経営意思決定の落とし穴

第141回-本文[10-16] 10.12.11 0:05 PM ページ 13
いわしん経営塾だより
10月21日、第六期目となるいわしん経営塾がスタートした。塾生数は回を重ねる毎に増加し、
今や六十名を超えた。今期最初の講義は塾頭による「経営意思決定の落とし穴」と題した、二
回連続の講義である。
いわしん経営塾 塾頭
寺田 欣司
「講義 経営意思決定の落とし穴」の概要について
経営意思決定の方法は、「野村流データ野球」と「長嶋流カンピュータ野球」が対極をなし
ているとよいだろう。だいぶ以前のことになるが、日米の大企業経営者を対象として、経営決
断においては「データ」と「経験や勘」のどちらを重視するかを問うアンケートが実施された。
そしてその答は日米両者とも「経験と勘」だった。大企業であれば有能なスタッフが揃ってい
るし、データも豊富のはず、緻密なデータ分析が経営意思決定を支えていると思いきや、アン
ケート結果はその反対となったのだ。
これを推測するに、経営決断にはギャンブルの側面がある。時代の変化の流れは既存のデー
タからは答えが出てこない。だから経営決断はむしろデータに頼るよりは、「経験と勘」でと
いうことだろうか。ましてや中小企業では、経営者の「経験と勘」が頼り、ということは容易
に想像できることだ。
ところが「経験と勘」による判断には、様々な落とし穴があることが知られている。そこに
着目してアメリカの多くのビジネススクールは「意思決定論」と名づけた講座を設けそれを解
説している。この種の講座を受講した日本人留学生の多くが、一様に「目からうろこが落ちた」
と評価する。その理由は「意思決定論」は、経営意思を決定するときに陥りやすい人間心理を、
認知心理学、社会心理学、行動心理学などの研究成果から説き起こすことで、様々な判断間違
いの要因を明らかにしてくれるからだろう。今回の経営塾での講義はこの「意思決定論」のエ
ッセンスを紹介している。第一回目講義の冒頭ではこんな設問を出した。
設問
あるお年寄りが川で洗濯をしていました。その横には女の子が座って、手際のよい洗濯の様
子を見ていました。洗濯をしているお年寄りに聞きました。
「そこに座っている女のお子さんは、あなたのお孫さんですか」
「はいそうです」
次に女の子に聞きました。
― 13 ―
第141回-本文[10-16] 10.12.11 0:05 PM ページ 14
「そこで洗濯をしているのはお嬢ちゃんのおばあちゃんですね」
するとその女の子は、「違います」と答えました。
ではこの二人はどんな関係でしょうか。答えなさい。
じっくり考えれば答えが「おじいさんと孫」であることに気がつく。だが多くの人は一瞬答
えにつまる。何故か。それは「川で洗濯しているお年寄り」と聞くと、日本人は「おばあさん」
を思い浮かべる。おとぎ話の「桃太郎」を読み聞かせられた経験が脳に染み付いているからだ。
心理学では、人間は経験を積み重ねることで、脳の中に判断の枠組「フレーム」が形成される
と説いている。そして同種の問題を判断するときに、その「フレーム」が活躍し、すばやい判
断を容易にしているという。だからこの場合では「おばあさん」と瞬時に判断してしまう。そ
してそれを否定されると混乱してしまうのだ。
一般に経験豊かであるということは、経営決断において正しい答えを得やすいと考えられる。
だが、この例にあるように、「経験」、「知識」と言い替えてもよいが、むしろ判断を過たせる原
因にもなることもあるのだ。
講義「経営判断の落とし穴」は、これを初めとして「記憶にもとづく判断の危うさ」「いい加
減な推論がもたらす判断間違い」、「判断すると言う行為は思っている以上に他人の存在に影響
される」などと続き、これでもかとばかり経験と勘に頼る判断をする経営者が陥りやすい落と
し穴を解説してゆく。
ちなみに二回連続講義の目次は以下の通りである。
目次 1
2
人それぞれものの捉え方が違う
経験や知識が経営判断を過たせる
3 「だろう」が判断間違いの原因となる
4
人間心理が正しい経営判断を妨げる
5
他人の存在が経営判断を曲げる
6
会議がもたらす間違い判断
寺田 欣司
昭和42年東京大学法学部卒業後 同年三和銀行入行 三和総合研究所取締役
理事 富士通総研取締役研究主幹等を歴任され、現在は 学校法人武蔵野東
学園理事長、磐田信用金庫アドバイザー、いわしん経営塾塾頭を務める。
― 14 ―