本文 - 宇都宮大学農学部

Glu-1Dx5遺伝子の組み込まれたイネのグルテニンの発現
Expression of the Glu-1Dx5 gene in rice
2009年2月
宇都宮大学農学部生物生産科学科
植物生産学コース作物栽培学研究室
氏家綾子
目次
要旨・・・・・・・・・・2
緒言・・・・・・・・・・3
材料と方法・・・・・・・4
結果と考察・・・・・・・6
謝辞・・・・・・・・・・11
参考文献・・・・・・・・12
Summary・・・・・・・14
写真・・・・・・・・・・15
要旨
本研究では2つの実験を行った.実験①として,コムギとイネで製パン性にどのような違い
がみられるかをコシヒカリ,市販の強力粉,農林61号,コシヒカリにグルテンを加えたも
の,Glu-1Dx5遺伝子を導入したイネ,遺伝子を導入したイネにグリアジンを加えたものの6
種類を作り比較実験を行った.玄米や玄麦を製粉した.コムギから製粉したものは,市販の小
麦粉を用いたものよりも膨らみが小さかったが,内部の気泡は均一であった.しかし,コメか
ら製粉して作ったものは弾力性や粘りといったものが少なく,気泡もまばらで表面にはヒビ
がはいるなど,触るとぼろぼろと崩れた.コメにグルテンを加えたものでは,崩れやすいがコ
メだけのものと異なり,小麦粉から作ったパンのように形が保たれた.遺伝子を導入したコ
メのみだと気泡が均一でなく,力を加えるとすぐにつぶれてしまった.しかし,遺伝子を導入
していないコメのときと比べて形は保たれた.遺伝子を導入したコメにグリアジンを加えた
ものは,加えていないものに比べ力を加えたとき弾力があり,なかなか崩れなかった.
実験②では,コムギのGlu-1Dx5遺伝子を導入したFatmawatiのT2世代でグルテニン
を作っているかをみた.抽出を行った結果,グルテニンと思われる白色の沈殿が得られた.
緒言
イネやコムギはトウモロコシを含め,世界三大穀物と呼ばれ,人類が生きるためのエネル
ギーを供給するのに重要な作物である.イネの遺伝的改良は人類の発展に大きく貢献してき
た.水田農業を中心とする熱帯地域のインドネシアでは,高温で湿潤な気候と土地利用の問
題からコムギの栽培が困難であるため,世界の2006年度小麦生産合計593.0百万tに対
し,5.3百万tを輸入している(外務省 2009).また,近年は世界の天候懸念等により小麦価格が
上昇している(農林水産省 2007).
そこで,東南アジアで栽培されているイネのFatmawatiにコムギGlu-1Dx5遺伝子
(Sangtong 2002)を導入し,製パン性を示すイネを作ることで,小麦を輸入に頼らずにコメか
らパンを作り,供給することが可能となる.このことから,Nonoによってgene gun装置を使
ったコムギGlu-1Dx5遺伝子の導入が行われた(Nono 2007).これらをPCR法で調査したと
ころ,T0世代の15個体から導入した遺伝子と同分子量のタンパク質が確認された(Wadaら
2009).T1世代では30個体,T2世代では96個体から導入した遺伝子の存在が確認された(藤
田 2009).
本研究では,コムギGlu-1Dx5遺伝子の存在が確認されたT2個体から得られた玄米を用い
製パンと抽出の実験を行い,グルテニンが発現しているかを調査した.
材料と方法
実験① 製パン性試験について
小麦粉と米粉でのパンの出来(新潟県2009)を比較するため,以下の6種類の実験を行った
パンの作り方は,手作りパンレシピ(簡単手作りパン研 2009)と小麦の科学(長尾 1995)の作
り方を参考に,分量を変えて行った.Glu-1Dx5遺伝子を導入したイネは,藤田(2009)よって導
入遺伝子が存在することを確認されたT2世代の96個体中78個体を用い,その種子を採取し,
玄米で102g得ることができた.それをコーヒーミルで粉にした.
