第 3 部 物質・材料研究における今後の研究動向 第 4 章 ナノテクノロジーを使ったバイオ材料 1.生体材料 (1)無機系生体材料 菊池 正紀、末次 寧 生体材料センター、物質・材料研究機構 1 .はじめに つの結晶面(a 面および c 面)が顕著に現れるが、 表面原子分布の違いによりタンパク質や DNA など アルミナやジルコニアなど、比較的古いタイプの の吸着特性が異なると言われている。それぞれの単 無機系生体材料は、もともと生体環境下において化 結晶面を大きく成長させてモデル表面を作製するこ 学的に安定でそれゆえ生体為害性が低く、また本質 とは容易でないため、これまでは a 面と c 面あるい 的に「硬い」という特性を長所として、主に人工関 はそれらの中間的な面がランダムに露出した多結晶 節の材料として開発された。その後、リン酸イオン 体を用いて表面電荷や細胞接着性が評価されてき やカルシウムイオンなどを含有するある種のセラ た。しかし近年、a、c いずれかの面が選択的に露 ミックス(ガラスを含む)が、生物学的安全性に優 出した基板材料を作製することが可能になりつつあ れるだけでなく、骨中に埋入すると周囲に骨の新生 り、これを用いた表面機能の探索と先鋭化が期待さ を促して直接化学的に接合するという生体活性を示 れている。ひとつの方法は結晶面を偏在させること すことが明らかになると、研究のトレンドはこれら であり、これには、均一沈殿法で得たアパタイト の生体活性セラミックスを用いた骨補填や骨再生に ファイバー 大きくシフトした。その傾向は現在に引き継がれ、 応により合成されたアパタイト針状粒子 2)を用い 生体活性セラミックスは新たな応用に向けて発展し て、表面がほぼ a 面で構成された材料を作製した例 つつある。中でも、骨歯の無機主成分である水酸ア がある。もうひとつは結晶方位を配向させる方法で (OH) に関する研究は、もっ パタイト(Ca10(PO4) 6 2) あり、これには強磁場の適用などが効果的である 3)。 とも盛んに行われている。以下本稿では、無機系生 さらに積極的に表面機能を向上させる試みとし 体材料に関する現在の研究動向を大きく(1)表面 て、電気的に分極させたアパタイトや生体活性ガラ 機能制御、 (2)有機無機複合化、 (3)形態制御、の スなどに関する研究も行われ、エレクトロベクトル 3 つのカテゴリーに分類して紹介する。なお、本分 効果が細胞や組織に与える影響が調べられてい 野におけるわが国の研究活動は質・量ともに非常に る 4)。その結果、マイナスに分極した材料の表面で 高いレベルにあり、世界をリードしているといって は、擬似体液中でのアパタイト形成能、細胞の接着 も過言でない。そこで本稿では国内外の研究動向を 性、骨組織の伝導能に顕著な向上が認められ、逆の 特に分けずに記載する。 面ではそれらが抑制されると言われている。 1) や、α-リン酸三カルシウムの水熱反 第 3 部 物 質 ・ 材 料 研 究 に お け る 今 後 の 研 究 動 向 リン酸カルシウムセラミックスの生体親和性を活 2 .国内外の研究動向 かしたまま、有機無機界面の結合強度や薬剤の担持 性能を高めるための表面処理に関する研究も提案さ 2.1 表面機能制御 れている。例えば、アパタイトとシリコン樹脂との 水酸アパタイトをはじめとする生体活性セラミッ 結合強度を高めるために、シランカップリング剤を クスが示す生体親和性や骨伝導能には、材料表面に 用いてアパタイトの表面にアミノ基を導入する研 分布した原子種とそれにともなう電荷に対する生体 究 5)や、アパタイト多孔体表面にメソポーラスシリ 物質や細胞の応答が大きく影響していると考えられ カのコーティングを施し、生体分子や薬剤の担持に る。そこで、生体中での有機無機相互作用を根本的 利用しようという試み 6)などがある。 に理解するため、生体活性材料表面の機能に関する 研究が盛んに行われている。水酸アパタイトでは 2 2006年度物質材料研究アウトルック 243 第 3 部 物質・材料研究における今後の研究動向 第 4 章 ナノテクノロジーを使ったバイオ材料 13) ビーズが優れた骨侵入性を示すことを示した 。