映像遅延装置と分析支援教材の併用による動作イメージの習得に関する

映像遅延装置と分析支援教材の併用による動作イメージの習得に関する研究
岡山県立玉島商業高等学校
教諭 生
田
治
男
研究の概要
近年,体育の授業において,ビデオカメラなどを活用したイメージトレーニングが積極的に導入されて
いる。しかし,限られた機器を活用した授業では,全員の生徒が十分に自分の動作を振り返るまでビデオ
等の映像を見ることができないため,満足のいく効果が上げられていないのが現状である。そこで,本研
究ではビデオ映像に加え16分割連続表示画像などの分析支援教材を併用することによって,全生徒が各自
の動作を十分に観察することができ,より深い技術分析が可能なシステムを開発した。その結果,技術ポ
イントの理解度,改善点の把握,イメージ伝達の工夫に顕著な効果が見られ,動作イメージの習得が促進
された。
[キーワード] バレーボール
1
映像遅延装置
分析支援教材
イメージ伝達の工夫
が見られるようになることを検証する。
はじめに
これまでビデオを用いた授業実践が多く報告さ
れており,動画によるフィードバックが運動学習
に有効であることは概ね認められている(1)。しか
し,体育の授業において全員の生徒が均等に動画
を活用することや,短時間の機器操作で十分な分
析を行うことは非常に困難である。
これらの問題を解決する方法として,動作解析
ソフト「スポーツミラー(2)」の録画・再生機能を
用いた映像遅延装置の活用報告がある。小澤らは,
映像遅延装置の活用で,運動後すぐに自分のフォ
ームやプレーを見ることができ,運動の修正が容
易になるとしている(3)。
本研究では,この映像遅延装置に加え,「スポー
ツミラー」のもう一つの機能であるスロー再生や
分割写真による分析支援のための教材を作成し併
用することで,技術ポイントの明確化を図り,動
作イメージの習得を促進させる授業実践を行った。
さらに,分割写真を基に学習を評価するワークシ
ートを用いて分析を行った。
2
動作イメージ
研究の目的と視点
2.1.研究の目的
映像遅延装置でフォームをリアルタイムに確認
するとともに,分析支援教材として,16分割連続
表示画像(以下,連続写真という),ワークシート
を活用し,活動状況を振り返ることによって,生
徒が繰り返し何度でも各自のペースで画像を分析
することが可能となる。そして,技術ポイントの
理解と改善点の把握が進み,イメージ伝達の工夫
2.2.研究の視点
スポーツにおいて動作を習得するためには「動
作イメージ」を獲得することが重要であり,さら
に「理想の動作イメージ」と「自分の動作イメー
ジ」を近づけていく作業が必要となる。まず,「理
想の動作イメージ」を獲得するために,模範映像
の提示による示範が広く行われている。次に「自
分の動作イメージ」を獲得するためには,視覚的
フィードバックが極めて有効である。しかし,両
者ともイメージ定着のためには反復学習が必要で
あり,授業という限られた時間内では,全員がそ
れぞれの動作を納得がいくまで分析し活用するこ
とは難しい。そこで,イメージ定着の促進を図る
ために連続写真などの分析支援教材を活用した。
3
活用した情報アイテム
3.1.映像遅延装置
ノートパソコンとビデオカメラとUSBフラッ
シュメモリータイプの動作解析ソフト「スポーツ
ミラー」を用いることによって,簡易に遅延再生
が可能なシステムが構築できる。これによってア
タックを打った後,すぐに自分のフォームを見る
ことができ,フォームの修正が容易である。
3.2.分析支援教材
(1) 模範写真
「理想の動作イメージ」を獲得するためにアタ
ックの模範映像を事前に撮影し,
「スポーツミラー」
- 21 -
1,5月18日
自己評価
改善点等
5・4・③・2・1
技術のポイント
右打ちで説明
助走タイミング
2,5月29日
自己評価
改善点等
5・④・3・2・1
3,6月1日
自己評価
改善点等
5・④・3・2・1
どの辺でスタート スタートのタイミ
