アメリカの NCEE と日本の「公民」の経済教育の比較研究

滋賀大学教育学部紀要 教育科学
123
No.55, pp. 123 - 134, 2005
アメリカの NCEE と日本の「公民」の経済教育の比較研究
―市場と価格の理論をめぐって―
加 納 正 雄
A Comparative Study of Economic Education between NCEE of
America and Civics of Japan
- Concerning the Theory of Market and Price -
Masao KANO
Ⅰ.はじめに
本稿の目的はアメリカ NCEE の経済教育を日本の社会科「公民」の経済分野の内容と比較検討し、
大学以前の経済教育のあり方を考えることである。特に、市場と価格に関する理論を具体的に取りあ
げて検討した。
経済教育に関連する主要な科目は、義務教育の段階では、小学校の社会科と中学校の社会科「公民」
である。高等学校では「政治経済」と「現代社会」である。ただし、高等学校の科目は、必ず選択さ
れるわけではない。したがって、経済に関して国民が必ず学ぶ内容が、「公民」の内容となる。中学
校の教科書「公民」の内容は、
学習指導要領によって規定されている。中学校の学習指導要領には、
「ア
私たちの生活と経済」に、
「価格の働きに着目させて市場経済の基本的な考え方について理解させる」1)
とある。ただし、
「市場経済の基本的な考え方」がどのようなものか明確にされているわけではない。
一方、これに対して、経済的見方・考え方の体系的な基準を提示しているのが、アメリカの NCEE
(National Council on Economic Education)である。特に、NCEE の基準において、市場経済の基本
的な考え方は、市場と価格に関する理論が基礎になる。具体的には、需要と供給による価格決定の理
論である。また、この理論は抽象度が高く、経済学の理論の特質を典型的にあらわしている。本稿の
目的は、このような NCEE における市場と価格に関する理論を取りあげ、日本の社会科「公民」の内
容と比較して、大学以前の経済教育のあり方を考えることである。
Ⅱ.NCEE の経済教育
NCEE の 経 済 教 育 の 内 容 に 関 し て は、A Framework for Teaching Basic Economic Concepts
(Saunders et al ., 2000、 以下ではフレームワークとする)と Voluntary National Content Standards
in Economics (NCEE, 2000, 以下では、スタンダードとする)の2つがある。
フレームワークは、NCEE の前身である JCEE(Joint Council on Economic Education)が 1984 年
に作成したものであり、アメリカの経済教育の基準として使われてきた。スタンダードは、1994 年
に成立した「2000 年の目標:アメリカ教育法 (Goa1s2000: Educate America Act)」にもとづいて作
成された基準であり、内容的には、フレームワークを引き継いでいる。これらの基準を簡単に紹介す
ると次のようになる 2)。
124
加 納 正 雄
フレームワークは 21 の概念 (concepts) から構成される。そして、それぞれの概念がさらに複数の
内容表現(content statements)から構成され、それぞれが、K-4、5-8、9-12 の 3 段階の学年に配
置されている。なお、K は幼稚園(kindergarten)であり、12 は高等学校の 3 年になる。
スタンダードは 20 の内容基準(content standards) から構成される。さらに、それぞれのスタン
ダードが到達目標(benchmark)として、
理解すべき事項と理解事項の活用から構成され、それぞれが、
K-4、5-8、9-12 の 3 段階の学年に配置されている。
これらの内容は、いずれも、経済的見方・考え方、すなわち、概念または理論(原理)といわれる
ものであり、事実や制度に関する知識は含まれない。フレームワークは概念(concepts)の基準であ
るのに対して、スタンダードは内容 (contents) の基準であるという相違がある。ただし、フレームワー
クも、それぞれの概念が内容表現(content statements)から構成されている。スタンダードの場合、
内容基準の表現は、専門用語を使用しない平易な表現になっている。具体的な内容は到達目標に述べ
られているが、ここには経済学の専門用語が使用されている。
フレームワークの概念は 4 種類に分類される。基礎的(fundamental)経済概念とミクロ経済概念
とマクロ経済概念と国際経済概念である。なお、内容に関しては、付表のようになっている。基礎的
経済概念には、人間の経済行動に関するものが含まれる。生徒の学年を考えた場合、経済学の概念・
理論を学ばせる順番としては、基礎的経済概念が基礎になる。NCEE の学年別の配置は、このような
考え方にもとづいていると思われる。すなわち、
基礎的経済概念は K-4 学年ですべて導入されている。
また、ミクロ経済学が本格的に導入されるのは 5-8 学年である。
スタンダードの内容基準は、フレームワークの概念が混在しているので、このような分類を完全に
おこなうことはできないが、基礎的経済概念、ミクロ経済概念、マクロ経済概念に対応させることは
可能である。国際経済概念は、それぞれの内容基準と到達目標に分散して含まれている。
Ⅲ.NCEE の市場と価格に関する理論
本節では、市場と価格に関する理論、特に、需要と供給による価格決定の理論に関して、NCEE の
基準の内容を検討する。上述したように、NCEE の経済教育では、価格決定の理論は、ミクロ経済学
の中心となる理論であり、市場経済の基本的な考え方の基礎になるものである。また、これは抽象度
