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FT/IR application data
新しいFT/IR技分析報
Date
April 12, 2011
●
260-PO-0224
● FVS-6000 による振動円二色性 (VCD) スペクトルの測定
<はじめに>
キラル化合物はその絶対立体配置により生理活性が異なることが知ら
れています。身近な例として、L-グルタミン酸はうまみを感じるのに対し
D-グルタミン酸は苦みを感じ、サリドマイドの R 体は鎮静作用があるの
に対し、S 体は催奇性を有することなどが知られています。また、次世
赤外円偏光
代の機能性分子の開発においてキラル化合物の機能性研究が盛んに行わ
れています。このようにキラル化合物の研究は天然物、医薬品、機能性
試料
分子などを中心に多岐に渡っており、その中の重要な課題にキラル化合
物の構造解析が挙げられます。キラル化合物の構造解析として、X 線回
DAbs = AL - AR
折法、核磁気共鳴分析法 (NMR)、紫外可視光を用いた電子円二色性分光
(De = eL – eR)
法 (ECD) などが利用されています。今回は赤外光を用いた振動円二色性
分光法 (VCD) を利用したキラル分子の測定事例について紹介します。
図 1 VCD の概念
VCD は図 1 に示すように左廻りと右廻りの赤外円偏光の吸収強度の差
を測定する手法です。VCD の特長は、赤外分光法と同様にほとんど全て
の有機化合物が適用できることです。また、VCD による測定結果と分子
軌道計算による計算結果とを比較することで、試料の絶対立体配置を決
定することができます。しかしながら VCD スペクトルのピーク強度は通
常の赤外分光法に比べ 1000 ~ 10000 倍程度弱いため、高感度かつベース
ライン変動の小さい安定した装置が必要となります。FVS-6000 (図 2) は、
高感度検出器、光学フィルタ、恒温 PEM* などを搭載することで微弱な
VCD スペクトルのピークを的確に測定できます。ここでは FVS-6000 を
図 2 FVS-6000 の外観
用い、代表的な各種キラル化合物ならびにモデルタンパク質としてヘモ
グロビンを測定し、良好な結果が得られましたので報告します。
* PEM:Photo Elastic Modulator (光弾性変調器)
<測定例>
図 3 ~ 6 に a-ピネン、1,1’-ビ-2-ナフトール、プロリン、ヘモグロビンの測定結果を示します。FVS-6000
は IR スペクトルと VCD スペクトルを同時に測定できます。IR スペクトルと VCD スペクトルの両者から
分子構造を解析できるだけでなく、キラル化合物の絶対立体配置の識別が可能となります。
図 3 に a-ピネンの IR スペクトルと VCD スペクトルを示します。a-ピネンはシステムの妥当性を確認す
るために用いられる典型的な試料です。図 3 の a-ピネンの IR スペクトルは完全に一致しているのに対して
VCD スペクトルは R 体、S 体でピークが上下対称に検出されており、それぞれの a-ピネンが識別可能なこ
とが分かります。VCD スペクトルのピーク形状に着目すると、典型的な a-ピネンのスペクトル1) が得られ
ていることから FVS-6000 で良好な VCD スペクトルを測定できることが確認できました。
図 4 に BINAP 等の不斉配位子の原料として知られている 1,1’-ビ-2-ナフトールの測定結果を示します。
ベンゼン環に帰属される 1600 及び 1500 cm-1 近傍の異方性因子 g 値 (VCD ピーク/IR ピーク) の小さなピー
クを的確に捉えていることが確認できます。このことから、類似の構造を有する材料の評価に FVS-6000
は有効なシステムとなります。
図 5 にアミノ酸の一つであるプロリンの測定結果を示します。D 体と L 体で上下対称の良好な VCD スペ
クトルが得られています。D 体と L 体で生理活性が異なるアミノ酸は、構造と生理機能に関する研究が盛ん
に行われていますが、溶液系での測定が可能な VCD を用いることでより生体に近い状態でのアミノ酸の構
造解析が実現できます。
図 6 にヘモグロビンの測定結果を示します。ヘモグロビンは a ヘリックスを多く含む球状のモデルタン
パク質として知られていますが、b シートを多く含むコンカナバリン A の VCD スペクトル2) と大きく形状
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が異なることが知られています。以上の結果から溶液中のタンパク質の 2 次構造解析を行うために用いられる
ECD や IR スペクトルに VCD スペクトルを加えることでより高精度の 2 次構造解析が実現できると考えていま
す。またタンパク質以外の DNA やキラル高分子の解析にも威力を発揮できると期待しています。
ここでは FVS-6000 の基本性能ならびに代表的なキラル化合物への有効性について測定事例を交えて報告しま
した。今後 FVS-6000 がキラル化合物の分析に必須になるものと確信しています。
測定条件
測定機種 :FVS-6000
分解:4 cm-1
検出器:MCT-V
積算回数 :1000 (a-ピネン), 1000 (1, 1’-ビ-2-ナフトール), 2500 (プロリン), 2000 (ヘモグロビン)
1
Abs
1
IR スペクトル
0.5
Abs
0.5
0
0
3x10-4
5x10-4
DAbs
VCD スペクトル
0
IR スペクトル
VCD スペクトル
DAbs 0
-3x10-4
1350
1250
1000
Wavenumber [cm-1]
(1R)-(+)-a-ピネン
(1S)-(-)-a-ピネン
850
1400
Wavenumber [cm-1]
(R)-(+)-1,1’-ビ-2-ナフトール
(S)-(-)-1,1’-ビ-2-ナフトール
1000
850
※ 1250 ~ 1190 cm-1 の領域は溶媒の吸収が強く、
ノイズが大きいため、データをカットしています。
図 3 a-ピネンのスペクトル
(neat, BaF2 50 mm 液体セル)
0.6
-5x10-4
1800
図 4 1,1’-ビ-2-ナフトールのスペクトル (溶媒:CHCl3,
濃度:0.162 M,BaF2 50 mm 液体セル)
IR スペクトル
Abs
0.5
IR スペクトル
Abs
0
2x10-4
VCD スペクトル
DAbs 0
0
6x10-5
VCD スペクトル
DAbs 0
-2x10-4
1375
1350
1300
Wavenumber [cm-1]
D-プロリン
L-プロリン
1260
図 5 プロリンのスペクトル (溶媒:D2O,
濃度:0.9 M, CaF2 25 mm 液体セル)
-6x10-5
1700
1650
Wavenumber [cm-1]
1600
ヘモグロビン
図 6 ヘモグロビンのスペクトル (溶媒:D2O,
濃度:50 mg/mL, CaF2 25 mm 液体セル)
<参考文献>
1) Tohru Taniguchi and Kenji Monde, Chiroptical Analysis of Glycoconjugates by Vibrational Circular Dichroism
(VCD), Trends in Glycoscience and Glycotechnology, 19, 2007, 107, 147-164
2) Nina Berova, Koji Nakanishi, Robert W. Woody, Circular Dichroism: principles and Applications SECOND
EDITION; WILEY-VCH., 2000