こ 2.2 有機無機複合材料 れらは新しい人工骨材料への形態付与プロセスとし セラミックスは本質的にヤング率が高い一方で靭 て期待される。 性に乏しく、骨との機械的特性の違いが常に問題に なる。骨は有機物であるタンパク質(コラーゲン) の線維と無機物であるアパタイト結晶からなるナノ 複合体であり、機械的性質や生体内でのリモデリン NIMS では国内外の研究動向を見据え、以上に述 グはその構造と組成によって制御されていると考え べてきた 3 つのカテゴリーすべてについてバランス られる。そこで従来からポリマーと生体活性セラ よく研究を進めている。 ミックスを複合化する研究は一つのトピックとして アパタイトの表面機能制御については、c 面が露 あげられてきた。例えばアパタイト/ポリ乳酸複合 出した凝集体の合成とそれを用いた c 面配向焼結体 体は初期に骨と同等以上の機械的特性を持ち、生分 の作製 14)や、加圧焼結法を用いた a 面配向焼結体 15) 解性でかつ骨との結合性も良い材料として、すでに の作製に成功している。また有機高分子に対するア 商品化されている。 パタイトの吸着性能を高める目的で、カルシウムに 骨と同じ成分からなるコラーゲン/アパタイトの 比べて強い共有結合能力を持つ亜鉛を用いて多孔質 人工複合体の研究も進んでいる。Tampieri らはコ 粒子を合成し、従来に比べて約 2 倍の比表面積を達 ラーゲンスポンジにたくみに水酸アパタイトを析出 成した 16)。 させ、アパタイトとコラーゲンが配向した材料を合 7) ウム/ポリ乳酸系共重合体複合膜と、アパタイト/ とコラーゲンの界面相互作用が詳細に調べられ、カ コラーゲン自己組織化ナノ複合体の開発を進めてい ルボキシル基が大きく寄与していることがわかって る。β-リン酸三カルシウム/ポリ乳酸系共重合体 きた 。 複合膜は、柔軟性・熱可塑性・ pH 調整効果などを 一方、ポリマー材料の表面構造を制御してアパタ 備えた生分解性材料であり、歯学領域を中心に、骨 イト形成能を付与しようとする研究も行われてい 誘導再生膜としての応用が期待されている 17)。アパ る。アパタイト形成能を持つシラノール基、チタニ タイト/コラーゲン複合体の研究では、同時滴下に アゲル、Ta2O5 ゲルをうまく利用して、生体活性の よる合成の条件を精密に制御することによって、複 高い材料を合成しようとする試みである 9、10) 。 合体繊維の成長を制御することに成功した 18)。さら にこの繊維をコラーゲンゲルに均一分散させること 2.3 形態制御 で、スポンジ状の弾力を持つ多孔体を作製し、組織 生体セラミックスおよび複合材料の、生体内での 侵入性を高める研究を進めている 19)。そのほか、ア 親和性をより高度化するためには、原子や電荷の分 パタイト/多糖類複合体の球形微粒子を合成し、そ 布のようなナノスケールでの表面制御に加えて、細 の高次階層構造を活かした新しい薬物徐放キャリア 胞や血管の侵入、生着、機能発現に適した微細な凹 としての応用を探索している 20)。 凸や細孔などの三次元ミクロ構造についても高度な 一方、移植用の生体腱に交互浸漬法によって直接 制御が必要であり、それらの技術開発も着実に進展 アパタイトを複合化させ、骨との結合速度と結合強 している。伊藤らは、生体活性セラミックスの気孔 度を向上させる試みを行っている 21)。この方法を用 構造をトップダウン型に完全に制御するため、特殊 いると、早期に骨芽細胞が移植腱表面に集積し、骨 な鋳型を用いて格子型の完全連通構造を作り出す研 との直接結合を作り出すことが明らかになった。 11) 究を行い、良好な骨組織侵入性を確認した 。また、 形態制御に関しては、アパタイトのスラリーを発 焼成牛骨を部分溶解し、その上にアパタイト微結晶 泡させ、架橋重合反応を利用してその構造を固定す を再析出させることで生体由来の微構造と早い吸収 る手法により作製した高強度多孔質人工骨材料を販 速度を両立させる研究 244 有機無機複合体については、β-リン酸三カルシ 成している 。