の高い理論であり、経済学の理論の特質をよくあらわしている。概念や理論を基礎に経済を教える場
合、これをどのように教えるかは、ひとつの重要な課題である。
フレームワークでは、概念 7 の「市場と価格」が、市場に関する考え方の概念であり、概念 8 の「供
給と需要」が、需要曲線と供給曲線(以下需給曲線とする)の概念を使用した価格決定の理論となっ
ている。
スタンダードでは、内容基準の 7 と 8 がこれに相当する。内容基準の 7 は、「買い手と売り手が出
会い互いに影響を及ぼしあうとき、そこに市場ができる。この両者の相互作用によって市場価格が決
定され、これによって稀少な財とサービスが配分される」であり、内容基準の 8 は、「価格はシグナ
ルを送り、買い手と売り手に誘因 ( インセンティブ ) を与える。供給や需要が変化すれば、市場価格
は誘因に影響を及ぼしながら調整される」である。内容基準の 7 は、需給均衡による価格決定など、
市場に関する基礎的な考え方であり、内容基準の 8 は、市場での需給調整の説明、需要と供給の変
化の要因などである。
いずれの場合も、商品の価格や市場に関しては、K-4 学年レベルで導入される。需要と供給による
価格決定の理論が導入されるのは 5-8 学年レベルである。
市場における価格決定の現象は、
3つの概念または理論を使って説明することができる。1つ目は、
需要と供給による価格の決定である。2つ目は、需要と供給の変化である。3つ目は、需要と供給の
価格弾力性である。以下では、
これらの概念と理論を中心に、NCEE の基準の内容を具体的に検討する。
アメリカの NCEE と日本の「公民」の経済教育の比較研究
125
NCEE の市場と価格に関する理論は、需要と供給による均衡価格の決定が基本である。需要量と供
給量が均衡しない場合には、価格が変化して、需要量と供給量が調整される。この場合に、価格がシ
グナルの役割をする。需要量と供給量が等しくなる価格が均衡価格であるが、均衡価格という用語は
両方の基準で使用されている(F7.3、S7.5-8.3)3)。
このようにして決まる相対価格が生産物の相対的な稀少性の程度を示すことも述べられている
(F7.4、S7.5-8.2)
。また、市場価格が相互依存的であり、ある財・サービスの価格変化が他の財・サー
ビスの価格変化を起こすことも述べられている(F8.6、S8.5-8.3)。これらの説明に必要な概念は、
5-8 学年ですべて導入されている。ただし、需要曲線(demand curve)と供給曲線 (supply curve) と
いう言葉は、フレームワーク(F8.8、F8.10)では使用されているが、スタンダードには使用されて
いない 4)。ただし、後述するように、教材などでは、需要曲線と供給曲線を用いた説明がおこなわれ
ている。
均衡価格の変化を説明するためには、需要と供給の変化という考え方が必要になる。フレームワー
クでは、
「需要曲線がシフトする」
(F8.9)
、
「供給曲線がシフトする」(F8.11)という言葉が 9-12 学
年で使用されている。また、市場価格が相互依存であるために、ある財の価格の変化は、他の財の価
格に影響する。市場価格が相互依存的であることは、前述したように 5-8 学年レベルで述べられてい
るが、9-12 学年レベルでは、財の間の関係として「代替的」と「補完的」という関係が述べられて
いる(F8.9)
。代替財に関しては、需要法則との関係でスタンダードにも述べられている(S8.5-8.1)。
スタンダードでは、需要曲線と供給曲線という用語が使用されていないために、需要が変化する場
合(S8.9-12.1)と供給が変化する場合(S8.9-12.2)が述べられている。いずれも 9-12 学年で導入
される。ただし、NCEE の Master Curriculum Guide in Economics Teaching Strategies 5-6 では、需
給曲線のシフトのグラフが使われている。NCEE のインターネット・ホームページのオンライン授業
EconEdLink の Demand Shifters では、グレードは 6-8 学年、内容基準は 8 となっている 5)。この教
材では、需要曲線のシフトのグラフが使われている。また、Focus Middle School Economics では、
グラフは使用されていないが、demand shifters という言葉が使用されている。Focus High School
Economics では需給曲線のシフトのグラフが使用されている。いずれも Teacher Resource Manual
である。
価格を説明する場合、需要と供給の価格弾力性も重要な概念である。価格弾力性とは価格が変化し
た場合にどれだけ需要量が変化するか(需要の価格弾力性)、価格が変化した場合にどれだけ供給量
が変化するか(供給の弾力性)を表す概念であり、需要曲線と供給曲線のそれぞれの特性を表す。正
式には量の変化率を価格の変化率で割った値である。視覚的に表すには、需給曲線の傾きが用いられ
る。ただし、傾きと弾力性は同じではない。
フレームワークでは、いずれも 9-12 学年レベルに弾力性に関する基準がある(F8.16、F8.17、
F8.18)
。ただし、弾力性に関しては、高校の「経済学」で導入される概念である。
一方、スタンダードでは、弾力性概念は取りあげられていない。このことは、スタンダードの序文
でも述べられている 6)。スタンダードが、フレームワークよりもより表現をわかりやすくしようとし
ていることの表れである。
ただし、
EconEdLink の Price Elasticity: From Tires to Toothpicks
(9-12 学年、
内容基準 7,8)では弾力性が取りあげられている。また、Focus High School Economics でも需給曲
線の弾力性が扱われている。弾力性は、現実の価格に関する現象を説明する場合には、必要な概念で
ある。
Ⅳ.
