中小企業の事業承継支援とファミリービジネスの再評価

中小企業の事業承継支援とファミリービジネスの再評価
有限会社薗田経営リスク研究所
中小企業診断士 認定事業再生士(CTP)
薗田 恭久
中小企業白書によると、わが国の中小企業の経営者の平均年齢はこの 20 年間で約 5 歳上
がり、今後もさらに高齢化傾向にあるようである。また、近年中小企業の廃業も多く、そ
の理由として後継者不足を挙げる企業が 4 分の1にのぼるといわれている。ところがその
対策が進んでいないこともあり、近年わが国の重要な政策テーマとして各種の事業承継支
援策が進められている。このような状況の中で、経営支援の実務家が支援先企業の事業承
継を円滑に進める上でどのような対策を取るべきか、そのポイントを整理してみたい。ま
た、わが国の事業承継スタイルを考える上で、最近にわかに注目が集まってきたファミリ
ービジネスに対する再評価の潮流について述べてみたい。
1.さまざまな支援施策の活用
わが国ではこれまでも中小企業の事業承継の円滑化に向けた支援施策は実行されてきた。
ただ、事業承継支援の先進国であるヨーロッパ諸国等と比べると対策が非常に遅れていた
ことは否めない。ようやく数年前からその対策が真剣に検討されてきて、本年度(平成 20
年度)一挙に具体的な形で登場してきた。その内容は次のようなものである。
(1)法律の制定
本年 5 月に「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(以下、経営承継円滑
化法という)
」が制定され、本法律の施行日である平成 20 年 10 月 1 日以降、以下の 3 つの
支援策がいよいよ具体的に実行されていくことになった。この法律制定により、事業承継
に課題をもつ数多くの中小企業経営者が恩恵を受けることになると思われるので、その内
容を概略ではあるが以下に案内する。
①非上場株式等に係る相続税の納税猶予(課税価格の 80%)制度の創設
平成 21 年度から事業承継税制が抜本拡充され、非上場株式等に係る相続税の軽減措置に
ついて、現行の課税価格の 10%減額から 80%納税猶予に大幅に拡充される。
また、この納税猶予となる対象の中小企業の範囲は、中小企業基本法に定義された中小
企業であることが原則となるが、一部の業種においてはこれ以上に範囲を拡大している。
しかしながらこの適用を受けるには数々の要件が設定されている。適用要件は次のよう
な内容である。
ⅰ)計画的な承継に係る取り組み
ⅱ)被相続人の要件
1
ⅲ)相続人の要件
ⅳ)事業継続の要件(5 年間)
ⅴ)認定対象会社の要件
なお、本制度は、平成 21 年度の税制改正において創設し、経営承継円滑化法の施行日(平
成 20 年度 10 月 1 日)以後の相続に遡って適用するので、この点において注意が必要であ
る。
②生前贈与株式を遺留分の対象から除外するなどの民法の特例の制定
現制度では、経営者から後継者に自社株式が生前贈与された場合、何年前になされたも
のであっても特別受益として遺留分算定の基礎に加えられるが、その基礎財産に加えられ
る金額は、贈与された時点ではなく、経営者の相続開始時点での評価による。贈与を受け
てから相続開始時までの間に評価額が上昇していれば、上昇後の評価額が贈与を受けた額
となって基礎財産に算入される。したがって、時にはこれが他の相続人の遺留分の額を増
加させる形になり、結果として後継者の意欲を削ぐこととなり、円滑な事業継続に支障を
きたすことになる。この部分の改善を行うのがこの民法の特例である。
経営承継円滑化法の民法特例は、後継者を含む現経営者の推定相続人全員の合意を前提
とし、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可が必要となっている。
特例は次のような内容である。
ⅰ)除外特例
後継者と非後継者は、後継者が経営者から生前贈与によって取得した自社株式につい
て、遺留分算定の基礎財産に算入しない、という合意をすることができる。
この合意の対象とした自社株式については、遺留分算定の基礎財産に算入されず、遺
