小学校教師なら知っておきたい「走り」のこと 小田伸午 (京都大学高等教育研究開発推進センター教授) 生まれてから 12 歳くらいまでは、神経系の発達がもっとも著しく、6 歳時にすでに 90% の発達を遂げ、12 歳で、ほぼ 100%に近くなります。したがって、神経系の発達の著しい 小学校段階で、種々の動きを身につけることは、この時期に筋力やスタミナなどの体力面 を身につけることより重要となります。そして、中学、高校段階に入って、筋肉、内臓系 の発達が著しくなる時期にさしかかるころに、筋力やスタミナを身につけるトレーニング を加えてゆくのが、発育発達段階におけるトレーニングの優先順と言えます。 本稿では、多くのスポーツの基礎である「走ること」について、小学生段階でどういう ことに留意したらいいか、書きとめてみたいと思います。 ハダシで走る 走るって、本当に楽しいですね。子供達は、グランドや体育館や広い部屋に入ったら、 楽しそうに駆け出します。それを見ていると、走ることは楽しいことだということが分か ります。子供達の躍動と笑顔は、走ることが楽しいように人間は生まれているとさえ思わ せます。 現代人は靴を履いて走るのが常識ですが、私が小学生の頃(昭和30年代の後半)は、 運動会の徒競走では、靴を脱ぎました。運動会が近くなると、いつも父から言われました。 「いいか伸午。徒競走では靴を脱ぐんだ。ハダシが一番速いんだ」。 あの頃は、ハダシで徒競走を走るのが普通でした。タケボウキで、石ころひとつ無いよ うにきれいに履いたグランドに引かれた白線。その上を、ハダシで駆け抜ける。そのとき のときめく心は、いまも忘れていません。学校の正門前の文房具屋さんには、運動会前に なると、白いタビがずらりと並んだものです。真っ白いタビで走る。それはそれは、カッ コいいものでした(タビなんてカッコワルっと今の子供達は思うでしょうね)。 幼稚園から小学生段階では、ハダシで走ることも、奨めます。ハダシで走っても安全な ところをみつけないといけませんが、体育館のなかなどでは、上履きを脱いで、ぺたぺた 足裏をつけて、子供達をハダシではしらせてみましょう。先生も一緒にやってみましょう。 靴を脱いだ開放感も味方してくれます。 体育館の床の上を、靴下を脱いでハダシで走るのと、靴下を履いたまま、それぞれタイ ムを計ってみてください。体育館一周でも、一往復でもいいです。体育館のフロアーは滑 ります。誰でも、靴下を履いたほうが滑るので、タイムがハダシで走ったときと比べて遅 くなると思います。問題は、その差が大きいか、小さいか、です。靴下だと滑ってうまく 走れない人は、力んでつま先で床を蹴る走り方になっている、と思ってください。タイム 差が小さい人は、いい走り方をしています。足が速い人だけをほめるのではなく、ハダシ 走と靴下走のタイムの差が小さい子も、大いにほめられてよいと思います。 近くに海があって、砂浜があれば、砂浜の上をハダシで走ってみましょう。波の音を聞 きながら、走ってみましょう。硬い砂の上、やわらかい砂の上など、砂の状態で、走りや すさ、走り方がどう変るかを感じてみるのも楽しいことです。学校の校庭で測った50m 走のタイムと、砂浜の上で測る50m走のタイムも比べてみましょう。これも、タイムの 差が大きい人と小さい人がいると思います。タイムの差が大きい人は、足首を強く伸展さ せて蹴る動作をする人です。このようにして地面を蹴って走ると、砂が体重を受け止めて くれません。足を取られて滑ってしまいます。小学生段階で、砂の上でどうしたら足を取 られないで走れるかを、からだで覚えたら一生の財産です。パリで行われた世界陸上選手 権の200m競争で3位に入賞した末續慎吾選手は、砂浜の上で速く楽に走れる走り方を 身につけたことは有名な話です。 整地された平らなグランドの上ばかりを走らないで、近くにでこぼこ道や、上り下りの 丘などがあれば、そういうところを走るのも、神経系の発達の著しい小学生段階では、非 常に好ましいことです。でこぼこ道は、全力で走ると足をくじいたりしますから、ゆっく り走ってください。走るときのバランス感覚が自然に身につきます。安定が悪いでこぼこ の上では、いつまでも地面に着いている足に体重をかけることはできません(砂浜での走 りも同じことが言えます)。