「公民」の市場と価格に関する内容と問題
本節では、Ⅲ節で述べた NCEE の内容が中学校社会科「公民」の教科書においてどのように扱われ
ているか、どのような問題があるかを検討する 7)。
126
加 納 正 雄
中学校教科書「公民」には、需要と供給による価格決定の基本的な記述が存在する。需給曲線に関
しては、需給曲線のグラフを示している教科書と示していない教科書がある 8)。ただし、需給曲線を
示している教科書も、それを応用して何かを説明するような使い方ではない。需給曲線と均衡価格を
説明するためのグラフである。需給曲線を使用していない教科書では、需要と供給の性質に関して触
れていない教科書もある。
均衡価格という用語を使用しているのは2社であり、市場価格は5社が使用している。均衡価格と
市場価格を使用している教科書もある。相対価格が生産物の稀少性の程度をあらわすという記述はな
い 9)。
需給が均衡していない状態で、価格が変化して、需給の調整がおこなわれるという記述は、すべて
の教科書にある。この場合、価格がシグナルになるが、シグナルという言葉を使用していない教科書
にも、価格のこのような機能の記述はある。
以上のように、需要と供給による価格決定という基本的な考え方(NCEE の 5-8 学年の概念と理論)
は「公民」に記述がある。ただし、説明が NCEE の考え方と比較すると曖昧である。例えば、「公民」
の説明では、
「需要」と「需要量」
、
「供給」と「供給量」の区別が明確に説明されていない。また、
需要量と供給量は価格によって決まることは説明されているが、それらに影響する価格以外の要因に
は言及されていない。市場価格が相互依存的であり、ある財の価格の変化が他の財の価格に影響を与
えることも述べられていない。これは、需給曲線のシフトという概念を扱わないためである。
教科書の市場価格の決定に関する記述では、本文の欄外などに、いろいろな市場現象を例としてあ
げている教科書が多い 10)。ただし、これらの現象を、需給概念を用いて説明する記述はない。これ
らを単なる例や事実としてではなく、なぜそうなるかという説明をするためには、需給曲線に関する
知識、すなわち、需給曲線のシフトと需給曲線の形(弾力性)に関する知識が必要になる。これは、
説明のために需給曲線を使用するかどうかはともかく、教える側の知識としては必要である。
市場での価格決定に関して「公民」の記述は、NCEE の 5-8 学年にほぼ対応しているといえる。
9-12 学年の内容が高等学校の内容に相当すると考えられる。ただし、アメリカの高等学校の「経済学」
では、需給による価格決定の理論が詳しく説明されているのに対して、日本の高等学校の「政治・経
済」では、それらの理論の扱いは簡略化されたものであり、9-12 学年レベルに相当する内容が十分
に扱われているわけではない。
また、NCEE では、市場を説明する概念や理論が明確にされている。これに対して、日本の教科書
の記述は、それらの概念や理論が明確にされないで、市場現象が例示として取りあげられる傾向があ
る。ただし、教科書の記述は、それらの概念や理論を想定して書かれており、それらの概念や理論で
説明することは可能である。したがって、経済学をよく知っている場合、それらの知識を利用して教
えることもできる。しかし、NCEE のように概念や理論が体系的に整備されているわけではないので、
教える内容は、教える側がそれらの重要性を理解しているかどうか、知識があるかどうかによる。教
科書の文章の意味を正確に理解し、正確に説明するためには、教える側が、それらを理解しているこ
とが必要である。
需要と供給による価格決定の理論は、単に財市場の価格決定を理解するためだけのものではない。
市場経済におけるすべての現象を理解する基本である。しかし、他の分野では、このような発想は希
薄であり、需給概念を利用した説明は少ない。指導要領が求める内容が、「市場経済の基本的考え方」
にもかかわらず、そのような説明を要求していないからでもある。したがって、需要と供給による価
格決定の考え方は、競争的な財市場での価格決定(多くは農産物市場の価格決定があげられる)の話
であり、それらの考え方が他の分野、すなわち金融、労働、政府の役割、環境問題、経済成長・景気
変動などに及ぶことはない。これに対して、NCEE では、これらの分野の基準も市場の理論を基礎に
している。
例えば、労働に関して「公民」の教科書では、働くことの意義や、労働者の権利や権利をまもるた
アメリカの NCEE と日本の「公民」の経済教育の比較研究
127
めの制度の解説に重点が置かれている 11)。これに対して、NCEE では、労働の話は、スタンダードの
13 に含まれるが、その内容は「たいていの人にとって、所得は、自分が売ることのできる生産資源
の市場価値によって決定される。労働者の所得は主に、彼らが生産したものの市場価値と、彼らがど
の程度生産的であるかによって決まる」となっている。K-4 学年で人的資源が、5-8 学年で賃金の決
定や人的資源への投資などが、
9-12 学年で機能的分配と人的分配などが配置されている。このように、
NCEE の基準は、財市場以外においても、市場の理論を基礎にした発想が明確に現れている。
このことは、何を教えるべきかという教科の目的と関連する。大学以前の経済教育は、専門の経済
学の教育とは異なる。しかし、市場経済に対する認識を形成するこのような概念や理論は、単に経済
学の知識としてだけではなく、社会科の目的である公民的資質の育成にとっても必要である。NCEE
の経済教育も K-12 が対象であり、経済学の教育を目的としているわけではない。目的は、市民的資
質の育成といってよい 12)。したがって、経済学の教育と同じではない。