1 ボール投げ上げ(トス)
タイミングを覚え
のタイミングにあわせ
すればよいか分 ングがだいたいつ
る
て,助走を開始する。
かってきた。
助走リズム(2歩)
5・4・3・②・1
かめた
5・④・3・2・1
出す足を間違えてい ターン,タ・タの
2 ①左足,②右・左足ほ
リズムが分かって
たのに気づいたか リズムができるよ
ぼ同時。(ターン,タ・
いない。
タ)
かかと着地
5・4・③・2・1
ら,少し分かった。 うになった
5・4・3・②・1
5・4・③・2・1 5・4・③・2・1
足の裏全体でジャ
3 助走の着地は必ずか
爪先から着地して まだ爪先で着地す
かとから入る。(爪先か
ンプするよう気を
しまう
らは厳禁)
踏み込み
5・4・3・②・1
4 高くジャンプするため
に,膝を曲げて深く踏
練習不足
る
5・4・3・②・1
膝を曲げる
み込む。
図1
付けた
5・4・③・2・1
少しだけど踏み込
めるようになった
両腕後方振り
5・4・③・2・1 5・4・③・2・1 5・④・3・2・1
両腕を大きく後ろ
5 踏み込み動作にあわ
腕の振りを大きく
せて,両腕を伸ばして
腕ふりを大きく に振れるように
する
スポーツミラーによる模範写真
大きく後ろに高く引く。
ジャンプ
を用いて,左上から右下へとつながる16コマ連続
の分割写真を作成した(図1)。
(2) 連続写真
生徒一人一人のアタックを事前の授業で撮影し,
模範写真と同様に作成した。また,各授業後にも
ノートパソコンに保存された動画から,各自のベ
ストアタックを教師が選び,次の時間に配布した。
これによって,生徒が各自技術分析を行うことが
可能となった。
(3) ワークシート
振り返りのための資料として,ポイント,自己
評価,改善点,アドバイスを記入する用紙を用意
した。
a.ポイント欄
助走タイミングなどアタック技術習得に必要な
ポイントとその説明を提示した(図2)。
b.自己評価欄
アタックのポイント毎に5段階で生徒が自己評
価する(図2)。
c.アドバイス欄
班内で練習パートナーを決めておき,お互いに
助言し合い,その助言内容を後からも確認できる
よう記入欄を用意した(図3)。
d.改善点記入欄
実施日毎に活動を振り返り,自己評価と他者評
価であるアドバイスを参考にしながら,改善点を
記入できるようにした(図2)。
なった
5・4・③・2・1
5・4・③・2・1
6 後ろに引いた両腕を,
思っている以上に
前方に強く振り上げな
もっと飛ぶ
もっと飛ぶ
がら真上にジャンプ。
逆腕振り上げ
7 左手を高く振り上げ,
ボールを指すような状
5・4・③・2・1
態で保持する。
利き腕バックスイング
8
5・4・③・2・1
打点(ミートポイント) 5・4・3・②・1
5・4・③・2・1
5・4・③・2・1
5・4・3・②・1
5・4・③・2・1
ひじを伸ばしてい 少しだけどひじを
なかった
伸ばして打てた
ボールをとらえる。
打撃(スイング)
5・4・3・2・①
5・4・3・2・①
5・4・3・②・1
手首のスナップを
腕を振り下ろさないで
うでを振り落とし うで全体でボール
手首のスナップで打
使うよう注意しな
てしまう
を打っていた
つ。(打点確認のため)
がら打てた
図2
ワークシート(改善点等の記入例)
1,5月18日
2,5月29日
○ジャンピング!!
3,6月1日
○もう少しアタックに
いくときに足のリズム
○動きを大きく
をとれたら,もっと良
くなると思う。
○手を大きく振る
○うでを大きく後ろに
ふり,自分をカスタ
○うでをシュワッチ!!と ネットに例えてがんば
のばす。
るともっと良いと思う!!
○タイミング
○ジャンピング
図3
4
5・④・3・2・1
手を高く振り上げ
るよう気を付けた
左手の振り上げと同時
に,右肩を後方に大きく
引いて肘を高く保つ。
9 右腕の肘を伸ばして,
前方の高い位置で
10
5・4・③・2・1
手を振っていな
かった
5・④・3・2・1
まだまだ飛ぶこ
と!!