踏み出す足に体重をスムースにかけてゆく走り方を自然と身に つけることが出来ます。体育館を靴下で走るのも、砂浜を走るのも、地面に着いた足で蹴 る感覚の走りでは滑ってしまいます。宙に浮いた踏み出す足に体重をスムースにかけてゆ く走り方を覚えるのに役に立ちます。 カカトを踏む 前に向かって走るのも楽しいですが、後ろ向きに走るのもおもしろいものです。前向き に走るのが一番速い人が、後ろ向きでも一番速いでしょうか。前方向に走ると1番になれ ない人が、後ろ向き競争では1番になれるかもしれません。 後ろ向きに走っておいて、急に前向きに走る方向をきりかえて前に走ることをやってみ ましょう。後ろ向きから、前向きにきりかえることは、とっても難しいことです。後ろに 走る勢いを、前向きにきりかえることを覚えたら、前向きに走ることが楽になります。楽 になると、速くなります。 いい走り方というのは、踏み出す足に体重が乗ってゆくような走りです。地面に着いた 足にしっかり体重をかけて、その足で地面を蹴るようなイメージで走り方をとらえてはい けません。サッカーのキックも、蹴る足に体重を乗せるようにして、からだの動きを止め ずに蹴るのです。立ち足に体重を乗せて、止まって蹴るキックを一度覚えてしまうと、大 人になってから、なかなか直りません。日本のサッカー界がかかえる大問題です。 ヨーロッパで走り方の練習でよくやるのが、実は、後ろ向き走りから、前向きにきりか えて走ることなのです。小走りに小さい歩幅で後ろ向きに下がって、笛の合図で前にダッ シュするのもいい練習です(図1)。こんどは、イチ、ニ、サンと3歩後ろに大きな歩幅で跳 ぶように下がって、前向きにきりかえてダッシュします。切り返すときに、地面に着いた 足の力を一瞬抜き、膝をやや曲げ、カカトをつけて、カカトで地面を踏みます(そのとき、 つま先は少し外側をむきます)。体重は、地面に着いた足にしっかりかけるのではなく、前 に踏み出す足にかけてゆくような感じです。 図1 後ろに下がってから前に走ることで、踵を踏んで前に出ることを自然と覚える。 写真提供、ベースボールマガジン社 後ろ向きから前向きにきりかえる練習をするうちに、からだを前に進めるには、どうし たらいいのかが、だんだんからだの感じで分かってきます。地面に着いた足のカカトで踏 んで前にでる感じが次第に分かってきます。つま先で着いて、つまさきで力を入れて地面 を蹴っても、からだはすんなり前に出て行きません。 読者の皆さんは、バスや電車のなかで立っているときに、前に倒れそうになったら、カ カトを踏みますか。つま先を踏みますか。その場で立って、誰かに前に倒れるように背中 を押してもらってみて下さい。カカトをあげてつま先を踏んだと思います。つま先は、前 に行こうとするからだにブレーキをかけ、後ろにゆく力をかけるときに踏みます。 逆に、後ろに倒れそうになったときは、つま先を踏むでしょうか。今度は、後ろに倒れ るように胸を押してもらってください。つま先をあげてカカトを踏んだでしょう。カカト は、後ろに倒れそうになるからだにブレーキをかけて、前にゆく力をかけるときに踏みま す。前に走るときは、つま先で蹴ると速い、と思いこんでいる人は、じつは、反対だとい うことを知りましょう。 ゆっくり走るときは(歩くときもそうですが) 、カカトを踏んでからだを前に押し出すよ うに走ると楽に前に進みます。全力で走るときは、べたべたとカカトを地面につけないほ うがいいのですが、ゆっくり走るときにカカトを踏んで前に進む感じが役に立ちます。 踵を踏むときに、実は、スネの筋肉が活動し、足首を屈曲させる力が働いています。踵 で踏んでスネの筋肉を使う感覚をゆっくりの走り方で身につけると、全力疾走時に、つま 先で蹴って、足首を伸ばしきる動きをしなくなります。踵とスネの感覚を養うには、鼻緒 のある履物(下駄、草履、わらじなど)を履いて走歩行することを奨めます。地面から足が離 れるときに、鼻緒をつまんで親指の腹で履物の台をかるくプッシュするのです。その動き を図2に画像で示しました。全力疾走では、速い児童は、カカトはべたべたと地面につか ずに、一見つま先で蹴って走っているように見えますが、将来性のある走り方は、離地の 瞬間、足首で蹴り切るのではなく、スネの力を使って、早く足を前に持ってゆくような走 りです。 