公民的資質の内容が明確にされているわけではないが、社会の公的なものにかかわる資質、社会形
成にかかわる資質が重要になるであろう。この場合、このような資質は社会に対する科学的認識が基
礎にあるべきであり、また、教室ですべきこと、できることは、このようなことである。
経済現象は個人の行動を通じて行われるために、問題解決を個人の行動の問題に求めることがある。
例えば、小学校の授業では、なんらかの価値観をもとに、公的な問題に対する態度形成的な内容の授
業がおこなわれることがある。このような授業では、社会の問題が、個人の行動や態度、関心の問題
にされてしまう。これは、例えば、価格が上がるのは、価格を上げる人がいるからであり、価格を上
げる人がいなければ、価格は上がらないという単純な見方である。また、価格を上げないようにする
ためには、価格を規制すればよいということになる。しかし、価格を上げることができるのは、上げ
られるような状況があるからであり、価格を上げないように規制すれば、別の問題が起こる。このよ
うな場合には、問題解決のために、経済的見方・考え方が必要になる。
ただし、問題の解決として、個人の行動を考えることが、不必要であるということではない。また、
個人の行動を、社会的結果ではなく、行動自身の価値で評価することも必要である。個人の行動は、
多様な観点から評価することが可能である。教育では、結果よりも、行動自身の正しさ(目的の正し
さ)や人間性が評価されることが多い。しかし、個人の意図と社会的結果は別である。個人の行動の
社会的結果を知ったうえで、評価をしなければならない。特に、経済にかかわるものは社会に与える
結果で評価すべきものが多い。
政策の評価は価値観に依存するために、その是非を単純に決めることはできない 13)。ただし、政
策の意図が何であれ、その社会的結果を理解したうえで判断すべきものである。また、これらのこと
は、場合によっては専門的な議論になり、結果の予測は専門家の仕事になる。しかし、政策や制度を
選択するには、これらの議論を理解できる資質が必要である。
公民的資質は社会科のみで育成されるものでも、教室のなかのみで育成されるものでもない。むし
ろ、教室の外で行われることの方が重要であろう。教室ですべきことは、むしろ社会から学ぶための
基礎を育成することである。教室でできること、すべきことを考える場合、社会に対する科学的な認
識の基礎を育成することが最も重要である。
社会に対する経済的な見方や考え方を育成するためには、
経済学の理論や概念が必要である。ただし、
このような理論や概念を基礎とした教育をするためには、
いくつかの問題もある。それを NCEE の内容に関係させて検討する。
Ⅴ.概念や理論を教える場合の問題
本節では、NCEE のように概念や理論を基礎に教えようとする場合の問題点と、それら対して
NCEE はどのように対応しているかを検討する。大学以前の教育において、概念や理論を基礎に経済
教育をおこなう場合には、いくつかの問題がある。これは、NCEE の方法が抱える問題でもある。そ
128
加 納 正 雄
れらに NCEE がどのように対応しているかを検討する。
最も大きな問題は、経済学の概念や理論の特質によるものである。経済学の理論は、重要な要因の
みを取り出し、他の要因は一定と仮定して、その帰結を考えるものである。経済学の理論の多くは、
現実をそのまま説明するものではない。それぞれの現実の現象を説明するためには、仮定をその現象
に適切なものに変更して、説明する必要がある。結論は、多くの条件に依存するために、単純に一般
化できない。
例えば、フレームワークの概念8では、
「生産物の価格が上昇すれば、需要量は減少し、供給量は
増加する。生産物の価格が低下すれば、需要量は増加し、供給量は減少する」(F8.1)と書かれている。
しかし、もし生産物の価格が上昇したときに、さらに価格が上昇するという期待が生じれば、需要の
増加と供給の減少が生じる。均衡価格は、縦軸を価格、横軸を量として、右下がりの需要曲線と右上
がりの供給曲線によって説明される。この場合、需給曲線に影響する価格以外の多くの要因が存在す
るが、需給曲線を使用して説明する場合には、言及されない要因は変化しないという前提で分析がお
こなわれる 14)。
このことはフレームワークでも述べられている。すなわち、「典型的には、この本で示されるよう
な経済学の内容表現(content statements)は、表現で特定された変数のみが変化することを許され
るという仮定のもとにつくられている。これは、ceteris paribus の仮定として知られており、翻訳す
れば、ほぼ ‘他の条件は一定とする’ という意味になる。もちろん、他の変数の影響を究明するため
には仮定を変化させることができる」15)と述べている。ただし、他の条件が何であるかは、この基
準を適用する場合に問題になる。スタンダードの序文では、「しかし、より困難であったのは、正確
さと簡潔さの間のトレードオフをバランスさせることであった。ほとんどすべての経済原理は、仮定
の上に成り立っている。そうした仮定条件のすべてを逐一述べることは、読者たちに原理と仮定を区
別する責任を負わせることになるので、本書のスタンダードの有効性を損なうであろう。したがって、
多くの場合には、必要な仮定条件のすべてを詳述することは避けたが、本書のスタンダードと到達目
標が示しているのは、ほとんどの時代に――必ずしもいつの時代でもというわけではないが――真実
と広く認められたいくつかの経済原理そのものである」16)と述べている。
このように、経済の理論は、多くの仮定のもとに成立するものであるが、それらの仮定は必ずしも