アドバイス欄の記入例
授業実践
授業は,平成18年5~6月に岡山県立玉島商業
高等学校第3学年女子のバレーボール選択者24名
を対象に行った。対象者は,すでに第1・2学年
でもバレーボールを選択している者が多く,レシ
ーブなどの基礎は習得できている。そこで,本研
究ではアタック技術の習得を題材とし,バレーボ
ール12時間のうち後半3時間で映像遅延装置と分
析支援教材を併用したアタック練習の実践を行っ
た。
- 22 -
4.1.学習のねらい
○ アタック技術のポイントを知り,上達を目指
して意欲的に練習に取り組む。
○ 情報アイテムの活用によって,自己の動作イ
メージの改善を図る。
○ チームメイトの改善点を的確にアドバイスし
合う。
4.2.授業展開(1単位時間の展開)
(1) 導入(動作イメージ作り)
○ 模範映像のスロー再生で動作の全体像をつか
む。(第1時のみ)
○ 模範写真で動作を確認する。
○ ワークシートでアタックのポイントを把握
する。
○ 各自の連続写真と模範写真を比較し,アドバ
イス欄の記述等を参考にして改善点を再確認す
る。
(2) 展開1
映像遅延装置で動作をチェックしながら繰り返
し練習する(図4,図5)。
○ 高い位置でボールをキャッチ(ミート)する。
(第1時)
○ 助走開始のタイミングと助走のリズムをつか
む。(第2時)
○ アタック動作の完成を目指す。(第3時)
図4
映像遅延装置で
確認している様子
図5
動作イメージの確認をし
ながら反復練習を行う様子
(3) 展開2
ゲーム(特別ルール;アタック練習を生かすた
めに,レシーブ→トス→アタックという具合に三
段攻撃でポイントが入れば2点とする。)
(4) 本時のまとめ
○ ワークシートを用いて本時の上達度をポイン
ト毎に振り返る。
○ 練習パートナーに対して発した助言をお互い
に再確認してアドバイス欄に記入する。
○ 次時の活動につなげるため改善点を見つけて
記入する。
5
分析結果と考察
実践の事前・事後の調査として,アンケート及
びスキルテスト(アタックが10本中何本決まるか)
を実施した(表2)。アンケートは質問9以外すべ
て5件法で行い,5は「最も肯定」
,4は「肯定」,
3は「中間」,2は「否定」,1は「最も否定」と
した。なお,質問9については技術ポイントの記
述から,類似のものやあいまいなものなどを除外
して有効記入数としてカウントした。
実践の前後で行った調査結果をt検定により分
析し,その結果を表2に示す。なお,標本数はす
べて23である。
アンケート平均の事前と事後の平均値の(m,SD)
は,(3.2,O.8)から(3.8,0.5)になった。有意差
検定を行った結果,有意水準0.1%で有意差が認め
られ,事後の平均値が上昇したことがわかった。
それぞれの分析結果を次に記述する。
5.1.技術ポイントの理解
問4「ポイントの理解度(意識)」の事前と事後
の平均値は2.5から3.8と上昇し,有意水準0.1%で
有意差が認められた。
問9「ポイントの理解度(有効記入数)」の事前
と事後の平均値は1.2から2.3と上昇し,有意水準
0.1%で有意差が認められた。
ワークシートを活用し,ポイントを一つ一つ確
認しながら練習を繰り返すとともに,模範写真と
連続写真を納得いくまで比較することによって,
ポイントの把握が進んだものと考えられる。また,
問9の記述内容もあいまいな表現や単語による表
現が減り,「手を思いっきり後ろに振る」,「足はタ
ーン・タタのリズムで助走する」など具体的な表
現が多くなった。ワークシート等を活用すること
によって,ポイント認識の強化が図られたものと考
えられる。
5.2.改善点の把握
問5「自分の改善点把握」の事前と事後の平均
値は2.7から4.1と上昇し,有意水準O.1%で有意差
が認められた。
問7「仲間の改善点把握」の事前と事後の平均
値は2.9から3.4と上昇し,有意水準5%で有意差
が認められた。
技術ポイントの理解と同様,分析支援教材を活
用することによって,自らの技術分析が特に進ん
- 23 -
表2
事前・事後アンケート等についてのt検定結果
平均値
質 問 内 容 等
前
問1.バレーボールが好きですか
問2.アタックの練習は楽しいですか
問3.アタックが上手に打てるようになりたいですか