市販の強力粉とコシヒカリのみ,T2世代の遺伝子導入イネ(藤田2009)のみ,農林61号
は,粉を20g,ドライイースト0.4g,砂糖3g,塩0.3g,バター2g,水15ccを加えて作った. コシヒ
カリにグルテンを加えたものはコシヒカリ18.28g,グルテン1.72gでその他の材料を加えた.
この分量はグルテンがグルテニンとグリアジンからなり,小麦全体の8.07~8.64%に相当す
ることから,今回はグルテンを8.6%として加えた.遺伝子組み換えイネにグリアジンを加え
たものは組み換えイネ19.14g,グリアジン0.86gで他の材料を加えた.この時グルテニンとグリ
アジンの量が1:1であると設定した.
それぞれ材料を全て混ぜ合わせ,まとまってきたところで生地を伸ばして折る作業を10
分間行い,生地をまとめ,クッキングシートを敷いた鉄板の上に載せ,ラップをかぶせて一時
発酵を40℃40分行った.その後,ガス抜きを行い,二次発酵を40℃30分行い,予熱なしのオー
ブンで180℃17分間焼いた.
比較は二次発酵前と焼成後の周囲の長さと,焼成後の断面を計測することで行った.
実験② グルテニンの抽出について
グルテニンの抽出を行う玄米は,藤田 (2009)がコムギのGlu-1Dx5遺伝子が後
代に遺伝していることを確認した植物体のT2世代から得られた96個体を使用した.抽出方
法は吉田 (2006)の方法を参考に行った.粉20gと水10mlをこねて塊にし,0.1N酢酸を
5ml入れつぶして混ぜ,0.1N酢酸をさらに20ml加えて60分間撹拌した.その後,8,000rpm
で25分遠心し,上澄みを取り,エタノールを加えて70%溶液にし,酢酸ナトリウムでpH6.6
にして一夜放置した.生じた沈殿をグルテニンとした.
結果と考察
実験① 製パン性試験について
6種類のパンを作った.第1表と第2表は,それらの二次発酵前と焼成後のパンの周囲の長
さと差,断面の高さと幅である.第1図と第2図は作成したこれらのパンを上から見たときと
断面の様子である.市販の強力粉は弾力があり,とてもふわふわとしていた.農林61号は強力
粉に比べ膨らみが小さく,食べてみると少し硬かった.コシヒカリのみで作ると生地がまと
まりにくく,形を保つことができず広がりやすかった.焼成後は気泡がつぶれ弾力もなく,ク
ッキーのように固くなり,とても崩れやすかった.コシヒカリにグルテンを加えたものでは
生地の状態でも焼成後も形を保っていた.しかし,焼成後の膨らみや形の保持はみられたが
気泡は均一でなく,コシヒカリのみの時と同様に焼成後はとても硬く崩れやすかった.遺伝
子導入イネだけの時とそれにグリアジンを加えた時では形に差はみられず,焼成後の表面で
はどちらもヒビがはいっていた.このとき,グリアジンを加えずに作った方はヒビが目立っ
ていた.気泡はどちらもあまり均一ではなかった.弾力はグリアジンを加えて作った方があ
り,加えなかったものに比べてつぶれにくく,もっちりとしていた
第1表 二次発酵前と焼成後のパン周囲の差.
コシヒカリ+グルテン
コシヒカリ
強力粉
農林61号
遺伝子導入イネ
遺伝子導入イネ+グリアジン
値はcm.
発酵前
成後
12.70
12.20
13.50
12.60
11.95
12.75
4.70
2.60
8.95
4.90
13.00
13.75
2.00
0.40
5.45
2.30
1.05
1.00
第2表 焼成後の断面の高さと
幅.
コシヒカリ+グルテン
コシヒカリ
強力粉
農林61号
遺伝子導入イネ
遺伝子導入イネ+グリアジン
値はcm.
高さ
幅
3.14
2.00
3.88
3.14
3.10
2.90
3.77
4.60
5.24
4.40
4.00
4.40
第1図 (写真上) 製パン試験結果(断面).
第2図 (写真下) 製パン試験結果(上から).