明示されない。しかし、逆に、仮定や条件を変えることによって、市場経済における多くの現象に適
用できる。需給で価格が決まる例としては、農産物の市場があげられる。需要と供給で価格が決まる
競争的市場は、生産物が差別化されていないことが前提になる。このような生産物は、典型的には農
産物や原材料であり、工業製品には必ずしも当てはまらない。工業製品では、製品の差別化がおこな
われ、企業の価格付けが可能になる。
「公民」の教科書では、市場で価格が決まるという説明と企業による価格付けの記述がある。企業
が設定した価格で必ずしも売れるわけではない、という説明が加えられている。この場合に、需給に
よる価格決定と企業が価格を設定するという理論の関係が問題になる。市場で価格が決まり、それを
所与として行動するような市場と工業製品のように製品の差別化が可能であり、企業が価格付けをす
る市場がある。この場合も、需要を考えて、どのような価格にするかという問題がある。需要と供給
の概念は、この場合も有効であり、農産物市場にかぎるわけではない。寡占市場であれ、独占市場で
あれ、どのような状況であっても、市場経済である限り、需要と供給を無視して、企業行動や価格を
説明することはできない。需要と供給という概念は、完全競争市場にしか適用できないというわけで
はない。市場経済を理解するためのカギとなる概念である。
このように、経済学の理論の場合、結論は仮定や条件に依存するのであり、単純に一般化できない。
それらの組合せによって、結論が変化する。また、仮定や条件を変化させることで、現実の経済現象
に適用するものである。したがって、考え方を理解しないで、結論だけおぼえようとすると、現実の
問題の理解には役に立たない。
アメリカの NCEE と日本の「公民」の経済教育の比較研究
129
経済学の概念と理論を理解し、応用するためには、このような方法論をも理解している必要がある。
そうでないと、経済学の理論は単純で、現実の説明には適用できないということになる。ただし、こ
のようなことは、経済学に詳しくない教員にとっては困難なことである。したがって、一般的な基準
だけではなく、個々のケースを説明する多様な教材が必要になる。
以上のような経済学の理論の特質を前提にすると、このような理論を教えようとする場合、いくつ
かの問題が生じる。これは、K-12 レベルだけではなく、大学などでの経済教育においても共通する
問題である。問題の第 1 は、抽象的で、必ずしも現実を直接に説明しない理論をどのように教えるか、
どのように興味を持たせるかである。第2は、このような理論と現実の現象との関連付けをどうする
かである。このような問題に対して NCEE はどのように対応しているかを、NCEE の教材をもとに検
討する。
NCEE は、非常に多くの K-12 レベルの教材(Teachers Resource Manual)を出版している。こ
れらは NCEE のインターネット・ホームページに紹介がある。また、NCEE のホームページには
EconEdLink に 400 以上のオンラインの授業がある。この内容は、自由に見ることができる。これは、
生徒がオンラインで自習できるような形になっているし、また、教材としても利用可能になっている。
EconEdLink の授業の一般的な構成は次のようになっている。
①導入(Introduction)
:この授業の目的(何を学ぶか)の説明
②課題(Task)
:この授業での課題の目的と概説
③展開(Process)
:学ぶべき事柄と課題の具体的説明
④活動(Activities)
:生徒が行なう課題
⑤まとめ(Conclusion)
:この授業で学んだこと、および課題の意味の再確認 ⑥評価活動(Assessment Activity)
:練習問題などによる学習成果の評価
⑦発展活動(Extension Activities)
:授業外での学習を含む発展的な活動
授業には、タイトル、対象とする学年、学ばせたい内容基準が表示されている。
特徴としては、次のようなことをあげることができる。第1に、内容基準で表される概念や理論を
学ばせることが目的であり、事実や制度の解説ではない。第2に、活動(activity)中心の授業であり、
それにもとづき自ら考えるような内容になっている。意思決定をさせるような内容も多い。第3に、
ワークシートに書き込むような形式が多く、シンプルである。
NCEE の教材の内容は、事実に関するものではなく、主に内容基準で表される考え方を学ばせるこ
とを目的としている。そのための活動が設定されている。これは、多くはワークシートに生徒が書き
込むような形になっている。教師用の授業マニュアルにも多様なワークシートが活用されている。以
下では、これらの教材において、需給による価格決定の理論をどのように教えているかを検討する。
市場における均衡価格の決定は、右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線のグラフを用いて説明
される。需給曲線は、価格と需要量・供給量の与えられた表が使われる。表にもとづいて曲線を書か
せるようになっている。与えられた需要計画(価格と需要量の表)から需要曲線を、供給計画(価格
と供給量の表)から供給曲線を描き、それらを変化させることで、均衡価格と取引量の変化を確認す
るようになっている。需要と供給による価格決定を理解するには、それらの曲線を描いたり、曲線を
動かしたりして、その結果を確認することが最も有効であると思われる。
需給曲線を描く場合には、需要(demand)と需要量(quantity demanded)、供給(supply)と供
給量 (quantity supplied) の区別が強調されている。価格と需要量の関係(需要曲線)が需要であり、