留分減殺の対象から外れるので、相続によって自社株式が分散されることを防止するこ
とができる。
ⅱ)固定特例
後継者と非後継者は、後継者が経営者から生前贈与によって取得した自社株式につい
て、遺留分算定の基礎財産に算入する価額を合意時点の価額とすることを合意すること
ができる。
この合意の対象とした自社株式については、遺留分算定の基礎財産に算入する際、そ
の価額が当該合意の時における価額に固定されるので、後継者は、将来の価値上昇によ
る遺留分の増大を心配することなく経営に専念できる。なお、合意する株式の価額は、
その適正さを裏付けるために「合意の時における相当な価額」であることについて、弁
護士、公認会計士、税理士の証明が必要となっている。
なお、この民法の特例に限り施行日は平成 21 年 3 月 1 日となっているので、この点にお
いて注意が必要である。
③株式の取得や納税などの事業承継における資金需要に対応した制度融資の実行
事業承継において、後継者が経営権を確保するため、後継者本人や会社が、自社株式や
2
会社の事業の用に供している土地などの事業用資産を取得する必要がある。中小企業者(非
上場会社または個人事業主)が、代表者の死亡等に起因する経営の承継に伴い、その事業
活動に支障が生じていることについて、経済産業大臣の認定を受けることができることと
し、以下の金融支援を行う。
ⅰ)中小企業信用保険法の特例
個人事業主を含む中小企業者に対して、株式、事業用資産等の買取資金や、一定期間
の運転資金の資金調達に係る借入れに関する普通保険、無担保保険、特別小口保険の拡
大(別枠化)を設ける。
ⅱ)株式会社日本政策金融公庫法および沖縄振興開発金融公庫法の特例
後継代表者個人に対して、株式、事業用資産等の買取資金や、相続税、遺留分減殺請
求への対応資金の資金調達を支援する。
以上のように、税制、法制、金融支援にわたった支援策が実行される。今後はこれに係
る経営支援の専門家の活躍が期待されるところである。ところで、この 3 つの支援策に共
通する要件が、経済産業大臣の確認や認定である。中小企業庁から認定等を受けるための
「中小企業経営承継円滑化法申請マニュアル」が公表されているので参考にされたい。
(2)地域支援拠点の設置
事業承継円滑化にむけた総合支援策の一環として、平成 20 年 5 月に「事業承継支援セン
ター」が全国 102 箇所に設置された。
以下のような内容の支援を行う。
・ 後継者候補がいない企業と、開業希望者とのマッチングを支援
・ 無料窓口相談の実施
・ 専門家派遣の実施、実務家人材情報の提供
・ 経営者向け、後継者育成セミナーの実施
ちなみに弁護士、公認会計士、税理士、中小企業診断士等の専門家を対象に、この事業
承継支援センターが行う窓口相談や専門家派遣等の専門家として活躍の場が増加している
ようである。
(3)その他の支援等
国や公的機関の支援施策に加え、以下のような民間団体等の取組みが行われている。
・ 中小企業基盤整備機構と民間金融機関等が出資した事業承継に特化した事業継続ファ
ンドの創設(M&A、MEBO への適用など)
・ 地元民間金融機関による金融支援および M&A 仲介支援
・ 民間 M&A 仲介事業者による支援
以上のように、税制の優遇策や法律の支援、そして各支援機関の拡充など、企業経営者
が事業承継対策に取組むには絶好のチャンスが到来したといえよう。また、このような支
援施策活用を支援する経営支援実務家にとってもビジネス機会が増えていくものと思われ
る。
3
2.早期対策のすすめ
経営不振に陥った事業再生の支援の鉄則は、
“早期発見、迅速再生”である。事業承継支
援の場面においても同様に、“早期気づき、早期着手”の必要性を強く感じることが多い。
中小企業白書の、後継者がすでに決まっている企業を対象に事業承継の準備状況を調査し
た結果によると、
「十分に準備している」と回答した企業はそのうち 20%にとどまっている。
一方、
「不十分だが準備している」が 64%、
「何もしていない」が 16%となっており、後継
者が決定しても、事業承継の準備が不十分であるという企業が 8 割を占めるという実態が
明らかになっている。
