳之先生のもとで、ヒトゲノムのバイオインフォマ
ティクス研究に携わる機会に恵まれました。
僕は、生き物の多様性や普遍性をゲノム配列の視点から理
解しようと研究を進めています。今回、「転写サイクル」に採択
僕が初めて学問に接したのは、
多くのみなさんと同じように、 大
学で所属した研究室でした。研究
室を主宰されていた松田博嗣先生
は、その恩師である湯川秀樹先生
の思想を理学部の生物学科に持ち
込まれました。ある日、「松田先生
はどんな研究をなさっているので
すか?」と尋ねると、「真と善と美の一体化です」とお答えくだ
さり、あっけに取られた僕に、さらに、「美が難しいんですよ」
と畳みこまれました。研究室は、自由にして闊達で、当時、宮
P. 9
NewsLetter Vol. 3
「転写サイクル」 して頂いた研究課題は、その中心的な研究課題のひとつです。
研究のモットーは、面白い研究です。面白い研究とは、その
原義の通り、目の前がぱっと明るくなるような研究です。どうぞ
よろしくお願いします。
班員研究紹介
細胞分化可塑性を規定する染色体高次構造の解析
山本 拓也 / Takuya Yamamoto
(京都大学 iPS 細胞研究所 (CiRA)、物質 - 細胞統
合システム拠点 (iCeMS))
理に迫ることを目的としています。
「転写サイクル」班の様々なバックグラウンドを持った先生方
とのディスカッションや共同研究等を通して、自分自身の視野
を広げ、また、多くの研究成果につなげることによって、本研
究領域に貢献したいと考えております。よろしくお願いします。
京都大学の山本拓也と申します。
私どもの研究室では、体細胞初期
化過程における分子メカニズムの
解明を目標のひとつに掲げ研究を
行なっております。特に次世代シー
研究員が所属する研究機関の所在地
ケンサー等により取得されたさまざ
まな網羅的データを活用し、バイ
オインフォマティクス等の解析技術
(dry) や分子生物学 ・ 生化学等の
実験技術を (wet) をフィードバックさせながら統合的に研究を
推進しています。
「転 写サイクル」 の公 募 研 究 課 題として、 染 色 体の高 次
構造という観点から体細胞が多能性を獲得するメカニズム
の解明に取り組みます。多能性幹細胞の重要な性質の一つ
である多 分 化 能 の 本 質 は、 幹 細 胞で発 現してい な い 遺 伝
子群が分化刺激に対して、 適切に転写を開始できることに
あります。 従って、 多能性幹細胞で発現していない分化関
連遺伝子群がどのような制御を受け、転写を開始する準備
を整えているのかを知ることは重要です。 現在までの研究
により、多能性幹細胞では発生関連遺伝子の多くがバイバ
レントなエピジェネティック修飾を受けることが知られています。
バイバレントなエピジェネティック修飾とは、遺伝子の制御領
域が H3K4 トリメチル化(転写活性化)と H3K27トリメチル化
(転写抑制)の相反する 2 つの修飾を受けている状態のこと
です。体細胞の初期化過程では Nanog や Oct3/4 といった多
能性関連遺伝子の制御領域の染色体高次構造は、その発現に
先行して、ダイナミックに変化することが示されていますが、多
能性幹細胞におけるバイバレントな修飾を受ける染色体の高
次構造に関する知見はほとんど得られていません。そこで、本
研究課題では、特に多能性幹細胞でバイバレントな修飾を受
ける分化関連遺伝子群の制御領域における染色体高次構造を
解析し、初期化過程におけるそれら領域の制御メカニズムを明
らかにすることにより、幹細胞の重要な性質を規定する根本原
NewsLetter Vol. 3 「転写サイクル」
P. 10
班会議 ・ シンポジウム
「転写サイクル」班会議レポート
「転写サイクル」合同班会議
2015 年 8 月 3 日~ 5 日
ホテル暖香園(静岡県伊東市)
2015 年の転写サイクル合同会議は、公募班員やポスドク、
大学院生、評価委員の皆様を含め総勢名が一堂に集い、相部
屋で寝食を共にしながら、研究発表と情報交換、共同研究の
推進などにいそしみました。評価委員からは佐藤文俊先生(東
大・生研)並びに広瀬進先生(遺伝研)にご参加いただき、
広瀬先生からは特別講演をいただきました。
計 32 演題(計画班 12、公募班 19、特別講演 1)の口頭
発表が行われ、活発な議論が交わされました。二日目の夜か
良い緊張感が漂っており、そのためか、車中でのリラックスし
らは、懇親会を兼ねて、若手研究者によるポスター発表(16
た気持ちから自ずと気が引き締まったように感じた。領域代表
演題 ) が行われました。食事をしながらの打ち解けた雰囲気の
