Wireless Power Transmission into Metallic Tube Using Axial Slit for

公益財団法人大林財団
研究助成実施報告書
助成実施年度
2014 年度(平成 26 年度)
研究課題(タイトル)
金属を介した磁気共振結合型無線電力伝送の基礎研究とインフラ設
備診断への応用
研究者名※
嶋村
耕平
所属組織※
筑波大学 システム情報系 構造エネルギー工学域 助教
研究種別
研究助成
研究分野
都市交通システム、エネルギー計画
助成金額
100 万円
概要
近年先進国諸国において老朽化したインフラ設備の崩落や破損
によって引き起こされる事故が発生しており、事故を防ぐための
設備保守点検の財政面や技術的な難しさが問題となっている。従
来の超音波や打音検査などの非破壊検査は手動による人海戦術
であり、巨大な建造物や人の立ち入れない危険な区域への診断は
難しく、膨大な数のインフラ設備を全て把握することは困難であ
る。従来の構造物に対する非接触方式とは全く異なった先進の無
線電力伝送技術を応用した効率的な技術を用いて、本研究では伝
送効率向上を目指した学術的研究を行った。
発表論文等
Wireless Engineering and Technology, 2015, 6, 50-60
※研究者名、所属組織は申請当時の名称となります。
(
)は、報告書提出時所属先。
1.研究の目的
近年、老朽化したインフラ設備の崩落や破損によって引き起こされる事故が先進国諸国で見られ
る。日本においては高度経済成長時代に作られたインフラ設備が一斉に 40-50 年の設計寿命を
迎え、大規模な崩落事故が今後も起こる可能性があり、事故を防ぐための設備保守点検の財政面
や技術的な難しさが問題となっている。
これらの問題に対して無線電力伝送技術を用いた点検の自動化技術が検討されている。例えば、
津野らはトンネル内に無線センサを設置してトンネルの変形を監視するシステムを提案してお
り、黒田らは発電所配管内の検査ロボットへの無線電力伝送を検討している。このように無線電
力伝送技術の特徴である配線が不要であることや非破壊で配管内部や構造物に干渉できる点は、
巨大なインフラ設備の多点計測・点検に向いている。
金属を含む構造物・インフラ診断に無線電力伝送技術を応用する上での技術的課題は、金属周
辺に渦電流による発熱が発生する点である。現在市販されている電磁誘導方式の充電器等では、
金属異物を感知すると自動的に送電ストップする機能を搭載している。Zangl らの金属を介した
電磁誘導方式による電力伝送実験では、金属浸透厚さの大きい発振周波数 50 Hz を用いているが、
励起周波数で非共振のため伝送効率及び伝送電力が高くない。
インフラの点検対象である、コンクリートやその内部の鉄筋、または金属配管への無線電力伝送
技術を用いた非接触・非破壊検査には、磁気共振結合技術が有用である。従来の電磁誘導方式は
数 10 kHz 程度であれば 10 cm の空間中に比較的高効率での伝送が可能であるが、磁気共振結合
は数メートルオーダーでの伝送が可能である。2007 年に発表された磁気共振結合技術は、電気自
動車や携帯電話への応用研究が盛んに行われている。磁気共振結合における金属の影響につい
て、条件によっては伝送効率が向上することが分かっている。我々の過去の研究では、磁気共振
結合方式を用い金属浸透深さの高い発振周波数 50 Hz で励起して 1~10 mm のステンレス壁を挟み、
伝送距離 120 mm, 伝送効率 40 %で 3 W の LED 照明を点灯させることに成功しており、 石田らは
鉄筋コンクリート壁間での周波数 60 Hz 電力伝送に成功している。高周波帯における磁気共振結
合方式の伝送効率は他の周波数帯に比べて優れているため、広く研究に用いられている。
本研究では、高周波帯を用いた無線電力伝送技術によるインフラ診断への応用を目的とし、非誘
電体スリットを含む金属閉空間内への電力伝送システムを提案する。高周波が金属管を透過する
ことは困難であるため、中継コイルの役割を果たすスリット形状を金属管に導入する。中継コイ
ルは伝送距離を伸ばす試みとして広く研究がなされている。
例えば、既存の配管の一部を本研究が提案するスリット形状を持つ配管と置き換えることで、配
管内の計測機器へ電力を非接触で送ることができる。計測器はこの給電スポットから充電が可能
となり、バッテリーレスで長期間作動させることができる。具体的には、ステンレスの配管に強
化プラスチックのスリットを設けた配管構造であれば、電気的にはスリットがある事と等価とな
る。先行研究において、スリット付金属管の設計指針を得るために形状や金属材質を変えて最適
な条件について検討を行った。本研究においては最適設計基準に基づき、軸方向スリットが伝送
効率に与える影響を実験で定量的に評価し、有限要素法の数値計算による電流密度分布から金属
管のスリット有無による現象の違いを明らかにした。
2.研究の経過
A.電力伝送実験について
図1
上図に金属管無し、金属管にスリット有り、金属管にスリット無し、それぞれの場合での伝送
距離に対する伝送効率の測定結果を示す。
伝送効率は η = | S21 |2 で求めた。
図(a) において x / d < 0.4
では、金属管の有無に関わらず 80 – 90 % 程度と高い効率を示した。金属管スリット無の場合は、
x / d > 0.4 で急激に伝送効率が低下し、x / d = 1 でほぼ 0 となる。金属管無しの場合は、x / d = 1.5
まで緩やかに効率は減少する。一方で、金属管スリット有の場合は x / d = 1.5 でも 40 %程度と、金
属管が無い場合に比べて高い効率を示した。