また、擬似体液を用いてアパタイト 8) 第 4 章 ナ ノ テ ク ノ ロ ジ ー を 使 っ た バ イ オ 材 料 3 .NIMS における研究 12) がある。寺岡らは中央に 売開始した(図 1)。さらに微細な氷柱の成長を利 貫通孔を持つアパタイトビーズを合成し、集積した 用して気孔を一方向に配向連通させる手法を開発 2006年度物質材料研究アウトルック 第 3 部 物質・材料研究における今後の研究動向 第 4 章 ナノテクノロジーを使ったバイオ材料 図 1 発泡アパタイトセラミックス人工骨の臨床例。手術後 3 ヶ月で材料内外に骨が良好に 再生している。 し、アパタイトセラミックスや 22)、アパタイト/コ ラーゲン複合体 23) の多孔体の作製に活用している。 益々重要なものになると考えられる。これらの連携 が効果的に進み、本稿で紹介した材料や技術が早期 に実用化されることが望まれる。 4 .今後の研究動向 近年実用化されたいくつかのセラミックス材料が 特長としている機能は既に 10 年以上前から知られ てきたものである。これらは従来の生体活性セラ ミックス材料の最終発展形であり、材料のマクロな 引用文献 1 )M. Aizawa, A. E. Porter, S. M. Best and W. Bonfield: Key Eng. Mater. 254-256(2004)915. 2 )K. Ioku, M. Toda, H. Fujimori, S. Goto and M. Yoshimura: Key Eng. Mater. 254-2(2004)19. 3 )J. Akiyama, M. Hashimoto, H. Takadama, F. Nagata, Y. 化学的性質の制御による人工骨材料の開発はほぼ頂 Yokogawa, K. Sassa, K. Iwai and S. Asai: Key Eng. 点に達したと言える。したがって、素材としての次 Mater. 309-311(2006)53. 世代のセラミックス系材料は、これまでに実現でき ていない物理的・化学的・生理学的機能を材料に付 加するという指向性を持って、研究・開発を進めて いく必要があると考えられる。現在、細胞との生化 学的・生理学的相互作用や、有機物との界面制御な どを材料開発に反映させた研究が国内外で増加傾向 にある。応用先には組織・細胞工学(ティッシュエ ンジニアリング)のための足場材料、薬剤徐放キャ リアなどが新たに加わっている。 第 3 部 物 質 ・ 材 料 研 究 に お け る 今 後 の 研 究 動 向 4 )K. Yamashita and S. Nakamura: J. Ceram. Soc. Jpn. 113 (2005)1. 5 )T. Furuzono, P. L. Wang, A. Korematsu, K. Miyazaki, M. Oido-Mori, Y. Kowashi, K. Ohura, J. Tanaka and A. Kishida: J Biomed. Mater. Res. B-Appl. Biomat. 65B (2003)217. 6 )Y. Yokogawa, S. Seelan and Y. Zhang: Key Eng. Mater. 309-311(2006)939. 7 )A. Tampieri, G. Celotti, E. Landi, M. Sandri, N. Roveri and G. Falini: J. Biomed. Mater. Res. A 67A(2003)618. 8 )L. J. Zhang, X. S. Feng, H. G. Liu, D. J. Qian, L. Zhang, X. L. Yu and F. Z. Cui: Mater. Lett. 58(2004)719. 5 .まとめ 細胞工学・組織工学など生体の機能を細胞から再 9 )F. Balas, M. Kawashita, H. M. Kim, C. Ohtsuki, T. Kokubo and T. Nakamura: Key Eng. Mater. 254-256 (2004)467. 