図2 足が地面から離れるときに、足首を曲げるようにして、草履の鼻緒をつまむように 親指の腹で履物の台をプッシュする。 小山田良治作図 1直線をまたいで走る 100 秒を9秒台で走る世界のトップスプリンターは、1直線上を走るでしょうか。それと も、2直線上を走るでしょうか。正解は「2直線上を走る」です。世界のトップ選手は、 自然な腰の幅で、左右の足を接地してゆきます。 皆さんも、2直線と、1直線の両方で走ってみましょう。2直線を走るというと、二本 の線を踏むこと自体にとらわれてしまいますので、道路に引いてある太い1本の線などを 利用して、その線を左右にまたいで走ってみましょう(図3上)。次ぎに、その太い線の上 を踏むようにして、1直線を走ってみましょう(図3下)。 図3 1 直線をまたいで走る(上)と 1 直線上を走る(下) 写真提供、ベースボールマガジン社 どちらが走りやすいでしょうか。1 直線をまたぐといっても、左右幅が広すぎる場合はか えって走りづらくなりますが、適度な(腰幅くらい)2直線幅なら、2直線を走った方が 走りやすく、スピードも出やすいことが感じられると思います。リュックサックをしょっ て2直線を走るとどうでしょう。リュックサックが左右にあまり揺れないことが分かると 思います。2直線を走ると、上体をねじらないで走ることができます。 1直線を走ろうとすると、からだをねじるような感じがすると思います。肩も前後に大 きく動かすことになります。右手を前に振るときは、右肩が前に出ます。そのとき、左モ モが上がりますが、左腰も前に出ます。たがいに反対側の肩と腰が前に出ますから、上体 がねじれます。リュックサックをしょって、1直線を走ってください。リュックサックが 左右に大きく揺れて、とっても走りずらいと思います。 ペンギンの歩きを皆さんはみたことがありますか。ペンギンは、2直線を歩きます。1 直線を歩いて、からだをねじっているペンギンなどみたことがありません。歩き始めた赤 ちゃんや幼児の歩行も、2直線で、からだをねじっていません(図4)。ところが、小学校 に入るころには、しっかり、からだをねじって歩く動きが身についています。これは何故 でしょうか。 図4 幼児は二直線歩行。大人は幼児から走り方を学ぼう。 写真提供、ベースボールマガジン社 大人の影響です。大人が歩き方を口で(頭で考えて)教えるときが問題です。例えば、行進 の仕方を口で教えるときに、1直線を歩くような感じで、腕を大きく振って歩きなさいと 口で言う大人が多いと思います。そして口で言った通りの動作をやって見せると、子供達 は、いつのまにか、そのような動きがいい動きだと勘違いしてしまいます。 このように口で1直線歩きを奨める大人も、階段や坂を上るときなどは、楽にのぼりた いので、自然と2直線になっています。わざわざ1直線で、からだをねじってのぼる人は いません。坂をのぼって走るときも、2直線(その左右幅は個人によって差がありますが) のほうが、楽に(疲れないで)、速く走れます。その感覚がからだで分かれば、平地を走る ときも、1直線をまたいで2直線で走るほうが、楽に、速く走れることが分かってきます。 2直線を引いてその上をかたくなに走らせるよりも、1 直線をまたいで走りなさいとおお ざっぱに指示するほうが、遊脚(踏み出す足)に体重がかかる走りになります。2 直線を意 識しすぎると、支持足の感覚が強くなります。1 直線をまたぐようにすると、空中に浮いた 遊脚に体重をかける感覚が出てきます。 階段のぼりや坂のぼりを、2直線でのぼったときに分かると思いますが、踏み出す足の 方へ体重をかけてゆくようにすると、楽に、速く走れます。ペンギンや幼児の歩き方は、 踏み出してゆく足に体重をかけてゆく歩き方です。けっして、片足で立っている足に体重 をどっぷりとかけたまま、その足で地面を強く蹴って動く歩き方ではありません。踏み出 す足にスムースに体重をかけてゆくと楽に走れるのですが、それには、左右の足幅は腰幅 になったほうが上手くゆきます。 ヨーロッパなどサッカーの強い国では、子供達がサッカーを覚えるときに、走り方を教 わります。日本では蹴り方を教わりますが、ヨーロッパでは、蹴り方より走り方が大事だ と考えています。