●小論文ブックポート 集英社新書(定価 本体740円+税) 〈連載〉小論文ブックポート ● 磯部光章・著 『話を聞かない医師 る。医療情報も増えた。リビン グ・ウィル(生前の意思)など、 人々の価値観、人生観も多様化 し、「医師と患者のコミュニケー ション」も焦点化されている。 医療の場のコミュニケーショ ンは「特殊」である。例えば初 診時は、患者の問題は明らかで ない。「胸が痛い」「吐き気がす る」などの症状の背後に様々な 病気が隠されており、医師は症 状を的確に判断し、決断を下さ なくてはいけない。 対話は一問一答式が多い。例 えば「急に胸が痛くなって冷や 汗が出てきた。すぐ治ったが今 朝も同じことがあった」と訴え た患者に、「何をしている時に痛 くなったのか?」「痛んだ場所は 思いが言えない患者』 「 優 秀 な ん だ け ど、 面 接 し て 最大の変化は「医師と患者の み る と …」 。医学部入試でよく 関係」である。従来は医師が診 こんな話が聞かれる。医師の適 断 と 治 療 に 関 す る 指 示 を 与 え、 性にも関わらず、受験生に見過 患者が励行する「パターナリズ ごされがちなのが「対話力」だ。 ムの医療」が一般的だった。だ が戦後の医療制度の整備と共に そこで今号では磯部光章著 『話を聞かない医師 思いが言 日 本 人 の 疾 病 構 造 も 変 化。「 生 えない患者』 (集英社新書)を 活習慣病」の増加などで患者― 読む。著者は循環器内科医であ 医 師 関 係 が 継 続 的 に な り、「 病 り、医学教育にも携わっている。 気への医学的対応に加えて、患 者の生活習慣や仕事、家庭環境、 変化する患 者 と 医 師 の 関 係 価値観、性向などについての情 報共有が重要になってきた」と 著者。「患者中心の医療」「全人 的な医療」が求められている。 社会からの要請も拡大し、複 雑 化 し て い る。 育 児 か ら 美 容、 スポーツ、介護や看取りまであ らゆる人間活動に医療が介在す 「最近の医療はひと昔前とは 大きく変わってきた」と著者は 言う。医療技術の進歩による恩 恵の一方、医師不足や医療事故、 病 院 閉 鎖 な ど 社 会 的 な 変 化 で、 「医師にかかる責任や負担が大 きくなっている」のである。 胸のどのあたりか?」「どのくら い続いたのか?」などを質問し、 典型的な症状があれば「狭心症」 などと診断し、後は心電図や血 液検査などで治療を進める。 だ が 患 者 の 心 配 は「 狭 心 症 」 に限らない。「肺ガン」や「結核」、 病気による生活の変化や治療費 を 心 配 し て い る か も し れ な い。 だが診察の対話は疾患に関わる こ と の み で、「 患 者 の 思 い が 切 り捨てられていくこと」になる。 難解な医学用語の問題もある。 例えば著者が信州大学医学部附 属病院で 歳代の狭心症の入院 患者に、循環器内科の若手医師 が心臓カテーテル治療を説明し た場面。医師の「シンシュウテ キ(侵襲的)な治療になる」と の言葉に対し、患者は「シンシュ ウ(信州)大学でしかできない 難しい治療なんですね」と語っ た。「笑い話のような本当の話」 だが、医師は医学用語を同僚や 医療関係者と日常的に使ってい る と、「 患 者 に も 話 が 通 じ る と 錯覚しがち」になるという。 一 方、「 イ ン フ ォ ー ム ド・ コ ンセント」を経ても、医療と患 35 2014 / 10 学研・進学情報 -20- -21- 2014 / 10 学研・進学情報 70 正しい判断をして、対応法を考 ている」と著者は言う。 シ ン( N B M )」 で あ る。 人 間 者の理解は必ずしも一致はしな え、最善の手段を講じて患者の 患者は様々な不安を抱えてい は 各 自 が 自 分 の「 物 語 」( ナ ラ い。例えば心臓カテーテル検査 益 と な す べ く 対 処 を す る こ と 」 る。