価格と供給量の関係(供給曲線)が供給である。これは、需給曲線のシフトの説明において、「需要
が増えた」と「需要量が増えた」
、
「供給が増えた」と「供給量が増えた」を区別する必要があるから
である。この区別は、需要と供給による価格決定の理論を教える場合、誤解をもたらす原因の1つで
ある。需要が増えると(需要曲線が右側へシフトすると)、供給量が増えるが、これを供給曲線がシ
フトすることであると誤解する学生がいる。
130
加 納 正 雄
需給曲線を描く場合、需給曲線の形は仮定として与えられるが、需要表と供給表を個人の選択行動
から導き出す教え方もある。右下がりの需要曲線(需要法則)を、個人の選択から導き出すことは可
能である。一方、右上がりの供給曲線を導き出すためには、費用逓増的な条件(生産量が増えるにし
たがって単位あたり費用が増加する条件)を用いることが必要になる。
均衡価格は、需要曲線と供給曲線が交わった点であるが、なぜ市場で均衡価格が成立するかを、ゲー
ムで学ばせる方法も用いられる。供給グループのそれぞれの個人に異なる売値の下限価格を割当て、
需要者グループのそれぞれに異なる買値の上限価格を割り当てる。供給者はより高く、需要者はより
安く買うことが得点となるゲームである。売り手に与えられた売値の下限価格が市場の供給曲線に対
応し、買い手に与えられた買値の上限価格が市場の需要曲線に対応する。
このようなゲームは、抽象的な理論を、興味を持って学ばせるための工夫である。ただし、現実は、
ゲームとは異なる。理論は、現実を理解するための道具であり、ゲームは理論を学ぶための手段であ
る。ゲームは現実を表すのではなく、理論を学ぶための工夫である。ただし、ゲームが理論通りの結
果を生むかどうか、また、それから理論を学ぶことができるかどうか、それを確認するための工夫が
必要である。したがって、ワークシートなどには、ゲームの結果を解釈する作業が含まれている。
ゲームにはもうひとつの重要な教育上の利点がある。ゲームの結果は、個人の行動(目的)、ルール、
初期条件(ゲームの参加者のそれぞれに与えられた条件)などに依存する。したがって、それらの結
果を知ることができる。ルールや初期条件の影響を学ぶことも重要である。制度や初期条件を考える
ことは、政策や制度を考えることにつながる。また、個人の行動の目的を考えることは、個人の行動
の社会的結果を考えることにつながる。例えば、市場の需給曲線と需給均衡は、自己の利益を追求す
る個人の行動を仮定している。したがって、市場で成立する結果は、自己利益を追求する個人の行動
の結果である。このような行動は、誤解されやすいが、規範的でも、実証的でもない。単に分析のた
めの道具的仮定である。したがって、行動の仮定を変えれば、結果も変わってくる。
ゲームにおける個人の行動目的は、フレームワークの基礎的経済概念に分類されれる経済概念と関
係する。この基礎的経済概念は、市場を理解する場合の、個人の行動を基礎付けるものであり、市場
を理解するために必要な概念である。個人の行動の社会的結果が経済法則である。経済学を教える場
合、個人の行動との関連は、あまり意識されないが重要なテーマである。日本の教科書では、基礎的
経済概念が(若干の言及はあるが)体系的に整備されているわけではないので、市場現象とそれらを
関連付ける記述はない。
ゲームなどの活動は、抽象的な理論をおもしろく学ぶための工夫である。しかし、一方で、これら
の理論と現実との関連付けが問題になる。
現実の因果関係は複雑である。理論を教えるために現実を扱う場合には、その一部を切り取り説明
するような使い方になる。すなわち、多様で複雑な因果関係のなかの一部を単純化して説明すること
になる。それは、ひとつの見方、ひとつの側面にすぎない。現実の経済現象に対しては、多様な解釈
が可能である。理論では、一定の仮定のもとに結論が導かれる。しかし、現実の経済現象の場合には、
この仮定に相当する事実の認識が問題になる。これは、人によって認識が異なることが可能である。
したがって、事実を単なる事実として教えるのではなく、それらの事実を因果関係的に説明する場合
には、教える側の考え方が反映されることがある。事実を中心に書いてある教科書の場合には、この
ような教え方になる危険性もある。
理論は一定の仮定のもとに結論を出すことができるが、現実の現象は、多様な解釈が可能である。
したがって、これが正しい解釈であるという形で使用することはできない。NCEE の経済教育の場合
も、理論と現実の関係を教える場合は同じである。NCEE では、現実との関連は、発展活動または応
用ということになる。EconEdLink においても、現実を学ぶためのケーススタディが多く用意されて
いる。これらに関しては、必ず確定した答えがあるわけではない。
アメリカの NCEE と日本の「公民」の経済教育の比較研究
131
Ⅵ.むすび
NCEE の経済教育では概念や理論が体系的に整備されている。それらは市場経済を強く意識したも
のである。そのような概念や理論を、興味を持って教えるための工夫がなされている。一方、日本の
教科書は現実の説明を重視している。ただし、それらの記述を NCEE の基準にあるような概念にかか
わらせて説明することは可能である。経済的な見方や考え方を育成するためには、制度や事実を知る
だけではなく、それらを市場経済にかかわる概念や理論に基づいて説明することが必要である。その
ためには、大学以前の経済教育において、市場経済の基本的な考え方の基礎となる概念と理論を整備
することが必要であろう。また、経済学の理論の特質を考慮した教え方の工夫が必要になる。この点
で、NCEE の基準と教え方は参考になるものである。
ただし、本稿では扱わなかったが、課題はいくつかある。第1に、市場経済の基本的な考え方の基