構築するという技術が大きく発展し、医学応用も一 10)M. Kamitakahara, M. Kawashita, N. Miyata, H. M. Kim, 部始まっているが、細胞の機能発現には適当な足場 T. Kokubo, C. Ohtsuki and T. Nakamura: Key Eng. 材料の存在が不可欠であり、現在の機能性生体セラ Mater. 254-256(2004)521. ミックスはまさにこの動きに対応していると考えら れる。これをさらに活性化し、わが国が世界的な競 争に対応してゆくには、産学官連携・医工連携が 2006年度物質材料研究アウトルック 11)伊藤敦夫、桜井常葉、十河友、池内正子、嶌岡英起、 土肥祥子、大串始:第 7 回生体関連セラミックス討 論会講演予稿集、2003、p. 5. 245 第 3 部 物質・材料研究における今後の研究動向 第 4 章 ナノテクノロジーを使ったバイオ材料 12)T. Akazawa, M. Murata, T. Sasaki, J. Tazaki, M. Kobayashi, T. Kanno, K. Nakamura and M. Arisue: J. Biomed. Mater. Res. A 76A(2006)44. 13)K. Teraoka, Y. Yokogawa and T. Kameyama: Key Eng. Mater. 254-256(2004)257. 14)K. Ohta, M. Kikuchi and J. Tanaka: Chem. Lett. 32 (2003)646. 15)Y. Watanabe, T. Ikoma, A. Monkawa, Y. Suetsugu, H. Yamada, J. Tanaka and Y. Moriyoshi: J. Am. Ceram. Soc. 88(2005)243. 16)利根川亨、生駒俊之、今井八郎、田中順三:第 8 回 生体関連セラミックス討論会講演予稿集、2004、p. 14. 17)M. Kikuchi, Y. Koyama, T. Yamada, Y. Imamura, T. Okada, N. Shirahama, K. Akita, K. Takakuda and J. Tanaka: Biomaterials 25(2004)5979. 18)M. Kikuchi, S. Itoh, H. N. Matsumoto, Y. Koyama, K. Takakuda, K. Shinomiya and J. Tanaka: Key Eng. Mater. 240-242(2003)567. 19)M. Kikuchi, T. Ikoma, D. Syoji, H. N. Matsumoto, Y. Koyama, S. Itoh, K. Takakuda, K. Shinomiya and J. Tanaka: Key Eng. Mater. 254-256(2004)561. 20)T. Ikoma, N. Azuma, S. Itoh, H. Omi, S. Nishikawa, S. Toh and J. Tanaka: Key Eng. Mater. 288-289(2005) 159. 21)H. Mutsuzaki, M. Sakane, H. Nakajima, A. Ito, S. Hattori, Y. Miyanaga, N. Ochiai and J. Tanaka: J. Biomed. Mater. Res. A 70A(2004)319. 第 4 章 ナ ノ テ ク ノ ロ ジ ー を 使 っ た バ イ オ 材 料 22)藤井信二、末次寧、生駒俊之、田中順三、横田俊 幸:第 8 回生体関連セラミックス討論会講演予稿集、 2004、p. 19. 23)S. Yunoki, T. Ikoma, A. Monkawa, K. Ohta, M. Kikuchi, S. Sotome, K. Shinomiya and J. Tanaka: Mater. Lett. 60 (2006)999. 246 2006年度物質材料研究アウトルック
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