いい走り方が出来ると、いい蹴り方は自然に出来ると考えています。そ の走り方も、言葉で教わるのではなく、いろいろな走り方を練習する中で、自然に楽に速 く走れるようになってゆきます。走り方を体が覚えるのです。 図5 みよ、ロナウジーニョ選手の立ち位置を! 図5のロナウジーニョ選手(ブラジル代表)のキック時の立ち位置を見てください。左 脚を立ち足にして蹴るところですが、立ち位置とボールの左右の距離が大きく離れていま す。このような一流選手のキックを見て、1 直線感覚で走る人に、球の位置から離れたとこ ろに立ち位置を踏み込んで蹴りなさいと教えても上手くゆきません。1 直線走法になじんで いる人は、その立ち位置が、非常に不自然に感じられ、立ち位置を広げようとしても、上 手く蹴ることができません。子供の頃から、様々な左右幅の二直線走法を体験して、それ が当たり前になっている選手は、このような立ち位置に自然になり、蹴り足に体重をかけ てゆくようなキックになります(蹴った後、蹴り足で着地し、次の動きが始まります)。そう するのではなく、自然とそうなってしまうのです。小学校の体育の指導は、将来その人が 大人になったときに、優れた動作に自然となってゆくような、動きの土台作りを行うこと だと思います。 コーナーの走り方を説明します。2直線で走る感覚、そして、踏み出す足に体重をかけ てゆく感覚がわかれば、コーナーの走り方のコツがわかります。コーナー走は、左回りで す。コーナーの入り口で、からだを左に倒して、体重を左足側にかけてゆきます。モモが 上がった左足に体重をかけてゆくようにすると、コーナーは楽に、速く走ることができま す(図6)。2直線で走る感覚がわかっていると、コーナーでからだを左に倒して、体重を 左足側にかけてゆく感じがつかめます。直線の走り方のまま、左足に体重をかけてゆくよ うにすれば、コーナーは驚くほど走りやすくなります。 図6 コーナー走は、左足に体重をかけてゆく感覚 写真提供、ベースボールマガジン社 運動が好き 運動会で速く走れる人は、昔も今も花形です。運動会のリレーや徒競走で、一番で駆け 抜けたらかっこいいですね。速い人はもっと速くなりたいと思っているでしょう。足に自 信のない人も、すこしでも速くなりたいと思うでしょう。 小学校段階では、速く走るための動き作りも重要ですが、もっと大切なことがあります。 それは、走ることが好きになることです。神経系の発達とは、運動神経だけではありませ ん。脳神経系は感情も司ります。「好きこそものの上手なれ」ということわざがあります。 走ることが好きになると、気がつくと走ることが上手になっていて、速く走ることができ るようになっています。走ることだけでなく、テレビゲームでも、勉強でも、どんなこと でも、好きになるとぐんぐん伸びます。 同じ内容の練習をしても、速くなる人と速くならない人がいます。走り方の良い、悪い がその原因であることもありますが、走り方が悪くないのに、同じだけ練習しても成果が 出ない人もいますし、大きく伸びる人もいます。同じだけ走る練習をして速くなる人とな らない人の違いはどこにあるのでしょう。それは、その人のこころにあります。ちょっと きつい練習でも、その練習が楽しかった人は足が速くなってゆきます。練習を楽しむ気持 ちが欠けていて、嫌々練習していたとしたら、練習してもなかなか速くなりません。 走ることが好きな人は、もし運動会の徒競走で1番になれなくて、負けてしまったとし ても、よし、また頑張ろうと思うことができます。勝っても、勝てなくても、気持ちの良 い走りが出来ると、走ることがますます好きになります。好きになると、もっと練習しよ うと思えてきます。心の底からやる気が出てきて、体中に力がみなぎります。勝っても、 負けても、走ることが好きだという勝敗を超えた精神構造を備えた逞しい子供が、我が国 の小学校から育って欲しいと思います。 参考図書 小田伸午 スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと 中村、河端、小田 大修館書店 サッカー選手なら知っておきたい「からだ」のこと 大修館書店
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