前述のようなさまざまな支援施策が講じられようとしている一方で、一般には事業承継
に対する経営者の意識がかなり低いようである。これは、さまざまな経営課題に直面して
いる経営者にとって事業承継対策は、日常の業務に比べて優先度が低いことが理由ではな
いかと考えられる。
先ずは経営者の事業承継に対する常日頃の意識が最も重要と思われる。筆者が受ける事
業承継関連の相談で、高齢で体調に自信がない状態になりやっと相談に訪れるケースが少
なくない。残念ではあるがこのような局面では効果的な対策を提案しにくい場合が多い。
というのも事業承継対策は課題も多く時間もかかるのが一般的である。いつかは必ずやっ
てくる事業承継について、もっと早く必要性に気づき、早急に着手しておけば、経営者自
信も楽に引退できるのにと思うこともしばしばである。過ぎ去った時間だけは取り戻せな
いのがなんとも厄介である。
3.事業承継計画書の作成
経営管理を語る上でよく出てくる用語が、
“PDCA マネジメントサイクル”である。何事
も先ずは計画から始まり、実行して、チェックして、また計画を立て直すという経営管理
手法である。まさに、表題の「中小企業の事業承継支援」の第一歩は、
“事業承継計画”の
作成から始めるべきである。
中小企業経営者の相談で多いのが、
“後継者教育”
、“税金対策”、“事業売却”など特定の
項目についての問い合わせである。しかし実際の現場対応では、これらの断片的な問題対
応のほかに、事業承継に係る幅広い質問を投げかけ、経営者が気づいていない課題の抽出
を行う。さらにこの課題を整理し、重要度や優先度を考慮し、事業承継のための道筋を立
てていく。これらを文書化したものが、事業承継計画書なのである。
この事業承継計画書の有効性は、事業承継の方向性を具体的に“見える化”して、当事
者間の情報共有が可能になることや、生前贈与や株式の移転など課題によっては十分な時
間が要することがらを予め把握できることなどである。
さらに、前述した、経営承継円滑化法の非上場株式等に係る相続税の納税猶予の適用要
件で、“計画的な承継に係る取り組みを行っていることについて経済産業大臣の確認を受け
4
ること”とあるが、本法の適用を受けやすくするためにも事業承継計画書の作成は重要な
役割を果たすものと思われる。
4.長寿企業世界一の日本
さて、2008 年 5 月、韓国銀行が発表した「日本企業の長寿要因および示唆点」によると、
世界で創業 200 年以上の企業は 5,586 社(合計 41 カ国)で、このうち半分以上の 3,146 社
が日本に集中している(2 位のドイツ 837 社を大きく引き離している)。さらに日本には 100
年以上の企業が 5 万社を超えており、日本は世界一の長寿企業保有国のようである。
さらに同報告書では、日本経済が 1980 年代の円高と 1990 年代の長期不況から脱したの
も、素材・部品分野で先端技術を保有する長寿企業の役割が大きかったとした。また、日
本企業がこのように長い歳月の間耐えることができた秘訣として、本業重視、信頼経営、
透徹した職人精神、血縁を超えた後継者選び、保守的な企業運用などをあげた。このほか、
外国からの侵略が少なかったことや職人を尊重する社会的雰囲気など、外的要因も影響を
与えたと分析している。
日本に長寿企業が多いことは、この分野に詳しい光産業創成大学院大学の後藤俊夫教授
も同様の調査(200 年以上の企業は 3,313 社、100 年以上の企業は推定 5 万社)を行ってお
り、前述の韓国銀行の調査発表と近いものがあり、信頼できる数値のようである。
同教授によると、老舗の特徴は、
・ 圧倒的にファミリービジネスである
・ 生活密着型業種が多い
・ 有名ブランドが多い
・ 養子の比率が高い
・ 隠れた優良企業が多い
・ 合名・合資会社(いわゆる持分会社)
・ 社会貢献に熱心
などである。
5.ファミリービジネスの再評価の潮流
わが国における中堅・中小企業の多くは、オーナー経営でありかつファミリー企業であ
るが、それらの企業の廃業率が近年も依然として高い水準にあることから、事業承継をス
ムーズにすることにより企業の存続を円滑にすることが喫緊の課題となっている。