の山口雄輝教授(東京工業大学)の開会挨拶を皮切りとして、
中、熱の入った議論は深夜にまで及びました。
30 演題以上の口頭発表が行われた。残念ながらそれぞれの
演題の詳細に関してはここに書ききれないが、今日では次世代
シーケンサーが普及し網羅的解析がすっかり主要な解析手法
新学術領域「転写サイクル」班会議レポート
鈴木 秀文 / Hidefumi Suzuki
(千葉大学理学研究科 地球生命圏科学専攻 生物
学コース 博士後期課程 3 年)
として定着したため、ChIP-seq や 3C-seq/4C-seq などといっ
た解析手法によって転写因子結合部位やヒストンマーク、さら
には高次クロマチン構造などの情報がものすごい早さで蓄積さ
れつつあるといった印象を受けた。また、人工 DNA 結合分子
や人工核酸プローブを利用することによって、目的クロマチン
新学術領域「転写サイクル」の班会議が、8 月 3 日から
領域に結合するタンパク質を網羅的に決定するといった、ChIP
5 日にかけて伊東温泉にて開催された。同領域では、転写開
法とは逆方向の新しいアプローチ手法も確立されつつあり、ク
始から転写終結、そして Pol II のリサイクリングまでを転写の
ロマチンに結合している未知のタンパク質やヒストン修飾の同
一連のサイクルとして捉え、個々の転写制御研究を統合するこ
定に威力を発揮することを期待させられた。各セッション間に
とで転写制御の全体像を定量的に明らかにすることを目的とし
は、20 分程度のコーヒーブレイクの時間が設けられていた。
ている。今回私は、千葉大学の浦聖恵教授の共同研究者(大
コーヒーブレイクは、講演の合間の一息つく時間であるととも
学院生)として同班会議に参加させていただいた。私は遺伝
に、研究者同士の情報交換のための貴重な時間でもある。会
子発現制御の分子メカニズムに興味をもつ一、大学院生であ
議室のあちらこちらでコーヒーを片手に活発なディスカッション
る。他の大きなミーティングでは、そのミーティングの対象とす
が繰り広げられており、先生方の間では、共同研究の話ももち
る領域の多様さや人数的規模などゆえに、転写について満足
あがっていたようであった。そん
いくまで議論することはなかなか難しいものである。この理由
な中で私もまた、コーヒーブレイ
から、転写研究の最前線に立つ国内の研究者が集う同班会議
クの時間を有効に使うことができ
に参加することを、私は非常に楽しみにしていたのであった。
た。 私は、ちょうど自身の研 究
私は伊東温泉の会場まで研究室の後輩と共に車で向かった
室で新しい実験系を立ち上げる
のだが、多少の交通渋滞に巻き込まれながらも、会議の開始
ために試行錯誤していた時期で
間際になんとか到着することができた。名札を受け取り、いざ
あったが、コーヒーブレイクの間
会議室に足を踏入れてみると、そこには堅苦しさとは違った程
に何人かの先生から多くの情報
NewsLetter Vol. 3
P. 11
「転写サイクル」 班会議 ・ シンポジウム
「転写サイクル」班会議レポート
を得ることができたため、大変有意義
思われる。現状の転写研究では、ある
であった。2 日目の夜には、立食パー
細胞種における「細胞分化」や「刺激
ティーを兼ねたポスターセッションが開
応答」といった実に様々なコンディショ
かれた。ドリンク類も振る舞われ、楽
ンのもとで、「転写複合体の形成過程」
しく賑やかな雰囲気の中でのポスター
や「転写伸長過程」などの転写サイク
セッションであった。自分もポスターを
ルの一部をズームアップした形の解析
用意してこのセッションに臨んでいたの
に力が注がれている。もちろん、このよ
で、多くの先生方と研究の深い部分ま
うな個々の部分の解析は言うまでもなく
でディスカッションすることができた。今後の研究の方向性を
重要であるが、あるコンディションでの解析から提唱された制
再確認できただけでなく、普段自分が考えているところとは違
御機構が他のコンディション下でどれほど共通であるのかはわ
う視点からの意見をいただくことができたことはポスターセッ
からない。個々の解析から得られた情報をまとめあげ、普遍的
ションの最大の収穫であった。以前から本班会議を楽しみにし
なものと特異的なものを見分けながら一連の流れとして統合し
ていた私にとって、このような数々の点において非常に充実し
ていくことが今後必要とされることであり、転写研究の最終的
た会議であったと感じた。
なゴールの1つなのではないかと思う。もっとも、このような
「ミーティングでは、他の研究者がどのような手法でどういっ
情報の統合化を行うにはまだまだ情報が不足しており、統一的
た視点から研究課題にアプローチしているのかを学ぶこと、そ