実験② グルテニンの抽出
第3図は導入したグルテニンを抽出したときのものである.市販の小麦粉からも遺伝子を
導入したイネ玄米からも抽出することができた.この実験から,導入されたコムギGlu-1Dx5
遺伝子は発現しているといえる.
第3図 コムギGlu-1Dx5遺伝子を導入したFatmawatiからのグルテニンの抽出.
第4図 小麦粉からの抽出.
0
謝辞
本研究を行うにあたり,多くの方々からご指導とご支援をいただきました.ありがとうご
ざいました.吉田智彦教授には,悩んでいるときに話を聞いていただき,多くの助言をいただ
きました.社会に出てからも私の支えになると思います.和田義春准教授,農場作物研究室の
高橋行継准教授にも研究についてだけでなく,様々なお話を伺うことができました.バイオ
サイエンス教育研究センター遺伝子実験施設の松田勝准教授には,実験を進めるにあたって
実験方法について多くのアドバイスをいただきました.
また,大学生活の中で出会った友人や先輩,研究室で共に学び励ましあった4年生,土壌学
研究室の方々には大変お世話になりました.
最後に,大学進学という機会を与え,精神的,経済的に支えてくれた両親と,くじけそうにな
ったときに相談に乗ってくれた弟に心から感謝します.本当にありがとうございました.
引用文献
藤田千咲 2009. イネに導入したコムギGlu遺伝子の後代への遺伝について.宇都宮大
学卒業論文.
外務省 2009. インドネシア共和国.
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/indonesia/data.html
簡単手作りパン研 2009. 簡単手作りパンのレシピ.
http://nanohana22.sakura.ne.jp/bread/recipe1.htm
長尾精一編著 1995. シリーズ《食品の科学》小麦の科学. 朝倉書店. 1-197.
新潟県農業総合研究所食品研究センター 2009. 米からパンをつくる.
http://www.niigatamai.info/userimg/10434/米からパンをつくる.pdf
農林水産省 2007. 世界の穀物等の需給動向.
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/jki/j_rep/pdf/0708SEKAIJUKYU.pdf
Nono Carsono 2007. The Establishment of in vitro Culture and Genetic
Transformation of the Wheat Glu-1Dx5 Gene to Rice Plants by Gene Gun Bombardmen
東京農工大学学位論文. 1-110.
岡留美穂,林好子,中川和秀,大野信子 2007. 玄米粉を用いた発酵パンの製造について
和洋女子大学紀要. 家政編 47:41-52.
2
Sangtong,V., D.L.Moran, R.Chikwamba, K.Wang,W. Woodman-Clikeman, M.J.Long,
M.Lee and M.P.Scott 2002. Expression and inheritance of the wheat Glu-1Dx5 gene
in transgenic maize. Theo.Appl.Genet. 105:937-945.
Wada.Y, Nono Carsono, Anas, Ly Tong and T.Yoshida 2009. Genetic Transformation
of the High Molecular Weight Glutenin (Glu-1Dx5) to Rice cv.Fatmawati. Plant Prod.
Sci. Accepted.
吉田千秋 2006.カリウムイオンによるグルテンタンパク質の凝集. 京都短期大学紀要
34:13-20.
3
Summary
Expression of the Glu-1Dx5 gene in transgenic rice
Ujiie Ayako
Firstly, I checked the difference of breadmaking between wheat and rice. Flour was
made from whole grains.Bread was made from six types of flour, i.e.,Koshihikari,
Nourin61, Koshihikari in addition of gluten, transgenic rice with Glu-1Dx5 gene and
the transgenic rice in addition of gliadin. Nourin61 inflated and inside bubbles were
uniform. Koshihikari alone had no elasticity and showed not uniform bubbles and
cracked. Koshihikari in addition of gluten did not cracked. Transgenic rice with
Glu-1Dx5 gene showed elasticity and did not cracked, but not uniform bubbles
Secondarly, I checked the presence of glutenin in transgenic Fatmawati in T2 rice
with the Glu-1Dx5 gene. Glutenin was detected as a white sediment.
4
写真
浸種の様子
宇都宮大学圃場の農林61号の様子
育苗中の遺伝子導入イネの様子
5
収穫した遺伝子導入イネの玄米
6