だが自分の症状や不安を論 ティブ)を生きている。病気も で著者らは、患者に様々な合併 に尽きる。非常に論理だった筋 理的に訴えられない人も少なく そ の 一 部 の た め、「 患 者 が ど ん 症や死亡リスクなどを丁寧に説 道で患者の症状から診断に至る ない。一方「健康おたく」や「ド な人生を生きてきたかの文脈で 明するものの、治療で不幸にも クターショッピング」の人もい その対応も判断すべき」との考 合 併 症 を 起 こ し た 患 者 ら か ら、 診療体系を持つ。また医学は生 物学と統計学から成り、大規模 る。患者も多様なのである。 えである。その一例として、本 「そんな話は聞いていない」と 臨 床 試 験 に よ る「 エ ビ デ ン ス 」 こうした状況を踏まえ、著者 書では心臓腫瘍による脳塞栓で、 言われることが少なくない。情 は 良 医 の 要 件 と し て、「 医 学 的 突然右半身が麻痺した、 歳妊 報は聞き手にとって都合のよい ( 科 学 的 根 拠 ) に 基 づ く 医 療 な ど、 医 師 は 患 者 を「 集 合 名 詞 」 な観点から病気やけがの診察を 婦のB子さんの語りが記されて ようにしか伝わらない、「フレー として捉える。病歴や家族の病 考 え る 」 視 点 を 失 わ ず、「 患 者 いる。3歳半の長男の育児のた ミング効果」の問題がある。 歴、生活や嗜好、生活環境など の枠組みを理解して、その患者 め中絶を希望したB子さんを 「違い」を踏 ま え た 関 係 を判断材料にはするが、精神疾 にとって最善の診察法を考える 「 母 親 と し て の 究 極 の 覚 悟 で あ そ 患などを除き、患者の個性や心 こと」を挙げる。また「医師の り、決断だった」と著者。 ご以上のような医師と患者の齟 齬を改善するには、両者の「本 の問題、家庭環境などが「入り 言葉には人の心を癒す特別な力 N B M は 手 間 が か か り、「 考 質的な違い」の理解が起点だと 込む余地は少ない」。 がある」ことも意識したいとこ え方として医師が理解するのが 著者は言う。患者と医師は「そ ろである。 精いっぱい」ではある。だが例 一方患者の枠組みは違う。「こ れ ぞ れ が 持 つ 情 報 の 内 容、 量、 れまでの医療体験、近親者や友 えば患者が心配や期待を語るな なお本書には科学的根拠に基 質」や「医療に際して目標とす 人、知人の体験や情報が大きく づいて診断・治療を行う現代医 どして「患者の解釈モデル」を ること」など、拠って立つ基盤 影響し、病気に対する取り組み 学とその課題も指摘されている。 医師が理解すれば、両者がより や価値観などが本質的に異なる。 の仕方も人によって違う」と著 先述のように現在はエビデンス よい関係を築くこともできる。 者は指摘する。それは住環境や 重視だ。だがエビデンスは欧米 まず医師が行うのは「患者の 著者は最後に、ある若い医4師4 訴えや症状をもとに、医学的に 仕事、家族、収入や嗜好、趣向、 人中心の臨床研究に基づくため から 歳の重症患者への「どう 4 せご高齢で助からない命ですか 社会的地位や時代など様々な要 日本人に適応しにくい部分もあ ら …」 と の 言 を、「 忘 れ ら れ な 因による。生物学的には共通し る こ と や 、 個 を な お ざ り に し か い 言 葉 」 と し て 紹 介 し て い る。 た 構 造 に あ る が、「 違 う 個 性 が ねないなど万能ではない。 本人や家族はどう受け止めたの あり、それぞれの身体に異なっ そこでエビデンスを補完する た 魂 が 宿 っ て い る 」。 患 者 の 枠 ものとして著者が注目するのが、 か、自分が医師ならどう語るか、 (評 考えてほしい。 組みは病気とは「別に成り立っ 「ナラティブ・ベイスト・メディ =福永文子) 85
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