礎として、どのような理論や概念を取りあげるかである。当然ながら、これらに関して合意が形成で
きるかどうかが問題になる。NCEE においても、どのような内容(概念・理論と事実)を取りあげる
かに関して大きな論争があった 17)。フレームワークとスタンダードの間でも強調の相違がある。日
本の場合、アメリカと異なり、社会のあり方の相違から、NCEE 的な概念を取りあげることが適切か
どうかを検討する必要がある。
第2に、教科書の記述である。教科書の内容を経済学にする必要はない。NCEE においても、小中
学校で経済学を教えることが想定されているわけではない。しかし、経済にかかわる分野に関して
は、
概念や理論との関連がわかるような記述が必要になる。本稿で述べたように「公民」教科書では、
NCEE の基準と比較すれば、市場経済の働きを理解するための理論や概念に基づいた記述や説明は十
分ではない。今後の経済社会の変化を考えると、より市場経済を意識した記述が必要になる。
注
1.文部省『中学校学習指導要領』平成 10 年版 、p.29
2.スタンダード作成の経緯に関しては、
栗原(1999)がある。スタンダードの邦訳にも解説がある。
NCEE の経済教育に関しては猪瀬(1997、1998)がある。フレームワークとスタンダードの関
係に関しては、
スタンダードの邦訳書に解説がある。詳しくはそれらを参照されたい。本稿では、
後の議論に必要なことのみを簡単に取りあげる。
3.カッコのなかの番号は、関連する基準を表している。F の後の番号はフレームワークの content
statements の番号を表している。すなわち、F7.3 はフレームワークの概念7の3番目の基準
(content statements の 7.3)である。S の後の番号は、スタンダードの内容基準の番号、学年レ
ベル、学年レベルごとの理解すべき事項の番号を表している。すなわち、S7.5-8.3 は、内容基準
の 7、5-8 学年レベル、3 番目の理解すべき事項である。以下、フレームワークとスタンダード
の基準をこの表記法によって表す。
4.ただし、理解事項の活用の説明に、需要計画 (demand schedule) と供給計画(supply schedule)
という用語が使用されている(S7.5-8.3)
。この言葉は、フレームワークでも使用されている。
需要計画は価格と需要量の表、供給計画は価格と供給量の表である。これをグラフに表せば(点
を結んで線にすれば)
、需要曲線と供給曲線になる。
5.EconEdLink は、NCEE のインターネット・ホームページにあるオンラインの授業である。400
以上あり、自由に閲覧することができる。
6.スタンダードの序文に「さらに、大学の経済学入門コースで常にとり上げられている他の一般的
な経済概念は、本書ではまったく触れられていない。例えばそれらは、所得効果、弾力性、絶対
優位、限界収益の逓減などである」
(NCEE, 2000,viii,邦訳 p.12)と述べられている。
加 納 正 雄
132
7.中学校「公民」の教科書は、平成 14 年版の 7 社(教育出版、日本文教出版、日本書籍、大阪書籍、
清水書院、帝国書院、東京書籍)を使用した。
8.需要曲線と供給曲線のグラフを使用しているのは7社中4社である。
9.大阪書籍の「モノの値段」
(p.120)に、
「人々が、ただならほしいと思う量にくらべて少ししか
ないもの ( 希少なもの ) には、プラスの値段がつきます。逆に、不要なものは、お金を払って引
き取ってもらわなければならず、マイナスの値段がつきます」という記述がある。この記述は、
モノの稀少性の定義と関連する。また、これを需給曲線で説明するためには、価格がゼロ以下の
点で需給曲線が交わるように図を描かなければならない。
10.例えば、東京書籍(pp.104-5)には、
「映画館で、前売り券と当日券の値段がちがうのはなぜか」、
「ノートや鉛筆の値段が、あまり変わらないのはなぜか」、
「同じ仕事でも、昼間よりも夜のほうが、
1時間の賃金が高いのはなぜか」
「キャベツがとれすぎると、農家の人がそれを廃棄する(捨てる)
、
のはなぜか」などの事例の記述が8つある。これらを正確に説明するには、需給曲線のシフトと
弾力性に関する知識が必要である。また、
「上の例の牛肉のように、消費者は価格が安ければそ
の需要量をふやそうとし、価格が高ければ需要量をへらそうとします。また、それによって、他
のもの ( 上の例の豚肉 ) の需要量も影響を受けます」
(帝国書院 p.44)は代替財の例である。また、
独占価格に関して、
「同じ種類の製品の売り手の中に、生産量や販売量が圧倒的に大きな企業が
あると、価格はその企業によって左右されがちです。それは、その企業が販売量を調整して、利
潤が最も大きくなるように価格を支配する力をもつからです。そのような企業が自ら設定する価
格は独占価格とよばれます」
(大阪書籍 p.114)という記述がある。価格を高くするほど利潤が
増えるわけではない。利潤が最も大きくなる価格に関しては、需要曲線に関する知識が必要であ
る。
11.中学校学習指導要領(平成 10 年版)では、
「社会生活における職業の意義と役割及び雇用と労
働条件の改善について、勤労の権利と義務、労働組合の意義及び労働基準法の精神と関連付けて
考えさせる」
(pp.29-30)となっており、これらの記述は指導要領に従ったものである。
12.フレームワークでは、具体的に 6 つの目標をあげている。すなわち、労働力の生産的なメンバー、
責任ある市民、賢い消費者、思慮のある貯蓄者と投資家、グローバル経済の有効な参加者、生涯