理解に至るまでには今後十数年、あるいはそれよりもっと長い
して当該分野の研究の現状を感じ取ることが重要である」とい
時間を要するかもしれない。それゆえ、長期的な視野をもって
うことを、
ある先生から教えていただいたことがある。今振り返っ
転写制御の全体像を解き明かしていくために、現時点で学生
てみれば、この点においても、転写サイクル班会議に参加でき
である自分たちを含めた若い世代が転写研究の流れを正しく引
たことは自分にとって意味があった。第一線で活躍されている
き継ぎ、転写研究を推進していかなくてはならないだろう。そ
先生方の考え方を学び、転写研究の現状を自分なりに肌で感
の意味において、様々な世代の研究者同士が会議室のいたる
じることができた。しかしその中で、これからの転写研究の課
ところで緻密なディスカッションを繰り広げ、意見交換がなさ
題もまた、感じられた。化学や物理学の強みは、ある条件を
れていた本班会議は、これからの転写研究の発展のために非
指定すればそこから起こりうる現象がある程度予測できること
常に重要な役割を果たしているのだと強く感じた。
であるのに対して、生物学はまだまだ曖昧な部分が多いように
NewsLetter Vol. 3 「転写サイクル」
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班会議 ・ シンポジウム
「転写サイクル」班会議レポート
初級者向けインフォマティクス講習会に参加して
山口 雄輝
(東京工業大学 大学院生命理工学研究科)
新たに公募班に加わった村谷さんのご尽力により、 平成
27 年 11 月 14 〜 15 日に筑波大学において初級者向けイン
フォマティクス講習会「ウェブツールで始められる RNAseq、
ChIPseq、発現アレイデータの解析・比較」が開催されました。
ゲノム情報解析に関するトレーニングワークショップは以前にも
藤井聡さん(九州工業大学)の主催で行いましたが、それ以
降、公募班員の一部が入れ替わり、また開催して欲しいという
要望も多く寄せられたため、2度目の開催と相成りました。九
ですが、自分自身の勉強は疎かになっていて、自らデータを取
工大での講習会は、LINUX を用いてコマンドを駆使してシー
り扱うことは最近ありませんでした。この講習を受けて、視界
ケンサーから出てきた生データを処理するといった、やや高
がすーっと晴れた気持ちになりました。
度かつデータ解析の基礎となる内容が中心でした。今回はそ
本講習会は村谷さんの司会で進められ、研究室の方々にサ
れと相補的な内容、すなわち初期の解析が済んだデータセッ
ポートいただきました。50 ページ以上の講義資料も準備いた
トを Galaxy や UCSC Genome Browser といった様々なウェブ
だき、沢山のツールをご紹介いただく盛り沢山の内容でした。
ツールを用いて解析するという内容になりました。両方のワー
もっと時間があれば1つ1つより詳しく出来たのに、と、限ら
クショップに参加した私の正直な感想として、どちらもとてつも
れた時間が恨めしく感じられました。駆け足になった部分もあり
なく役立ちました。
ますが、講習会の概要を皆様にもご紹介したいと思います。
講習会で教わる内容は、実はネットを検索すれば自習でき
- RNA 発現解析、ChIPseq 解析結果を用いたパスウェイ解析。
ます。ネット上によく出来たチュートリアルもあります。しかし、
DAVID、REACTOME、PANTHER、GREAT、Galaxy ツ ー ル、
多くの方が似た経験をしていると思いますが、情報解析を始め
遺伝子名と GeneID の変換、ベン図の作成。
てみると、ほんのちょっとしたこと、たとえば不要な1行がデー
- UCSC ブラウザの基本操作と様々なデータセット。UCSC ブ
タに含まれていたとかでエラーが返ってきてしまい、そのトラ
ラウザへのデータのアップロード、 気になる遺伝子周辺の
ブルシューティングに何時間も費やすといったことが頻繁に起こ
ChIPseq ピークの可視化、フィギュアパネルの作り方。
り、心が折れてしまいそうになります。一通りのデータ解析を、
- プロモーターや ChIPseqピークのモチーフ解析。ChIPseqピー
目の前の解説を聞きながら行い、つまづいたときにはすぐ質問
ク領域のモチーフ解析、転写因子結合サイト解析 (DREME、
して対処できる講習会は、勉強途中の者にとってスキルアップ
TOMTOM)。
の絶好の機会となります。
- アレイ解析結果などの遺伝子リストからプロモーター領域の
ウェット系研究者の身近に、ぽんぽん解析をお願いできるバ