ファミリー企業に関する研究調査はわが国では緒に就いたばかりのようであるが、前述
した世界的にも稀有な長寿企業保有国のわが国において、何故数多くの企業が永続するこ
とができたのかを解きほぐすことは、わが国の戦後創設された数多くの中小企業の企業永
続に重要なヒントを与えてくれるのではないかと考えている。
では、なぜ今ファミリー企業経営が注目されているのだろうか。神戸大学大学院の加護
5
野忠男教授や甲南大学の倉科敏材教授によると、その理由として次のような項目を挙げて
いる。
(1)1980 年代、世界的な経済不況の中で、日本はオイルショックを克服して日本製品は一気
に世界市場を席巻した。同様にイタリアも奇跡の経済復興を果たしたといわれている。
日本とイタリアに共通する強みの背景にファミリーと従業員を大事にする家族的経営が
あるとされている。
(2)非ファミリー企業に比べてファミリー企業は、経常利益率や資本効率(ROE、ROA)、
成長性が高く、不況にも強いなど企業業績が優れていることがわかった。
(3)アメリカ企業の経営の根幹には株主至上主義がある。これは短期業績にとらわれること
で、エンロンやワールドコムなどの粉飾決算や破綻などの弊害ももたらした。一方で、
ジョンソンエンドジョンソンなどアメリカで真に尊敬される企業は、株主至上主義を掲
げることはせず、消費者、環境問題や働く人への配慮を優先している。
(4)アメリカの高名な経済学者チャンドラーは、かつて全ての企業の大規模化、専門経営者
による企業運営を予測した。しかし、アメリカを含めて世界のどの国においても、彼が主
張したようには専門経営者企業が家族経営者企業を駆逐することはなかった。
6.親族内承継とファミリービジネス
中小企業白書によると、20 年前は 9 割以上であった親族内承継の割合が、最近は 6 割ま
で低下している。親族外である従業員への承継や M&A などが増える傾向にあるという。し
かしながら、中小企業者が事業承継を考える時、先ず考える方法は、子息、子女を中心と
した親族内承継ではないだろうか。それが難しいからやむなく親族外承継する、あるいは
廃業するというケースが多いのではないかと思われる。
実際に、所有と経営が一体化している中小企業経営では、自社株式や事業用資産の移転
が非常に難しい課題となる。その点、親族内であれば経営者の交代と株式の移転が必ずし
も同時期でなくとも良く、じっくり時間を掛けた承継のシナリオが組み立てられる。
ところが、近年の経営理論では同族経営はとかく非難の対象となり、日本的経営の特徴
はないがしろにされてきた傾向があった。特に、激しく移り変わる経営環境に対応した経
営を重視するあまり、現在では多くの企業が、短・中期の計画を経営計画の中心に据えて
いる状況にある。自ずと長期的視点が弱くなり、企業が本来進むべき方向性や経営理念・
経営ビジョンなどが見失われる傾向になってきていると思われる。
筆者は、変化対応が重要な経営原則であり、それを否定するものではないが、ただ単に
対症療法的な視点だけでは、永続的な企業経営は望めないと考える。永続経営の手本がわ
が国の長寿企業であり、そこにファミリー企業が多数占めているという点に、事業承継対
策の大きなヒントが隠されているものと考えている。
“百年の計”という言葉があるが、まさに企業経営は“長期経営計画”が重要なのであ
る。長期経営計画を作ると、必ず“事業承継”というキーワードに出くわすのである。つ
6
まり、これが“事業承継計画書”につながっていくことになる。
ところで、この“企業百年の計”を語るとき、その意思をつなげていく“人”は誰がい
るであろうか。それはまさに“親族”に他ならない。この本質こそが、ファミリービジネ
スの再評価につながる所以だと思う。
【参考文献・出所資料】
・ 中小企業白書 2006 年版 中小企業庁編
・ 中小企業庁事業承継ガイドライン
・ 中小企業庁公表資料「中小企業の事業承継円滑化のための総合的支援策」
・ 光産業創成大学院大学後藤俊夫教授講演資料
・ オーナー企業の経営 倉科敏材編著 中央経済社
・ 韓国銀行発表「日本企業の長寿要因および示唆点」
7