を通じた有能な意思決定者である(Saunders et al ., 2000, p.3)。
13.フレームワークでは、政策を判断する基準として、広範な社会的目標を設定している。これは、
経済的自由、経済的効率、公平、経済的安全(完全雇用と物価の安定)、経済成長などである
(Saunders et al ., 2000, pp.44-47)
。それぞれの目標の重要性は個人の価値判断による。
14.需給曲線に影響する価格以外の要因に関しては、フレームワークでも特定されている。これは需
要曲線をシフトさせる要因(F8.9)と供給曲線をシフトさせる要因(F8.11)である。需要曲線
をシフトさせる要因は、買い手の所得、嗜好、関連する財の価格などである。供給曲線をシフト
させる要因は、技術、投入物の価格、他の財の価格である。これらの要因以外にも、期待や時間
の問題がある。結果は、短期と長期では異なる。需給曲線は短期と長期では異なる。また、将来
の価格に関する期待も影響する。現実には、これらの多くの問題を考慮しなければならない。
15.Saunders et al ., 2000,p.60.
16.NCEE,2000,viii,邦訳 pp.14-15.
17.これに関しては、猪瀬(1998)が参考になる。
アメリカの NCEE と日本の「公民」の経済教育の比較研究
133
付表:フレームワークにおける幼稚園~ 12 学年までの基本的経済概念
分野
概念
学年段階
K-4
5-8
9-12
1. 稀少性と選択
N
R/N
R/N
2. 機会費用とトレードオフ
N
R/N
R/N
N
R/N
R/N
4. 経済システム
N
R/N
R/N
5. 経済制度と経済的刺激
N
R/N
R/N
6. 交換、貨幣、相互依存
N
R/N
R/N
7. 市場と価格
N
R/N
R/N
N
R/N
R/N
R/N
N
R/N
基礎的経済概念 3. 生産性
8. 供給と需要
ミクロ経済概念 9. 競争と市場構造
N
10. 所得分配
11. 市場の失敗
12. 政府の役割
N
13. 国内総生産
N
R/N
R/N
R/N
N
R/N
14. 総供給と総需要
マクロ経済概念 15. 失業
16. インフレーションとデフレーション
N
N
R/N
N
R/N
17. 金融政策
国際経済概念
N
18. 財政政策
N
R/N
19. 絶対優位、比較優位、貿易障壁
N
R/N
20. 外国為替レートと国際収支
N
R/N
21. 成長と安定の国際的局面
N
R/N
N:新しく導入される内容、R:強化あるいは復習される内容
Saunders et al ., 2000、p.63、ただし、分野の欄を加えた。
参考文献
Elaine Coulson, Sarapage McCorkle(2004), Master Curriculum Guide in Economics Teaching
Strategies 5-6, National Council on Economic Education, 2004.
猪瀬武則(1997)
「経済教育カリキュラム開発の課題」、経済学教育学会『経済学教育』第 16 号
猪瀬武則(1998)
「米国経済教育のカリキュラム論争―全米経済教育合同協議会の 1984 年版『フレー
ムワーク』をめぐって―」全国社会科教育学会『社会科研究』第 49 号
加納正雄(2004)
「中等教育における経済教育の基本理念をめぐって― NCEE の経済教育の検討を通
じて―」経済教育学会『経済教育』第 23 号
栗原久(1999)
、経済
「「2000 年の目標 : アメリカ教育法」と経済教育の「全国共通学習内容基準」」
学教育学会『経済学教育』第 18 号
栗 原 久(2001)
「 近 年 の ア メ リ カ 合 衆 国 に お け る 経 済 教 育 の 展 開 ― NCEE: Voluntary National
Content Standards In Economics の刊行をめぐって―」、経済学教育学会『経済学教育』第
加 納 正 雄
134
20 号
Mary C. Suiter, Joanne Dempsey, Mary Ann B. Pettit, Mart Lynn Reiser (2000), Focus Middle School
Economics, National Council on Economic Education.
Michael Watts, Sarapage McCorkle, Bonnie T. Meszator, Mark C. Schug (2003), Focus High School
Economics. National Council on Economic Education.
中村奈々子(2003)
「経済教育の現状と課題―アメリカ合衆国『全国共通学習内容基準』の検討を通
して―」経済学教育学会『経済学教育』第 22 号
National Council on Economic Education (2000), Voluntary National Content Standards in
Economics, National Council on Economic Education, 『スダンダード 20』翻訳研究会訳
(2000) 『経済学習のスタンダード 20 21 世紀のアメリカ経済教育』消費者教育支援セン
ター
Phillip Saunders and June Gilliard eds., (2000), Framework for Teaching Basic Economic Concepts
with Scope and Sequence Guidelines K-12, National Council on Economic Education.