塩基配列を取得。RNAseq データを用いた場合 ( アイソフォー
イオインフォマティシャンが常にいるわけではありません。
ウェッ
ムや lincRNA を考慮したプロモーター解析 )。
ト系研究者も情報解析のリテラシを高め、ある程度の解析を一
- 3' 末端 UTR 配列の miRNA ターゲット解析。アレイ解析結
通りこなせるようになれば、データの誤った解釈を避けることが
果などの遺伝子リストから 3' 末端 UTR の塩基配列を取得、
できますし、バイオインフォマティシャンの負担を軽減し、研
RNAseq データを用いた場合 ( アイソフォームを考慮した 3'
究を効率化できるようになります。そしてバイオインフォマティ
末 端 UTR 解 析 )、TargetScan データベースとの比 較による
シャンとはより高度な解析の相談をし、実りある共同研究を行
miRNA ターゲット解析。
えるようになります。そう考えて私の研究室では数年前から基
村谷さんと研究室の皆さんにこの場を借りて感謝申し上げま
本的な情報解析は自前でできるよう環境を整えつつあるところ
す。
NewsLetter Vol. 3
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「転写サイクル」 班員活動報告
新学術領域「転写サイクル」第1回国際シンポジウム
冬の若手ワークショップ 2016」開催のお知らせ
日時:2014 年 11 月 24 日(月)
さて、今年も「冬の若手ワークショップ 」を転写研究会、
場所:東京工業大学 大岡山キャンパス 蔵前会館
世話人:山口 雄輝(東京工業大学 生命理工学研究科 生命情報専攻)
共催:文科省科研費新学術領域研究『転写サイクル』
冬の若手ワークショップ 2015
日時:2015 年 2 月 5 日(木)〜 7 日(土)
(2 泊 3 日)
場所:ホテル松本楼(伊香保温泉)
世話人:山口 雄輝(東京工業大学 生命理工学研究科 生命情報専攻)
共催:新学術『転写サイクル』領域、
『転写代謝システム』 領域および転写研究会の3者共催
「転写サイクル」第3回領域会議
日時:2015 年 8 月 3 日(月)~ 5 日(水)
場所:ホテル暖香園(静岡県伊東市)
世話人:緒方 一博(横浜市立大学 大学院医学研究科 生化学教室)
初級者向けインフォマティクス講習会
新学術「転写代謝」領域、新学術「転写サイクル」領域の三
者合同で開催する運びとなりました。つきましては参加申込
等の詳細をご案内させていただきます。お忙しい時期とは存
じますが、万障お繰り合わせの上ご参加下さいますようお願
い申し上げます。本ワークショップは若手主体の会です。学
生や若手研究者の積極的な参加と発表を是非ともお願いいた
します。また、本ワークショップに興味を持たれる方が周囲
にいらっしゃいましたら、本告知をご回覧いただけますと幸
いです。
日時:2016 年 2 月 4 日(木)午後から 2 月 6 日(土)
午前まで(2 泊 3 日)
会場:山中湖畔荘 ホテル清渓(山梨県南都留郡山中湖村)
〒 401-0502
山梨県南都留郡山中湖村平野 506-296
TEL 0555-62-0020
http://www.nippon-seinenkan.or.jp/seikei/
日時:A コース:2015 年 11 月 14 日 ( 土 ) 9:30 〜 17:00
参加費用:23,380 円 ( 内訳 宿泊費 9,800 円× 2 泊、2 日目
B コース:11 月 14 日(土)12:00 〜 17:00
昼食代 1,080 円、2 日目懇親会費 2,700 円 )
11 月 15 日(日)
9:30 〜 13:00
場所:筑波大学 医学地区
全日程参加できない場合、お申し出に基づき減額いたします。
講師:村谷 匡史(筑波大学・公募班員)
•
転写サイクルセミナー
お送りしますので、
•
日時:2015 年 12 月2日(水)
17:00 ~ 18:00
場所:長崎大学医学部 良順会館ボードインホール
参加登録の受領後、支払額と支払方法を記したメールを
事前に銀行振込にてご入金くださいますようお願い申し
上げます。
•
ご宿泊は和室相部屋 ( 定員 7 名 ) が基本となります。洋
演者:Prof. James T. Kadonaga (US San Diego)
室 (1 室 2 名 ) 利用は 1 泊あたり 1,500 円プラスとなり
演題:Noncanonical histone-containing particles in dynamic ますが、ご希望の方はお申し出ください。
chromatin
主催:新学術転写サイクル領域
プログラム概要:
世話人:伊藤 敬(長崎大学医学部生化学教室)
プログラム案は以下の通りですが、変更の可能性があります。
● 1 日目・2 月 4 日 ( 木 )
14:00 ー 17:30 口頭発表
18:00 ー 19:00 夕食
19:30 ー 21:00 口頭発表
NewsLetter Vol. 3 「転写サイクル」
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今後の予定 ・ イベント情報
参加と発表の申し込み:
● 2 日目・2 月 5 日 ( 金 )
参加登録:参加を希望される方は、以下のリンク先より 1
07:30 ー 09:00 朝食
名ずつご登録ください。
09:00 ー 12:00 口頭発表
http://goo.gl/forms/2uy0ZRnVP9
12:00 ー 13:00 昼食
参加登録期限 2015 年 12 月 28 日 ( 月 ) 正午
13:00 ー 15:00 口頭発表
発表要旨:発表を希望される方は参加登録後、要旨見本 .doc
15:00 ー 18:00 ポスター発表
に従って要旨を作成し、以下の問い合わせ先に添付ファイル
18:30 ー 20:30 懇親会
でお送りください。要旨送付期限 2016 年 1 月 15 日 ( 金 )
● 3 日目・2 月 6 日 ( 土 )
お申し込み・お問い合わせ先:
07:30 ー 09:00 朝食
[email protected]
09:00 ー 11:00 口頭発表
交通アクセス:
方法1
新宿駅 -( 所要 2h15m 程度 )- 山中湖旭日丘バスターミナル ( ホ
テルから約 900m)
http://bus.fujikyu.co.jp/highway/detail/id/1
方法2
東京駅 -( 所要 2h30m 程度 )- 富士山山中湖 / ホテルマウント
富士入口 ( ホテルから約 3km)
http://bus.fujikyu.co.jp/highway/detail/id/5
*到着時間に合わせて各バス停からホテルまで送迎を用意す
る予定です。
2015 冬の若手ワークショップ、ポスター発表の様子
NewsLetter Vol. 3
P. 15
「転写サイクル」 今後の予定 ・ イベント情報
転写サイクル ・ イベントカレンダー
1月
2月
3月
4月
5月
6月
ワーク
ショップ
ワーク
公募班
第2回トレー
まとめ。成果報告書提出
ショップ
ワーク
平成29年
評価結果の シンポジウ
通知
ム
公募班(H27~28)の
第4回班会
公募班
議
(H27~
28)の決定
第2回国際
平成27年度の成果とり
シンポジウ
まとめ。成果報告書提出
ムと第5回
班会議の合
2016
ワーク
アリング
平成26年度の成果とり
ショップ
冬の若手
第3回班会
ヒアリング 第1回国際
公募
まとめ。成果報告書提出
2015
冬の若手
中間評価ヒ
議(山梨)
平成25年度の成果とり
(群馬)
平成28年
頼。提出
(ゲノムワイ
(群馬)
ワーク
ニングWS
(1分子観察)
議(箱根)
中間評価資料の作成依
ド情報解析)
冬の若手
議(長崎)
26)の決定
ニングWS
12月
第1回班会
第2回班会
(H25~
ショップ
2014
11月
第1回トレー
まとめ。成果報告書提出
2013
冬の若手
10月
平成24年度の成果とり
(鬼怒川)
平成27年
9月
上げ
冬の若手
平成26年
8月
領域の立ち
平成24年
平成25年
7月
同開催
事後評価ヒ
平成28年度の成果とり
アリング
まとめ。成果報告書提出
ショップ
ヒアリング
評価結果の
通知
5年間の成果とりまと
2017
め。報告書作成。
将来の予定は目安であり、変わっていく可能性があります。ホームページ等で随時、情報を更新していきますので、ご確認ください。
発
行
文部科学省科学研究費補助金「新学術領域(研究領域提案型)」平成 24 年度〜 28 年度
「転写サイクル」
Integral Understanding of the Mechanism of Transcription Cycle through Quantitative High-resolution Approaches
Grant-in-Aid for Scienctific Research on Innovative Areas
"Transcription Cycle"
高精細アプローチで迫る転写サイクル機構の統一的理解
発行責任者
山口 雄輝 (東京工業大学 大学院生命理工学研究科)
編集責任者
緒方 一博 (横浜市立大学 大学院医学研究科)
NewsLetter Vol. 3
「転写サイクル」
P. 16