また図(b)では x / d < 0.2 までは高い効率を示したが、金属管スリット無の場合は無次元距離 0 で
伝送効率 0 であった。図(a) と同様に金属管スリット有の場合が、金属管無に比べて伝送効率が高
く、より長い伝送距離に対して効率を維持することができた。
図(a) において x / d > 0.4 では金属管にスリットを設けた場合は金属管無しに比べて高い伝送効
率を示したが、これは金属管が中継コイルの役割を果たし、伝送距離が長くなるにつれてその影
響が現れたと考えられる。一方で x / d < 0.4 では、金属管スリット有に比べて金属管の無い場合は
高い伝送効率を示したが、これはスリット付金属管の放射損失や導体損失が発生し、金属管を流
れる電流の一部が損失したためと考えられる。金属管の外から伝送する図(b) において金属管スリ
ット無の場合は、13.7 MHz の高周波では浸透厚さが 0.1 mm 以下であるため、ほとんど効率が 0
であった。
B.電流密度分布計算について
前節で金属管の無い場合に比べて、金属管スリット有の場合は距離に対して伝送効率が高かっ
た点について、x / d > 0.4 における計算結果を図 2 と図 3 に示す。これら図において、 (a),(b)の図
はそれぞれスリットの有る場合・ない場合の誘導電流密度分布を示しており、図中の色変化はカ
ラーバーの値と対応している。図 2 と図 3 においてカラーバーはそれぞれ線形・対数表示であり、
また最大値が 10 倍程度両者で異なる。これは送電側コイルの大きさの影響が与えるものである。
図2(a)
図 2(b)
電流密度はベクトルとして、図中では矢印で表しており、矢の大小は電流密度の大きさに比例す
る。図中金属管の内外に置かれたコイルはそれぞれ上側が受電コイル、下側が送電コイルである。
図 2(a)より、送電側と受電側のそれぞれのコイルの周辺の管表面を誘導電流が周方向に流れてお
り、スリットを通じでこれら両者がつながっていることが確認できる。一方で図 2(b)において軸方
向スリットが無い場合はコイル電流によって、誘導電流が周方向に流れ、その結果軸上に反磁場
が生じコイル間の結合を打ち消している。
図 3(a)
図 3(b)
図 3(a)でも同様に送電側と受電側のそれぞれのコイルの周辺の管表面に周方向への誘導電流が
確認でき、軸方向スリット上を電流が流れることで両者が繋がっているのがわかる。一方で軸方
向スリットが無い場合(図 3(b))は、送電側コイル付近の金属管表面にのみ誘導電流が確認できる。
受電側コイル付近の金属管表面に電流が確認できなかったのは、13.7 MHz の高周波は今回の 0.1
mm 程度の厚さの金属を透過することが難しく、また金属管内での実験同様に管表面の誘導電流が
コイルの磁場を打消し、コイル間の結合を阻害しているため、受電側コイルに電流が流れなかっ
たと考えられる。
これらの結果から金属管スリット上を流れた電流の影響で共振器間の結合係数が高まり、結果と
して金属管が中継コイルの役割を果たしていたと考えられる。一方でスリットが無い場合は、管
表面を流れるそれぞれ向きの異なる誘導電流の影響で軸状に強い磁場が発生し、コイル間の結合
を打消し、磁気共振現象を起こすことを難しくしている。また管表面の電流値が高いことからも、
その影響が大きいことが分かる。
3.研究の成果
本研究結果から以下のことが明らかになった。送受電共振器を金属管内に配置しスリットを設け
た場合は、金属管が無い場合に比べて伝送効率が高かった。一方伝送距離に対して、スリットが
ある場合は伝送効率が低下しなかった。
また、金属管に軸方向スリットがある場合は、送受電
側それぞれのコイル周辺の管表面を流れる誘導電流が、スリットを通じで繋がる。その結果、金
属管が中継器の役割を果たし結合係数を高める効果が見られ、結果として伝送距離や効率を高め
たと考えられる
スリットの無い金属管では、強い誘導電流によって発生する磁場の影響で、コ
イル間の結合を打ち消す効果が発生する。結果として、金属管内及び金属管内外での実験におい
て、ほとんど電力を伝送することができなかった。
本研究成果は関連する電気学会、電気通信情報学会において研究発表を行った。また雑誌論文と
して欧文誌 Wireless engineering and technology への投稿を行った.
研究成果
K. Shimamura, K. Komurasaki, Wireless Power Transmission into Metallic Tube Using Axial Slit for
Infrastructure Diagnostics, Wireless Engineering and Technology, Vol. 6, pp.50-60 (2015)
大野圭介,嶋村耕平,横田茂,金属配管内での磁気共振型無線電力伝送における軸方向スリ
ットの影響, 平成 28 年電気学会全国大会,4-180, 東北大学, 2016 年 3 月
(発表予定)大野圭介,嶋村耕平,横田茂,磁気共振方式における金属構造物を共振器とし
た場合の無線給電への影響,無線電力伝送研究会, 東京大学(2016 年 6 月)
4.今後の課題
本研究では金属を介してエネルギーを送ることに成功した.一方で,スリットと共振器コイルの
エネルギー伝送,中継コイルとの役割に関しては不明な部分があり,例えば金属管自体を共振器
コイルのように共振周波数を合わせることで更なる効率の上昇が期待できる.
このような観点で現在共振器の周波数をコンデンサや構造物自身の空隙などを用いて共振させ、
伝送効率を上げる研究を行っており、インフラ診断への応用を想定して研究を進めている。