問4.アタックを打つ際の技術のポイントが分かりますか
問5.アタックに関して自分の改善点が分かりますか
問6.チームメートのアドバイスは参考になりましたか
問7.アタックに関してほかの人の改善点が分かりますか
問8.チームメイトに対してアタックの改善点をアドバイスできましたか
問9.アタックを打つ際の技術ポイントを分かる範囲で記入してください
アンケート平均
スキルテスト(アタック決定本数 n/10)
4.4
3.8
4.4
2.5
2.7
4.0
2.9
2.5
1.2
3.2
7.7
標準偏差
後
4.7
3.6
4.7
3.8
4.1
4.5
3.4
3.4
2.3
3.8
8.8
前
0.9
0.9
0.7
1.3
1.5
1.1
1.4
1.4
0.8
0.8
2.4
後
0.6
1.2
0.6
0.9
0.8
0.6
1.1
0.9
1.4
0.5
1.3
t値
2.01
-0.95
1.55
5.26
5.58
2.42
2.52
3.32
4.48
5.30
2.74
有意水準
+
***
***
*
*
**
***
***
*
※有意水準の記号***,**,*,+はそれぞれ有意水準0.1,1,5,10%で有意であることを表す。
ックを打つことができ,技術的に大きな向上が見
られた。
だものと思われる。
5.3.イメージ伝達の工夫
問6「仲間からのアドバイス」の事前と事後の
平均値は4.0から4.5と上昇し,有意水準5%で有
意差が認められた。
問8「仲間へのアドバイス」の事前と事後の平
均値は2.5から3.4と上昇し,有意水準1%で有意
差が認められた。
活用前には各自の技術ポイントの把握が不十分
であったことや,説明するための資料がなかった
ために,バレーボール部員以外からのアドバイス
はほとんどなされていなかった。遅延再生映像を
見ながらアドバイスしあう場面や,ワークシート
に記入する際にお互いに話し合いながら記入する
など,積極的にコミュニケーションを取り合う姿
が見られた。
また,図3の記入例のように,
「腕をシュワッチ!!
と伸ばす」,「自分をカスタネットに例えて…」な
ど,アドバイスの際にそれぞれの動作が相手に伝
わりやすいよう,自分で獲得したイメージを別の
言葉に置き換えて分かりやすく表現しており,動
作イメージが定着しさらに自分なりの表現へと発
展していく様子がうかがえる。
5.4.アタック技術の向上
スキルテスト(アタック決定本数)について,
事前と事後の平均値は7.7から8.8と上昇し,有意
水準5%で有意差が認められた。事前のテストで
は,フォーム等はばらばらで,助走はほとんど無
く,フェイントのようなゆるいボールでぎりぎり
ネットを超える状況であった。本研究の実践後に
は,多くの生徒が2歩助走を習得し勢いあるアタ
6
まとめ
体育の授業において映像遅延装置のみでフォー
ムの確認を行うだけでは,一人一人の生徒が動作
イメージという情報を十分に活用することが困難
であるが,映像遅延装置と分析支援教材を併用す
ることによって,それぞれの生徒が繰り返し何度
でも各自のペースで画像を分析し,ポイントの理
解度,改善点の把握度が上昇し,イメージ伝達の
工夫が見られ,動作イメージの習得が促進された。
7
おわりに
連続写真の配布は,各自が映像資料を必要に応
じて繰り返し利用できるので,振り返り学習に有
効である。「スポーツミラー」を用いることによっ
て,単純な作業で簡単に連続写真を作成すること
ができるが,生徒全員分の連続写真を作るために
は多くの時間が必要である。日々の実践に活用す
るため,操作の自動化など省力化の方法を研究す
る必要性を感じた。
[参考文献等]
(1) 賀川昌明:“大学体育実技授業におけるWebペ
ージを利用したマルチメディア情報提示の効
果”,日本教育工学会論文誌,Vo1.29,Supp1.,
PP.37-40(2005)
(2) スポーツミラー:http://sportsmirror.jp/,
株式会社 ニューフォレスター
(3) 小澤治夫,西嶋尚彦:“歓声があがる科学的体
育授業”,教職研修,2005.10,pp.92-95
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